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■オープニング本文 ここは某国にある、ここにしかない神社。 荒れ狂う海に東に突き出した崖の上に、自己主張薄げに立っている。 しかし、崖の麓にはヒミツがあった。 それは! 温泉があるのだ。 手入れはされており、かなり規模がある。 「しかし、それだけではウリに成らん」 この神社の名は龍泉神社という。その神社の巫女(と、言っても神主を兼ねている、というか本業?)の桜姫(おうき)が、六尺はあろうかという長身に、腰までの黒髪をなびかせつつ十露盤を叩いた。 「こんなへんぴなところにやってくる酔狂者──年に一桁しかいない。だが、銭は欲しい」 覚悟を完了した瞳で海を見つめる。 禰宜の少年、治馬(はるま)が、控えめに桜姫に声をかける。ちなみに袴は赤である。 これも桜姫の営業の一環「かわいい男の子が女装すれば、女性層はキャッチよね?」という、ネジの少々ゆるんだ発案である。治馬当人は営業が終わり、自分の宿舎に戻れば、普通の格好をしている。治馬は年の割に背は少々低い上、声変わりもまだだが歴とした15歳である。 特筆するべき事項ではないが、ふたりは志体や仙骨を持っていたり、開拓者であるわけでははない。 「あのうアイディアがあるんですけど──」 「治馬の意見は却下する」 何事も無かったかのように、出納帳とにらめっこする桜姫。 「開拓者なら、資産を持っているんじゃないかと?」 「で、何でここまで来なきゃいけないの? 来て欲しいけど、それはこっちの都合。 言いたくはないけど、私だって、金持ちが賽銭をガンガン落としてくれた方が、気持ちが良いわ」 「で、妙案が。自分で言うのは恥ずかしいですけど。温泉に龍と一緒に入ってもらうのはどうでしょう?」 「判ったわ。開拓者には「ここは混浴ではない、とは言わず、脱衣場だけを男女別にして、入ってみたらあらびっくりのハプニング? 萌えるわね。で、龍と一緒に温泉に浸かると、互いの絆がパワーアップという悲劇的伝説が──龍の分、金を取れるから、倍付けすばらしいアイディアを」 治馬はそこまで言うつもりは無かったが、桜姫が勝手に暴走するのを止める気はなかった。 「という事で近くの風信術の所まで行って、宣伝しなさい。龍との絆を深める温泉という所をクローズアップするのよ。元旦は無理でも正月に忘年会疲れになって、胃を痛める人はいるでしょうから、その辺も攻めどころよ」 桜姫の妄想は神楽の開拓者ギルドに垂れ流され、何人かの酔狂な開拓者は温泉に、龍と一緒に入れるという所に興味を抱いたようだ。 「うそは言ってません、精霊様精霊様、罰を当てないください」 治馬の声が開拓記18幕の始まりを告げるのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
暁 露蝶(ia1020)
15歳・女・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
華雪輝夜(ia6374)
17歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
草薙 慎(ia8588)
22歳・男・弓
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 「────」 「だ〜め〜!」 大晦日の夜、絹の布を裂いたようなハイテンションな声が上がる。それは人間のものではない、ましてや龍、はたまた大穴でアヤカシのそれではなかった。 更に続く、軽やかな足音。 「クロ〜! ね〜、一緒におんせんはいろうよぉ? ね」 宿の床を奏音(ia5213)が歩いている、とは言っても開拓者の脚力は常人の三倍、十分に早い。 追いかけられる方の漆黒の影──猫である──それは傍目から見ればサイズに違和感を感じる程度のそれであるが、目をこらしてみれば、シッポは二股に分かれ尋常のそれでない事は明らかである。 この秦音の朋友は龍ではない、猫又であった。 世の中に、湯を好む猫がどれだけいるであろうか? 仮に存在したとしても過剰なまでのマイノリティであろう。 猫又としては事情はそう変わらない、と考えるのが妥当なラインか? 過分にして当記録者は水好きの猫というものを見た事はない。 「やはり、何かあったのかしら? まるでここは噂を聞く『トージンボー』の様な所なのかしら、止めるべき──でしょうね?」 さらりと危地に己を飛び込ませるからす(ia6525) カラスの濡れ羽色の髪に、赤い目を煌めかせ、振り返った先にいたのは『異形』であった。 土偶ゴーレムの『地衛』であった、 古来『土偶』は天儀の歴史の靄の中にある、古風な戦士──守護者である──を模して作られているが、彼女の『地衛』は鎧武者のそれであった。 からすは愛龍の『鬼鴉』と共にやってきた筈であるが、気がついたときには愛龍ではなく、土偶と共にこの温泉を訪れていたのである。 「オモチャはオモチャ──という事かしら‥‥何かあると思っていたなら、準備も本気でするべきだったかも。まあ、TPOという言葉もあるといいます」 浴衣に隠し持ったオモチャの弓矢を確認する。 そして、のぞき込む。 情報は力なり──鴉の信念である。 ひいき目な感想は、バカップルと、スキンシップを取り合う幼児と母親の中間、あるいはその両方に取られたらしい。 黙って、オモチャの弓矢を隠すからすであった。 『殿方』と記されている脱衣場。 もちろん、龍も入れるように、大きく開く扉である。 そこで愛龍の『ロートケーニッヒ』に体をもたせかけるようにして、ルオウ(ia2445)が単衣を脱ぎ、最後の褌──それは少年の精神を示すかのような白さであった。 赤毛に金目というコントラストが背後の龍と見事な釣り合いを取っている。そこで結び目を解き、褌を外した。 「よーし、ロート。一緒に入ろうぜ!」 手ぬぐいに手を伸ばそうとした瞬間、霹靂の如き大音声がした。少なくともルオウにはそう思えた。 単に扉を開けられただけだが、しかし。 二対の翼に若緑色をベースに様々な明るい色彩の羽毛を取り混ぜた龍の傍らに、茶色の髪の少女が自分を見ている。 ルオウはその光景にとまどった。予想していない。 ここ『殿方』だよな? 俺、手ぬぐい? というかむしろ向こうが開けたんだよな? 俺悪くないよな? ルオウより頭半分小さな緑色の瞳の影は、傍らの、まるで伝説の鳳凰を思わせる龍にうなずくと、帯を解き始めた──。 結果は色々とルオウの思春期の知識ではついてる筈のものがなかったり、ついていない筈のものがついていたりであった。 そのルオウの内心の葛藤に天然で気づかない巳斗(ia0966)は春風の如き柔らかな笑みを浮かべる。 「パートナーと温泉に入れるなんて、すてきな年末ですよね」 「ああ、良かった。男か、良い年末だよな、女将さんが歴史に語られていない、一万年前にいたという龍達の王が、三人の愛人を引き連れて入って、その精気が未だに充満しているから、愛のパワーがあふれているという話だけどな」 「へー、凄いですね。龍に王様がいたなんて」 巳斗は瞳を輝かす。 「いや、その愛人は全部『もふら様』だって話だ。ま、俺はルオウとロートケーニッヒ。ジルベリア騎士の血を引いているんだ」 「騎士だなんて、格好良いですね。僕は普通の商人ですので」 「何、言うとるんや、お前さんら、騎士だの商人だのなんて、開拓者である事の前には関係ないんや。要はそいつと酒呑んで旨いか、不味いか、それだけや」 斉藤晃(ia3071)が気怠げな龍『暖かい悩む火種』を引き連れて、酒精の匂いを漂わせながら入ってきた、年のせいか遠慮もなく、手ぬぐい一丁になる。 「正月から温泉とはしゃれてるのう」 手にした盆の上には朱塗りの碗。逆手には大きな徳利が幾つか。 「相伴せい、ルオウ、巳斗。お前らも呑めるやろ、旨い酒の飲み方教えたる。まあ、あの時は──」 と昔話を始めながら、三人は温泉への扉を開く。 暁 露蝶(ia1020)がパートナーの月麗に湯を打っているのが見えた。 「──の間の仕事はお疲れ、重かったでしょう?」 微妙な所が湯気で隠れて見えないのは大人の事情というやつである。 ルオウと巳斗は女体の神秘で動きを止めた。晃は堂々と『鑑賞』している。 当然ながら露蝶は動きを止めた。こちらは貴種なので、何か言い出さないかを待っているのだ。 「開けっ放しでは、湯気が逃げてしまいます」 草薙 慎(ia8588)が右肩だけ出した、風変わりな出で立ちで、動かない一同に声をかけると、彼を誘った巫女の紫焔遊羽(ia1017)が殿方というのを確認して、視線をそらしつつ(湯気で見えないのだ)、真の右肩に指先を滑らせる、遊羽がもたらしたそこからの感触に腰砕けになる慎。 「ほら、隙ありやで、ほんま慎さんはもろいの、ここか? ここがええのけ?」 畳んだままの扇子で、ある時は口元を隠し、ある時は慎の右肩を這わせるように嬲る。 「ああ、年末もこれやから、たまらんわ。慎さん、じゃあ、温泉出た後に、本番と行きますかのう」 と、宣言しつつ愛龍『栂桜』と共に『姫』と記された脱衣所に進んでいく。 そして、しばし後に、混浴の惨劇にて再会するのであった。 とどめを刺すかのように絶叫があがった。 「目がっ!? 目がっ!!」 混浴とは知らず、天津疾也(ia0019)が愛龍の『疾風』と共に入浴する。 僅かに谺する声で実は混浴であるという事に気づくのに、大して時間はかからなかった。 しかし、しかし、疾也には欠点があったのだ。 目に色々と問題を抱えていたのである。 ぶっちゃけ、眼鏡要員。 温泉で湯気が出て、眼鏡は曇るのは天の理。 外せば──見えないのだろう。 「ああ、疾也も大変だなぁ?」 晃に勧められた酒でテンションが異常になっている(この状態を俗に酔っぱらいという)ルオウが疾也眼鏡を外す。 もちろん、次に待っているのは、疾也は目を、33にしてつぶやく。 「メガネ〜メガネ〜!」 疾也の愛龍の『疾風』が、スパコーンと、ルオウの後頭部をシッポで叩こうとする、相方直伝のノリだろう。 しかし、タライひとつで受け流される。最強クラスのサムライならではの技術と実戦経験が融合した総合力の差であった。 代償に、ルオウの手ぬぐいが落ちて、それを見たものはいろいろな感慨を抱く。 ルオウ当人にしても多分、酒が入ってなければ巳斗とあった時のような反応が出るのだろう。 そんな少年にやさしく布をかけてやる『黒狗』。 龍ではあるが母親のような包容力と繊細さを持ち合わせていた。「たまの温泉で楽しめるかと思えば──やっている方は、まぁ、楽しいだろうけど、大人ならぁ、ほどほどになぁ」 元は白色人種系の肌だったのだろうが、殆どが全身が派手やかな意匠の入れ墨で仕上げられた印象のある長身。 その女性は犬神一家の三代目、犬神・彼方(ia0218)であった。『黒狗』の主でもあり、背負うべきものも数多ある。 「遊羽ぁ、また慎をオモチャにしてるのかぁ? 男の矜持ってのも結構、莫迦にはぁ出来ない。矜持を折られた男は役に立たないからなぁ、特に弱いものを護る時にはぁ」 久我・御言(ia8629)はその言葉に頭をもたせかけていた愛龍の『秋葉』に語る。 「まぁ、こういう私『達』が開拓者として何をするか、それを再確認するというのも互いの絆を深めるのに効果があるかもしれないな。温泉ではなく、温泉を求めてきた者達が作り出す効能というのは、精神論かもしれないが──面白く、興味を引かれるテーマだな。もっとも『ヤマダ・キイトン』なら、もっとおもしろおかしく語れるのだろうが、なあ『秋葉』──『ちょんちょん』」 と言いながら『秋葉』の脇腹を肘で軽く突く。 「この子は私のもの!」 紫水晶をカボッションにしたような瞳を持つ、女性陰陽師、葛切 カズラ(ia0725)が巳斗が半ば出来上がっている、のに更に酒を飲ませようと、試みる。 「あかんわ、それは。巳斗は、きちんとした酒飲みに育てる、オモチャやないのや」 「みーくんはオモチャじゃありませんよ〜。このまま倒れたらどうしますか?」 愛龍『樹』の陰に隠れ、全身をタオルでガードしたままの、白野威 雪(ia0736)がふたりに目を向ける。 それに晃は端的に応えた。 「てめえの酒量を知る良い機会だと思うがのう?」 「違いますよ、頭を打ちすぎたら、開拓者だって危ないかもしれないような」 「開拓者は運も通常の三倍や」 本とかうそかは知らない。 「これ以上お酒はだめだよ」 カズラはため息をついた。 「しょうがないわ。じゃあ、妥協しよっか? おせちの席は私のもの、というあたりなんか? この場はスルーという事で」 「ひとつ条件があるんやけどな?」 「面白くないから、却下してもいい?」 「ワイにこの場はつきあえ。酒代はこちら持ちやで」 「呑んだ!」 一方神社の由来などの調べ物を楽しんでいた華雪輝夜(ia6374)は、他人との知識の落差に驚いた。 彼女が神社で聞いた話では──。 一万年と二千年前、『超越もふら王』と『天儀の創造者』が儀を納めるために、作り出した九十九匹の龍帝が生まれた聖地中の聖地、という事である。 しらふで聞いて、これを信じる事を可能とするのは途方もなく、頭のネジがゆるんでいる。あるいは、最初から存在しないか、人生の過程で抜け落ちて、見つからなくなってしまった人物だけだろう。 「しかし、二年参りで引いてきたくじは──」 どうやら、皆が温泉で騒いでいる内に年を越したらしい。 の差し出した紙片には大きく『龍吉』と認められていた。 この神社での運のランクを鵜呑みにすれば、大吉の上で、大凶の下らしい。 理解を絶する、あるいは人を食ったくじである。 しわくちゃになって皆の閲覧がされる中、彼女は愛龍の『月影』の鱗に丁寧に拭いをあてていく。 巳斗を確保した、雪はその言葉に小首をかしげる。 「私が神主様から聞いてきたのは別ですが。 十万年前、最初のアヤカシが生まれ、それを素体にして、最初の十三人と言われた全ての志体持ちと、龍のオリジナルを造り、天儀全ての防衛計画『竜人会議』を発布した場所だって聞きました。 ちなみに私の引いたくじは『冥運』。大凶の上で、大吉の下とのこと」 最後に着いた露羽(ia5413)は潮の匂いを吸い込みながら、神社に向かう。 「温泉に入る前──験担ぎですか」 古びた神社に少女めいた──にしては些か長身であるが、の影が降り立つ。駿龍の『月彗』である。 はてさて、と思い、神社でこの様な奇妙な誘致をしたのは甚だ疑問である、巫女と思しき存在に話しかける。 忍びならではの合理性で虚飾を剥ぐと、金がないから、命がけであぶく銭を落としそうな開拓者をターゲットとした、となる。 そして、その巫女が少年である事は露羽は関知した。 かろうじてである。それほど、微妙な線である。 中性的というだけで男女を有耶無耶にしていた自分とは別である。 露羽が『男でない』以上に治馬は『女性であった』のだから。 ここまでくると、年を経て、女装する際に、お歯黒をとっさに塗る必要のある際、総入れ歯を使うため、全ての歯を根こそぎ、引っこ抜く程の、趣味や業務の女装ではなく、生涯をかけた女装となるだろう。 そして、自分はそこまでに及ばない。 「さて、くじを引きますか」 出た運は『無吉』。 あまりの微妙さにさりげなく露羽はくじを握りつぶす。 宿では元旦を祝うべく、千歳料理の仕出しが行われようとしていた。つまり終わらない酒宴、永遠の向かい酒の連鎖の中に。 その活気の中へと露羽が歩き出していった。 ──大晦日が終わり、正月が始まる‥‥。 開拓記第十八幕終幕 |