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■オープニング本文 ●ギルドにて。 「はろうぃん、ですか?」 かくんと小首を傾げた受付嬢――名瀬奈々瀬は、目の前にいる依頼人を見詰める。 はろうぃん―― それは北面南部の村で行われる。 アヤカシに扮した者が村の各家々を巡り、その家から甘味を強奪するというなんとも奇妙奇天烈な祭で、以前開拓者たちも参加したことがあった。その際は紛争する者と甘味を防衛する者に分かれての参加だったが。 「何でも村をあげてのお祭らしくてな。そいつの警護っつーのを頼まれて欲しいんだ」 依頼人である中年男は、北面では少し名の知れた存在で、岡っ引きの元締めをしている男で、名を村雨豪三郎といった。 「はぁ。ギルドとしては報酬さえ頂けるのならば構いませんが‥‥何故貴方が? 元々は岡っ引きの皆さん宛に来た依頼なのではありませんか?」 そう、この依頼は元々村の人間から個人的に豪三郎にいったものだった。 開拓者ギルドに依頼するのと岡っ引きに依頼するのでは、内容は同じであっても決定的に大きな違いがある。 一つは報酬に支払う金額だ。 開拓者ギルドに依頼を投げるということは、それだけ開拓者たちに支払われる報酬分は持っていなければならない。しかし岡っ引きの場合、その金額は半分以下で済む。これには色々と理由はあるが、依頼する方からすれば助かることに違いはない。 そしてもう一つは、所属する者の質だ。 何故岡っ引きが安いのか。それは個々に払われる報酬の差が格段に低いのだ。その代わりに、どんな人間にでもなろうと思えばなれる、というのが特徴ではある。 こういう事情から、ある意味では商売敵となる岡っ引きからギルドに依頼をまわしてくるということは極めて珍しい。 「まぁな、本当ならうちだけで解決すりゃ済む話なんだがな。そうも言ってられねぇ事態があってな‥‥銭金って岡っ引き、何度か世話になってると思うんだが」 出された名前は志体持ちの岡っ引きで、開拓者の数人が何度かお目にかかっている、というよりは救助対象だったような男だ。 「えぇ、何度かこちらに来られていますね。正直色々と難のある方でしたけど」 「それに関しちゃ否定する要素がねぇな」 淡々と言う奈々瀬に苦笑を浮かべる豪三郎。 「んでよ、問題はその銭金がこのはろうぃんってのに名乗りをあげちまってよ。別に何もねぇとは思うんだが、何もねぇのに何か起こすのがアノ男でな‥‥んで、アイツが暴走したときに止めれるって考えたらギルドに頼むしかなかったってわけだ」 「なるほど‥‥何もなければそれに越したことはない、というわけですね?」 「あぁ。何かあったんじゃうちの面目も丸潰れなんでね。報酬はこっちで用意するんで、まぁ頼むわ」 「わかりました。では依頼を出させていただきますね」 そう言って奈々瀬は手元の紙にさらさらと文字を書き入れた。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 小野 灯(ia5284) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / 菊池 志郎(ia5584) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / そよぎ(ia9210) / 蒼井 御子(ib4444) / カメリア(ib5405) / アムルタート(ib6632) / 坂下 あらか(ib7711) / 川岸 ろこ(ib7714) / 京乃火 漆牙(ib7725) / 愚雲(ib7741) |
■リプレイ本文 ●仮装大会〜準備編。 依頼を受けて村へとたどり着いた開拓者たち。 まずは今回の依頼の原因ともなった男――銭金ペイジを探すことにした。 聞けばどうやら村の中央で手伝いをしているらしい、ということで早速向かう。 その道すがら、菊池 志郎(ia5584)はふと辺りを見回した。 長閑な村の風景は以前に訪れたときのまま。何ら変わりはない。 「‥‥あれから随分経ったなあ」 どこか感慨深げに志郎は呟く。彼は今回の参加者の中では唯一となる二度目の参加。久しぶりに訪れた村に何か思うところがあるのかもしれない。 「そういえば志郎さんは以前もご参加されたのですよね?」 手に一杯のお菓子材料を抱えた礼野 真夢紀(ia1144)が小首を傾げて志郎を見上げた。 「えぇ、と言っても前回は随分と思い違いをしてましたけれど」 真夢紀の言葉に苦笑を浮かべつつ頬を掻く志郎。今回は間違えまいと、雰囲気だけでも仮装にするためアル=カマルの衣装に身を包んでいる。 「え? はろうぃんって‥‥ボクが知ってるはろうぃんとは違うのかな?」 二人の会話を聞いていた蒼井 御子(ib4444)は驚いたような表情を浮かべる。 ジルベリアに渡っていた御子にとって、ハロウィン自体はこの時期とても馴染みのあるものだ。今日もまるごとやぎさんを着込んでの参加である。 「他のはろうぃんというのがどのようなものかはわかりませんけれど‥‥俺が知っているのは――」 説明を始める志郎にふむふむと耳を傾ける御子。 と、そこに地図を作成していた和奏(ia8807)がひょいと顔を向けた。 「何の話ですか?」 「蒼井さんがご存知のハロウィンと、この村で行われるはろうぃんがどうも違うみたいなんです」 説明に忙しい志郎とその話に耳を傾ける御子に代わり、真夢紀が言葉を続ける。 「えぇ、と‥‥おばけさんに施しをするおまつり‥‥だった、かな‥‥」 「どことなく違うような気もしますけど‥‥」 何とか自分の記憶の片隅を引っ張り出す和奏に、乾いた笑いを浮かべる真夢紀。 一通り説明を受けた御子は、難しい顔をしたまま唸る。 「むむむむ‥‥ボクの知ってるのとびみょーに違う‥‥!」」 腕組をして考え込む御子。 「え? 違う‥‥?」 かくりと首を傾げる和奏。 そんな二人を見ながら真夢紀は一言ポツリと。 「どちらにしてもお菓子は一杯あったほうがいいですよね♪」 その判断は正しいとしか言えない。 更にその後方でひっそりと聞き耳を立てている影が二つ。 「ねぇ‥‥今の、聞いた?」 巨大な斧にふわりとしたローブを着込んだ坂下 あらか(ib7711)は、隣の川岸 ろこ(ib7714)へと視線を移した。 「うん、聞いたよ!」 こくこくと頷くろこはあらかとお揃いのローブを身に纏っている。違うのはその手に持つ得物の差だけ。 二人ともどうやら死神をモチーフにしたようだが、ろこが手に持つ得物はよりイメージに近い。 「お菓子、貰えるみたいだね」 「ね! 嬉しいね、嬉しいね♪」 もこもこの大きな鼠の縫い包みをぎゅっと握り締めるあらかに、ポニーテールを揺らして喜びを顕にするろこ。 「さぁ、そうと決まればお菓子貰いにれっつごー、だよ〜!」 「ん‥‥!」 おー、と拳を突き上げたろこに、あらかはこくりと頷いた。 互いの手を取り合ってご機嫌で歩き始める二人は、傍から見れば仲の良い姉妹にも見えたかもしれない。 誰もが見ればほっと和んでしまう。 今回が初依頼となる京乃火 漆牙(ib7725)の頬も、それを見て少し緩んでいた。 村についてからの漆牙は、どこか憂鬱な気分に支配されっぱなしだった。その理由は―― 「は〜、人ごみは嫌いなんやけどなぁ‥‥」 溜息交じりに吐き出した言葉。そう、彼女は人の多い場所が余り好きではなかった。 勿論村自体にそれほど人がいるわけではないが、普段より旅の気ままさが好きな漆牙にとっては十分な多さなのだろう。 「せやかてせっかく受けた依頼やし、一丁頑張りますかぁ〜」 誰に言うでもなくむん、と力を入れた漆牙は、村の中央へと歩を進めた。 村では既に仮装大会の準備が着々と進められつつあり、目的の人物はそんな村人たちの間でうろうろとしていた。 本人は恐らく手伝っているつもりなのだろうが、木材を運ぶ際に村人にぶつけそうになってみたり、甘味を運ぶ際にぶちまけてみたり、村人が作った衣装を汚してみたり。 「はは、ありゃ間違いなくぺっつぁんだな」 そう言って朱麓(ia8390)は豪快に笑う。彼女は以前別の依頼でペイジと行動を共にしたことがあり、彼の人となりはある程度理解していた。 「以前見たときから少し経つけど‥‥」 鞍馬 雪斗(ia5470)はどう見ても邪魔にしかなっていない男を見て深い溜息をつく。彼もまた見知りの者の一人だ。 「全く‥‥色々と苦労が耐えんね」 「まぁそのほうがぺっつぁんらしくていいじゃねぇか。おーい、ぺっつぁーん!」 やれやれと肩を竦める雪斗に、再び笑みを浮かべた朱麓がペイジを呼び止める。 その声に振り向いたペイジは――お約束の如く、手にした木の柱を近くにいた作業員にぶつける。 「やや、皆さんお揃いで! 今日は一体どうされたッスか?」 平謝りを終えて駆けつけるペイジ。その視界が真っ先に捉えたのは黒の振袖にスカートを合わせた姿の雪斗。 「や、久しいね。随分と‥‥まぁ‥‥相変わらずってとこか?」 ひらひらと手を振る雪斗。それに合わせて雪斗の頭に装着されたネコ耳がピコピコと揺れる。 それを見たペイジは当然。 「ほ‥‥ほ‥‥惚れ――」 「言わせないよ!? そして寄るなっ!」 「ひ、ヒドイッス!?」 どうやらペイジの行動は読まれてしまっていたようだ。 先手を打たれてしょんぼりとするペイジ。その裾がちょいちょいと引かれる。視線を移すとそこには真っ赤な髪の少女――小野 灯(ia5284)の姿。 「めぇ♪ ぺーじ、ぺーじっ」 にこぱ、と満面の笑みを浮かべた灯に、ペイジははてと首を傾げた。 「えと‥‥どなたッスかね?」 途端に悲しそうな顔になる灯。しかし、以前に会った際に自分が怪盗として彼の前に立ったことを思い出した灯は、事前に持ってきていた鬼の面を被ると、くるりと回ってびしっとペイジを指差した。 「かいとー、おのあかり、さんじょーなのっ!」 「あぁぁぁっ、いつぞやの怪盗!? 今度は逃がさないッスよーっ!」 慌てて灯を捕らえようとするペイジ。きゃっきゃとはしゃぎながら逃げる灯。 と、そこに新たな乱入者が。 「ペイジさん久しぶりーっ♪」 開口一番思い切り助走をつけた状態で、ペイジの腰の辺りに見事なタックルをかましたのは、全身をすっぽり覆うまるごとくだぎつね姿のそよぎ(ia9210)。 食らったペイジはゴロゴロと地面を転がってぱたりと倒れこんだ。それを見たそよぎはかくりと首を傾げて一言。 「‥‥道端で横になっちゃダメよ?」 「アナタのせいッスよ!?」 ガバッと起き上がって叫ぶペイジ。それを見た白装束姿のアムルタート(ib6632)が驚いた表情を浮かべてパチパチと拍手。 「おぉぉっ! ちゃんと突っ込みできるんだ〜」 「えと‥‥あたしが言うのもなんだけど〜、感心するところがちょっと違う気がするわよ?」 思わず苦笑するそよぎに、「そう? 何でもいーじゃない♪」と笑うアムルタート。 「ま、いっかー」 「そーそー、楽しめればいーの♪」 「俺っちはよくないッスよ!?」 どこか意気投合する二人に、納得がいかないペイジはがっくりと地面に突っ伏した。 そのペイジの手をそっと握る者が一人。 「えっと、あなたがペイジさん?」 「あ、はい。そうッスけ‥‥ど‥‥」 名前を呼ばれて顔を上げたペイジ。その視界に飛び込んできたのは――楽園だった。 黒い薄地の布で申し訳なさ程度に身体を覆い、そこから伸びる二本の脚線美には網がかかり、更にその頭には長い耳がぴょこりと生えている。 所謂、黒ばにーがーるの装いをしたカメリア(ib5405)だった。 「今回は宜しくお願いしますね♪ ‥‥あの、ペイジさーん‥‥?」 ぺこりと頭を下げたカメリアは、時が止まった状態で静止するペイジの視界でひらひらと手を振る。 しばらくして。 「な‥‥ないすばにぃ‥‥」 「え、ど、どーしたんですかっ」 謎の言葉と共に幸せな表情で鼻血をたらして倒れるペイジに、カメリアは慌ててその身体を支える。当然その際には肌の露出の多い服故に、色々見えそうで見えなかったり、感触が柔らかかったりで一層鼻血を促進していたのだが、カメリアは気付かない。 誰もが思った。この娘は天然の小悪魔だ、と。 「おーい、もうすぐしたら始めるぞー」 開始を告げる村人の声が響き渡る。 一行は顔を見合わせ頷くと、甘味を奪う者、護る者、そして警護の者それぞれの持ち場へと移動を開始する。 こうして村の長い一日の幕が上がる。 ●仮装大会〜参加編その壱。 甘味争奪戦。 基本的に争奪側か防衛側かを自由に選ぶことが出来るのだが、やはりというか防衛側の人数は少なくなりがちだ。 今回に至っては防衛側に回った開拓者は二人――。 「とりっくおあとりーとー♪ お菓子もらいうけるー!」 可愛らしい衣装や着ぐるみに身を包んだ子供たちの襲撃を受けていたのは志郎。 子供たちはそれぞれ手に木の棒やら縄やらを持って、何とか志郎から甘味を奪おうと迫ってくる。 勿論そこは子供、木の棒もただ無闇に振り回しているだけだし、縄に至っては持ってる子供がどうしたらいいかわからず泣き出す始末。 志郎はその身のこなしで木の棒だけは避けつつ、泣き止まない子供をあやすという離れ業をやってのけた。 「うえーん、こんなのどうしていいかわからないよぅー!」 「あぁ、よしよし。縄か‥‥よし、こういうのはどうかな?」 志郎は縄を手に取ると、手首の力だけで軽く振る。すると縄は曲線を描いて、まるで波のような動きをする。 「ふあー、すごーい!」 「にーちゃんにーちゃん! 今度はこっちー!」 感嘆の声を上げる子供たちは、志郎を尊敬の眼差しで見るようになり、いつしか甘味のことは忘れて志郎に遊んでもらうことに夢中になり始める。 そんな中。 「トリック・オア・トリートォォォ!!」 ごがんと建物の扉が乱暴に開かれたかと思うと、見るも恐ろしい般若の面を被った白装束が見た目包丁をぶんぶんと振り回しながら飛び込んできた。 突然の訪問者に子供たちは大パニック。わぁーとかきゃーとか言いながら家の中をぐるぐると駆け巡る。中には志郎にしがみついて離れない子供もいた。 「ありゃりゃー? 驚かせすぎちったかなー?」 ぽりぽりと頭を掻いた白装束はゆっくりと般若面をずらす。現れたのはてへっと舌を出すアムルタート。 「子供がこんなにいるのは予想外だったよー」 「あ、いえ‥‥俺もまさかこんなに懐かれると思ってなくて‥‥」 アムルタートの言葉にこちらも申し訳なさそうな表情の志郎は、未だにひっしと捕まる子供の頭をぽんぽんと撫でた。 「そっかー。で・も♪」 ぱちろとウインクをしたアムルタートが、ふっと志郎の視界から姿を消す。 慌てた志郎がその姿を探すが、解き既に遅し。既に彼女は志郎の懐に潜り込んでいた。 交錯する影―― しばしの沈黙。 「‥‥あっ!?」 叫んだのは志郎。思い出したかのように自身の懐を探る。 「いえーい! お菓子いただき〜♪」 ぴっと指先を立ててにこりと微笑んだアムルタート。その指にはお菓子が挟まれている。志郎が子供たちに配ろうと持ってきたものだ。 「やられましたね‥‥」 「あはは♪ 油断大敵だよ〜♪」 苦笑を浮かべる志郎にくるりと回りながら言うアムルタート。 と、そこへもう一人。 「トリックオアトリート‥‥ってあれ?」 現れたのはまるごとやぎの着ぐるみ――御子だ。 「やぎだー!」 「やぎさんだー!」 「もこもこだー!」 口々に言葉を発しながら子供たちが御子に群がる。 「えっちょっ、ま、待って。そんなに来られたら倒れちゃ――わー!?」 ばたばたと雪崩れる御子と子供たち。とはいえもこもこのまるごとやぎさんのおかげで子供たちにも怪我はなかった。 だがその後には子供たちの攻撃が待っているわけで。 「にゃー!? 待って待って、そこはくすぐっちゃダメ――あはははははは!?」 子供は得てしてこういう遊びが大好きなものである。 「あー、たのしそー♪ 私も混ざるー♪」 「あははははは、ま、混ざらなくていいよー!? はうっ、あはははははは!」 子供たちと一緒になって御子をくすぐるアムルタート。 その様子をしばし呆然と眺めていた志郎はそっと溜息をつく。しかし―― 「んっふっふー、今度はあそこのおにーさんをくすぐってお菓子を奪っちゃおー♪」 『おーっ!』 いつの間にやら子供たちと意気投合してしまったアムルタートが志郎を指差す。それに乗っかる子供たち。先程までくすぐられていた御子までが、なぜか志郎に狙いを定めていた。 「えぇっ!? どういうことなんですか!?」 「ふっ‥‥簡単なことだよ」 驚く志郎に御子はちっちっと指を振る。 「ボクはまだお菓子をもらっていない!」 「いや、質問の答えになってませんよ!?」 どーんと胸を張る御子に最早突っ込みしか出ない志郎。その間にも子供たちは容赦なくにじり寄ってくる。 「みんな、こういうときはさっき教えた台詞を言うんだよ?」 アムルタートの言葉に子供たちは顔を見合わせて頷いた。 「じゃあいくよ? せーの‥‥」 『ヒャッハー、菓子をよこせー♪ それも一つじゃない、全部だー♪』 「何を教えてるんですか何をーっ!?」 全力の突っ込みの後、志郎の笑い声が村に響き渡ったとか。 ●仮装大会〜参加編その弐。 一方こちらはペイジの護る家。 最初に訪れたのはあらかとろこの仲良し二人。 「お? 来たッスね! 俺っちがいるからにはここでお菓子を手に入れれるとはおも――」 「‥‥えい」 台詞の途中、何を思ったのかあらかがペイジに向かって突進。 げふっと息を吐き出して悶えるペイジ。 「な、何するッスかー!?」 「え‥‥ほら、お菓子咥えて走ったら、素敵なててさまとぶつかるとか‥‥そんならぶ・ろまんすを期待したの‥‥」 「それって偶然に起こることッスよね!? 今自分でぶつかってきたッスよね!?」 全力で抗議するペイジに、あらかはぷいっとそっぽを向く。 「あはは、あらかちゃんだいたーん♪ よーし、じゃああたしもーっ!」 けらけらと笑ったもこは、勢いつけてペイジに激突。再び悶絶するペイジ。 「げふぅ‥‥な、何するんスかー!?」 「えー、だっておもしろそーだし♪」 「俺っちは面白くないッスよ‥‥」 かくんと頭を垂れるペイジ。すると二人はそんなペイジの手を片方ずつ、きゅっと握り締めた。 可憐な少女二人に手を握られたペイジは、思わずどぎまぎとする。 「な、なんス――」 「お菓子、ちょーだい」 「‥‥‥‥」 がっくりと肩を落としたペイジは護っていたお菓子の一部を二人に手渡す。 「‥‥ありがと」 「ありがとー♪」 どこかぎこちないながらも笑みを浮かべるあらか、そして元気一杯に笑みを浮かべるもこ。 二人は来たとき同様仲良く手を繋ぐとそのまま家を後に―― 「あ、そうだ」 二人が振り返る。 「‥‥忘れてた、けど‥‥とりっくおあとりーと」 「遅いッスよ!?」 「あはは、じゃーねー♪」 今度こそ二人はその場を去っていった。 「はぁ、何だか変に疲れたッス」 「なぁにが疲れたってー?」 突如入り口から聞こえてきた声。視線を送るとそこにはぴちぴちの魔女衣装に身を包んだ朱麓が立っていた。 その衣装は明らかにサイズが小さく、ただ立っているだけでも何だか色々妄想を掻き立てんばかりである。 「‥‥朱麓さん」 「ん?」 「その格好は反則ッスよぉぉぉぉ!!」 嗚呼悲しき哉男の性。 猛然と朱麓に飛び掛ったペイジは、そのまま朱麓に叩き伏せられ、どこからか取り出された鞭によって叩かれる。 「反省したかー?」 「いや、だって反省ってそれは朱麓さんが―ー」 ぴしっ。 「反省したかー?」 「ち、ちょっとした男の――」 ぴしっ。 「反省したかー?」 「‥‥‥‥すいませんッス」 問答無用の朱麓に、ペイジの心が折れた。 と、そこでもう一人の乱入者が。 「‥‥えっと、ペイジさん何してるの?」 現れたのはまるごとくだぎつね姿のそよぎ。 皆さんも考えていただきたい。 お菓子を貰いにきて覗いた部屋で、男が女に鞭で叩かれていたら――どうする? 「‥‥あ、何かお邪魔したみたいで‥‥」 「いやぁ!? そよぎさん、見捨てないでーっ!?」 ペイジの絶叫が木霊した。 「あはは、冗談よー♪ 何だかそう言わなきゃいけない気がしたのよー」 しくしくと泣き崩れるペイジの背中をそっと撫でるそよぎ。 ペイジとは幾度か一緒した付き合いであるそよぎ。なんだかんだで彼の扱いに長けているところがあるのかもしれない。 「あー、そういやここに来る途中で灯に会ったんだが、まだ着てないか?」 思い出したように問う朱麓に、ペイジははてと首を傾げる。 「いや、来てないッスね? 何でッスか?」 「ん、ぺっつぁんトコに行くって張り切ってたから――」 と、そこで家の扉ががらりと開かれる。 現れたのは鬼の面をつけた小さな影たち。 「かいとー‥‥さんじょー、なの♪」 「さんじょーっ!!」 集団の先頭にいる灯に続き、小さな鬼たちは口々に言葉を発する。 どうやら近場の子供たちを味方につけるのに手間取っていたようだ。 「むむっ!? おのれ怪盗めっ!! 仲間を連れてくるとはっ!!」 身構えようと身体を捻るペイジ。しかしその足は何かに絡めとられたように動かない。 慌てて自分の足元に視線を送ったペイジは、そこに絡みつく動物のようなモノを見つける。 「じゅんびは、ばんたん、なの‥‥♪」 にこりと微笑んで符をぴらぴらとする灯。 「しまっ――」 「めぇ♪ ひっとらえろー♪」 わぁーという歓声と共にペイジに襲い掛かる小さな鬼たち。 鬼たちに混ざって何やら大きな魔女と大きなくだぎつねが混じっていたような気もするが、とにかくペイジは身動きの取れない状ようにぐるぐる巻きにされてしまった。 「くっ‥‥不覚ッス‥‥」 「あっはっは、やられちまったなぁぺっつぁん」 「っていうか朱麓さん途中で混じってなかったッスか!? 何かその衣装がチラッと見えたような気が――」 と、そこで朱麓がずいとペイジに顔を寄せる。 「ん? あたしがなんだって?」 「ち、近いッス!? というか屈まないでください!? 色々その‥‥大変ッス!?」 混乱状態のペイジを見て大笑いする朱麓。新しいおもちゃを見つけたような感覚なのかもしれない。 「ぺーじも、なかなか‥‥いちにんまえ‥‥ね♪」 「灯さん!? その言葉使いどころ間違ってないッスか!? くすくすと笑みを浮かべて言う灯に、思わず叫ぶペイジ。 「あれ? 何か忘れてるような‥‥ってあぁ! そうよ、お菓子。お菓子を貰いに来たのよー!」 既に自分がここに来た目的を忘れかけていたそよぎが、これまたペイジにずずいと迫る。 「ペーイジさん、お菓子ちょーだい♪」 「だから近い!? 近いッスって!?」 にっこりと笑いながら顔を寄せるそよぎに、縛られた状態でもぞもぞと慌てるペイジ。 「めぇ♪ あかりも、ほしー♪」 「そうだぞー、お菓子をくれないと‥‥悪戯しちゃうぞ♪」 続けて灯と朱麓も顔を近付ける。 やがて、女性三人に迫りに迫られたペイジは、死力を振り絞ってその場から逃走した。 ●仮装大会〜警護編。 一方何か起きてはまずいということで、大会の方には参加せず見回りなどを行う開拓者もいた。 「さて、と。特に異常はなさそうだね」 一通り見て回ったことを確認した雪斗は、再び村の中央へと戻ってきた。 未だ甘味争奪戦は続いてはいるものの、特に大きな問題は起きていない。唯一気掛かりなペイジだが、それも仲間がついているはずなので大丈夫だろう。 と、雪斗の視界の端にお菓子を配って回る真夢紀の姿が映る。 そちらに顔を向けると、真夢紀も雪斗に気が付いたようでとてとてと走ってきた。 「お疲れ様です〜、甘いものありますけど、食べます?」 笑顔を浮かべて差し出されたのはどうやら南瓜のパイのようだ。 甘い物が苦手な雪斗は、遠慮がちに一つ口に放り込むが、思っていたほど甘くはなく、寧ろ美味しいと感じれるほどだった。 「天儀だと余り見掛けないけど‥‥手作り?」 「はい、やはり甘味は作るほうが楽しいですの♪」 「まぁ少なくとも奪いあうものではないよな」 真夢紀の言葉に苦笑を浮かべる雪斗。 そこに見回りを終えた漆牙も姿を見せる。 「お? 何やそれ。えぇモン持ってるやん」 「あ、お疲れ様です。京乃火さんもお一ついかがです?」 「ほんまに? おおきに〜♪」 喜びに目を細めながら漆牙はパイを一切れつまむ。 「ん、美味しいわぁ〜」 漆牙の言葉に真夢紀も思わず笑みがこぼれる。料理をするものにとって、この一言を貰える瞬間が何よりも嬉しいものである。 「そっちは何もなかった?」 「んー、隠れてみとったけど、特に怪しいんはおらんかったなぁ」 雪斗の問い掛けに中空に視線を這わせながら答える漆牙。 「そっか。そういや‥‥参加しなくてよかったのかい?」 警護に参加するのも仮装大会に参加するのも、それは本人の自由である。 「はは、んでも警護はシノビの基本やと思てるからな〜。最初はやっぱりきっちりせんと♪」 照れくさそうに答える漆牙。駆け出しの開拓者としては十分な心構えだ。 「あ、みなさーん」 遠くから声が聞こえた。三人が視線を送るとそこには困った顔で手を振るカメリアの姿。 ただしその周りには子供ではなく大きなお友達――いや、おっさんの群れができていた。 「‥‥人気、やねぇ‥‥」 乾いた笑いの漆牙。 「いや、アレを果たして人気と言っていいものなのか‥‥」 雪斗は溜息交じりで目頭を押さえてる。 カメリアの格好を考えれば当然といえば当然ではあるが、大人の、特に男性に絶大な人気を誇り、彼女にお菓子を持ってくる男が絶えないという事態になっていた。 「あの‥‥私は警護をしにきたのであって参加しにきたわけでは〜」 迫り来る村人男性陣に困惑の表情を浮かべながらも、やんわりと断り続けるカメリア。しかしそんなものでは男の欲望は止められない。 「私たちでも説得をした方が良くないでしょうか‥‥?」 同じ女性としては我慢ならないところもあるのだろう、真夢紀は少し怒ったような表情を浮かべている。 「せやな。これ以上はやりすぎちゃうかな」 同じく漆牙も表情を険しくして身構える。 と、そのとき―― 「待てよぺっつぁーん」 「ペイジさーん、どこいくんですかー」 「めぇ♪ ぺーじ、おかし、たべよー♪」 「も、もう勘弁して欲しいッスー!?」 聞こえてきたのは楽しげな声と悲痛な叫び。全員の視線がそこに集まる。 土煙と共に目に涙を浮かべながら猛ダッシュで現れたのはペイジ。 一体何事かと村人は見守り、開拓者たちには緊張が走る。 ――ついに何かやったのか!? 一行の脳裏に一瞬にして嫌な予感が過った。が、起きたのはこの後だった。 勢い良く駆け抜けるペイジの目には涙。故に視界は非常に悪い。その状態で全力で走れば、当然前は見えない。ただ闇雲に走るだけ。 それでもここまで来れたことが奇跡なのだが、運悪くペイジの進行方向には人だかりが――そう、カメリアに群がっていた男性陣である。 とんでもない速度で突っ込んでくるペイジに、村人は慌ててその場から避難する。 しかし囲まれていた男たちの対処に追われていたカメリアにはそれが見えていない。 結果。 「きゃっ!?」 「どあぁっ!?」 カメリアは脇目も振らず突進してきたペイジを避けれず、半ば巻き込まれる形で転倒する。 それでも咄嗟に受身を取ったのは開拓者としての判断だったのだろう。 しかしそれが思わぬ形で裏目に出てしまう。 「いたたた‥‥な、何にぶつかったッスか‥‥」 頭を振ったペイジは起き上がろうと手をつく。と、そこにはお約束の如く柔らかな感触が。 時が止まる。 恐る恐る自分の手元に視線を送ったペイジ。そこには倒れこんだ黒バニースタイルのカメリアの――。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ペイジさーん?」 ゆらり。 そんな効果音が聞こえてくるかのようにゆっくりと起き上がったカメリア。 「は、はひっ?!」 思わず姿勢を正すペイジは、恐る恐るカメリアの顔を見た。 清々しい程の笑顔が視界に飛び込んでくる。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ジャガッという何やら銃の装填音のような音が耳に入った。 「‥‥忘れましょうね〜♪」 「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」 ペイジの絶叫が村に響き渡る。 余談ではあるが、ペイジのこの日の記憶は大半が抜け落ちている――らしい。 〜了〜 |