【譚】嗤ウ死神。
マスター名:夢鳴 密
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/26 01:35



■オープニング本文

●天儀暦10XX年。
「というわけで、少年は開拓者たちの力を借りて見事に逃げ延びたのであった」
 と、ここで老人は息を一つ吐き出す。どうやら長話に少し疲れたようだ。
「ねーねー、その辰巳って男の子はそれからどーしたのー?」
 男の子は話の続きが気になって仕方ないのか、老人の袖を引きながら催促する。
「お、おぉ‥‥そうじゃな。何とかアヤカシから逃げ延びた辰巳とお春・お琴の姉妹は、一先ず呉内城の南にある弥栄(やさか)の村に逃げ込んだのじゃ」
 言いながら老人は一枚の紙を取り出す。少年が不思議そうに覗き込むと、そこには地図が描かれていた。
「うわぁ、随分古い地図だね」
「ほっほっほ、そりゃそうじゃ。これは同じ年代に作られたモノじゃからのぅ」
「へぇー! ホンモノー?」
「当たり前じゃ」
 すごーい、と感嘆の声を上げる少年。
「あ、ここが弥栄だね!」
 少年の指差す先には村を示す印が小さく書かれていた。
「そうじゃ。じゃがな、実はその頃、呉内城の方でも事件が起こっておってな――」

●傀儡の主。
 北面北部に位置する小さな城、呉内城。
 元々は魔の森対策として建設されたものので、代々舘三門家がこの城の主として守ってきた。
 そして今、まるで抜け殻の如く天守閣に鎮座する一人の男が、現城主は舘三門成正である。
「のう、お前さん? 今表に妾の馴染みの者が来ておるのじゃが、入れてもよいかの?」
 成正の隣で扇情的な衣服に身を包んだ艶かしい女性が、しなを作り猫なで声で問いかける。成正は一瞬びくりと身を震わせると、静かに首を縦に振った。
「ふふ、そんなお前さんが好きじゃよ‥‥」
 纏わり付くような笑みを浮かべた女性は、その場でぱんぱんと手を叩く。
 一瞬の沈黙。続けて天守閣入り口の襖が静かに開かれた。
「おやおや、随分と懐いてるねぇ」
 苦笑を浮かべつつ入ってきたのは一組の男女。
 男は赤髪で目は銀色、そして背中に自分の身の丈ほどある刀を背負っている青年。もう一方は一見すると変わったことのない少女だが、全身の至る所に張り巡らされた符が色々とおかしな雰囲気の手伝いをしている。共通するのは、二人とも見える位置にとある刺青をしていること。
 ちなみに今声を発したのは男性の方だ。
「用件はわかっておるな?」
 柔らかな笑みとは裏腹に殺気が込められたかのような言葉に、男は肩を竦める。
「へいへい、ガキの始末でしょ? そんなもん、俺らに頼む内容でもないでしょーに。心配性だねアンタ」
「‥‥おととい‥‥きやがれ‥‥です」
 けらけらと笑う男と、小さく物騒な言葉を吐く少女。若干溜息をついた女性は鬱陶しそうに手にした扇子を開いた。
「そう思っておったのじゃがな。どうも邪魔が入ったようじゃ」
「邪魔?」
「追っ手を差し向けたのじゃがな‥‥何者かに消されてしもうた」
「へぇ‥‥」
 男の目尻がスッと鋭くなる。
「なに、あの小僧の居場所はわかっておる。それに‥‥よもやお主たちがしくじるとも思えぬしな」
「お褒めに預かりどーも。ま、強い相手がいるなら構わねぇよ、俺は」
「‥‥死ねばいいのに‥‥」
 軽口の青年とどう聞いても悪口の少女は、女性から狙う獲物がいる場所の地図を受け取る。
「ふぅん‥‥弥栄村、ねぇ」
 小さく呟いた青年は地図を無造作に放り投げると、背中の大刀をとんでもない速さで抜き去り振りおろす。
 宙を舞う地図は、地に落ちる前に綺麗に真っ二つに裂けた。
「ちったぁ楽しませてくれよー?」

●開拓者ギルド。
「村に暴漢が出たようです」
 ギルド受付である名瀬奈々瀬は、手元の資料を見ながら静かにそう言った。
「暴漢、ですか? それぐらいなら自警団レベルなのでは?」
 たまたまギルドに来ていた開拓者、小野崎 焔鳳は首を傾げた。
「えぇ、普通ならばそうなのですが‥‥今回は、その自警団が全滅しています。しかもその自警団がまるっと人質になってしまいました」
「それは‥‥ということは、志体持ちですか?」
 焔鳳の言葉に奈々瀬はこくりと頷く。
「確証はありませんが、そう思って間違いないでしょう」
「で、その暴漢は何が目的なのですか?」
「それなのですが‥‥どうやら人探しのようです」
 そう言って奈々瀬は手元の資料を焔鳳に差し出す。
「探し人‥‥舘三門辰巳? 誰ですか?」
「北面の北部にあります呉内城の跡取りの方ですね」
 奈々瀬はつい先日起きた事件の概要をざっと説明する。
 森の中で取り残され、開拓者の手によって救い出された少年のこと。
 そしてその一連の行動にどことなく不可解な一面があったこと。
「そもそも何でそんなアヤカシのいる場所にいたのか‥‥いや、アヤカシが探していた‥‥?」
 ふむ、と腕を組んで考える焔鳳。
「もし、探されていたのだとするならば‥‥今回の目的も理解はできますね。まぁどちらにせよ、人質もいますし‥‥早く片付けないといけませんね」
 そう言って拳を鳴らす焔鳳。泰拳士である彼の主な武器は、自身の拳である。
「それで? 相手の特徴はわかっていますか?」
「あ、はい。どうやら数人いるそうなので説明しますね」
 そう言って、奈々瀬は一枚の白い紙を持ち出しさらさらと文字を書き始めた。


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
无(ib1198
18歳・男・陰
ソウェル ノイラート(ib5397
24歳・女・砲


■リプレイ本文

●捜索。
 弥栄村に着いた開拓者たちはまず二手に別れて行動することにした。
 片手は村の中央に陣取るという暴漢を偵察。
 そしてもう片手は――
「以上が舘三門辰巳とその従者、お春とお琴の特徴だ」
 少し前の依頼で行方知れずの三人と顔を合わせている无(ib1198)が、以心 伝助(ia9077)と同行者である小野崎焔鳳にその特徴を話す。
「なるほど、わかりやした‥‥しかし相手の目的が見えないでやすね」
 腕を組んだ伝助はうんうんと唸り声をあげる。
 確かに今回色々と不可解な点が多い。
「敵の目的は探し人なのでしょう? 確かにそれを先に見つけることは大事ですが‥‥暴漢のほうは宜しいのですか?」
「単純に暴漢だけを退治しても負ける‥‥根拠はないんすけど、今回はどうもそんな気がするんす」
 焔鳳の疑問に伝助が言葉を濁して答える。
「そうそう、一応ギルドの図書館で色々調べてきたんだけどね」
 无が取り出したのは呉内城周辺の情報とそこで最近起きている出来事、そして伝承についての報告書だった。
「特別有用な情報はなかったけど、呉内城にはここ最近なにやら物騒な動きがあるみたいだね」
 无が調べた限りでは、ここのところ呉内城に山賊や空賊、あるいは流れの傭兵など腕に自信のあるゴロツキの類が集まってきている、というものだった。
「今回の相手がその内の誰か、ということでやすかね」
「可能性は高いね。でもそれ以上は特に何もなかったから、今気にすることじゃないかもね」
 ごめんね、と无は肩を竦める。
「とにかく辰巳さんを探しやしょう。余り時間も掛けれそうにもありやせんし」
 伝助の言葉に頷きを返した无は、ちらりと焔鳳に視線を送った。
 腕を組んだまま何かをしきりに考えている焔鳳。その様子に特に変化はない。
(‥‥気のせい、かな)
 焔鳳にも何かあるのではないかと疑っていた无だったが、どうもその可能性は薄そうだ。
(注意だけはしておきます、か)
 こうして三人は村の中の捜索へと繰り出した。

 この時、既に歯車は狂い始めていたことに、一行は気付いてはいなかった。

●広場を臨む。
 ひっそりと静まった村の中を、気配を殺して進むのは鷲尾天斗(ia0371)と酒々井 統真(ia0893)、そして八十神 蔵人(ia1422)の三人。
「なァんか裏がありそうなんだがな‥‥メンドクセェな」
「少なくとも待ってる奴らの目的は別にあるんだろうな」
 足を進めながら小さく零す天斗に、統真は頷きながら答える。
 今回の依頼の話を聞いてから全員の頭を過っているもの、それは敵の行動の消極さだ。
 相手の言うように探し人が欲しければ家捜しをすればいい。しかしそれをしている様子はない。だが人質をとってまで探している。
「奴さんの目的が普通に人質で辰巳やお春ちゃん達の誘き出すんやったら、はなっからギルドに使い自体を出すことすらさせんやろしなぁ」
 頭をぽりぽりと掻きながら蔵人は言う。
「結局目的が見えねぇとわからねぇってことか」
「なァに、本人から聞きだしゃ済むんじゃねェの?」
 ざっくりと言う天斗の目には、迫り来る相手を前にした興奮の色が濃く映し出されている。
「敵は報告にある四人だけと違うやろうな。別働隊がおるはずや」
 こちらは蔵人。報告にある暴漢とは別の人間、即ち舘三門辰巳を捜索する何者かが必ずいるはず。それが彼の考えだった。
「その辺は探りに行ってくれた伝助や无を信じるしかねぇな‥‥っと、見えてきたぜ」
 統真の言葉に緊張が一気に高まる。
 現在統真たちの位置から見えるのは蹲る数人の人間と、報告にあった四人と思われる人影のみ。
「んで、何時パーティーを始めるんだ?」
「合図があるはずや。それと同時にワイらも行動開始や」
「はっ! まどろっこしいねェ」
「まぁそう言いなやー。万全にしとくんは悪いことやないで?」
 早く戦いたくて仕方のない天斗を、笑いながら宥める蔵人。
 そんな二人を余所に統真は何故か武装を外し始める。
「どうせ人質を返して欲しけりゃ、とか言いそうだしな。言われる前に武装解除してやらぁ」
 統真ならではのこだわり。確かに武装を解いても大幅な戦力ダウンにならないのが泰拳士の強みではある。勿論他の二人はしなかったが。
「さァ、早く始まってくれよ‥‥!」
 小さく呟いた天斗の目は既に待ち構える暴漢の姿を捉えて離さなかった。

●物陰にて。
 一方物陰に身を潜めながら行動開始の合図を出す時期を見計らっていたのは喪越(ia1670)。
 既にその手には一枚の符が握られていた。
「やれやれ。あのボンボンも若い身空で大変なもんだわな」
「厄介なのに狙われてるみたいだね。狙ってるのがあの子なのか私たちなのか、それはわからないけど」
 喪越の言葉に苦笑しつつ答えたソウェル ノイラート(ib5397)は、手にしたマスケットをそっと握り締める。
 思い浮かぶは先日会ったばかりの小さな少年の姿。同情するようなことはないものの、あの年で背負うには少々酷な事件だと思わないことはない。
「まだ小さいのにね」
「そうだなぁ。美人姉妹にあれやこれや世話されてんだろうなぁ」
 どうやら違う意味での心配をしていた喪越の言葉が、偶然にもソウェルの言葉と重なってしまった。溜息を一つついたソウェルは無言でマスケットの銃先を喪越に向けた。
「不謹慎」
「のぉう!? ちょっとしたジョークってヤツだぜセニョリータ! わかったからその物騒なの仕舞ってくれYO!」
 と、そこで二人の傍に一陣の風が吹く。
「戻りまし――何してるんですか?」
 風と同時に姿を見せた菊池 志郎(ia5584)は二人の様子にぽかんとした表情を浮かべた。
「何でもないよ。それよりどうだった?」
「えぇ‥‥特に他に人がいるようなことはありませんでした」
 マスケットを元に戻したソウェルの問いに、志郎は静かに首を横に振った。
「じゃあ伏兵みたいなのは心配する必要はねぇってことか?」
 喪越の言葉に、今の所は、と頷く志郎。
「ふぅむ‥‥んじゃ始めますか」
 コキリと首を鳴らした喪越がすっと立ち上がる。
「そうだね。ないものを今心配しても仕方ないしね」
 ソウェルもまた狙撃に適した場所へと移動を開始する。志郎もまた物陰にその身を隠し気配を断つ。
 一瞬の沈黙。
 喪越の手から一枚の符が解き放たれ、時が動き出した。

●戦闘。
「な、なんだぁ!?」
 男の声が響き渡る。辺りには濃い瘴気の霧。若干ではあるが視界が歪む。
 中央の広場で待ち構えていた暴漢のうち、リーダー格と思われる赤毛の男が慌てて人質の傍へと駆け寄る。
「ちょっと、何なのよこの霧!」
 傍にいた符を纏った女が身体に張り付いた符の一枚を剥がす。
 と、そこで突然地を揺るがすような大きな声が響き渡る――統真の咆哮だ。
「ちぃっ! 邪魔ってなぁこいつらかよ!?」
 叫びの主を目にした男は一気に地を蹴り統真の元へとその身を躍らせる。
「おい、援護しろよ!」
 わかってるわよ、と返しながら女は符に念を込める――が、その肩を一発の銃弾が貫いた。
 肩口の痛みと流れる出血で女の意識が逸れ、術が霧散する。
 同時に女の周囲を濃い煙のようなものが覆い隠す。
「くっ‥‥何なのよもぅ!」
 叫ぶ女を余所に、いつの間にか傍に移動していた志郎が瞬時に人質を縛っていた縄を解く。
 女が気付いたときには既に遅く。
「あっ!? ち、ちょっと待ちなさ――」
 二発目の銃弾が再び女の肩を穿つ。もんどりうった女は肩から身体を駆け巡る痛みに耐え切れず、その場で気を失った。その隙に志郎は人質たちを出来るだけ遠くへと誘導を開始。ここまでは全て順調。
 一方男をひきつけた統真も、拳を振るってくる男を前に着実に攻撃を加え、既に男を圧倒してさえいる。
 その様子に天斗も、戦っている統真も違和感を覚えた。
「あ? 随分よえぇなおい」
 元々統真のフォローに回るつもりだった天斗は、思わず舌打ちすると未だ動きの見えない暴漢の方へと視線を移す。
 一人は未だ動かない黒ローブの男。そしてもう一人は、蔵人と対する白ローブ。
「あんさんの相手はわしやでぇ‥‥覚悟しぃや!」
 二槍を手に悠然と立ち塞がる蔵人に、白ローブは小さく嘆息をした。
「‥‥ねぇ、消していいの? いいでしょ? 消すよ?」
 聞こえてきたのは少女のようなか細い声。立ち上がった姿もかなり小さい。その声の主が向けたのは、黒ローブの男。
「お前な。それ俺の意見聞く気ねぇだろ‥‥」
 やれやれと呟きながら立ち上がった男の前に、天斗が立ち塞がる。
「んじゃ、オレはコッチで遊ぶわ! サァ、Have a partyだァ!」
 その顔に禍々しいほどの笑みを浮かべた天斗は、自身の長槍を構えて叫ぶ。
 一瞬で高まる緊張。
 最初に動いたのは天斗。振るわれた槍は男のローブを切り裂くが、空を切る。
 続け様に身体を翻しながら槍の柄を使って突きを放つ――これも避けられる。
 ならば、と槍先端を紅葉色に染め、下段からの突き上げ。
 浚った感触はあったが、肉を裂く感触はない。穂先にあったのは黒いローブのみ。
「へぇ、なるほど。確かにやるねぇ」
 ぷらぷらと手を振りながら言う男の姿は、いつの間にか大刀の前に。決して大柄ではないが引き締まった筋肉に赤毛、そして腕に彫られた蜘蛛の刺青。
 その男が地面を刺したままになっている刀に手を伸ばした。

 一方白ローブに対していた蔵人は。
「は、はは‥‥しもたなー」
 苦笑を浮かべる蔵人の身体は、完全に動きを封じられている状態にあった。良く見れば彼の背中に一枚の符が張られている。
「何したんや‥‥ちゅーかいつの間に貼られたんや‥‥」
「‥‥言うわけないじゃない‥‥馬鹿‥‥」
 小さく呟いた白ローブは符を構えるとそれを握りつぶす。同時に禍々しい口だけの式が現れ、そのまま蔵人の腹に噛み付いた。
 悲鳴を上げる蔵人。と、そのローブを銃弾が貫く――ソウェルの狙撃だ。しかしその銃弾はローブを貫いただけに終わる。
 ローブの下から現れたのは華奢な一人の少女。その全身には先ほど気を失った女性と同じように、全身に符が貼り付けられている。そしてその細い腕にはやはり蜘蛛の刺青。
「‥‥邪魔」
 忌々しげに振り払った符から、ソウェル目掛けて再び口だけの式が襲い掛かる。その式を、地面から生えた黒い壁が防ぐ。更に黒い壁は少女の足元からも生える。
「くっ‥‥こりゃ色々予想外だよなっ!」
 叫ぶ喪越は既に少女を見ていない。倒れ付す蔵人の下へと駆け寄り、その長身の身体を担ぎ上げる。
「ったく、肉体労働は趣味じゃねぇし、ましてや男担ぐなんて全然役得じゃね――」
 愚痴を言う喪越の口が止まる。一瞬の後、口元から鮮血が流れ出た。震える身体で自分の腹を見れば、巨大な刃が生えていた。
「おいおい、勝手に帰られちゃ困るよ?」
 聞こえてきたのは先ほどまで天斗と戦っていたはずの男の声。力を振り絞って振り返れば、天斗が血まみれで倒れているのが見えた。
「ただの暴漢だと思って、随分油断してくれたんじゃねーの?」
 けらけらと嗤う男は喪越から刀を引き抜いて血を払う。その隣に上空からふわりと降り立った少女が立つ。
 転がっていく仲間たちの姿。
 物陰に身を潜め、狙撃の機会を窺っていたソウェルの目に否が応でも焼きつく光景。
(どうしたら‥‥!)

●惨劇。
 辰巳捜索のために調査に回っていた伝助は、戦闘開始から聞こえていた数々の物音が、急に途切れたことに気が付いた。
「終わった、でやすか‥‥?」
「どうかした?」
 立ち止まって耳を済ませる伝助に、无は首を傾げる。
「いえ、戦闘音がなくなりやして‥‥終わったのかと――!?」
 そこで伝助の耳に聞き慣れない声が入ってきた。
「探しているのは私でしょう!? これ以上は止めてください!」
 内容からどうやら一番出てはいけない人間が出てきてしまったようだ。
「无さん‥‥!」
「あぁ、いけない方向に進んだみたいだね」
 頷きあった二人はすぐに移動を開始し、村の中央の広場へと急いだ。
 たどり着いてまず見えたのは大量の血を流して倒れている仲間の姿と、どういうわけか同じように倒れているお春とお琴の姿。そしてそれを前にして立つ赤毛の男と、相対する一人の少年――舘三門辰巳の姿。
「何故‥‥私を狙うのならば直接狙えばいいでしょう!?」
「それは前回失敗してんでしょー? ならまず邪魔から排除しないとねー」
 へらりと笑う男。
 邪魔さえ入らなければいつでも探せる。ならば先に邪魔は消してしまおう。そしてこの状況になれば邪魔をするものは自分たちから必ず出てくるはず。それが男の考えたシナリオだった。そして当然の如くやってきた一行は、何故男が待っていたのか、という部分を完全に読み違えたのだ。
「一応わかりやすいよーに、見た目いかにも怪しげな格好しといたんだけど‥‥失敗だったかな?」
 いいながら転がるお春の頭を踏みつける男。
 天斗・蔵人・喪越が傷を負い、最初に別の赤毛と戦っていた統真と、人質を開放して戻ってきた志郎、そして狙撃していたソウェルもまた、男と少女の手によってあっという間にねじ伏せられてしまった。暴漢の中でも、あからさまに怪しかった二人の対処。そちらを疎かにしすぎた結果だった。
「‥‥私は、どうすればいいのですか‥‥?」
 唇をぎゅっと噛み締め、悔しさをにじみ出す辰巳。
「命令的にはアンタには死んでもらわないといけないんだけどさ。それじゃ面白くないんだよね、俺は」
 そう言った男はちらりと視線を送る。送った先には息を潜めていた伝助と无。
「!?」
 次の瞬間二人の身体が動かなくなる。
「‥‥鼠、見付けた‥‥」
 小さく聞こえた声はいつの間にか二人の後方にいた少女のもの。二人からは見えないが、どこかに呪縛の符が貼り付けられているのだろう。
 少女は新たに符を取り出すと、無造作に握りつぶす。同時に出現する口の式。それぞれ噛み付かれた二人はそのまま辰巳の傍へと転がりだされた。
「や、やめてください!? 私はもうここにいるでしょう!?」
 叫ぶ辰巳。彼にとって、自分の恩人たちがこれ以上傷つくのは耐えられない。しかし、その傍に来た少女によって辰巳の意識は刈り取られてしまった。
「‥‥五月蝿い‥‥」
「相変わらず容赦ないねぇ花音ちゃんは」
「アナタに言われたくない‥‥死ね蛇尾」
 やれやれと溜息をつく男――蛇尾は、辰巳を担ぎ上げて歩き始める。
「あ、そうそう。今回ぜーんぜん楽しくなかったからさ。一回だけチャンスあげる。また連絡するからそんときまで待っててねー」
 ひらりと手を振る蛇尾とブツブツと呪詛を吐く少女――花音は、言うだけ言ってその場から姿を消した。


 その後、村の外を捜索していた焔鳳によって応急処置がなされ、一行は辛うじて一命を取り留めた。
 そして数日後、ギルドに一通の手紙が放り込まれる。差出人はないが、蜘蛛が一匹、手紙に貼り付けられていた。

 〜了〜