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■オープニング本文 ●七宝院家屋敷。 みーんみんみんみん‥‥ じぃーじぃーじぃー‥‥ つくつくほーしつくつくほーし‥‥ 「‥‥うるさいわねぇ」 誰に言うでもなく私は呟いた。 夏も終盤というところになっても蝉の大合唱は終わらない。ただでさえ暑いというのに、これでは軒先にぶら下げた風鈴も何の役にも立ちはしない。仕事なんてやる気になれないってものよね。 あ、でも私普段は真面目に仕事してるのよ? 今やる気がないのはあることが原因なの。それはね―― 「爺、爺はおらぬかえ!?」 やっぱり聞こえてきた。 私の耳に届いてきたのはこの屋敷に住んでるお姫様の声。お姫様って言ってもそんないいものじゃないのよ? 山みたいなお姫様だから。 「えぇい、誰か! 誰かおらぬかっ!」 「はい、ただいま〜」 はぁ。憂鬱だけど、行ってきまーす。 「のぅ、爺はどこに行ったか知らぬか?」 「お目付役ならば暇をお取りになっております」 「暇!? 妾は許した覚えはないぞえ!?」 「ご主人様がお許しになられましたので‥‥」 目の前にそびえる筋肉の城‥‥じゃなかった、お姫様に有りのままの事実を話す私。 そう、いつもならこの姫様の相手を一手に引き受けてるお爺さんが今日に限ってお休みなのよね。 だから代わりに相手をしなきゃいけないの。これが憂鬱じゃなくて何だって言うのよまったく。 「お父様の馬鹿‥‥妾を一人にするおつもりかっ!」 おい目の前にいるだろ、ちゃんと見ろよコイツ――なんて、口が裂けても言えないけどねっ。 「こうなったら、妾が爺のところまで行くしかないのぅ」 は? 何か言ったよこの筋肉。ちょっと、止めてよね!? 仕事増えるじゃない! 「姫様、何をおっしゃいます!? 明日には戻って来られます故、お待ちくだされば――」 言いながら必死にしがみついてみたけど、この姫の力に私が敵うはずもないのよね。 あー‥‥ほら。私ごと歩いてるし、この人。私のせいじゃないわよね、コレ‥‥ ●街道。 北面北方は遭都と東房に続く大きな二つの街道がある。 どちらかといえば孤立しがちな北面ではあるが、それでも商人たちが行き交う道としては十分に機能を果たしている街道だ。 通る人間が商人が多いとなれば、当然のように出てくるのが―ー山賊。 「へへっ、兄貴ー! また誰か来やすぜー!」 「またカモが来たか‥‥よぉし野郎ども! 準備だ!」 見張りをしていた男の言葉に、山賊の首領らしき男が叫びながらのっそりと立ち上がる。 山賊は全部で六人。それぞれが手に刃物をぶら下げた上に、革鎧のようなもので武装している。 少々貧相な装備ではあるが、一般人を襲う分には十分と言えるだろう。 そして運悪く通りかかった商人が今日もまた、犠牲となるはずだった。 いつも通りに商人の前に躍り出た六人。しかしいざ荷物を奪う段階で商人の一人が持っていた刀を振るい始めたのだ。 「兄貴! こいつ、開拓者ですぜ!」 どうやら商人のうちの一人は護衛の開拓者だった。それもそこそこ腕利きのようだ。 予想外の事態に慌てふためく山賊たち。そこで首領が一喝。 「うろたえるんじゃねぇ! こういう時のために先生がいるんだろうが!!」 「そうだ、俺たちにゃ先生がいるんだ!」 首領の声に山賊たちは落ち着きを取り戻す。 「先生、お願いします」 首領の言葉で招かれたのは一人の男。薄い緑色の着流しに身を包んだ男の腰には二本の――葱が刺さっていた。一瞬訝しげな表情をする開拓者。だが男の異様な雰囲気に緩めそうになった気を再び引き締める。 先生と呼ばれた男は静かに腰の葱を抜き放つ。 (こやつ‥‥デキる!) 辺りを包む緊張感。山賊たちも固唾を呑んで見守る。 先に動いたのは開拓者。手にした刀を上段に一気に距離を詰める。男の前まで身を寄せたと同時に全力で刀を振り下ろす。 ギィン――と普通に考えれば有り得ない音が響き、刀は葱に止められる。 「なっ!?」 驚きの表情を浮かべる開拓者。その瞬間に隙が出来る。ふっと力を緩められ、体勢を崩す開拓者。 「葱一本流‥‥壱式、斜め斬り!」 下段から振り上げられた葱に、開拓者の身体は宙を舞い、地面へと叩きつけられた。 その衝撃で身動きが取れなくなる開拓者。その顔に葱が突きつけられる。 「お主、名は何と言う」 葱の主は問う。 「‥‥山本‥‥山本幸助‥‥」 「ふむ。では覚えておくがいい。お主を倒したこの、葱神一刀斎の名を――」 葱神と名乗った男は、顔に突きつけていた葱をそのまま下半身へと移動させる。 「くっ!? 貴様何を――」 「葱は古来より、それを刺す場所が決まっている。即ち‥‥」 「やっやめろっ、やめてくれっ!? そこだけ――アァーっ!!!!!」 街道は危険がいっぱいである。 そんな街道を今、一人の姫が通りかかろうとしていた。 それから数日後――開拓者ギルドにて一つの依頼が張り出された。 依頼人は七宝院家。 内容は、山賊に囚われた姫の救出というものであった。 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
スゥ(ib6626)
19歳・女・ジ
魚座(ib7012)
22歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●姫様救出作戦。 北面北部に伸びる街道。 頻度はそれほど高くはないものの、商人たちが荷運びに使用する北部への生命線。 今その道で、一組の商人が山賊一味に囲まれていた。 「へっへっへ、怪我ぁしたくなかったら大人しくその荷物を置いていきな!」 お決まりの台詞と共に山賊たちが下品な笑みを浮かべる。 一方の商人たちは―― 「なぁ、ここでもう名乗っていいんだっけ?」 「まだですよっ。もう少し弱い商人というところを見せませんと‥‥」 小声でひそひそと話す村雨 紫狼(ia9073)と御調 昴(ib5479)。尤も、それほど音量が下がってなかったので丸聞こえだが。 「ちょっとお二人とも、それではせっかくの作戦が台無しですよ」 苦笑しながら言うのはKyrie(ib5916)。しかしその彼の格好たるや、とても商人とは思えない作業用ツナギ姿だ。ただのツナギ姿ならまだいい。しかしどういうわけか臍の辺りまで前が開いた状態なのだ。 「なっ!? てめぇらただの商人じゃねぇな!?」 「‥‥見ればわかると思うんだ‥‥」 驚愕の表情で叫ぶ山賊たちに、小伝良 虎太郎(ia0375)がどことなく疲れた表情で呟いた。 「へっ‥‥どっちにしたって奪うことに変わりはねぇ! 野郎ども、やっちまえ!」 ――数瞬後。 地べたに這い蹲る山賊たちの姿がそこにあった。 「おっちゃんたち、弱すぎるよ‥‥」 余りのあっけなさに肩をかくんと落とす虎太郎。実際それほど瞬殺だった。 「ち、ちくしょーっ! こうなったら‥‥先生! お願いします!」 山賊――恐らく頭であろう男――の声に、近くの茂みからふらりと一人の男が現れた。ひょろりと細い体型の中背の葱神の腰には、青々とした葱が二本、無造作にぶら下がっていた。 「我が名は葱神一刀斎‥‥主ら、この私を満足させてくれるかな?」 名乗りを上げて不敵に笑う葱神が妖しげな雰囲気を纏い立ちはだかる。だがそれは開拓者たちの計画通り。 こくりと頷きあった一行は、現れた葱神を前にそれぞれの獲物を構える。 「へへっ、アンタただもんじゃねぇな! 俺と勝負だっ!」 びしっと葱神を指差した紫狼は大声で叫ぶとくるりと反転、一気にその場を駆け出した。恐らくついてこい、と言うことを考えていたのだろう。大事な行程がすっぽりと抜けてしまっているが。 「あっちょっと!? それじゃ意味がないですって!?」 慌てる昴はわたわたと手を振りながら紫狼のいた方へと声を掛ける。 と、そこで葱神がぽつりと一言。 「‥‥刺し甲斐のある尻だ」 次の瞬間、昴も全力で駆け出した。 後を追う葱神、そして更にその後ろからKyrieと虎太郎も追い掛ける。 形はどうあれ、男を引き離すことには成功したようだ。 ●残された山賊たち。 葱神を追っていった四人。当然彼らが持っていた荷物はその場に残されたままだ。 「いてて‥‥手酷くやられましたねアニキ」 「あぁ‥‥だが! 俺たちは戦利品を手に入れたのだ! 野郎ども運び出せ!」」 頭領らしき男の言葉で山賊たちは荷物を持とうと動き出す――と、そこにシャランと鈴の音が響き渡る。 「だ、誰だ!?」 叫ぶ男たちの前に、ふわりと舞いながら一人の女性が姿を見せる。黒い布をはためかせ艶かしく踊る女性は、くるりと身を翻して山賊たちににこりと微笑。 「お兄さん、スゥと踊ろ‥‥♪」 女性の正体はスゥ(ib6626)。 スゥの舞に見惚れていた山賊は、その後ろから静かに狙う影に全く気付いていない。 「はーい、お代はきっちり頂くよ〜」 声と同時に山賊たちを雷が襲い掛かる。微笑を浮かべたまま容赦なくサンダーを浴びせた主は魚座(ib7012)。突然の攻撃に悲鳴を上げて逃げ惑う男たち。勿論それを逃がす開拓者ではない。 「おっと、ここから先は行かせないよ」 逃げ道を塞ぐように立ちはだかる宮鷺 カヅキ(ib4230)は、手にした木刀を巧みに操り山賊たちの脳天を打ち据えていく。 「な、なんだこいつらぁっ!?」 雷撃を浴び木刀に殴打され次々に倒れていく仲間に、頭領の男が叫びながら逃げ道を探す。と、そこに道の端に蹲る一つの影を見つける。 「はぁ‥‥何でこんなタイミングで‥‥」 溜息をつきながら地面にのの字を書いているのはペケ(ia5365)。なにやら深刻な事態があったようで、どこか遠い目をしながらずっと誰か見えない人に話しかけている。 傍目に見れば抜群の容姿の妙齢の女性が浚ってくれと言わんばかりに座っている――ようにも見えたのかもしれない。 山賊の頭領はしめたとばかりにペケの方へと手を伸ばす。手が届くかと思った瞬間、高速で振るわれたペケの手が山賊の顔面に命中。へぶっと声を上げて倒れる頭領。 更にその上から一筋の鈍い光が走り、頭領の首元でピタリと止まった。 「浮気はダメ、スゥだけ見て?」 にこりと浮かべる笑顔の後ろに、何か黒いオーラが見えた――ような気がした。 結局あっという間に片付けられてしまった山賊たちは、縄でぐるぐる巻きにされた上で転がされていた。 「さて、姫様の居場所とやらを吐いてもらいましょーか?」 手元で雷をバチバチ言わせながら問い詰める魚座。笑顔なのだが、怖い。 というか転がされた山賊を見下ろす開拓者たちが、全員笑顔なのが怖い。 だが山賊も負けてはいない。最後の砦は気持ちだけと言わんばかりに気丈にだんまりを続ける。 「ふふ♪ もう一回痛い目にあいたい〜?」 近付いてくる雷にがくがくと震える。 「は、はんっ! そんな脅しに屈する我ら鷲の嘴団では――」 「実は俺、葱神一刀斎の二番弟子だったんですー」 頭領の言葉の途中でカヅキがほわんとした笑みを浮かべて言う。勿論嘘だ。嘘だが、その背中からにょきりと取り出された大振りの葱が、山賊たちの思考を完全に麻痺させた。 「だから‥‥お前等これからどうなるか‥‥解るよな?」 声質を低くしていかにも腹黒そうな笑みを浮かべるカヅキ。更に魚座とスゥが男たちの姿勢を入れ替えてカヅキの方へと尻を向けさせる。 「ま、待て! 話せばわか――」 「まずひとーり」 ぷす。 「アーーーッ!」 街道に木霊する悲鳴。 スゥと魚座が静かに合掌。 山賊たちが無条件降伏の元に姫の居場所を吐いたのはすぐ後だった。 ●対葱神。 一方、葱神を誘き出した紫狼、昴、Kyrie、虎太郎の四人。しばらく距離を取った後で葱神を取り囲むようにして布陣していた。 囲まれてなお不敵に笑う葱神は、腰からすらりと一本の葱を抜き放つ。 と、虎太郎が一歩前に踏み出す。 「なぁ、何で風邪でもない人のお尻に葱刺すの?」 風邪の時に刺すのが正しい使用方法なのかはおいといて、どうしてもこれだけは聞きたかったらしい。対する葱神は――。 「ふ、愚問だな‥‥そこに尻があるからだ」 平然と言い放つ。どうやら彼にとってはそれが当たり前のことであるようだ。 最早聞く気力もなくなってしまった虎太郎は黙って鉄爪を構える。あわせて紫狼は二刀を、昴は二丁短銃を構える。 「包囲して優位に立ったつもりか? ならば無駄だぞ」 「へっ‥‥それはどうかな! いくぜ虎太郎っち!!」 「わかった! けど、っちって言うなー!」 文句と共に虎太郎は両手を挙げてキレのある動きで威嚇を始める。紫狼は良くわからない動きと共に己の身体から強大な気を放出。 二人の鬼気迫る謎のポーズにより一瞬葱神の気が逸れる。 同時に動く昴。構えた二丁の短銃で葱神を狙い撃つ。 だが、あろうことか葱神は飛来する弾丸を葱の斬撃で払いのけてしまった。 「そ、そんなっ!?」 驚く昴。無理もない、そんな人間は今までどこにもいなかっただろう。 葱神はすぐに視線を昴に向ける。慌てた昴は銃を持つ手に練力を流し込み、瞬時に次弾を装填。続けて狙い撃つ。 それも振るった葱で弾き飛ばすと、一気に地を蹴り昴に肉薄。 「おぉっとさせねぇぜ! お前の相手は俺だぁぁぁっ!!」 轟き吼える紫狼。その声に再び葱神の意識が逸れる。その隙に今度は虎太郎が側面より鉄爪「三毛猫」を振るう。 鈍い音と共に鉄爪と葱が交錯する。 「鉄爪でも切れない葱ってなんなのさ?!」 驚愕の声を上げながらも攻撃の手を緩めることなく果敢に攻める虎太郎。 紫狼もまた自慢の二刀で同時に斬りかかる――が、それらは全て葱神の葱によって防がれていく。 紫狼の二閃、虎太郎の爪撃、そして昴の銃撃。三者三様の連続攻撃を葱一本で防ぐ葱神は、最早ただの腕利きというには余りにも凄すぎた。 「へっ、上等! 柊流二天一抜刀術目録、村雨 紫狼っ! テメーをぶっ倒して鷹姫を救いに行くぜぇっ!」 煩悩全開の紫狼は雄叫びと共に一気に葱神に肉薄。虎太郎は側面から深く身を沈めて地面スレスレから狙い、昴は葱神の後方から銃を突きつける。 「ヌルいわっ!」 ここで初めて葱神が息を吐き、二本目の葱を抜き放つ。 「葱二本流‥‥乱れ白髪!!」 目に見えぬほどの高速の斬撃。振り払われた葱から衝撃波のようなものが、葱神を中心に全方位に放たれる。 咄嗟に防御体制に入る三人だったが、その衝撃に一気に吹き飛ばされてしまった。 「大丈夫ですかっ」 三人の戦いの邪魔にならぬよう離れていたKyrieは、声を掛けると同時に精霊力を集め、それを昴の方へと投げる。花束にも見える光が飛来し、昴の身体を包み込む。 「かはっ‥‥ありがとうございま――」 礼を述べようとして起き上がった昴の背筋を、強烈な悪寒が駆け抜ける。振り返ることも忘れ、昴はそのまま地を踏み抜き一気に前方へと飛び出した。視界には漸く起き上がろうという紫狼の姿。嫌な予感がした昴はそれを伝えようと口を開いて、静止した。 目の前に見える紫狼は中腰だ。だがその状態から動こうとはしない。良く見てみれば、中腰の紫狼を支えていたのは、一本の葱だった。 「う、うわぁぁっ!?」 昴の叫びと共にぐらりと倒れこむ紫狼。 慌てて受け止めようと伸ばした手を、誰かが掴んだ。誰かは、聞くまでもなさそうだ。 「あぁっ‥‥僕は、僕はまだ――ああぁっ!?」 どさり、と音を立てて崩れ落ちる昴。その傍には勿論葱神の姿。その視線は既に虎太郎を捉えていた。 一歩ずつゆっくりと歩み寄る葱神。合わせて下がる虎太郎。 「う、あ‥‥」 呻き声のような声を上げる虎太郎の背中に無常にも木が。同時に一気に駆け出す葱神。 「お、おいら今は風邪引いてないから遠慮し――にゃあぁぁっ!?」 ――合掌。 「ふふ、こうなる予感はしていました」 倒れ伏す虎太郎と紫狼からぷらりと伸びた葱をゆっくりと引き抜いた葱神に、Kyrieは不敵な笑みを向ける。 「貴方の技が勝つか、私のM気が勝つか‥‥勝負です!」 叫ぶと同時にくるりと背を向けたKyrie、本来回避のために使う月歩で一気に葱神へと迫る。 当然、Kyrieに葱が突き刺さる。だが、それでは終わらない。 「ふ、この細さでは話になりません。そのぶら下がってるのは飾りですか?」 Kyrieの言葉に葱神は応え、もう一本の葱を振りかざし―― ぷすり。 「くっ‥‥しかし、この程度ではまだ――」 ここで葱神の葱が螺旋を描き始める。 「あ‥‥お、おぉぉぉぉっ!?」 対するKyrieも、がっちりと力を込め、逃がすまいと葱を挟みこむ。 まさに互いに譲らぬ一進一退の攻防。 その攻防は、山賊を片付けた仲間たちが戻ってくるまで、ずっと続いていたという。 ●邂逅。 山賊を捕らえ、葱神にこれ以上戦うことの無意味さを説いた一行は、姫が囚われているという小屋へとやってきた。 「ここに愛しの鷹姫たんが‥‥!」 何故か内股前屈みの姿勢のままの紫狼が、その声に歓喜の色を滲ませる。 「助けに来たよ、マイハ――へぶらぼっ!?」 喜び勇んで小屋の扉を開けた紫狼。次の瞬間、中から何かが飛び出し、紫狼の顔面に命中。目に見えぬ速さで紫狼の身体が吹き飛び、岩場に激突。そのまま気を失った。 唖然とした一行が慌てて武器を構えて小屋に視線を送る。そこには平手を突き出した巨漢が一人、こほーと息を吐き出して立っていた。 「ふ、不埒者っ! 妾に何をしようというのじゃっ!」 涙を浮かべた瞳で叫ぶ巨漢。 「え‥‥っと、鷹姫、さん‥‥?」 余りの出来事と目の前の光景に半分固まったカヅキが、恐る恐る尋ねる。目の前の巨漢――鷹姫は静かにこくりと頷いた。 「大きな方だねぇ〜」 感心したように呟くのは魚座。自身も決して低いわけではないが、それでも鷹姫は見上げなければならぬほどだ。 「姫様、スゥたち、助けに来た、よ‥‥♪」 少しでも姫を安心させようとくるりと舞いながらスゥは言う。その言葉で状況を理解をしたのか、鷹姫はへなへなとその場に崩れ落ちた。 「ふえ‥‥こ、怖かったぞよぉ〜っ!」 自分を抱きしめるような姿勢でおいおいと泣きだす鷹姫を、スゥはぎゅっと抱きしめる。 その二人ごと、自身のコートをそっと掛ける魚座。 その光景を見ながらカヅキは一人、混乱していた。 (えっ‥‥性格は可愛い姫そのものなのに‥‥視覚がそれを補填できない‥‥っ!?) ぐるぐると回る思考に、カヅキはその場で頭を抱えてしまった。 「姫様、こわかった‥‥?」 「えぐ‥‥妾は‥‥妾はぁっ‥‥」 「はいはい、もう大丈夫だよ〜♪」 「もう俺‥‥何が来ても驚かない‥‥」 心配そうに見詰めるスゥに、笑顔を絶やさず姫を慰める魚座。そして何やら違う意味の決意を固めたカヅキ。 そんな光景を遠巻きにペケが観察。 「みんな、お疲れ様〜‥‥はぁ」 今回ほとんどただ眺めるだけだったペケは、再び大きな溜息をついた。 しばらくして、一頻り泣いた鷹姫は漸く落ち着いたのか、ふと隅っこの方で蹲る二人の少年と、それに寄り添う黒い青年が目に入る。 「うぅ‥‥もう、お婿にいけない‥‥」 「大丈夫ですよ、これぐらいすぐ慣れます、じゃなかった‥‥誰も気にはいたしませんよ」 涙を流しながらさめざめと言う昴の肩に、Kyrieがぽむと手を乗せる。 「おいら、尻尾生えちゃった‥‥」 「大丈夫ですよ、慣れればそれも心地よく、じゃなかった‥‥もう生えてませんよ、ほら、見えないでしょう?」 続けて放心状態で呟く虎太郎の頭を撫でるKyrie。 「あの者たちは‥‥?」 「深い‥‥余りにも深い傷を負ってしまったのですよ‥‥」 どこか遠くを見詰め、微笑みを浮かべたカヅキは、一言ぽつりと呟いた。 と、そこで気絶していた紫狼が漸く起き上がる。 「あれ‥‥? 俺今何を――」 頭をぶんと振りながら無造作に手を伸ばした紫狼は、何かを無意識に掴み、それを引っ張った。 はらり、と肌蹴落ちる、鷹姫の着物。 しばしの沈黙。 「い‥‥いやぁぁぁっ!?」 まるで咆哮の如き悲鳴と共に振り回された巨大な平手で、紫狼の意識は再び遥か彼方へと飛ばされた。 この後、紫狼の記憶が数日間戻らなかったとか何とか。 こうして開拓者たちは、一部の者の大事なナニかと引き換えに、鷹姫の救出に成功したのであった。 〜了〜 |