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■オープニング本文 ●??? 魔の森に侵された陽龍の地。その奥深くにひっそりと佇む洋館がある。 陰鬱とした雰囲気を醸し出すその中には、金糸の髪を持つ美しい男女のアヤカシがいた。 「可哀相に‥‥切られた耳は痛むかい?」 膝の上に頭を乗せて涙を流す妹のブルーム。 その髪を撫でながら、兄のヘルは囁く。 しかしブルームはその声に目を向けるでもなく、無言で涙を流すのみ。 その様子に、ヘルが目を細めた。 「人間如きが忌々しい」 蝶よ花よと大事にしている妹が、人間によって傷付けられた。 彼女が傷つくまでに至った経由、自分達がしたこと。そんな事は如何でも良い。 見据えるべき現実は此処に在る。 「――確か、森の外に村と里があったね。其処に、ブルームを傷付けた人間がいるのかな?」 零した声に、ブルームの目が上がった。 「弓弦童子様は力のある人間を食べれば、僕たちも力が得れると言っていた。なら、ブルームを傷付けた人間を食べたら如何なるんだろう」 もっと、力が付くだろうか? 問いかけるヘルにブルームはゆっくりと瞬いた。 人間を食べる事。其れが兄妹の目的。 そしてその目的を達しつつ、己が復讐を果たせるのならば、それに越した事はない。 「行ってみるかい?」 「‥‥行くわ。行って、地獄を見せてあげる。恐怖で泣き叫ぶ喉を裂いて、涙を流す目をくり抜いて、ゆっくり、じっくり食べてあげる」 ブルームの目は笑っていない。唇にだけ妖艶な笑みを湛えて囁いている。 「なら行こう。『食料』如きが牙を剥いた罪、それを教えないといけない」 言ってヘルは立ち上がろうとした――と、その動きが止まる。 「お待ち下さい」 室内に響き渡った声に、2つの碧眼が飛んだ。 「貴方は、弓弦童子様の‥‥」 以前、弓弦童子と対面した際に目にした御仁が其処にはいた。 「お久しぶりで御座います。実は弓弦童子様の遣いで参りまして‥‥お話しするお時間は御座いますでしょうか?」 頭からフードを被り、顔を伺う事が出来ない御仁は、恭しい仕草で一礼を向ける。 掛けられたのは問い。だが、このモノに2人の声を待つ気はない。 彼のモノは言う。 「実はこの近くに絶好の狩場が御座います。近頃では力のある人間が多く集まっているとか‥‥弓弦童子様はお2人に更なる力を付けて欲しいとお思いのようです」 ――如何でしょう? そう問いかける声に、ヘルは視線を落とした。 弓弦童子の提案は魅力的だが、彼らには別の目的も存在する。 しかし提案先は弓弦童子‥‥ 「お兄様‥‥」 「わかっているよ。弓弦童子様のお申し出も受けつつ、僕らの目的も達しよう」 ヘルはそう言うと、不安げな妹の頭を撫で、一度上げかけた腰を据えた。 ●東房国・安積寺。 アヤカシの襲来。 南方から寄せられたその報せは、瞬く間に街の中へと広まる。 無論ここには少々の事では揺るがない程度の戦力はある。 だがそうは言っても被害は出る。一般人にとっては死活問題であることに変わりはない。 「おい、今度のはすげぇ数らしいぞ!?」 「大丈夫なのかしら‥‥ここまで来ちゃうんじゃ‥‥」 「こりゃいよいよ逃げ時か‥‥!」 口々に騒ぎ立てる人々。 そして騒ぎを横目に、肩に鳩を乗せた一人の奇妙な僧が歩いていた。 三度笠を目深に被り、足音すらさせない足運びの僧は、誰にも気付かれることなく人の間を擦り抜けていく。 「‥‥まずいな、これは‥‥」 小さく呟いた僧は、懐から一枚の紙と筆を取り出すと、さらさらと何かを書き始めた。 しばらくして、僧は筆を止め書いた文字をしげしげと眺める。 「これでヨシ、と」 僧は紙を小さく折りたたんだ後、更に別の紙を付け加えて一まとめにして折りたたむ。 そしてそれを一つの帯状にすると、肩に乗っていた鳩の足にくくりつけた。 紙が落ちないことを確認した僧は、反動をつけて鳩を高く舞い上がらせる。 羽音と共に空を舞った鳩は、一直線に北面に向かって飛んでいった。 「ここで二国の間が崩すわけにはいかねぇ」 誰にともなく呟く。 過去、東房国と北面国は領土奪いあいにより敵対していた。それが故に両国間には多かれ少なかれ敵対心がある。 朝廷の手前、表向きは平穏な関係を維持しているが、今もその状態は続いていた。 現に今も、南方の国境付近の魔の森の活性化について、北面の策略ではないかという声も出ているらしい。 その上活性化した魔の森からの軍勢が東房の都に攻め入ったとなっては、最早両国の関係は最悪なモノになるだろう。 そうなる前に。 この安積寺に来る前に、何とかしなくてはならない。 とすれば今動いてくれるのは―― 「開拓者しかいねぇだろうよ」 ●開拓者ギルド。 「東房からの救援要請、ですか?」 ギルドの受付嬢である名瀬奈々瀬はかくりと首を傾げる。 「そうなの。鳩さんが持ってきてくれたんだけどね?」 鳩を撫でながら、開拓者――唐沢三津名は言う。 「内容的に緊急ぽかったから‥‥」 三津名の言葉に答えるかのように、鳩がくるっぽーと鳴いた。 「‥‥確かにこれは由々しき事態ですね」 鳩が運んできた紙に目を通した奈々瀬は、思わず眉を顰める。 「でも何で東房の救援が北面のほうにきたのかな?」 「東房ではまだ開拓者と一丸となって、という意識が余りありません。ギルド自体は東房にも存在していますが、他の国ほど迅速な対応はしてくれない、と聞いたことがあります」 「そっか‥‥あんまり仲良くないんだっけ」 苦笑する三津名に奈々瀬は静かに頷いた。 「でも、困ってるなら行ってあげなきゃ、ね!」 むんと気合を入れる三津名。しかし奈々瀬の表情は優れない。 「どうしたの?」 「‥‥実は北面方面にもアヤカシが来てるみたいなんです」 「えぇ!? それじゃこっちも危ないの!?」 「いえ、そちらは別の方が人集めをしてくれているようなのですが‥‥そのおかげでこちらに人手を回せるかどうか‥‥」 「あ‥‥」 「とはいえ考えていても仕方ありません。とにかく声を掛けてみましょう」 そう言って奈々瀬は急いで筆を走らせた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 鷹来 雪(ia0736) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 八十神 蔵人(ia1422) / 御凪 祥(ia5285) / 菊池 志郎(ia5584) / バロン(ia6062) / からす(ia6525) / そよぎ(ia9210) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 国乃木 めい(ib0352) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミノル・ユスティース(ib0354) / 高峰 玖郎(ib3173) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 御鏡 雫(ib3793) / ウルシュテッド(ib5445) / 玖雀(ib6816) |
■リプレイ本文 【冥華】東房国ノ危機 唐沢 三津名(iz0223)は、遣いを終え戻ってきた鳩を肩に空を見上げていた。 間もなく夜明けだ。 薄らと白みを帯び始めた空に、赤い日が差し始めている。 「‥‥やっぱり、1人でやるしか‥‥」 北面国でも大量のアヤカシが出たと聞く。東房国にまでその援軍が間に合うかどうか、正直賭けでしかなかった。 「――‥‥」 三津名は自らの刀を握り締め、表情を引き締めた。 「一人でも――」 「ギリセーフかなァ‥‥」 「!」 張り詰めた空気とは違う、何処か飄々とした声に三津名は振り返った。 「間に、あった‥‥」 思わず口にした声に、黄白色の魔槍砲を抱えた鷲尾天斗(ia0371)がニイッと口角を上げて見せた。 「さァて、派手にやろうぜェ!」 「確か、北面との二面作戦、だったかのう? 敵も色々考えるっちゅーことやな」 両の手に鎌槍を携える八十神 蔵人(ia1422)だ。 彼は目の前に広がる平野に目を細めると、利き足とは逆の足を引いて小首を傾げた。 耳を澄ませば何かが地を這う音がする。その量は遠くにあると分かりながら多いと感じる程。 「つか坊さんの一人でも援軍寄越せちゅーねん。案外、北面の陰謀とかゆうてる奴らもアヤカシの扇動かもなあ‥‥」 ――北面の呉城主舘三門の乱心も無関係ではない‥‥? そう口中で呟き、頬を掻く。 幾ら憶測を並べた所で正しい答えを此処に示す事は出来ないだろう。ならば、やるべき事は1つ。 「北面のじもてぃーとしては坊主は嫌いやけど、がんばらなあかんか!」 言って手首で鎌を返すと、蔵人は足を踏み出した。 そして聞こえてきた声に目を瞬いたジルベール(ia9952)は、隣に立つ友、御凪 祥(ia5285)を見て眉を潜める。 「北面と東房て仲悪いんか‥‥」 「地図上では只の線なんだが‥‥この線を挟んでどれだけの想いが交差したのか」 祥は彼の問いに呟きにも似た答えを返すと、柄を紅く染めた槍を構えた。 「――互いに半歩でも譲ればこんな事にもならなかったろうに」 「せやな、人同士で仲違いしてる場合やないよな」 俺らだけでも。と言葉を加え、彼もまた闘うべく青味を帯びた両刃の刃を構えた。と、其処に銃声が響く。 「始まったみたいだね。あんたも、あまり気負わず行くんだよ。一縷の希望を胸に、希望を掴もうと足掻く――燃えるじゃないか」 ツッと口角を上げ、シルフィリア・オーク(ib0350)は眼前を見据えた。 それと同時に赤銅色の刃紋が妖しく光り、彼女に早く行こうと促す。其れを見止めると、シルフィリアの足が踏み込んだ。 「あたいが――否、仲間が守りたいものを土足で踏み躙ろうなんて、そんなことはさせないよっ!」 彼女は全身に気を纏わせると、視界に入ったばかりの骨人に一閃を放った。 此れに彼女の後方で人が動く。 「あたいも加勢を――」 「何、まだ大丈夫だよ。こっちは気にせず、治療に専念して良いよっ」 言って新たに刃を振るう。 その姿を見、御鏡 雫(ib3793)は彼女と共に怪我人の治療に当たろうと動く者たちを振り返った。 「一先ず怪我人がいないか手分けしましょう。治療用品は預けるよ‥‥」 何故。そう視線を向ける人物へ、彼女はスッと瞳を眇めて微笑む。 「医師として参戦‥‥ってつもりだったけど、この様子だとより多くの命を救うには医師の前に戦う必要がありそうだからね」 「そんなもんはあたいが!」 「人手は多ければ多いほど良いはず。なぁに、人手が足りなくれば医師に戻るさ!」 雫はそう言い放つと、身の丈以上の薙刀を頭上でひと回転させ、シルフィリアの隣に立った。 2人は互いの肩の温もりを感じながらチラリと目を合わす。 「あたいの手、煩わせないでおくれよ」 「医師さん、それはあたいの台詞さ!」 2人はクスリと笑み、そして骨人の群れに踏み込んで行った。 昇り始めた太陽。 其れを視界に納め、バロン(ia6062)は三津名の話に耳を傾けていた。 「日没まで持ち堪えれば良いのだな」 「約束では日の入り頃には援軍を出せるって‥‥ただ、確約じゃないから――」 「問題ない」 彼等の隣で話を聞いていたからす(ia6525)がポツリと呟く。 「全く。魔の森の活性化が人的策略であろうはずがない。こんな事子供でも解るだろうに」 両国の対立は天儀では然程珍しい話でもなく、昔から聞き及ぶ話ではある。 しかし、両国が同時に攻撃を受けていると言う事は、両国を争わせて漁夫の利を得る者がいる――そう言う事ではないのだろうか。 「今一度、両国は協力せねばならぬ」 からすのこの声にバロンと三津名も頷く。 「援軍の要請はもう一度出してみるね。駄目なら、私たちだけでも何とかしないと」 言って、三津名は新たな鳩を空へと放った。 其処に見慣れぬ飛行物体が迫る。 「バロン殿」 「承知」 バロンは腕に装着した機器を頭上に向けると、片目を眇めて矢を番えた。 そして―― 「命中劣る武器でもその性能とは、恐れ入る」 そう口にした彼女の目には、羽根を貫かれ地面に落ちる骨鳥の姿。たった一撃で地面に伏した相手に関心にも似た声が零れる。 「何、的確な指示があってこその攻撃じゃて。さ、わしは前線に向かうとするかな」 言ってバロンが歩き出すと、からすも彼に続き歩き出した。 「協力は必要だろう、同行しよう」 そう言葉を添えると、彼女たちは敵が群がる平野へと消えて行った。 見通しの良い平原は朝の肌寒さと、日が完全に入らない暗さとで、若干嫌な気配が立ち込めている。 其処に加わった新たな嫌な気配に、菊池 志郎(ia5584)は眉を潜めていた。 「こんなにたくさんのアヤカシが現れるなんて一体何が‥‥」 「間違っても、素通りなんてさせる訳にはいきませんね。頑張りましょう!」 朝日が混じり、金色に輝き出した髪。それを振り払う様に顔を上げたミノル・ユスティース(ib0354)は、精霊の加護が宿る小刀の柄を握り締めた。 その表情は真剣そのもので、若干力が入っているだろうか。 「あまり気負わず‥‥ですが、仰る通りではありますね」 口にし、志郎の目が見える大軍の先を捉える。 「出来れば、援護お願いしますね」 「え?」 意味を問うよりも早く、志郎は目の前の大軍に向かって行った。 彼が対するのは骨人の群。数こそ大量だが動きを見る限り深い知がある訳では無さそうだ。 「はああああ!」 抜刀と同時に斬り込んだ金色の刃が、骨人の胴を薙ぐ。そうして勢いのままに次へ向かった彼の刃、其処に別の刃が斬り込んでくる。 「あ、危ない!」 翻った小刀。その切っ先を骨人の群に向けたミノルが祈りを込める――直後、氷の礫が大軍向けて放たれた。 「良い判断とコントロールだ。そのまま続けてろよ」 「!」 ポンッと肩を叩き彼の前に出たウルシュテッド(ib5445)は巨大な斧を手に前に出ると、「さて」と口中で呟き取り付けられた鉤爪を指で撫でる。 そうして踏み出すと、彼は志郎と並び―― 「先ずは数を減らそうな」 ニッと笑って鉤爪を骨人に引っ掛けると、両腕に斧が体重を乗せるようにして一気に其れを叩き割った。 見た目に反して力強い攻撃に、志郎は一瞬目を見開く。しかし驚いている余裕はない。 「骨鳥が、来ました!」 ミノルの声に、志郎はチラリと空を捉え、そして前を見た。 上空ではミノルの放った氷の礫が無数のアヤカシを討っている。其れをわかってるからこそ、前に集中できる。 彼は今一度空を見上げ、頭上に差し掛かろうとする太陽を捉えると、前へ、一歩を踏み出した。 「あれを、この人数で抑える‥‥ですか」 そう、思わず零すのは鬼啼里 鎮璃(ia0871)だ。 彼は穏やかな双眸を細めると、自らの曲刀に手を添え、鞘をそっと撫でた。 「なかなか厳しい条件ですが‥‥冥越から来て、最初にお世話になった国ですから、ね」 幼くして冥越を脱出して初めて足を踏み入れた土地。其処での生活は決して楽ではなかったが、それでも生き延びた自分の足を止めさせてくれた場所でもある。 「――頑張って恩返ししましょう」 言って彼の足が大地を踏み締める。 そうして踏み出した瞬間、彼の目に骨人の刃が入った。 「動きは同等、ならば――」 眇めた瞳で刃の動きを見詰め滑るように動く。その上で片手を伸ばすと、金属の擦れる音が響いた。 腕に嵌めた鉄の手袋が火花を散らせて刃を滑らせる。そうしてガラ空きになった懐へと入り込むと、湾曲した刃が敵の胴を掻く様に降り注いだ。 「こいつはすげぇ」 見た目に反して力と技術で敵を仕留めた鎮璃に、玖雀(ib6816)は感心したように息を零した。 そんな彼の視界に影が差す。 「っ、‥‥邪魔だッ!」 隙を突いて背後に回ったのだろうが、彼とて戦闘の経験がない訳ではない。敵の気配を敏感に察知した足が、後方で踏み込んだ敵の足を払った。 当然彼の体も体勢を崩すが、そんなのは想像の範囲内。片手を地面に付く事で体勢を整え、すぐさま地を蹴って起き上がる。 「ふざけた真似、してくれるじゃねぇか‥‥」 ニイッと笑って流し目に見るのは、先に転ばせた骨人だ。 彼は未だ体勢の整わない敵の傍で着地すると、大振りの野太刀を風と共に薙ぐ。その上で腕や肩、全身の力を其処に込め力の限り振り切ろうとした。 「せぃああああああ!!!」 ガッ‥‥ガキ、ゴキゴキ‥‥――ボキッ。 目の前で骨を粉砕された骨人の胴が地面に転がる。それと同時に上がり始めた瘴気を視界に、彼は長く息を吐き出し、後方を振り返った。 「鎮璃、敵はまだ大量だ。次行くぜ!」 「え?」 突然掛けられた声に目を瞬くが、この場にこの名の人物は自分しかいない。その事に気付き、慌てて頷きを返すと、玖雀と背を合わせる形で迫る敵を見据えた。 「えっと‥‥僕は動き回って戦線を維持したいと考えているのですが‥‥」 「なら付き合ってやるよ。1人よりは2人の方が動き易いだろうからな」 そう言った玖雀に、鎮璃は「有難うございます」と言葉を返し、紫に輝く瞳を眇めて、戦場へと足を踏み出して行った。 ● 空高く上った陽。 其れを受けながら脚を振り上げた羅喉丸(ia0347)は、眼前に控える敵の顎を砕くと、着地と同時にもう片方の脚を振り上げて敵を薙いだ。 此れに進軍を続けていた敵の一角が崩れ、俄かに周囲が騒ぎ出す。 彼はその姿を視界に留め、後方をチラリと見やった。 「怪我はないか?」 問いかけた先には、怪我人を背に紫水晶の埋め込まれた錫杖を手にする白野威 雪(ia0736)がいた。 「はい、私は‥‥ですが、前線の皆さんは‥‥」 戦闘開始が朝であれば、今は昼前。 だいぶ時間が経ち、無限にも思える程に押し寄せる敵に、開拓者側は徐々にだが疲労を蓄積し始めている。 きっと見えない場所ではもっと多くの怪我人が要る筈。 「――‥‥皆を思う気持ち、わからなくもないが‥‥」 羅喉丸は表情を曇らせる雪に視線を落とした。と、其処に新たな攻撃が迫る。 「余所見は命取りやで!」 ガンッと耳に届いた衝撃。 それと共に訪れた緋髪に羅喉丸が慌てて構えを取る。それを見止め、両手に構えた鎌を振り上げた蔵人は、ニンマリ笑って迫り来る二刀を受け止めた。 「ほら、今や!」 「――っ、すまん」 すうっと吸い込んだ息。 羅喉丸は自らの足に気が集まるの感じながら、敵が集まるその場所に踏み込んだ。 「これ以上東房をやらせるわけにも行かなくてな、どこの誰かは知らんがお引取り願おうか!」 声と共に踏み込んだ足。 其処から鈍い音が響き、大地に凄まじい衝撃が駆け抜ける。そして其れが衝撃波となり、周辺の敵を崩すと、彼は間髪入れず次の行動に出た。 蔵人と羅喉丸。この2人の動きは実に見事で、集まる骨人が次々倒されてゆく。 それを励みに、雪は怪我人の治療に当たっていたのだが、ふと彼女の目が上がった。 「何か‥‥、‥‥この感じ、もしかしたら」 怪我人を自らの背後に起き、彼女は瞼を伏せた。 そして錫杖を振るい―― 「八十神様の左前に、アヤカシの気配がっ!」 「何やて!」 慌てて後方に退くも、奇妙な感覚が襲いかかる。耳に響く何かを引く音。それに眉を潜めた所で仄かな梅の香りが彼の鼻を突いた。 「――気配はこの先」 蔵人の視界に入ってきた重厚な造りの銃。それを構えて瞳を眇めた琥龍 蒼羅(ib0214)は、照準を見えない何かに定め引き金に指を掛けた。 次第に濃くなる梅の香りは、彼の構える銃から香っているようだ。 「撃ち抜く――」 言うと同時に放たれた弾丸。 白い軌跡を敷いて放たれた弾が雪の示した場所を撃ち抜く。そうして飛び散った無数の液体に、羅喉丸と蔵人は顔を見合わせた。 「今のが吸血粘泥か‥‥」 「完全に同化しとったな。これは厄介やで」 そう、吸血粘泥には保護色になると言う特性がある。それが巧く作用してしまうと、今のように見付け辛くなってしまうのだ。 「瘴策結界と心眼が頼りのようだな」 蒼羅は冷静に呟きつつ、瞳を細めて周囲を探る。人の数、目に見える敵の数、そして自らが感知する“モノ”の数。それらを照合して合わない場所にナニか――吸血粘泥がいる。 彼が再び吸血粘泥の対応に当たろうとしていた時、蔵人は目の前に迫る敵を払い、声を張り上げた。 「じゃあない、わしが戦線を維持する、後衛陣は術に集中せい! うんでも早く片付けてくれるとわしがとっても嬉しい!!」 ――巫女が重要。 それは回復のみに留まらず、別の方面でも言えるらしい事が判明した。 ならば、巫女を護り、後衛を指示する事が大事。そう判断した蔵人は、鎌を構え直して防戦を敷く事にしたらしい。 そんな彼に同意するように隣に立つ者がいた。 「――彼を知り己を知れば百戦殆からず」 言って深く大地を踏み締めるのは羅喉丸だ。 彼は迫る敵を見据えると、大きく息を吸い込んで蔵人と共に敵の攻撃を受け止めに入った。 その頃、空を相手にする面々にも僅かにだが動きが出ていた。 「空飛んでるからといって勝てるとは思うなよ、虫けらがァ!」 荒々しい口調で撃ち抜く骨の形をした鳥。 それが地面に落ちるのを見ながら、天斗は傍で樫の杖を握り締めるそよぎ(ia9210)に目を向けた。 「すごい数のアヤカシ。どこから湧いてきたのかしら、もう!」 可愛らしく頬を膨らませて治療を行う彼女は、言葉とは裏腹に一生懸命に巫女としての役割を果たしている。 「‥‥あんま無理するなよ。先は長いんだからな」 「え?」 思わぬ声に顔を上げたそよぎ。その目に天斗の若干照れた顔が入るが、直ぐに彼女の目は別の物を捉えて見開かれた。 「危ない!」 「ッ‥‥――この程度、かよォッ!!!」 肩に走った衝撃に彼の鋭い目が向かう。 そして怒声と同時に、肩に喰らい付いた骨鳥の顎が吹き飛んだ。 ガラガラと崩れ落ちながら離れて行く存在。それに容赦なく無数の弾丸を撃ち込むと、彼は止めに骨鳥の頭を踏み付けた。 「――っ!」 血の代わりに砕け散った瘴気に、そよぎが息を呑む。 「ヤレヤレ、この程度かよ‥‥もっとオレをアツくさせてくれよなァ」 奇襲までは良かったが、それ以上は及第点以下。そう呟く彼を見、そよぎは手にした杖をぎゅっと握り締めた。 「あ、あの、怪我を‥‥」 若干震える声に、天斗が振り返る。 そして目が合った瞬間―― 「怪我はなさそうだな。まァ、可愛い娘は体張ってでも護って当然、ってなァ」 そう言って頭を撫でる手に、そよぎは面食らったように固まってしまった。 「鷲尾さん、まだ敵がいるんだが?」 「あん?」 アヤカシの襲来など何のその。自分の趣向に走ってしまいそうな天斗を諌めたのは祥だ。 彼は若干呆れた表情をしながら2人の前に立つと、頭上を見上げて槍を大きく振り上げた。 「治療は手短に頼む」 言うが早いか、彼の槍に雷電が纏わりつく。その上で利き足が下がると、一気にそれが振り下ろされた。 凄まじい勢いで電流が空を駆け、上空に差し掛かった骨鳥に直撃する。そうしてもう一度槍を振り上げると、支援に駆け付けたジルベールが小さく口笛を吹いた。 「やっぱカッコええなぁ、祥さん」 そう思わん? そうそよぎに声を掛けつつ、彼もまた自らも武器を構える。 「さて、少ぉしじっとしときや!」 言うが早いか、彼はそよぎの頭をポンッと叩くと、瑠璃色の光を帯びた青味掛かった剣を突き入れた。 それはそよぎと天斗、2人の背後に迫る何かに突き刺さる。 「祥さん、援護――」 「――ジルベールさんも、動くな」 「へ?」 身を反転させた祥の眉間には若干の皺がある。だが動きに淀みはなく、彼は瞳を眇める事で顰めた眉を更に濃くして雷撃を放った。 それがジルベールの突き刺した刃に重なると、液状の物体が浮かび上がり、子供ほどの大きさのアヤカシが地面へと伏した。 その様子を見ながら、祥は息を吐く。 「怪我は?」 「大丈夫や。それよりも、コイツは厄介やな」 その声に頷きながら、2人は周囲へと目を飛ばす。 そしてこの動きと並行して行われていた天斗の治療。そよぎは彼に治癒を施すと、次の怪我人に目を向けた。 「そこのあなた」 「え‥‥あたし、ですか?」 突然かかった声。それに振り返った先に立っていたのは国乃木 めい(ib0352)だ。 彼女はそよぎの後方に控える怪我人に目を向けると、彼女を真っ直ぐに見た。 「治療は私が負いますよ。あなたは瘴策結界で吸血粘泥の索敵に当たって下さい」 「何だ、何か情報が入ったのか?」 天斗のこの声に、今まで他の者達と情報の伝達、治療の調整を行っていためいが頷く。 「吸血粘泥は瘴策結界と心眼が頼りのようです。何、怪我人なら他にも看れる者がおりますよ」 言って彼女は、穏やかな表情で皆を見回した。 「皆、大切な人の笑顔をまもりたいがために血を流し闘うのですから、誰一人として欠ける事無く、愛する人の元に帰してあげたい。それが、私の小さな願いなんですよ」 だから、お任せなさい。 そう言葉を添えたあいに、そよぎは真剣な表情で頷きを返す。その上で、チラリと視線を天斗に向けた。 「えっと‥‥」 「鷲尾天斗だ」 「鷲尾さん、護衛‥‥お願いしても良い?」 そう言った彼女に、天斗はニイッと口角を上げて頷きを返したのだった。 氷の礫が、眼前に立ち塞がる敵を打ち砕く。 その様子を最後まで見届ける事無く小刀を振り翳したミノルは、荒ぐ息をそのままに刃を振り上げた。 「もう、一度‥‥ッ‥‥」 気力の元に今一度放った氷の礫。 此れに先程と同じだけの数の敵が傷つく。しかし攻撃を放ったミノル自身、相当体力を消費していた。 「‥‥まだ、あんなに」 切れる息は納まらない。 闘えど闘えど減らぬ敵に、正直体力だけでなく精神力さえも奪われてしまいそうだ。 ミノルは自らの刃に目を向けると、無意識に唇を噛み締めた。 彼の後方には傷付いた仲間がいる。彼等を助ける為にはまだ踏ん張らねばいけない。 ミノルは大きく息を吸うと、荒くなった息を整えるように長く、ゆっくりと息を吐き出した。 その時だ。 「――人々の祈りで紡がれた希望の歌よ」 耳を打つ弦の音。 優しくも力強い音色に乗って響く声音に、ミノルの目が動いた。 「笑顔を守り繋がんとする勇者達に祝福と加護を与えたまえ」 「‥‥戦将軍の剣?」 思わず口にした曲名に、これを奏で音色を口にするティア・ユスティース(ib0353)が穏やかに微笑んで頷く。 彼女はミノルの傷付く姿を見止め、腹の底から声を響かせ彼の為に歌う。この声が少しでも役に立つのならば―― 「っ‥‥ここは、通させない!」 彼は力を奮い立たせると、終わりの見えない闘いへと再び刃を振い落した。 そして戦場に響く歌声を聴くのは彼だけではない。他にも、この歌声を耳に励まされる者はいた。 「この先に、アヤカシの反応があるよ!」 そう声を張るのは、歌声を耳に巫女の術を振るうアルマ・ムリフェイン(ib3629)だ。 彼は全身に集まる精霊力から敵の位置を索敵し、近くの仲間へと叫んで伝える。その声に近くで戦闘を繰り広げていた鎮璃と玖雀が動いた。 「鎮璃、正確な位置把握できるか?」 「‥‥大体は」 瞳を眇めて見据えた先。其処に生き物の気配が見える。だが視覚には何かがいるとは思えない。 と言う事は―― 「吸血粘泥がいる可能性が高いです」 「了解した!」 鎮璃の言葉を受けるや否や、玖雀の周囲が炎で包まれ、次の瞬間、アルマと鎮璃が示した場所に其れが向かう。 何かを包み込むようにして燃えた炎。其処に浮かび上がった子供ほどの大きさの個体に鎮璃の足が踏み込む。 「見えれば攻撃は容易いです」 ザッと薙いだ刃が炎により表面を乾かした敵の体を裂く。しかし、これだけでは倒れない。と、その瞬間、ふと何かが動く気配を感じた。 「お2人とも、後ろに飛んで!」 声に、戦闘中だった玖雀と鎮璃が飛び退く。 それとほぼ同時に飛んで来た手裏剣が、何もない場所に突き刺さった。 それは今さっきまで玖雀が立っていた場所の真後ろだ。 「――誰も、欠けさせないっ」 言葉と共に緑の瞳が手裏剣に括り付けた布を見据える。そうして放ったのは清浄なる炎だ。 何もない場所から生まれ出た炎は、布が存在する場所を巻き込んで燃え上がる。それを見ながら今一度、アルマが術を放った。 「鎮璃!」 「わかっています」 2人はアルマの術を視界に、再び前へと出た。 そうして浮かび上がった新たな敵の前に飛び込むと、形の違う2つの刃が、2体のアヤカシを同時に引き裂いた。 ● 空は僅かに赤みを帯び、頭上に在った陽が徐々に大地へ還ろうとしている。 高峰 玖郎(ib3173)はそんな太陽を視界に納めながら、未だ殲滅しきれない骨鳥に矢を向けていた。 「まだ、居るのかっ」 時は半日以上が過ぎ、其処彼処に負傷者や疲労の溜まった者が見える。正直、玖郎自身も蓄積する疲労に倒れそうな程だ。 しかし開拓者たちは闘いの手を止める事はしない。 「――防衛線に、穴は開けさせん」 言葉と共に放った矢。透かさず次の矢を番えて放つ。幾本も、幾本も、此処までこうして矢を射ってきた。 その度に矢は骨鳥の被膜を破り、大地へと返してゆく。其処を他の開拓者が止めを刺し、ここは何とか成り立っていた。 「‥‥、‥陽が落ちればこちらが不利になりかねん。今の内に――ん?」 そう口にし、焦りを押さえて新たな矢を手にした時だ。 彼の目にアヤカシの群へと斬り込む姿が目に入った。其れに他の者が止めに入るのが見える。 「あれは‥‥」 骨人が押し迫る敵の壁。其処に斬り込んでゆくのは三津名だ。 彼女は目の前の敵の腕を叩く事で武器を落とすと、出来上がった隙に刃を叩き付ける。そうして次の一打を加えようとした所で、他の敵の攻撃が見えた。 「――!」 「危ねぇ! ――ッ、くっ」 突然差した影。次いで降り注いだ鮮血に三津名の目が見開かれる。 「あ‥‥私‥‥」 「下がってろ」 驚く三津名の肩を引き、玖郎が目の前の敵を射抜く。その上で、三津名の前に飛び出した影――玖雀を見やると、彼は後方で怪我人の治療に当たっていた雪を振り返った。 「治療を頼む」 静かに掛けた声に、雪が急ぎ駆けて来る。 彼は玖雀の怪我の具合を確認すると、的確な動作で治癒を掛けた。 「いきなり敵の前に飛び出すなんて‥‥傷、深くなくて良かったです‥‥」 雪の言う様に、玖雀は三津名を庇う為に早駆を使用して敵の前に飛び込んだ。 結果、怪我を負う事になってしまったのだが、それでも此れが元で三津名は無事だった。 「‥‥ありがとう」 「‥‥怒鳴って、悪かったな」 言って頭を掻く彼に、三津名は首を横に振る。 その様子を見つつ、玖郎は彼女の肩をポンッと叩いた。 「焦る気持ちはわかる」 「!」 「数と言うのは目にしただけで精神的な圧力となる。臆すな‥‥いつもどおりに」 言って頷いて見せると、彼は再び戦場に足を向けた。 三津名はその姿を見送り、己が手を握り締める。と、其処に大地のざわめく音が響いてきた。 「‥‥この音‥‥」 雪は玖雀の止血を確認し、赤の瞳を音の方へと向ける。そうしてヒラリと錫杖を振るうと、彼女の目が見開かれた。 「あの方角に、大量の瘴気が‥‥いったい、何が‥‥」 雪が示した場所、其処ではウルシュテッドが骨人と、その後ろで蠢く吸血粘泥を前に額を汗で濡らしていた。 「ここが、一番多いよ。ここを凌げば‥‥」 アルマは瘴策結界を使用して瘴気の範囲を確認する。彼が確認できる範囲の半分以上は瘴気で汚染されている。 きっと、この中には目に見える以上の吸血粘泥がいるに違いない。 「敵を惹き付ける事は可能か?」 「そうですね。出来る限りやってみましょう」 バロンの声に応えた志郎は、瞳で敵の位置を把握し、静かにその群へと足を進めた。 それを支援する形で共に動いた蒼羅は、彼が向かおうとする位置にいる敵を投擲武器で叩き落とし道を作る。 そうして出来た道に体を滑り込ませ、死角から敵に攻撃を加えた志郎は、味方と敵の位置を把握し、蒼羅に目で合図を送った。 それを受けて、彼も頷きを返す。 「邪魔はさせんよ」 死角から攻撃を加え、敵の注意を内へ内へと導こうとする仲間。其れを上空から狙う敵に気付いたからすは、空を舞う翼を狙う。 「骸は地を這い無に還るがいい」 言葉と共に放たれた矢が、骨鳥の被膜を破り大地に落とす。そうして再び矢を番えた所で彼女は周囲に目を配った。 「どうしたの?」 「‥‥指揮官でも出向いているのでは、と思ってね」 呟き、弦を弾いて音色の変化を感知する。 しかし先程アルマが示した瘴策結界の結果と同じ物しか感じる事が出来ない。と言う事は、奇襲等の心配はないと言う事になる。 「目に見える以外の脅威は、今のところ心配がない‥‥か」 からすはそう呟き、次の矢を空へと向けた。 そしてその頃、敵の中で的確に敵を誘導していた蒼羅は、投擲武器で誘導される吸血粘泥を見て、ホッと安堵の息を零していた。 「粘泥が強酸性でないのは幸いだな」 呟き、バロンへと目を向ける。 彼は徐々に集まりつつある敵の姿を視野に、より攻撃の効果が上がる位置を探し動いている。 「‥‥志郎、そろそろ退いた方が良さそうだ」 聞こえるか聞こえないか位の声。 それを受けて志郎が頷くと、2人は来た時と同じように、敵を切り崩しながら離れて行く。 離脱が遅ければ此れから行われる攻撃に巻き込まれる可能性が出てくる。とは言え、味方がそのような間合いで動くとも思えないのだが―― 「‥‥そろそろじゃな」 バロンは口中で呟くと、素早く矢を装填して、目の前に出来たアヤカシの群に照準を合わせた。 撃てる回数はそう多くない。そして仲間が作り上げた機会は出来る事なら無駄にしたくはない。 彼は志郎と蒼羅、その2名が射程から逃れるのを見止めると、一気に矢を放った。 その直後、凄まじいまでの衝撃波が矢全体から溢れ出し、飛びゆく軌道上の物を薙ぎ倒してゆく。 「ま、全部が倒せるとは思ってなかったが、なかなかな数が倒れたな」 そう言葉を零すのはウルシュテッドだ。 彼は手にした斧を握り締めると、今の攻撃で崩れなかった敵を崩しに掛かった。 勿論骨人は、武器の力を借りて叩き斬る様に。そして吸血粘泥は、他の仲間がするのと同じように炎で応戦してゆく。 そうして新たな一打を見舞おうとした所で、彼は見知った顔を見付けた。 「よお、ジル。随分と辛そうだな」 「お互い様やろ」 ジルベールは状況と似つかわしくなく飄々と話しかける友人に苦笑を零す。 それでも見知った仲間の、こうした声は心地が良い。 「これが終わったら飲みに行くか。良い店を見つけたんだ」 「そいつは楽しみやな‥‥――ッと!」 2人の腕が交錯し、互いの背後に迫った敵を討つ。その上で顔を見合わせると、2人はニッと口角を上げて腕を引いた。 「まずは、生き延びようぜ」 「せやな」 言って頷き合い、2人は合わさった影を離して自らの敵に向かい直った。 咆哮を放った雫は、集まり来る敵に目を向け、その上で薙刀を構えると荒く息を吐き、眉を寄せた。 「――ここは通さないよ!」 まるで自らも励ますように放った声。 其処に集まる敵の数は徐々に減ってきている。 つまり敵も無限ではなく、有限であると言う事。其れはいつか終わりが来る事を示している。 「もう少し、ってとこかね」 雫と僅かに離れた位置に立ち、彼女の集めた敵を討つ手伝いをしていたシルフィリアは、上がった息を整えるために深呼吸をする。 そして後方で治療に専念するそよぎを見ると、一際大きく息を吸い込み、手にしている盾を目の前に付き出した。 「あと少しって言うんなら、ここは護りぬいて見せるよ!」 シルフィリアはそう言うと、全身に気を張り巡らせ、迫り来る敵の動きを見ながら一歩を踏み出した。 盾で受け止めた攻撃。その隙を突き、敵が武器を振り下ろした脇を目指して打撃を加える。 それによって崩れた敵に、新たな攻撃を振り下ろすと、彼女は再び盾を前に出して足を踏ん張った。 そうして再び咆哮を放つ。 此れに再び敵が集まって来るが、その動きが若干だが鈍い。 その元はティアだ。彼女は己が楽器を使って重低音を響かせると、敵の動きを封じに掛かった。 此れによって、敵の動きは沈静化され、シルフィリアと雫は比較的楽に敵を崩してゆく。 このままいけば、余裕を持って終焉を迎えられるかもしれない。そう、思った時―― 「きゃあ!」 「何!?」 突如聞こえた悲鳴に振り返った。 その目に飛び込んで来たのは、負傷者の治療に当たるそよぎに迫る吸血粘泥の姿だ。 「しまっ――」 急ぎ彼女の元へ駆け寄ろうとしたシルフィリアの動きが止まった。 「うう、気持ち悪い。寄ってこないで!」 そう言うのと同時に、そよぎの持つ杖が吸血粘泥の動きを遮った。 無造作に振り回される杖は、近付く隙を与えない。しかもその間に彼女はある術を繰り出していた。 「粘泥は嫌いですっ!」 空間が歪み、その歪みが吸血粘泥の体を巻き込んで捻じれさせてゆく。これには敵も身動きが取れずに固まってしまった。 「「そのまま、押さえてるんだよ!」」 重なった2つの声。 シルフィリアと雫は同時に足を踏み出すと、互いの武器を繰り出し、そよぎを襲った敵に制裁を加えた。 此れが止めとなり、吸血粘泥は地面に伏す。そして昇る瘴気を見て、そよぎはホッと安堵の息を零した。 其処に空気を震わす笛の音が響く。 「‥‥この音は」 幾度となく響き渡る笛の音に、めいは治療の手を止める事無く顔を上げた。 その目に、複数の僧兵が入る。 「漸く来たのですね‥‥」 ――長かった。 そんな言葉を呑み込み、彼女は残り僅かとなった医療品を見やる。 援軍の数は敵を遥かに凌駕する。これならば、陽が完全に落ち切る前に決着をつける事が出来るだろう。 「あと少しの辛抱ですね。私の願い‥‥かなえさせてくださいよ」 そう口にすると、彼女は残り僅かの闘いも、皆の傷を癒す為に心力を注いだのだった。 ● 東房国からの援軍到着後、アヤカシとの闘いは短時間で終了した。 結局、アヤカシの目的は不明瞭のまま。 それでも護りぬく事の出来た土地と人々はいる。 開拓者たちは東房国の僧兵から的確な治療を受けると、何とか退けた敵の姿に肩の力を抜いたのだった。 (代筆 : 朝臣あむ) |