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■オープニング本文 ●南麓寺。 秋の風が心地よく感じ始めるようになったこの日。 いつものように鍛錬を終えた凛々は父親である光利に呼び出されていた。 「もー、何なのよ今日は」 ぷくりと頬を膨らませる凛々。 しかし今日の光利はどうも様子が違う。普段ならば後で笑い話になりそうな雰囲気を纏っているのだが、今目の前にいる目を閉じたままの光利からは緊張感しか感じられない。 「‥‥とーさん‥‥?」 余りの違いに思わず声を掛ける凛々。 しばらく腕を組んだ状態で固まっていた光利は、やがて静かに目を開けた。 そして懐から一枚の紙を取り出し、それを凛々へと差し出した。 小首を傾げた凛々はその紙の中身に目を通す。 「南麓寺が長、山南光利に告ぐ。貴殿の村からアヤカシに通づる者ありとの報せあり。信ある筋からの報せ故、この責は重大也。よって貴殿の都入りを禁ず‥‥何コレ!?」 叫んだ凛々は紙を床へと叩き付けた。 「何がアヤカシに通ずよ!? だいたい信ある筋って何なのよ!! こっちの話も聞かずにむちゃくちゃだわっ!」 怒り心頭の凛々。 東房に住まう者は皆豊かではない。 国の大半を魔の森に覆われた東房では、アヤカシとの小競り合いにも物資がいる。 それらは天儀天輪宗という教えの元、都――即ち安積にいる天輪王からの支援がなければ到底賄えるものではない。まして南麓寺は北面国境付近の辺境、支援が届かなければ生活すらままならなくなる。 そして本山入りを禁じられるということは、その支援を断たれると言われているに等しい。 「‥‥凛々。お前、先日魔の森に入ったな?」 「ん? あぁ開拓者の仲間に助けてもらったときね。それがどーしたのよ」 「お前が魔の森から帰って来て以降、アヤカシの動きが活発化したそうだ」 「ふーん、それじゃ少し見回りとか強化しなきゃ‥‥ってそれじゃ尚更支援ないと無理じゃない!?」 「‥‥まだわからんのか?」 地団駄を踏む凛々にじろりと鋭い視線を送る光利。 一方の凛々は訳がわからず小首を傾げる。 「お前がアヤカシに通じていると疑われている、と言っているのだ」 光利の言葉に凛々は思わず絶句した。 「何よそれ!? そんなこと――」 「上はそうは思ってないのだよ!!」 聞き慣れているはずの光利の怒鳴り声に、凛々は思わず肩を竦める。 しばしの沈黙。 「‥‥わかったわよ‥‥じゃあ証明してやるわよっ! アタシが! この手で!!」 目に涙を貯めた凛々は、拳を突き出したかと思うと勢い良く飛び出していった。 後に残された光利は、ただ静かに、床に落ちた紙を見詰めていた。 ●??? 魔の森の奥地にひっそりと佇む洋館。 其の中でソファに腰を据えた青年が、物憂げに書物を眺めていた。 「お兄様、何を読んでますの?」 「この近辺の歴史を調べておこうと思ってね。ブルームこそ如何したんだい?」 碧眼に金色の髪。透けるように美しい白い肌の男女。 形こそ人間だが、明らかに人とは思えない美貌を持つ彼らは、ごく自然に言葉を交わす。 「如何した――では、ありませんわ」 ブルームと呼ばれた女性は、兄と呼ぶ男性の膝に肩に手を添えると、不満げに唇を尖らせた。 「お兄様ったら、此方に来てから書物ばかり読み漁って、わたくしのお相手をして下さらないんですもの」 ブルームはそう言うと、ゆったりとした動作で兄の膝に腰を下ろした。 それを受けて兄――ヘルが苦笑しつつ書物を閉じる。 「確かに、ここ数刻だがお前の相手をしていなかったな。何か欲しい物でもあるのか?」 妹の願いは何でも聞く。 そんな雰囲気を滲ませるヘルに、ブルームは嬉しそうに笑み、自らの腹に手を添えた。 「わたくし、お腹が空いてしまいましたの。そろそろ新しい人間が欲しいですわ」 「新しい人間か‥‥」 彼らが前に食事をしたのは数刻前の事。 密かに捕り溜めておいた『食料』ではブルームは満足しないらしい。 「新鮮な血肉ほど美味な物は無い。しかし、食べ物を粗末にするのはダメだぞ」 「少しの食べ残しならお兄様が食べて下さるじゃない。わたくしは新しい『ご飯』が欲しいの」 ブルームはヘルの顔を覗き込むと、コツリと額を合わせた。 これは彼女がお強請りをする時に取る行動の一部だ。 物欲しげに見つめてくる目を見ていると、如何にも負けそうになってしまう。 しかし―― 「‥‥駄目だ」 「!」 静かに放たれた言葉に、彼女の眉が上がった。 「今は大人しく、古い『食料』で我慢するんだ」 「〜〜‥‥、お兄様のケチ!!」 ブルームはそう言い放つと、頬を膨らませて立ち上がった。 「‥‥何処に行く気だい?」 「自分で狩りに行ってくるわ。お兄様なんて当てにしないもの」 「ブルーム!」 短気を起こしたブルームを見送り、ヘルは「はあ」っと大きな溜息を零した。 その上で手元の書物に視線を落とす。 「‥‥仕方のない子だな」 そう呟いた直後、ヘルは書物をソファの上に置き、この場を去って行った。 ●陽龍の地『魔の森』 魔の森に入ってからしばらくのこと。 当然の如く、自分の居場所が一体どこなのかわからなくなってしまった凛々。 「あーん、またやっちゃったよー‥‥」 はふ、と息を吐き出した凛々の耳に、どこか聞き覚えのある声が飛び込んでくる。 瞬時に耳を済ませた凛々は、誰かが土を踏みしめる音を聞き取った。相手が誰であるかはわかっていたが、ここは魔の森――油断はできない。 しばらく進んだその先で見つけた人影に、凛々は思わず叫ぶ。 「あーっ、いたー!」 視線の先にはいつぞやの志士の少年。 「お前、こんなとこにいたのか!」 驚き顔の少年は急ぎ足で近付いてくる。どうやらあちらも探していたようだ。勿論凛々に探される覚えはないが、好都合であることには違いない。 しかしその行く手を声が阻む。 「おやおや、これはまた随分と愛らしいお嬢さんだね」 いつの間にいたのか、そこには一人の青年の姿。 柔らかそうな金色の髪に端正な顔立ち、そしてどこか異国を思わせる――恐らくジルベリア辺りの――小奇麗な服装に身を包んだ青年。 「‥‥アンタ誰?」 言いながら凛々は既に臨戦態勢を取っている。 「ふふ、強気なところはまさに僕好みだね。あぁ‥‥壊してあげたいよ」 恍惚の表情を浮かべた青年は指をパチンと鳴らす。 同時に人間の骨格だけで動く奇妙な存在と、空を舞う骨だけの鳥。 「な、なんなのよこいつら‥‥! あーもう、早いトコ用事済ませて帰りたいのにーっ!」 構えた凛々はすぅと息を吐き出すと、キッと前方を見据える。 「邪魔すると‥‥ぶつよっ!」 どこか力の抜けそうな掛け声と共に凛々は勢い良く地を蹴った。 |
■参加者一覧
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
巳(ib6432)
18歳・男・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●攻防〜前。 カタカタと音を立てる骨だけの人型。 張られた薄い膜のようなモノを羽ばたかせ、宙を舞う骨だけの鳥。 そしてそれらを従えた謎の美男子―― それらを前にして一行はそれぞれの得物を構える。 「これは大層なお出迎えで‥‥容赦はしませんよ」 変装して普段の姿からは全くの別人に見える宮鷺 カヅキ(ib4230)は手の中に持つ礫をカチリと鳴らした。 「どれだけいたって‥‥アタシは負けないんだからっ!」 拳を構えた凛々は、奥で笑みを浮かべる青年を攻撃せんとぐっと腰を落とす。 が、その肩を千代田清顕(ia9802)が掴んだ。 「何ですか‥‥?」 行動を遮られてあからさまに不機嫌な表情を浮かべる凛々に、清顕は思わず苦笑を浮かべる。 「あいつを叩きのめしたい気持ちは分かるけど、依頼人を守るのも俺たちの仕事だからね。君も開拓者なら分かるだろ?」 「そうだぜぇ? だからあんまり前出んなよ? めんどくせぇことは勘弁だからな」 清顕の言葉に煙管を吹かす巳(ib6432)が続く。 どんな状況であろうとまずは生きなければ――そんな思いが開拓者たちにはあったのかもしれない。 「それは‥‥でもアイツのせいでアタシはっ‥‥!」 悔しそうに俯く凛々をレジーナ・シュタイネル(ib3707)がそっと抱きしめた。 「疑われるの、とってもとっても不本意だと思います。だから‥‥まずは、無事に帰って、きちんとお話しましょう?」 包まれる優しい感覚に、凛々の目に思わず雫が浮かぶ。 「貴方一人じゃないのよ。私たちもいるのだから、頼りなさい?」 柔らかな笑みを浮かべる西光寺 百合(ib2997)の言葉に、凛々は溢れ出る雫を強引に拭い去り、こくんと頷いた。 「さて‥‥どうでもいいですが、一発かますんで俺から離れないでくださいよ?」 前方からゆらりと迫る骨の群れを見据えたトカキ=ウィンメルト(ib0323)。 トカキの言葉に一行は、彼を中心に円の陣形のままその距離を狭める。 既に詠唱を終えたトカキは、その手の大鎌をすっと掲げた。 ●攻防〜骨人。 「いきますよ‥‥!」 トカキの言葉と同時に一行の周囲の地面がざわめく。徐々に唸る烈風はやがてその規模を拡大しながら骨人と上空の骨鳥を巻き込み、その身を切り刻んでいく。 風が徐々に止む。 残されたのはガラガラと崩れる骨と上空から降り注ぐ骨鳥の一部。だが次の瞬間、崩れ落ちたはずの骨がカタカタと動き出すと、再びその姿を復元し始める。 「‥‥面倒ですねぇ」 ダメージはあるのだろうが、殲滅には至っていない――トカキは苦笑を浮かべる。 風はまだ舞っている。 「今のうちね。皆近くに来て」 呼びかけた百合は武器を持つ仲間、特に近接武器を扱う者に静かに呪文を唱える。 百合の翳した手に触れた武器が淡く白い光を放つ。 「これでいいわ。切れたら言って頂戴、余裕があれば掛けなおすわ」 頷く仲間ににこりと微笑む百合。 風が止む。 途絶えた瞬間、レジーナと巳、それに拾(ia3527)が地を蹴った。狙うは復元しきっていない骨人。 一瞬でその懐に飛び込んだのは巳。その手に構えた刀で正確に骨人の手関節を薙ぎ払う。乾いた音と共に骨が砕け、骨人は持っていた武器を落とす。逆の腕を振り上げるも、既にその眼前に標的はいない。 「こっちだぜっと――」 声のする方にと向けた身体に、一筋の閃きが走る。 巳に気を取られた隙に斬り込んだ拾の一閃。 一瞬の静寂。 骨人は中心からパキリと割れ、瘴気の霧へと姿を変える。 「ゆだんたいてき、です!」 むんっと息を吐く拾。その小さな身体を別の骨人が狙う。振り上げた刀が一瞬中空で静止。振り下ろされる寸前―― 「はっ!」 持ち前の速さを生かし一気に距離を詰めていたレジーナが、とんっと身を浮かせ放った、弧を描く軌道の蹴り。その踵が骨人の頭を正確無比に捉えた。 「大丈夫ですか?」 「はいっ! ありがとーございます!」 心配そうに見るレジーナにぺこりと頭を下げる拾。 双方の後方からそれぞれ骨人が迫る。 一瞬で気配を察して二人。 同時にくるりと身を翻し、それぞれ振り向きざまに拳と刀を振りぬく。 響く打撃音と斬撃音。瘴気の霧が二つ増えた。 続け様に迫るアヤカシたちを薙ぎ倒していく開拓者たち。 しかしその殲滅速度に迫る勢いで、新たな骨人が次々と生まれ来る。 魔の森の活性化―― それは決して滞在する要素ではなかった。 「はわわっ! ま、また出てきました!」 「さすがに多い、ですねっ‥‥!」 「やれやれ、ちったぁ楽させてくれねぇのかねぇ」 慌てて刀を構える拾と構えを取るレジーナ、そしてやれやれと肩を竦める巳。 彼らは一つ、失念していた。 魔の森という土地柄、アヤカシは沸いてくるものであるということ。 そしてただでさえ、今は活性化状態であること。 それは終わりなき戦いを続けなければならないことを意味していた。 ●攻防〜骨鳥。 一方上空を舞う骨鳥にはカヅキとトカキ、そして清顕が対処にあたる。 トカキの初撃を警戒してか、すぐに降りる気配のない骨鳥は、ゆっくりと羽ばたきながら旋回、眼下の開拓者たちを瞳のない眼でじっと見つめる。その様はまるで―― 「値踏みされてるみたいで気に食わないな」 ぽつりと呟く清顕。カヅキがこくりと頷いた。 「実際餌ぐらいにしか思われてはないのでしょうけどね」 「ははっ。んじゃ、餌の底意地‥‥見せてやるかね」 「同‥‥感っ!!」 そう言って口元に笑みを浮かべた清顕は、手近な木に向かって駆け出す。 同時に骨鳥をじっと見つめて距離と間合いを計っていたカヅキが、手の中の礫を勢い良く弾いた。礫は中空の骨鳥の一体の翼膜を貫通、バランスを崩した骨鳥がぐらりとその身を降下させる。そこに木の幹を蹴って宙に躍り出た清顕が接近、棍棒状態の土鬼を振りかぶる。 小気味良い音と共に砕ける骨。 更に清顕は落ち行く骨鳥を足場に再度上昇。その先に漂う骨鳥へと狙いを定める。 「もういっちょ」 振り抜いた棍棒は骨鳥の翼膜を捉える。 落下する骨鳥と共に清顕も落ちる。 と、他の骨鳥が空中で身動きの取れない清顕に群がり始めた。 気付いたカヅキが礫を放つも、群がり始めた骨鳥の数に追いつかない。 ギャアギャアと不気味な鳴き声をあげる骨鳥は清顕を啄ばむように攻撃を加える。 懸命の防御で致命傷は避けた清顕はその身を地面に打ち付けた。一瞬呼吸が止まり、思わず咳き込む。 骨鳥は清顕が落ちる前に上昇、再び開拓者たちを眼下に悠々と旋回を始める。 「千代田さんっ‥‥大丈夫!?」 駆け寄った百合が清顕の身体に手をあて、静かに祈る。 淡い燐光を纏う二人。清顕の身体から痛みが引いていく。 「ありがとう百合さん」 「うぅん、無事でよかったわ‥‥」 一瞬目があった二人は、慌ててその目を逸らす。 と、雰囲気満点の二人の耳に、別の方角から羽音が飛び込んできた。 視線を送れば新たな骨鳥の姿。 「くっ‥‥増援が早い‥‥!!」 悔しそうに表情を歪めるカヅキ。 しかしここは魔の森。しかも今は活性化している状況だ。 そうなれば当然アヤカシは沸いて出る。 「温存しながら闘うしかないわね。回復は道具も使っていくわ。間に合わなかったら‥‥ごめん、誰かのを使わせてもらうことになるかもしれないわ」 「使うつもりはなかったけど‥‥そうは言ってられないね」 回復に徹すると決めていた百合の言葉に、清顕は自分の道具を手渡した。 「任せます」 「えぇ‥‥! 気を付けて」 言葉を交わし、頷きあう二人。 それを見た凛々は、少し、ほんの少しだけ羨望の眼差しを送ると、すぐに首を振り闘う開拓者たちへと向き直る。 ●青年の目的。 「アタシも‥‥出るよ!」 宣言のように叫んだ凛々に、当然難色を示す者もいる。 「おいおい、面倒はやめろって‥‥」 何匹目かの骨人の関節を薙いだ巳は表情を曇らせる。 「そんなこと言ってる場合? どうにもならないでしょっ!」 凛々の言葉に誰しも返す言葉がない。 そもそも想定していた戦力より少ないのだ。増やすに越したことはないだろう。 「けどっ‥‥!」 折り重なるようにして攻撃してくる骨人に、既に何発撃ったかわからない紅の波動を叩き込んだレジーナは、肩で息をしながら僅かに視線を向ける。 「大丈夫。無茶はしないよっ‥‥!」 懇願するような声。 幼く見えても彼女もいっぱしの開拓者だ。全員が闘うこの状況で、一人抑えろというのは酷かもしれない。 それは凛々の、血が滲むほど強く握り締めた拳が物語っていた。 既に赤く染まった小さな拳を、百合の手がそっと包み込む。 「わかったわ。生きて――帰るわよ」 包み込んだままの百合の手がぽぅと白く光る。柔らかな光に暖かみを感じた凛々は、勢い良く「うんっ!」と頷いた。 「話は纏まったのかい?」 突如聞こえた声。今まで特に動きを見せなかった謎の青年が口を開いたのだ。 「そこのあなたは、なにものなのですかっ!」 「こんな所でのんびりしてるんだから人間じゃないわね。せめて名前ぐらいは教えて頂ける?」 言いながら青年に対しびしっと指を突きつける拾と、対称的に静かな問い掛けを投げる百合。 「ボクかい? ふふ、ボクはヘル。一応向こうにいる彼女とは兄妹ということになるのかな?」 ボクたちに家族なんてものがあれば、だけど――と付け加え、その作り物のような顔で笑みを浮かべる青年。 「‥‥このアヤカシを使っているのはきみか?」 カヅキは目の前でカタカタと音を立てる骨人に視線を送りながら問う。 「まぁそうだね。ボクが呼べば皆来てくれるよ――こんな風にね」 パチンと指を鳴らす青年――ヘル。次の瞬間、地面が揺らめき土を割って新たな骨人が出現する。そして上空からは更に骨鳥の群れ。 「うぅっ‥‥これじゃきりがない、ですっ」 目に涙を浮かべながらも握る刀は緩めない拾。 彼女を含め、何人かは力を温存しながら戦っていた。それは前回この森に来たときに学んだことだったかもしれない。 「この一連の騒動は、あんたらの仕業かい? 見た目麗しい方々に是非ともお伺いしてぇもんだな?」 どこか挑発気味な物腰の巳の言葉に、青年はくすりと笑みを浮かべる。 「一連の騒動っていうのがどれかは知らないけれど、少なくともボクは呼ばれて来ただけだから。他には何もしてないよ」 言いながらヘルは肩を竦める。 青年の様子に嘘を言っている感じは見受けられない。となれば他の何者かが凛々を、もしくは誰かを陥れようとしているのか。 「そんな理由がこの子にあるとは思えないけどな‥‥」 凛々をじっと見詰める清顕はポツリと呟く。 「何にせよ、ボクは楽しめればそれでいいのさ♪」 ざわり、と辺りの空気が澱む。同時に骨の集団が一斉に動き出した。 ●託された想い。 どれ程の時間、闘っただろうか。もう既に時間の感覚がない。 わかっていることは、既に自分たちに残された力はほとんどないということだけ。 「はぁ‥‥はぁ‥‥」 誰の物かもわからないほどの息遣い。既に口を開くのも億劫になっている。 遅れて参戦したため余力があったはずの凛々ですら同様の状態である。 「ふふ、苦痛に歪むその表情‥‥あぁ、たまらないね」 満身創痍の一行を恍惚の表情で見詰めるヘル。 だが一行に答えるだけの気力はない。 しかしそれでも彼らは武器を構える。 どうやら退却という考えはないようだ。 無論この状態では退却するにも追いつかれてしまうのは目に見えているが。 「もっと遊んであげたいところだけど‥‥どうやら妹が機嫌を損ねてしまったらしくてね」 そう言うとヘルは再びパチンと指を鳴らす。現れる骨人たち。 口振りからヘルの妹という女性は既にこの場を離れているらしい。 そしてそれはヘル自身もそろそろ終わらせようと考えていることがわかる。 「まずは‥‥そうだね。可愛いお嬢ちゃんから悲鳴を聞かせてもらおうかな」 ふふ、と笑みを浮かべるヘルの視線の先には――凛々。 目が合った凛々は最後の力を振り絞り立ち上がろうとするも、その膝は無情にも地に落ちる。 その周囲によろよろとしながらも集まる七人の開拓者たち。 せめてこの子だけは――最初から一行にあった想い。それが行動になって現れただけ。 「それが人間の愛ってヤツかい? 理解はできないけど‥‥まぁそんなに早く死にたいなら、お望み通り――」 「そうはさせんよ」 突如割り込んできた声に、全員の視線が集まる。 現れたのは―― 「お父‥‥さん‥‥?」 細身の身体を袈裟のようなモノに包んだ壮年の男性――凛々の父、山南光利である。 「どうして貴方が‥‥」 開拓者嫌いで通る光利の突然の登場に、百合は思わず声をあげた。 「ふぅん‥‥美しくない人に興味はないんだけどね」 自分の楽しみを邪魔されたことに怒りを顕にするヘル。同時に殺気が辺りに充満する。 光利が一人来たところで状況など改善されるはずもない。それはその場にいる誰もが感じていた。 「お父さん‥‥逃げて‥‥!」 弱々しくもこの状況に不釣合いな父に声を掛ける凛々。 その様子をじっと見詰めていた光利は、ふっとその表情を緩めた。 「心配するな。お前は‥‥死なさん」 ぶっきらぼうに短く呟いた光利は、今度は開拓者たちに視線を向ける。 「お前たち!」 突如大声を出す光利に一同――ヘルも含めて――は一斉に光利を見た。 光利は開拓者たちに向かって、ぽいと小さな包みを放り投げる。地面に落ちて中身をさらけ出したそれは、何かの薬膳のようだ。 「それを飲めば一時的だが体力が回復する。今から私が少しの間だけ、時間を稼ぐ。その間に逃げろ」 「!? け、けどっ」 「つべこべ言える状況かっ!!!」 反論をねじ伏せられ、一行は思わず俯く。 厳しい表情を浮かべたままの光利はふっと表情を緩める。 「生きて帰ることが大事、なのだろう?」 凛々もほとんど見たことがない程の穏やかな笑顔。 開拓者たちは一瞬の迷いの後、渡された薬膳を飲み干す。なるほど、確かに身体は動く。だがそれはあくまでごまかしているだけに過ぎないことがわかる。 光利は静かに頷くと今度はヘルに目を向けた。 「合図をしたら、全力で寺に向かって走れ。いいな?」 背中越しに掛けられた声に頷く一同。 「やれやれ、本当にイラつくね、キミは。もういい加減――」 「今だっ!!」 再び遮られたヘルの言葉と、発せられた合図。 弾かれたように全員が背中を向けてその場を駆け出す。 その去り際―― 「‥‥娘を、頼んだぞ」 聞こえるか聞こえないか、それほど小さな呟き。 しかしそれは確かに彼らの耳に届いた。 開拓者たちが一斉に駆け出して数秒後。 魔の森の中で大きな爆発音が鳴り響いた。 〜了〜 |