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■オープニング本文 ●回想 「花といえばさー、隼人様は綺麗なお花の心当たりあるの?」 「そうだな。この時期の花は……」 開拓者の問いに、真剣に考え込む星見 隼人(iz0294)。 そんな彼に、開拓者は含みのある微笑を向ける。 「や、依頼の事じゃなくて……ね?」 「そうじゃな。花にも色々あるしのう」 「そうそう。両手に花とか言うわよね〜」 すぐさまピーンと来たのか、似たような微笑を浮かべて続ける開拓者達。 そこまで言われて、初めて違う『花』を指していることに気がついたらしい。 隼人は手と首をすごい勢いで振る。 「ない! 全くない! 子供の頃から修行ばかりで、そういう事はサッパリだ……」 「あら。意外ね。隼人になら彼女の一人や二人いそうなのに」 だんだん悲壮感が漂って来る隼人の言葉に目を丸くした開拓者。 もう一人の開拓者が、茶化すようにべべん……と三味線をかき鳴らす。 「いやいや。隼人はそんなに器用ではなかろ」 ……返す言葉もない。 ぐぬぬ、と言葉に詰まっている隼人に、開拓者が苦笑しながら彼の肩を叩く。 「……ごめんね。変なこと聞いて。でも、折角イイ男なんだから、縁があれば逃がしちゃダメだよー? 家の事とか色々あると思うけど……いつか大好きな人に出会えるといいね♪」 先日行った依頼で、こんなやり取りがあった。 仲間達は色々と心配してくれるし、皆『大事な人が見つかるといい』と言うが。 そもそも、結婚どころか恋愛すら無縁だった自分には、『好きな人に出会う』ということすらピンと来ていない。 もちろん、星見家の繁栄に、そういったことが必要なのだろうと頭では理解出来る。 だが、どうしても、己が『道具』になったような気がして抵抗があった。 ――分からない。 ババ様も、母も、彰乃も。 どうしてこんな、人生を左右するような大事なことを、受け入れる事が出来たのだろう……。 「隼人様。失礼致します。お茶をお持ちしました」 「ああ。ありがとう。菊花祭の準備で忙しいのに悪いな。……何か手伝うことはあるか?」 彼の思考を中断したのは山路 彰乃(iz0305)の声。 お茶を受け取りながら言う隼人に、彰乃はにっこりと微笑を返す。 「こちらは大丈夫ですわ。隼人様はこちらに目を通すようにと、ご当主様のお申し付けです」 そう言って、渡されたのは山のような見合いの姿絵。 ……先日、開拓者の薦めに従い靜江に花を持って帰ったら、甚く喜ばれ『このような配慮が出来るなら、いつ嫁を貰っても大丈夫じゃ』と、別な方向で火がついてしまい……。 隼人は空を仰いで、深く深くため息をついた。 ●銀泉の菊花祭 「銀泉の菊花祭を見に来ないか?」 「銀泉? 銀泉って、星見さんのお家があるところでしたっけ」 隼人の声に身を乗り出す開拓者達。 銀泉は、石鏡の国の三位湖南東にある街である。 陽天と歴壁の中間地点に位置するため、物流や人の流れが活発で、街の中心に銀色に輝く泉があることからこの名がついたと言われている。 また、その地を収めている星見家は、『石鏡の貴族五家』の一つで、『菊』の星見家という別称も持っている。 その為か、銀泉では菊の栽培が盛んで、秋になると『菊花祭』を開催し、様々な人に今年の菊の出来栄えをお披露目する。 菊花祭の間は、あちこちに菊の花が所狭しと飾られ、街中が菊で溢れかえり――。 小さな菊を寄せ集めて作られた菊人形。大輪の菊。崖から垂れ下がるような形に仕立てられた菊などなど、街の人たちによって丹精こめてつくられた多様な菊を見ることができる。 そして、観光客の為に沢山の露店が立ち並び、菊の花を使った料理が振舞われ、街の中心にある泉は夜になると色とりどりの灯篭と、沢山の菊の花で飾り付けされ、とても幻想的で――。 「菊の花かあ。なかなか良さそうだ」 「七祭の銀泉も綺麗だったもんね」 仲間達の言葉に頷きながら、どうしようかなと考える開拓者達。 仕事の合間に、気の合う仲間達や恋人と、一人でまったりと。菊花祭を楽しむのもいいかもしれない……。 「七祭に皆が来てくれて、街が賑やかになったって、皆がとても喜んでたんだ。今回もきっと喜ぶと思う。気が向いたら、是非足を運んでみてくれ」 隼人の言葉に、頷く開拓者達。 さわやかな秋晴れの空に、菊が薫る――。 今年も菊花祭が始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 和奏(ia8807) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 无(ib1198) / 春吹 桜花(ib5775) / アルセリオン(ib6163) / フレス(ib6696) / 神座早紀(ib6735) / サフィリーン(ib6756) / 玖雀(ib6816) / エルレーン(ib7455) / 捩花(ib7851) / 月雪 霞(ib8255) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 何 静花(ib9584) / 紅 竜姫(ic0261) / 依鳥(ic0318) |
■リプレイ本文 「……ちょっといいですかね」 无(ib1198)の声に振り返る星見 隼人(iz0294)。 この街の有力者は誰かと街の人に聞いたところ、そこにいるよ……と指差されたのが隼人だった。 「提案があるんですが。お話してもよろしいか?」 「ああ。何だ?」 「あのですね……」 无の説明に、隼人がふむふむと聞き入り――。 そして、銀泉の街に入って早々、玖雀(ib6816)は頭を抱えていた。 さっきまで隣にいたはずの人物が忽然と消えている。 ――あれだけ、何回も迷子には気をつけろと言ったはずなのに。 着いた早々やらかしてくれなくてもいいんじゃないか? とにかく探さなくては……。 彼はため息をつくと、足早に街中へ足を踏み入れる。 「あの、星見さん……今日は南瓜難の相が出てますが。どういう意味でしょうね?」 「そのまんまじゃないか?」 「そのまんまじゃの」 首を傾げる柚乃(ia0638)に苦笑を返す隼人。 その横で、音羽屋 烏水(ib9423)が頷きながら三味線をかき鳴らす。 隼人の頭の上には、何故か柚乃の相棒の提灯南瓜が乗っている。 无と話している時からこの調子だったので、彼の頭が気に入ったのかもしれない。 「あら? いろは丸ちゃんは?」 「うむ。あやつ、屋台で招きもふらをするとか言うての。報酬に食事をたかっておるようじゃ」 「相変わらずだなー」 柚乃の問いに、肩を竦める烏水の横で、南瓜提灯を乗せたまま笑う隼人。 柚乃の相棒クトゥルーは、最近ギルドに赴いては勝手に依頼を持ってくる事が多く……今回も付き添いとしてやってきた。 「南瓜の思し召しでやんすか? 面白いでやんすね」 「ご主人様はもふべえのお導きもふ!」 相棒のもふらさまに、どんどん食事をさせながら呟く春吹 桜花(ib5775)。 暖かいご飯は久しぶりだと喜んでいるもふべえに和んでいた柚乃は、はっ! と思い出したように友人を振り返る。 「そうだ、彰乃ちゃんに紹介しようと思ってたんですよ! 相棒のクトゥルーです」 「あら。可愛らしいですわね」 笑顔を浮かべる山路 彰乃(iz0305)に、よろしくね☆ と言うように、くるりと回る提灯南瓜。 すぐに隼人の頭に戻っていくのを見て、柚乃がでっかい冷や汗を流す。 「クトゥルーよ、良い椅子が見つかってよかったのう」 「隼人のあんちゃんは椅子だったでやんすか」 楽しそうな烏水と首を傾げる桜花に、隼人は言い返す気力も失せたのか、がっくりと肩を落とした。 「……ここ、どこよ?」 きょろきょろと辺りを見渡す紅 竜姫(ic0261)。 腰に手を当て、頭を捻って、よーく考える。 菊がどれもこれもとても綺麗だった事と、それに夢中になっていた事は覚えている。 が、ここまでどうやってきたのか、連れはどこに行ったのか、さっぱり記憶にない。 おかしいな。周囲をきちんと見てたはずなのに……。 言い訳っぽく呟いてみたところで状況は変わらず。 ――竜姫は、完全なる迷子と化していた。 「マユキ。おかしい。もうフユなのにキクさいてる」 「あはは。色々な場所があるからね」 ビックリする相棒のしらさぎに苦笑を返す礼野 真夢紀(ia1144)。 色々な儀や色々な場所がある。諸般の事情とか言うのも含まれてくるともっと色々と不思議な事が……。 「折角だし、菊花祭楽しみましょうよ」 思考を振り払うように首を振った真夢紀に、からくりの少女はこくりと頷く。 「キクゴゼン、たべにいく?」 「そうだねー、基本は変わらないと思うけど、所変われば品変わるっていうし」 以前五行で食べた菊料理の名を挙げるしらさぎの手を取って、歩き出す彼女。 露天には菊料理の他に、魚のつみれ汁や甘酒など、色々なものがあって、見ているだけでも楽しい。 勿論、研究の為には食べなくては始まらないのだが。 「ロテン、いろいろある。……マユキ、フユはなにダス?」 「えーとね。お好み焼き、栗の甘煮入りお汁粉、肉まん、温かい甘酒、豚汁……」 首をカクリと傾げたしらさぎに、指折り数えながら答える真夢紀。 今挙げたのは定番料理。その他の変り種も含めて行くと、色々ありすぎて思い出すのに時間がかかりそうで……。 「んー? どうしたのかな」 彼女の思考を中断したのは、目の前を横切った玖雀。 酷く慌てた様子で、結い上げた黒い髪を靡かせて走り去っていく。 「……マユキ。しりあい?」 「うん。ここまで一緒に来た開拓者さん。あんなに急いで、探し物かな」 「てつだう?」 「もう見えなくなっちゃったし、戻って来たら声かけよっか。よし、まずは菊料理食べよ!」 主の声に、こくりと頷くしらさぎ。二人はもう一度手を繋ぐと、仲良く菊料理の屋台に突撃して行った。 秋晴れの空。吹く風から、ほのかに菊の爽やかな香りがする。 「んー。風が気持ちいいですね」 「お花いっぱいで綺麗ねえ」 大きく伸びをした和奏(ia8807)。人妖の光華が、うっとりと菊の花を見つめる。 「ところで、和奏。あのお花はなーに?」 「菊と言うんですよ。着物の柄にも良く使われていますし……ほら、光華姫もいくつか持っているでしょう?」 続いた相棒の問いにため息をついた和奏。 彼の言葉に、光華はああ……と思い出したように頷く。 「そういえばお墓とかに良くお供えしてあるわよね。こんな綺麗なのに随分辛気臭い場所に置くのね」 「そういう事言っちゃダメですよ? 菊の花はね、長く楽しめますし、縁起のいい花なんです。葬祭だけでなく、お祝い事にも使われるんですよ」 「さすが私の和奏。物知りなのねー♪」 ――先日行ったのお祭りは、人の行動を見て気を張る事になってしまったけれど。 こうやって、可愛い相棒が喜ぶ姿を見るのは心が和む。 菊には色々な形や色があるけれど、どれも清廉な印象を受けるのは香りのせいだろうか。 甘いというよりは、背筋が伸びる気がする……。 思考に沈んでいた和奏。相棒の明るい声で引き戻されて顔を上げる。 「ねえねえ。あっちの菊も素敵よ! 見に行きましょうよ」 「そうですね。……そうだ、帰りに菊の花の装飾品でも買いましょうか。きっと光華姫に似合いますよ」 「そうね。和奏も一緒に選んでくれる?」 「勿論ですよ」 「やったー! 和奏大好き!」 「ちょっと光華姫、前が見えませんよ」 喜びのあまり飛びついてきた光華に、慌てる和奏。 ……今日は、楽しい1日になりそうだ。 「ほら、アリス。ご挨拶して?」 「アリス君、初めまして!」 アリスと呼ばれた少年型のからくりは、にっこり笑顔のサフィリーン(ib6756)をちらりと見た後、ぷいっと横を向く。 その様子に、彼の主であるニーナ・サヴィン(ib0168)は、深々とため息をつく。 「もー、無愛想なんだから。サフィリーンさん、ごめんなさいね」 「ううん。いいの。気にしないで!」 それぞれの相棒を伴ってやってきた二人。目に飛び込んで来る光景に目を輝かせる。 「うわぁ……。ここまで菊が揃うと圧巻ね」 「同じ菊なのに大きいのや小さいのが沢山! 綺麗……」 二人の顔程に大きな菊は、ぷっくりと丸い形や、花火のような不思議な形。 小さくて可憐な菊にも、綿毛のように丸いものや、牡丹のような華やかなものなど色々ある。 「こんなに沢山色や形があるなんて知らなかったわ」 「私も。どの菊もいい匂い」 「サフィリーンさんはどの菊が好き?」 「私は白くて小くて、沢山咲いているのが可愛くて好きかな……。あ! この黄色の大きい菊、ニーナお姉さんに似合いそう!」 「そうかしら?」 きゃっきゃと盛り上がる二人。 屋台から漂ういい匂いに目を輝かせたサフィリーンに、ニーナがくすくすと笑う。 「サフィリーンさんは菊のお料理食べた事ある?」 「菊を食べるって……春菊じゃなくて?」 「ええ。お花を食べるんですって」 「へえ〜! お姉さん物知り♪」 「ふふ。ありがとう。でも、知ってるだけで食べた事ないのよ」 「じゃあ、折角だし、食べてみようよ!」 言うや否や、屋台に走って行くサフィリーン。 その後を、ニーナが慌てて追いかけて……。 ――その向こう側を、玖雀が周囲を見渡しながら走って行った。 「これはどういう料理なんですか? お酒に合います?」 屋台を覗き込み、店員に声をかける精悍な顔立ちのからくり。 何 静花(ib9584)の相棒、雷花は、一人で菊花祭を見て回っていた。 主人である静花は早々に泉の畔に陣取り、酒盛りを始めてピクリとも動かなくなってしまったからだ。 放っておくと食事も摂らずに酒を飲み続けるので、時々屋台で買った料理を差し入れ、ついでに主の飲酒量を確認して、飲みすぎている場合は注意を促し、即刻お茶に差し替えている。 完璧な体調管理。何と言う相棒の鑑。まさにオカン。 「酔いに効くのは柿よね。あとしじみ汁に大根おろし、納豆……」 主人の身体を考えた献立をテキパキと見繕う雷花。 ふと振り返ると、ぼーっと立ち尽くしている開拓者が目に入って……。 「……もしもし? どうされました?」 「うわあっ」 突然声をかけられて飛び上がる竜姫。声の主がからくりだと分かると、乾いた笑いを返す。 「いやー。菊が綺麗だなーって思って……。あ、そうだ。赤い組紐で髪を結ってる男を見なかった? 玖雀って言うんだけど……」 「残念ながら見てませんね……」 「そっかー」 ため息をつく竜姫をまじまじと見つめる雷花。 この方、恋人とはぐれてしまったのかしら……。 オカン魂に火がついた雷花は、彼女の肩をぽん、と叩く。 「ほら。このお菓子差し上げます。元気をお出しになって」 「え? うん。ありがと」 手のひらに置かれたのは菊の花の形をした練り菓子。 こんなところにまで、菊が咲いている。 竜姫は顔を綻ばせると、手を振って雷花と別れた。 「直兄さま、どうぞなんだよ!」 「ありがとう……おっとっと」 フレス(ib6696)に酌をしてもらい、上機嫌の弖志峰 直羽(ia1884)。 二人の前には菊花のおひたしに酢の物、菊の花を散らした寿司や天麩羅が並ぶ。 直羽の盃には、菊花の花弁をひとひら浮かべて……まさに菊尽くし。 料理を口に運ぶと、菊の爽やかな香りにほろ苦さを感じて、フレスは頷く。 「ちょっと大人の味だけど美味しいんだよ」 「そうだね。お酒に良く合うよー」 「菊の花、お料理にしても綺麗な色のままなんだね」 「本当だねー。生花も料理も綺麗だね」 にっこり笑い合うフレスと直羽。 顔を上げれば周囲を彩る色とりどりの菊の花。大輪、小輪どれをとっても美しい。 「咲き誇る菊達を眺めながら戴く美食……贅沢だねえ♪」 直羽の言葉にご飯を頬張りながら頷くフレス。あっ! と思い出したように顔を上げる。 「そうだ! 直兄さま、ご婚約おめでとうなんだよ」 「えっ。ああ……うん。ありがとう」 突然のお祝いに頬を微かに染めて、直羽は袖に隠れた古傷を無意識に触れる。 過去に喪くした大切なもの。捨てきれぬ夢を抱いてもがいた日々。 こんな自分でも、誰かを幸せにしたいと思えるようになれた――。 それは皆がくれた優しさのおかげなんだろうと、そう思う。 「大事な人がいると強くなれるし、素敵な事だと思うんだよ! 今日は私の大事な人、忙しくて来れなかったけど……」 だんだん声が小さくなるフレス。 直羽と一緒に来られて、勿論うれしいけれど。どうしても、あの人の事を考えてしまう。 あの人がこの菊の花を見たら何て言うだろう……。 ――ああ。綺麗ですね。あの赤い菊は、まるであなたのよう……。 「どうしたの?」 直羽の声に、我に返ったフレス。ぷるぷる、と首を振って笑顔を返す。 「ううん。何か、あの人の声が聞こえた気がしたんだよ。家に帰ればいるはずなのに」 おかしいね、と続けた彼女。 そんなフレスの頭を、直羽はぽんぽん、と撫でる。 「……フレスちゃんも旦那様と幸せにな」 直羽のどこか真面目な声に、フレスは頬を染めて頷き――。 そして、そんな二人の遥か後方を、玖雀が汗を浮かべて走って行った。 「どの菊も綺麗ね……」 「ねーさん、そんな事より食べ物だよー!」 色々な形の菊に目を細める依鳥(ic0318)の腕を引っ張る捩花(ib7851)。 片っ端から屋台に突撃する彼女と相棒の明琳に、依鳥が苦笑する。 「そんなに食べて、大丈夫なの?」 「大丈夫よ。だって、夜しか寝ないで楽しみにしてたんだもん。食べないと!」 張り切る捩花に頷きかけた依鳥。 ……夜しか寝ないって、それは当たり前ではなかろうか? そんな彼女の考えを察したのか、明琳が口を開く。 「捩花は普段、朝寝て、昼寝て、夜寝てるからな」 「……それ以外は?」 「食べている」 きっぱりと言い切った彼に、言葉を無くす依鳥。 何と言うか、想像以上に女の子として問題があるようだ……。 そうしている間も、捩花はどんどん食べ物を買って、食べまくっている。 「ほらー、ねーさんのも買ってきたよー! 一緒に食べよう!」 満面の笑みで菊の海苔巻きを差し出す捩花。 石鏡の食べ物は良くわからないけれど。 依鳥の口に合って、喜んでくれたら嬉しい。 「ありがとう。嬉しいわ」 そんな彼女に、笑顔を返す依鳥。 一緒に食べようと誘ってくれるその暖かさが、嬉しい。 でもね……と人差し指を立てた彼女は、そのまま捩花の唇に当てる。 「女の子なんだから、少しは花にも興味を向けないと」 「うん。ねーさんが見たいものにも付き合うよー?」 「そうじゃなくてね。花への造詣を深めましょ」 依鳥は食べ物から遠ざけるように、捩花と明琳の背を押して泉へと導くが、捩花の食欲は止まらない。 「ねえねえ、ねーさん。あの菊って食べられるの?」 「あれは観賞用よ」 「明琳、美味しいねぇコレ」 「うむ。これも美味いぞ。食べてみるか?」 「……うー」 口に放り込まれた菊料理は酢の物だったらしい。 苦手な味に悶絶する捩花に、依鳥は困ったように微笑む。 「全くもう、あなたと来たら……。お姉さん、こっそりあなたの未来にわくわくなんだけどねえ……なーんてね。ほら、口の周り汚してるわよ?」 キョトンとする捩花の口を、優しく拭く依鳥。 この可愛い妹分が、菊のように美しく咲き誇るのは、当分先の事かもしれない――。 「くそっ。ここにもいねぇ……!」 そして、走り続けてさすがに呼吸が上がってきた玖雀を、明琳はぼんやりと見つめながらイカ焼きを頬張った。 「紫陽花様、お元気そうで何よりですわ! 隼人さんも、お招き有難うございます」 「いいや。来て貰えて嬉しいよ」 小もふらさまと再会の抱擁をしている神座早紀(ib6735)に笑みを返す隼人。 早紀の相棒のからくり、月詠はそんな彼らをジト目を向けている。 「月詠。先に菊の花や菊人形を見たいから付き合ってね」 「えー! 俺、遊びたいー!」 「もー。そういう事言わないの」 月詠が不機嫌なのは、これが理由らしい。紫陽花に主を取られたと言うヤキモチも若干あったけれど、早紀が気付く様子もない。 「それにしても見事な菊の花ですね」 沢山の菊に目を輝かせる早紀に、頷き返す隼人。 彼女がふと、顔を上げて続ける。 「そういえば私、こんなお話を聞いた事があるんです……」 早紀の口から語られるのは、仲の良い義兄弟の話。 見送る弟に、『菊の花が咲く頃帰ってくる』と約束した兄。 ところが、罠に嵌って捉えられ、帰れなくなってしまった。 兄は約束を守る為、自害して幽霊となり、弟の元へ帰って行く――。 ――そんな、哀しくも美しいお話。 それを聞いて、月詠がぼそりと口を開く。 「……幽霊? それってアヤカシじゃねぇのか? 放っておいたら弟の方喰われちまうぞ?」 「もう、月詠ったら。作り話よ」 「作り話!? アヤカシ探しに行こうかと思ったのに!」 猛抗議する相棒に、深々とため息をつく早紀。 隼人は笑いを堪えているのか、肩が震えている。 「……お前の相棒、面白いな」 「いえ、風情が無くて……すみません」 「早紀、元気出すもふー」 申し訳なさそうな彼女が落ち込んでいるように見えたのか、励ます紫陽花。 月詠はムッとした顔をすると、主の腕を引っ張る。 「そこの小もふら! 言っとくが早紀は俺の女だからな!」 「月詠ーー!?」 「何だよ早紀。もういいだろ? 遊びに行こうぜ!」 「あう……。そ、それじゃ、月詠の遊びに付き合って来ますね。また後でお会いしましょう」 月詠に手を引かれる早紀の顔が真っ赤だ。 隼人と紫陽花は二人を見送りながら、早紀も大変だなー……なんて考えていた。 「やあやあ紫陽花様、息災でいらっしゃるかな? 隼人殿もお元気そうで!」 満面の笑みでやって来たのはラグナ・グラウシード(ib8459)。 彼がいつも以上に積極的なので、心当たりのない隼人は曖昧な笑みを返す。 「実は、俺も恋愛沙汰には全く縁がなくてだな。隼人殿も同志と知ってこうして挨拶に来た次第で」 「ああ、そうだったのか。わざわざすまんな」 「いやいや。そういえば、もうすぐ『聖夜』がやって来ますが、隼人殿のご予定は?」 「そうだな……仕事がなければ修行してるだろうな」 「おおお! さすが我が同志! 微塵の色気もない!」 ぐっと拳を握り締め、感動の涙にくれるラグナ。 すぐに立ち直ると、一枚の紙と羽ペンを隼人に握らせる。 「隼人殿は将来有望とお見受けした! ここで一つ、『りあ充撲滅同盟』に加入しませんかね。サイン一つで即完了です。さあ!」 「……一つ聞きたいんだが。そのナントカ同盟って何だ?」 「良くぞ聞いてくれました!」 押され気味の隼人に、ずずいっと迫るラグナ。 説明の途中で、スッパーーン! といい音がして、彼の顔が地面にめり込む。 「全くもー。何やってんのよ。隼人さんに妙な事吹き込むんじゃないわよ!」 そこに仁王立ちしていたのはエルレーン(ib7455)。 秋の風情を楽しんでいた彼女。菊を眺めていたら、聞き慣れた声がしたのでやって来てみればこれである。 まったく油断も隙もない。 「エルレーン! おのれ、また俺の邪魔をする気か!」 「そりゃそうよ。いっつもロクでもない事ばっかりしてるし」 「ロクでもない事とは何だ! 俺は今、崇高なる『りあ充撲滅同盟』の盟友を増やそうとだな……」 「……やっぱりロクでもないじゃない」 「いいか、良く聞け。『りあ充撲滅同盟』というのはだな! 人目を憚らずいちゃこらするバカップル共を地獄に送る事を主な目的とした同盟だ!」 聖夜で、新年で、流星祭で。 ところ構わずらぶらぶ光線を発する恋人達を嫉妬の業火で焼き尽くす。 りあ充の幸せを妬み、壁を殴る。必要ならば壁殴り代行も行う……。 「それが! 『りあ充撲滅同盟』だ!」 ビシィッ! と虚空を指差し、ポーズを決めたラグナ。 エルレーンはふるふると肩を震わせ……次の瞬間、大爆笑する。 「あっははははは! そんなんだから一生恋人できないんだよぉ!」 「な、何だとー!?」 「仰々しい理由つけて寂しいモノ同士傷を舐め合って馬鹿なの? 剣の修行とか、壁殴り代行とかに逃げてる暇があるなら前向きな事しなさいよ!」 エルレーンの口撃に、ラグナの心が大ダメージ。 とばっちりを食らった隼人まで膝をついているのだが……その口上は、彼も対象に含まれる事に、エルレーンは全く気付いていないらしい。 そんな彼らの様子を見かねたのか、烏水がまあまあ……と割って入る。 「エルレーン、その辺で勘弁してやるがよい。ラグナも反省しておるようじゃし。のう?」 「……エ、エルレーンの馬鹿ー! 貧乳ー!! 覚えてろよー!」 「何ですってー!? こらー! 待てラグナー!!」 助け舟も台無しな捨て台詞を吐いて逃走したラグナ。激怒したエルレーンがその後を追う。 「大丈夫でやんすか?」 「災難じゃったのう」 桜花と烏水に助け起こされ、礼を言う隼人は、どこか呆然としたまま続ける。 「あれに付け入る隙を与えたという事は、俺も修行不足だな……」 「それはまた違うんじゃないかなぁ……」 「隼人兄さま、元気出すんだよ」 そこにひょっこりと顔を出した直羽とフレスに、烏水が三味線をかき鳴らす。 「おお、馴染みの顔に逢うとは、こりゃ幸運じゃの♪」 彼の言葉に嬉しそうに頷いた桜花。 仲間達の顔を見ていたら、前回の依頼の事を思い出して……彼女はふと首を傾げる。 「この間、皆が隼人のあんちゃんに花の話しをしていやしたが、あれは恋愛の方だったんでやんすな〜。気がつかなかったでやんす」 「あはは。花って色々な表現があるからね」 笑顔の直羽の横で、フレスが可愛らしく小首を傾げる。 「桜花姉さまは、好きな人いるの?」 「あっし? あっしは恋愛とかよくわからないでやんす。あまり気にした事がないでやんすかな〜」 そう続けた桜花に、激しく頷く隼人。 彼女に全く同感らしい。深々とため息をつく。 「いきなり結婚しろって言われてもなぁ……」 「ああ、おぬし、それで渋い顔をしておったのか……」 納得した、と言うように頷いた烏水は、もう一度三味線をかき鳴らす。 「色々事情はあろうが、一人思い悩むよりゃ誰か内々に相談するもよしじゃ。人は自分で勝手に壁を作り上げてしまうものともいうしのっ」 「……ありがとな。しかし、この状況で何をどう相談すればいいのやら」 遠い目をした隼人の肩を、桜花がぽむ、と叩く。 「ずっと一緒に居たい人がいるというのはきっと良い事なんだと思いやすし、逆に一人なのも悪くないと思うでやんすよ」 「うんうん。時には理屈じゃなく、隼人様の心に響くものを、素直な想いを信じてみるのもいいかと思うッス」 「そうでやんすよ。なるようになるでやんす」 直羽の言葉に、菊の形の大判焼きをぱくつきながら頷く桜花。 烏水は、菊花弁当を片手ににんまりと笑う。 「まあ、積もる話は泉で聞いてやるぞい。皆も一緒にどうじゃ?」 「あ、私達も泉に向かう途中だったんだよ!」 「じゃあ、皆で向かうでやんす!」 笑顔で、連れだって歩き出す仲間達。 「もふ〜、ご主人様に恋はまだまだ遠そうもふ〜」 彼らの足元で、もふべえがやれやれと肩を竦めた。 宵闇が迫り、灯篭に火が点り始める。 「いいですか。俺が上空で合図を出したら始めてください」 「おうよ」 「どうなるか楽しみだな!」 无の言葉に頷く街の男衆。彼らがいるのは屋根の上。 その手には、ざるいっぱいの菊の花弁――。 街を巡っていて、散った菊の花弁が沢山落ちている事に気がついた彼。 これを集めて、空から撒いたら綺麗なのではと思いつき……善は急げと隼人に提案をしたのだ。 彼はそれを快諾し、当主である靜江の許可を貰って協力者を募り、今この状況がある。 「では行きます。十数えたら撒き始めて下さい。……風天、頼みましたよ!」 静かに響く无の声。 それに従い、空へと舞い上がる空龍。闇色の身体が、宵闇の空へ溶けて行く。 そして、屋根の上にいる面々と時機を合わせて、花びらを撒き始める。 ――ひらりひらりと。 空から舞い降りる花弁。 灯篭の明かりに照らされた色とりどりのそれは、雪のように降り積もる。 「……上手く行ったみたいですね」 上空から聞こえる、人々の歓声。 皆が笑顔で空を見上げて、目を輝かせていて――。 无は、その光景に、満足気に頷いた。 「石鏡では、雪じゃなくて花弁が降るんだなぁ……」 「もう。静花ったらそろそろお酒止めてくださいな!」 「うるさいなー。折角の祭りなんだぞ。飲ませろよ」 「だから飲みすぎなんですってば!」 泉の畔でぐびぐびと酒を飲む静花を、お説教する雷花。 相棒の声を無視して、彼女はひたすら酒を煽る。 恋人同士が寄り添っている、温い空気に耐えるには飲むしかない。 別に嫉妬している訳じゃない。ただ、ぼっちなだけだ。うん。 「……くそー! ぼっちで悪かったなー!」 「悪くない! 悪くないぞ我が同志!! 是非『りあ充撲滅同盟』に……っていうか、ここから出して貰えません……?」 何故か巨大なお化け南瓜の中に閉じ込められているラグナに、イヤイヤ♪ とでも言うように身体を揺するクトゥルー。 南瓜檻とラグナに蛍光落書でベタベタと落書きを始めたのを見て、柚乃が慌てて走って来る。 「ああ! くぅちゃんダメじゃない!」 「いいのいいの。天罰よー」 「いいぞ! もっとやれー!」 その様子にケタケタと笑うエルレーンと静花。 ふと見ると、エルレーンの手には酒瓶。二人とも完全に出来上がってますね。 「綺麗……すごく幻想的」 灯篭に照らされた泉と菊。そして、光を纏って舞い降りる花弁――。 その光景に、心擽られたのか、ニーナは竪琴を爪弾く。 「弾いてくれるの?」 「ええ。サフィリーンさん。踊ってくれない?」 「うん! お姉さんの為に踊るよ!」 弾ける笑顔で立ち上がるサフィリーン。 腕に飾るは白い菊の花。 心弾む楽しい曲に合わせて、花が踊るようにふわりと弾む。 舞い降りる花弁を纏うように、くるりくるりと舞う彼女に、ニーナはうっとりとため息をつく。 「やっぱり、サフィリーンさんの舞は良いわね」 「ありがとう。私もニーナお姉さん大好きよ」 そう言って、大胆にステップを踏んで一輪の菊を差し出すサフィリーン。 それを受け取ったニーナはとても幸せそうで……。 そして、その後ろでは、もっと弾いて! 踊って! と言わんばかりに、提灯南瓜がくるくると踊っていた。 菊がとても綺麗。 高貴なんて自分には欠片も似合わないけど、夢中になってしまう。 色鮮やかなこの景色を、しっかり目に焼き付けておかなくちゃ……。 そんな事を考えながら、竜姫はぼんやりと菊を眺めていて――。 ――いた!! その姿を見つけて、安堵の表情を浮かべる玖雀。 ため息を漏らすと、意を決して彼女の腕を掴む。 「ったく、この馬鹿! どこほっつき歩いてたんだよ!」 「ば、馬鹿とは何よ! 私だって探したんだから!」 「きちんと周囲を見ろって言っただろうが!」 「見てたわよ!」 「本当かー? お前、ぼんやり菊眺めてたんだろ」 「ち、違うわよ! 今だけだし!」 「今はぼんやりしてたんじゃねえか」 フフンと鼻で笑う玖雀に、言葉に詰まる竜姫。 ふと、彼の額に珠のような汗が浮かんでいるのに気がついて……。 この寒い中、自分を探して相当走り回ったのだろう。 何だか気恥ずかしくなった竜姫は、手ぬぐいを玖雀に押し付ける。 「……ごめん。これで汗拭いて。風邪引いちゃうよ」 「んぁ? こんくらいで風邪なんざ引くか。心配いらねぇよ」 こういう時に、その笑顔はずるいと思う。 玖雀が眩しくて、竜姫は目を反らして……その先にある、泉と灯篭に気がついて目を輝かせる。 「ねえ! 見て! 泉と菊が光ってる……!」 「へぇ、綺麗なもんだなぁ」 「思ってたより綺麗ー! あのね、これを見に来たかったんだ」 ――本当は、この景色が少しでも玖雀の気晴らしになればと思ったのだけど……。 告白したけど、まだ片思いだし。 そんな事言われても、困るだけかな――。 「……そうか」 そんな彼女の想いを知る由もなく。 目を細めて景色を見る玖雀。 チラリと、横目で竜姫を確認すると、彼女は何とも言えぬ幸せそうな顔をしていて……。 ――ったく。嬉しそうな顔しやがって。 続く沈黙。決して居心地が悪い訳ではない。優しい静けさ。 「……あのさ。玖雀」 「んー?」 「お腹空いた……」 「あー。そういや俺も何も食ってねえや。何か食いに行くか?」 「うん!」 色気も何もあったもんじゃないけれど。 もう少しだけ、このお祭りを、この人と楽しみたい。 「今度こそはぐれるんじゃねえぞ!」 「分かってるわよ!」 軽口を叩き合いながら、二人は屋台を目指して歩き始めた。 「……場所は違うが、約束どおり一緒に菊花祭見に来られたな」 「そうですね。久しぶりの二人きりのお出かけ……嬉しいです」 微笑み合うアルセリオン(ib6163)と月雪 霞(ib8255)。 大分夜遅い時間だからか、自分達以外に泉を散歩している者はいない。 吹く風は冷たく、ぶるっと小さく震えた霞に、アルセリオンがそっとマフラーをかける。 「これで暖かいだろう。やはりこの時期、日が落ちると冷えるからな」 「ありがとうございます。アルも寒いですよね……」 そう言って、夫の手を取る霞。指を絡めて握り、そっと寄り添う。 「なるほど。こうすれば暖かいな」 「うふふ。迷子にもなりませんしね」 「ん? 僕は君を見失ったりしないぞ?」 真剣なアルセリオンにくすくすと笑う霞。 二人を包む闇夜に浮かぶ灯篭の暖かな光。 それに照らされた泉と飾られた鮮やかな菊が、キラキラと輝いて……。 「……それにしても見事なものだな。見る者を楽しませようとする想いが伝わってくるようだよ」 「そういえば、アル。知っていますか? 菊には様々な花言葉があるんですよ?」 一般的に知られているのは『高貴』。 他にも、色によって花言葉は変わるんですよ……と続けた彼女に、アルセリオンは頷く。 「菊と言うのは奥が深いんだな。君が一番好きな花言葉はなんだい?」 「ふふ。何だと思いますか?」 夫の問いに、首を傾げる霞。耳打ちするように顔を近づける。 「それはね。『真の愛』、です……」 そう呟いた刹那、そっと頬に唇を寄せる霞。その後、照れたように頬を染める彼女が、とても美しくて――いつまでも、見ていたいと思う。 ――これからどれくらい、この人と同じ道を歩き、同じ景色を見て、思い出を作り上げていくのだろう。 叶う事なら。ずっとこのまま変わらぬ想いのまま。 毎日、毎月、毎年……大切な人との時間を積み重ねて行きたい――。 「ねえ、アル。いつかまた、この景色を見に来ましょうね」 「そうだな。……その時は僕たち二人の他に、一緒に見る者も増えるかも、しれない、な」 呟き、気恥ずかしげに横を向いたアルセリオンが何だか可愛らしくて、霞は彼をぎゅっと抱きしめた。 |