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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●神楽の都。 「‥‥ん。治った」 部屋の中で拳を握ったり開いたりしながら呟いた佐久間虎政は、布団の上からもそもそと起きあがった。 前回負ってしまった傷は肩口だけだったが、お付きの少年の厳しい視線のせいで自由には動けないままだった。 開拓者たちが調べてくれた情報は既に入手している。 直接的に関わりがあるかはわからないが、藤七の事件と何か繋がっているかもしれないとのこと。 それに、自身が受けた借りもある。 「私、何だか借りばっかり‥‥」 どこかしょんぼりとした様子で肩を落とした虎政は、壁に立てかけてあった薙刀に手を伸ばし、部屋の扉に手を掛けた。 と、そこで何やら聞き覚えのある声が耳に入る。 いつも虎政にお小言をくれる少年の声だ。どうやら何か揉めているようだ。 「‥‥?」 首を傾げた虎政は扉をそっと開く。 「お引き取りください! ここには誰もおりませぬと申しておりましょう!」 自分に説教をするときにこそ語気が荒くなる少年だが、それ以外では滅多に見たことがない。 若干の驚きを押し殺し、扉の隙間から視線を送ると、少年の背中とそれを囲む数人の男の姿が見えた。 「ここにいることはわかってるんだ。さっさと出さねぇと朝廷反逆罪でひっ捕らえるぞ!」 「えぇ、宜しいでしょう。その場合はあなた方もタダではすみませんよ?」 どう見ても上品ではない男たちを前に凛と立ちはだかる少年。 一歩も引く様子のない少年に、男たちは次第に怒りを募らせる。 (‥‥いけない。冷静さ、なくしてる) 男たちも少年も、既に我を通すことに意固地になっているのを感じた虎政は、息を一つ吐いて扉を押し開けた。 「そこまで‥‥何をして――」 「おい、いたぞ!!」 姿を見せた虎政が言葉を言い終えるよりも早く、男たちは乱暴な足取りで虎政の下へとやってくる。 「‥‥なに?」 薙刀を持つ手に力を込めるものの、特に動かないまま虎政は男たちを見上げる。 「佐久間虎政だな?」 「だったら、なに?」 「一緒に奉行所まで来てもらおうか」 言うが早いか腕を掴む男たちに、虎政は瞬く間に押さえ込まれてしまった。 あえて抵抗しなかったのは少年を思ってのこともあったが。 「‥‥っ。私が、何をしたというの‥‥」 視線を鋭くして男たちを見上げる虎政。 「へへ、アンタにゃ辻斬りの容疑がかかってんだよ」 「!?」 驚きの表情を浮かべる虎政。 それもそのはず、虎政は少年の監視の下で療養を続けていたため、ここしばらく外出すらしていない。そんな中で辻斬りなどできようはずがない。 「何かの、間違い‥‥!!」 「そうは言っても疑いが晴れるまでは奉行所で拘束しろってことなんでなぁ」 言いながら男たちはにやにやと笑みを浮かべる。 「ま、そういうこった。おい、そのまま連行しろ」 男たちによって無理矢理立たされた虎政は、そのまま腕を捻られたまま外へと歩かされる。 少年の前を通る際、その小さな拳から血が滴り落ちているのが見えた。 (‥‥ダメ。今動いちゃ、君も捕まっちゃう) ふるふると小さく横に首を振る虎政に、少年は下唇をぎゅっと噛み締める。 「よし、帰るぞ!」 意気揚々、と言わんばかりに声を荒げた男たちは、そのままその場を後にした。 ●開拓者ギルド。 「お願いします。佐久間様を‥‥助けてください」 「あの‥‥とりあえずお掛けになってください」 開口一番そう言って頭を下げた少年を、受付嬢は困惑顔のまま席に促した。 眉間に皺を寄せたまま席についた少年にそっとお茶を差し出す受付嬢。 「それで‥‥助けて欲しいというのはどういうことですか?」 「はい。実は今佐久間様は――」 少年は先日虎政の身に起こった事を一通り説明する。 突然現れた奉行所の柄の悪い男たちにより虎政が連れて行かれてしまったこと。 その身にかけられたのが辻斬りの容疑で、原因は虎政が傷を負った槍使いの男の死であること。 「え、槍使いの方、亡くなったんですか!?」 驚愕の表情を浮かべる受付嬢。 先日開拓者たちが調べた事件の報告は一通り聞いている。 それ故にてっきり男がまた事件を起こすかもしれない、と警戒はしていたのだが、どうやら肝心の男の方が先に消されてしまったようだ。 「佐久間様はずっと療養しておりました。辻斬りなどできようもはずもなく。だいたいあの方が辻斬りなど‥‥!!」 「まぁ確かに‥‥しかしその状態から助けるのは少し難しそうですね‥‥」 唸る受付嬢に、少年は「大丈夫です」と懐から一枚の紙を取り出した。 「これは、ここ二・三日の間に都内で起きた辻斬りの被害者の一覧です」 どこから調べ上げたのか、そこには確かに数名の人名が書かれている。 「これを見ていただければわかりますが‥‥」 「‥‥都の東、に固まっていますね」 受付嬢の言葉にこくりと頷く少年。 「亡くなられたのは全て槍傷――つまり佐久間様の本来の相手はまだ生きている」 先日の事件で開拓者たちも相手の正体はだいたい検討がついているだろう。 「ですから、何としても事件を解決して、佐久間様をお救いください‥‥!」 そう言って少年は深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●情報収集。 日中に各自それぞれが情報を集める為に動くことにした開拓者たち。 聞く内容自体はそれほど特殊なものではない。 辻斬りについて。 被害者について。 そして奉行所の役人について。 奉行所が信用できない現状の中、彼らはそれぞれに情報を集め始める。 一通りの調査が終わった一行は、夜に備えて集めた情報の共有をするために一箇所に集まっていた。 「さて、まずは辻斬りについての報告をさせてもらおう」 話を切り出したのは羅喉丸(ia0347)。 彼が調べたのは辻斬り現場の検証。以前まで起きていた辻斬りとの共通点を探していたのだ。 「結論から言えば、特に差はなかった。あらゆる角度から見てみたが、あれはまるで――試し斬りをしてるかのような乱雑さだった」 「‥‥酷いな」 顔を歪めた琥龍 蒼羅(ib0214)は小さく呟くと、今度は自身が調べてきた情報を話し始める。 「俺が調べたのは東通りの聞き込みと、犠牲者以外の行方不明者だ。辻斬りの目撃証言は、俺が調べた限りは特にない。行方不明者も同じだな」 「うん、俺のほうも同じ、かな。槍の男はともかく、それ以外の被害者に関しては特に変わった様子とかはなかったよ」 蒼羅に続けるような形で桔梗(ia0439)も同様に調べた内容を述べる。 「おいらも槍男について聞いてみたんだけど」 いつもとは違う、神妙な面持ちの小伝良 虎太郎(ia0375)に、一行の視線が集まる。 虎太郎が口を開いた瞬間。 くきゅるー。 何かが鳴いた。 一瞬の沈黙。 「‥‥ごめん、おいら腹減っちゃった‥‥」 「ったく‥‥とりあえず飯食うか?」 「はは、まぁ腹が減っちゃ戦はできねーしな。食いながらでも話はできんだろ」 笑いながら虎太郎の頭に手を乗せた北條 黯羽(ia0072)に酒々井 統真(ia0893)も同意を示す。 「それじゃ、適当に頼んでくるよ」 そう言って立ち上がった桔梗の表情は、いつもより少し柔らかかったような気がした。 店の店員に注文を終えた桔梗が戻ると、再び報告に戻る。 虎太郎が調べたのは死んだ槍男について。死因と死亡した時期について調べていたようだ。 「えっと、槍男の傷はやっぱり槍傷だったみたい。虎政さんがつけたっていう左腕の傷もあったみたいだけど。時期は少し前だね」 「状況証拠だけなら、傷をつけた虎政さんが一番怪しいわけか」 ふむと唸る羅喉丸は、統真と黯羽の方に視線を向ける。 「こっちの方は少しは収穫あったぜ」 にやりと笑みを浮かべる黯羽。彼女が調べていたのは虎政を連れていった役人について。 「どうやら役人の中でも派閥みてーなのがあるらしい。んで、そいつらの中で最近力をつけてきたってのが――」 「佐納影正、だろ?」 統真の言葉にこくりと頷く黯羽。 「奉行所辺りに勲章ちらつかせてみた時に、やたらとその名前が出やがった。何かあると思っていいだろうな」 かねてより奉行所内部への不信感を募らせていた一行。 その後ろにいる人物が気になっていたことは間違いない。 「相手の名前だけでもわかったのなら、取り敢えずは前進、と」 呟くように桔梗が言う。 相手は役人、同じ土俵に引っ張り出せる相手ではない。 ならば少しずつ近付くしかないのだ。 「ならやれることは一つ。とっとと捕まえるか、辻斬りさんを」 蒼羅の言葉に一行は静かに頷いた。 ●襲来。 夜になり、三人一組に分かれての囮作戦を決行することとなった一行。 羅喉丸と統真と桔梗の三人が辺りの気配を探りながら道を歩いていたとき、その行く手を小さな影が塞ぐように立ちはだかった。 構える三人。 暗闇の中でぼんやりと映るその影は、幾度となく目にしてきた小さな影――。 「虎政‥‥」 小さく呻いた統真は、自分が予測していた一番やりたくない相手を前に思わず眉を潜める。 対する虎政の目は空ろ。既にそこに感情の色はない。 「やはり操られている、か」 構える羅喉丸は自身の推測が正しかったことを悟る。 即ち槍が本体で、人を操る能力があるということ。 「結果はわかってるけど‥‥」 呟いた桔梗は静かに目を閉じる。少しの間の集中。 再び目を開けたときには、その瞳には薄っすらと精霊の光が宿る――巫女の技能「術視・参」。 「どうだ?」 「‥‥操られてることは確か。でもそれが何かまでは――」 統真の問いに答えるように言葉を発した桔梗。 その言葉が終わるより先に、虎政が動いた。 一気に距離を詰めてくる虎政に、一瞬反応が遅れた三人。 乱暴に薙ぎ払われた槍。桔梗を狙ったその一撃を、羅喉丸が棍で受け止める。 槍と棍が交わった瞬間、羅喉丸の身体――正確には腕を引きちぎらんばかりの衝撃が襲う。 (っ!? 肉体の限界を超えると‥‥こうまでも!) ぎりっと奥歯を噛み締めながらも、腕を持っていかれないようにするので精一杯だ。 ただでさえ志体持ちである虎政。その力を肉体の限界を超えて使用できるとなれば、それだけで十分脅威足りえる。 「やっぱりその槍、アヤカシだ‥‥!」 耐える羅喉丸の後方で結界を張っていた桔梗が叫ぶ。 「予想通り、というわけかっ!」 虎政の一撃を何とか耐え切った羅喉丸、今度は接近すべく重心をぐっと落とし、全神経を爪先に集中させる。 「まずはその動き‥‥封じさせてもらう!」 声と同時、地を踏み切った羅喉丸の身体が、一瞬にして虎政の眼前に移動する。 通常ならば反応できる速度ではない。が、虎政にとってはそうではなかった。 移動直後にその身を絡めとらんと振るった棍は、虎政の持つ槍に器用に弾き飛ばされる。更に槍は通常では考えられない方向転換で羅喉丸に襲い掛かる。 人間予測の付かない動きには一瞬反応が遅れる。それは高速な戦闘下においては致命的―― 「させるかよっ!」 飛び込んだ影は統真。とんっと中空を舞った統真は、その反動を借りて大きく右足を振り抜く。 槍の柄と統真の蹴りが交錯。統真自身は弾き飛ばされたものの、槍もまたその軌道を大きく逸らす。 羅喉丸が一時その場を抜け出すには十分だ。 「すまない!」 距離を取り虎政を見据えながら、桔梗に助け起こされている統真に声を掛ける羅喉丸。 「へっ、気にすんな‥‥っと」 「大丈夫!?」 空中から無理な体勢を取った統真、少しダメージが大きかったようだ。 そして勿論弱った者を見過ごすほど、相手も馬鹿ではない。 障害を取り除くべく、虎政は狙いを統真に定めた虎政は、ゆらりと一瞬身を揺らすと一気に加速。 羅喉丸とて油断していたわけではないが、どう攻めるかを思案していた、その隙をつかれた。 急接する虎政に、統真は桔梗の身体を突き飛ばす。 「えっ‥‥酒々井!?」 「意地でも止める! だから、虎政の意識を!!」 統真の言葉を瞬時に理解した桔梗は印を結ぶ。 だがとても間に合わない。 虎政の鋭い一撃が統真を貫かんと放たれる。統真が受けるには―― (腕一本‥‥くれてやる!) 統真は覚悟を決めた。しかし。 「やらせないよっ!」 同時に走る銀二閃。統真に向けた槍を横から全力で打ち付けられ、虎政は大きく体勢を崩す。 視線を向けると腕を交差させた状態の虎太郎の姿。だがこちらも全力での攻撃直後、瞬時には動けない。 一方の虎政は、身体の向きも何のその、槍の軌道を無理矢理ぐいと戻し虎太郎に向け突きを放つ。 「出てきなっ!」 再び別方向から声。同時に虎太郎の足元から黒い壁が出現。虎太郎の身体を一気に押し上げる。 虎太郎を狙った槍は目標を失い壁を突き刺す。 「っひょー! 助かったよ黯羽さん!」 宙を舞いながら虎太郎は歓声をあげ、黯羽はにやりと笑みを浮かべる。 だが宙にいう虎太郎に次撃を避ける術はない。 虎政は槍を構えなおし、その切っ先を宙に向け―― 「抜刀――」 後方から聞こえた声に咄嗟にその切っ先を入れ替える。振り向く先には納刀状態の蒼羅が迫る。 「両断!!」 乾いた音が鳴り響き、銀の閃きが交錯する。 全力で振り抜いた一撃は槍で防がれたものの、虎政の身体を大きく吹き飛ばすことに成功。その隙に虎太郎が着地。 「危なかったー!」 「後先考えずに突っ込むからだ」 安堵の表情を浮かべる虎太郎の頭を、苦笑を浮かべた蒼羅がこつりと小突く。 「まぁそうでもしなかったらこのバカの腕が一本飛んでただろうけどな?」 その顔に若干青筋入りの笑顔を浮かべた黯羽は、統真の頭をわしゃわしゃと撫でる。 「しゃーねーだろ、あのままじゃ止められそうになかったんだ」 「例え止めれたとしても、その後が続かなくなれば仕方ないだろう‥‥」 統真の隣に来た羅喉丸もまた苦笑を浮かべる。 「ったく、んなに寄ってたかって言わなくたって‥‥」 「それだけ皆心配したんだ。有り難く受け取っておきなよ」 くすりと笑う桔梗に、統真はかくりと肩を落とした。 「まぁそれはともかく」 全員の視線が虎政に向く。弾き飛ばされた虎政は再びゆらりと起き上がる。 「まさか救出しようと思った相手が敵に回ってくるたぁね」 「あぁ。何かあるのだろうとは思っていたが‥‥まさかこう来るとは」 黯羽の言葉に蒼羅が頷く。 「何とか虎政さんを正気に戻さないと‥‥桔梗さん」 「わかってる。動きを止めるのは任せたよ」 再び解法のための印を結ぶ桔梗。 「それじゃ‥‥行くよ!」 虎太郎の声に、開拓者たちは一斉に動き出した。 ●決着。 まず最初に動いたのは蒼羅と虎太郎、そして羅喉丸の三人。 「小伝良さん、挟むぞ!」 「おっけー!」 羅喉丸と虎太郎の二人が分かれ、虎政の左右から回り込む。正面には蒼羅。納刀状態から少しだけ鯉口を切ったまま接近。 三方向からの同時攻撃。 左右の二人は一瞬身体を沈めると、一気に加速。 最初は虎太郎、虎政の体勢を崩さんとありったけの力を込めて爪を振るう。 ギィン―― 槍との交錯で火花が散る。 続けて蒼羅。刀を白く淡い燐光で化粧し、更に紅き衣を纏いて一気に刀を振り抜く。 ギィン―― これも交錯。だが虎政の体勢は既に稼動できる限界に近い状態にまで捻れている。 そして羅喉丸。自身の身体を紅く染め上げ放った棍は、蛇の如く虎政の身体に巻きつく。 虎政はその場から何とか逃れようと大きく地面に重心を落とす。そこから伸び上がろうとするも、足に何かが絡み付いて動かない。 見れば影が足に絡みついている――黯羽の呪縛符だ。 「も一つオマケだ!」 叫んだ黯羽の指先から白き九尾の狐が現れる。 一声吼えた狐は猛然と虎政の持つ槍に襲い掛かる。 ピシリ、と音が聞こえた。 一瞬だけ、虎政の動きが止まる。 その隙を、桔梗は見逃さなかった。 「今だ‥‥虎政、戻してあげるよ!」 結んだ印から放たれた練力は虎政の身体に入り込む。 一瞬の間。 「‥‥う‥‥ここ、は‥‥?」 「虎政! その手の槍を放り投げろ!」 叫ぶと同時に統真が走り出す。 読み取った羅喉丸が瞬時に拘束していた棍を緩める。 事情を上手く飲み込めていない虎政。しかしそこは開拓者としての勘か、すぐさま迫る統真に向けて槍を放り投げた。 宙を舞う槍。 統真は軽やかに中空に躍り出ると、有りっ丈の力を自身の足に込める。そして反動をつけて一気に身を捻った。 「おぉぉぉぉぉ!」 怒号が響き、統真の踵が弧を描きながら大きく振り上げられた。 そして―― 「食らい――やがれっ!」 「グオォォォォォォッ!?」 断末魔の悲鳴と乾いた音を残し、槍は真っ二つに割れて黒い霧を吐き出した。 ●終わりの始まり。 槍を破壊し、無事に虎政の意識を戻すことに成功した開拓者たち。 槍自体はただの槍に戻ってしまったために、こればかりは証拠としては使えず、まして虎政が持っていたことが揺るがない事実であるため、再び奉行所預かりになることは目に見えていた。 案の定騒ぎを聞きつけ、引き取りに来た奉行所の人間に、一行は何とかギルド預かりにしてもらえないか頼み込む。 だが奉行所としても、表面上事件の解決を目指していることに変わりはない。あっけなく断られてしまった。 「どうしても無理か?」 「くどい! その女が暴れていたのは明白! どうやって抜け出したのかはしらんが、これは脱走の罪も含まれるのだぞ」 羅喉丸の言葉を怒鳴り声と共にピシャリと閉ざす役人。 現れた役人は以前虎政の前に現れたようなならず者紛いではなく、それなりの地位にある者のようで、それが逆に一行を惑わせる。 「‥‥それにしても、よくここがわかったね」 鋭い視線と共にぼそりと呟いた桔梗。 確かに騒ぎは起こしていたとはいえ、彼らが虎政と遭遇してからまだそれほど時間は経っていない。 「ふん‥‥こちらには優秀な人間が多いからな。それぐらいは造作もないこと。貴様らも昼間は随分嗅ぎまわっていたようだが‥‥無駄なことだったな」 役人の一人が鼻で笑う。 「へぇ、そこまで知ってんのかい」 「ふん、貴様ら開拓者風情のやることなど佐納様はお見通しだ」 挑戦的な笑みを浮かべる黯羽に役人も口元を歪ませる。 「貴様――」 その瞳に怒りの色を表した蒼羅の腕を、虎政がすっと掴む。 振り向いた蒼羅を、首を静かに横に振った虎政の瞳が覗き込む。 「私が、行けば‥‥済む」 そう言ってこくりと頷いた虎政は、ゆっくりと役人の方へと歩みを進める。 「虎政さん‥‥」 どこか悲しそうな表情を浮かべる虎太郎に、虎政はにこりと微笑んでゆっくり頷いた。 「さぁ、とっとと行くぞ!」 連れ去られる虎政を見守る一行。 「‥‥あれ? そういや統真のヤツどこ行った?」 ふと思い出したように黯羽が言う。 見回してみれば確かに統真の姿はない。 「まさか‥‥尾行ていったのか?」 滅多に表情を見せない桔梗が目を丸くする。 「えぇぇぇ!? 統真さん、大丈夫かな!?」 「さすがに単独で無茶はせんと思うが‥‥」 わたわたと慌てる虎太郎と、役人の去った方角に視線を向ける羅喉丸。 「‥‥それとなく奉行所の方に向かうか」 蒼羅の言葉に一行は静かに頷いた。 そして問題の統真はというと、既に闇に溶け込んだ状態で屋根上で待機していた。 (あいつらを張ってりゃ必ず「上」の人間に行き着くはずだ‥‥) そう考えた統真はじっとその機会を待った。 そしてしばらくして。役人と虎政の前に一つの影が姿を見せる。遠くからで人相は確認できないが、服装からお偉いさんであることが推測される。 相手が誰なのか、それを確認しようと統真が身を乗り出した瞬間―― 風斬音と共に一本の刀が統真の喉元を狙って飛来。 咄嗟に身を仰け反らせて避けた統真。しかしそのせいで体勢を崩し屋根上から落下してしまう。 「だ、誰だ!?」 物音を聞きつけた役人が声をあげる。 (くっ、ここまでか‥‥) 小さく舌打ちした統真は闇に紛れてその場を後にした。 一行が佐久間虎政の急を告げる報せを受けたのは、それからしばらくのことだった。 〜続〜 |