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■オープニング本文 否定する向きもいるかも知れないが、世の中には出来ない事もある、という言葉がある。これは頑張れば出来る、夢は叶う、というその言葉に対して、『開拓者』ですら『ムリっす』としか返答が出来ない事である。 矛盾する様だが、世の中には『泣く子には勝てない』という言葉もある。 今回の依頼は泣く子に勝とうという、矛盾をを止揚しようというプロジェクト−バツである。 ジルべりアでも開拓者ギルドの支部の所在地は人が多く、高級官僚も住んでいる。 ちなみにひとつの都市を維持するには、生産階級がその十倍必要となる。都市の繁栄はこれらの負担の上に成り立っている。 閑話休題。 ジルベリアは過日(まだ終わっていない、という向きもあるが)大規模な反乱があり、開拓者の苦闘の下、南方は安定へのコースに乗っている。 アヤカシ、巨神騎といった存在と戦うために、蒼穹を舞って行た龍と開拓者の姿は、まだ人々の目にはまばゆく映るだろう──そして、その残照を瞳に残した子供がいた。 ローランド・ヤーガ。ジルベリアのとある地方で、乳母日傘で育った5月で6才になる男児である。 引っ越ししたてであり、友達も少ない。 有力貴族とまでは行かないが、高級官僚である家に余裕があり、彼も乗馬などもたしなむ(若様芸ではあるが)、この子が先日の戦いであこがれた者があった。それは『龍』。力強い翼で天を駆け、戦いにおいては最良の相方である。 そして、いつ言い出すか、ヤーガ家では戦々恐々としていたが5月に入って、ローランドは言い出した。 誕生日に龍に乗りたい。 ここまでで、特筆していない事から、ローランドが志体持ちで無い事は、察していただけるだろう。 志体持ちの様な優れた心身でなければ、龍を駆る事は不可能に近いだろう。 父親は、新しい馬が欲しくないか? と話をそらし。 母親は、誕生日に盛大なお祝いを──と、やはり話をずらす。 押して駄目なら退いてみて、それでも駄目なら突き破る、とやったがローランドのあこがれは強かった。 執事は徐に、開拓者ギルドで相談が出来ないか、試してみます、と折衷案を出そうとした。 そして、ローランドはひとりで乗りたい、という周囲の空気を読まない発言をする。 結局誕生日パーティーに龍を見せてあげよう、という玉虫色の結果となった。 開拓者ギルドでは──ひとりで龍に乗るのは、普通の人、それも子供なら、やめた方がいい。どうしても、というなら開拓者に話は出しますが──と、事実上の白旗掲揚であった。 執事からは、誕生日パーティーに参加してくださる開拓者とその龍を迎える、別荘を空けて待っている、という形で開拓者達を悩ます迷惑の埋め合わせしようとした。義理である。 さて、これが如何なる結果を生むか? 開拓記第36幕開幕。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
庚(ia0980)
13歳・男・巫
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
鷹王(ia8885)
27歳・男・シ
今川誠親(ib1091)
23歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ジルベリアの短い春のその一コマ。 ローランド少年の誕生日パーティーには、血族や父親の業務としてのつきあい以上でしかない人たちに加えて──龍がいる! というインパクトがあった。加えて、その龍が何頭もいれば、ローランド少年としても鼻が高い‥‥と、思いたい。 その会場で、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は少年がいつ自分ひとりで龍に乗りたい、と言い出すか、心配であった。 とりあえずは自分の大皿に肉、乳製品、魚介類を避けたサラダ風に見える盛りつけを作り上げていく。 傍らの風葉の朋友である人妖──二階堂ましら──は可愛らしい人形に見える、しかし歴とした生命体である。 こちらもましらなりの上品の基準で、更に食事を盛りつけていく。陰陽術の秘技である人妖は人々の目を惹いた。 しかし、風葉は知らぬ顔である。 彼女は他人のフォローには入るつもりだ。しかし、能動的に動くとすれば、ローランド少年が問題発言をしてからであろう。 庚(ia0980)はローランド少年に正式な挨拶を交わしに行く。 この庚という人物は、黒髪と対照的な不健康な肌の白みでに加え、少年とも少女とも取れない、儚げな印象を大体の人々に印象づける。 周囲はローランド少年と接触した庚に向けられる。 それを意に介した風もなく──。 「お誕生日おめでとうございます‥‥基本、龍は力も強いですしなぁ。 龍にその気はなくても、坊ちゃんや他の人に怪我をさせたり迷惑をかけたら、困ったり大変なのは坊ちゃんだけでは済みませんえ? 龍かて多分、殺されてしまいます。 せっかくのお誕生日にそんなんは愉しないですやろ」 「じゃあ、そんな事を心配しながら龍を扱っているの?」 「──‥‥」 その言葉を感じ取ったのか、龍達の囲いの中から、庚の朋友である清姫がじっと庚を見ている。 少なく見積もっても、庚はその心配をしながら乗っているという自覚はなかった。 開拓者ギルドに入って間もなく、相方である炎龍と引き合わされて、このパーティーに向かったのである。 庚の朋友『清姫』は炎龍である。 種族の傾向ならば、直情径行という良くも悪くも取れる噂が先行している炎龍だ。 「うちの炎龍は気性が激しいさかい、初めて乗るなら甲龍か俊龍をお薦めしますわ」 玉虫色の表情の中、口実をつけて庚はローランド少年の前を辞した。 そこへ、朋友のレッドキャップを脇に従え、人々がどよめく中を、赤毛の泰拳士、赤マント(ia3521)が、ローランド少年に誕生日の挨拶をする。 レッドキャップという巨体を連れたのは、実際に駿龍という現物で、ローランドの好奇心をへし折る為である。 後ろから風葉が、それは悪手では? と焦っているが、言葉を介さずに自分の意志を他人に伝える手段は激しく限られている。相手はこちらを見ていないのでは絶望的だ。 「これが僕のパートナー、レッドキャップだよ。早いんだ」 炎龍を思わせる赤い全身だが、実質は俊龍であった。 短めの首に巻かれた布(使い込んだマフラー)が空を飛ぶとき、如何にも映えそうな印象を与える。 赤マント、いや朱猫(あかね)は、速さに憧れを持ち、開拓者になった冥越出身の開拓者である。 故郷の伝承にある神速の英雄から名前を拝借している。伝承に伝わる『赤い色は神速を齎す』を信じているが、『神速』という言葉はジルベリア語で微妙にニュアンスを変えて表現している。 ジルベリアでは神と言えば、皇帝であり、その存在と絡む表現をすると、様々なニュアンスを考える必要もあった。 「へー、そうなんだー? じゃあ、乗ってみたいなー」 「いやぁ、それはレッドキャップが寂しがるからね、悪いけど、僕も一緒じゃないと、ね。僕はレッドキャップに絶対の信頼を持っているけど、その揺り戻しかな? 僕以外は──」 明朗な赤マントの口調に対して、ローランド少年は唇を噛み破りそうな面持ちで呟いた。 「要するに『ぼくひとり』では乗せたくないんだね」 子供なのに一刀両断な物言いであった。 その表情は、まったく赤マントの言葉に納得をしていない事を示している。 「じゃあ‥‥別の龍で飛ぶよ──じゃあ、楽しんでいってね」 「大丈夫だよ! 楽しみ方は色々あるから! レッドキャップとふたり乗りしたくなったら呼んでよね!!」 そんな赤い群像を見やりつつ、龍の収まる柵の中に向かい──。 「なあ、石榴、あの招待主どう思う?」 自分の龍『石榴』と以心伝心の仲である雲母(ia6295)は煙管をくわえたまま、赤マントの顛末を見ていた。 雲母としても子供の夢を潰す方向に依頼を向けるのは、複雑な心境があるのだろう──しかし『現実』は厳しいものだ。 将来に鍛えに鍛え抜けば、駆け出しの開拓者なみの能力を得る可能性は否定できない(零にどれだけ近い条件へのチャレンジだろうが)。 だが、志体を持っていなければ、様々な技術の公使は期待出来ない。 そもそも開拓者ギルドに加入できない以上、貴族に成り上がって、龍を養うだけの立場にでもならなければ、龍との日常的な接触はないだろう。 開拓者と貴族、どちらのルートから目指しても道のりは遠い。 龍に乗るというだけの夢を叶えるために、少年が一生かかってもたどり着けないかもしれない道を選べるだろうか? それは疑問であった。 「夢を砕く最後の一撃は私になりそうだな、所詮、血塗られた道だ」 石榴は残った唯一の瞳で悲しげな視線を送った。 この龍としても主の想いは判るのだろう。 そして、主以外に背を許さないだろうという石榴の意志も雲母が理解し、尊重している事も、分かっているようだ。 そして、雲母は少年の前で形式的なやり取りをした後、腰からすらりと鞘ごと剣を抜く。 彼女が手にしたのはカッツバルゲルという、古語で『喧嘩好き』と分類される得物だ。 主に使う徒党を組んでいる傭兵が、酒場の乱闘などで用いるのが名の由来とされている、らしい。 ともあれ、その重みはローランド少年は両手で柄を握りしめて、尚、先端が芝生に触れるほどであった。 何の気も無しに受け取ったローランド少年は畏怖の目で雲母を見る。 「その剣を真っ直ぐ触れる程度に強くなれ。 いいか、小僧‥‥世の中はお前が思っている以上に広い、だからもっと大きくなって自分の龍を探せる位までに大きくなれ」 「嫌だ。ひとりで飛ぶ、ひとりで乗るんだ。『今』乗りたいんだ──」 「若いな──だが‥‥」 そこへ鷹王(ia8885)が割って入る。 「まあ、今はムリだったり、判らん事でも、子供は育つものやからな。 お誕生日、おめでとさん。試しに一緒に乗る──いうは、如何や? 雲母はんの龍は気むずかしいさかい、うちの那智なら、僕らが見ている上で龍に触るのは、責任もってやらせてもらいますぅ。 あぁ、それでは納得できへんか──参ったな。 でも乗せたり触らせたりは、気性のおとなしい甲龍や俊龍とかがよろしいやろ。 炎龍は不向きですわ──」 と、囲いの中にいる『那智』に眠たげな、しかし、内在する意志を感じる視線を送った。 那智は俊龍であり、極端な性格は持っていない。 自画自賛という訳ではないだろうが、炎龍ではないという条件は満たしてはいる。 「まあ、それはそうだね。龍を飛ばすのは、馬に乗るより難しいよ、いきなりひとりで乗るのは勧められないね」 と風葉が納得する。 「せやから、誰か一緒にぼんが載らへんか? ぼんが選ぶ事や。炎龍でもなければ、よほどの事をせんと暴れんやろうから、好きな開拓者を見繕ってはどうや」 端正な顔立ち、しかし眠たげな細目で鷹王は周囲を見渡し、最後にローランド少年に視線を向ける。 開拓者はローランド少年の夢をある程度かなえた方が、まったく駄目とするよりは少年自身も気分が良いだろうと思っていた。だが現実を考えると、一人で乗るのには否定的にならざる得ないという点で、様々な意図はあれ、道を同じくしている。 鷹王は声を低めて──。 「龍に乗ってもらう時には、事故が起こらへん様にするさかい、フォローで飛んでもらいますわ? それで如何──」 そのまま、細い目を更に細めて──。 「──その辺で手打ちできまへんか?」 「じゃあ、あの赤い龍」 ローランド少年が選んだのは、赤い龍、レッドキャップであった。 赤マントと視線が合うと、近寄ってくる。 「一応、先に言っておくけど、背中に乗って飛ばすだけだから」 まず、主である彼女が背の鞍に乗り、鞍袋から何本かのハーネスを取り出し、ローランド少年の固定具として準備を始める。 策具を頼りにローランド少年が上ると、体勢の関係上、赤マントは後ろからフォローする旨を伝える。そこでさらりとフォローを入れるのは力量関係ではなく、普段乗らない位置関係の都合と、軽く、しかしきっちりと念を押しておく。 黄昏に向かう街の周囲を辿る様にレッドキャップが羽ばたく。 周囲の人々からどよめきが漏れる。 龍が飛ぶのは当たり前だが、ローランド少年が乗っているのに、驚いたフリだけでも見せるのは、主催者への処世術だろう。 風がふたりと一頭を包む。 更に雲母の石榴、庚の清姫、鷹王の那智が連なっていく。どれかに風葉がましらを乗せたようだが、見えにくいように伏せているようだ。 万が一のフォローという皆の意図はどうあれ、子供の誕生日という原点に還ると、勇壮きわまりない光景である。 「夕日に手が届きそうだ!」 「ああ、そこまで飛んだら、レッドキャップの眼が眩むから」 「本当?」 「さて、夕日を追尾した事はないからな──今度は追いかけてみようか」 しばらくの遊覧飛行の後、レッドキャップは大地に降り立った。続けて各員にも着地し、人々の拍手を受ける。 赤マントは単独飛行で曲芸まがいの機動をしようかと践んでいたが、ローランド少年に力量ではない、と明言しながら、自分だけならこんなに飛べるとアピールするのは、障りがあるだろうと判断。 暗くなってきた事もその判断に拍車をかける。 そして、夕日が落ちかかる頃、簡単な父親のスピーチを契機にしてパーティーは解散した。 子供は家に。そうでない大人は、大人なりのつきあいがあるのだろう。 三々五々散っていく中、龍達をローランド少年は複雑な感情で見つめている。 一通り誕生日会が終わったところで、風葉はローランド少年ににんまり、と笑って優しくげんこつを入れる。 「アンタさ‥‥アンタが今日、龍に乗りたいといっただけでに家族の人達がどれだけ苦労したと思ってんの? 開拓者になりたいって子が、お父さんお母さん困らせてどーすんの」 風葉の言葉にローランド少年はさっぱり意味がわからない体である。 そもそも開拓者になりたいのではない、自分は龍を飛ばしたいのだ、自分の力で。 だから、開拓者、社会人である風葉の言うことが何を示すのか、わからない。 そこで相好を風葉は崩す。 「‥‥いーじゃん。アンタがこれから大きくなって、強くなって、龍に乗れる一般人になればいーじゃん」 ローランド少年は余計混乱した。一体、何が言いたいのだ? 「その為にも、お父さんお母さんの言うことはちゃんと聞くこと。我儘は程ほどにすること。いーね? アタシとの約束」 「いやだ!」 心からの叫びであった。 ローランド少年に対して風葉としては『話の判る、いい大人』として、いい話で終わらせようとしたのだろうが、会ったばかりの相手が対象では、そう思うかどうかはまるで別の話であった。 すくなくとも他人に小突かれることもないお坊ちゃんのローランド少年にとっては、いきなり乱暴に触れてきて、よくわからないことを言う人と見えた。他の開拓者も、結局ひとりで龍に乗る事を拒否したと、今更ながらに不満が募る。 風葉の目の前で涙を流しながら、ローランド少年は自分の部屋へと走り去っていった。 その光景を煙管を加えながら雲母は石榴に言葉によらず、ローランド少年を乗せてくれるかと問うた。反応は、ない。 そして雲母は頷いた。 傷跡だらけの駿龍、石榴は子供を好きでいると思っていたのは雲母だけの様であった。朋友と気持を分かち合える様な気がしたのだが。まあ、言葉を交わす人間とて思う方向に会話が成立するとは限らない。 「お前は覇王の乗騎だな、まさしく」 そう言葉に出すと、納得したのか、石榴も隻眼の残った片眼も細め、呼吸を整える。 後日、開拓者ギルドへの報告書には、ローランド少年が『一人で龍に乗ること』を諦めていないようだと記された。 志体を持つ人間と、持たない人間の間には、同じ人間であるが故に余計に高い壁がある。 最初から困難な依頼だったが、大人びた言葉は使っても6歳の、一般人の子供にはそれが分からず、分かってもらうことも出来なかったのだ。 ──開拓記第36幕閉幕。 |