|
■オープニング本文 ● 『流星祭』の時期、街中はいつもと違った喧騒に包まれる。 祭は西の空が薄紫に染まる頃に始まる。次々と灯が灯る祭提燈風に乗り聞こえてくる祭囃子。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかす。 時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。 ●灯篭流し ――父は、とても正義感が強い人物であったらしい。 らしい、というのは祖母や母からの伝聞で、俺自身には父親の記憶がないから。 俺が幼少の頃に亡くなったその人は、ある時、小さな子どもを庇って死んだ。 国の宝、未来を護れた、と。 満足気な笑顔で逝ったそうだ。 「後先考えないところまで、あなたはお父様にそっくりね」 そういって笑っていた母。 ……何も、母まで同じ死に方をしなくなって良いのではないかと思う。 もっとも母が亡くなったのは、俺が元服した頃だったが――。 「……隼人様。隼人様? ご用意の程はいかがですか……?」 「ん? ああ」 物思いに耽っていた星見 隼人(iz0294)は、聞こえて来た声に顔を上げる。 目の前に立つ山路 彰乃(iz0305)は、巫女装束の正装をしていて……。 「あれ。彰乃ちゃん、もう浴衣から着替えちゃったんですか?」 「はい。これから、『灯篭流し』がございますので……」 首を傾げる開拓者に、頷き返す彰乃。 「……『灯篭流し』?」 「ああ、それはだな……」 頭に疑問符を浮かべる開拓者に、隼人は頭をぼりぼり掻きながら続ける ――灯篭流し。 石鏡では、故人を偲ぶ者達が、草で編まれた舟に和紙で作った灯篭や花を飾る――灯篭舟と呼ばれるものを川に流すという風習がある。 灯篭の灯火が、亡くなった人の魂を精霊の元に導くと言われ、また、舟に手紙を書いて乗せれば、故人に想いを届けてくれるのだそうだ。 毎年、流星祭の終わる頃の夕刻から開催され、闇夜の中、沢山の灯篭が流れて行く様は追悼という内容に反し、とても美しく……。 「今年は、生成姫が齎した災厄や、その他の戦の犠牲になった民の方達が沢山いらっしゃいますので……わたくしも巫女として、皆様が迷わず精霊の元に辿り着けるよう、お手伝いしたいと思っているのですわ」 「なるほどねえ……」 祈るように手を組んだ彰乃に、頷く開拓者達。 開拓者が、おずおずと口を開く。 「あの……それって、私達も行ってもいいんですか?」 「ああ、別に故人を偲ぶんじゃなくても……ただ、舟を眺めるだけでも綺麗だぞ。俺も舟を流しに行くんだ。何だったら一緒に行くか?」 隼人がそういう間にも、集まって来る故人を偲ぶ灯篭の光。 今年も、灯篭流しが始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268) / 果林(ib6406) / 神座早紀(ib6735) / 澤口 凪(ib8083) / 月雲 左京(ib8108) / 一之瀬 戦(ib8291) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 久郎丸(ic0368) / 白鷺丸(ic0870) / 閻羅(ic0935) |
■リプレイ本文 草叢から聞こえる虫の声。 川面を滑るように沢山の舟が流れていく。この光の数だけ、亡くなった方がいるということなのだろうか。 「そういえば、そんな季節ですねえ」 「ねえ、あの光った舟は何?」 遠い目をする和奏(ia8807)を、くいくい、と引っ張るのは人妖の光華。 それに、彼は笑顔で受け答える。 「灯篭舟と言うんですよ。何でも、あの光が亡くなった人の魂を導いて下さるとか。このお祭りも、鎮魂や、自分がここに存在するのは祖先のお陰だということを感謝する意味もあるそうですね」 続いた和奏の言葉に、ふぅん……と呟いた光華は、小首を傾げる。 「じゃあ、そのお香はなあに?」 「……これをね、舟に乗せるんです」 「流しちゃうの?」 「亡くなった方へのお供えですからね」 絶えることのないアヤカシの業。 ――その結果、沢山の方が命を落としている。 彼も開拓者になってから長いが、今のところ思い出して涙するほど特別な『死』に立ち会った経験はない。 それがどんなに幸せなことか――身に染みて良く分かっているから。 だからこそ、犠牲になった人達の為に、せめて祈りを……。 「光華姫も、お花をお供えして下さいね」 相棒に白い花を差し出した和奏。光華は何も答えず、彼の頭にしがみつく。 「……光華姫? どうしたんですか?」 「……和奏は私が守ってあげる。死んだら許さないんだから」 髪に顔を埋めたまま言う彼女。和奏は、相棒の背をそっと撫でる。 「光華姫は心配性ですね。……大丈夫ですよ、ありがとう。さあ、一緒に流しましょうか」 舟をそっと川面に浮かべる彼。和奏の想いと、光華の願いを乗せた舟が、静かに流れて行く。 「さてと、こんな感じで大丈夫ですかね……」 ふう、と額の汗を拭いながら言う菊池 志郎(ia5584)。 頷く羅喉丸(ia0347)に、彼はほっと安堵の溜息をつく。 「良く出来てるじゃないか。これなら亡くなった人も喜ぶだろう」 「うむうむ。大雑把な羅喉丸とは大違いじゃ」 「大雑把で悪かったですね……」 「そうですかね。それなら、良いのですが……」 続いた羅喉丸とその相棒、蓮華のやり取りに、志郎は笑いを噛み殺し。 「志郎、笑ってるのか? 無理は身体に良くないぞ」 そんな主に、宝狐禅の雪待から容赦のないツッコミが入る。 羅喉丸と志郎の手には思い思いに作られた灯篭舟。そこに、そっと白い花を添える。 これまでの依頼やアヤカシとの大規模な戦において共に戦い、亡くなった名も知らぬ戦友達。 そして、自分が倒して来た者達――。 ……それは賞金首であったり、反逆者であったり様々だが。 彼らもやむにやまれぬ事情があり、苦しんでいた者が多かった。 だから。せめて死後は、安らかであって欲しい……。 「アヤカシにとり憑かれた彼も……助けられるものなら、助けたかったのですが」 「……仕方あるまいな」 吐き出すように呟いた志郎に、溜息をついた羅喉丸。 開拓者とはいえ、一人の人間だ。できる事には限りがある。 自分に力があれば違った結末になったのでは? などと、傲慢な事を言うつもりはないが……彼らを覚えている者として、出来ることをしたいと思う。 「死者の魂に安らぎがあらんことを」 「どうぞ、迷わず精霊の元へ行かれますよう」 川に舟を放し、手を合わせる羅喉丸と志郎。 ゆらゆらと流れてゆく光を見送りながら、羅喉丸はぽつりと呟く。 「……いつか俺の魂も、この灯篭のように流れて行って、天に帰るのだろうな」 「そうですね……」 ――どのくらいの未来かは分からないが、いつかは自分達もこうして送られる立場になるのだろう。 しみじみと続いた志郎に、蓮華も頷く。 「人である限り、いずれは死が訪れる。じゃが、それでも……死ぬその時までに、できる事があるじゃろう」 「ええ。悔いのない様に、懸命に生きる。それが大事なんでしょうね」 頷き、自分の手に目を落とす羅喉丸。 迫るアヤカシの脅威。こうしている間にも、手のひらから零れ落ちて行く命。 一つでも多くの命が救えるよう、出来る限りのことを――。 「……綺麗な灯りですね」 ――その灯りは、生ける者にも死せる者にも。あらゆるものに平等に。 祈りを込めて、もう一度手を合わせた志郎。雪待も、彼の肩の上で静かに頭を垂れた。 「早紀! 光がいっぱいもふ! すごいもふー!」 「ふふ。紫陽花様ったら……。隼人さんも舟を流すんですね」 腕の中で歓声をあげる子もふらさまに、くすくすと笑いを漏らす神座早紀(ib6735)。 星見 隼人(iz0294)は、その声に鷹揚に頷く。 「両親が向こうにいるもんでな。お前は?」 「私ですか? 私も、母に……」 神座一族は、代々アヤカシ退治を生業としている。 早紀の母は、一族史上最高最強の天才と謳われた人物だったが、周囲の者は大層苦労を強いられたらしい。 「何がそんなに大変だったんだ? 強かったんだろ?」 「それが、馬鹿と天才は紙一重、を地で行く人だったんですよ。やる事なす事、とにかくもう無茶苦茶で……」 心底不思議そうな顔をする隼人に、苦笑を返す早紀。 彼女の後ろに控えている鋼龍のおとめも、当時は母の相棒だったそうで、相当無茶をさせられていたと、当時を知る人から聞いた。 ――そんな母が亡くなったのは、早紀が幼い頃。 それ故、彼女は母の事をよく覚えていないのだが……1つだけ、覚えていることがある。 それは、母が歌ってくれた歌。 早紀が泣いた時、辛かった時、痛かった時……必ず歌ってくれた。 その澄んだ素敵な歌声と、どこまでも優しい眼差し――確かな、暖かい母の記憶。 「お袋さんに愛されてたんだな」 「……そうなんでしょうね。幸せな記憶だと思います」 隼人の呟きに頷く早紀。 だから、この感謝の気持ちを、灯篭舟に託して――。 ――母さん。家族も、おとめも……皆元気でやっていますよ。だから安心して下さいね。 鋼龍と共に流れ去る舟を見つめ、そっと呟く早紀。 おとめはそんな主を思いやるように、額で優しく彼女の手を撫でた。 「ああ、紫陽花ちゃんはいつ見ても可愛いなぁ」 「全く、あんたって子はもふらさまにばっかりうつつを抜かしてー!」 「だって、もふらさま可愛いじゃないですか」 「あんたのは度が過ぎてるのよ!」 子もふらさまの紫陽花をモフりまくり、満足気な溜息を漏らす柚乃(ia0638)に、説教節をかますのは宝狐禅の伊邪那。 そんな一人と一匹のやり取りに山路 彰乃(iz0305)はクスクスと笑い、思い出したように口を開く。 「ところで……柚乃様も灯篭舟を流されるんですか?」 「……ええ。ちょっと、昔話をしてもいいですか」 「はい。わたくしで宜しければ」 頷く彰乃。柚乃は少し遠い目をして……。 ――幼い頃。家の方針で厳しく育てられていた柚乃は、勝手な外出は許されなかった。 殆ど外に出る事がない……穏やかだけれど、子どもには退屈な毎日。 そんな柚乃の楽しみは、毎年年始めのばば様へのご挨拶伺い。 そこには仲良しのもふらさまが沢山おり、心躍る程嬉しかった。 そんなことが続いたある日、出会ったのは一人の少年。 ボロボロで行き倒れていた彼を見つけた時は心臓が止まるくらいに驚いた。 彼は無事回復したものの、始めは素っ気なく。 それでも一生懸命話しかけていたら、次第に打ち解けて、名前を教えてくれて――。 いつからか、一緒に遊ぶのが楽しみになった。 ――でも、彼は亡くなった。 会えない事がとても悲しくて、涙が枯れるまで泣いて泣いて……。 「……後は、この間お話した通りなんです」 何故か忘れてしまっていた、大切な幼馴染の存在。 折角思い出せたのだし、彼を偲びたい――。 「柚乃様にそこまで思って戴けて、その方は幸せですわね」 「……そうでしょうか?」 遠い目をする彰乃に、小首を傾げる柚乃。 ――もしかしたら。あれは初恋だったのかな……。 柚乃の頭を巡る幼い日の思い出。 優しい胸の痛みと、懐かしさと共に。彼女の舟は川面を流れて行く。 「マユキ。とうろうながし、キレイ」 「まぁ、見る分には綺麗よねー。……やる所にもよるけど」 相棒のからくりが指差す先には沢山の灯篭舟。 礼野 真夢紀(ia1144)はそれに頷きつつ、ため息をつき。 その言葉の意味が分からなかったらしいしらさぎは、小首を傾げて主を見る。 「……海に近い所の話、聞いたことがあるのよ。戦で戦えない人達が大勢亡くなった所でね。そこも灯篭流しやるんだけど……」 海に近い川で行う灯篭流し。 潮の満ち引きが関係しているらしいのだが、終った後で結構な数の灯篭が戻って来てしまうらしい。 結構知られていない話なのであるが。 送ったはずの魂が返って来てしまうというのは……どうなのかと思ってしまう。 こんな愛らしい少女が、こんな現実的な事を考えているのも衝撃的ではあるのだが。 当のしらさぎは、やはり真夢紀の言葉の意味が分からず、反対側に小首を傾げる。 「もどるの、ダメ?」 「そりゃ駄目でしょ。だって、送った魂が返って来ちゃったらそれこそ怪談じゃないの」 「カイダン? カイダン、しってる。のぼる、おりる」 「ああ、『かいだん』って言うのはその階段じゃなくてね。……まだ難しいかな、しらさぎには」 頭に疑問符を沢山浮かべている相棒に、真夢紀は乾いた笑いを返し、思い立ったように立ち上がる。 「……ご飯、食べにいこうか」 「うん。マユキ、なにたべる?」 「今日は川沿いのお店は人多いでしょうね。一応お祭りだから屋台は出てるし……屋台見ながら考えましょうか」 料理研究家の彼女にとって、屋台は格好の勉強場所だ。 こんな場だとはいえ、それだけは外せない。何か新しい料理を見つけたら絶対食さなければ……! 「キノウやきそば。ちがうのイイ」 「はいはい」 しらさぎの主張に真夢紀は頷き、相棒の白い手を取って歩き出した。 人気のない川辺。目の前には無数の光。髪を撫でる風が心地良い。 澤口 凪(ib8083)は、相棒の甲龍と並んで、ぼんやりと流れる灯篭を眺めていた。 「……一杯流れてるよねぇ」 この灯篭の分だけ、人の想いが乗っているんだろうか……。 「届かない、からこそ……人ってこんなことをするしかないんだろうねぇ」 独りごちる凪の脳裏にふと蘇る、両親の姿。 親としてと言うより、開拓者として死んた両親。 立派な死だったと、人は言う。 けれど、残していかれた身としては、そう簡単に納得できなくて――。 「グ……」 聞こえた相棒の小さな声。振り返ると、岳は労わるような穏やかな目を向けて来る。 凪は相棒の頭をそっと撫でると、ため息をつく。 「まったくさ……でかい濁流にのまれちまうと、木の葉みてぇなもんで。誰も彼も犠牲者になっちまう……」 様々な合戦で亡くなった人。戦いに身を投じて死んでいった両親。 その重みに何の違いもない。 自分もただ一つの小さいものでしかなく――。 凪も、今までに関わって来た様々な合戦で、目を覆いたくなるような光景を沢山見て来た。 両親も、あの悲しみの連鎖を何とかして、止めたかったのだろうと――そう思う。 両親と同じ開拓者になった今なら、二人の想いや行動も、少しだけ理解できるような気がするけれど。 それでも。それでもさ。生きていて欲しかったんだ……。 「なあ、相方さん。この世に変わらねぇもんなんて、一つもねぇ。だけど……相方さんは、いれるだけでいいからさ。……そばにいておくれよ」 相棒にすがりつき、固い鱗に顔を埋める凪。 両親の相棒だった岳に、子供の頃から良く遊んでもらった。 この感触だけは、ずっと変わらない……。 「……よし、用事は済んだ。相棒さん、帰るとするかねぇ」 溜息と共に身を起こした凪。 感傷は灯篭舟と岳の背中に預けて――何事もなかったかのように歩き出した。 「……故人を悼むための、灯篭舟、か……」 川面に浮く無数の光を見つめ、ぽつりと呟くラグナ・グラウシード(ib8459)。 彼が手にする灯篭舟は、今は亡き師匠の為のもの――。 ……師匠は、とても素晴らしい女性だった。 戦いの技術は勿論のこと、優しさと強さ、そして美しさを兼ね備えた彼女はラグナの自慢であり、母親のように慕い、また一人の女性としても憧れていた。 そんな師匠は、あのろくでもない妹弟子をアヤカシから庇い、死んでしまった――。 ――師匠は誰よりも強かった。 妹弟子さえあそこにいなければ、あの程度のアヤカシに後れを取ることなどなかったはずだ。 そう、あの女がいなければ、師匠は生きていられたのだ。 ――誰かが言った。師匠がそれを望んだのだと。あいつも悲しんでいると。 だからどうした? そんなの知ったことではない。 あの女が師匠を殺した。それは紛れもない事実ではないか。 あいつは仇なのだ。 ……そうだ。俺はあいつが憎い。 自分から大切なあのひとを奪ったあの女が、憎い。憎い。憎い――! ――先生。私は必ず、先生を死に至らしめたあの女を殺します。 今ここに、改めて誓います。 我が大剣をもって、あなたの無念を晴らします……! 「灯篭舟よ。師匠に、この想いを届けてくれ」 狂気にも似た願いを乗せた灯篭舟は、静かに川面を進む。 ラグナはその光が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。 ――街の様子が賑やかだと思ったら、灯篭流しが行われていたらしい。 川の上を、星々のように流れて行く灯篭に気付き、足を止めた久郎丸(ic0368)。 隣の相棒も、次々と流れてくる光を目を輝かせて見つめている。 「瑠玖……見たい、か?」 主の言葉に、瑠玖と呼ばれたからくりは嬉しそうに頷く。 九郎丸の相棒はとにかく無口で、そもそも喋ることが出来ないのでは……と思う程には喋らない。 だが、表情や仕草による感情表現は、主である自分よりはるかに豊かである為、意思の疎通には困っていなかった。 「分かった……。お、俺の姿は、悪目立ち、するから……人気の無い所を、選ぼう」 そう言い、歩き出した九郎丸。その後を、瑠玖がちょこまかとついてくる。 彼は、人離れした青白い肌を持つ為、人から恐れられることが多い。 うっかり人混みに入り込もうものなら、奇異の目を向けられるなら良い方で、下手したらアヤカシと間違われて開拓者を呼ばれてしまう。 悲しいかな、この状況に本人も相棒もすっかり慣れてしまっているようだった。 暫く歩くと、人気のない川辺を見つけたのか、瑠玖が前の方を指差す。 そうしている間も、相棒の目線は、灯篭舟を追っていて――。 「瑠玖。やってみたい、ならば……す、好きにすると……いい」 主から許可を貰い、嬉しそうに駆けて行く瑠玖。 九郎丸は近くの岩に腰かけて、流れる灯篭の光を静かに眺める。 ――灯篭舟。故人を偲ぶ光を乗せた舟、か。 身寄りのない自分。孤児として育った為、自分の出自のことは何も分からない。 天涯孤独であるが故に、偲ぶ相手もいない。 それは幸せな事なのか、不幸な事なのか……。 「ど、どちらが良いのか……わ、解らぬ……な」 九郎丸の呟き。意味が分からなかったのか、小首を傾げた相棒は、灯篭舟をそっと差し出す。 「……ふ、舟ができた、のか。良く……できているな。で、では……流すとしようか」 主の言葉に頷く瑠玖。舟を持って川辺に歩いて行く。 ――祈ろう。召されたる、総ての魂に。 九郎丸の口から漏れる念仏。それに合わせて、相棒が流した灯篭舟が、静かに旅立って行った。 「……綺麗ね」 「そうだな」 数多の灯篭を見つめるユリア・ヴァル(ia9996)に頷くニクス(ib0444)。 言葉少なに灯篭舟を流した彼の胸に去来するのは、一人の少女のこと――。 その少女は、かつて自分が家庭教師をつとめた生徒であり、許婚でもあった。 家同士の確執。絶えることのない諍い。 それは結局、彼女の命まで奪ってしまった。 愛らしく、誇り高く、寂しがり屋で……守りたかったのに、守ることが叶わなかった少女。 ……俺の声が届いているかい。 君を失ってから色々あったけれど、俺にも守りたいものが出来たよ。 大切なひと、最愛の妻――。君にも会わせてあげたかった。 ――そう、良かったじゃない。先生、しっかりしなさいよ? その人を幸せにしてね……。 揺れる灯篭の光を見ていると、そんな少女の声が聞こえて来るような気がする。 ああ、そうだね。必ず、彼女を幸せにするよ――。 胸の前で手を組み、改めて誓いを立てるニクス。 そんな彼を、ユリアはじっと見つめていて……。 「……私の恋敵さんに報告は出来たの?」 「こ、恋敵って……」 「だって、そうでしょ」 「妬いているのか?」 「まさか。そんな事ある訳ないわ。髪の先から爪先まで、ニクスは私の物だもの。勿論、恋敵さんにもそう報告してくれたのよね?」 そう言いながらも、どことなく寂しげな笑みを浮かべるユリア。 彼は妻の肩にそっと手を回す。 「そういうユリアは、誰の為に灯篭を流すのかな」 「私は……昔お世話になった、老兵の為よ」 明るく気さくなその老兵は、彼女が幼少の頃に亡くなった。 別れが迫っていることを知り、悲しみ、嫌がるユリアに彼は言った。 ――死とは、夕方まで遊んで、家に帰る時の『さようなら! また明日ね!』の明日が、ずっと先になるだけだと。 いずれまた会える。だから泣かなくて良いのだと。 ユリアは強い子だから大丈夫、と。 そう言って頭を撫でてくれたから。 彼が、精霊の御許へ旅立った時も、約束通りに泣かなかった。 そして、その言葉が、ユリアの生きる道標になった。 幾多の戦いの中において、死を恐れたこともない。 ――でもね、……本当の事を言うと、寂しいわ。 貴方が居なくて―――寂しい。 「いつか会えるはずなのにね。今、あの人に会えないことが、とても、とても、寂しいの……」 「ユリア……」 そう言って、ぽろぽろと涙を流すユリア。 ニクスは彼女を壊れ物を扱う様にそっと引き寄せ……強く抱きしめる。 大丈夫。俺はここにいるから。ずっと、君の傍にいる――。 言葉では語らず。己の胸にしがみつき幼子のように泣く妻を、ただ受け止めて、青銀の髪を優しく撫でる……。 そんな二人を遠くから見つめる人影。 「……まあ、今回は譲ってやるさ」 ユリアの相棒のからくり、シンは、独り呟くと、踵を返し暗闇に消えて行った。 「夏にちなんで、浴衣着て来ちゃいました! どうですか? 似合いますかー?」 「うん。とっても素敵。良く似合ってる」 恋人の前で、くるくると回って見せる果林(ib6406)。 紺地に淡い色の花が描かれた浴衣は、本当に彼女に良く似合っていて、天河 ふしぎ(ia1037)の心臓がドキリと跳ねる。 ――いや。いやいや。今日は故人を偲びに来たんだ。浮かれている場合じゃないぞ。 そんなふしぎの決意も、果林にはぐれないようにと腕にしがみつかれて速攻でグラグラしてしまう。 でも、確かに今日は人が多い。大切な彼女を見失ってしまったら困るから。 ふしぎもそっと、果林の手に自分の手を重ねて歩き始める。 「この祭りは故人を偲んで、灯篭舟を流すんだそうですね。ふしぎさんは、どなたの為に灯篭を流すんですか?」 「亡くなった船長。僕を空へと誘ってくれた人なんだ」 そう呟き、遠い目をするふしぎ。 彼を空の世界へと誘ったのは、明るく豪快で、一本気な空賊の船長。 船長と空を旅する毎日は、とてもとても楽しかった。 しかし、復讐心をアヤカシに利用された彼は、道を踏み外してしまい……。 彼を助けたかった。でも、倒すしかなかった――。 最期を看取った時は、悲しくて空しくて、涙も出なかった。 そして、ふしぎはその時学んだ。 復讐は何も生まない。産むとしたら、悲しみだけだと。 こんな事は、二度と繰り返してはいけないのだと――。 唇を噛み締めるふしぎの背を、労わるように撫でる果林。 彼は、心配そうな顔をする恋人に笑顔を返す。 「大丈夫だよ。……果林は亡くなった大切な人って、いるの?」 「……はい。おります。前主様……ううん、私の父と母なんです」 灯篭の光を見つめながら、果林がぽつりぽつりと口を開く。 ――以前、ふしぎに仕える前はお館様と、その奥様に仕えていた。 孤児で名前も無かった自分を引き取り、名前と仕事を。 そして、教育と愛情も溢れんばかりに与えてくれた、優しい人達。 主従という関係を超えて、親子のようにお互いを想い合った。 ……幸せだった。この時間がずっと続くと思っていた。 その幸せは、一つの陰謀によって打ち砕かれた。 突如巻き起こった政争は、果林の大切な人達を容赦なく奪って行ったのだ――。 彼女の壮絶な過去に、ふしぎは暫し言葉を失って……。 「……そんな事が、あったんだ」 「はい。……本当は、父達を陥れた者を探して、復讐してやろうと思ってたんですよ」 「果林、それは……」 「分かっています。両親も、死の間際に『復讐ではなく幸せを掴んでほしい』と言っていましたし……」 でも、亡くなった両親は、果林の全てであったから。 全てを失くした彼女は、何が幸せなのかも分からなかった。 だから、ただ生きる目的を得る為に、復讐しようと思ったのかもしれない。 「でも、ふしぎさんに出会って、ようやく両親の言葉の意味が分かったんですよ。幸せって、こういう事なんだなって……」 果林の言葉に、ばふっという音がしそうな勢いで赤くなるふしぎ。 自分は、彼女と共にいられて幸せだと思っているから。果林もそう感じてくれているのなら、こんなに嬉しいことはない――。 「……ご両親のその願い、僕が叶える! 果林を絶対幸せにするからっ」 「……えっ。はい。よろしくお願いします」 突然手をぎゅっと掴み、宣誓したふしぎに、今度は果林の顔が赤くなって――。 ――父様、母様。お二人の願いは、ふしぎさんと共にきっと叶えてみせます。 ですからどうか、見守っていて下さい……。 二人の誓いと、祈りを乗せた灯篭舟をそっと川へ放す。 その間も、離れぬように。二人はしっかりと手を繋いでいた。 「……朔さん、見てください。灯篭が、こんなに沢山……」 「ええ。この光の数だけ亡くなった人と……悲しみと愛しさがあるんでしょうね」 川一杯に浮かぶ光に言葉を無くす泉宮 紫乃(ia9951)と尾花朔(ib1268)。 灯篭舟がこんなに浮かんでいるということは、その数だけ悲劇があったということなのに……何故、こんなに美しいのだろう。 紫乃は川辺に膝をつくと、胸の前で手を組んで、頭を垂れる。 先輩。先輩――。聞こえますか? 今、あなたは、安らかに眠れているのでしょうか? ……生成姫の子として生きる宿命を背負わされたあなた。 でも。最期は人として逝ったんですもの。 その魂は、生成姫の所ではなく、精霊の元に辿り着けていますよね。 私は……私達は、あなたの不在に、まだ慣れません。 どこからかひょっこり、帰っていらっしゃるような気がして――。 「……紫乃さん」 恋人に呼ばれ、顔を上げた紫乃。 朔が自分の頬をそっと拭ったことで、己が泣いていたのだと初めて気が付く。 「ご、ごめんなさい。すぐに泣き止みますからっ」 あわあわと慌てる紫乃。朔は彼女の肩を抱き寄せ、腕の中にすっぽりと包みこむ。 「大丈夫です。きっと先輩は見ていて下さっていますよ。だから、頑張りましょう」 「……ええ、そうですよね。……駄目ですね。最近泣いてばかりで。朔さんの前だと、つい甘えてしまって……」 「たまには泣いてもいいと思いますよ。ただ、私の前以外で泣かないでくださいね。あなたの涙を他の人間に見せるのは惜しいですから」 朔の言葉に、耳まで赤くなる紫乃。 まだ涙が残る彼女の瞳に、そっと口付ける。 生成姫との熾烈な戦い。 その中で、私達は大切な先輩を喪い……それだけでなく多くの仲間が、大勢の罪なき人も亡くなりました。 でも。その姿が喪われても、心は残り受け継がれる……。 ――先輩。受け継ぎましょう。あなたの言葉と、想いを。 「忘れないで、いましょうね。楽しい思い出も、悲しい思い出も」 髪の一筋さえ遺すことが許されなかった先輩。 それでも、思い出は奪うことは出来ない。 彼は、自分達の記憶の中で、生き続けているのだから――。 天に流れる星のような灯篭。 朔に身を預けたまま、紫乃はいつまでも、その灯りを眺めていた。 「灯籠流しか……」 ぽつりと呟く一之瀬 戦(ib8291)。 正直、恋人に誘われなければ絶対来ないような場所だ。 アヤカシの幻で親を見た直後だし、あそこのお二人さんも、故人を偲ぶ程吹っ切れてはねぇ筈だし――。 「まぁ、綺麗なモンに罪はねぇしな」 愛しい恋人と可愛い妹分が喜ぶんなら、それで良い。 そんな事を考える戦の目線の先には、仲良く灯篭舟を手にする天野 白露丸(ib9477)と月雲 左京(ib8108)が立っていて……。 「月雲殿。手紙は書けたか……?」 「はい。白露様」 「そうか……では一緒に流すとしようか」 白露丸の優しい笑顔に、こくりと頷く左京。 ――左京は幼い頃、アヤカシの襲来により家族と、そして里……全てを失った。 手紙は、喪した家族……両親や、兄へ向けて。 今の生活のことや、思っていることを認めた。 届かぬ想い、沈む言葉……例え、自己満足であろうと……。 この言葉を、にに様に届けたい――。 そして、白露丸が持つ手紙の表書きは『白鷺丸』。 彼女に良く似た名。 そもそも、『白露丸』というのは彼女の本当の名前ではない。 修行時代より男装をしていた為、弟の名を借りたのだ。 ――その名前の借主である弟は、幼い頃、炎の中で別れたきり。 生きているかも死んでいるかも、分からない……。 助けてやりたかったのに――。 手紙には、謝罪と、そして……大切なひとが出来たという報告。 それを、花と共にそっと灯篭舟に乗せて、川へ放す。 「墓はないから……これで、届くかな……?」 「そうだと、良いのですが……」 「……ああ、鶺鴒の弟も、左京の兄貴も喜ぶんじゃねぇの」 灯篭の光を見つめて呟く白露丸と左京に、頷いて見せる戦。 彼だけが知る己の本名。それを呼ばれることが心地よく。 その不器用な声に、労わりと優しさを感じて……白露丸は、恋人に笑みを向ける。 「戦殿、来てくれて有難う」 「戦様はお優しいのですね」 「あー、いやいや。気にすんなって。……てか、お前ら、褒めても何も出ねぇぞ!?」 頷きつつ続いた左京に、戦は気恥ずかしさを隠すように横を向いて――。 川の下流は、上流から流れてきた灯篭舟が、沢山集まって来る。 無数に集まる光が、何だか行列しているようにも見えて……。 「灯篭、随分一杯流れてくんだなー」 「そうだな」 閻羅(ic0935)の呟きに、頷く白鷺丸(ic0870)。 二人は下流に陣取り、静かに流れてくる灯篭舟を眺めていた。 「で、白鷺、こんな川下でいいのか?」 「ああ、俺は別に。灯篭を、見に来ただけだからな……今更、伝えるものも無いし」 親友の予想通りの返答に、肩を竦めた閻羅。白露丸は、灯篭を見つめたまま続ける。 「そういうお前は、灯篭舟流さないのか?」 「俺も、そんなに言いたい事とかねぇしなぁ……。てか、白鷺が一緒じゃなきゃ、こんな辛気臭ぇとこには来ねぇよ」 「それもそうか」 軽く、会話を続ける二人。 閻羅も白露丸も、生まれ育った里が壊滅し、大切なひとを喪った過去がある。 ……だが、それなりに、折り合いをつけて生きて来たし。今更語るようなこともない。 薄情なのかもしれない。それでも、大切だったあの人を、忘れたことはないから――。 ふと、目の前に流れ着いた灯篭舟に目を落とした白鷺丸。 その舟には封書が乗っていて……宛名に『白鷺丸』とあって、ギクリとする。 ――何故、灯篭舟に俺の名が? 俺を知る者が、わざわざ灯篭舟に手紙を乗せるなんて悪趣味なことをするとは思えない。 だとしたら。これは何だと言うのだろう。 恐る恐る手紙を手に取り、封筒の裏を確認する彼。 差出人の名前はない。 まさか、これは……。 いや。死者から手紙なんて、あるはずがない――。 「お〜い! 白鷺〜!」 小さく苦笑した白鷺丸。答えのない思考に沈みかけた彼を引き戻す親友の声。 「ああ、今行く」 白鷺丸は、手紙を懐に入れると、踵を返して歩き出す。 何かを食べに行こう、と川下に向かって歩いていた戦と白露丸、左京。 ふと、左京が立ち止ったのを見て、白露丸が首を傾げる。 「月雲殿、どうした?」 「……にに様」 「……え?」 彼女の問いに、どこかぼんやりと答えた左京。 何かを見つめていたかと思うと、弾かれたように走り出す。 「おい! 左京! どこ行くんだよ!」 戦の声が聞こえないのか、左京はどんどん遠くなって……。 「……月雲殿、どうしたんだろうか……」 「さあな。しゃーねぇ。連れ戻して来るわ。ちょっと、ここで待っててくれるか」 恋人の言葉に、頷いた白露丸。 ――左京は何を追ったのだろう。 ここは、死者へと想いを渡す場所。 見たのは、死者か生者か……。 「おう、白鷺。何してたんだ?」 「……いや、何でもない」 「ん? そうか? 何か顔色悪ィ気がするが……まあいいや。もう帰るか?」 「そうだな」 「折角だし、どっかでおっさんに土産でも……」 そんなやり取りをしていた白露丸と閻羅の前に現れた小さな影。 「にに様……」 咄嗟に身構えた二人の前には、銀髪の少女。左右で違う色の大きな瞳に涙を浮かべていて――。 ……あの茶色の髪。金色の瞳。 自分が覚えていた頃より、ずっとずっと逞しく、大きくなっているけれど……。 間違いない。にに様だ……! 「にに様……。にに様ですよね……?」 見覚えのある左右で違う色の瞳。 閻羅の脳裏に浮かぶ遠い記憶。 幼かった妹は、自分を『にに様』と呼んで、どこまでも追いかけて来ては良く泣いていた――。 「……ちょ……っと、待て……。お前、左京……?」 「はい。そうです。にに様……」 涙をぽろぽろと零しながら、彼女が出して来たのは柄に美しい月が描かれた短刀。 閻羅も同じ刀を見せて……兄と妹は、固く抱き合う。 「左京、生きてたか……!」 「にに様。もう独りにしないで下さいませ……!」 「泣くな……。良く無事でいてくれた……」 愛しい兄に頬を撫でられて、左京は瞳を閉じる。 にに様に再びこうしてお会い出来るよう、わたくしは生きていたのですね……。 再び会えたのであれば、もう迷うことはない。 わたくしの命、存在。全ては、にに様の為に――。 「おい、左京。何やって……!?」 「……そこの少女の連れか? 閻羅の妹御が世話になったようだな」 ようやく追いついて来た戦に淡々と答えた白鷺丸。彼の言葉に耳を疑い、振り返ると……そこには、己の恋人の生き写しのような男が立っていて――。 「ハク、ロ……?」 ――なんで? なんで今更、鶺鴒の弟が出て来るんだ……? それに、さっきこの男は何と言った? ……左京が、あの男の妹だって……。 ――あぁ、そうか。 これは死者からの復讐だ。 家族を捨てた俺が受けるべき、罰という宿星だ……。 自分を見て、茫然とする男に訝しげな目を向ける白鷺丸。 ――この男、何故俺の名を知っている? 灯篭舟の手紙と言い、今日は妙なことばかり起きる……。 そして、ざわざわと、得も言われぬ胸騒ぎが彼を苛む。 何故だろう。何かが始まろうとしているのか……。 彼らを撫でる、不穏な風。 運命の輪は、確かに。音も立てずに回り始めていた。 「ったく。何なんだ、この灯篭流しってのは。こんなのが死んだ奴らの何になるってんだよ」 「あらまあ、廣くんったら。こういうのは信じる心が大切なんですよ?」 不満気に頭をボリボリ掻く須賀 廣峯(ib9687)に、笑顔を向ける須賀 なだち(ib9686)。 妻に誘われ渋々参加した廣峯だったが……正直、この祭りに何の意味があるのか良く分からない。 なだちの答えも、実に下らないと思う。 そんな夫の様子を気にすることもなく、なだちはそっと、灯篭舟を川面に放して……。 「……姉様、今年は私を救って下さった夫も一緒なんですよ」 そう言って手を合わせる彼女。 偲ぶは、数年前に亡くなった七人の姉達――。 彼女達は皆、アヤカシに襲われ、食われてしまった。 勿論、姉達を救おうと思った。でも強大な力の前に、どうすることも出来ず……。 途方に暮れていたところを助けてくれたのが廣峯だった。 思えば、あのアヤカシに襲われなければ夫と出会うこともなかった。 彼女達に会えない事は勿論悲しいが……廣峯に出会う機会を与えてくれた姉達には、感謝してもし足りない。 「廣くんと出会わせてくれて、有難う御座います……」 「お前なぁ……。その言葉だって届いてるか分かんねえだろうに」 「届かずとも、言いたくなるくらいに幸せなんですよ」 そう。彼の存在が、今の私の全て。 姉達を失った、何の力もなかった私が今も生きているのは、この人のお蔭――。 もう一度、ありがとう……と呟いて、手を合わせたなだち。 その横顔を見ていた廣峯は、何となく、死んだ両親の顔をふと思い出す。 彼の両親は、彼が幼い頃に流行り病で、そりゃもうあっさりと死んでしまった。 もう遥か遠い昔の事で、大分薄れた記憶ではあるが……これが、故人を偲ぶと言う事なのだろうか。 ――そういや、墓がどこにあるのか知らねぇなぁ。 思い出したついでに、探し出して墓参りにでも行ってやるか。 両親とて、こんなドラ息子の顔を拝んだところで喜ばないかもしれんが……昔の俺なら、考えもしなかった事だ。 こんな風に思わせてくれたのも、もしかしたら妻のお蔭なんだろうか。 ……何だか、それを認めるのは、非常に悔しいことだが。 「そういえば、陰殻に居る両親にも、二年越しに祝言を挙げた事を伝えませんとね」 「そういや、お前の親にそのこと伝えてなかっ……ぶぁっ!?」 夫の言葉が不自然に途切れたので、顔を上げたなだち。 ふと見ると、忍犬の小豆が廣峯を押し倒し、尻尾を千切れんばかりに振りながら顔中を舐め回していて――。 「……あら、まあ。大変」 「こ、のバカ犬っ! 離れやがれ! なだち! 笑ってねぇで止めろコラ!」 くすくすと笑うなだち。廣峯が必死で抗議するも、忍犬の親愛の突撃は止まらず。 賑やかで和やかな時間が過ぎて行く。 ――我が愛し七人の姉様達。 如何か此の和やかで幸福な日々を見守って下さいませ――。 灯篭が流れる中、なだちはもう一度、愛しい人達への願いを紡いだ。 そして、灯篭流しも終盤に差し掛かった頃。 「うおおおおお!! 紫陽花様ああああああ!」 「きゃーーーーーっ!? いやああああああああああああああああ!!!!」 ――めきょっ☆ 辺りに響く、男の黄色い声と女性の絹を切り裂くような悲鳴。そして続いた鈍い音。 「……今、飛んで行ったのラグナか?」 「下からえぐるようなキレのある一撃でしたね。早紀さん、さすがです……」 一瞬の出来事に目を丸くした羅喉丸に、熱くなった目頭をそっと拭った志郎。 紫陽花に会いに来たラグナ。子もふらさまに向かって思いきり飛び込んだは良かったが……男性嫌悪症の早紀から反射的に飛び出したコークスクリューでお星様の仲間入りを果たしたとか言うのは、また別の話である。 |