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■オープニング本文 ●七祭 五行、石鏡に広く伝わる七祭。 7月の上旬になると、精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りである。 この季節に現れる蛍は、淡い輝きを放つことから精霊の遣いであるとされ、来訪する精霊の遣いを迎えて祀り、帰って行くのを見送るという風習がある。 闇夜の中、星のように輝く蛍は幸せを運んでくれるとか――。 また、石鏡では精霊の化身であるもふらさまに願いごとを書いた短冊を飾って祈ると、願いが成就するという言い伝えもあり……。 更に今年は、生成姫が齎した災厄を吹き飛ばそうと、各地の街や村が華やかに飾り付けを施し、銘々工夫された飾りつけは、どれも見事なのだそうだ。 いつも以上の盛り上がりを見せている七祭。 蛍に祈りを。もふらさまと夜空を渡る流星に願いを――。 開拓者の皆さんも、仕事の合間に訪れてみませんか? ●銀色の泉の畔で 「銀泉の七祭を見に来ないか?」 「銀泉? どこにあるの?」 星見 隼人(iz0294)の声に身を乗り出す開拓者達。 銀泉は、石鏡の国の三位湖南東にある街である。 陽天と歴壁の中間地点に位置するため、物流や人の流れが活発で、街の中心に銀色に輝く泉があることからこの名がついたと言われている。 今年の七祭は、銀泉でも生成姫が齎した災厄を吹き飛ばそうと、町中に趣向を凝らした飾り付けがされているらしい。 そして、観光客の為に沢山の露店が立ち並び、街の中心にある泉は、夜になると色とりどりの灯篭で飾り付けされ、とても幻想的で――。 涼やかな泉は、浴衣での夕涼みに最適なのだそうだ。 「へえ。良さそうなところだな」 「でも、何で銀泉なんですか?」 「ああ、俺の家があるんだ」 首を傾げる開拓者に、事もなげに答えた隼人。 そう、銀泉は代々星見家が治めている土地。 隼人が生まれ育った場所であり、現在は彼の祖母である、靜江が当主を勤めている。 「星見さんの故郷なんですね……。でも、お邪魔しちゃっていいんですか?」 「ああ。当主がな、開拓者の皆には世話になってるから、是非招待しろって言うんだよ」 隼人曰く、招待に応じてくれた開拓者達に、浴衣の貸し出しを行うらしい。 その言葉に開拓者達の目がキラリと輝く。 「皆が来てくれたら、街の皆も喜ぶと思う。気が向いたら、足を運んでみてくれ」 隼人の言葉に頷きながら、どうしようかなと考える開拓者達。 仕事の合間に、浴衣を着てお祭りを楽しむのもいいかもしれない――。 一方。星見家の屋敷では――。 「彰乃、くすぐったいもふー!」 「紫陽花さん、大人しくして下さいませ。お客様がいらっしゃるのですから綺麗にしませんと……。短冊を付けたい方もいらっしゃるでしょうし」 「短冊? 何だもふ?」 「御髪を整えたら教えて差し上げますわ」 「もふー!」 山路 彰乃(iz0305)は、子もふらさまのもふもふの毛に櫛を通しながら、祭りの準備に頭を巡らせて――。 今年も、七祭が始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / ユリア・ソル(ia9996) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / ニクス・ソル(ib0444) / 神座早紀(ib6735) / サフィリーン(ib6756) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 月夜見 空尊(ib9671) / 木葉 咲姫(ib9675) / 兎隹(ic0617) |
■リプレイ本文 「これが石鏡の七祭。そしてここが銀泉か。いや、華やかでまた賑やかなものじゃのぅ」 「色とりどりで綺麗なのだ……!」 べべん♪ と三味線をかき鳴らす音羽屋 烏水(ib9423)と、感嘆の溜息をつく兎隹(ic0617)の横で、サフィリーン(ib6756)が可愛らしく小首を傾げる。 「ギンセン……銀の泉って書くの?」 「ええ。街の中心に、銀色の泉があるそうですよ」 「そうなの。素敵な名前ね」 頷く和奏(ia8807)に、花が咲いたように微笑む彼女。 「月与さん、お待たせしました」 友人に声をかける礼野 真夢紀(ia1144)。 十野間 月与(ib0343)は彼女に手を振り返して、両親に向き直る。 「……と言う訳でね。今日はまゆちゃんと一緒に回るから、2人で行って来てよ」 「え? でも……」 娘の突然の言葉に、目を見開く明王院 未楡(ib0349)。 今日は夫と娘、家族3人でお祭りを楽しむつもりで来たのだが……。 「浴衣、持ってきてるでしょ? ほら。これは預かるから……」 「そうは言ってもだな……」 娘に身の回りの品を奪われ、困惑する明王院 浄炎(ib0347)。 月与は笑顔で続ける。 「父様も母様も、最近全然休んでないじゃない。店は弟達に任せて来たし、1日くらい大丈夫よ。ね、睡蓮?」 睡蓮と呼ばれたカラクリは、こくんと頷く。 「たまには夫婦水入らずで楽しんで来てよ」 悪戯っぽく笑う月与。 その手から押し込まれる、『寸志』と書かれた包み。 浄炎と未楡は、ここまで来てようやく娘に謀られたのだと悟った。 月与に背中を押され……2人は気恥ずかしそうに顔を見合わせ――。 「私達も行こう! ミラ、はぐれないように気を付けてね?」 元気に歩き出すサフィリーン。 ミラと呼ばれた駿龍は、気をつけるのはあなたでしょ……と言いたげな顔をしていた。 「紫陽花様! お久しぶ……」 「それは後! 早く行こうぜ!」 そう言いかけた神座早紀(ib6735)。 金色の髪が美しいカラクリに腕を引っ張られ、人ごみに消えて行くのを、柚乃(ia0638)と2匹の小さいもふらさまがキョトンとした顔で見送る。 「……今の早紀もふ。どこ行ったもふ?」 「誘拐事件もふか? 物騒もふ」 「あはは……。大丈夫、後で戻ってきますよ」 顔を見合わせる紫陽花と相棒の八曜丸。 2匹をもふもふしながら受け答える柚乃は、長い髪を結い上げ、紺地に淡い水色の芍薬と鈴が描かれた着物に、手製の紐飾り『夢紡ぎの聖鈴』を飾り。 流水のような地模様が入った藤色の浴衣で身を包んだ菊池 志郎(ia5584)も、子もふらさまをそっと撫でる。 「こんにちは、紫陽花さん。山路さんは初めましてですね。星見さんもお招きありがとうございます」 「志郎も来てたもふか!」 「ご丁寧にありがとうございます」 馴染みの姿に喜ぶ紫陽花。皆にお茶を配っていた山路 彰乃(iz0305)が、深々と頭を下げる。 「ようこそ銀泉へ。誰も来なかったらどうしようかと思ってたんだ」 そう言って笑う星見 隼人(iz0294)に、羅喉丸(ia0347)が真顔で続ける。 「折角の招待、断る訳がないだろう。有難く楽しませて貰……えばいいんだよな?」 「うむ。おぬしの浴衣の柄を見習え、羅喉丸」 思わず相棒に確認する彼に、こくりと頷き、彼の浴衣を指差す人妖の蓮華。 彼の深緑の浴衣の中で、酒や肴、盃等の付喪神が楽しげに宴会をしており……。 そんな2人に、隼人はニヤリと笑う。 「相変わらずみたいだな」 「そう言うな。……しかし、七夕は笹に短冊を吊るすものだと思っていたが、もふらさまに吊るすとはな」 「ああ、もふらさまは精霊の化身だからな。精霊に願いを届けてくれると、昔から言われてる」 腕を組んで考え込む羅喉丸に、紫陽花と八曜丸を見つめて言う隼人。 石鏡では、昔からもふらさまを大切に扱ってきた。 この七祭の風習も、そういったもふらさまの畏敬の念から来ているのかもしれない――。 そう呟いた彼に、志郎はなるほど、と頷く。 「面白い習わしですね」 「そうだな。……と、そうだ。折角だし、銀泉の街を案内しようか」 「それは有難い。是非美味い物を教えてくれ」 「飾りつけの様子をじっくり見たいんですよ」 続く談笑。柚乃がじっと自分の顔を見つめているのに気が付いて、隼人が首を傾げる。 「俺の顔に何かついてるか?」 「星見さん、今日は女難……? 男難……? とにかく多難の相が出てます。一応ご用心?」 「何だそりゃ」 「念のためですよー。そんな事より、彰乃ちゃん! 一緒に回りましょう! ほら、浴衣に着替えて! あ、皆さんは先に行ってらして下さい」 驚く彰乃からお盆を取り上げ、その手をがっしと掴むと、貸し浴衣屋に突撃する柚乃。 男性陣も、笑いながらそれに従う。 そして、貸衣装屋の中では、熱い戦いが行われていた。 「ぼ、僕は必要ないっ! いつもの装束で結構だ! そんな女の子みたいな柄もっての他だぞ!」 ぶんぶん! と勢いよく首を振る羽妖精の朔姫。 兎隹が手にしているのは薄紫に、青桔梗とうさぎ柄の浴衣。 お揃いの物を着ている主は、とても可愛いし似合っている。 自分も、ちょっとだけ着てみたい……いやいや! くーるびゅーてぃーな自分がこれを着る訳には……! 葛藤する朔姫に、兎隹は深々とため息をつく。 「いいか、朔姫。郷に入っては郷に従え、というではないか。場に合った装束は礼儀なのだぞ?」 「でも……!」 「我輩とお揃いは嫌か?」 「そうじゃなくて……!」 「では良いのじゃな?」 「ぐぬぬ……!」 続くやり取り。 朔姫は可愛いものが好きな癖に、どうして隠そうとするのやら……。 強情な相棒を手玉に取っている辺り、兎隹も慣れているのかもしれない。 「んもう。紫陽花様にご挨拶しようと思いましたのに……!」 「何だよ。俺と一緒じゃ嫌だったか?」 淡い藍染地に、藤色の紫陽花がふんわり浮き出た浴衣が愛らしい早紀に、むっとした顔を向ける相棒の月詠。 彼女が着ている浴衣には、黒地に舞う鮮やかな青い蝶。 早紀が月詠の為に用意した浴衣もあったのだが、地味! と一蹴され貸し浴衣屋に走ったらしい。 確かに、青い蝶が月詠の青い目とお揃いで良く似合うと思うけれど。ちょっと心中複雑にもなるというもので……早紀は相棒にジト目を向ける。 「そうじゃないですよ? 急だったと言いたいだけです」 「あー、そうかよ。……って、見ろよ早紀! 射的がある! 輪投げもあるぜ、ほら!」 立ち並ぶ様々な露店。子ども達が喜びそうな一角を見つけて、月詠が目を輝かせる。 あらあら。月詠ったら。余程楽しみにしていたんですね……。 思わずくすりと笑う早紀。そんな主の様子に気付く様子もなく、月詠はご機嫌で続ける。 「金魚掬いも捨てがたいな。なあ、早紀はどれがいい? 俺が早紀の好きなもの、何でも取ってやるからさ」 「ふふ。ありがとうございます。どんなものがあるか見てもいいですか?」 「おう、行こうぜ!」 手を繋ぐ2人。月詠の無機質な手に力が入るのを感じて、早紀の笑みが深くなる。 「良い浴衣が見つかって良かったです」 浴衣姿の相棒に、満足気に微笑む真夢紀。 物流が盛んな銀泉なら、しらさぎの好きそうな白地の浴衣があるかも……と思った彼女。 友人の月与に付き合って貰い、探してみたのだが……大正解だった。 薄青地に桜色の朝顔柄の真夢紀と、白地に赤い朝顔柄のしらさぎ。 並ぶ2人は、まるで姉妹のようで……。 「2人共、すごく可愛いわ!」 微笑む月与は紺地に白百合柄の清楚な浴衣に身を包み、首元には月光のペンダントが輝き……隣で頷く睡蓮は、黒地に淡い桃色の撫子柄の浴衣が愛らしく。 「ありがとうございます。月与さんと睡蓮さんも似合ってますよ」 「そう? お世辞でも嬉しいわ」 賑やかな銀泉の街でも注目を集める艶やかな4人。様々な屋台が立ち並ぶ一角に差し掛かった途端、真夢紀の目つきが変わる。 そう、これは……獲物を狙う目とでもいうのだろうか。 「さあ! 屋台を下調べ! 下調べですよー!」 「ふふ。まゆちゃんは勉強熱心ね」 「珍しい屋台を出す為には研究が必要なんですよ」 小首を傾げる月与に、こくこくと頷く真夢紀。 主が褒められて嬉しいのか、しらさぎも誇らしげに胸を張って続ける。 「オコノミヤキ、ヤキソバ、カキコオリ……マユキ、できる」 「玉蜀黍はこの季節外せないよね。赤茄子を甘く煮て寒天寄せにしても面白いかな? 餡子玉もありかと……」 相棒の言葉を受けて、すっかり料理の世界に入り込んでしまった真夢紀。 そんな友人に、月与はクスクスと笑う。 「研究なら、見るだけじゃなくて、食べてみるのはどう?」 「勿論! どれから行きましょうか!」 「えーと……。あそこ、三位湖で捕れた魚を焼いて売ってるみたいね」 「それだーーーー!!」 月与が指差した屋台に向けて突撃する真夢紀。 その様子がとても楽しそうで、月与はふと考える。 ――父様と母様も楽しんでると良いのだけど……。 「月与さーん! 早くー!」 「はーい」 明るい呼び声に誘われて、月与も露店へ入って行った。 「ねえ、あなた。私の浴衣、いかがです? 似合ってます?」 「ああ、良いんじゃないか」 未楡の問いに真摯に答えた浄炎。 落ち着いた赤地に枝垂れ桜が描かれた浴衣は、妻に良く似合っていると思う。 思うのだが……。 「ちゃんと見て言ってます?」 「勿論見ている。……これだけ近いと、きちんと見えんが」 ぼそり、と続けた浄炎。黒い艶やかな浴衣姿の彼の左腕に、未楡がしっかりと抱きついていて……。 人目のある所では自制をするように、と常日頃から妻を律している浄炎。 今日は夫婦水入らずである事だし、左腕は自由にして良い、と言ったところ離れなくなり……今の状況がある。 「だって。こんな風に歩くの久しぶりで、嬉しくて……」 「そうか。確かに、2人だけというのは久しぶりかもしれんな」 「……子ども達、元気ですね。ほら、あんなに走り回って」 「ああ、祭というのは人の心を元気づける効果があるのやもしれん」 歓声をあげて走って行く子ども達を、笑顔で見送る未楡と浄炎。 ここのところ、連続で起きている各地の戦乱。 齎された災厄により、理不尽に住処を追われ、財産を奪われ――。 そう言った者達を多く見て来た2人は、支援を続けるのと同時に、ずっと心を痛めて来た。 そんな時に、娘に誘われやってきた祭。 そこは精霊への祈りに満ち、どこを巡っても活気に溢れ。 その様は、災厄に負けず、生きている人々の力や、思いの強さを感じる事が出来て……。 何があっても立ち上がれる強さに尊敬の念すら覚える。 「人々は弱く、そして強い……か。被災した者達にも、この暖かな祈りや活気が届くと良いのだがな」 「ええ。争い事など無くなり、何処も彼処も笑顔と祈りに包まれる……そんな世の中になって欲しいですね」 「……もふらさまへの願い事が決まったな」 「ふふ。そうですね。……お願い事は、もう少しお祭りを見て回ってからでいいですか?」 小首を傾げる未楡に頷く浄炎。 娘や息子達に感謝しながら、もう少しだけこのひと時を楽しむ事にして――。 「おお。柚乃、こっちじゃ」 露店の一角にある休憩場所。 手招きする烏水に柚乃は笑顔を返し。その横には、浴衣姿の彰乃が立っている。 「すみません。浴衣選びに時間がかかってしまって……って、サフィリーンさん可愛いですね」 「ええ。浴衣、良くお似合いですわ」 「本当ー? 下宿先のおばさんに着付けて貰ったの!」 柚乃と彰乃に褒められ、嬉しそうなサフィリーン。 白地に赤紫の紫陽花柄の浴衣は、彼女の小麦色の肌を引き立てて健康的な美しさがあった。 「西瓜、美味いのであるぞ」 「あ、かき氷も美味しかったよ」 相棒の羽妖精と共に、シャクシャクと良い音を立てて西瓜を食べる兎隹。 続いたサフィリーンの報告に、羅喉丸と志郎も続く。 「俺達はあっちのイカ焼きを食べたが、美味かったぞ」 「あそこの三位湖の魚の屋台も美味でしたね」 「志郎。足りぬ。もっと食べ物を寄越すがいいぞ」 「ええ? まだ食べるんですか?」 彼の横で、3本の尻尾を振っているのは宝狐禅の雪待。 銀泉には沢山見どころがあると聞いて楽しみにしていた志郎。あちこち見て回る気でいたのだが、相棒がいい匂いにつられて大騒ぎするので、結局は屋台巡りになってしまった。 そろそろ、ここに出ている屋台は制覇しそうな勢いだと言うのにまだ足りないとはどういう事か……! 「志郎殿も苦労されておるのだな。うちのいろは丸も食いしん坊での……」 同士を見つけて思わず声をかける烏水。 彼の相棒のもふらさまも、大層な食いしん坊だ。 こうしている今も、玉蜀黍を食べ続けている。 「烏水殿、おかわりもふ。雪待殿もいかがもふ?」 「いいのか? では、礼にお薦めの屋台を教えてやろう」 相棒達も別な方向で意気投合したらしい。 志郎は大きなため息をつく。 「食費はかかりますが、良い子なんですよ。もう少し風情を理解して戴けると有難いとは思いますが……」 「うむうむ……と、そうじゃ。風流と言えば泉は見たかの? 実に美しい泉じゃったぞ。空には天の川、地には銀泉。まるで鏡写しの如く見えりゃ星も掬って手にできそうでの」 「そうですか! それは見に行かなくては!」 せめて情景を聞かせようと三味線をかき鳴らし、語る烏水に目を輝かせる志郎。 その上で風に揺れる吹き流し。様々な色の提灯が辺りを照らす。 「……華やかだな」 「そうじゃな」 ぽつりと呟く羅喉丸に頷く蓮華。 この飾りは、街の人達が生成姫が齎した災厄を吹き飛ばそうと、懸命に作り上げたという。 生成姫が過去のものとなり。失ったものから、また新たなものを築いていく。 その営みの、何と尊い事か――。 「生成姫との戦いに参加した身としては嬉しい限りだ」 「多くの者が、何時の間にか忘れ、顧みなくなるからの。本当はとても大切な物なのにな」 この飾りが、回顧と再起の象徴となると良いな……と続けた蓮華に、羅喉丸は頷いて、杯を傾ける。 「あの、彰乃ちゃん。星見家現当主様って、どんな方なんです?」 彰乃と並んでお茶を飲みながら、気になっていた事を口にする柚乃。 彰乃は目を輝かせて口を開く。 「とても素晴らしい方ですわ。わたくしの巫女としての修業をつけて下さっているのは勿論、色々な事を師事して下さっているんですの。知識溢れる方で……」 凄い勢いで語る彰乃。その様子から、彼女が心から当主を敬愛している事が伺えて、柚乃から笑みが零れる。 「そっかあ。柚乃のばば様のような方かな……?」 「柚乃様にはおばあ様がいらっしゃるのですか?」 「うん。色々教えてくれる、とってもすごい人なんですよ」 「そうですか……。柚乃様のおばあ様にもお会いしてみたいですわ」 「あ、柚乃もご当主様に会ってみたいです」 にっこり笑い合う2人。冷たいお菓子に舌鼓を打ちながら、話に花を咲かせる。 そして、子ども達が多く集まる露店の一角では――。 「……月詠、一人で何回もやるのは駄目ですよ。後ろで子供達が待ってるでしょ?」 「うるせー! 離せ! あれを取るまで俺は止めないーー!」 「ダメですってば!」 皆が思い思いに祭りを楽しむ中、早紀は何だか大変そうであった。 「ねえ、和奏。この服どう? 似合う?」 「ええ。可愛いですよ」 目の前でくるくると回って見せる人妖に、笑顔を返す和奏。 いつもよりお洒落に気合が入っているようだし、相棒もお祭りを楽しみにしていたのだろう。 光華が何だかご機嫌で、彼も嬉しい。 「それにしても賑やかですねえ、光華姫」 「そうねー。恋人達の祭にぴったりよねー」 にこにこ笑い合う和奏と光華。 彼の実家の七夕は、短冊に芸事の上達等を祈願する程度だったので、こういったお祭りはとても新鮮で――。 「そうだ。光華姫もお衣裳や装身具だけでなく、筆とか、袱紗、舞扇を買いませんか?」 「良いけど……恋人達はそういうものを贈り合うの?」 小首を傾げる光華の反対側に首を傾げる和奏。 自分の相棒は普段から比較的我儘だが、今日は一層話が噛み合わない気がする。 あの……と口を開きかけた彼。どん! と背中に衝撃を感じてよろける。 「おっと、失礼。お嬢さん、怪我はないか?」 「大丈……お嬢さん!? あの、自分は男性です。一応……」 ぶつかって来た隼人の言葉に耳を疑った和奏。 以前から綺麗なお人形のよう、と人から言われはしていたが、とうとう女性に間違えられるとは……! 隼人は一層慌てた様子で頭を下げる。 「いや、本当に失礼な事を……すまん」 「いえ、たまに間違えられる事はあったので……ははははは」 乾いた笑いを返す和奏。そこに光華が割って入る。 「ちょっとー! 私の和奏に何て事いうのよー! 成敗してあげるからそこに座んなさい!」 「ああ、光華姫、落ち着いて。星見さんも悪気があった訳じゃ……」 「落ち着いていられないわよーっ! 逢引の邪魔までしてくれてーっ!」 「……逢引? 誰が? 誰と?」 「誰って……和奏のバカーーー!!」 叫ぶ人妖にぶん殴られる隼人。 鈍感な主の分まで、彼が殴られる事になるらしい。 柚乃の占いは当たったのかもしれない……。 「……大丈夫もふか、えるれん?」 「うん。ちょ、っと、痛いけど……大丈夫。そんな事より、き、きれいだね」 心配そうに相棒を見上げるもふらさまのもふもふ。 エルレーン(ib7455)は、淡い桜色の生地に、丸い菊の花を散らした浴衣に身を包んでいるも……その下は包帯だらけである。 でも、折角来たのだし、お祭りを楽しみたい……! ゆらりと立ち上がった彼女。泉に向かって歩き出すと、人ごみの中に、見慣れたうさぎのぬいぐるみを見たような気がして――。 「え。あれ、もしかして……」 「ううっ。私のわたがし様……いや、今は紫陽花様か」 がっくり肩を落とすラグナ・グラウシード(ib8459)。 「いやいや。紫陽花様が幸せならそれでいいのだ。ああ、かわいい。かわいいよ紫陽花様……って、いやいや、うさみたんもかわいいよ? 浮気してませんよ?」 聞かれてもいないのに背中のうさぎのぬいぐるみに弁解するラグナ。 当然だが、うさみたんからの反応はない。 いいの。分かってるんだ。俺とうさみたんの仲だもの。 そうだ。折角だし、紫陽花様に会いに行こう! 突然元気になり、意気揚々と歩き出す彼。 向こうからやってくる、ピンクの浴衣を来た木乃伊……いやいや、エルレーンの姿を見つけると、くるりと踵を返す。 今日は奴に関わりたくない。ここは戦術的撤退だ! 「や、やっぱりラグナ! こらー! ちょっと待ちなさい!」 「断る!」 よーし。紫陽花様に向かって全速前進! どーーーん! 何かにぶつかって吹っ飛んだラグナ。 「痛ェ! 何す……!」 「……お怪我はありませんか?」 文句を言おうと振り返ったその先には、黒髪に、深緑色の瞳の少女……彰乃。 手を差し伸べられて、ラグナはぽかーんとする。 そこに、エルレーンが追い付いて来る。 「捕まえてくれて、ありがとう」 「まあ。あなた大丈夫ですか? 酷いお怪我ではありませんか」 「ああ、うん。大丈夫……」 「大丈夫ではありませんわ。一体どうしてこの殿方を追ってらしたんです?」 「こいつね……放っておくと人様に迷惑かけるから……」 続くエルレーンと、彰乃のやり取り。 彼の脳内の高性能第六感計算機で算出しても、状況的に、分が悪い。 立ち上がり、戦術的撤退を続けようとするラグナ。彰乃に襟元をむんずと掴まれ、それも阻まれる。 「そこのあなた。このお方にご迷惑をおかけしたのなら、きちんと謝罪なさいませ」 「え? ちょ、俺何にもしてないぞ!?」 「お黙りなさい。こんな酷い怪我をした方にお手間を取らせるなんて、それだけでも許しがたい大罪ですわ!」 「だから、その女が勝手に俺を追って来たんであって、俺は何も……」 「……この期に及んで反省もなく人のせいになさるのですね。ちょっとお話があります。そこにお座りなさい」 彰乃から放たれる氷のような殺気。 ヤバい。動いたら、殺られる……! ガクガクと震えるラグナ。 さて、彼の命運やいかに!? 「……あの。に、似合いますでしょうか?」 もじもじとしている木葉 咲姫(ib9675)。 気恥ずかしいのか、上気した頬が愛らしい。 薄桃色の生地に、淡い桜が舞うように散らされた浴衣は、彼女の輝く銀色の髪に良く映えて――。 「……よく、似合っている。……やはり……ぬしは、この色が似合う……」 頷きつつ、率直な感想を述べる月夜見 空尊(ib9671)にほっとした咲姫。 祭りを見て回ろうと歩き出すも、人が多い。 そして、空尊は周囲にいる恋人達をまじまじと見る。 寄り添う彼らは、皆手を繋いでいる。 ――恋人というものは、手を繋ぐものなのだろうか? ぬっと、無言で手を差し出す空尊。咲姫はその手を見つめ、彼の顔を見つめる。 「……繋がぬ、か……?」 空尊の不器用な優しさを感じて、小さく微笑む咲姫。彼の手に、そっと手を重ねる。 「……はい。これで、はぐれませんね」 「うむ。では……行こうか……」 「どこにしましょうか」 「ぬしの……好きな場所で良い……」 「ええと。それでは……」 続くやりとり。繋いだ手の暖かさが心地良く――。 祭りをぐるりと見て回った2人。 華やかな街中に比べ、泉の周りはぐっと灯りを控えてあり、星空が良く見える。 きらきらと輝く星を見上げる咲姫。それに合わせて、空尊も空を仰ぐ。 「……星……か」 「はい。綺麗ですね……」 続く沈黙。瞬く星を瞳に映したまま、咲姫は続ける。 「……彦星と織姫は一年に一度しか会う事を許されていません」 「……星の……七夕の、話か……」 「……空尊さんは、もしそうなっても、私を想ってくださいますか?」 悲しげに眉根を寄せる彼女。 頭を過ぎるのは、優しかったあの人。 私に優しくしたばかりに、理不尽に傷つけられ、目の前から消えてしまった――。 もし、空尊さんもそうなってしまったら……私は――。 「ぬしが……それを望むなら……」 「……空尊さん?」 「……ぬしが、望むなら……星の川をも、越えよう……」 聞こえてきた空尊の低い声。彼は優しく、壊れ物を扱うかのように咲姫の髪を撫でる。 それでもなお、咲姫の紫の瞳が翳るのを見て取ると、空尊は膝をつき、彼女の顔を覗き込む。 「……不安か……? ……なれば、約定を……」 そう言い、自身の胸に手を置く空尊。しっかりと彼女を見据えて続ける。 「……ぬしが願うならば……我は、ぬしから離れぬ……。ぬしの為に……傍に」 「私も……貴方の傍に居る事を許される限り、空尊さんのお傍に……」 「……咲姫。我の……唯一つの花……」 囁く空尊。咲姫の桜色の頬を両手で包み、唇を寄せる。 彼の行動に少し驚くも……咲姫もそっと目を閉じ――。 闇夜の月と一輪の花の誓いを、銀色に輝く泉が静かに見守っていた。 「さっきは驚いたぞ。落ちたらどうするつもりだったんだ?」 「あら。ちゃんと受け止めてくれたじゃない?」 「それはそうだが……って、そういう事じゃなくてだな」 ころころと笑うユリア・ヴァル(ia9996)に、ため息をつくニクス(ib0444)。 深紫に白い紫陽花柄の浴衣を来た妻はとても美しく、そして自分を困惑させる事にかけては天才的だ。 ニクスは相棒、空龍シックザールに跨り、ユリアは迅鷹アエロの『友なる翼』で空の散歩を楽しんでいた2人。 空の上から見る銀泉は、提灯の光がまるで地上の星のよう。 そして、天に瞬く星には手が届きそうで、幻想的な光景だったのだが……。 突然、ユリアがニクスめがけて落ちて来たのだ。 勿論、彼女を離すような真似はしないが、それでも生きた心地はせず――。 「ほら見てニクス。泉の水、とっても綺麗よ」 泉を覗きこみ、無邪気に喜ぶユリア。 水面に反射する光で、彼女の青銀の髪もキラキラと輝き。 それはまるで、一枚の絵のようで――。 「見事なものだな……」 目に入る光景を、食い入るように見つめるニクス。 そんな彼をぼんやりしていると思ったらしい、ユリアは思いきりニクスに泉の水をかける。 「あ、こら!」 「ふふふ。ぼんやりしてるのがいけないのよ」 「待て、ユリア!」 「いやよー」 響く笑い声。 泉の周りをくるくる回り、追いかけっこをする2人。 どのくらいそうしていただろう。ニクスに後ろから抱きすくめられ、ユリアはため息をつく。 「ああ、もう捕まっちゃった」 ――いえ、もうとっくに捕まっていたわね。 強くて、優しいこの人に。ずっと前から捕えられていた……。 「……愛しているよ、ユリア」 囁く声。私もよ、と答える彼女。 ユリアはニクスの腕に自分の手を添える。 「……ねえ、ニクスは短冊に何を願うの?」 「ん? そうだな……。『自分とユリアがいつまでも健康に過ごせるように』かな」 彼女を幸せにするのは自分がやるべき事だ。 他の誰が出来るとも思えないし、譲るつもりもない。 「ユリアは?」 「私は、『来年もまた家族で過ごせます様に』とお願いするわ」 ……家族が、増えてるかもしれないものね。 くすくすと悪戯っぽく笑うユリア。 今は夫婦2人だけれど、近い将来にはお互いと同じくらい、大切な存在が増えているのかもしれない。 「そうだな……。そうなるといいな」 囁くニクスに、素直に頷いたユリア。 彼のの横顔が、少し赤いような気がした。 静かな泉。のんびり星を眺めるサフィリーン。 相棒の龍は、彼女の横でのんびり寝そべっている。 「……ミラ、帰りたい?」 幼い相棒の声に、顔を上げたミラ。 龍は何も答えず。ただ、サフィリーンに穏やかな優しい目を向ける。 「……ごめんね、本当は母さまの相棒なのに」 ――ミラは、本来母の相棒だった龍だ。 後継ぎになるのが嫌で、家を飛び出した。 その時に、母が護衛として寄越した……それがミラだった。 それ以来、命令を忠実に遂行し、サフィリーンを守ってくれている。 ミラが、どれだけ母を慕っているか分かるから、余計に申し訳ないと思う。 でも、一人前になるまで帰らない。それが約束だから……。 考え込む彼女。こつん、と何かがぶつかって振り返ると、ミラが額をくっつけていて……。 ……余計な事を考えるのは止しなさい。私は大丈夫――。 ミラがそんな事を言っているような気がして、相棒の頭を抱きしめる。 「ねえ、ミラ。ここと、アル=カマルと……見える星は一緒なのかな」 今、見ている綺麗な星を、母さまも見上げているといいな……。 そんな事を考えながら、サフィリーンは、空に瞬く星を見つめ続ける。 街の中を散策していた紫陽花、八曜丸、いろは丸などのもふらさまの面々は、人々から拝まれ、短冊をつけられ……その結果、身体中短冊だらけになっていた。 「申し訳ないが、俺達も短冊をつけさせて貰っても良いか?」 「皆のお願いなら仕方ないもふ。いいもふよ」 律儀に頭を下げる羅喉丸に、頷く紫陽花。 ありがとうなのだ、と言いながら、兎隹がそっと短冊を括り付けると、仲間達もそれに続く。 『早く一人前の母さまの様な舞手になれますように サフィリーン』 「ミラの為にも頑張るの!」 「そうですか、偉いですねえ」 握り拳を作るサフィリーンに、笑顔を向ける志郎。 そして続いた願い事は……。 『食費削減 志郎』 『料理百種制覇 雪待』 「……元気を出すが良いぞ、うむ」 相棒の短冊を見て、がっくりと肩を落とす志郎を、烏水が思わず慰める。 『初心忘るべからず 羅喉丸』 「自分は何故力を求めたのか、何故危険が付きまとう開拓者をやっているか……といった事を忘れて道に迷わぬようにしたいものだ」 生真面目な彼らしい願い事に、微笑みながら柚乃も続く。 『もふらの儀が存在しますように 柚乃』 「……壮大ですね」 「あったら移住します!」 でっかい冷汗を流す早紀に、胸を張る柚乃。 そして、もう1つ、皆には見えぬところに内緒の願い事。 ――いつか、女児の双子を授かりますように。 そんな柚乃の願いに気付く者はなく、早紀が紫陽花に挨拶をしながら短冊をつける。 『家族の健康 早紀』 「月詠は?」 「あっ。見るな!」 短冊を覗きこもうとする早紀に抵抗を見せる月詠。無視して短冊をめくると……。 『早紀とずっといられますように 月詠』 ぷい、とそっぽを向く月詠。 早紀は有難う……と、優しく微笑んだ。 「こんなに沢山大変だったよね。ありがと。お礼にこれあげる」 「紫陽花さんにも、幸運が運ばれますように」 短冊を受け取るという大役を終えた子もふらさまに、サフィリーンから差し出される杏飴。 志郎からは小さな折鶴を渡され、紫陽花は満足気に頷き――。 「星願い 短冊吊られ 味釣られ。……烏水殿、ご褒美の食事が欲しいもふ」 「……お前さんは相変わらずじゃなぁ」 変わらぬ調子のいろは丸に烏水はツッコミを入れる。 「兎隹は何を願ったんだ?」 「んー? ……内緒であるよ」 「えっ。なんだよ! 教えてくれたっていいじゃないか!」 ぽかぽかと叩いてくる朔姫を、笑いながら避ける兎隹。 『おとうさんおかあさんに会えますように』……彼女が短冊に書いた願い。 今は、先生や友達、相棒達……沢山いるから。 毎日とても充実しているし、楽しい。 ――でも、寂しくないと言ったら、嘘になる。 養子だった自分を育ててくれた、心優しい両親。 今、どこでどうしているのだろう……。 会いたい。一目でいいから。 それが叶わぬのなら、せめて……元気でいますように、と。 両手を合わせ、夜空に輝く星々にそっと祈る兎隹だった。 瞬く星々。七祭飾りが風に揺れる。 幻想的な風景の中、銀泉の七祭が優しく過ぎて行った。 |