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■オープニング本文 ──不本意だ。 幅二メートル、長さ五十メートルの橋の上で、その男は不本意な事を不本意に思う、幾重な意味で不毛な思考を馬上でしていた。 黒毛の馬はよく手入れされている──してくれる人がいるのだ、最初の自分は、従者も伴わずに旅していた、というのに──しかもその奉仕の料金はタダ、だ。 物質的な安逸さだけを求める人物ならば、それでいいのかもしれない。 しかし、男の恰好、全身を覆う黒い甲冑、黒字に銀で五芒星が描かれた盾、突撃用に壊れる事が前提のランス。腰に履いた剣、それらのものは彼のファンと、彼で一儲けしようとする一団の協賛であった。 近くの街でバードが無敵の黒騎士の歌を詠い、次々と物見高さと、この一帯の流されやすい風習に乗っかった『黒騎士は最強の騎士である』という思いこみをよりイメージ付けした。 ここの村の人々の志体持ちに対するイメージは、『強くて格好いい』か『恰好良くて強い』の二択である。 困った事に黒騎士以前に男は志体持ちであり、開拓者ギルドにも騎士として登録されている。 最初は乱暴を働いた暴漢を片手で捕まえた、普通は志体持ち──開拓者には勝てないが、そんな所から、歓待され、徐々に話が拡大(狼を倒した、などはした)して、最強にして正義の黒騎士という噂が生まれた。ある者はその黒騎士のサポートとして従者になるのも恰好良いとノリノリになって、ある者は黒騎士の勝率に関して賭け事を始めたり、ある者は恰好良い黒騎士のイメージを汚さないために、私財を投じて、立派なイメージを維持してくれようとする。 これで神楽まで噂が飛んでは困る。 その担ぎ上げられた黒騎士である所の、ベネディクト・カノッサはいつ来るともしれない決闘に備えて、逃げるに逃げられない状況になっていた。 根本的に気が弱い、というより自分にすがる人々をがっかりさせたくないのだ、甘い考えである。 挙げた兜の数は1ダースを超えた。 歌の数もそれだけ増えていく。 「フレッド、次の開拓は決まった」 ルーク団長は神乱のいくさが一段落して、しばらく春を楽しんでいた。 しかし、どこかの酒場で流浪の黒騎士が橋を通るものに挑戦し、見事な連勝を重ねていた、という噂を聞きつけたのだ。 勇ましく、高潔──でも、橋が必要な人には迷惑かも。 黒騎士が強そうに見える、というのは俺も認める、何より字面だけでも恰好良い。 まあ、目指さなかったのは、騎士の心から頼りになる親友という方向性で動きたかった──少なくとも、俺は黒騎士は少し恥ずかしいからだ。 あ、自分の紹介か? 俺はフレッド・バート、この山師のリーダーであるルーク・イナスント団長の開拓を記録している。 ルーク・イナスント団長は既婚、娘もいる。話に聞く限りでは名前は漢字だそうだ。 嫁に関しては、聞いた事がない。 困った事にルーク団長は行動力と、若干の資金源があるのだ。 「騎士の挑戦を受けて立ち、どこかの騎士団にその名声を盾に入ろうかな?」 勝つ──という方法論、何も疑問も抱いていないな──。 「やっぱり、華は自分で騎士団を成立して、初代団長、かな?」 一応、この人も開拓者としても、強い部類には入るらしい。 さて、開拓者ギルドで吟遊詩人を集めてフルオーケストラを背景に戦うか──などと頭のネジが外れている発言をしている。 最初からあったのか──言及したくはない。 これが俺の7番冊目の開拓日誌となる。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
風月 秋水(ia9016)
18歳・男・泰
今川誠親(ib1091)
23歳・男・弓 |
■リプレイ本文 「ふーん、橋を渡ろうとする相手に一騎打ちを仕掛けるか。 そらまた酔狂なやつもいたもんやなあ。 ま、それならこちらも楽しませてもらうとするかいな」 俺ことフレッド・バートは、天津疾也(ia0019)の言葉に頷きながら──賭場から響く、小銭の音に耳を弾ませていた。 とりあえず、自分は自分の仕事として、記録をつける。 遍歴の騎士──騎士の中には自らの栄誉、愛する人への愛の証明として、まれに他国人に理解できない名誉や行動様式を発露するの行為があり、それを以て自らの誉れとする者もいる。 まあ、世の中、もっとシンプルな騎士としての生き方があまりメジャーではないからだろう。 自分も武士道を理解できないからお相子だな──と、心の中で陳述していると、ベレー帽とマントのフードが同時にめくりあげられ、もふもふっと自分の髪の毛をかき回している男がいる、 編み笠の下にある若々しい男の顔、そして前もやられた感触のある手の、間違いなく、風月 秋水(ia9016)だな。 「元気、だったか? ん、順調に、成長して、るな」 自分は憮然とした。猫っ毛の髪はベレーに収めるだけでもひと苦労だし、俺を子供──まあ、間違っていないけど、子供扱いするのはな。 「一週間で1センチ伸びるよ」 「‥‥そうか」 そして、物理的衝撃が闘気より早く、俺の肩に直撃する。 「よっす。また会ったなー、フレッド。お前も挑戦するのか?」 若い武人、ルオウ(ia2445)だ。金髪と黄色人種の肌が絶妙なコントラストを生み出している。 「いやぁ、記録者だよ。勇敢な騎士には賢者がつきものでしょ?」 というか、場数を踏みまくったルオウは、素手でも泰拳士の様に鎧を貫通するか、鎧を着込んでいるのが常人なら、まとめてミンチに出来るだろう。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー。おお! 黒騎士って強そうだなー! 俺は赤のが強そうだと思うけどっ!」 心の中がだだもれだ。 「ほう、強いか? それは重畳で、ござ‥‥」 「──? やってもいいぜ、別に」 と、ルオウが金色の視線を秋水に向ける、しかし秋水曰く。 「子供、じゃない。共闘者だ──武人と、して扱っているつもりで、ござる──それとも今現在で、最強クラスの、開拓者を子供扱いできるほど、修練を積んで、おらん」 「え、そんなに強いのかな? 俺」 ルオウがどれだけの開拓依頼をこなしたかは、開拓者リストを調べるだけでも(閲覧を許されるとして)結構な手間になるだろう。 秋水はさらりと、人溜まりのする賭場に向かう。喧しい胴元が『最強の黒騎士』ベネディクト・カリザ相手に次の対戦相手はどれだけ持つかと叫ぶ、手前味噌な雰囲気が充満している。 そこへ秋水が要所要所で流す情報は“開拓者が来た”“凄腕の武闘家襲来”というベネディクトに対して、挑戦者が対等以上に思わせる情報出し。 更に、疾也は疾也で“黒騎士を称えるため近々仕官の話があり、これ以上はこの橋では戦えない”という噂を流す。 やっぱり、口が旨いというか人あしらいの達人だよね。 一方、神鷹 弦一郎(ia5349)が仏頂面で見たのは、橋の向こうに控える天幕にはためく紋章。黒字に銀の鎖で描かれた旗が靡いている。 それを見ると──。 「俺が行っても返り討ち、と決まっている──訳でもないか‥‥弓術士との変則的な戦いは、どうだろうか?」 変則的な戦い、か──それこそ、条件次第では、力量差があってもひっくり返せるのだろうが、それを当人のプライドが許すかどうかだな? それこそ、サムライと弓術士のどちらが強い? と問うのと同じだ。 試合だろうが、実戦だろうがレギュレーションがあれば、互いにその範疇で戦おうとするだろう(ちなみに俺は卑怯は兵法の内と思っている)。 まあ、余白を埋める程度の事だったし、弦一郎にしても実行する気は無いようだ。思考遊技の段階なのだろう。 最後に秋水は賭場に行く。 「これ、で──開拓者一団に──賭ける、でござる」 と、大きな重い音を立てて、袋を胴元に見せつける。その値3000文。 小銭で賭けていた一団からすると、規模は大きい。 ともあれ、自身と他者からの評価が乖離している開拓者である弦一郎が見やれば、橋向こうで小姓を自称する少年少女が手綱をとって、天幕の外へ出し、黒い騎士は馬上の人となる。 (ほぅ、あれが黒騎士さんか‥‥確かに見栄えが良いな。 絶対的には強そうでもある。歌に出るのも納得だ。 しかし、相対的にはどうだろう。吟遊詩人の歌などを分析していると開拓のビギナー ではないだろうが、この一流開拓者の一行とはどんな勝負を見せてくれるやら‥‥。 楽しみにしておこう) 周囲の目利き達に掛け率に大きな影響を与えると、如何にも落ち着いた武者然としている今川誠親(ib1091)が、あえて流した情報である、こちらの手の内を聞くと、賭が成立しない程の大差がついてしまった。 弦一郎が流した情報は、仲間にあわせて、内々の話だが、国元から、腕を試すべく開拓者が使いでやってきたという情報を補強していった。 ともあれ情報戦は、誠親からすると(精神的な意味合いの)劇薬になってしまったか? と危惧する。 「まさか、あの銭の達人が来るとは男が来るとは──」 「若手最強」 村人達が風の噂やら吟遊詩人の曲で名前は知られていた様だ。 若手最強と詠われる(少なくとも自分の知る限りでは、看板に偽りなし)ルオウと並ぶ銭の達人、疾也は『黒騎士』へ、拳を突き出し親指をあげる。 「やっぱり、ここは団長も前に出て──ブラッディ・ウルフ」 親指はルークの方に向けられていた。 「やめてくれ──」 過去のトリガーが入ったのか、ルークが髪をもしゃもしゃとする。 そして弁明する様に。 「いや、紋章の入った盾とか、甲冑とか、貴婦人の愛の証として捧げられた装身具とか持っていないから、行かないよ──今は若い者のじだ‥‥」 「ブラッディ・ウルフ」 「ぬぅう!」 「ブ──」 「──!」 「ブ‥‥レッドは、パンやけど‥‥」 その頃にはルークははるか遠くへと走っていった後だった。 シノビとか泰拳士なみの動きだろう。 「ああ、オモロかった。あれやな、若い頃の過ちを思い出すと居たたまれなくなる奴やろ」 疾也は腹筋のあたりを撫でている。 自分のこの日記も、いずれ若い頃の過ちか? そういえば友達は死んでも自分の日記は見られたくないと主張していたけれど、俺は自分の死後公開される事を前提に、同時代の人間の悪口を書いておく。つまり公開を前提としているという主張だった。互いに交わる事はなさそう。 しかし、開拓者の方に、さらりと使者が来て、話を向けた、この黒騎士騒動の始まりである芸人からだった。 内容はムシが良く。 黒騎士伝説に幕を下ろすのは了承。 次の伝説とならないため、一対一で戦って、降して欲しい(願わなくてもそちらの開拓者の力量を見れば、当然の結果だが)。 ──という懇願だった。 秋水は自分達の力量を公開したのがさすがに不味いのかと仏頂面になる。 そこで互いの意見調整がされるが、収斂すると誰が出る? という事になる。一撃で倒してしまうのは、ほぼ前提。 確かに相手は強い、だがこちらのメンツは徹底的に強い。 誰が行っても黒騎士をのしてしまうだろう。 だが──という事で籤を引く。天運を根性でねじ伏せ、あたり籤を引いたのはルオウであった。 「俺はサムライのルオウ! この橋、通らせてもらうぞ!」 「それは許さぬ、若人が通りたければ、遠回りして別の橋を行くがいい、足腰の鍛錬になる。それを怠るならば怠惰な根性をたたき直す、渡し賃と合わせて払っていけ」 「要は突っ込むぞ、という事だろう? 左様ならば、押し通るぜい!」 鈍い金属音がする。黒騎士のランスが胸甲右脇のランスレストに固定された音と、拍車の付いた脚甲をあぶみに入れる音。 軍馬が良く手入れのされた前足の蹄鉄で、橋を叩く音だ。 そして、ルオウは戦闘の経験から現在の状況を割り出していた。 馬上で蹂躙戦術は基本有利。 横に逃げれば落とされる、後ろに逃れる、あるいは前進すれば槍の餌食になる。橋の幅はよけ続けるには無理。 蹄の音が響く──! ランスが下向き加減に突き降ろされる。 ルオウは横に飛ばなかった。後ろに退かなかった、前に突っ込みもしなかった。 ──上に跳んだ!! 元々が身の軽さを信条とする身。体力だけでは──ないのだ! 「くらえ! 三・練・唐・竹・割ィッ!!」 軍馬の後ろに跨ると腰をひねり、全身を回転させ、珠刀『阿見』の刀身がひらめく! ルオウの三段攻撃は、常人の目には、いや少々実戦を践んだ程度の開拓者でさえ、ひとつの攻撃にしか見えないだろう。 いや、自分はちゃんと見えたよ。 ともあれ、その連打でランスレストが破壊され、巨大な木の槍が河に落ちていく。 しかし、その連撃に気力を使い果たしかかったルオウは馬上でバランスを失する──それを追って、ベネディクトはルオウが河に落ちるのを、引き留める様に──かなわないとなれば、衝撃を出来るだけ与えない様に諸共に河へと落ちていった。 馬だけが所在なげに橋の上に佇む。 「捜索を急ごう」 誠親が川下へと走り出し、それをきっかけにしたかの様に、この場の一同は川沿いに下り出す。 しばらくして、下流では黒い具足が一通りと、マントがかけられたルオウの姿があった。 相打ちである。 天幕へ担ぎ込まれたルオウは意識を取り戻したが、精神的に疲弊している様だ。 周囲からは 一時はルオウが二代目黒騎士という噂があったが、これは開拓者達が懸命に揉み消す。 一応、掛け金は3300文が手に入った。 配分は特に決めてなかったので、3000文を誠親に返す。300文の勝ち分だけの分割とした、金を出した誠親が半分の150文、さらにその半分をルオウ80文として、残りの金額は少々奮発して食事に回す。 今回の殊勲者として、ルオウは上座に回り、ナイフを持って、本日の食事を勝者として切り分けるのであった。 そして、それぞれの道へと戻っていく。交わる事もあるだろう。 「また、な」 秋水は分かれる前に俺の頭をまたもみくしゃにして、寂しげに呟く。 「‥‥次、会った時、撫でられん、かも、な」 その声が聞こえたのは俺だけだった様だ。 開拓者をやめるのか? それとも二度とは帰れないほど、遠くへ行くのだろうか? ──聞けなかった。 いや、きっと自分もルオウの様に戦力として数える時が来て欲しいのだろう。 もう、五月の声が聞こえていた。 これが俺の七冊目の開拓書である。 |