|
■オープニング本文 ●遭都 天儀の帝『武帝』が治めるこの地こそが天儀の中心という者も多い。 雅の粋を極めた建築物が理路整然と並ぶ町並みは、まさに天儀一だと思うだろう。 そんな天儀の都『遭都』の一角で、騒動は幕を上げた。 「――麿は今、忙しいでおじゃる」 独特の巻き舌が、何処までも人を不快にさせる。 声の主は、至極不機嫌そうに鼻毛を抜いては吹き飛ばすを繰り返していた。 歯はお歯黒。 肌は白粉。 眉は無し。 細面に烏帽子姿。 これでもかという程、公家の基本に則ったなりをしているこの人物。 実は、意外と偉い公家だったりするこのお歯黒眉なし白面の名は『京極 尊氏』という。 「京極様、そうおっしゃらずに――今日は遥か異国『アル=カマル』より仕入れました菓子でございますぞ?」 すっと音もなく畳を滑る金箔の散りばめられた漆塗りの箱に、尊氏の剃られた眉がピクリと動いた。 尊氏の目の前に座る、恰幅の良すぎる大男。 羽織った着物は見るからに理穴産の上物。もしかしたら絹でできているのかもしれない。 しかし、今にもはちきれんばかりに膨らんだ着物は逆に、見る者に嫌悪感しか与えない。 この男の名は『西国屋 満辰』、公家を相手に商売を行う、所謂宮付きの商人だ。 「さぁどうぞご覧ください」 脂ぎった顔に浮く玉の様な汗も気にせず、満辰は漆塗りの箱の蓋を開けた。 「‥‥」 そこには黄みがかった一口大の玉の様なアル=カマル独特の菓子。 甘く固められたその菓子は、アル=カマルでは実にポピュラーな菓子であった。 「‥‥なんじゃこの団子は」 「はい、アル=カマルで食べられている菓子でございます」 出て来た謎の黄色い玉に、尊氏は毛の無い眉を顰めるが、そのまま固まったのではないかと思う程に満面の笑みを浮かべる満辰は、更に箱を押しだした。 「もちろん、黄金色でございます」 ● 蠅を追い払う様に満辰を追い返した尊氏は、納められた漆塗りの箱を徐にひっくり返す。 「まったく、いつもいつもいつもくどいのでおじゃる! 麿は京極 尊氏なるぞ! 堂々と持ってくればよいのでおじゃる!!」 にやにやと笑みを浮かべながら去っていった巨漢を思い出したのか、尊氏はダンダンと音を立て畳を何度も踏み拉いた。 「まったく、どいつもこいつも使えぬ奴でおじゃる‥‥麿の期待にこたえられるのはそちだけじゃ」 と、気が済むまで畳に八つ当たりをかました尊氏は、中身『黄金色の菓子』を拾う為、ぶちまけた箱へと視線を移すと――。 「‥‥む? なんでおじゃるか?」 漆塗りの箱の中には、黄金色の菓子どころか、アル=カマルの菓子すら入っていない。 代わりに、一枚の墨で染みを作った汚らしい紙が一枚、ひらひらと舞って畳に落ちた。 「‥‥ま、まさか」 嫌に見覚えのある紙を拾い上げた尊氏は、恐る恐るそこに書かれた文字を読み始めた。 『前略 京極 尊氏 様 秋の夜長、虫の音が心地よい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。 京極様におかれましては、日々ご健勝の事と思います。 さて、突然ではありますが、また京極様宅に大事に保管されております、汚銭を 今回は趣向を変え、今回は数人の友と共に伺おうと思っております。 日頃のお世話に報いる為にも、心を込めた潜入を試みるつもりです。 いつも私だけで伺っていたので、多人数で押し掛ける事、心苦しくも思いますが、お会いできる日を今から楽しみにしております。 朝夕もめっきり涼しくなり、気温の変化に体が慣れぬ今日この頃。どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。 草々 怪盗 ポンジ』 「‥‥‥‥‥‥ままままま、またでおじゃる!!!」 薄汚れた手紙を見たお歯黒眉なし白面は、細い顔をなおさら縦長にし絶叫した。 ●京極邸 京極 尊氏の屋敷に、怪盗より予告状が届けられた。 その報せは、尊氏本人の必死の営業努力により、その日のうちに遭都に広まった。 尊氏は腐っても公家。身分としては優先すべきお家柄ということになる。 その家に怪盗が入るとなれば、当然の如く奉行所が駆りだされることとなる。 運悪くその日何の事件も担当していなかった男が尊氏の下へとやってきていた。 「というわけなのじゃ! 何としても彼奴をひっ捕らえるでおじゃる!」 「はぁ」 茹で上がった白い面で怒りを撒き散らす尊氏に、疲れたような表情を浮かべる奉行所の役人。 いきなり横柄な態度で呼ばれたかと思えば、こうしてただ怒りをぶつけられているのだ、無理もない。 予告状の存在が真実であることと、その差出人である怪盗ポンジという名に聞き覚えがなければ、とっくに帰っていたかもしれない。 何はともあれ役人には災難としか言いようがない。 「それで、ここを護るのは何百人くらいいるのじゃ?」 「いや、そんなにいませんけど」 「な、ななな!? ではどうやって麿の金を護るというでおじゃるか!?」 その前に何百人もいたら身動きとれねーだろ、と思いつつも役人は「色々とありまして」と言葉を濁す。 「代わりと言っては何ですが、北面より怪盗捕縛の専門家の方が応援に来てくれるそうですよ」 役人の言葉に尊氏の目が輝く。 人間どうしてこう、専門家とかいう響きに弱いのか。 「して、その専門家とやらはいつ来るのじゃ?」 「もう来てるはずですが」 がしゃごがどしゃーん。 何かをひっくり返したような盛大な物音が響き渡る。顔を見合わせる二人。 「‥‥今のはなんでおじゃる?」 「さぁ、私に聞かれても‥‥」 しばらくして。 「おぉ、ここッスかね!」 嬉しそうな声を上げて現れたのは一人の男。 どこで手に入れたのか、よれよれの茶色の外套を羽織り、これまたよれよれの茶色の中折れ帽子を被った男は、尊氏と役人を見つけるとびしっと音がしそうな勢いで敬礼をする。 「北面より応援にやってまいりました、銭金ペイジと言うッス! 怪盗とあらばこのペイジにお任せくださいッス!」 そう言って胸をどんと叩くペイジ。 一方の尊氏は、そんなペイジを指差しながらぱくぱくと口を動かして固まっていた。 「ん? なんッスか? あ、金魚の真似ッスか!? そんなら負けな――」 「金魚の真似なんてしないでおじゃる! というか何で外套の下に何も着てないでおじゃるかぁっっ!?」 「えっ、あぁぁっ! しまった、慌ててたから忘れてきたッスー!?」 地団駄を踏みながら再び茹で上がる尊氏に、自分の格好に本気で驚くペイジ。そんな二人に役人はただただ溜息をついた。 「というか北面から来て気付かなかったんかい‥‥」 翌日、奉行所から開拓者ギルドに支援要請が出されたことは言うまでもない。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
木綿花(ia3195)
17歳・女・巫
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●京極邸〜庭。 残暑が過ぎ、すっかり秋めいた空の下。 遭都の中にでかでかと居を構えるその屋敷は、京極尊氏の屋敷。 今その屋敷内では大きな変化が起こっていた。それは―― 「えーんやこーら、どっこいしょー♪」 陽気な鼻歌と共に一人の男がシャベルを手にせっせと穴を掘っていた。 茶色い外套中折れ帽子、その下には眩いばかりの――褌。 そう、この屋敷に忍び寄る怪盗の魔の手から正義と平和を守るため、彼――銭金ペイジはやってき―― 「あ、ペイジさーん、こっちももうちょっと掘ってー」 「はいッスー! 今行くッスよー!」 そよぎ(ia9210)の声にペイジは颯爽と別の穴を掘りにかかる。 その様子に「ありがとー♪」と笑みを返すそよぎ。 屋敷内に保管されている、京極のどこから出てきたのかわからないお金を守るため、屋敷内を好きに使っていいという許可を得た開拓者たち。 来るべき客人のため、各人がそれぞれ思い思いの罠を仕掛けて待つことにしたのだ。 そしてそよぎが考えたのが、正門と裏門に入ってすぐの場所に仕掛ける落とし穴だった。 とはいえそれはなかなかに体力のある仕事。 「こんな重労働、か弱い女性一人にやらせないよね? ね? ペイジさん?」 うるりと潤んだ瞳で上目遣いをしながらという女性特有の凶器と共にペイジに迫ったそよぎ。 結果、完全に勘違いと舞い上がりの二重効果により、こうしてるんるん気分で穴掘りをしていたのだ。 「それにしても怪盗と戦うなんて楽しそうじゃない? ペイジさんはいつも面白そうなお仕事してるね」 「そうッスか? 面白くはないと思うッスけど‥‥」 何度かペイジと行動を共にしていたそよぎは、その度に面白おかしく巻き込まれているため、彼女自身は楽しんでいるようだ。 本人は至って真面目なだけに変わりようがないわけだが。 「だって前にも変な怪盗と戦ってたし、この前は仮装してたし」 「‥‥言われてみればそうかもしれないッスね」 「でしょ? それに今回も怪盗‥‥えっと‥‥ぱんじー?」 「ポンジッスよ」 「そうそう、それそれ。聞いてる感じじゃ変わってるじゃない?」 怪盗ポンジ。巷では義賊として通っている怪盗、らしい。 予告状を出すこと自体が既に怪盗としてはどうなんだと思わなくもないが、それでいてなお盗まれているのだから性質が悪い。 「凄腕なのは確かなのよね」 「こっちも負けてないッスけどね!」 ぐっと拳を握るペイジに、ある意味ではねーと笑うそよぎ。 と、そこに大きな机と茣蓙を手にユリア・ヴァル(ia9996)が姿を見せる。 「あら? 何をいちゃついてるのかしら?」 くすりと笑みを浮かべるユリアに、二人はきょとんとした表情を浮かべる。 「‥‥何でもないわ。からかい甲斐ないわねぇ」 「それより何ッスかそれ」 溜息交じりのユリアにペイジは彼女の手に持たれている物指差しながら言う。 「ん? これは休憩所よ♪ 長丁場になったら大変でしょ?」 片目をパチリと閉じて言うユリア。 ペイジははたと辺りを見回す。 広い庭内に芸術的な枯山水。造形美としては非常に格式の高い庭の中央に――茣蓙と机。 「‥‥ふ、不釣合いッスね」 「そう? 意外といいと思うわよ? ね」 「うん、可愛いと思う!」 そう言って女性二人はきゃいきゃいと騒ぎ始める。 「女は‥‥わかんないッス‥‥」 「何がわからないんですか?」 ぼそりと呟いたペイジの後ろからひょっこりとカメリア(ib5405)が顔を覗かせる。 突然綺麗な女性の顔が隣に現れれば、男としてはとても嬉しい限りであり、その想いがほんのちょっと暴走しても何らおかしくないわけで。 「か‥‥カメリアさぁぁん! 俺っちは、俺っちふぁごっ!?」 ガチャリ。 思わず抱きつきそうになったペイジの口に、何やらとても冷たいモノが捻じ込まれた。 「ペイジさん? 今何しようとされたんです?」 「ふぁんふぇふぉふぁいふぁふぇん‥‥」 にこやかに笑みを浮かべながら銃を向けるカメリアに、ペイジは思わず両手をあげた。 「あら、カメリア。良い場所は見付かったの?」 「はい♪ 本宅の屋根上が一番見やすそうです」 ユリアの言葉にカメリアはこくりと頷き、本宅の方に視線を向ける。 釣られるように視線を移したユリアは、本宅から正門、そして庭へと視線を泳がせる。 「そうね、そこなら正門と両方見れそうね♪」 満足そうに頷くユリア。 と、ここでペイジがある疑問を抱く。 「そういえば‥‥お金はどこにあるッスか?」 当然と言えば当然の疑問だ。護る対象の場所がわからなければ護りようはない。 だが―― 「ふふ、ペイジさんは気にしなくていーんですよー」 「そうそう♪ 大丈夫よ、厳重に守ってるから♪」 言いながらペイジの気をそらすために抱きつくそよぎと、妖艶な笑みを浮かべるユリア。 「え、いや、そうッスけど‥‥ほら、やっぱりちゃんと知っておきたいというかその――」 わたわたと慌てるペイジの手を、カメリアがそっと握った。 「さ、見回り行きましょう?」 「は、はいッス!」 「あ、私もいく〜」 カメリアとそよぎに挟まれ、ペイジは屋敷の方へと姿を消した。 「ふぅ、何とかごまかせたわね」 開拓者たちは元よりペイジには金の在り処を教えるつもりはなかったのだ。 勿論ペイジの性格を考えれば至極真っ当な結論だとは思うが。 「変なトコだけ嗅覚が効くのねぇ‥‥ん?」 と、そこで何やら正門前で話し声がすることに気付く。 「ひょっとして、もう来ちゃったのかしら‥‥?」 呟いて首を傾げるユリア。相手が相手だけに真っ当に夜に忍び込んでくるとは思ってはいない。 しかしそれにしては消極的すぎるような気がする。 もしかすると単純に尋ねてきた一般人かもしれないが―― 「全く、こんな日に尋ねてくるなんて‥‥少しお仕置きが必要かしら♪」 ふふりと笑みを浮かべながらユリアは正門へと向かった。 ●京極邸〜屋敷内。 一方屋敷内を巡回していた風雅 哲心(ia0135)は、いかにも何かがありそうな部屋の前で立ち止まっていた。 「さて‥‥まずは罠張りだ」 小さく呟いた哲心は静かに目を閉じると、自身の装備する短刀を翳す。 と、そこに饅頭を口いっぱいに頬張った朱麓(ia8390)が姿を見せる。 「お? 何してんだ?」 「あぁ、屋敷内に賊が入ってきたときの為に罠を仕掛けて‥‥ってその手に持ってるのは何だ?」 一旦集中を解いた哲心は、腕いっぱいに饅頭を抱えた朱麓を見てぽかんと口を開ける。 「相手は大抵餓死寸前の怪盗だからな。このくらいは用意しても問題もむもむ」 「とりあえず口の中のモン飲み込んでから話そうか‥‥というか自分で食べたら意味がなくないか」 「んだよ、細かいこと気にするなよ」 文句を言いながらも次から次へと饅頭を口に放り込んでいく朱麓に、哲心は溜め息を一つついた。 「まぁいいか。そっちの方は何か仕掛けたのか?」 「おう勿論だ――ぺっつぁんがな」 そう言って豊かな胸を盛大に張る朱麓。 ちなみに朱麓が頼んだのは大量の饅頭の買い付けと撒菱の散布。それらは既に終わらせているらしい。 「相変わらずだな」 「そういう哲心はどーなんだよ?」 「今から罠を仕掛けようとしてたところだ。賊が調べそうな場所には一通り仕掛けようと思っている」 「ふーん‥‥アイツが罠に掛かるとは思わねぇけどな」 どこか相手の肩を持つような朱麓の言葉に、哲心は思わず眉を顰めた。 「なんだい?」 「いや‥‥妙に知った風な口振りだったから、な」 「んー? まぁちょっとした知り合いっつーか‥‥ははぁん、もしかして」 歯切れの悪い哲心の言葉に、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる朱麓。 「嫉妬か?」 思わず噴き出す哲心。 「何でそうなる‥‥」 「はっはっは、わかってるって♪ 何でもないから安心しろって♪」 「いやだから――」 抗議しようとした哲心の唇に、朱麓はそっと指をあてた。 しばし見詰め合い。 そこで二人の間にどんな合図があったのか、それはご想像にお任せしよう。 「んじゃ後でなー♪」 ひらりと手を振りながら朱麓はその場を後にする。 残された哲心は大きく息を吐き出す。 「やれやれ‥‥」 小さく呟いた哲心は再び視線を部屋のほうに戻した。 誰かに見られているわけはないのだが、どうにも落ち着かない気分の哲心。 頬をぽりぽりと掻いた後、再び短刀を翳した。 「ま、やるか」 若干上昇したような気がする体温とは逆に、周囲に冷たい風が流れた。 ●正門前の騒動。 ユリアが正門に向かおうとしたちょうどその時、入り口のほうから一つの影が姿を見せた。 現れたのは商人風の男。その顔に見覚えはない。 京極の屋敷には多種多様な人々が行き来するため、彼女の知らない人間が出入りすることは当たり前なのだが、今は屋敷内には人を入れたくはない。 「‥‥どなたかしら?」 一瞬迷ったユリアは、一先ず聞いてみることにした。 声を掛けられた商人にとっては、これまた勝手知ったる取引先の屋敷の中に見覚えのない女が武装して徘徊しているということになる。怪しむのも当然。 「? そちらこそどちらさんかね?」 結果、同じことを聞き返すこととなった。 「えーと、私はこの屋敷の主人である京極さんから依頼を受けて来た開拓者よ」 ユリアの答えに若干ビクリと肩を震わす男。 「そ、そうか‥‥」 「で、アナタは?」 「え、えーと‥‥ひ、贔屓にしてもらってる商人だ、うん」 あからさまに挙動不審になる男。 京極の下を訪れる商人は様々だが、中には当然黒い取引を持ち掛けるような者もいる。 そういう人間にとって開拓者というのは、割と邪魔になることが多い存在だ。 この商人はどうやらそういう類の人間らしい。 だが今屋敷にいる開拓者にとっては、怪しげな人物は全て怪盗の仲間である可能性がある、という認識になる。 肩を震わせた男に、ユリアがその疑いを掛けたとしても不思議ではない。 「へぇ‥‥一体何を持ってきたのかしら?」 「そ、それは‥‥言えんっ!」 後ろめたいことを正直に言う馬鹿はいない。 しかし、これが決定打となった。 「そう。ごめんなさいね、怪しい人は捕らえることになってるの♪」 にこりと微笑んだユリアは手にした扇をしゃらんと開く。 擦り合う鉄製の音に男が首を傾げた瞬間――扇は突如男に襲い掛かる。 「う、うわぁぁぁ!?」 悲鳴を上げる男。 ユリアに元々当てるつもりはなかったが、一般人にとっては十分な脅威である。 手元に戻った扇を受けたユリアは、そのまま扇を男に突きつけた。 「さ、覚悟してね♪」 「ひ、ひぃぃぃっ!!」 慌てた男は身を翻すと、そのまま門から外へと逃げ出した。 その様子にユリアもかくりと首を傾げる。 「あら、普通の人だったのかしら‥‥ま、いいわね♪」 と、門前がやたらとがやがやと騒がしくなり、驚きの声や怒鳴り声やらが聞こえてきた。 門を出た男が何かを言っているのだろうか。 「もう、これ以上怪しいのは入れたくないのに‥‥」 ふぅと溜息をついたユリアは、ふと何かを思いつく。 「そうだ、戒厳令でもしいちゃおうかしらね♪」 その表情に浮かんだ笑みは、どこか悪戯を思いついた子供のような笑みだった。 ●本宅屋根上。 賑やかになってきた正門の方に視線を送っていたのはカメリア。 茶色の外套を纏うその身を瓦に預け、手持ちの愛銃の整備をしながらも視線だけは門と庭の方に向けていた。 「? 何が起きているのでしょう‥‥?」 騒がしくなった原因はどうやら門前にいる商人やら野次馬やらの一般人のようだ。 ただ、何が原因で集まってきているのかまでは、カメリアの知るところではない。 「お客様、にしては多いですし‥‥お祭?」 かくんと首を傾げるカメリア。 一人故に誰も突っ込まないので解決はしない。 と、カメリアの視界に正門に歩いていくユリアの姿が映る。 何気に視線を送ってみれば、その進路には一人の男性。 誰か来たのかしら、と思いながら見ていると、何かを話したような仕草の後でユリアが扇を投げつける。 えっ、と驚く間に男性は一目散に門外へと逃げ出した。 「‥‥か、怪盗さん、ですよ‥‥ね?」 カメリアの頬に汗が一筋、たらりと流れる。 ユリアはというと、すたすたと門のほうへと歩いていく。 何をするのかと思いきや、門を少しだけ開けて顔を外に出した。 数瞬後―― 再びキィンという音が響き渡り、わぁとかきゃーとかいう悲鳴が耳に入る。 門を閉めて戻るユリアは、どこか満足気に見えた。 「えっと‥‥大丈夫、なのですよね‥‥?」 カメリアのいる位置からは門外までは見ることができないので、外の一般人に被害が出ていないことを祈るのみだ。 しかし彼女の心配を余所に、外では更に悲鳴が濃くなる。 一瞬ユリアのほうにも視線を送るが、彼女もまた驚いたように振り返っている。 (今度こそ怪盗さん? でも一体どうしようと――) そこでカメリアの思考が途切れる。強烈な威圧感のようなものを感じ、背筋総毛立つ。 風を薙ぐ音がした。 少しの間。 正門が大きな音を立てて崩れ去る。 視認した後のカメリアの行動は早かった。すぐさま懐から呼子笛を取り出すと一気に吹き鳴らす。 辺り一面にけたたましい音が木霊した。 ●屋敷内。 一方その頃、屋敷内を巡回していたそよぎとペイジはとある部屋をごそごそと漁っていた。 「んー、ないねー」 押入れからひょっこり顔を覗かせたそよぎが残念そうな表情を浮かべる。 「そうッスね‥‥というかさすがに厳しいと思うんスけど」 「あー、ペイジさんひどーい。乙女の願いを壊すようなこと言っちゃうんだー?」 少し苦笑を浮かべるペイジにぷくりと頬を膨らませるそよぎ。 その仕草にペイジは慌てて手をわたわたと振る。 「い、いやっそういうわけじゃ‥‥」 「じゃあどういうこと? 言ってみなさいよー」 言いながらずずいと迫るそよぎ。 眼前に迫るそよぎ。既に遠慮という物がなくなりつつあるこの女性に、ペイジはうっと小さな悲鳴を上げる。 「あ、あの‥‥ち、近い、ッス‥‥!」 しどろもどろなペイジが面白かったのか、そよぎは口元に笑みを浮かべると、ペイジの顔面をがっしりと両手で挟み込み、更に近付ける。 「ん? 近いといけないの?」 完全に確信犯なのだが、それに気付く余裕はペイジにはない。 「そ、そ、それは――っ」 汗をだらだらと流しながら視線を逸らそうとするペイジ。そして―― 「えいっ」 可愛らしい掛け声と共にそよぎの手が離れ、ペイジの額にぺしっと指があたる。所謂でこぴん。 「いたっ!?」 「あはは! 引っ掛かったー♪」 くすくすと笑うそよぎに、ペイジは若干ほっとしたような表情を浮かべた。 「ひ、ひどいッスよー‥‥」 「ごめんねー、余りにペイジさんの反応が面白いからー」 「面白がってる場合じゃ‥‥と、そういえばどうするんスか? 血糊は見付からなかったッスけど」 そう、二人が部屋を物色していたのは血糊を探していたのだ。 そよぎがどうしても必要だというので何とか用意しようとしていたのだが。 「そうだねー。仕方ないから代わりにこれを使うよー」 そう言ってそよぎが取り出したのは――赤い染料。血糊ほどではないが代用としては使えるだろう。 「確かに赤いッスけど‥‥って結局どうするつもりだったんスか?」 首を傾げるペイジに「ひみつー♪」と言ってぺろりと舌を出すそよぎ。 「まぁいいッスけど――」 「ちわー、みかわ屋でーす」 突如聞き慣れぬ声が響き渡る。 一瞬で息を呑む二人。声がしたのは裏門のほうだ。 現在賊が侵入するということで屋敷内の使用人は全て一箇所に集められている。 さらに表は開拓者が見張っているはず。 裏門にも小細工として張り紙をしてあったはずだが、それを無視して入ってきたとなると―― 二人は互いの顔を見合わせて静かに頷く。 聞こえてくる足音はこちらに向かってきている。 十手を握り締めるペイジの手をそよぎがそっと握り、ゆっくりと首を横に振る。 何か考えがあるようだ。 足音が部屋に近付き、人影が部屋の前を通り過ぎようとしたとき。 そよぎは勢い良く外に飛び出した。 「えいっ! 足が滑ったーっ」 声と同時に人影に飛び掛るそよぎ。一瞬びくっとした人影は思わず身体を捻るが、思わずその身をぶつけてしまう。 ぶつかったそよぎはわざとらしくよろめくと、そのまま蹲ってしまった。 「うわあああん、痛い、痛いよ! 女の子の顔を蹴るなんてあんまりだよー!」 泣き叫ぶそよぎ。勿論嘘泣きだ。 「おぉ、大丈夫かお嬢さん」 「そよぎさぁぁぁぁん!? 大丈夫ッスかぁぁぁ!!」 人影とペイジの声が重なり、二人ははたと顔を合わせる。 引き締まった筋肉を宿し、ぱっと見では細身とも言える人影――どうやら男性のようだが、その顔は目差しバンダナによって隠されている。 と、そこでそよぎが小さく呟く。 「血が止まらないよぅ‥‥」 その証拠と言わんばかりにぽたぽたと赤い雫をたらすそよぎ――勿論先ほどの染料だ。 「む、それはいかん 若干慌てたような男がそよぎの肩に手を触れようとしたその時、ばっと起き上がった彼女が銃を構えて男に突きつける。 「武器を捨てて手をあげなさい!」 男は静かに手を上げた。 「さぁペイジさんこの隙に後ろから‥‥ふごーっ」 そよぎが一瞬ペイジの方に視線を送った隙に、男は彼女の口元を抑えてしまった。 「うーん、まだ捕まるわけにはいかないんだな、これが。そっちのも大人しくしててくれよー」 そう言ってじりじりと下がる男。 だがそれで黙っているペイジではない。 「そうは問屋が――卸さないッス!」 一気に地を蹴ったペイジは強烈な加速で二人の懐に飛び込む。 その速さは男の予想外だった、男は小さく「おっ」と声を上げる。 飛び込んだペイジは――そこから特に何も考えていなかった。 急激な加速に止まることもできず。 勢い余って二人を巻き込んだまま突進。 『あーれー!』 三人は悲鳴と共に、屋敷内を転がっていった。 ●正門前〜攻防。 巻き上がる煙。 他者を拒む為に巨大な作りをしていた門は、その原型を残すことなく崩れ去っていた。 「何だ何だ!?」 カメリアの笛の音に駆けつけた朱麓は、目の前に広がる光景に驚きの表情を浮かべる。 「あら、来てくれたのね」 迎えたのはユリア。何があったのか尋ねてみるも、ユリアもわからないらしい。 「ただ言えるのは――思った以上に強硬な手段で来た、ってことよ」 呟くように言ったユリアは、手にした扇を再び広げる。 「はっ! そのほうがわかりやすくていーや」 獰猛な笑みを浮かべた朱麓もまた、木刀を肩口に担ぎ上げた。 徐々に晴れる煙の中に、人影が二つ。 「あら、驚いた。随分強引な手で入ってくるのね?」 言いながらふふりと笑みを浮かべるユリア。 朱麓もまた笑みは浮かべているものの、こちらはどちらかと言えば獰猛な笑みだ。 「いーじゃねぇか。あっちがその気ならこっちも本気を出せばいーんだ」 そう言って木刀をぶんと振る朱麓。 煙の中から現れたのは二人の女性。それぞれ緑色のバンダナと空色のバンダナをつけて顔を隠している。 と、空色のバンダナの女性が恭しく頭を下げた。 「本日はお招きに預かり恐悦至極に――」 言葉途中、風斬り音が宙を舞う。 同時に走る銀閃。 「まだご挨拶の途中でしたのに‥‥」 残念そうに言う空色バンダナの女性は、振るった大剣をゆっくり下ろす。 「へぇ、なかなかやるじゃない♪」 投げ戻った扇を手に受け、ユリアは嬉しそうに微笑んだ。 「んー、あの怪盗は来てないのか?」 「えぇ、ポンジ様は秘密裏に行動なさっていますわ」 辺りを見回す朱麓に、緑色バンダナの女性はそう答えると、にこりと微笑みを浮かべた。 続けて空色バンダナの女性が一歩、前に足を踏み出す。 「ともかく、ここは通していただきますね。それが世の為人の為、というものです」 言葉に続けて二歩目――というところで朱麓が木刀を振るう。 「残念、そうは問屋が卸さないよ!」 睨み合い、火花を散らす二人。 「京極様が貯められているお金は余り綺麗なお金ではないのですよ?」 困ったような表情を浮かべ、かくりと首を傾げる緑色バンダナの女性。 だがユリアは扇を仕舞い騎士剣に持ち替えると、ふふと笑みを返した。 「証拠はないんでしょ? なら、ここは通せないわ」 笑顔二人――しかしその瞳は決して笑ってはいなかった。 ●屋根上〜攻防。 明らかな不法侵入を前に、呼子笛を鳴らし続けるカメリア。 その背後に、静かに一つの影が降り立った。 「その辺にしといてもらおか」 「っ!?」 突然掛けられた声にカメリアはびくりと後ろを振り返る。 そこにいたのは藍色バンダナの小柄な少女。いつの間に忍び寄ったのか、全く気付かなかった。 少女はどこか不遜な態度のまま、じっとカメリアを見詰める。 「姐はんが司令官?」 「いえいえ、ただの見張りですよ?」 嘘は言っていない。尤も、誰が司令官かと聞かれても、そんなものはいないとしか言い様がないが。 少しの間の後、少女は「ふーん」と呟くと、目線を正門のほうに向けた。 「まぁえぇわ。うちも見せてもぉてえぇかな?」 少女の問い掛けにカメリアはかくりと首を傾げる。 「見せるって何をですか‥‥?」 カメリアの言葉に少女は口元ににやりと笑みを浮かべた。 「姐はんの見てるもんに決まってるやろ?」 同時に屋根を蹴る少女。 どこにそんな脚力があるのか、一気に距離を詰められるカメリア。 自身の銃は近距離用ではない。とすれば―― 瞬時に懐に手をいれたカメリアは、握った冷たい感触を確かめてそれを抜き放つ。漆黒の銃身を持つ短銃を突きつけて一撃。 しかし少女は器用に身を捻ってこれを避ける。 接近した少女の動きはカメリアよりも速かった。 だが少女としてはどうにか無力化して金の在り処を吐かせたい想いがあったのだろう。 攻撃をするより捕縛に力をいれようとしたため、なかなか決着がつかない。 カメリアが銃を撃つ。 少女が避ける。 少女がカメリアを捕らえようとする。 カメリアが銃を構える。 この繰り返しだ。 どちらかの体力が尽きたときが勝負の分かれ目―― そんな想いが頭を過ったとき、中庭から盛大な爆裂音が鳴り響いた。 ●屋敷内〜攻防。 パキリ。 何かが凍りつく音。 これで何度目だろうか――哲心は静かに目を開けた。 先程から自分が仕掛けた罠が悉く発動している。 罠の位置は仲間と共有していたので自滅はないだろう。屋敷内の使用人も固めてある。 (侵入者、か) 哲心は音のした方に静かに足を運ぶ。 少しして。 部屋の前で溜息をつく一つの人影を見つけた。榛色のバンダナをつけた影は少年のようにも見える。 「ここもですか。流石本宅、警備は厳重ですね」 哲心の罠で凍りついた床を眺める少年。この言葉で相手が賊だと確信した哲心は、静かに少年の前に躍り出る。 「おいでなすったか」 「っ!」 隠れていた襖の陰から姿を見せた哲心に、少年は慌てて振り向く。 「ご、ごめんなさい。道に迷ってしまって‥‥」 突然おろおろとし出す少年に、哲心は鋭い視線を投げる。 「庭が抜かれるとは思わなかったが――」 誰にでもなく小さく呟いた哲心は、手にした短刀を少年に向けると―― 「‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 雷撃が手に走る。 哲心は生まれた雷撃をそのまま少年に投げつけた。 「うわっ!?」 悲鳴をあげた少年は辛うじてそれを避ける。身のこなしは一般人のものではなさそうだ。 「ちょちょちょ!? いきなり何するんですか!? 俺は商人の子供で――」 「屋敷内の人間は一箇所に固めてある。出歩ける者はいない。即ち――お前は敵だ」 少年の言い訳紛いの言葉をぶった切った哲心は、再び詠唱に入る。 慌てたのは少年。手をわたわたと振りながら。 「えっとえっと‥‥話せば分かりますよ、ね?」 特有の可愛らしさを全面に押し出した表情で言う少年。 恐らく相手が女性ならば少し揺らいだかもしれない。だが―― 「大人しくお縄につくなら話を聞いてやろう」 哲心には高価がなかった。 一瞬考えた少年。 「えっと――失礼しました――!」 ぺこりと頭を下げた少年はくるりと踵を返すと、一目散にその場から。駆け出した。 ●最終攻防。 正門から中庭へと戦いの舞台を移動してきたユリアと朱麓。 敵はなかなかにしぶとく、こちらも段々と余裕がなくなってきていた。 このままでは消耗戦――そう思った矢先のこと。 盛大な音を立てて転がる二つの影。 「ポンジ様!」 「ぺっつぁん!?」 歓喜の声を上げる緑バンダナの女性と驚きの声を上げる朱麓。 その前を物凄い速度で通過した二つの影は、やがて中庭にあるテーブルへと向かう。 ヤバイ、とユリアが思った時には既に遅し。二人は勢い良くテーブルに衝突した。 破壊されたテーブルの下からひょっこりと顔を覗かせる千両箱。 「あちゃー、やっぱりやっちまったかぺっつぁん!」 「こんな所に堂々と‥‥敵も中々やるんだよ!」 思わず額を押さえた朱麓に、どこからともなく現れた虹色バンダナの少女。 更に本宅屋根上から舞い降りる藍色バンダナの少女とカメリアの姿。 「やっぱり庭やったんか」 「あらら‥‥見つかっちゃいましたかー」 口々に言葉を出しながら、全員が全員で一斉に千両箱を目指す。 しかしそこに誰よりも早く辿り着いたのは―― 「はっはっは! 頂いたぜ!」 ペイジと転がっていたはずのバンダナの男――ポンジが、いつの間にか千両箱を手に高笑いをしていた。 屋敷を守っていた皆は悔しさを、バンダナをつけた者たちは歓喜を、それぞれに現しながら詰める中、ポンジは千両箱を抱えて壁へと駆け出す。 しかし、その行く手に一つの影が立ち塞がる。 「待つッス、ポンジ!」 声を荒げて十手をびしりと突きつけたのは銭金ペイジその人である。 「その金は渡さないッス! 例え世界の半分をやろう。とか言われても絶対に渡さないッス!」 ローリングのしすぎで頭がおかしくなったのかと疑われる程度に意味不明な言葉を吐いたペイジは、ふんと鼻息を吐くと、その瞳にぎらりと闘志を漲らせる。 一方のポンジはそんなペイジを鼻で笑う。 「へっ! お前に俺は捕まえられねぇぜ!」 片や名を馳せ――ているはずの怪盗と、片や未だ新米の域を抜け出せない岡っ引き。 結果は目に見えていた。 一瞬でペイジの動きを読み取ったポンジは、一気に地を蹴り、ペイジを飛び越さんと跳躍する。 「今日は――」 見上げるペイジは懐に手を突っ込み、何かをぐっと握り締めた。 「今日は――」 このまま逃がせばまた目の前で盗まれる。それだけはイヤだ。 強い想いがペイジの身体を突き動かす。 「奮発して五十文銭ッス!」 叫ぶと同時、全身の筋肉を使って思いっきり投擲されたのは、いつものとは大きさの違う銭。 唸る風を切り裂いて迫る銭を、ポンジは―― 「そんなもん当たるかよっ!」 ひらりと避ける。 虚しく宙を切るかと思われたその時――奇跡が起きた。 普段より銭に糸を結びつけて回収するペイジ。それは銭が変わろうと同じ。今回も結んでいたのだ。 確かに銭は避けられた。が、銭についた糸までは予想していなかったらしく。 「うおっ!?」 糸が足に絡まり、ポンジの動きがガクンと止まる。 急激に動きを止められたポンジの手から、まるで逃げ出すように千両箱が飛び出した。 『あ。』 口を開けたまま一同が見守る中、ゆっくりと弧を描き宙を舞う千両箱。 その行く先は壁を越えて――野次馬の群れ。 ガシャーンジャラジャラ―― 盛大な音を立てて地面にばら撒かれた大判小判の数々。 突然飛んで来た金に、野次馬は一旦蜘蛛の子を散らすように離れる。 が、それが金だと気付くと猛烈な勢いで回収作業へと発展した。 聞こえてくる怒声・罵声・奇声・悲鳴・歓声。 恐らくは天儀一醜い争いが繰り広げられているのだろう。 「‥‥まぁいっか」 誰ともなくもれた言葉。 こうなっては優劣をつけることなど難しい。 こちらとしては、ポンジに盗られたわけではない。 向こうとしては、盗めたわけでもない。 「帰るか‥‥何かどっと疲れた」 呟いた哲心はやれやれと大きな溜息をついた。 「そっか? 面白かったと思うけどな?」 反面上機嫌なのは朱麓。面白いことが何より好きな彼女にとってはいい騒ぎだったのかもしれない。 「ふふ、いい運動でしたね♪」 「またやろー!」 にこやかに笑うカメリアに、そよぎも笑顔で答える。 「結構派手にやっちゃったけどね」 誰かが言った言葉。 ユリアは何気なく正門に視線を移す。 見えるのは既に門としての役割を果たさない、ただの残骸――。 「まぁいーんじゃない? すぐ直すでしょ」 無責任に言い放ったユリアに、一同は何の抵抗もなく頷いた。 誰一人、片付けるなどということを考える者はなく。 〜了〜 |