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■オープニング本文 じめじめと蒸し暑い空気が流れ、そろそろ夏の足音が聞こえ始める北面。 この時期になると各所で様々な催しが開催される。その多くは自然の神に対する感謝の意を示す物であったり、帰らぬ人への供養のものであったりすることが多い。勿論当初はそのような物であったが現在ではその意図を失っている物も多いが。 そしてそういうものは毎年決まった時期に行われることが多く、街や村が活気付いてきたのを見てもうそんな季節なのか、と認識することもある。 「‥‥もう、一年か‥‥」 ふと耳に入ってきた祭の話に、お心は織物をしていた手をぴたりと手を止める。 一年前―――又差と一緒に村の祭に参加して、そこで思いを告げられて正式に恋仲となった。最初は親の決めたこと、と嫌悪していた存在だったはずの又差。いつの間にか気になる存在になり、気が付けば自分も恋に落ちていた。それが形になったのがちょうど一年前。 「今年は‥‥さすがにしてくれないかな」 寂しそうな顔を浮かべるお心。 ここのところ村の中での警戒が厳しく、祭をする雰囲気でもない。 つい最近村で起きた凄惨な辻斬り事件―――又差もそれで帰らぬ人となった。一時は復讐心に囚われてもがいていたけれど、心優しき開拓者たちの言葉によって今はその気はない。しかし心にぽっかりと空いてしまった大きな穴はまだ埋めようがなかった。 「あの人‥‥お祭好きだったものね‥‥」 次々と脳裏に浮かぶ又差との思い出。 自然にお心の瞳には涙が浮かんでいた。 「せめて‥‥お祭だけでも開催できるといいのだけど‥‥」 しばらく考え込んでいたお心だったが、何かを思いつくと一目散に駆け出した。 数日後。 開拓者ギルドにはお心の姿があった。 「ん? あんたはいつぞやの‥‥」 「はい、その節は有難うございました」 気付いて声を掛けた受付係にお心は深々と頭を下げる。 「あれは開拓者たちが頑張ったんだ、あいつらに言ってやりな」 そう言いながら受付係は少し赤らめた頬を隠すように天井を仰ぐ。その様子を見てお心もくすりと笑みを零す。 「ったく‥‥んで? 今日は一体なんでぇ。仇討ちって感じじゃなさそうだがよ」 「えぇ。実は開拓者の皆様にお祭の実行を取り仕切っていただきたいと思いまして」 「あん? 祭だ‥‥?」 訝しげに首を傾げる受付係にお心はこくりと頷いた。 「えぇ‥‥あの事件の後で村の人たちが随分消極的でして‥‥そこで開拓者の方々が参加するなら護衛を兼ねるという意味ではもってこいなんじゃないかって‥‥ダメですか?」 少し不安げな顔で尋ねるお心。 一方の受付係の表情は若干苦い。それは依頼内容とは少し別の原因があった。 「しかしよ‥‥あの村じゃ開拓者ってのは‥‥」 「あ‥‥」 口を濁す受付係に口を押さえるお心。 先日開拓者たちが解決した辻斬り事件。犯人は元開拓者であった。しかも村人が何人も被害にあっているため村人の開拓者たちの印象は余り良くはない。 「でも‥‥多分皆さんがそんなことをするような人じゃないってことがわかれば、きっと大丈夫ですよ」 そう言ってお心はにこりと微笑んだ。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
一條・小雨(ia0066)
10歳・女・陰
中原 鯉乃助(ia0420)
24歳・男・泰
戦部小次郎(ia0486)
18歳・男・志
小路・ラビイーダ(ia1013)
15歳・女・志
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●開催しよう。 件の村の中心にある大きな家。その一室に集められた開拓者たちは村の地主であるお心の父親―――隆正と対峙していた。元は武道を嗜んでいたという隆正は非常に威圧感のある大柄の男で、座っていてなお気迫を感じる程である。 「それで‥‥村の祭をして欲しい、と?」 腹に響くような低い声で言いながら隆正はジロリと全員を見回した。 「はい。あの祭は又差様も毎年楽しみにしておられました。一足先に旅立ったあの方のためにも、ここで中止にはして欲しくないのです」 凛とした姿勢で正面から向き合うお心。傍から見てもその決意の程が窺える。 「あのような事件を起こしたのは開拓者であったというのに、その開拓者の力を借りろというのか」 「せやけどその事件を解決したんも開拓者やで」 怒気を含んだ隆正の言葉に答えたのは一條・小雨(ia0066)。勝気な性格の彼女はこんなときでも怯むということはない。 「それは結果論だ。我等が恐れているのは開拓者の力そのもの。今回はあの辻斬りがそうであったが、それをお主たちがしないという保証はどこにある?」 「お父様! それは又差様に対しても同じことを思っていらっしゃるということですか!」 「い、いや‥‥そ、そうは言っておらんが‥‥」 今度はお心の声に怒りが籠り、初めて隆正に動揺が走る。やはり父親は娘には勝てないものなのか。 「強さを求めた先の凶行‥‥確かに他人事ではない」 静かに告げた衛島 雫(ia1241)はゆっくりと目を閉じる。 「俺たちがそうじゃないってことを信じてもらうしかないんだけどね」 苦笑を浮かべる滝月 玲(ia1409)は隣にいる小路・ラビイーダ(ia1013)と中原 鯉乃助(ia0420)に視線を送る。彼らは話にあった辻斬り事件を解決した際の仲間でもある。 「みんな、たのしめる、お祭、したい、おもう‥‥ただ、それだけ‥‥だめ?」 手に持った鞠に顔を埋めながら恥ずかしそうに言う小路。彼女は今回の件で人一倍心を痛めていたため何とか皆に笑顔が戻るようにと依頼を受けた。真に純粋なる想いというのはそれだけで相手に伝わるときもある。 「むぅ‥‥だが他の遺族の者が何と言うか‥‥」 「推測でしか言えませんが、亡くなられた方々もお祭が開かれる事を願っていると思いますよ。それこそ‥‥又差殿のように」 困り顔の隆正に追い打ちをかけるような戦部小次郎(ia0486)の言葉。更に鯉乃助が後に続く。 「ここの祭にどんな意図があんのかは知らねぇが、おいらの地元じゃ死者の供養って意図があるんだとさ。そういうのがもしあるんなら、あの外道にやられた人らのためにも祭は開くべきなんじゃないか?」 決して自分たちのためではない。あくまで村の人たちのために――― 言葉にするまでもない強い思いが姿勢を通じて隆正の心に響く。 「確かに開拓者ってなぁ他の人と違って力を持ってる。だが人としての道理はちゃんと弁えてるつもりだ。時には例の辻斬りみてぇに踏み外した奴も出てくるが、そいつは開拓者じゃなくても同じだろ?」 普段の飄々とした姿からは想像もつかぬほど真面目な顔つきの小野 咬竜(ia0038)は隣で自分に寄り添う紫焔 遊羽(ia1017)の肩にそっと手を乗せる。遊羽は一瞬きょとんとした顔をするも少し頬を赤く染めながら隆正の方に視線を戻す。 「ゆぅ達かて皆さんと同じように笑ぅたり泣いたり‥‥恋もする。せやから皆が楽しゅう、笑顔でお祭ができたらそれが一番なんとちゃうかな‥‥何やちょっと恥ずかしいけど」 開拓者たちの偽りのない素直な想い、そして真っ直ぐな言葉。 目を瞑ったまま眉を顰めていた隆正は、やがて大きな溜息をつくとゆっくりと目を開く。 「わかったわかった。祭はやろう。上の者には儂から伝えておく」 「お父様!」 ぱっと顔を輝かせるお心。 「だが、村の者が外に出ることを不安がっているのは事実だ。その辺りは無論考えているのだろうな?」 「そこは抜かりあらへん! うちらが祭の間村を警護するさかい」 言いながら拳を握り締める小雨に一同は力強く頷いた。 開拓者八人の護衛つき―――村一つの祭としては十分すぎる程である。 「あの‥‥祭、道具、あったら、貸りたい‥‥いい?」 「ん? あぁ、昨年まで使ってたものが隣の集会場にあったはずだ。好きに使うといい」 隆正の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべる小路。 「よっしゃ! んじゃいっちょやりますか!」 鯉乃助が拳を合わせる音が威勢よく部屋に響き渡り、年に一度の祭の準備が開始された。 ●準備しよう。 隆正より村長その他上役へ祭の通達が出され、それが村に伝わるまでにそれ程時間は掛からなかった。最初は開拓者に対してやはり警戒心が強かった村人たち、だが彼らの素直な想いを感じ取ったのか、その距離は徐々に縮まっていくことになる。 「おいらは小粋な大工さん〜♪ 天儀屈指のいい男〜♪」 「随分ご機嫌だな。しかし何だその歌は?」 音頭をとりながら金槌を叩いている鯉乃助に雫は苦笑を浮かべながら問い掛ける。二人は祭の際に必要となる櫓を組み立てている最中。鯉乃助が木と木を釘で連結し、雫は―――大木を運んでいた。 「‥‥どうでもいいけどそれ、普通逆じゃない?」 唖然とする玲に雫は「何がだ?」と小首を傾げる。とにかく雫は怒らせてはいけないのだろうと勝手に心に誓う玲は、自分が事前に仕込んでおいた飴細工屋台の準備に回る。この日の為に前以って飴職人修行をしてきたという彼は「甘」という一文字を背負った半被姿。気合の入り方が違う。 と、そこに給仕姿の遊羽が大きなお盆を持って姿を見せる。 「皆お疲れ様ーっ! 片手で食べれる簡単なもんやけど‥‥呼ばれてやーっ!」 笑顔で差し出されたお盆の上には大量のおにぎり。若干形が歪なのはご愛嬌というところか。 「カカカ、さすがは遊羽じゃ。気が利くのぅ」 「ちょっ‥‥こないなとこで‥‥! 恥ずかしいからあかんて!」 笑いながら遊羽を後ろから抱きしめる咬竜に顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる遊羽。 「何やー? もういちゃついとるんか? 手ぇ早い男は嫌われるでー!」 どこからともなく現れた小雨がにやにやしながら咬竜の傍に寄ってくる。 「うるさい。子供はあっちいっとれ」 「うちを子供扱いするなーっ!」 しっしっと追い払うような仕草で手を振る咬竜の足に怒った小雨が蹴りを放つ。 「ん‥‥こじろー、これ、いい、思う?」 一方少し離れた場所では小路が隣にいた小次郎に自分の作った提灯を見せている。 「えぇ、いいと思いますよ」 「ふふ‥‥もっと、いっぱい、いーっぱい、作る」 小次郎に褒められた小路が満面の笑みを浮かべて作業に戻る。と、物陰からじっとこちらを見つめる影が。小次郎が気付かれないように視線を移すと、何人かの子供達が羨ましそうにこちらを見ている。 「皆さんも一緒に作りませんか?」 「‥‥っ!?」 突然かけられた声に驚く子供達。だが、自分達と対して変わらなさそうな小路が一生懸命作っているのを見ていたせいか、ゆっくりとこちらに近付いてきた。 「お、おいらたちも混ぜてもらってもいい‥‥?」 「うん、みんな、一緒、たのしー」 恐る恐る聞く子供達ににっこりと微笑んだ小路、無邪気に提灯を作る彼らを見て何があっても護り抜くことを改めて心に誓う。 最初は遠巻きに見ていた村の大人達も子供達をきっかけにわらわらと姿を現し始める。 元々恐れて外に出なかっただけの村人たち、安全がある程度保証されたことと開拓者がいい人間だとわかるや否や一斉に祭の準備に取り掛かる。実のところ渋っていたのは村人の安全を護る立場の上役の人間で、村人は祭で辛いことを忘れたいと思っていたのかもしれない。 こうして作業は思った以上に順調に進んでいき、日が傾き始めた頃には全ての準備が整っていた。 ●楽しもう。 日が完全に地平へとその姿を消し、吹き抜ける風の温度が夕闇の足音を知らせる頃、祭囃子が村一帯に響き渡る。数々の屋台が村の通りに立ち並び、人々の顔にはこの時ばかりは笑顔が零れる。 「クク、楽しいのぅ。楽しいことは大好きだ」 提灯の薄い灯りに照らされた通りを歩きながら咬竜は笑みを零す。勿論隣には恋仲にある遊羽の姿が。村の通りをゆっくりと歩きながら数ある屋台をいくつか巡り、他愛もない話をして祭を満喫する。勿論仕事であることを忘れてはいないが、こういうときぐらいは少し羽を伸ばしてもいいだろう。 「こないに楽しいこと‥‥これからも沢山増えるとえぇなぁ?」 「うむ。俺達が頑張ればきっともっと増えるだろうて」 遊羽の言葉に柔らかな表情で答える咬竜は、彼女の手をそっと握る。遊羽も昼間とは違い二人きりだということで安心しているのか、咬竜の腕にしな垂れかかる。このままの時が永遠に続けば―――そんな願いを抱く程、二人の周りの時間だけがゆっくり流れているような感覚。そんな二人を遠くから見つめる影が二つ。 「なんや、はよばぁーっといったらんかい!」 「小雨‥‥そんな言葉どこで覚えてくるんだ?」 拳を握り締めながら一人やきもきしている小雨に苦笑する雫。何か面白いことはないかーと駄々をこねる小雨に引きずり回されっぱなしの雫は、ようやく落ち着いた先が仲の良い遊羽のとこだという事実に嘆息する。 「えーい、まどろっこしい! 雫姐はん、うちちょっと突撃してくるわーっ!」 「あー、いってらっしゃ‥‥ってちょっと待てーっ!?」 雫が振り返ったときには既にそこに小雨の姿はなく、慌てて視線を遊羽の方に戻すと咬竜に飛び蹴りを放っている小雨の姿が飛び込んでくる。 「痛いのぅ‥‥何をするんじゃお前は」 「へーん、この甲斐性なしーっ」 「あらまぁ‥‥仲のいい♪」 じゃれ合う小雨と咬竜。それをどこか微笑ましげに見つめる遊羽の肩に雫がぽむと手を乗せた。 「あ、雫ちゃん」 「すまない‥‥せっかくの二人の時間を」 申し訳なさそうに言う雫に遊羽はふるふると首を横に振る。 「気にせんといて? うち、皆とも見て回りたかったから」 「む‥‥だがそうは言ってもここは邪魔だからな。おい小雨、その辺で行くぞ」 言うが早いか雫は小雨の襟元をむんずと掴んでずるずると引きずっていく。 「は、離してーなー雫姐はん! ここでうちの暇を潰さんかったらどこで潰したらえぇんやーっ!」 「そう暴れるな‥‥ほら、あの店で好きな物を買ってやるから機嫌を直せ」 じたじたと暴れる小雨の頭をぽんと撫でながら言う雫。その言葉に小雨はぴくりと反応し、ゆっくりと雫の方へと顔を向ける。 「‥‥ほんま?」 「あぁ。だから大人しくな?」 「よっしゃーっ! ほな行くでーっ!」 一気に元気を取り戻した小雨はもの凄い勢いで屋台を回っていく。彼女の今回の目標には全店制覇という盛大なものがあった。当然ただ回るだけでなくそこで何かを購入することとなる。 「全く‥‥しょうがない奴‥‥ってちょっと待て、ちと買いすぎだろっ!?」 慌てて小雨の後を追いかけていく雫。 「カカカ、行ってしもうたのぅ」 「ほんに‥‥嵐みたいやなぁ」 言いながら二人はカラカラと笑いあう。と、そこで咬竜が遊羽をぎゅっと抱きしめた。遊羽は人目を気にして辺りを見回すが、運のいいことに今周りには人気はない。 「ずっと‥‥護るからな」 「‥‥うん。ずっと一緒やで‥‥?」 共に誓い合う二人はしばらく見つめあった後、そっと唇を重ね合う。祭の篝火だけが、二人の様子を祝福するかのようにゆらゆらと揺らめいていた。 ●終わりよければ。 「うわー‥‥おいしそー、いっぱい。どれ、食べる、迷う‥‥」 「おねーちゃん、あっちも見ようよー」 目の前で作られるりんご飴や綿菓子に目を輝かせる小路は、一緒に祭の準備をした子供たちと共に屋台を巡っていた。既に子供たちは完全に小路に懐いており、ひっぱりだこ状態である。 いくつかの屋台を巡ったところで小路はふとある場所に目を向ける。 今は修復されて元に戻ってはいるが、そこは辻斬りとの戦闘があった場所。小路は辺りを見回し人がいないのを確認してぺこりと頭を下げる。 ―――助けられなかった人々に、ただごめんなさい、と。それで何かが変わるわけではないけれど、そうせずには居られなかった。 「ここが例の事件の‥‥」 声がしたほうを見るとそこには線香をそっと供える小次郎がいた。二人はただただ無言で黙祷を捧げる。あのような事件が二度と起きないように、そして村の人が笑顔でいれるように、と。 「おねーちゃーん?」 「‥‥うん、今、行く」 表情を笑顔に変えた小路は小次郎に会釈をすると子供たちの方へとてとてと駆け寄る。小次郎もまたその場を離れ雑踏の中へと戻っていった。 小路が子供達の下に戻ると、そこには気合を入れて準備をしていた玲の屋台。玲は熱されて柔らかくなった色とりどりの飴を伸ばし、さらにそれを様々な形に整えていく。 「うわー‥‥すっげー!」 感嘆の声を上げる子供たちに、にかっと笑った玲がもふらさまを模った飴を渡していく。 「え‥‥でもおいらたちもうお金が‥‥」 「もうお代はもらったよ、君たちの笑顔でね! でも皆には内緒だぞ?」 「わーい! ありがとうお兄ちゃん!」 はしゃぐ子供たちを楽しそうに見つめる小路。そんな彼女に玲は一つの飴を手渡す。小さなもふらさまに小路の持っているような可愛い手鞠を持たせた飴細工。 「はい、サービス」 「うわぁ‥‥ありがとー」 嬉しそうに飴を頬張る小路の姿に玲の顔にも自然と笑みが零れる。 「ふふ、随分盛況なんですね」 聞き覚えのある声に振り向く玲の前には笑顔のお心と鯉乃助。野郎一人で祭を回るのも、とお心を誘い出した鯉乃助は楽しい一時を過ごしたのだろう。どことなくお心の肩の力が抜けたように感じられた。更に別行動をとっていたほかのメンバーも集まり、玲の屋台の横でわいわいと雑談をし始める。と、そこで一同の目の前を小さな光がすっと通り過ぎた。 「あれ‥‥蛍?」 呟くお心に全員の視線がそちらに向けられる。暗がりの中に浮かび上がる小さな光はゆっくりと点滅しながら宙を舞うように浮かんでいた。 「先に逝った人ってのは想い人のところに蛍になって戻ってくる―――って話を昔聞いたことがあったぜ」 自分で言いながら少し恥ずかしかったのか、若干顔を赤らめて頬をぽりぽりと掻きながら鯉乃助は呟いた。しばし呆然としながらその蛍を見つめていたお心。その頭を小次郎がそっと撫でる。 「よく―――頑張りましたね」 本来は又差の役目なのだとわかっていながらも、誰かが労ってやらねばと考えた小次郎の行動。お心にもその気持ちが伝わったのかそっと目を閉じる。 様々な思いを馳せる一同に見守られながら、蛍が別れを告げるように暗闇へとその姿を消した。 〜了〜 |