|
■オープニング本文 とある地方、そこは森に囲まれし山の大気は澄み、その森の端を掠めるかのような、清流の川面にたゆたいしは照らす天空の様相。 夏辺の宵には、仄かな光を添える蛍たちが舞う。その地方の領主はこの風物誌を、民と共に分かち合っていた。 「タマキ兄ちゃん。どうして蛍、光っているのかな?」 「莫迦だな、ユウジは。蛍が光るのはきっと、精霊のお力だよ」 裏付けはない、しかし、自信に満ちた言葉。 様々な問いかけを交わしながら、十にみたぬ幼い兄弟が光に目を遊ばせながら、夏の初めを人々と共に楽しんでいた。 しかし、人々の息抜きの時間を甲高い叫びが切り裂く。 高さ20メートルの森の木々の下を徘徊する醜い粘液状のアヤカシ──。 瘴気に満ちた森でなくとも、偶発的にアヤカシが存在する事は良く知られている。開拓者はもちろん、市井の子供でも知っている事であった。 人々は理不尽な存在に恐怖する。 宵の事故、人々が迷わぬようにと、領主からさし向けられていた、常人の老侍が配下に号を発する。 一番槍の若武者が軟泥に突きかかるが、深傷を与えたようはなく、じりじりと若武者を肉体に飲み込んでいく。 骨の砕ける音が響く。 人々もこれは人間の手の出せる相手ではないと、腹を括り、山から撤退していく。 軟泥は乾きを潤すかのように川端へと降りていく。蛍は水清らかな地にしか子孫を残せない、このままでは今年だけではなく、来年以降も蛍を見る事は適わない。 開拓者に依頼が回された。川の水質を維持する事。アヤカシ退治が求められる結果ではない。 繰り返す、求められる結果は水質の維持。 開拓者の冒険2本目。 |
■参加者一覧
幸乃(ia0035)
22歳・女・巫
春風霧亥(ia0507)
24歳・男・巫
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
美和(ia0711)
22歳・女・陰
パンプキン博士(ia0961)
26歳・男・陰
右意 次郎(ia1072)
26歳・男・志
桐(ia1102)
14歳・男・巫
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ |
■リプレイ本文 日輪が執拗に照りつける中、川面は不穏な空気を漂わせていた粘泥(軟泥と開拓者ギルドで記されていたのは過ちである。伏して謝罪する)が、所在なげに、午後の日々を過ごしていた。 しかし、開拓者ギルドから派遣されてきた8人の開拓者は自分たちの予想が外れていた事に舌打ちせざるを得ない。 ───ここで少々時系列は巻戻る。 開拓者ギルドは喧噪に包まれていた。エネルギッシュな、自分の運と力量次第でどこまでも高みに登っていける。氏族という枷から外れる聖域とも言える場所である。 「時間勝負だ。一言喋っている間にも時はムダに費える、それくらいは開拓者ギルドに急ぎの仕事を持ち込まれたくらいで十分判らないか。それとも肩の上に乗っているのはスイカか何かか?」 緑色の美髪と、紫色の瞳という、エキゾチックな容貌の持ち主である、美和(ia0711)が、開拓者ギルドから一刻を争うという理由から、馬を貸し出してもらい、それにより迅速な移動をできるようにならないか、と打診したが、開拓者ギルドは馬の貸し出しに消極的である。少なくとも馬はアヤカシに対抗できる手段は持っていない。龍の投入が出来ればベストだが、そうもいかないのが現状であった。 感情的に、そして矢継ぎ早に美和は開拓者ギルドにまくしたてるが、そんな彼女の肩に沈黙しつつ、手を置く輝夜(ia1150)。小兵なれど、開拓者としては現在の所では、もっとも経験を積んだ女傑である。 「我にはアヤカシを退治するくらいしか能が無いゆえな。多分馬を調達する為にこれ以上、時間を用いるより、仙人骨を持つ我らが走った方が速い」 既に領主の元へは、開拓者ギルドの風信術によって、依頼主に予め、準備を依頼していた。 粘泥を落とす為の、穴掘用道具。良燃性の油を出来るだけ、これはあるだけしか調達できない、急ぎ故多量には無理であった。粘泥の粘性を殺す為の、乾燥した砂。落とし穴を準備する為の、川から少し離れた空き地の使用許可。そして問題なく、着火用の松明は手配できた。 「馬が手配できぬか? ふははは、ならば、良かろう。その条件、我への挑戦と受け取った!!」 朝日を背に、人に妙に言いしれぬ不安を与える人物──シルクハットを乗せた南瓜頭の巨漢(もちろん、南瓜頭は飾りである。本当に南瓜頭なら、アヤカシであろう)が、開拓者ギルドのカウンターに右手をおき、腰に左手を当てて、高らかに宣言する。忘れにくい名前のパンプキン博士(ia0961)だ。本名は、パンギア・プロイツェフ・キンベルナイトだが、開拓者ギルドの書類でのみ、そう呼称される(らしい)。パンプキンが姓で、博士が名前という事ではないようだ、多分。 「それはともあれ、我が参加する以上、万難回避、万事解決。 我こそ天才的陰陽研究家プロフェッサーパンプキンである! ふは、ふはははははは!」 と続ける。 北条氏祗(ia0573)はさらりと、知らない人のフリをしつつ。 「で、馬に関する開拓者ギルドのご託は、もう良いとして、馬は無理だから走って、川まで行けばいいのだな? この『三嶋大社の武神』が披露する『北条二刀流』の晴れ舞台、待たされるのは飽きたのだがな? 我が名は三嶋大社の武神、北条氏祗である! 我が二刀流の錆になりたい者は掛って来い。北条の武、アヤカシにも教えてやる」 如何にもいくさに駆り立てられる、もののふの言葉であった。 赤褐色の肌に緑色の瞳の巫女、幸乃(ia0035)は、言い合いに加わる気はなく、さらりと『粘泥』に関する事を調べていた。 (粘泥、粘液状のアヤカシ、別に乾燥に弱いという事はないので、川で水を求めてるという訳ではない。 近づいたら駄目そうなアヤカシなので近接戦は避けたい。ハルに任せて、援護に徹せればいいのかな? 多かれ少なかれアヤカシの意図は人を食らう事のみ。少なくとも粘泥は言葉を解する知性はない) 「幸乃? 何か判りましたか」 春風霧亥(ia0507)が、親友の幸乃に問う。 「多分、ハルの喜ばない事。アヤカシは人を食う。単純かもしれないけど、今のままでは人と───‥‥」 「わかり合えない、なんてそんな事は言わないでください。きっと、何か方法があるかもしれません、今はまだ見えないだけで。 そう、なるべくならばアヤカシの命とて奪いたくはないのですが‥‥‥仕方ないのでしょうか。 出来れば岩清水程度で渇きを癒してこの場から去ってくれれば───」 アヤカシの命を奪いたくない、という言葉に、開拓者ギルドで様々な波紋が起きる。大半は、現実を知らない理想主義者と思われての反発であったらしい。 「アヤカシは無限に餓える、飢えを押さえるのは、人の命のみ」 幸乃が霧亥にそう宣告した。 「何、難しく考えてるんだ?」 右意 次郎(ia1072)がふたりの間に加わる。 次郎の精悍な肉体は、元々、習い程度の武技を元にほぼ我流で鍛えた無手勝流を身上とした結果、力任せに押し斬る事が多くなり勝ちである。しかし、その為、逞しく鍛えられているは肩や腕、背中とは、打って変わって腹は少し出ている。 「俺は一応、志士としての修行をしたけど、まあ向いているのが、志士だったってだけで、巫女でも陰陽師でも面白そうなら、何でも良かったんだけど。それでも、やっぱり、そういう小難しく考えるのが必要だっていうなら、志士で正解だったのかもな」 「それも少し難しいかもー」 場違いに幼く見える、白子を連想させる外見の少年、桐(ia1102)はにっこりと微笑むと次郎を見上げた。 「私は粘泥に関しては難しく考えていません。蛍はこの季節の風物詩だし、観てて和んじゃう綺麗さだから、これからも安心して見れるよう粘泥を追い払ってしまわないと、私が考えているのはそれだけでですよー」 「それだけに命を賭けられるのか?」 「あなたはどうですかー?」 桐の言葉に次郎はにやりと笑った。 「奴に川端へ入られちまったら、下流の村や農作物にも被害が及び、人々の死活問題になっちまう! 蛍と人々を守るため、皆急ごうぜ!」 「蛍の方が先なんですね、私も嫌いじゃないですけど、そういう考え方ー」 桐が赤い目を細めた。 そして時は戻る。 念を入れて、次郎が、パンプキン博士の示唆で心眼を発動させる。 「フー、趣味と能力の不一致ってな、こういう事を言うんだろうぜ?」 幸い、川辺にいるのが依頼された粘泥の様だ。 輝夜、次郎、氏祗が穴を掘っている中、距離を置いて、開拓者は穴におびき寄せるまで、気配を感じられないように気を配る。 そして、粘泥が興味を他に示す前に、穴を掘り終える。 美和が砕魂符を立て続けに投げて、粘泥に大きなダメージを与える、灰色の泥が爆ぜた! 幸乃の調査通り、物理攻撃には強くとも、知覚に依存した攻撃は有効なようだ。 「戦況変ずれば武の華もまた万変す、これ即ち『戦変万華』なり!」 泰弓を激しく打ち据える輝夜。しかし、刺さっても大した威力にはならない。急所らしい急所がないのだろう。 一本の矢が空しく河原に突き立つ。 「!」 それに意を能くした訳ではないだろうが、粘泥は前進し、バランスを崩して落とし穴の中にはまりこむ。 「こっちの水は甘いぞー、である。南瓜だけになっ!!」 とパンプキン博士は囃しながら、斬撃符と砕魂符のコンボで粘泥を責め立てる。 「ふははは! 天才は騙せぬ!! どうやらこれが汝の苦手の様であるな! ほれ、これか! これがええのんかー!?」 高い所から、呪符をばらまき、果敢に責め立てるパンプキン博士。 しかし、全力で飛び出してきた粘泥に一瞬気を取られる。 (いかん、このまま巻き込まれたら焼南瓜になってしまうのであーる) 氏祗は連打で再び粘泥の上方から砂の入った樽を落とし込み、バランスを崩した粘泥を落とし穴に落とし込む。 「武神を舐めるな! そこが貴様の死に場所だ!」 「‥‥」 幸乃の舞いが仲間に力を与える。しかし、それ以上はしなかった。 「おらッ、景気付けの一発をくれてやる! 遠慮せずに持ってけや!」 次郎はそう言って炎と燃えるロングボウから一矢を放つ。 油塗れになった粘泥は一気に燃え上がった。 霧亥はそんな光景を悲しげに見ていた。 アヤカシが存在し、開拓者が存在する。どこまでが精霊の望んでいた世界なのだろうか? と。 「さようなら。永遠に」 桐は空間を歪め、粘泥に止めを刺す。散り散りになった瘴気の一部は落とし穴の底に落とし込まれ、更に一部は空中に消える 「さ、後始末」 と美和が音頭を取る。 次郎は瘴気の染みこんだ土を、いつか人も獣も通わぬ地へと捨てようと、落とし穴の中更に深く掘り進む。 「踏んでしまってごめんねー」 桐が足下の見えないほどの命にも謝罪する。彼にとって、人とそうでない物の区別はなになのだろうか? 最初から最適解など無い設問。 それでも、密やかに笛を吹く幸乃、黄昏時にも関わらず、蛍の微光が点滅し出す。 それは同時にアヤカシが居なくなった事の証しでもあった。 人が───自分が生きている事を識って尚、霧亥は粘泥に黙祷を捧げる。 「アヤカシに風雅は理解出来ぬのであろうな」 輝夜は夜の光の中に、そう呟いた。 桐の鼻先に止まった蛍が明滅する。 そして、一同は美和の手料理を食べると、開拓者ギルドへと踵を返すのであった。 ───第2の開拓紀終幕。 |