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■オープニング本文 ●??? 魔の森に侵された陽龍の地。その奥深くにひっそりと佇む洋館がある。 陰鬱とした雰囲気を醸し出すその中には、金糸の髪を持つ美しい男女のアヤカシがいた。 「可哀相に‥‥切られた耳は痛むかい?」 膝の上に頭を乗せて涙を流す妹のブルーム。 その髪を撫でながら、兄のヘルは囁く。 しかしブルームはその声に目を向けるでもなく、無言で涙を流すのみ。 その様子に、ヘルが目を細めた。 「人間如きが忌々しい」 蝶よ花よと大事にしている妹が、人間によって傷付けられた。 彼女が傷つくまでに至った経由、自分達がしたこと。そんな事は如何でも良い。 見据えるべき現実は此処に在る。 「――確か、森の外に村と里があったね。其処に、ブルームを傷付けた人間がいるのかな?」 零した声に、ブルームの目が上がった。 「弓弦童子様は力のある人間を食べれば、僕たちも力が得れると言っていた。なら、ブルームを傷付けた人間を食べたら如何なるんだろう」 もっと、力が付くだろうか? 問いかけるヘルにブルームはゆっくりと瞬いた。 人間を食べる事。其れが兄妹の目的。 そしてその目的を達しつつ、己が復讐を果たせるのならば、それに越した事はない。 「行ってみるかい?」 「‥‥行くわ。行って、地獄を見せてあげる。恐怖で泣き叫ぶ喉を裂いて、涙を流す目をくり抜いて、ゆっくり、じっくり食べてあげる」 ブルームの目は笑っていない。唇にだけ妖艶な笑みを湛えて囁いている。 「なら行こう。『食料』如きが牙を剥いた罪、それを教えないといけない」 言ってヘルは立ち上がろうとした――と、その動きが止まる。 「お待ち下さい」 室内に響き渡った声に、2つの碧眼が飛んだ。 「貴方は、弓弦童子様の‥‥」 以前、弓弦童子と対面した際に目にした御仁が其処にはいた。 「お久しぶりで御座います。実は弓弦童子様の遣いで参りまして‥‥お話しするお時間は御座いますでしょうか?」 頭からフードを被り、顔を伺う事が出来ない御仁は、恭しい仕草で一礼を向ける。 掛けられたのは問い。だが、このモノに2人の声を待つ気はない。 彼のモノは言う。 「実はこの近くに絶好の狩場が御座います。近頃では力のある人間が多く集まっているとか‥‥弓弦童子様はお2人に更なる力を付けて欲しいとお思いのようです」 ――如何でしょう? そう問いかける声に、ヘルは視線を落とした。 弓弦童子の提案は魅力的だが、彼らには別の目的も存在する。 しかし提案先は弓弦童子‥‥ 「お兄様‥‥」 「わかっているよ。弓弦童子様のお申し出も受けつつ、僕らの目的も達しよう」 ヘルはそう言うと、不安げな妹の頭を撫で、一度上げかけた腰を据えた。 ●南麓寺。 どんよりとした空の下。 少女――山南凛々は、ただひたすらに森を睨み付けていた。 その後ろに、数人の村人が姿を見せる。 「凛々ちゃん‥‥」 申し訳なさそうに声を掛ける男性。 誰しもが次の言葉を失う。と、ふと凛々が後ろを振り返る。 「どーしたのよ、そんな変な顔してっ!」 にこりと笑みを浮かべる凛々に、村人は唖然とした表情を浮かべる。 「え‥‥い、いやだからさ、ほら、光利さんが、さ‥‥」 歯切れの悪い村人。 それもそのはず、彼らの前にいる凛々の父、山南光利は、魔の森に入った彼女とその仲間を救う為に捨て身で相手の足止めをしにいったのだ。 だが、それでも凛々はにこりと笑う。 「だいじょーぶよ。とーさんは‥‥それに、例え帰ってこなくたって‥‥それはとーさんが選んだ道よ。後悔はしてないはず。だったらアタシが落ち込むわけにいかないじゃない?」 「そ、そりゃ俺たちも‥‥凛々ちゃんが元気なほうがいいけどよぉ‥‥」 「あったりまえよ! アタシから元気取ったら何も残らないわよ?」 そう言ってくすくすと笑う凛々。しかし次の瞬間、その表情を真剣なものに戻す。 「そんなことより。ちょっと森の様子がおかしいわ。少し様子を見てくるから、皆は家に避難して絶対外に出ないようにしてて!」 「あ、あぁ‥‥気をつけてな!」 村人の声に凛々はぐっと親指を上げると、村の外へと駆け出した。 この時、光利がその場にいる状態であれば、状況を詳しく聞いた上で『弓弦童子』の名に何かしら反応していたかもしれない。 それがかつて、一国を――冥越を滅ぼしたとされる大アヤカシの1人が持つ名であることも、気付けていただろう。 しかし状況がそれを許さなかった。 だからと言ってやることは変わらない。 「護る‥‥絶対に、護るわ‥‥とーさんの帰る場所だもの‥‥!!」 ギリっと奥歯を噛み締めて、目頭から溢れるものを無理矢理押さえ込む。 気を抜けばすぐに溢れてきてしまう。 わかっている。どんなに言っても父は戻らないのだと。 あの状況下で生きていることなど、有り得ないことだと。 「そんなの‥‥わかってるっ‥‥わよっ‥‥」 言葉を吐き出しながら凛々は徐々に歩を緩める。 理解していることと、整理がついていることは違う。 その原因が自分にあるとすれば尚更である。 「とーさん‥‥どーざん‥‥!!」 一度溢れ出したものは止められない――凛々はその場に崩れ落ちて、声を上げる。 今だけ、今だけ許して、と心で謝りながら。 「おやおや、これはこれは」 不意に聞こえた声に、凛々はばっとその場から飛びずさる。 涙で歪む視界を、腕で強引に拭い去った先には、あの金髪碧眼の青年。 「アンタ‥‥!!」 「これは手間が省けましたね、力ある脆弱なるお嬢さん」 睨み付ける凛々とは対照的にふふりと笑みを浮かべる青年――ヘル。 「‥‥とーさんはどうしたのよ」 「とう‥‥? あぁ、アレはキミの親だったのか」 「うるさい! 答えなさいよっ!」 叫ぶ凛々に一瞬ぽかんとしたヘル。やがてにやりと笑うと、真っ白な顔から真っ赤な舌をちらりと覗かせる。 「ふふ、少し――骨張ってたかな?」 ぶちん。 何かがキレた音が聞こえた気がした。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」 理性を飛ばした、一匹のケモノが地を蹴った――。 |
■参加者一覧
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
巳(ib6432)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 飛び掛かった幼い存在。 其れに対し、ヘルは高らかに指を鳴らして対応した。 突如現れた無数の腐敗した群。その中に躊躇なく飛び込んでゆく山南 凛々(iz0225)に、容赦ない一撃が見舞われる。 「――ぅあ゛ッ!?」 土煙を上げて転げ落ちた塊に、追い打ちを掛けるように青白い刃が振り下ろされた。 ――ガッ。 凛々自身、回避する予定は無かった――否、今の彼女では回避は不可能だっただろう。 しかし、振り下ろされた攻撃は、鈍い音を立てて遮られた。 「――っ、ギリギリ、間に合った」 眇められた碧眼が目前の骨人を捉える。その上で受け止めた一撃を見、レジーナ・シュタイネル(ib3707)の足が立ち塞がるモノの胴を蹴った。 「凛々さんを、早くっ!」 レジーナは敵から目を逸らさず、駆け付けた仲間へと叫ぶ。 その声に拾(ia3527)が凛々の腕を取ったのだが、彼女は動くどころか応えもしない。 「――‥‥てよ‥‥して、よ」 「りんりん、さん‥‥?」 拾はぼそぼそと繰り返される声に目を見張った。 敵しか目に入らない現状、憎しみや怒りしか臨めない現状、その姿は彼女にある考えを浮かべさせる。 「‥‥りんりんさん‥‥お父さん、は‥‥」 ――‥‥りんりんさんのお父さんは‥‥ぜったいに生きています‥‥!! 此処に来る前、頑なに何度も口にした言葉。 だが、彼女を見ていると、この言葉が音を立てて崩れてゆく気がする。 「そんなはず‥‥りんりんさんのお父さんは、生きて――」 「うるさいッ! 離せええええ!!!」 物凄い力で振り解かれた手に、ハッと手を伸ばす。 しかし遅かった。 凛々は獣の如く駆け出すと、アヤカシが群れを成すその先を目指して飛び込んだ。 その様子にヘルが至極満足げに口角を上げる。 だが―― 「――行かせません」 体を包み込むように背後から回された腕。此れに凛々は勿論、彼女の襲来を待っていたヘルもまた、驚いたように目を見開いた。 が、この間にも隙は生じる。 身動きが取れない場所へと骨人が攻撃を見舞う。だが、その攻撃も彼等の連携によって遮られる事となる。 「フェルルさん、そのまま抑えててくれッ‥‥、‥‥凛々さん、此処は一度退いてくれるか?」 僅かに切った額から血を流し、千代田清顕(ia9802)が告げる。彼は忍び刀の下から骨人を見据えると、チラリと凛々を見た。 「嫌よッ!」 押さえ付けるように抱き締められた腕。それに贖う様に叫ぶ彼女へ、それを抑え込むフェルル=グライフ(ia4572)の眉が寄る。 先行隊の役目は、凛々を敵から引き離し、後続の仲間の元へ連れて行く事。その後、ヘルと対峙しようと言うのだが―― 「このままでは‥‥」 そう口にしたフェルルは凛々の髪に顔を埋め、彼女と同じように凛々の腕を取る拾に目を向けた。 「‥‥おとう‥さん‥‥」 握り締めた己が手に滲む血。 一度は拒まれた腕を掴み、今度こそ離さないようにと縋りつく。そんな彼女を視界に捉え、フェルルはそっと囁きを零す。 「今、彼女に必要なのは皆さんの力です‥‥だから」 だから諦めないでください。 そう言外に告げ、フェルルは凛々の耳元に唇を寄せた。 「‥‥ヘルを討つ為に、あなたを死なせる訳にはいきません。私達を信じて逃げて、ね?」 「信じ、て‥‥?」 密かに零されたウインク。それを目にした瞬間、凛々はサッと表情を強張らせ、奥歯を噛み締めた。 「ぁ、あんた達だって、とーさんを見殺しにしたじゃないッ! あんた達は、あたしと同じッ、同じ奴なんて信じられな――」 血を吐くような叫び声に、皆が息を呑む――が、彼女の言葉は止まった。 目を見開き、隣を見た彼女は、其処に立つ長身の男を見て声無き声を紡ぐ。 「‥‥一人で立ち向かうな。俺達が一緒に戦う。ヘルを退け、光利さんが守ってきた南麓寺を守ろう」 清顕はそう零し、楽しげに遣り取りを見詰めるヘルを見た。 「‥‥さて、退けそうかい?」 先に向けたのと同じ問い。 それを耳に、凛々はフェルルの腕を掴み、そして、頷いた。 「では、行きましょう。貴女だけは、失えないから‥‥」 ――絶対に。 レジーナがそう告げ、清顕が動く。 後方、周囲、それらを囲もうとしていた敵に向かい焙烙玉を投げ込む。 そしてそれを見計らったようにレジーナと拾が殿を務めに飛び出すと、フェルルと清顕は凛々の腕を取って駆け出した。 後に続く仲間の元、其処を目指して‥‥ ● 息を潜め、森の中を進む叢雲・暁(ia5363)は、先行した仲間との合流地点に達すると、すぐさま身を潜めて息を整えた。 「‥‥出来るだけ早く退けたい所だけど」 予定ではこの後、凛々を連れた仲間が合流する筈。その背にはきっと無数のアヤカシが―― 「――来たようだな」 研ぎ澄まされた聴覚で捉えた音。 無数に、連なる様に迫る足音は、間違いなく此方へ向かっている。 巳(ib6432)は咥えた火のない煙管を仕舞うと、忍ばせた刃を抜き取って大地を踏み締めた。 「凛々さん、こっち‥‥急いで‥‥!」 切れる息の音と、追い駆けて来る足音。それらを耳に走る凛々の足は、縺れそうで危なっかしい。 それでも開拓者の助けを借り、彼女は何とか前へと進んでいた。 「見えた‥‥あと少し‥‥――こっちだ!」 風に揺らされる布。それを視界に、清顕は凛々の手を取って引っ張り上げた。 同時に、殿を務める拾やレジーナも、彼等が飛び込んだ場所に滑り込む。 ――直後。 「こうも容易く引っ掛かるだなんて、ね」 杖を翳し、練力と共に紡ぎ出した大地を這う蔦。それらが露出した骨に纏わり付く。 ガラガラと崩れ落ちる音を耳に、西光寺 百合(ib2997)は転がり込んできた凛々を見た。 涙で濡れた頬、悔しげに歪む顔、全身に纏う土、それら全てが彼女の無念さと、そして、先に目にした最後の光景を思い出させる。 「‥‥怒って‥‥いえ、恨んでいるのかも、しれないわね」 ポツリ、零した声。 謝罪したい気持ち、多くを尋ねたい気持ち、渦巻く感情が前へ進む事を止めようとする。 だが―― 「お父様に託された想い。それは‥‥それだけはやり遂げないと」 彼女は崩れ落ちた群の他、後続に迫る敵に向け風の刃を放つ。すると、それを待っていたかのように暁が大地を蹴った。 「援護、よろしくっ!」 木の葉を巻き上げ駆け抜ける彼女に、当然のように攻撃の手が伸びる。 しかし―― 「邪魔はさせないよ」 何処からともなく聞こえた声。 同時に投げ込まれた焙烙玉に、暁に向かう敵の姿が吹き飛ぶ。だがそれは致命傷にはならない。 倒し、道を作るだけの動作――しかし、其れで充分だった。 それだけで事は足りる。 アルティア・L・ナイン(ia1273)は焙烙玉に倒れた敵に止めを刺しながら、腐敗した壁の向こうに隻眼を向けた。 「強いアヤカシ、か‥‥」 ジルベリアの衣装を纏う美しい存在。金の髪を揺らし、悠々と此方を見るヘルは、アヤカシの壁を貫いて迫る暁に気付くと、緩やかに口角を上げた。 「これはこれは」 クツリと喉を突いた笑いが届いたのだろうか。 暁は双眼を眇めると、手にした手裏剣に力を注いで拡大させ、光の撃と共にヘルの横を通り過ぎた。 だが―― 「っ、ッ‥‥ぁ‥‥かはッ!」 通り過ぎる間際。 胃を押し上げるような衝撃が彼女を襲った。 堪らず地面に転がる其処へ、ヘルが楽しげに瞳を歪め、手を伸ばす。 「不合格だね。もっと良い声で啼かないと、ボクが面白くな――‥‥」 楽しげな声が止み、彼の瞳がゆっくりと流れる。そうして動かした指が頬を辿ると、ヘルの目が刃を手に立ち塞がる拾へと向いた。 「りんりんさんのお父さんはどこですか!?言いなさい! 言え!!」 僅かに濡れた瞳が意志を篭めて叫ぶ。 其処に込められた想い、記憶、今の彼女を模る全てが、ヘルに向かう。 だが彼は―― 「顔を傷付けたのは、キミ?」 「だったら、なんですか‥‥!」 「極刑に値するから、死んで」 「!」 ジャラリ。 鉄の連なる音と共に繰り出された黒の攻撃。それが拾の首に纏わり付き、軽やかな音を立てて締め付けてゆく。 「‥‥、ひろいは‥‥死なな、ぃ‥‥りんり、んさん、の‥‥おとう、さ‥‥」 薄ら滲んだ涙が、頬を伝う。 だがヘルは容赦しない。指から紡ぎ出した鎖で拾の息を遮断しようと意識を集中する。 しかし、此れが拙かった。 「‥‥敵は、彼女だけではないよ」 「!」 腕を断つ勢いで降った一撃に、ヘルは急ぎ手を引いた。 直後、拾の体が地面に落ちる。 「大丈夫ですか!」 フェルルは地面に伏した拾を抱き上げてると、閃癒を施し呼吸を促した。 此れに一度は詰まった息が吐き出され、彼女のか細い息が零れる。 「りんりんさんの、お父さんは‥‥どこ‥‥」 「拾さん‥‥」 ギュッと抱き締めた体は小さく震えている。それは今得た死への恐怖なのか、それとも何か別の物なのか。 フェルルは攻防を続けるヘルと仲間に目を向けた。 「やはり、一筋縄ではいかないか。では、これは如何かな」 アルティアは大地に刺さった刃を抜き、改めて別の一打をヘルに見舞う。 だが彼に攻撃は当らない。 苦々しげに、忌々しげに開拓者を見、鎖を引き寄せる。 「これがブルームの言う苛立ち、か。成程、邪魔だね」 ジャラリと音を立てた鎖が、まるで生き物のように伸びる。 全ての指から生えたかのような鎖は、蔦のように大地を泳ぐ。 正直、接近するのは難しい状況だ。 だが彼らが得意なのは接近戦だけではない。 「完璧なモノをこの手で壊すってのは、なかなかに面白いことだぁな」 にたりと笑った巳に、ヘルの眉が上がる。 「人間にもそうした美意識があるのだね。それなら少しは話も出来そうだけど、でも、キミたちは却下」 「気が合うねぇ、俺も同じ気分だ」 巳は、レジーナと共に骨人の撃破に当たっていた。 しかしヘルが開拓者に意識を向けた事が、無尽蔵に増えていたアヤカシを止めた。 故に、彼等も敵の隙を得る事が出来た。 「フェルルさん、状況を‥‥」 「四方に敵の気配はありません、今ならヘルに集中できます!」 瘴策結界で周囲を探った声に、皆が一斉に武器を構える。 巳は骨人の関節を切断した刃を引いてそれを構え、レジーナもまた最後の骨人の息を断って武器を構え直す。 そして清顕は百合と視線を交わし、静かに印を刻んだ。 「そろそろご退場願おう――‥‥百合さん!」 「任せて」 ざわめく大気、集まる冷たい光が百合の髪を浮かせ、彼女の腕、そして杖へと駆け徐々に光と力を集めてゆく。 「閃光と共に消えなさい‥‥――アークブラスト!」 閃光と共に駆け抜ける雷撃が、迷う事無くヘルを狙う。そして其れに合せて放たれた術が、光によって浮かび上がった影を結んだ。 「っ‥‥、‥‥これは‥‥」 急ぎ鎖で張った防衛。 目の前で飛び散る閃光と身を襲う衝撃に、ヘルの瞳が眇められる。 直後、足に違和感を覚えて視線を落とすも、僅か、気付くのが遅かった。 「吸血蝙蝠や骨ばっかりの鳥の相手は疲れてたんだよね‥‥と云う訳で、お邪魔様!」 ザッと暁の掻いた刃が、ヘルの頬を裂く。 それに続き、襲ってくる顔への執拗な攻撃に、彼の奥歯がギリリと鳴った。 「許さない、キミたち、許さないよ! 万死に値するッ!」 叫んだ直後に吸い込んだ息。 それは彼の腹を膨らませ、開拓者を驚かせた。 そしてその姿を見た、凛々が叫ぶ。 「みんな、逃げてっ!」 前線で戦い、自分を護ってくれた仲間。 彼等の闘いを見ているだけだった凛々は、ヘルの異常を彼らよりも敏感に察知した。 だから駆け出し、阻止しようとしたのだが‥‥ ――行かないで。 レジーナのこの声に、凛々の足が止まった。 「ごめんなさい‥‥あの時は、できなかったけど、今度は‥‥今度こそは護りますから」 言って脇から抱き締める腕に目を見張る。 「忘れたのか? 奴は君を食いたがってる。なら、生きることも復讐だ‥‥そう、言ったはずだ」 一度は開拓者を振り切った凛々。そんな彼女を引き留めた言葉を、清顕は今一度口にする。 その上で眼前を塞ぐように覆い被さると、凛々の眉間に皺が寄せられた。 「貴女に辛い思いをさせてごめんなさい。貴女は恨んでるでしょうけど‥‥ううん。お父様が守ってくれた命を、粗末にしないで」 言って、百合は彼女を背後から抱き締めた。 温もりに、引き止める声に目頭が熱くなる。 もう目の前のヘルは見えない。今どこまで腹が膨れて、何をしようとしているのかも、彼女には見えない。 ただ、声だけが聞こえる。 「あのヘルが苦しんでくれなきゃ、お前の『物語』として面白くねぇよな」 飄々と、何処か楽しむ色を含む声。これは巳だろうか。 彼の事だから、注意深く視覚を、聴覚を研ぎ澄まし、警戒しながら窺っているのだろう。 そして、何かが唸る声、それが聞こえた時、無意識に握り締めた彼女の拳に触れるモノがあった。 チラリと向けた先に見えた、茶色の瞳に凛々の目が見開かれる。 「‥‥ひろいたちの、お父さんはだいじょうぶ、です」 「!」 何か言おう。 そう思った時、凛々の目に黒い瘴気が飛び込んで来た。 視界を覆う程の瘴気。 開拓者たちが包み護ってくれていても感じる冷たい気配に、彼女の体が小さく震えた。 「流石に、これは‥‥――ッ」 「アルティアさん!」 「瘴気を吐くとか、どんな化け物‥‥、気持ち悪い‥‥」 見えない場所でアルティアや、フェルル、暁の声が聞こえる。 このままでは皆がやられてしまう。 凛々は何とか前に出ようとした。しかし開拓者たちは、託された想いを貫こうと彼女を引き留める。 「離して‥‥離してよ‥‥お願い、おねがぃ‥‥」 「もう、一度‥‥きく‥‥りんりんさんの、お父さんは、どこ‥‥」 拾の何度目かの問い。 凛々の息を呑む音が聞こえる。 「しつこい娘だ。まあ、美味しくななかったよ。所詮、年老いて美しくもない人間など――」 「――分かった。もう喋るな。お前は肉の欠片も残してやらん」 言うが早いか、拾の足が地を蹴った。 「なっ、この瘴気の中で動ける筈――」 「黙れ」 内に秘めた感情が、彼女を突き動かしたのだろう。 喉を裂く勢いで動いた刃が、ヘルの皮膚を裂き、続いて胸へと剣を撃ち落そうとする。 だが、剣は腕で受け止められ、拾は次の瞬間、彼の蹴りによって大地に伏されていた。 「クソがッ‥‥もう一度、瘴気を喰らいたいと見える。ならば遠慮なく‥‥――何?」 今一度息を吸い、攻撃に転じようとしたヘルの動きが止まった。 窺う様に瞳を動かし、忌々しげに息を吐く。 「そうか、ブルームが‥‥命拾いしたようだね。但し、もうこれっきりだよ。キミたちに次は無い」 良いね。 そう念押しをし、ヘルは忽然と姿を消した。 後に残ったのは、瘴気に蝕まれ、動きを封じられた開拓者。そして彼らに助けられた、凛々‥‥彼女だけとなった。 (代筆 : 朝臣 あむ) |