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■オープニング本文 ●??? 寂れた農村。荒れ果てた家々。漂ってくる死臭。 そんな中、そいつは静かに座っていた。 「ふふ、楽しみだなぁ」 心底嬉しそうにそいつは呟く。笑うたびに腰に下げた刀の鈴がちりんと鳴った。 「今のボクを見たら、どう言うかなぁ? 怒るかなぁ? ねぇ、どう思う?」 そいつは問いかけるように自分の下に視線を向ける。 向けた先は―――数人の死体。そいつは折り重なる死体の上に腰掛けていた。 当然返事など帰って来るはずもなく。 「ヒドイなぁ。少しは応えてよね。まぁいいか。言われたことはちゃんとやったし」 そいつはひょいと身体を跳ねさせ、死体の山から飛び降りた。 「さぁおいで。生まれ変わったボクを‥‥見せてあげるよ」 そう言ってまたそいつは嗤う。 ちりんちりん。 鈴の音だけが、誰もいなくなった村に静かに響き渡っていた。 ●開拓者ギルド。 「え? 全滅?」 驚いたような声で言う三津名に、奈々瀬はこくりと頷いた。 「えぇ。一人だけボロボロで帰って来られたのですが‥‥その時は死んだような目をして何も言ってくれなかったのです。でもそれ以来一度も来られなくなってしまいまして」 そう言って眉を顰める奈々瀬。 事の始まりは一週間程前。 とある依頼がギルドに舞い込んできたのが発端。内容は村に出た蜘蛛のアヤカシを退治すること。 ただ、その依頼にはいつもと違うことがいうつかあった。 一つは依頼人の姿を誰も知らないこと。手紙に投函されて届いた依頼だった。 二つ目は、報酬が先払いとしてギルドに送られてきたこと。それも一回の依頼料としては破格の金額だった。 奈々瀬は不思議には思ったものの、報酬が既に手元にあることと、依頼内容がそれほど難易度が高くなかったことから、数人の開拓者を募って派遣することにした。 報酬の額が桁違いだったためすぐに開拓者の人数も集まり、一行は件の村へと出発。 三津名もその依頼に参加しようとしたものの、人数の関係上参加できずにいたのだ。 そしてもたらされた情報が、開拓者の全滅であった。 勿論亡骸を確認したわけではないので、帰って来た一人を除いた他の開拓者は、単純に帰って来れないだけなのかもしれない。しかし、連絡がない時点でその可能性は非常に薄いことは、誰の目にも明らかだった。 「でも‥‥行った人たちって、結構腕利きの人たちだったよね?」 「えぇ。内容はともかく、怪しい点がいくつかありましたので、不測の事態にも対応できる人にお願いしたのですが‥‥」 奈々瀬は悔しそうに俯いた。 彼女にしてみれば、もう少し注意を促していればと思うところがあったのかもしれない。 「せめて何があったのかでもわかれば次の手が打てるのですけれど‥‥」 「その生き残った人に話は聞けなかったの?」 「えぇ‥‥住まいもわかりませんでしたので‥‥あっ、そういえば、その人が帰ってきた時にこんな物を渡してくれましたよ」 言いながら一枚の紙切れを取り出した奈々瀬。 受け取った三津名はそれを手に取り―――固まった。 「内容は良くわからないのですけれど‥‥誰かの言葉でしょうか」 首を傾げる奈々瀬。 書かれていたのは『弱肉強食。力がなければ生きる価値もない。そういうことなんだよ』という言葉のみ。 一方の三津名は紙を持ったままただじっとそれを見詰めていた。 「‥‥唐沢さん?」 「奈々瀬ちゃん、この依頼‥‥状況確認が必要だって言ってたよね?」 「え、えぇ‥‥」 「私に行かせてもらってもいいかな‥‥?」 「唐沢さんが、ですか?」 「‥‥ダメ、かな?」 三津名の言葉に奈々瀬は考える。どちらにせよ状況の確認は必要ではある。 三津名自身、開拓者になってから結構な数の場数を踏んできた。最初の頃のような印象はもうない。 「うーん‥‥確認するだけで、近寄らなければ‥‥大丈夫でしょうか」 余りに不確定要素が多すぎるため、出来ればもう少し人数を集めたかったのが本音。 そして何より、もしかするとまだ生存者がいるかもしれないという、願いにも似た望み。 もしいるなら、すぐに行かなければ間に合わなくなる。それが、奈々瀬の判断を一瞬鈍らせてしまった。 「うん、絶対すぐ報せるよ!」 力強く頷く三津名に、奈々瀬は余ってしまった報酬の一部を手渡す。 「すぐに他の開拓者の皆さんも向かってもらいますから、それまでじっとしていてくださいね?」 「わかった!」 言うが早いか、三津名はギルドを飛び出していってしまった。 数日後。 三津名から一枚の手紙がギルドへと伝書鳩で届けられた。 そこには、村にいる敵の詳細と数、そして応援が来るまでに少しでも数を減らしておく旨が綴られていた。 「‥‥近寄らないって言いましたのに‥‥!」 唇を噛み締める奈々瀬。 勿論誰も彼女を責めることなどしないだろう。ましてまだ彼女は恐らく生きている。 「私情を挟むのは‥‥私の一番不徳とするところですけれど‥‥」 呟きながら奈々瀬は手元の紙に文字を連ね始めた。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
常磐(ib3792)
12歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●対峙。 静まり返った村。 人の気配はない。 そんな中に三津名はいた。 「‥‥ここに、いるんだ」 小さく呟く彼女の手には握り締められた一枚の紙。 「今度こそ‥‥!」 「何が今度こそ、ですか?」 突然掛けられた声に三津名はびくっと身体を震わせた。振り返った先には―― 「ふふ、久しいのぅ?」 笑顔を浮かべた言ノ葉 薺(ib3225)と、符を口元に当てて微笑む東鬼 護刃(ib3264)の姿。 「あっ貴方たちは‥‥」 驚く三津名。そう、彼らは以前に面識があった。そしてもう一人。 「唐沢! お前、近寄らない様に言われてたんだろ!? 何で近付いてるんだ!」 のっしのっしと怒り肩で三津名に詰め寄るのは常磐(ib3792)。その剣幕にたじろぐ三津名。 「あわわ、ご、ごめんなさいっ」 「謝るくらいなら最初から待てよっ!」 常磐の言葉にしゅんとなる三津名。とはいえこればかりは彼女に否がある。しかし常磐の言葉の裏には心配しているという感情が見える。それ故に三津名も黙って彼の言葉を聴いていた。しばらく続いた常盤の愛の説教の後、彼女の肩にぽんと手が乗せられた。 「あんたが三津名か? ったく、無鉄砲というか何と言うか」 苦笑しながら言うのは風雅 哲心(ia0135)。 「それで、敵はいたのか?」 「あ、はい。ギルドに送らせていただいた数は確認できています。ですが‥‥」 辺りを見回すものの、視界に見える範囲では何もいない。 と、そこで薺が手をすっと前に出した。 「‥‥何かいる」 再会の直後より周囲の気配を心眼で探っていた薺。どうやら何かが掛かったようだ。 「薺、場所はどこじゃ?」 「ちょっと待って――っ!? いけない!! 皆その場から離れて!」 咄嗟の判断。薺の言葉に全員の身体が半無意識に反応。予め哲心が唱えていたアクセラレートのおかげもあるかもしれない。 と、一瞬遅れて一行の立っていた地面から突然手が生えた。 「土の中にいやがったのか‥‥! 皆、巻き込まれるなよ!」 舌打ちと共に哲心が吼え、同時に呪文を唱え始める。敵はまだ動きを取れる状態にはない。 「轟け、迅竜の咆哮。吹き荒れろ――トルネード・キリク!」 戦場を、一陣の暴風が吹き荒れた。 ●警戒。 四人が三津名との再会を果たしていた頃、それ以外の四人は村の周辺の探索を行っていた。 「やれやれ、随分と厄介な依頼だね」 「その厄介な依頼に引きずり込まれた身にもなれ」 周囲に目を配りながら一人ごちるアルティア・L・ナイン(ia1273)に五十君 晴臣(ib1730)が溜息交じりに言う。 「そう言わないでよ。頼りにしてるんだからさ」 「はぁ、まぁいいけど。取り敢えず無茶だけはやめてくれ。後でフォローが大変だから」 「ん、わかってるよ」 じとりと睨む晴臣に、アルティアはひらひらと手を振って応える。 そんな二人の傍に、いつの間にか一つの影が。 「動いた?」 「今唐沢さんと合流したようですよ」 閉じた目をすっと開いた菊池 志郎(ia5584)は呟くように言った。 研ぎ澄まされた彼の聴覚は既に三津名たちの話し声を捉えていたのだ。 「あちらは上手く合流。さて、こちらは――」 ふっと視線を上に向けた志郎。その先には屋根上で佇む高峰 玖郎(ib3173)。 「その様子じゃ、ダメだったみたいだね」 苦笑するアルティアの言葉に玖郎は静かに頷いた。 「生き残りがいれば、と思っていたが‥‥」 悔しそうに呟く玖郎。どうやら村に生存者はいないようだ。 「ま、仕方ない。報告受けてから時間は経ってることだしね」 そう言って肩を竦める晴臣。決して諦めていたわけではないが、済んだことは仕方がない。 「後は報告にあった相手がどこにいるか、だけど」 アルティアが玖郎に視線を送る。頷いた玖郎は意識を集中させて弓を番えると、弦をかき鳴らした。 ィィィィィン‥‥―― 響く音に耳を澄ませる。 「‥‥いた。唐沢たちの傍と‥‥もう少し離れた場所に」 「傍の敵は任せましょう。俺たちは離れた敵を」 志郎の言葉に頷いた三人は静かにその場を後にした。 ●巡る。 土の中より這い出た死人は十体。 そのうちのいくつかの顔を見た瞬間に、三津名の表情が痛いほど歪む。 「‥‥知っている方ですか?」 「あ、うん‥‥先にここに来ていた開拓者の人たち‥‥」 薺の問い掛けに弱々しく答える三津名。例え余り知らない人間でも、つい先日顔を合わせた者の変わり果てた姿は、見ていて気持ちのいいものではない。そしてそれは薺の予想していた通りの答えだった。 「薺、もしや‥‥」 「うん。でも今はあの方々を送ってあげないとね」 顔見知りの死人といい手口といい、二人の脳裏にとある事件が過ぎる。 「唐沢、いけるか?」 常磐の声に項垂れていた三津名は息を一つ吐きこくりと頷く。 「‥‥くっそぉ! どこまでもどこまでも‥‥!!」 ギリっと歯を食いしばりながら常磐は自身の符に練力を込める。 「冥府より出でし魑魅魍魎の声を聞け――呪声!」 オォン、と不気味な声と共に符が半透明の人形を模す。人形は大きく口を開けると聴き取ることのない音を発した。 同時に死人がびくんと身体を震わす。鈍る動き。 「これで終わりだ。響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け――アークブラスト!」 哲心の手が僅かに帯電したかと思うと、翳された瞬間に一筋の雷光が死人たちへと飛来する。 ほぼ直線に駆け抜けた雷撃は容赦なく死人の体を焼き焦がす。 だがそれでも死人は動きを止めない。まるで生者で乾きを癒さんとするようにこちらに手を伸ばしてくる。 その表情には最早苦しみしか残されていない。 徐々に距離を狭める死人を前に、躍り出たのは薺と護刃。 「冥府魔道は東鬼が道じゃ。薺、合わせてくれなっ!」 「わかっていますよ」 にこりと笑みを浮かべて巨大な蛇矛「張翼徳」を構える薺に、護刃は印を結んで練力を込める。発火音と共に護刃の手元に火が灯る。更に薺の槍も紅い光を放ち始める。 「二人の火を持って炎とせん。護刃、お願いしますっ!」 「心得た。地獄の業火、得と味わうがいい!」 護刃の周囲から炎が放たれ、死人を巻き込み燃え盛る。同時に力強く地を踏みつけた薺が、巨大な槍と共に限界まで身を捻る。小さな身体いっぱいに蓄えられた力。薺はそれを一気に開放し全力で槍を薙ぎ払う。限界まで蓄えられた力は槍の重さと相俟って、巨大なうねりとなって死人を襲う。 二つの炎の波に飲まれ、死人たちはただ動くための力を奪われ、崩れ落ちる。 それでもなお、何かを求めるが如く蠢く死人。 そんな死人の前に、三津名は静かに歩み寄る。 「っ! 唐沢! そいつらはまだ――」 叫ぶ常盤に三津名は振り返り、わかっていると言わんばかりに笑みを浮かべる。 「ごめんね。でも‥‥もう楽になれるから‥‥」 小さく、しかしはっきりと呟いた三津名は、手にした刀をそっと死人に翳し、振り下ろした。 ●索敵。 五人が死人の襲撃を受けている頃、その周囲には五本の枯木が集結しつつあった。正確には木ではない。太い幹の部分には皺のように顔が刻まれており、それらがまるで表情を変えるように動いている。 死人で釣り、木々が囲む。 「戦術としては悪くありませんね」 突如聞こえてきた声にザワリとざわめくアヤカシの木々。貼り付けた表情を歪め、声の方へと身体を向ける。 視線の先には黒装束に身を固めた志郎。 怒りを表すかのようにざわめいた木々は一斉にその枝を振るう。枝が触れるかと思われたとき、志郎の身体がかき消えた。 次の瞬間、志郎の手に収まった漆黒の刃がアヤカシの身体に埋め込まれる。 断末魔の悲鳴のように枝を揺らしながら瘴気へと姿を変えるアヤカシ。 その志郎を捕らえようと別の枝が伸びる。志郎は視線を向けたものの動かない。枝は志郎の目の前に到達し―― 「!?」 アヤカシの木の表情を例えるなら驚愕だろうか。枝を伸ばしたアヤカシの身体から自由が奪われる。 そこに狙い済ましたかのように次々と矢が突き刺さる。 即射による連続射撃、玖郎だ。 そしてアヤカシの動きを止めたのは――。 「せめて回避する素振りぐらいはしてほしかったね」 苦笑交じりに符をちらつかせる晴臣に、志郎は満面の笑みを浮かべて再び刀を構える。 「信じてましたから」 「‥‥無条件に信じすぎるのは感心しないね‥‥ま、貸しにしとくよ」 と、晴臣の死角を狙い済ましてアヤカシの枝が迫る。 その枝を、狙い済ましたかのように間に割り込んだアルティアが、舞の如く軽やかな剣捌きで撃ち払う。 怯んだ隙に晴臣の符から現れた巨大な牙がアヤカシに食らいつき、瘴気に変える。 「これも貸しかな?」 片目を瞑って笑みを浮かべたアルティアにため息をつく晴臣。 「今までを考えたら全然足りないよ」 「えー」 「‥‥どうでもいいが、次来るぞ」 二人のやり取りを横目に玖郎が再び矢を放つ。 残りのアヤカシが瘴気へと変えられたのは、それから間もなくのことだった。 ●邂逅。 死人を倒した一行は、残された亡骸を前に複雑な思いを抱いていた。 「以前に会うたときもそうじゃったが、やりきれんのぅ」 眉を潜める護刃はぎゅっと薺の袖を掴む。掴まれた手の上にそっと自分の手を乗せた薺は、改めて三津名の方に身体を向けた。 「唐沢殿。来度の件について何か知っているなら話していただけますか?」 薺の問いかけに俯く三津名。 「それは俺も気になってました」 掛けられた声は駆けつけた志郎のもの。その後ろには晴臣と玖郎もいる。 「あ、そっちも終わったんだ」 「意外にあっけなくて拍子抜けだったけどね」 肩を竦める晴臣にその日初めて年相応の笑顔を見せる常磐。 そして一行の視線が自然と三津名に集まる。 しばらくして、三津名は一枚の紙を取り出した。ギルドで三津名が受け取った紙だ。 弱肉強食、力がなければ生きてる価値もない―― この言葉は三津名の兄が生前によく口にしていた言葉だそうだ。 「随分と偏った思考だな」 「えぇ‥‥よくそれで父と喧嘩してました。でも、普段はとてもやさしい兄様だったんです」 苦笑する哲心に力なく答える三津名。 今までに何度か目撃した兄の姿。例えそれがアヤカシだと頭ではわかっていても、心がついていっていない。 「精神面は相変わらず‥‥だな」 そう言って常磐はぽむと肩を叩く。 「唐沢、理由はどうあれ、無茶だけはするな。命を落としては何もならんぞ」 こちらは玖郎。口調こそぶっきらぼうではあるが、その裏にある優しさは幾度か行動を共にした三津名には見えていた。 「はい‥‥もう少し、心も強くなります」 「それは困るなぁ」 突如として割り込んできた声。一同は瞬時に武器を構え、声のした方へと顔を向ける。 廃屋の屋根の上、そこにそれはいた。 「三津名にはもっともっと絶望してもらわなきゃ、僕としてもやり甲斐がないよ」 ぶらぶらと足をばたつかせながらにこやかな笑みを浮かべる、青い着流しに身を包んだ一人の少年と一体の死人。少年は三津名が何度か目にした忘れ難き姿。 「にい‥‥さま‥‥」 「や、久しぶりだね。他にも一度見たような人たちも一緒みたいだね」 弓を番える玖郎、三津名を庇うように前に出た薺と護刃、そして隣で符を構え常磐を順番に見やりながら少年は言う。 「‥‥手前ぇ、何者だ。先に送った連中を全滅させたってのは、手前ぇの仕業か?」 臨戦態勢の哲心が少年を睨み付ける。 「何者って、僕はそこの三津名の兄だよ?」 「唐沢にとってお前はそれだけ、大きい存在だったんだ。それを分かってやってるのか‥‥! それをお前は‥‥っ!」 平然と言ってのける少年に常磐が怒鳴り声をあげる。 彼もまたアヤカシによって身内を亡くしている。三津名の気持ちは痛いほどわかる。だからこそ許せない。 「そう熱くならないでよね。今日はほんの挨拶――」 言葉の途中、突如少年の後ろから現れた影――アルティアだ。 影から振るわれた刃は少年を庇うように躍り出た死人に命中。 すぐさま少年は死人ごとアルティアの身体を貫かんと抜き手を放つ。咄嗟の判断で後方に飛んだアルティアは、辛うじて深手を避けそのまま地面へと墜落した。 「やるんだったら前から教えろといつもいつも‥‥っ!」 舌打ちしながらアルティアの傍に駆け寄り治癒の符を貼り付ける晴臣。 「無理に戦う必要はなさそうですね」 「えぇ、向こうにも思惑があるようです」 少年を観察しながら言う志郎に、薺は同意の頷きを返す。 「‥‥お主が蜘蛛か‥‥?」 唐突に切り出された護刃の言葉。彼女は依頼の内容の食い違いがずっと気になっていた。最初の依頼は蜘蛛のアヤカシだったはず。しかしここに来てから蜘蛛を見ていない。 「蜘蛛? あぁ、アレなら返したよ――キミたちの住む町に、ね」 そこで一同ははっと気付く。 ギルドに戻されたという、唯一の生き残り――あれはもしや。 「貴様‥‥っ!!」 普段は感情を表に出さない玖郎が、激情を全面に出して声を絞り出す。 「あははは、いいねその顔! そういうの、僕好きだよ」 一頻り笑った少年は徐に立ち上がると、すっと右手を掲げた。 「今度はもっとステキな贈り物を用意して待ってるね、三津名!」 言葉と同時に少年の姿がすぅっと薄れて――消えた。 一行に残されたのは、纏わり付くような嫌な空気と、滲み出る悔しさと怒りだけだった。 ●そして。 町にアヤカシが潜入。 目的も何もわからないが、その事実だけはどうやら確かのようだ。 だが現在アヤカシと思われる人物の行方はわかっていない。ギルドでもそう言っていたはずだ。ならば焦っても仕方がない。 「‥‥とりあえず、彼らを安らかに眠らせてあげましょう」 志郎の提案に一行は静かに頷く。 既にこの世を去った村の人間、そして死人とされた開拓者たちを含む死者たち。 それらを丁寧に埋葬した一行は、静かに帰路についた。 項垂れる三津名の姿に、とても依頼が成功したと言える雰囲気ではない。 帰り路を歩きながら、薺は彼女の肩をぽむと叩いた。 「‥‥彼はまた現れるでしょう。今回は相手に戦う意思がなかったため事なきを得ましたが、次に見えることがあればこうはいかないでしょう」 「そうじゃな‥‥こちらの嫌がることをして楽しんでおるようじゃからな」 薺に続いて護刃も神妙な面持ちで呟く。 「何かあったときは‥‥ギルドを頼ってください」 笑みと共に言う志郎。 「それと、慎重に行動することだね。でないと後悔することになる」 僕みたいにね、と小さく付け足したアルティアに、どの口が、と溜息をつく晴臣。 「さぁ、早く帰ってあの受付員の嬢ちゃんに元気な顔を見せてやれ」 「‥‥はい‥‥!」 哲心の言葉に三津名はぎこちなくも力強く頷く。 こうして依頼を終えた一行は、無事にギルドへの帰還報告を済ませる。 彼らが町で起こった奇妙な事件を耳にしたのはそれから数日後のことであった。 〜了〜 |