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■オープニング本文 ●陽龍の地 龍の保養地であった「陽龍(ひりゅう)」。 東房国と北面国の国境に存在したその地は、数十年前まで、両国の国交を担う重要な拠点となっていた。 其処が魔の森に呑み込まれて数十年。 近隣に在った村や里は魔の森に呑み込まれ、現在は東房国の南麓寺(なんろくじ)と、北面国にある狭蘭(さら)の里だけが近隣に残るだけとなっていた。 ●南麓寺。 「こら、待て!!」 町の中を怒鳴り声が駆け抜ける。 人々は何事かと一瞬顔を上げるが、走り去る影を見つけると何事もなかったかのように日常に戻る。 「待たないわよっ! いーっつも働かないから食べ物に困るんでしょっ!? アタシが調達してこなきゃ飢え死にしちゃうんだよっ!?」 いーっと両頬を引っ張りながら逃げる影は、ここ南麓寺の長の娘――山南凛々。 幼き頃より志体を持った彼女は、齢十三にして既にいっぱしの開拓者だ。当然その彼女が全力で逃げれば、追いつける者は村にはいない。 「ま、待てというに‥‥! 今は出てはならん!」 叫ぶのは南麓寺の長、山南光利。 北面との国境に臨む南麓寺において、開拓者の娘を持つとは思えぬ程に開拓者嫌いで通っている光利は、何かと言うとすぐ開拓者として行動する凛々を心配し、その行動を慎むように説く。 だが、既に魔の森に国の半分以上を侵食されている東房において、貧困は即刻死に繋がる。 町の人にも、勿論父親にも無事に過ごして欲しい凛々にとって、開拓者としての収入は必要不可欠なのだ。 勿論光利が何もしていないわけではない。田畑を耕したり、人々のために経を読んだり、活動はしているのだ。ただ、その収入が生活に追いついていないだけで。 「だいたい今はって何よ! どーせ変わんないでしょっ!」 「うっ‥‥だ、ダメなものはダメだっ!」 「意味わかんないわよっ! とーにーかーくー! 別に薬膳を調達しにいくだけなんだから、心配しなくていいわよーっ!」 そう叫んだ後、凛々は持ち前の身軽さであっという間に村の南へと姿を消した。 「だぁっ!! はぁはぁ、ったく‥‥あのじゃじゃ馬っぷりは誰に似たんだか‥‥」 「はっはっは、今日も精が出ますな」 近くにいた村人が微笑みを浮かべながら光利に話しかける。 「あぁ、すまない‥‥見苦しいところを」 「何言ってんですかい。毎日やってて今更それはないだろう」 どうやら村の中では日常茶飯事のようだ。 「それを言わんでくれ‥‥全く、親の言うことなどちーっとも聞きやせんで」 「でもよ。凛々ちゃんの腕っぷしはそんじょそこらの人間が敵うもんじゃねぇぞ? 心配しすぎなんでねぇか?」 苦笑する光利を諭すように村人は言う。 村のためにとギルドで依頼をこなす凛々を、村人たちも大変可愛がっていた。 そしてその強さを誰もが認めていたのだ。 「あの子が強いのはわかっとる。だが、方向音痴だけはどーにもならん!」 そう、凛々は致命的な方向音痴だったのだ。何かを探しにいく度に毎度迷子になり、光利や村人に探してもらっては戻ってきているのだ。 「それに‥‥今はダメなのだ‥‥」 「‥‥今は?」 首を傾げる村人に、光利ははっとした表情を浮かべぶるぶると首を横に振った。 「な、なんでもない! それより今は凛々を連れ戻さ――」 「て、てぇへんだぁ!! 空からでっけぇのが来るだぁ!!」 見張り台に立っていた村人が大声で叫ぶ。 魔の森に程近いこの南麓寺では、アヤカシの目撃など日常茶飯事である。故に見張り台があるのだが、ここ最近アヤカシの姿は目撃されていなかった。 「おい! 早く凛々ちゃん連れ戻してこねぇと!」 焦る村人。しかし光利はじっと考え込んだまま動かない。 「何してんだ!? おい、早く! ギルドにでも頼まねぇと!」 黙りこくる光利に、とうとう堪忍袋の緒が切れた村人。「こんのド阿呆がっ!」と光利をぶん殴ると、村の人間を集めて開拓者ギルドへと依頼を出すために資金を集め始める。 ただ一人、難しい顔のまま考え込む光利を除いて――― ●陽龍の地『魔の森』 鬱蒼とした、生き物の雰囲気もない森に、凛々が足を踏み入れたのは数刻前の事。 瘴気の気配とアヤカシの気配しかしないこの場所は、普段開拓者として働く彼女とて長居をしたくない場所だ。 「流石に、こんな場所にキノコはない――‥‥あ、あったぁー!!」 茸はない。そう判断しようとした時、彼女の目に紫色の茸が飛び込んで来た。 これに勇んで飛び付く。 しかし―― 「ふぎゃん!」 何か柔らかい物に弾き飛ばされた。 思わず尻餅を着いた場所を摩りながら顔を上げると、彼女の目は自分と同年代位の少年を捉えた。 「あたたた‥‥」 頭を摩って起き上がるのは、義貞だ。 彼は凛々以上に盛大に転がったらしく、全身に泥を付けている。 「ちょっとアンタ、大丈――‥‥ああああ!」 「‥‥へ?」 起き上がった途端に転がされた義貞。 凛々はと言えば、義貞を突き飛ばした形でぐしゃぐしゃになった茸を拾い上げていた。 「アタシの、キノコ‥‥」 「何だ、これ食うのか? だったら無理だぞ」 「はあ? なんでアンタにそんなことわかんのよ!」 「普通わかるだろ。色からして毒だ」 ケロッとして言われた言葉に、凛々がわなわなと震える。 そして放たれた言葉は偏見に満ちた物だった。 「アンタさては志士ね!」 「へ? いや、まあ‥‥志士だけど‥‥」 義貞からすれば、凛々が何故ここまで怒るのかわからない。 そもそも志士だからと言ってそれが何だと言うのか。 しかし、凛々は「志士だけど」この言葉に物凄い勢いで反応した。 「志士なんて嫌い! あっちいけー!!」 「はあ!?」 素っ頓狂な声を上げた義貞を他所に、イーッとして去って行く凛々。 それを見送り、義貞はハタと気付いた。 「‥‥あいつ、迷子か?」 スッカリ彼女の勢いに呑まれたが、此処は魔の森。人と遭遇する事自体オカシイ。 「あー‥‥仕方ねえな。探しに行くか」 義貞はそう言うと立ち上がり、歩き出した。 しかし此れが後の悲劇を呼ぶ。 開拓者の子供が魔の森で迷子。 至急捜索して欲しいとの依頼が、南麓寺と狭蘭の里から出されたのだった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
月酌 幻鬼(ia4931)
30歳・男・サ
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●南麓寺。 依頼を受けて到着した開拓者一行は、まず依頼をくれた村の人間への聞き込みを始めることにした。 まず手近な村人に話を聞く事にしたのは拾(ia3527)と白野威 雪(ia0736)の二人。ほんわかとした雰囲気を身に纏うこの二人には、村人達もすぐに気を緩し始めた。 「それにしても大変なところでまいごさんになってしまったのですね‥‥」 「あぁ、そうなんだよ。普段なら村の外れとかだから心配ないんだけどね」 拾の言葉に村人は溜め息をつきながら言う。 皆の予想通り、普段から探されることが多いようだ。 「何か凛々様を探すコツなどはあるのですか‥‥?」 「コツかい? んー、いつもは呼びかけてれば勝手に戻ってきてるからなぁ‥‥」 うーんと唸りながら雪の問いかけに答える村人。 どうやらコツと呼ぶには少々大雑把なようだ。 「でもでも、呼びかけてもどってくるということは、お耳はいいみたいですねっ」 大きな発見をしたと言わんばかりにキラキラと瞳を輝かせる拾に、村人と雪は思わず笑みを浮かべた。 と、そこに狩人を中心に話を聞きに行っていた三笠 三四郎(ia0163)と雪刃(ib5814)の二人も姿を見せる。 「どうやらどの方も呼びかければ戻ってくる、ということしかありませんね」 全員が共通した認識、それは迷子になることが日常茶飯事であるならば、それを迎える方法が存在するのではないかということ。 ただ、魔の森で迷子になる、という前例がなかったため、正直余り効果のありそうな方法は聞きだすことができなかった。 「ふむ。ではやはり呼び掛けながら進むしかないか。早めに気付いてもらえるのがいいのだけれど」 そう言って腕を組む雪刃。 本人が何か目印のようなものを残していたりしないかと期待はしてみたものの、それができるぐらいならばそもそも迷ってはいないと言われるとただただ苦笑するしかなかった。 「こうなると他の人のところで何かを期待するしか――」 「すまんな、こっちも外れだ」 三四郎の期待感を秒殺で終わらせたのは月酌 幻鬼(ia4931)。その隣には寄り添うようにして苦笑を浮かべるヘラルディア(ia0397)の姿。 二人が聞いて回った結果、どこで聞いても呼び掛けてみれば、という返答だけだった。 「どうやら‥‥持久戦になりそうですね」 ヘラルディアの言葉に一同から溜息が漏れる。 「後は親父さんに話聞きに行ってる二人の結果だが‥‥」 そう言って幻鬼は凛々の父親がいるはずの家に視線を向ける。ちょうどその時、扉が開いて中から千代田清顕(ia9802)と西光寺 百合(ib2997)が渋い表情を浮かべて姿を見せる。 「どうだった――ってその顔じゃあんまりだったみたいだね」 苦笑する雪刃。言われた清顕は困ったように頭をガシガシと掻いた。 「まぁまぁ‥‥どうやら開拓者が余りお好きではないようですから」 「まーそうなんだろうけど」 百合の言葉にどこか納得のいかない様子の清顕。 「あ? 何かあったのか?」 「えぇ、実は‥‥」 凛々の手掛かりを探すために訪れた清顕と百合の二人は、まず挨拶と目的を話した。しかし、彼は開拓者であることを聞いた途端に「帰れ」の一点張りになってしまったのだ。何を言おうと聞く耳持たず、結局そのまま家を出てきたというわけだ。 「はわ‥‥どうして、なのでしょう」 今にも泣きそうな顔で言う拾の頭を雪がそっと撫でた。 「さぁ、理由はわからないけど。とにかく今ある情報だけで行くしかないね」 そう言って清顕は肩を竦めて見せた。 「そうですね、時間もありませんし‥‥行きましょうか」 三四郎の言葉に同意した一行は、件の森へと急ぐ。 相手は魔の森――時間が経てば経つほど危険度が増す。一行は未だ見ぬ迷子の少女を思いながらその足を進めた。 ●魔の森。 森に入った一行はまず凛々の痕跡がないかを探し始めた。 迷うことが日常であれば、その対策を凛々が何かしているかもしれない。そんな期待を込めてだった。 しかし、木々の幹や地面など入念に探してみたもののそれらしきものは見当たらない。 「‥‥特にありませんね」 「もしかして、本人には余り自覚がない、のかな」 残念そうな三四郎に、雪刃もやれやれと嘆息する。 村人の話から、凛々が大雑把な性格であることは聞いていた。それでも何度も迷子を繰り返しているなら、少しは対策をしていたりするものだと思っていたのだが。 「これは千代田さんの聴覚が頼みの綱かもしれませんね」 百合の言葉に清顕は静かに頷き、意識を集中させる。反応はすぐにあった。 「息遣い‥‥近いな。でも女の子って感じじゃない。これはもっと禍々しい‥‥」 そう告げた清顕はヘラルディアと雪に視線を送る。頷く二人は瘴索結界を張り周囲の気配を探りだす。 「‥‥えぇ、アヤカシの反応です」 「本当ですね‥‥さすが魔の森、すぐにはいきませんか‥‥」 気配を探った二人は若干乾いた笑みを零す。 二人が揃って示した方向、そこから死人が姿を現したのはすぐ後のことだった。 現れた死人の数は四体。鈍い動きでゆっくりと一行に近寄ってくる。 「はんっ、雑魚に用はねぇよ!」 怒号と共に幻鬼の身体から発せられえる強大な剣気。怯んだ死人は、その間に幻鬼の斧に潰され、三四郎の槍に薙ぎ払われ、清顕の刀に切り裂かれ、雪刃の炎の刃に焼かれる。 まさしく一瞬――。 だが当然それで終わるわけもなく。 「こちらにむかってくるのがいます!」 心眼で周囲を探っていた拾の声が響く。 「数は?」 「えっと、三つです」 「じゃあアヤカシか」 面倒な、と小さくぼやく清顕。 「のんびりしていたら凛々さんも危ないかもしれません。皆さん、一気にいきましょう」 そう言いながら百合は近接武器を得物とする三四郎、雪刃、幻鬼、清顕、拾の武器にホーリーコート纏わせていく。 「きます! 今度は‥‥!?」 気配を感じた雪が慌てて空を仰ぐ。そこには腐臭を撒き散らし、屍となった鳥がバサバサと浮かんでいた。 「っ‥‥ひどいにおい‥‥!」 思わず顔を歪めた拾は、すぐさま刀を抜き放ち一旦構えて意識を集中。手にした刀が僅かに帯電する。 抜き放たれた斬撃は宙に浮く死鳥の羽を容赦なく切り裂いていく。 死鳥は地面にいる開拓者を啄ばもうと急降下を開始。その先には既に槍で防御体制に入っている三四郎。 「ぐっ‥‥けど、わかっていればそれほどでも‥‥千代田さん!」 「はいよっ」 三四郎の声を予測していたのか、いつの間にか木の幹を足場に身を躍らせる清顕。その姿は死鳥からは完全に死角。一気に死鳥の懐まで飛び込んだ清顕は、手にした刀をその喉に突き立てる。 耳障りな悲鳴を上げる死鳥。 清顕は突き立てた刀を無造作に捻り抜く。 まるで血のように瘴気を噴き出しながら死鳥は絶命した。 残った死鳥は空中で身動きの取れない清顕に狙いを定める――が。 「余所見しすぎだよ」 地上からの声。既に振りかぶられた雪刃の刀は、振り下ろしと同時に真空の刃を生み出し、死鳥を飲み込む。 数はそれなり、しかし個々はそれほど強くないので、対処は比較的楽だった。 「この調子なら‥‥なんとかなりそうですっ」 「いや、そうはいかねぇ。何せここは魔の森だ、油断は禁物だぜぇ?」 ぐっと拳を握った拾に不敵な笑みを浮かべながら言う幻鬼。 そしてその言葉通りにまた次のアヤカシが姿を見せる。魔の森の恐ろしさ、それはただアヤカシたちの能力があがるだけではない。 「最後まで、気を抜かずに参りましょう」 ヘラルディアの言葉に、一行は今一度短く『応!』と応える。 開拓者たちの連携は素晴らしかった。巫女である二人と拾の索敵、前衛陣の攻撃力、清顕の聴覚による察知と、雪刃の呼びかけ。 普通の森であればすぐに片がついただろう。だがここは魔の森。謂わばアヤカシの巣に等しい場所だ。一度見付かったが最後、無尽蔵に湧き出てくるアヤカシ。一行もまさかそこまで途切れなく敵に襲われることになるとは思っていなかったのだろう。 これより後、一行はまさしく疲労困憊の状態にまで追いやられることとなる―― ●持久戦。 「はぁ‥‥はぁ‥‥」 激しい息遣いが木霊する。 聞こえてくるのが誰の息遣いであったのか、最早分からなくなってきている。 魔の森に入ってからというもの、凛々に何とかこちらに気付いてもらおうと大声で呼びかけること十数回。無論、その度にアヤカシの群れが一行に襲い掛かってきた。 最初こそそれほど苦労することなく撃退していたものの、倒しても倒しても湧き出るアヤカシの多さと、それに伴う疲労により既に出せる力にも限りが見えてきていた。 「一体一体はそうでもない、ですけど、これは、キツいですね‥‥魔の森は初めてですけど‥‥なるほど、迂闊に近寄らないわけです‥‥」 槍に体重を預けながら切れ切れに言う三四郎に、同じように金槌を支えにした幻鬼が苦笑をもらす。 「魔の森ってなぁアヤカシにとっちゃ天国みてぇなモンだからなぁ‥‥だから早めにケリつけるつもりだったんだがなぁ‥‥」 嫌と言うほどに魔の森の恐ろしさを知っている幻鬼ではあったが、ここまで長時間滞在することになるとは思ってはいなかったようだ。 「はぁ、はぁ‥‥り、りんりんさぁん‥‥どこですかぁ‥‥!」 弱々しく叫ぶ拾は残りの力を振り絞り心眼を使う。 「‥‥余り余力がありません‥‥この辺りで見付からなければ――」 小さく呟いたのは雪。巫女である雪とヘラルディアは交代とはいえほぼ常時結界を張り続け、尚且つ回復も行ってきた。 いくら他の開拓者よりも豊富な力を持つとはいえ、長くはもたない。 最悪の選択肢が一行の頭を過ぎる。 その時、ガサリ、と音がして木々がざわめく。 現れたのは骨の鳥。狙いを定めたのは――百合だ。極度の疲労により百合の反応も一瞬だが、遅れた。 「――! 危ないっ」 嘴を突き立てる骨鳥を前に、残った力を振り絞り百合を背にして刀を振るう清顕。鈍い音と共に嘴は弾かれ、清顕もまたその身体をよろめかせる。 「千代田さんっ」 「っ‥‥大丈夫‥‥!」 駆け寄る百合に、清顕はにこりと微笑む。 一方弾かれた骨鳥は今度は狙いを雪とヘラルディアに向ける。 と、そこで骨鳥の前に一つの影が躍り出る。小柄な身体に真っ赤な泰国の衣装を身に纏った一人の少女――凛々だ。 突然現れた凛々に一瞬戸惑った骨鳥。その隙を三四郎は見逃さず、残った力を込めて槍を突き刺した。瘴気に姿を変える骨鳥。 「はは‥‥漸く、だね」 その姿を確認した雪刃は力なく笑みを浮かべる。よく見れば凛々も既にボロボロだ。 「ごめんなさいっ! 実はアタシも追われてるのっ!」 その言葉通り、周囲から何かが蠢く音が聞こえてくる。 「よっしゃ‥‥もうここで踏ん張る理由はねぇな。皆、最後の力、出せるな?」 幻鬼の言葉に無言で頷く一行。それを確認した幻鬼は、徐に凛々を担ぎ上げた。 「へっ!? ちょっ、な、何する――」 「決まってんだろ? こんなトコからは‥‥さっさとズラかるんだよ!」 言うが早いか、進んできた道を全力で走り抜ける開拓者たち。 ゆっくりと着実に進んでいたせいもあり、逃げる際にアヤカシに道を阻まれることはなかった。 ●帰還。 魔の森から逃げるように引き返してきた開拓者一行は、少し開けた場所で一旦休憩をとる。 「あー、しんど」 「見事な引き際でしたね」 ぐったりとする幻鬼の隣に身を寄せたヘラルディアは、そっとその腕に寄りかかる。 「あそこで頑張る意味はねぇからな‥‥それに、この状態じゃお前も守れねぇしな」 「ふふ、有り難うございます」 言いながらぽりぽりと頬を掻く幻鬼に、ヘラルディアは満面の笑みで応えた。 そんな二人を横目に、三四郎は自分たちのいる場所の恐ろしさを今一度実感する。 「やはり聞いていた通りですね、魔の森は‥‥危うく無情な決断をしなければならないところでした‥‥」 はふ、と息をついた三四郎は、隣で傷の手当を受けている凛々に視線を送った。 見れば清顕からわけてもらったチョコを喜んで齧っている。 「それにしてもよく無事だったわね。こちらには気付いてたのかしら?」 凛々の腕に包帯を巻きながら百合が尋ねると、凛々はチョコを口いっぱいに頬張ったまま。 「ふん、へひははひへへはははひはほっはははふひははっへ」 「食べ終わってからしゃべろうな‥‥」 「ふへっ!?」 嘆息して言う清顕に、凛々は慌てて口の中のものを飲み込んだ。 「ぷはっ。えっと、アタシも追われてて、皆さんも交戦中でしたので、出来るだけ遠くに離れようと思いまして‥‥」 どうやら思惑が若干すれ違っていたようだ。 「とにかく、見つかってよかったですっ! おとうさんもしんぱいしてますよっ」 そう言ってにこっと笑みを浮かべる拾。 答える凛々はどこか冷めた目をする。 「ふんだ。どーせアタシなんかどーだっていーのよ」 「こーら。我が子を可愛いと思わねぇ親なんざいねーんだ。とーちゃんに心配かけんじゃねぇぞ」 ふてくされるように言う凛々に、幻鬼はこつりと拳を乗せた。 「そうですね、確かに自分の子供なら‥‥」 頷く百合は、いつの間にか清顕と見詰め合っていることに気付く。清顕もそれに気付き、にこりと笑みを浮かべる。 慌ててぷいっと目を逸らす百合の頬が若干赤かったのは気のせいではなさそうだ。 「そういえば、凛々様はまだ薬膳探しをされますか?」 そう言って小首を傾げたのは雪。元々凛々が森に入った理由はそれなのだ。 「ん、だいじょーぶです! もう取って来ましたから!」 そう言って凛々は自分の背中に背負う袋を見せた。なるほど、よくわからない茸類が詰め込まれている。 薬草士である百合の興味を盛大に引いたようだが、使用法は秘密らしい。 と、ここで雪刃があることを思い出す。 「そうだ凛々、きみ、もう少し自分の方向音痴を自覚したほうがいいと思うよ?」 「ふえっ!?」 突然の雪刃の言葉に慌てる凛々。どうやら本人は認めたくはないようだ。 「今回は何とかなったけど、次に魔の森なんかで迷子になったら、それこそ無事じゃすまないよ?」 「あうぅ〜‥‥わかりました」 しゅんとなる凛々の頭を、雪は微笑みと共にそっと撫でる。 「凛々様のこと、皆様それは大事になさっておられましたよ? ですから、凛々様もご自分のことを大事にしてくださいませ」 柔らかな雪の言葉に、凛々も黙ってこくりと頷く。 「さぁ、みんなでかえりましょう!」 にこりと笑った拾の言葉で、一行は南麓寺への帰路につく。 こうして、開拓者たちの迷子探しは一先ず無事に終了したのであった。 〜了〜 |