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■オープニング本文 その日、村では陽気に誘われていた。 狩人の鱒二(ますじ)の見立てでは、そろそろ梅が綻ぶ頃合いだという。 山の緑深く、豊かな命の声が響く。深い森の中、その中で凛と咲く梅の華。 労働に追われる村々では数少ない娯楽であった。 その言葉に村人が、ささやかな宴をもとうという動きがあっても不思議ではない。 四月になれば桜も咲こうが、三月の花見をしてeは行けない、という事もないのだから。 しかし、梅の木の近くには珍客がいた。 両腕がはさみとなり、八本脚を持ち、全身を無機質な甲羅で覆われている。 沢蟹の捕れないここの村人は『蟹』などという珍味は見た事はない。だから、単純に異形と断じた。 言うまでもなく、アヤカシである。 何故、ここにいるのか──問うものはなかった。唐突に現れるアヤカシもいる。 その事を知っているものでも無力であった。 鱒二は警告を出すと、村人、上は長老から、下は乳飲み子までの撤退する時間を稼ぐ。──視線が合った。 ふたつの突き出した複眼の間から、握り拳大の火球が投射される。 十数メートルを超えて左近の近くの大地に、線香花火の最後のそれを思わせる火塊が触れると、5メートルはあろうかという爆発となった。 鱒二は死んだ、死体はそこで煙をあげている。 村人はその間隙をついて逃げていた‥‥。アヤカシは追わない。 アヤカシには志体持ちでなければ戦う術はない、涙だけがあった。 そして、天儀の開拓者ギルドに依頼が来た。 鱒二の墓の隣に梅の花を添えてやりたい、と。 開拓史第27幕が開く。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
天津・錬(ia0199)
19歳・男・志
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
鯨臥 霧絵(ia9609)
17歳・女・巫
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 春といっても、文句を言うもののさほど多くはない、今日この頃にアヤカシに襲われた狩人のひとりを失った村からの依頼がひとつ舞い込んできた。 梅見物をしたアヤカシは蟹の姿をしているという。そして、火を放つ。 早速に開拓者ギルドは、殆ど一晩の内に開拓者を揃え、その村を襲う奇禍への対処を依頼した。 雅に言えば、村人を護って命を落とした、狩人であった鱒二の墓に一枝の梅を捧げよ──という形である。 ──そして、精霊門が開くと、開拓者は誘われるまま、自らの前に広がる新しい大地に踏み締めていった。 夏 麗華(ia9430)は粗末な墓に眠る狩人の鱒二に一枝の梅を捧げた、まだ匂いもふくよかな白い花びら。 「それではいって参りまする。鱒二さん、あなたの無念、晴らしてご覧に入れますわ。志体が無くても尚、アヤカシと立ち向かおうとしたあなたの勇気を分けてください」 言って、彼女はきびすを返して、開拓者の仲間達の元へ戻るのだ。 「せっかくの花見やというのに無粋なやっちゃな。ほな、鱒二の無念晴らしにいくとするかいな、諸君」 天津疾也(ia0019)の口調は飄々とするものの、目は真剣であった。 鯨臥 霧絵(ia9609)は心ここにあらず、といった表情で梅の香に鼻を擽らせていた。補助の術はかけるだけかけた、後は当人次第、だろうか? そして、鱒二を屠った巨大な甲殻アヤカシとの戦いが始まる。それは春も始まりを終える頃。 頭上で水晶を頂きに抱く杖を振り回しながら、ブローディア・F・H(ib0334)は呪文の詠唱を狙おうとしていたのは甲殻アヤカシに非ず、仲間の切っ先である。 当たるには当たるかも知れないが、攻撃の加速などのプラスの方向へ収斂するには互いの意識、無意識のシンクロが必要であろう。 少なくとも一朝一夕にできるコンビネーションが必要。 確かにブローディアのファイヤーボールは火力が不足気味で、甲殻アヤカシも火を用いる以上、対抗手段として何か工夫する必要があるかも知れないが、この工夫の仕方なら、最低限、打ち合わせというものは必要だろう。 「オイオイ、ブローディアはん、こちらまで焼いてしまうから、あんじょうしたってや? ほれほれ、鬼さんこちら、手のなる方へ。そんなへっぴり腰ではあたらへんで。毛ガニなら毛ガニらしく海で煮られてろや」 乱戦でずれた伊達眼鏡を、直す疾也。ヒットアンドウェイで間合いを取ろうとしても、相手は飛び道具も用いてくる。火球で銀色の髪が僅かに縮れる。 「錬、命の差し入れご苦労さんや」 間隙を拭うように、飛び込む銀髪の影、天津・錬(ia0199)が太刀を振り回し間合いを盗む。 疾也が照準に入るかに思えた瞬間、幻惑するような絶妙な刀さばきで、甲殻アヤカシの集中を乱す。 攻撃方向と間合いを見切らせない、右かと思えば左、上かと思えば下、水の如く定まらぬ太刀行き。 「俺もおるで疾也だけに任せといてか?」 しかし、甲殻を打ち抜いて打撃を入れるまでにならない。 単純に言えば、修練と経験の差である。 一朝一夕に埋まるものではない。 そして、逆に甲殻アヤカシのハサミは少しずつ、錬を追い詰めていく。 キチン質と鋼の打ち合う耳障りな音ばかりが谺する。 ハサミをカエトラで食い止めた。錬の足下が5ミリ程沈み込む。 「‥‥!」 今の一撃は裁いた、だが、脚に来た。こうなると次は──。 疾也が飛び込む間合いを計ろうとしている。 ──間に合うか、否か。命をかけてのスイッチング! そこへ! 「三つ数えるから、その内に下がって、いち・に‥‥」 一同に聞こえる麗華の声、それを信じて錬が強引に下がると、炎を纏った太矢が甲殻アヤカシの装甲を貫いた。 小規模な城門なら貫けそうな気がする一撃である。 甲殻アヤカシは苦痛にのけぞり、何か不快を表明しているか、泡を吐き回る。 「────!」 その甲殻が空間毎ねじ曲げられた。 霧絵の法力である。しかし、向こうもそれなりに力を持っているのか、まだ駆け出しの霧絵ではねじ切れない。 そこへ更にブローディアがサンダーを浴びせてくる。錬力も底を打つかと思えるような連打。 まさしく『神鳴り』である。 「本当は焼き落としたかったけど──炎使い同士相性が悪くては仕方ない。だから──あなたはそこで痺れてゆきなさい」 更に麗華が再び太矢を打ち込む。炎に覆われしその風情、まさしく流星の如く。 甲殻アヤカシは殺戮本能のまま、前進を始める。 もはや、思考力もろくにないようだ。 「錬、一気に行くで! 二重攻撃で潰したる!!」 「判ったで、いち、にぃ、さん!」 疾也が腰だめにして槍を突きかかると、錬が追従する。まだ、疾也の人外な一撃な及ばないが弱った甲殻アヤカシには、十分な致命打となる。 「────!」 咆哮をあげると、最後に甲殻アヤカシはゼロ距離で火球を爆発させ、前衛陣を巻き込んでの自爆を計る。しかし、それも霧絵の法力によって、致命傷とはならなかった。 「ナイスや、霧絵はん」 疾也は霧絵に向かってサムアップサインをする 「これが──うめ」 天と地に分解されていこうとしている、甲殻アヤカシの後ろに位置していた、そして一同が傷つかぬように配慮していた梅があった。 白い梅の下に、異形のアヤカシの影が錬にとどめを刺され、消失を待っている。 それを見つめる霧絵はそのアヤカシなど目に映してはいなかった。 彼女にとって、赤い瞳で見つめるこの光景は、一幅の絵画に見えているのかも知れない。 「そう、梅やで」 錬が言い聞かせる。 「これが梅ですわね、お父様に聞いていたとおりの」 更に後ろからブローディアが柔和な笑みを浮かべる。 様々なミドルネームに隠れ勝ちではあるが、彼女の血脈のひとつは確かに天儀に繋がっているのだ。 そして、甲殻アヤカシを倒した事の確認に一同が村に向かうと、一同は催された。鱒二の喪中ではあるが、その敵を取った、という事で僅かな祝い酒が振る舞われる(この村の風習であって、他の村ではそうとは限らない)。 「この村の酒も中々悪くはないですね」 ブローディアが胸の辺りをはだける、肉感的な四肢を持つ彼女が行うと、かなり健全な青少年には刺激的な仕草となる。ジルベリア人の母譲りの白い肌はほんのり朱色に染まっていた。 同じく麗華も徳利を抱えたまま、春の宵口に顔を出す、彼女もブローディアと甲乙つけがたい肉体の持ち主で、ふたりが同時にいると、どちらを見たものか男性的なものなら目のやり所をどうするべきか困る事は、神明に誓って間違いなしである。 「霧絵、まだ梅を見ているみたいよ。飽きないわね。それともあの子が純情すぎるのかしら?」 麗華の言葉にブローディアはしばし頭をひねって──。 「さあ、初恋の相手が梅というのは天儀らしくていいかと」 彼女の事はともあれ、そういう事もあってもいいのでは、とブローディアは思った。 そんな光景を星空が見下ろしていた。 翌朝、朝食を終えた開拓者達は、村長から任務を達成した旨の書類を受け取り、同時に錬が自分の目で甲殻アヤカシが完全に分解した事を確認すると、一同は神楽の都へと繋がる精霊門を目指した。 短い旅路であったが、霧絵の目はあの梅の木に向けられたままであった。 精霊門が閉ざされるまで──。 開拓者ギルドは、報告書などで一同の功績を確認すると、予定通りの報酬を渡すのであった。 「銭のなる音は何に代えても堪らんわ」 疾也が相好を崩した。 これが開拓史第27幕の顛末である。 |