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■オープニング本文 「‥‥はあ、ギャフンですか?」 「そうギャフン」 そうジルベリア訛りの少女、ベロニカは切りだした。 『ギャフン』というフレーズがジルベリア語で語られた。流石の神楽の開拓者ギルドもほとんど耳にしない古語である。死語といっても差し支えない。 そのジルベリアの安定した地域の村では、村長は代々酒の強いモノである──古代の皇帝がそうお触れを出したのである。真偽は不明だが、皇帝の名に於いて名弄られた事に逆らう訳にはいかない。 7月に入ると、まだ陽の高い内に、ウォッカの大呑みコンテストが始まる。これも時間内に何樽のウォッカを飲めたかの量を競うものだ。 そして、去年の優勝者は、常人の三倍を誇ると言われている力の持ち主である『開拓者』を引退したジルベリア騎士『グレッグ・ハーマ』であった。 宵越しの金は持たないという気質で、村の経営もその場の勢いのどんぶり勘定だけで決めている。来年には来年の風が吹くという事だ。 それで、去年はやり過ごせた。しかし、今年の答えは判らない。 「だから、開拓者に勝てるのは、開拓者という事で、体力と根性自慢の人に御願いしたいんだ」 「体力自慢ですか──術者系の方はあまり出番が無いようですね」 「ふーん、そういうモノなの? 開拓者傭うのって初めてだけど」 「とりあえず、ウォッカ飲み放題という事で、どうにかならないかな?」 世の中はシビアだ。しかし、砂糖菓子で出来ている部分もあるかもしれない。 「───では、詳しい、仕事の内容はこちらに」 ベロニカはその条件に些か顔をしかめた。 「絶対条件忘れていた。開拓者の方を村に留める訳には行きませんので、皆さんがお勝ちになったら、村の行動は合議で動くように、と念書を置いていって下さい。絶対ですよ」 冒険の幕、第4幕開幕。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
赤坂 朱音(ia0645)
17歳・女・サ
秋姫 神楽(ia0940)
15歳・女・泰
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
グラスト=ガーランド(ia1109)
22歳・男・サ
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
七神蒼牙(ia1430)
28歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
御陵 彬(ia2096)
18歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
細越(ia2522)
16歳・女・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「おぉ、酒の飲み比べとは、なんと素敵な依頼だ。一生に一度あるかないかのビッグチャンス!」 無月 幻十郎(ia0102)がひとり精霊門の前でまだ味わった事のないウォッカに思いを馳せていた。 彼は天儀本国の酒を、かなり味わい尽くし、新たなフロンティアでの体験に少年のように胸を躍らせていた。 「早く来すぎたかな? まだ皆が来ないが‥‥」 等とぼやいていると、定刻通りに皆が集まる。 さり気なく、買い込んだ芋羊羹を隠しながら、水鏡 絵梨乃(ia0191)が幻十郎に声をかける。 「あれ幻十郎、買い物に付き合わなかったのですか? ボク達色々買い物してきたのですよ。空きっ腹にウォッカはきついかもしれませんよ」 朱塗りの大杯を買い込んできた羅喉丸(ia0347)もご機嫌顔。 少女の様な容貌の巳斗(ia0966)は、一言謝る。 「幻十郎さん、声をかけるべきでした。ごめんなさい」 その両手で持った鉢の中で水に浮かぶは豆腐。何となく崩す気にはなれなかったのだ。 「大丈夫、挽回のチャンスはあります」 赤坂 朱音(ia0645)はそっと言葉を添える。 「乳製品は、こちらから持ち込んでも夏場なので“あたる”かもしれないから、見送ってジルベリアで買い揃える事にしたけど。アーモンドと柑橘各種はこちらの市場でそろえたんだよ」 「我輩と違って、朱音殿は知恵が回るようであるな」 「だって、世のため、人のため、お酒が呑めるなんて、開拓者は素晴らしい仕事だよね」 幻十郎は全身全霊を込めて頷いた。 「ところで、この血の匂いは?」 源を探ると秋姫 神楽(ia0940)に行きつく。 所々、赤いモノがついている。 「ああ、本物の熊を操る芸人がいたから、熊が本当に強いか、挑戦。結構強い。負けなかったが」 芸人から神楽に待ったの声が、かかったのであった。 事の起こりは神楽が目にした熊の木彫り像を見た彼女が、未知の動物である熊がどれくらい強いか、好奇心に駆られ、無邪気な子供のように目を輝かせながら、周囲を見渡して、すると、偶然、不幸な熊使いがいた──結果以外は普通である。 彼女の様に天衣無縫でいるのは難しい。 グラスト=ガーランド(ia1109)は神楽の善悪比はともあれ、純粋な強さに驚いていた。上には上があり、そこまで登りつくには果てしない、研鑽が必要だと。 一同の買い物の大半を背負った彼は、過去の記憶は幾つかのキーワードを残して、存在しない。 空賊、開拓者。これだけが鍵である。 これらの鍵の内、多分、もっとも物理的に近かったから開拓者になったのだろう。すぐそばに空賊がいれば、彼の現在の立場は変わっていたかもしれないが。 そんなグラストの肩を、天目 飛鳥(ia1211)は軽く叩く。 「今から悩んでいても、な」 険のある眼差しは色々と誤解を招き勝ちであるが、それと内心は別である。 「ひとりでしんみり呑む酒も良いが、たまには大勢で賑やかに呑むのも、悪くはない」 微笑んで七神蒼牙(ia1430)もグラストの緊張をほぐす。 「美味い酒がタダで飲めるなら何処へでも‥‥ってな」 嵩山 薫(ia1747)もうなずく。 タダ酒。それ以外に理由は一切無い。 「本当なら古酒の方が好みなのだけれど‥‥たまにはジルベリア産のお酒も悪くなさそうね」 彼女に育てられた10になる娘がどの様な人物であるか、ここでは言及しない。 ともあれ、声にこそ出さないが、御陵 彬(ia2096)も動機はいっしょであった。微妙に薫と違うのは、困っている現地の村人に申し訳ないと思っているという事。 細越(ia2522)は彬の感情を察してか──。 「ただ酒はうまいものだ」 と、彼女を見上げながら呟いた。 「ただの、のんべエロ親父やで。難しいことはようわからん、おまえの話はわからん。わからんのや。酒があればそれでええんや」 と、セクハラアルハラ全開で、斉藤晃(ia3071)が彬に絡もうとするが、少女、赤マント(ia3521)が引き留めた。 「そこまで面倒は見られないよ!」 一同は精霊門をくぐり、しばしの旅の後、肝心の村についた。 途中で乳製品、生乳やチーズなどを買い求めながらの行程である。 そして──。 「おぅ、あんたグレッグっつーたっけか? 一緒に美味い酒をたらふく飲もうぜ」 蒼牙がはったり半分で声をかける。 「うわっはっは、その通り、俺がグレッグだ。良く来たな未来の村長候補!」 筋肉と髭で出来ているような大柄な男である。自分でグレッグだと言っているからにはグレッグなのだろう。 「酒好きは世界共通、老若男女問わず、大いに楽しみましょうや」 幻十郎が手を上げると、グレッグもハイタッチ。 互いに笑みを交わす。 「みなさまはこちらへ──」 頼りなさ気なベロニカも添え物のように、一同を案内しようとする。 そこで神楽がちょっとした余興を申し出る。 「ちょっと腕相撲どう?」 「いいだろう」 「元開拓者で常人の3倍強いんでしょ? 開拓者が何処まで強くなれるのか知りたいの。まさか逃げないわよね。村、長♪」 「正義的に勝つ」 立てた樽の上に互いの肘を置いて、合図と共に互いに戦機をにらみ合う。 吹き出る汗が互いの目に入る。 続く刹那。 グレッグの手の甲が樽についた。 「勝ったー♪」 神楽は一気に手を離した。 「前哨戦は快勝。明日が村長交代の日かもね♪」 「はっはっは、少し味見しておこう、なにほんの少しさ」 幻十郎の発案で、最初の夜はウォッカを実地に試し飲みに行ったり、現地で新鮮な乳製品を取る事で初日を過ごした。 もっとも赤マントは、民族料理なのか、とろみのついた辛い汁をご飯にかけて食する事で、ウォッカ対策としている。 羅喉丸の発案で、一同は呑む前に念書を認める。酔った勢いで書くと、ベロニカの意図とは違う結果になるからだ。 一応、自分と納得した者は村政に関しては酔っている時の発言を向こうとする旨、書き添えた。 そして、決戦。 ウォッカ呑み競争に、15人の参加者が並び(14人の開拓者と、村からはひとりのみグレッグだけである)、開始の合図を待っていた。 一同の胃袋はアーモンドや大豆製品、柑橘類に乳製品、ウコンにより、武装完了である。 第1セット。 幻十郎は敢えて多目に六樽を宣言。あぶなかっしい所はあったものの、何とかクリアー。 グレッグは宣言通り三樽を宣言、危なげなく飲み干す。 四樽オーダーした絵梨乃であったが、飲み干すや否や、すっくと立ち上がり、妖艶なる笑みを牡丹の花がこぼれ落ちる様に浮かべ、そのまま後ろ向きに倒れて、健やかな寝息を立てて眠り始めてしまった──リタイア。 寝乱れて色々と見えてはいけない部分まで露出しているので、ベロニカが上掛けをかける。 しかし、戦いは続く──羅喉丸は危機感を感じながらも五樽をオーダー。何とか耐え凌ぐ。 一方、朱音は三樽頼んだがモノ足りず、更に余裕で三樽を追加する。性根が据わった、実に彼女の人生を表しているかのような飲みっぷりであった。 負けじと五樽を頼んだ神楽であったが、数樽目でその双眸からは涙がこぼれ落ちる。 「ふぇ‥‥って‥‥私だって、好きで乱暴なんじゃないもん‥‥ふぇぇぇ」 童女のように泣き出す。どうやら、泣き上戸らしい。 そんな彼女を見て一抹の不安に駆られながらも、巳斗は樽に口をつける。 (難しい事や勝負にはあまりとらわれず、楽しく飲むのが一番ですね!) 軽く二樽のつもりだが、未知の刺激に好奇心が触発され、ついついもう一樽頼んでしまう。 それを見た、グラストも同じく少しずつ頼んで、四樽と数を重ねる。自分の体感を確かめて、酔いつぶれた仲間の介抱に向かう。 (下品な飲み方はしたくないものだ──) 飛鳥はグラストの献身的な態度を、立派と思いこそすれ、破れていった者達には心を向けなかった。 ウォッカの炎のような風味を舌で味わいつつ、四樽を飲み干す。とはいえ、それに追加できるだけの余裕は無かったが。蒼牙はグレッグへのプレッシャーを期待しながら、樽を唇まで運ぶ(9樽同士のサドンデス、決着法は決まっていない、か)、六樽を勢いに任せて飲み干す。グレッグの表情が変わった。正確には蒼牙ごしで薫が『氣』を吹き出しつつ、ふた桁目──即ち、グレッグの勝利条件をオーバーしたスコア十樽目を煽ったからであった。 「ですから、私は最低七樽呑む‥‥そう申し上げなかったかしら?」 「若い内から無茶しない」 彬が窘めるように、二樽のみを飲み干す。それが標準である、グレッグは自分のペースを取り戻した。 「若い内だからこそできる無茶もある。しかし薫様もよくやる。だが、私も負けん」 さらりと細越は樽に口をつけながら、ウォッカを胃袋に流し込む作業を続ける。彼女の予定を越した5樽目。 晃はウォッカを呑む前に小指の先に塩を点けながら、マイペースに呑む。いや、呑んでいるつもりだったが── 「あれ、酔ってしもうたか。しゃーない、最後の一樽だけでも飲み干して──」 後は言葉にならず轟沈である。 赤マントも自分の選んだ行為、三十樽を飲み干す、という苦行に耐えきれず、見事転倒した。 第2セット。 幻十郎が出だしでくじけて、そのままリタイア。 「我が輩はウォッカに負けたのではない、自分に負けたのだ!」 一方、羅喉丸が勢いをつけて7樽を追加、計十二樽。 逆風の中、グレッグもしぶとく三樽呑み計六樽、ここで止めないのは、首位集団がペースを崩す事を狙っているからである、言わば二流の勝ち方。 朱音も三樽を着実に重ね九樽とする。 マイペースに巳斗もさらりと五樽を飲み下す。これで八樽。 グラトスも少しずつ積み重ね、樽を継ぎ、合計六樽。 飛鳥は悠然と三樽飲み干し、計十樽。 「どうやら、ウォッカとは相性が良いらしい」 蒼牙は六樽を鬼神とも取れる勢いで飲み干し、併せて十二樽。 しかし、薫は十樽飲んだ反動がきつかったのか、一樽のみで逃げ切るという戦術に切り替えて尚、肝臓が造反を起こした。 「うふふふふあははは‥‥ああ、天儀が廻って見える‥‥そうか、そうなのね!!」 何がそうなのかは、判らないが、そこまで言った所で彼女の意識はブラックアウトした。 彬が薫を涼しい所において、ここまで来て根性を据えてウォッカと向き合った。 「ま、グレッグは多分、他の方が勝つでしょうし」 それでも三樽。五樽を累積で呑んでも肝臓にオーバーワークはさせない。 「同感」 細越が淡々と樽を空ける。四樽のつもりが五樽であった。計十樽。 第3セット 羅喉丸がウォッカを前に哄笑する。 「引かぬ、媚びぬ、省みぬ、開拓者に後退の二文字は無い」 言って一気に煽ると、そのまま倒れ込む。 計十三樽の記録は星と消えた。 グレッグも無事呑み終え九樽。後は自分より飲んだものが無力化できれば勝てる──はずである。 最後に朱音も3樽飲み干す。十二樽の記録の前に、グレッグの優勝は消えた。 巳斗も頬を紅潮させながらも、四樽目に手が伸びて、合計十二樽。同率首位である。 「届かなかったか──」 言葉の端々に悔しさとそれ以上の晴れやかさを覗かせて、飛鳥が三樽目、合計十杯の成果をたたき出す。 そして蒼牙が流石にペースが落ちたと言うより、肝臓のハイテンションさが抜けて三樽目。堂々の合計十五杯である。現在暫定首位。 彬はそれでも肝機能全開でアルコールとタイマンし、五樽を上乗せして合計十樽。結局、グレッグに勝っている。 落ち着いた細越がしずしずと三樽目を飲み干す。華奢な彼女が計十三樽の二位につけていた。 「この大ウワバミが───」 蒼牙は一言。 「誉め言葉と受け取っておく」 自分を圧倒した魔人達にグレッグは一言言った。 「ギャフン」 失笑が漏れ、戦いは終わった。 「さあ、念書を出したら、祝い酒に向かい酒楽しもうぜ!」 一同は打ち上げ兼村長の退任パーティーと、村の明日の無事を皇帝の御霊に祈る儀礼を潜り抜け、大いに打ち上げを楽しんだ。 村は合議制で進んでいくのだろう。 開拓記第4幕閉幕──。 |