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■オープニング本文 ●始まりの影。 僅かな間の夕闇が辺りを照らし終え、漆黒の闇が姿を見せる。 闇は不安を煽り、人々の心に暗い雫を落とし込む。 「嫌な風だな」 吹き抜ける生温い風に男は身震いした。 男の名は藤七。先の大きな戦で陥落した南郷砦の守護隊に所属していた。 あの事件で受けた傷が元で療養を余儀なくされたが、現在は完治して町の守備隊に転属をしていた。 「そういや隊長も今神楽にいるんだっけ。つい先日砦に行ったって話も聞いたけど、帰ってきてるのかな」 無愛想だが心根の優しい、ともすれば隊の中で一番年下であろう元上司の姿を思い出し、藤七は思わず笑みを浮かべた。 と、藤七の前にぽっかりと人影が浮かび上がる。 行灯に照らされた影は、うっすらと見える身体の線からどうやら女性であるらしい。 「ん? こんな時間に女性の一人歩きたぁ関心しないな‥‥どれ」 思い立った藤七は女性のへと駆け寄る。 「こんな夜更けに散歩かい?」 突然掛けられた声に女性はふらりと振り返る。 そして照らし出されたその姿に藤七はごくりと唾を飲み込んだ。 着崩れた着物から覗く白い肌、胸元からこぼれそうな膨らみ、ぷっくりとした紅い唇、潤んだ瞳、そして少し紅がかった頬。一見にして男受けのよさそうな女性である。 「えぇ。今日はとてもいい気分なの。こんな日に家でいるなんて、勿体無いと思いませんこと?」 どこか艶かしく女は言う。 「へ、へぇ‥‥そりゃ何よりで」 完全に鼻の下を伸ばした状態の藤七は、するりと伸びてきた腕が自分の腕に巻きついてくるのを拒まない。 と、胸元に細長い筒のような物が挟まっているのが見える。 「それはなんだい?」 思わず手を伸ばした藤七。女は身を捩ってその手をかわす。 「あん、もう気のお早いお・か・た‥‥そんなに気になりまして?」 「あぁ、じっくりと知りたいねぇ」 「まぁ正直なお方‥‥ではこちらへ‥‥」 ふふりと笑みを浮かべた女はふらりとその場を離れる。誘われるがままに女の後を追う藤七。 そして、事件は起こった。 次の日。神楽の都にある奉行所に藤七はいた。 「待ってくれ! 俺は何もしちゃいない! 信じてくれ!!」 必死の形相で叫ぶ藤七。しかし奉行所の役人たちは険しい表情を崩そうとはしない。 事の発端は今朝。 とある宿において宿泊していた客が、出立時刻になってもなかなか姿を見せないと宿の者が様子を見に行ったところ、血だらけの女性と、その中で短刀を片手に座り込む藤七の姿を発見。慌てた宿側から奉行所へと連絡が入ったのだ。駆け付けた役人によって藤七は捕らえられ、現在奉行所で尋問を受けている、という状態である。 「昨日夜に寝るところまでは普通だったんだ! 朝起きたら何でか手に短刀持ってて‥‥何もしてないんだよ!」 藤七の様子からして嘘を言っているようには見えない。が、どう見ても藤七の手にかかったとしか思えないこの状況は、覆しようがなかった。 「取り敢えずお前さんの身柄はしばらく預からせてもらう」 有無を言わさない役人の言葉に、藤七はただただ項垂れるしかなかった。 藤七の事件は瞬く間に広まり、その報せは当然戦から戻ってきた虎政の耳にも入ることとなる。 ●絡み合う影。 藤七の事件から三日。 何度か藤七に面会を希望した虎政だったが、その願いは聞いてもらえず、どこか苛々とした日々を送っていた。 あの死を覚悟した戦を共に切り抜けた仲間が、そんな馬鹿げた事件を起こすはずがない――虎政はどうにかして真相を探るために夜な夜な都を徘徊し始めた。 そんなある日。 いつものように夜の都をあてもなく彷徨っていた虎政の耳に、絹を裂いたような女性の悲鳴が飛び込んできた。 確認も何も全てを放って、己の聴覚を便りに悲鳴のした方へと駆け抜ける。 辿り着いた先は一本の袋小路。そこには二つの人影があった。 一つはひょろりとした細身で長身の男性。その手には自身の背丈ほどある槍が握られている。 もう一つは女性。全身を真っ赤に染め、そこらかしこに血痕を散らせた中に倒れている。 確認した瞬間虎政は地を蹴って男に迫る。 虎政の振り下ろした薙刀は男の槍に阻まれ乾いた音を立てた。続け様に攻撃を加えるも、その全てを槍で防がれてしまう。 攻撃を加えながら、虎政は奇妙な感覚を抱く。 それは、男の槍の扱いが素人のようであること。 攻撃は防がれているものの、決してこちらの攻撃を読んでいるというわけではなく、無理矢理押さえ込まれているような、そんな感覚だった。 「‥‥貴方、誰」 小さく、しかしはっきりとした虎政の言葉。男は答えない。 「どちらにせよ、貴方はここで――終わり!」 吐いた息と同時に一気に踏み込む虎政。手数を更に増やし畳み掛ける。 達人級の腕ならばまだしも、見た目に素人とわかる動きで捌ききれるものではなく、ついに虎政の薙刀の柄が男の左腕に食い込んだ。 ボキリと音を立てて男の左腕が歪に曲がる。 しかし―― 「!?」 折れた左腕を全く気にすることなく、男はそのまま槍を突き出し、虎政の左肩を貫いた。 膝をつく虎政。一方の男はそれ以上攻撃するでもなく、そのままその場を後にする。 「ま、待って‥‥!!」 虎政の声は届くことなく、男は夜の都に姿を消した。 「それで、腕を怪我したと?」 じと目で言う少年を前に、虎政はこくりと頷いた。 「ただでさえ無理を承知で砦に行かせて、帰ってきたと思ったらこれですか?」 こめかみ辺りの血管をぴくぴくさせながら言う少年に、虎政はそっと目を逸らす。 「だって‥‥藤七が」 「だってじゃありません。貴女はご自分の立場をもう少し理解してください」 少年の言葉に虎政は唇を噛んで俯いた。 しばらくその状態が続き、やがて少年はため息を一つつく。 「‥‥わかりました。取り敢えず貴女が遭遇したという槍使いに関しては開拓者の皆さんに調査してもらいましょう。その間に貴女はまず怪我を治してください」 悩んだ末、虎政は渋々頷いた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●探索〜其の壱。 神楽の都で起きている謎の事件。 先立って調べていた虎政の負傷により、代わりに調査をすることとなった開拓者たち。 まずは虎政が行っていなかった情報収集から始めることにした。 事件当事者である藤七の話を聞くために奉行所へとやってきたのは羅喉丸(ia0347)と桔梗(ia0439)の二人。 通常では面会が出来ない事を虎政から聞いていた二人は、ギルドに依頼状を書いてもらい、それを持って奉行所を訪れた。 しかし―― 「やっぱり無理だったね」 「あぁ。ギルドからの依頼でも無理とは思わなかったな‥‥それだけ藤七には何かあるということなのか‥‥?」 苦笑する桔梗と眉を顰める羅喉丸。 確かに通常であれば連れ出すことは不可能でも、監視付きの面会ぐらいは罷り通りそうなものだ。 「虎政も会えなかったみたいだしね。でもこればかりは押し通すってわけにもいかないし」 「あぁ‥‥」 どこか納得のいかなさそうな羅喉丸に、桔梗は静かに視線を送る。 「それに、成果がなかったわけじゃない」 桔梗の言葉に頷く羅喉丸。 確かに藤七に話を聞くことはできなかったが、奉行所全体が非協力的だったわけではない。 中には「上からの命令で仕方なく」という人間もいたため、情報事態は入手ができた。 「被害者の女はどうやら藤七を誘った女で間違いない。これは奉行所での取調べで藤七自身が言っていた、と言ってたしな。俺の予想とは違っていたが‥‥まぁある意味外れていたほうがいいのは確かだが」 二人がまず疑ったのは藤七に誘いをかけたという女が黒幕ではないか、ということ。 そして羅喉丸の予想は、その女がかつて開拓者たちを苦しめた狐妖姫ではないかということだった。 だがこれらはどうやら杞憂であった。 と、そこに奉行所周辺に聞き込みを行っていた琥龍 蒼羅(ib0214)が姿を見せる。 「どうだった?」 桔梗の言葉に、蒼羅は静かに首を横に振る。 「ダメだ。藤七を誘惑したという女、足取りどころかその存在自体知っている人間が少ない‥‥少なくとも神楽では余り見かけられていないようだ」 亡くなった女性のことを中心に聞き込みを行った蒼羅。だがその身元は不明、わかったのは宿帳にあった本名か偽名かわからない名前のみ。更に目撃証言が余りにも少ないため、どこかから流れてきた女性ではないかという話だった。特徴を話しても見たことがあるかも、という程度でそれ以上の情報が全くと言っていいほど入ってこなかった。 「とりあえず女性の方はこれ以上はわからん。そっちは?」 こちらも首を振る羅喉丸。 「藤七のほうはダメだな。女の身元についてもわかってないようだ」 「うん。でも凶器の方は問題だよ」 羅喉丸に続けて桔梗。 最初に聞いたのは藤七が持っていた凶器はどこから来たのか、ということ。 凶器の形状と女が所持していたという筒状の物は同一の物らしいことは判明した。だが。 「検分できない‥‥?」 首を傾げる蒼羅に羅喉丸は頷きを返す。 「しかも教えてくれた役人は保管している場所すらわからないって言ってたね」 「あぁ。上の人間が回収したんだったか?」 羅喉丸の問い掛けにこくりと頷く桔梗。 「その後どこにいったのかが不明‥‥聞ける範囲の人じゃ誰も知らなかったね」 二人の報告に手を顎に当てて思案に耽る蒼羅。 「ふむ‥‥となると、その短刀には何かがあったのかもしれないな」 そう言って蒼羅はふと視線を奉行所に向けた。桔梗と羅喉丸も同じように顔を向ける。 余りに少なすぎる情報に、証拠になりそうなものが消されているかのような、そんな不可思議さが三人の胸中を駆け巡る。 都の平和を維持するためのその建物は、どこか暗い影を落としたような不気味な雰囲気を放っている錯覚に陥った。 「とにかく合流して一旦情報を整理しよう」 「そうだね」 頷きあった三人は合流地点へと駆け出した。 ●探索〜其の弐。 一方その他の三人はそれぞれに周辺への聞き込みを開始していた。 まずは医師関連に回った北條 黯羽(ia0072)。 虎政の報告では左腕に怪我を負わせたことは判明している。 その傷を治す為に都内の医師のところに顔を出すかもしれない――そう考えたのだ。 都の中にある医師を順番に当たっていた黯羽は、特別当たりのないままに最後の医師の所に姿を見せていた。 報告にあった男の容姿を伝えると、医師はしばし考えた後にゆっくりと頭を振った。 「少なくともここ最近で左腕を治療した者はおらんよ」 「そう‥‥ですか‥‥」 落胆を色濃く顕にする黯羽。 立ち去る黯羽を出口まで見送りに来た医師は、やがて徐に口を開く。 「お前さん随分とその男のことを聞きまわっておるようじゃの? 他の医師からも連絡が来ておったぞ」 一瞬驚いたような表情を浮かべた黯羽はすぐさま表情を元に戻す。 「あ、はい。実は知人がぶつかった際に何か落し物を拾ったようでして、それを探しているのです」 にこりと笑みを浮かべて言う黯羽に、医師は「見付かるとよいの」と言い残しそそくさと建物の中へと消えていった。それを見計らって。 「あー、ここも外れかぁ。無駄足くっちまったな」 ぽりぽりと頭を掻きながら溜息をつく黯羽。と、何やら視線を感じて振り向くと、そこにはぽかんと口を開けたまま固まる小伝良 虎太郎(ia0375)と、どこか呆れた表情を浮かべる酒々井 統真(ia0893)の姿が。 「んんー? 何だよそんなとこで突っ立って」 「ななななんでもないよ!」 怪訝そうな表情を浮かべる黯羽に、虎太郎はぶんぶんと首を横に振る。 「? 変なヤツだな」 「お前の態度が余りにも変わるから驚いてんだよ」 首を傾げる黯羽に、統真は苦笑して補足する。 「んなもん女なら標準装備だぞ」 「‥‥女の人って怖いね‥‥」 胸を張って言い放つ黯羽に虎太郎はぶるりと身を震えさせた。 「んで? その様子じゃ医師関連は空振りか」 統真の問い掛けに頷く黯羽。 「そっちはどうなんだ? 何か掴めたのかい?」 虎太郎が調べていたのは武器屋。 報告では長い槍を使用することがわかっている。現れた男が何者であれ、その武器を調達した場所が都であれば必ず武器屋で目撃されているはず。 そう考えて虎政の証言を基に似顔絵を作成して聞きまわった。 「ここのところで槍を新調したような人間はいないみたいだね。勿論修理を頼みに来た人もいないって」 「じゃあ実質外れか‥‥統真の方はどうだい?」 「あぁ、こっちは少し興味深い話が聞けたぜ」 統真が調べたのは、虎政が遭遇した事件で亡くなった女の動向。 そもそも彼女は何故あの時間に出歩いていたのか。 「聞いた話じゃ普段は夜歩きするような人間じゃなかったんだとよ。それが急に外に出てくるって出てったもんで、親もどっか心配してたみてーだけどな」 統真の報告を聞いていた虎太郎がふと、何かに気付く。 「その時、何か持っていったとかはなかったのかな?」 「俺も調べてみた。けど正確なところはわからねぇみたいでな」 虎太郎の言葉に統真はゆっくりと首を振る。 既に夜と言っても過言ではない時間の出来事故に、確証と呼べる情報は少なかった。 「けど、これで女の方も操られてた可能性は高いわけだ」 「人間を操るモノ、ですか‥‥厄介なことこの上ないね」 一つの可能性ではあるが、少し出口の見えてきた状況に黯羽は笑みを浮かべ、虎太郎は見えぬ敵の姿を思い浮かべぶるりと身震いをした。 「まとにかく一旦情報交換しようぜ。合わせてみりゃ何か出るかもしれねぇ」 統真の提案に二人はこくりと頷いた。 ●囮。 町の料理店で合流した六人は、互いの情報を持ち寄ってそれを纏め上げていく。 今回わかったことはそれほど多くはない。が、何も結果が出なかったことも進展と言えば進展である。 取り急ぎ現状でわかったことを共有した一行は、次の手段へと移る。 それは――囮。 虎政が遭遇したという夜の事件を、再度引き起こそうというのだ。 彼らは二つの班に分かれ、それぞれ夜の都へと繰り出した。 「割とさみぃな‥‥」 完全に陽が落ちてほぼ暗闇となった都を歩きながら、統真はその肌に秋の訪れを感じつつ少し自分の身体を擦る。 時刻は戌の刻、この時間になればさすがに人通りは多くない。相手が狙うには絶好の機会である。 統真はちらりと自分の後方へと視線を送る。さすがに見えはしないが、後ろには羅喉丸と桔梗がいるはずだ。 「‥‥俺に何かあっても、何とかしてくれらぁ」 よし、と気合を入れた統真はそのまま夜の都をぶらつき始める。 しばらくして、統真の視界に、灯に照らされた一人の女性の姿が映りこむ。 統真の身体に緊張が走る。 そしてそれは後ろで待機していた二人にも伝わった。 「女が近付いてきたな」 羅喉丸の言葉に桔梗はこくりと頷いた。 相手を視界に捕らえると同時、桔梗はすぐに自分の眼に意識を集中させる。術視――これで相手に何かしらの術が掛けられていればわかるはず。 「どうだ?」 しばらくして桔梗は首を横に振る。 続けて結界も張ってはみたが反応はない。少なくとも近くにアヤカシの気配はなさそうだ。 「あの女は関係なさそうだよ」 桔梗はしなを作って統真に寄りかかろうとする女に視線を送りながら呟く。 「‥‥のようだな。向こうの班はどうなったかな」 ふうと息を吐いた羅喉丸は、握り締めていた神布「武林」を懐に戻し、闇色の空に視線を送る。同じように桔梗も空を見上げた。 仲間たちが目標と接触したのか、それはわからないしわかる術がない。 「何事もなければいいね」 「あぁ」 「ち、ちょっと待て! 俺はそういうのは無理だ‥‥こらどこ触って‥‥!? おい、この女は何もないのか!? ないならいい加減助けてくれよ!?」 呟く二人の耳に女――どうやらただの遊女のようだ――に狙われた統真の声が届いたのは、それからしばらくしてからのことだった。 ●遭遇。 一方黯羽を囮とした残りの三人は、所謂当たりを引いていた。 ちりちりと刺すような鋭い感触――それを首筋辺りに感じながら、黯羽は知らずに口元に笑みを浮かべていた。 (――掛かった) 酒に酔った振りをしながら所々で立ち止まり、相手が仕掛けてくる瞬間を待つ。 手に隠した符はいつでも発動できるようにしている。後は来るのを待つのみ。 何度目かの停止。手近な壁に手をついてよろけた振りをした際、ソレは動いた。 どこからともなく現れた男が、屋敷の屋根から黯羽目掛けて一気に飛び降りる。 その距離が槍一本分、届きそうかという所で黯羽は手にした符を振るう。 同時に地面より抜き出た黒い壁。 ガキン、という音と共に男の進路が壁に阻まれる。 タンタンタタッと軽快な音がする。 黯羽の壁をその身軽さで登りつめた虎太郎は、空中で姿勢を崩す男に向かい一気に跳躍。 その腕に填まった真紅の甲が唸りを上げ、紅き拳の雨となり影を襲う。 「はあぁぁっ!!」 怒号と共に連打を放つ虎太郎。 姿勢を崩しながらもそれらを長物――槍で防ぐ男。 落下中の攻防。と、虎太郎の視界に蒼い影が映る。見るや否や虎太郎は中空で身を捻り、拳を旋回。その反動で自身の右足を鞭のように撓らせる。 拳から右足へと流れた力は男の持つ槍に防がれる。しかし元々攻撃を加えるための蹴りではない。狙いは別。 槍に乗せた右足をぐっと踏み込んだ虎太郎はそのままそれを足場に再び宙へと舞い上がる。 反動で男の落下速度は上がる。 体勢を整えれないまま地面に着地した男は無防備。 「その槍‥‥破壊させてもらう」 声が聞こえた時には既に男の手元に手裏剣が刺さっていた。 放ったのは蒼羅。落下の瞬間を待っていたのだ。 だが、男はその刺さった手を乱暴に振るって手裏剣を落とすと、そのまま槍を構えて標的を蒼羅に変える。 その槍に再び衝撃。よろける男。 「‥‥かー、なんつー固さなんだよそりゃ」 眉を顰めながら黯羽は言う。 放った斬撃符は武器の破壊を狙ったもの。狙いもタイミングも悪くはなかったはず。現に何の警戒もなしに槍は弾かれた。 「どうやら全力でいかんと壊れんらしいな」 蒼羅はしゃらんと音を立て自身の曲刀を抜き放つ。 「一斉に攻撃仕掛けたらいいんだよな!」 己の甲を重ね合わせて音を鳴らした虎太郎は腰を落として重心を低く構える。 走る緊張。 男は空ろな目をしたままゆらりと動くと、ゆっくりと膝を折る。 ――来る! と思った瞬間、男は逆方向へと駆け出した。 「‥‥あ!?」 完全に虚をつかれた三人は臨戦態勢のまま固まる。 「‥‥逃げたのか?」 刀を仕舞いながら蒼羅は誰に問うでもなく呟く。 「多分な。にしてもあっさりすぎるだろ‥‥せっかく暴れれると思ったのによ」 興奮冷めやらぬといった黯羽はがっかりと肩を落とした。 「暴れって‥‥とりあえずもう少し見て回ろっか。まだ潜んでるかもしれないし」 虎太郎の言葉に頷く二人。 だがこの日はこれ以上の襲撃が起きることはなかった。 ●考察。 「そっか、それじゃ武器の破壊はなかなか難しそうだな」 男と遭遇した三人から話を聞いた統真はがしがしと頭を掻いた。 「出来ないことはないだろうが‥‥全力で狙う必要はありそうだ。それに‥‥」 「‥‥それに?」 考えるように呟いた蒼羅に羅喉丸が問う。 「何となくではあるが、武器が狙われるのを嫌がっている節はあったな」 これはあくまで主観。しかし直感ではある。 「武器自体に何かしらの力があるなら‥‥まぁ有り得んことじゃあないわな。それならあの固さも納得できる」 折るつもりで一点を狙った符を弾いた槍の柄。 そのものが異質であれば説明もつく。 「また、来るかな?」 「大丈夫だと思うよ。逃げるつもりだったら最初に虎政とやり合った後でとっくに逃げてる」 逃がしてしまったことに責任を感じたのか、少し不安気な虎太郎に桔梗は柔らかな視線を送る。 「次は虎政も来るっつーだろうなぁ」 ただでさえじっとしてはいられない性質の小さな将を思い浮かべた黯羽は、思わず苦笑を浮かべる。 「あー、そうだね。でも戦力が一人増えるんだし、いいことだよっ!」 虎太郎はぐっと拳を握る。 「うん、次こそ絶対に捕らえよう」 こくりと頷く桔梗。 そんな中、羅喉丸は思案を巡らせる。 「最初の武器も行方がわからない、次の武器に何かしらの力がある‥‥か」 「‥‥何かが起きてんのかもしれねぇな、この都に」 羅喉丸の呟きに答えるように統真が呟き、そっと空を見上げる。 晴れ切らぬ曇天の空は、まるで今の彼らの胸中を指し示すかのようだった。 〜続〜 |