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■オープニング本文 ジルベリアの重々しげな帝都の町並みを物珍しげに見る淑女。ジリベリア人らしい青い髪を結い上げた十代終わり、やや流行遅れのドレスを着込んでいる──おそらく人種も国籍もジルベリア人である──が、開拓者ギルドへと入っていった。 日傘をさしかけ、お仕着せを着込んだ従者も数人、続けて入っていく。 しかし、様々な表記と一癖もふた癖もある開拓者を見て、どう動くべきか、迷っている。どうやらギルドに来たのは初めてと見た係員が、そこへ説明にはいる。 貴婦人の名前はトリア(三十文字ほど省略)・エルビエというジルベリア貴族である。 その地方の風俗を知っているものが見れば、彼女は現在喪に服しているというのを察する事が出来るだろう。 もちろん、係員も気付き、身分をおもんばかって、貴賓室向けの間へと通される。 「帝都は暑いのですね、この世界にこんなに暑い所があるとは思いませんでした」 以下、しばらく平凡なやり取りが続き、係員は彼女の依頼を聞き出そうとする。 「亡くなった祖母の遺した箱を開けて欲しいのです」 開けて欲しい、という事は力任せにたたき壊すのでは無いのだろうと、係員は空気を読む。 その人の頭ほどもありそうな──重く、動かしても、中で何か動く音がしない──箱には横に並んだ、縦の7つの切れ目が入っており、祖母が幼いときにくれた指輪が嵌るらしい。 トリアが小さな宝石箱から取り出したのは、3つの金剛石の指輪、2つの黄石の指輪、2つの青石の指輪、4つの緑石の指輪、1つの紅石の指輪、2つの紫水晶の指輪である。宝石そのものは小降りで、指輪自体も恐らく真鍮で作られた簡素なものである。 全て同じ意匠で縦の切れ目に嵌りそうに思える。 「遺言で、困ったら、開けてみなさい。自分にそれだけの知恵がなければ、他人の知恵を使いなさい、と」 「で、開拓者ギルドを頼るのが近道と判断した訳ですね」 「思い人がいるのですが、持参金が準備できないので」 良く判らないが、ジルベリアの古語で記されている。 『試すのは10回まで』 多分、10回失敗すると、何か起こるのだろう。 だが、何が起こるかは、判らなかった。 専門の組織で鑑定すれば、判るかも知れないが、どの程度の相場かが判らない。 で、様々なオーソリティーのいるギルドに託したのだ。 「ご依頼受けましょう」 実際の作業は帝都のホテルの一階を借り切って、そこで行いたいという意向を受けた。 彼女にとっては帝都はまだ珍しい環境のようである。 ──第37幕の開拓が始まる。 |
■参加者一覧
美空(ia0225)
13歳・女・砂
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
音影蜜葉(ib0950)
19歳・女・騎
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ──ジルベリア、夏。 雲母(ia6295)は現在、何かが封じられた箱の資料がないか、宝石屋などに聞いて回っている。 彼女の興味の対象は宝石の順番でも、箱の中身でもない、箱そのものであった。 どの様な技術が可能とするのか。 しかし、その聞き込みの返答に関するリアクションは大体同じであった。 「言葉を飾るな、判らないと言え」 彼女は容赦ない。 「空振りか」 柔らかそうな黄色と黒の縞が印象的なトラの獣人少年の羽喰 琥珀(ib3263)は個人で婚約者の調査をすすめた。 名はシャバット。 大雑把な評価すると『いい人』である。 依頼人のタリアが持参金を持ってまで結婚する相手であるが、病弱な姪がいるのが判る程度、少なくとも人柄は琥珀レベルでは“一生懸命生きている人”だった。 「多分こういう人って、ストッパーがいた方が良いからな、タリアさん大丈夫かな?」 雲母と琥珀が帰ってくると、ホテルの借り切った階層で、小柄にして黒金の砦が僅かな隙間から目を光らせた。 そして、呟き。 「この! 完璧な叡智に敗北無し! これが美空の答えだ!」 美空(ia0225)が箱の中の秘密、それを叡智の光を以て引きずり出す‥‥つもりである。。 まあ、怪しい箱に指輪を差し込んでいるだけなのだが、もちろん彼女も現場百編をモットーに、タリアの箱を調べた。 ちなみにモットーは結果を出せなかった。 そして、思考は行動に移されようとしていた。 (指輪の宝石で種類まで指定されているのは金剛石=ダイアモンドのみ。 後は不明、ならば賭ける) しかし、判らない。 宝石屋や質屋での鑑定も考えられるが、一巡りしてからでも遅くはない。 「では発表」 甲の奥から叡智の光が渦巻いた。 「七つのスリットと宝石が箱開封の肝であります。 宝石で思い当たるの石言葉。『七』で思い当たるのは『七つの美徳』」 タリアが見つめる中、美空は小柄な体を精一杯背伸びさせて、己の論旨を展開し、実行に移す。 『信 仰』グリーンスピネル 緑 『自制心』エメラルド 緑 『智 恵』アクアマリン 青 『 愛 』アメジスト 紫 『希 望』トパーズ 黄 『賢 明』サファイア 青 『正 義』ロードクロサイト 赤 と見立て、順不同で差し込む。 そして紅石を差し込んで、何かが起きるのを期待したが、何も起きなかった。 皆はしばし、沈黙した。 変化は無い。 時間は判らないが、誰とも無く、指輪をスリットから外す。 振り出しに戻った。 しかし、次の挑戦者である、リン・ローウェル(ib2964)が眼帯の蒸れを微妙に気にしながら、箱の前にて挑む。 少年が目指すは荒野にして叡智という可能性。 (亡くなった老婦人が最愛の孫に送った最期の贈り物、か‥‥それにしてはかなり凝った謎かけを遺して行ったようだな) 「僕が考案したのは以下のふたつだ。と言っても片方はまだ順番が決まってない、端的に言えば、一つしか思いついていない‥‥なので一つ目で考えた。どこかの地方で扱われている誕生石に当てはめて、指輪を嵌めてみよう」 紫水晶から金剛石、緑石の次は紅石につなげて青石、黄石に紫水晶。 リンは自説に従い、淀みなく宝石を連ねていく。 結果は変わらず、可能性のひとつが潰えた事が証明された。 「‥‥ふっ、所詮は偶然の産物か。まあ当たらなくて悔しくない、と言えば嘘になるがな」 その表情は悔しさをかいま見せない。 一呼吸置くと。 「一応、それぞれの石の名称をジルベリア語から古文に変換し、それぞれの個数と同じ数字、そう例えば、ふたつ目ならなら最初から二番目の文字を拾っていく。 すると大雑把にA、O、A、R、R、Mとなる。 そしてこの6つの文字のどれかと同じ文字を一文字だけ加え並べ替えると‥‥何かの単語になる可能性もあるがその先は残念ながら今回は分からなかった。一応何かのヒントになるかもしれないので説明だけはしておこう。 開ける参考というより、開かないパターンの解説だな、負け惜しみだ」 作った人間の思考パターンが過剰にがひねくれていて、スリット七つに、六つあるいは、更に少数だけはめ込む、という事が正解だとしたら、まず正解は出ないだろう。 緊張がホテルを包む。 しかし、残った者の答えは同じ。 問題は誰がやるか、である。 別に誰がやったからといって、結果が変わるとは思えないが。 「まあいい事だ。答えは決まっている。捜し物をしている間に、先に越されていたら癪に障ったが」 と、雲母がポコポコと兜の頭を叩く。 音影蜜葉(ib0950)もひとつの提案をした。というより同じ答えに行き着いた。 もう一人の提案者、ルーディ・ガーランド(ib0966)曰く。 「この手のアクセサリ類なんかは、僕みたいなのよりも女の子の方が詳しんじゃないかと思うけど」 ルディを見るが、視線を外された。 「リガードリング、というのがあってな。 一つの指輪に宝石を並べて、その頭文字で愛の言葉を表現するんだそうだ」 メッセージリングとも呼ぶ。センチメンタルジュエリーと呼ばれる、宝石を使った装身具の一種。 例えば一番良く使われたREGUARD、敬愛する、見守る、好意、愛情のニュアンスを説明。といい、宝石の講釈をひとしきり語って 蜜葉がそれに確認を入れていく。 「さしずめ、リガードボックス‥‥とでも言ったところかな、と僕は見てるんだけど」 後はこれらで、どういう言葉を作るか。 「‥‥まあともかく、色々やってみるとしようぜ。本当に今の話のかどうかも分からないしさ」 では、と蜜葉が挑む。 予想はエルビエから、HERBIERとなる様に、頭文字を宝石のアルファベット順に拾っていく。 エメラルド、ルビーと填めようとするが、ルビーの数が足りず、断念。 「回数は無駄遣いするなよ。なーに、答えは判っているがな」 もちろん謎を解いた自負は雲母にある。 ゆえに余裕。 箱を開ける事で何が起きる、あるいは中に何があるかは判らないが、途中の過程で悪くない結果を出すかどうかは、当人次第だ しかし、みなは『これ一つしかない』という考えがあった。 「なるほど‥‥元の持ち主がどのような想いで受け継いだのかを知りえなければヒントその物が無い‥‥と」 蜜葉は無表情に呟く、まるで何が出るかを恐れているかのように。 美空が神妙な面持ちで、ダイアモンドを最初のスリットに。 煙管をくわえながら雲母はエメラルドを。 蜜葉は慎重に紫水晶を。 ルーディ・ガーランドは自信ありげにルビーを。 リン・ローウェルは無心でエメラルドを。 羽喰 琥珀は期待に目を光らせてサファイヤを。 雲母曰く。 淀みなく、差し込んでいく開拓者に対し、謎を解けないタリアに雲母は告げる。 「自分の人生位、考えろ。なーに、相手の実情を知っているのなら、とまどう事はない」 タリアはトパーズを差し込んだ。 それぞれの宝石の頭文字はDEAREST──最愛なる者を意味する。 うすうす皆が気付いていた答えである。 雲母はその瞬間、箱を回収、後に転用できる技術と期待するが、箱はバラバラになり、個々の部品に関する技術は不明となった。 雲母は一瞬、煙管を吐き捨てたい衝動に駆られたが、たかが古典技術のひとつを会得できないだけで、徒に感情を露出するのは覇王として相応しくない、という思いが勝った。 しかし、蜜葉は非常に落胆した表情であった。 「──‥‥」 呟きは声にならない。 中にあったのは様々な皇帝家の吉事を記念したメダルのコレクション。貴金属であり、骨董品としても価値がある。 それが天鵞絨に包まれて十数枚はあった。 中間を省く、タリアはこの金から、開拓者に金を出す。連戦錬磨の開拓者には小銭程度でも、駆け出しには大きな意味がある金だ。 「本当は千枚出せればいいのですが」 「まあ、その方が切りが良いしね。でも、シャバットさんって面白そうな人だな。タリアさんで好きなら、いい家族を作れると思うよ──姪がいるって話だけど、子供に親はいた方がいい──まあ、姪を娘として扱うって事に納得がいけば、でもシャバットさんはいい人だよ」 琥珀の苦い記憶がフラッシュバックする。理不尽に親が死に、頼れる人もなく、彷徨った日々。生きる事にすら目的はない。しかし、瀕死となった自分を懸命に看護してくれた人はいた。 「そうだな‥‥子供に親は必要だ」 雲母が相変わらずの甲冑姿をした美空を見て、一瞬遠い目をした。煙管を落としかけた──様に見えたが、次の瞬間にくわえ直す。 これで9人が幸せ──だが蜜葉は言う。 「こんなもので、幸せが得られると考えていますか? 持参金のなければ保てない愛情など──正直納得できません」 「では大事な事をもうしますね。シャバット様は別に持参金など構わないと仰いました。けれども持参金を持って嫁ぐのが、私の氏族の当然。あの箱を開ける事を選んだのは、私の我侭です」 「貴女の幸せの為ならば、手放してしまう事を御婆様もお許しになるでしょう‥。けれど、貴女はそれで宜しいのですか?」 「叶うなら、このメダルのままで手元に置きたいのですが‥‥式を挙げるとなるとどうしても」 蜜葉としては言いたい事もあったが飲み込む。 そして3人の家族、そして開拓者は少しずつ幸せになった。 シャバットとタリアは籍を入れるが、結婚式は開かないようだ。 ──第37の開拓、閉幕。 |