闇鍋に挑む者達
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/11 18:22



■オープニング本文

 秋も深まり、肌寒い季節になってきた。
 特に夜になると冷え込む日が増え……冷たい風に、開拓者達は首を竦める。
「あー。今日も冷えるなぁ」
「うー。暖かい鍋が食べたいなぁ。湯豆腐でもいいや……」
「おー。こう、鍋をつつきながら酒をキューッとね」
「いいねえ」
 誰ともなしに始まった呟き。それに盛り上がる開拓者達。
 ここで素直に、どこかの店に寄って鍋を頼むなり、家に帰って鍋料理をすればいいのだが……数多くの冒険をしている彼らには、それでは刺激が足りないのか。
「どうせだったら闇鍋しないか?」
 ……なんて事を言い出す奴がいる。
 そしてそれに賛同して盛り上がっちゃう奴もいる。
 開拓者の悲しき性である。
「あら。皆さん楽しそうなお話してますねー。どうせなら、皆さんにも声かけたらいかがですか? 開拓者ギルドに張り紙してあげますよー」
 盛り上がる開拓者達の中に割り込んで、職権乱用を始めるギルド職員の杏子。
 それに、開拓者達がますます盛り上がる。
「おお、杏子ちゃん分かってるな! 道連れは多い方がいいもんな!」
「っていうか、場所はどうすんだよ」
「そんなの、料理屋か宿を貸し切ればいいんじゃね?」
「あー。それいいな」
 そう。開拓者達はそれを実現するだけのお金も十分に持っている。
 そしてその勢いのまま、開拓者達は会場確保に走り……宿を丸ごと貸し切ってしまった。


「あー。良くぞ集まった! 我が精鋭達よ! 闇鍋をするにあたって、決まりを作った。各自、これに則って参加するように!」
 何故かノリノリで説明を開始する杏子。
 開拓者ギルドの掲示板に、勢いよく募集要項を叩きつける。


■闇鍋参加者募集!■

 参加資格:誰でも可
 ただし、参加者は以下の条件に従うこと。

1.持ち込む食材は1品。
2.手にしたものは何であろうとも必ず食べること。
  (布などの非食品だった場合はその限りではないが食べる努力はすること)
3.何が出来上がろうとも最後まで諦めないこと。


 かくして、開拓者達による闇鍋との戦いが幕を開けたのだった。


■参加者一覧
/ 皇・月瑠(ia0567) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / からす(ia6525) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 神座亜紀(ib6736) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 久喜 笙(ib9583) / 獅子ヶ谷 仁(ib9818) / 兎隹(ic0617) / ドミニク・リーネ(ic0901) / 小苺(ic1287


■リプレイ本文

 ついに迎えたこの日。
 闇鍋会場となった宿。薄暗い部屋に、続々と開拓者達が集まってくる。
「にゃっほーい! 闇鍋に参加しに来たにゃー!」
「うふふ、みんなでお鍋。楽しそう!」
「初めてだから楽しみだな♪」
 きゃっきゃうふふと語り合う、小苺(ic1287)とドミニク・リーネ(ic0901)、神座亜紀(ib6736)。
 彼女達は闇鍋初体験。
 ドミニクに至っては未知の鍋料理程度の認識だ。
 激しく心配である。
「闇鍋か。久しぶりだなー。兎隹ちゃんは食べた事あるの?」
「いや。初めてである。所謂度胸試しのようなものであるな。良かろうなのだ。この兎隹、覚悟完了である……!」
 獅子ヶ谷 仁(ib9818)の問いに、真剣な表情で答える兎隹(ic0617)。
 襷で袖を捲り、必勝鉢巻を額に巻き気合十分の彼女の肩を、烏天狗面を身に着けた音羽屋 烏水(ib9423)がぽん、と叩く。
「その心意気やよし。ナベビトたる資格十分じゃぞ」
「……あれ? 君、確か……」
「まあ。ボンジリではありませんか。お久しぶりですね」
 その姿に見覚えがあったのか、首を傾げる仁の言葉を継いで、穏やかな笑みを浮かべるフィーナ・ウェンカー(ib0389)。
 二人の姿に、烏水が戦慄する。
「あわわ……。クラゲにエスカルゴ……!」
「仁君のお知り合いであるか?」
「うん。ナベビト仲間。『開拓者ギルド鍋の会』っていうのがあっ……」
 兎隹の問いに答える仁の口を慌てて塞いだ烏水は、声を抑えて続ける。
「アレの名を軽々しく口にしてはいかん!」
「まぁ、身バレして困る事もないんですけどね」
 さらりと言うフィーナに烏水と仁が思いっきりずっこけて……。
 とにかく、今日の烏水は『ボンジリ』という名前らしい。間違えないようにしよう。
 そして、久喜 笙(ib9583)は一人悩んでいた。
「何故またこんな依頼に……」
 前回行った依頼が我慢大会で、酷い目に遭ったばかりだというのに、またこの会場にいる。
 おっかしーなー。平和に暮らしたいのになー。
 とりあえず来てしまったからには仕方ない。
 シノビらしく乗り切ろう。シノビだからきっと大丈夫。根拠はないが。
 更に鍋の脇には、全身に天女の彫り物を纏った強面が目を閉じて坐していた。
 戦いを前に心頭滅却。
 皇・月瑠(ia0567)は黙して、来る時を待っているらしい。
「……闇鍋、1回酷いのがあったっけ……」
 以前食した闇鍋を思い出し、眉根を寄せる礼野 真夢紀(ia1144)。
 そんな彼女に、からす(ia6525)が小首を傾げる。
「そりゃ闇鍋だから酷くもなろう。あれは食事ではなく、遊びではないのか?」
「食事です! 食材を使ってるからには! 食事ですっ!」
「まあまあ、楽しめればよいではないか」
 がーーっ! と吠える真夢紀を宥めるからす。
 御樹青嵐(ia1669)は、そんな二人を悲壮感と決意を漲らせた目で見つめる。
「……楽しむ為にも食べられる物にしなくてはなりません。闇鍋は強敵です。しかし、料理をたしなむ者の端くれとして、できる限り食べ物として楽しめる物にしてみせましょう」
「そうですね。出来る限り真っ当な鍋にしましょうね」
 ぐっと拳を握り締める真夢紀。
 良かった。味方がいた。今回は、今回こそは何とかなるかもしれない――!
 いやいや。それって無駄な努力なんじゃ……とか思っても口に出さないからすは優しい子だ。多分。
「リィムナ。今日もとても美味しそ……いや、可愛いね♪」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の熱い目線に、頬を染めるリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 この妙齢の女性は幼女大好きな変態だが、からかい甲斐があって面白い。
 そんな事を考えている幼女も大概なのであるが……ちょっとした悪戯を思いついて、連れを見上げる。
「ねぇ。フランさん。具はもちろん、お鍋の汁も残さず全部平らげたら、あたしの事食べていいよ……?」
 彼女の言葉に、遠い目をするフランヴェル。
 ――この少女には、今まで散々煮え湯を飲まされてきた。
 もうその手には乗らぬと、少女を見下ろした先には己を見上げる潤んだ瞳。
 ああ。そんな目で見つめちゃダメだ。
 ……っていうか、そんな目を向けるなら場所を変えてだね。こう。彼女の身を包んでいる薄布を優しく奪った後、白くキメの整った肌を(以下閲覧削除)。
「絶対だよ? 絶対戴くからね?」
 脳内で繰り広げられるめくるめく煩悩にイヤッホー!! と叫ぶフランヴェル。
 今回も結局、己の欲望に負けたようです。
「ククク……。エルレーン。よもやこんなところで会うとはな!」
「ちょっとラグナ! あんたまた何かするつもりでしょ!」
「べっつにー? ともあれ、ここで会ったが運の尽きだ! 今日こそ地獄に落ちて貰うぞ!」
「それはこっちの台詞だわよ!」
 睨み合い、バチバチと火花を散らすラグナ・グラウシード(ib8459)とエルレーン(ib7455)。
 それぞれの思惑や事情を乗せて始まる闇鍋。
 行き着く先は喜劇か、悲劇か――。


「では各々、食材を投入するが良い」
 鍋の前に陣取り、灰汁取り用のお玉を掲げる月瑠。
 今日の彼は鍋奉行ならぬ、泣く子を更に泣かす鍋将軍だ。
「はいにゃー」
「じゃあ私達からね!」
 小苺が手にしているのは橙色が綺麗な人参。潔く丸ごと突っ込む。
 そして続いたドミニクは、山で採ってきたという茸を入れる。見た目がかなりアレだが、茸取り名人の彼女が見立てた茸だ。食べられるに違いない。多分。
「ボクが持ってきたのはこれさ」
 そう言って包みを破くフランヴェル。出てきたのは塩漬け肉。ジルベリアの保存食であるそれを、やはり切らずに放り込む。
「俺の番かな」
「ふっふっふ……特製団子、味わうが良いぞ!」
 仁が入れたのは、魚卵に似た大量の緑のつぶつぶ。茎のような物がついているところを見ると、魚卵ではないようだが……。
 そして、不敵に笑うボンジリが勢い良く鍋に投入したのは、はんぺん団子。
 一見普通だが、中に恐るべき罠が仕込まれている。普通に見えるだけに食した者の衝撃は大きそうだ……。
「次だな。よいしょ」
 ずるり、という音と共にからすが出して来たのは吸盤がついた紐状の物。
 やけに長いが、蛸足だろうか。切らないで入れるというのはお約束なのかと思う程に、やはり切らずにぶちこむ。
「頃合か……今が旬だ」
 そして、丁寧に鍋の灰汁を取った月瑠は、丸々と太った親指ほどもある泥鰌を流し入れる。
 生きたままのそれは鍋の中でびちびちと泳いで、鍋を勝手にかき混ぜている。
「ああ、今までの食材は比較的マトモですね。良かった……!」
「今回は美味しく戴けるかもしれませんね」
 ほっと安堵のため息を漏らす真夢紀は、牛肉を一口大に切って入れる。
 鍋に適したやや厚めの薄切りに、脂身が少なく……と拘り抜いた一品だ。
 続いた青嵐が入れたのは、みたらし団子。
 煮崩れを防ぐ為に、やや固めに表面を焼いた。煮えれば、丁度良い塩梅になるだろう。
「次は自分っすね!」
 歩み出た笙は、迷わず手にした物を鍋に入れようとして……途端、月瑠の目がカッと見開かれ彼の腕を掴む。
「待て。それは何だ」
 ギクリとする笙。自分はシノビだから。何とか誤魔化せると思っていた。
 でも、周囲は皆、百戦錬磨の開拓者。シノビの技など見慣れているのである。
 彼の手から落ちたお守りと鍋の蓋を見て、亜紀が怒りの声をあげる。
「ちょっと! 食材じゃないじゃない! しかも二つも!」
「はっはっは。汚い、さすがシノビ汚いな!」
 ……全儀のシノビの皆様、不適切な表現がございましたことお詫び申し上げます。
「開き直るなーー!!」
 問答無用でサンダーをぶちかました亜紀。
 流れるようにアイヴィーバインドで拘束し床に転がった笙を、ドミニクが恨みの篭った目で見つめて、琵琶を奏で始める。
「ひどい人〜♪ 二つも入れてひどい人〜♪ 食べられないのにひどい人〜♪」
「はい! ひどい人〜♪」
 彼女に便乗し、三味線を片手に歌いだすボンジリ。
 『ひどい人(作詞作曲:ドミニク 編曲:ボンジリ)』が流れる混沌とした状況の中、真夢紀と仁、青嵐が金剛力士の如く迫力を漂わせて立ちはだかる。
「鍋は美味しく食べるもの! 食に対する冒涜ですよ!!」
「そうだそうだ! 食べられる物を入れるのが基本だろ!」
「食べ物を粗末にする人には、それなりの対応をさせて戴きましょう」
 その瞬間、走る雷撃。ドーン! という音と共に、焦げ臭い匂いが漂う。
 そして、風圧と共に光りだす真夢紀のおたま。
 あ。ヤバい。精霊砲来るよこれ。
 シノビらしく逃げ出そうとするが拘束されていて動けない。
 そして、仲間達の間からフィーナが現れ、笙の前に膝をつく。
「……食べられるんですよね?」
「え?」
「鍋に入れようと思った、と言う事は、貴方にとってこれは食材なんですよね?」
「大丈夫! シノビだから何とかなるよ!」
 フィーナの問いに、ズレた返答をする笙。それに彼女は微笑み、満足気に頷く。
「良かった。生はどうかと思いましたので焼いて差し上げました。遠慮なく召し上がれ」
 さっきの雷はそれかー! とツッコむ間もなく、フィーナは笙の口にこんがり焼けて炭化したお守りを放り込む。
 大丈夫! シノビには仮初がある!
 仮初を使って食べれば……!
「やっぱりまずいいいいい!」
「それが終わったら、目元に練り辛子の刑も待ってるのだぞ」
「いやあああああ!!」
 シノビだけど! 大丈夫じゃなかったヨ!!
 追い討ちをかける兎隹に、笙の悲鳴が響き……そして充填完了! の声と共に放たれる真夢紀の精霊砲。
 眩い光の洪水と共に、彼は星になった(ちーん)。
 仲間達のお仕置きを見つめ、満足そうに頷いた月瑠は徐に鍋を混ぜる。
「……待たせてすまぬ。鍋が煮えてしまうゆえ、まだ鍋に食材を入れていない者は急いでくれ」
 彼の声に頷いた総員。
「これ美味しいよね♪」
 ぼちゃぼちゃぼちゃ……という音と共にリィムナが入れたのは甘露煮であったようだが、大急ぎで入れた為、中身が何だか分からなかった。
「我輩の大好物なのだ!」
 そう言う兎隹は茶色くて魚の形をした何かを景気よくぽいぽーいと。
「地獄に行けッ、エルレーン!」
「ひぃひぃ泣いちゃえ! ばかラグナ!」
 いまだに火花を散らしているラグナとエルレーンは、それぞれ緑色の野菜のような物と、赤い物を一握り突っ込んだ。
「ジルベリアの食材ですね」
 涼しい顔をしたフィーナが入れたのは巻貝だろうか?
 巻貝にしては何だか形がおかしいような気もするが……。
「甘いの大好き♪」
 亜紀は、四角くて茶色い固形物を次々と投入し――。
 ……全員が食材を投入し終わる頃には、鍋からなんだか謎の甘い香りが漂い始めていた。


「よし。頃合だ」
 月瑠が手にした蝋燭で鍋を照らす。
 全ての具が投入された鍋は、泥鰌がぷかぷかと浮き、所々蛸足と、赤い何かが飛び出して、汁は濁った茶色になっており……真夢紀と青嵐が『まともだ』と喜んでいた状態からは、程遠くなっていた。
「……誰か、カレーでも入れたのであるか?」
「……いや、この香りは……もしかして、チョコレート?」
「うん。チョコレートフォンデュって言うのを聞いた事があるんだ。だから、鍋に入れたらおいしいかなって」
「そうじゃったかー。出汁が取れて味が良くって、なる訳ないじゃろーーっ!!」
 呻くような兎隹と仁の声。
 輝く笑顔を返した亜紀に、ボンジリがキレる。 
 確かにチョコレートフォンデュは美味しい。
 ……が、醤油ベースの出汁に果たして合うのだろうか?
「青嵐さん、どうしてくれましょう」
「諦めてはいけません。最後まで希望を持って!」
 予想外だが予想通りの展開に空ろな目をする真夢紀を励ます青嵐。
「あー。何だ。茶を用意してある。口直しにするがよい」
「あ、お酒もあるわよー」
 早々に諦めたからすと、楽しむ気満々のドミニクが飲み物を配って回り……。

 そしてついに、その時がやって来た。
「もう逃げられないよ! ただ前へ進むのみ!」
「いざ、尋常に勝負!」
 仲間達が躊躇する中、先陣を切ったのは亜紀と月瑠。
 亜紀は迷わず鍋に箸を入れ、むんずと掴んだのは煮崩れた魚のような何か。
 お腹の中からつぶあんが飛び出しているところを見ると、これは兎隹が入れた鯛焼だ。
「わー! 鯛焼大好き! いただきまーす!」
 ぱくりっ。
 ……甘い。しょっぱい。辛い辛い辛い辛いっ!!
 一口食べて悶絶する亜紀。
 口いっぱいに広がる、醤油出汁とチョコレート、塩漬け肉の塩味、鷹の爪のすばらしきコラボレーション!
 本来、パリパリで美味しいはずの皮がたっぷりと汁を吸っている。
 味がないはずの皮の部分が凶器になると、誰が予想しただろうか。
 チョコレートフォンデュにしたら美味しそう! なんて気軽に考えていたのが仇になった。
 ……まあ、塩漬け肉を塩抜きもせずにぶち込んだり、唐辛子を入れるヤツが出たのは予想外だったけれど。
「ぼ……ボクの屍を越えていけ」
「うむ。お前の遺志は預かった」
 何とか食べきり、ガクリと力尽きた亜紀に頷き返す月瑠。
 カッと目を見開き、鋭く鍋に箸を突っ込み……掴んだのは、焦げ目のついた丸い物。
 みたらし団子の餡が溶けてなくなり、団子の部分だけになっている。
 彼はうん、と頷くと迷わず、遠慮なく噛り付く。
 ――まず感じるのはチョコレートの仄かな苦味と甘味……そして猛烈な塩味。更に後追いで痛烈な辛味がやって来る。
 団子が良く汁を吸っている為、味の不協和音が良く伝わる。
「……どうじゃ?」
「戦場で、好き嫌いを言っては生死に関わる」
 恐る恐る感想を聞くボンジリ。味についての感想がない辺り、そういう事なのかもしれない。
 仲間達は二人の様子にガクガクと震え上がる。

「かっ辛いー!」
「これは……甘みと塩味は何とかなりそうですが、問題は辛味ですね……」
 そこに我こそはと立ち上がったのは料理人二人。
 巨大な蛸足を一口食べて悶絶する真夢紀に、ラグナが突っ込んだピーマンを齧りつつ唸る青嵐。
「……く、口が痛い……。これ、まろやかにする方向で調整しましょうか」
「そうですね……。下手に味を加えない方が良い気がします」
「だったら、豆乳を入れたら少しは緩和するでしょうか?」
「ええ。チョコレートと豆乳も合いますし。試してみる価値はありそうです。が、まずは真夢紀さん、これを飲んで」
「ううう。ありがとうございます」
 苦手な辛味を食べてしまい、涙目の真夢紀に水を差し出す青嵐。
 二人は味をじっくりと検証する。
 真夢紀が食べている蛸足はとんでもなく大きく、青嵐の手にしたピーマンはデロデロで非常に食べにくかったが、残すという選択肢はない。
 どんな物であれ食べ物に感謝し、有難く戴かなくてはならない。
 それが料理人たる使命……!
 二人は凄い勢いで手にした食材を食らい尽くすと、その勢いのまま鍋の味の建て直しに入る。

「よし。では私達も行こうか」
「いいよー」
 続いたフランヴェルとリィムナが掴んだのは、茸と人参。
 フランヴェルの箸の先にある茸は何だか毒々しい色をしていて、食べるのが戸惑われるが……。
「それね、タマゴタケって言うのよ。鍋にすると美味しいのー」
 にっこり笑顔のドミニクに曖昧な笑顔を返す彼女。
 えいっと口に入れて……舌いっぱいに広がる味の不調和。しかし、料理人達の努力の甲斐あって大分食べられる味になっている上、茸自体は美味しいような気がする。
 いける。大いなる目的の為ならこのくらいなんて事ない。
 ああ、リィムナ。私の可愛い子猫ちゃん……。
 ……早く食べたい! ふへへへ!
 ハァハァ言いながら、目を爛々とさせて猛然と鍋を食べるフランヴェル。
 そんな彼女をまったりと見つめながら、リィムナは人参を齧る。
 人参は丸ごとだったため、芯まで煮えていない。
 むしろ生煮えである事で、汁の味をさほど吸わず、若干変な味がする程度で済んでいた。
 何と言う幸運。これなら、密かに用意していた対闇鍋用兵器、必殺カレードリンクで味を誤魔化さずとも行けそうだ。
 ――それにまあ、途中で嫌になったら隣の変態さんに食べて貰えばいいよねー。
 そんな事を考えつつ、兎のようにボリボリと橙色のそれを齧り続ける。

「失敗した……」
 ため息をつくからす。液体、熱で確実に溶けるモノの混入は阻止するつもりでいたのだが、笙の騒ぎもあってドタバタしていた為、うっかり阻止しそびれてしまった。
 まあ、こうなってしまったものは仕方が無い。闇鍋とはそういうものだ。
 無表情で、淡々と掴んだ物を口にする彼女。
 口に広がる牛肉の味。しかも質が良い物のようだ。
「これはこれは。闇鍋に咲く花とでも言おうか」
 出汁はあまり美味くないが、お茶で流し込んでは勿体無い。からすはしっかり噛み締めて戴く。

 緑色の茎に、小さな緑の粒が鈴なりについている。噛むと、ぷちゅぷちゅと口の中で球体が潰れる。そして、それ自体には味が無い。
 鍋の味もそうだが、この何ともいえぬ食感に、小苺は微妙な顔をしていた。
「それはね、海ぶどうって言う海藻だよ。食感を楽しむものなんだ」
 混入した仁からの解説。
 見た目はグロいが、海藻ならば無害なはずだ。
 彼女は安堵のため息を漏らす。

「……ねえ。これって何?」
 ドミニクが箸でつまみあげているのは謎の巻貝。無邪気に問う彼女に、それを投入した本人、フィーナが淡々と応える。
「それはエスカルゴですよ。食用カタツムリです」
「かた……つむり、だと?」
「いやああああああああ!?」
 仲間達が息を飲み、ドミニクから悲鳴が上がる。
 先程までは美味しいお鍋を楽しく戴いて報酬が出るなんて素敵! なんて思っていたドミニク。
 自分の認識が甘かった事を痛感する。
「これが報酬の代償なのね……」
 そうそう。こういう反応を待っていたんですよねえ……。
 内心ニンマリするフィーナ。優しい笑顔のまま続ける。
「ジルベリアでは良くオーブン焼きにして食べるんですよ」
「大丈夫じゃ! サザエと思って食い切るんじゃっ」
 ボンジリが応援する中、からすから無言で差し出されるお茶。
 これで飲み込めと言いたいらしい。
 ドミニクは意を決して口に放り込み……。
 ぎょっくん。
 目を白黒させつつ丸呑みした彼女。
 そして、ドミニクの記憶の中に、闇鍋は恐ろしいもの、と刻み込まれた。

「それでは、戴きます」
 優雅に一礼してから、鍋に箸を入れるフィーナ。
 摘み上げたはんぺんを、特に迷う事なく口にする。
 ――苦い。
 噛み締めるほど、苦味が後からやって来る。
 良く見ると、はんぺんの間に苦瓜がぎっちりと挟まっている。
 苦いが、野菜は好きだし、食べられないレベルではない。これは食品と判断し、美味しく戴く。
 そしてこれを混入させた人物が誰であるか察しがついた彼女は、その名を呼ぶ。
「ボンジリ」
「何じゃ?」
「このはんぺんを投入したのは貴方でしょう」
「な、何で分かったのじゃ!?」
「そりゃあ、以前と同じ手法を使ってますものね……。あ、でも今回のはなかなか美味しかったですよ。……次も、期待して良いのかしら」
 ふふふふ……と笑うフィーナ。
 ボンジリはガクガクと震え上がった。

「クラゲ、聞いてくれぬか。今恐ろしい目に遭ったんじゃ……」
「ん? とりあえず鍋食べなよ。まだだったろ?」
 青い顔のままやって来たボンジリに、鍋を薦める仁。
 そうじゃった、と呟いた彼も箸を構える。
 海産物命な仁。こんな状況でも、海産物の美味しい食べ方や、新たな海産物との出会いに淡い期待を抱いている。
 心持ち海産物を探す感じで箸を滑らせ、えいっと引っ張りあげると……仁が持っていたのは、月瑠が入れた丸々と太った大きな泥鰌。
 海の魚ではないが、魚には変わりない。
 ボンジリも同じ物を引き当てたようで、二人でにんまりと笑う。
「こんな立派な泥鰌なら、蒲焼にしたいな」
「柳川鍋も美味そうじゃのう」
 出汁の味はアレだが、泥鰌自体は新鮮で美味しい。
 ちょっと現実逃避をしつつ、引き当てた具材を完食する。
「いいな。我輩も美味しい泥鰌食べたいのである」
「今度一緒に食べに行こうか。ところで、兎隹ちゃんは何を……」
 兎隹の声に振り返った仁。言いかけて、彼女の箸を見て言葉を無くす。
 箸に刺さっていたのは、巨大な塩漬け肉。
 潔く、底に沈む物を掻き出そうとしたら、刺さって取れなくなったらしい。
 とりあえず危険な物ではないし、男らしくがぶりと齧りつく。
 ……固い。
 出汁に塩分を取られたのかさほどしょっぱくはないが、とにかく固い。
 本来、塩漬け肉というのは薄く切ってそのまま火で炙って齧るか、細かく切って長時間煮て柔らかくしてから食べる物である。
 丸ごと煮たら固いに決まっている。
 何度も果敢に歯を立てるが、表面が少し削れるだけで一向に減らない。
 だんだん顎が痛くなって来た兎隹は、女性の武器を使う事に決めた。
「……手伝って欲しいのだ」
 うるうると潤む目で見つめられた男性二人は、面白いくらいに狼狽える。
「いや、でもほら。闇鍋のルールがあるし」
「そうじゃぞ。箸の思し召しと言ってじゃな」
「ダメであるか……?」
 兎隹の畳み掛けに目を反らす仁とボンジリ。
 ダメだけど。ダメなんだけど。泣かれると弱い。
「と、とりあえず包丁探して来ようか」
「そ、そうじゃな。それで食べやすくできるぞい」
 いそいそと立ち上がる二人。
 兎隹は、彼らを見送ると、もう一押しじゃな……とニヤリと笑った。

 なるべく終わりの方に食べたいなーと思っていたエルレーン。
 すると、そこにラグナがニヤニヤ笑いながらやって来て……。
「どうした、エルレーン。何故食べぬ。怖気づいたか?」
「まっさかー。今から食べるところよ!」
「本当か? まさか逃げる気ではあるまいな!」
「そんな事ある訳ないでしょ。あんたこそ実は嫌なんじゃないの?」
「馬鹿言うな! よし。では同時に行こうではないか」
「望むところよー!」
 売り言葉に買い言葉。
 こういう事は勢いが大事! と、二人とも目を瞑って鍋に箸を突っ込み、何を取ったのか確認せぬまま口に放り込む。

 ごりっ、むにゅり。

 口の中から感じる違和感に凍りつくエルレーン。
 ……何だか固くてトゲトゲしている。妙に濃い味が口に広がっているが、これは何だろうか。噛んだ時に何やら液体が飛び出したようだが……。
 どっちつかずの食感が何とも気持ちが悪い。
「へえ、ほれあに? あんなの?」
 口の中の物を噛み締めたままなので何を言っているのか不明瞭だが、『これは何か』と聞いているらしい。
 請われるままに灯りを近づけた月瑠。
 エルレーンの口元を、全員が見た。
「うぎょあああああああああああああああああああ!!」
 途端、宿中に響き渡る大絶叫。

 彼女の口から飛び出していたのは、三角形の顔に、丸い目の虫。
 表面がてらてらとした、イナゴ――。

「誰じゃ、こんな物を入れたのはー!!」
 誰からともなく出た質問に、リィムナがはいっと挙手をする。
「あたしだよー。イナゴの甘露煮くらいでそんなに騒ぐ事ないじゃない」
「ええ。山間部などでは貴重なタンパク源ですし、昔から保存食や珍味として親しまれてますしねえ」
「知ってたとしても……この外見はちょっと衝撃的よね……」
 さらりというフィーナに、遠い目をする真夢紀。
 事実を知ったエルレーンも涙目で狂乱する。
「いあああああああああああああああああ!!!」
「エルレーン! 出しちゃダメ!」
「これでぐぐっといくのである!」
 必死に宥める亜紀と大急ぎで水を運んで来た兎隹。
 エルレーンはふるふると首を振り……彼女の口の中のイナゴも一緒に揺れる。
「今日の糧が明日の命。それがお前の活力になろう」
「辛いでしょうが、これが闇鍋の掟なのですよ」
「大丈夫じゃ! おぬしなら行ける!」
「口直しに美味しいお茶を淹れてやろう。案ずるでない」
 続く月瑠と青嵐、ボンジリとからすの励まし。
 ああ、そうだ。逃げたらダメだ。戦わなきゃ闇鍋(げんじつ)と……!
 エルレーンは頷くと、水を受け取り一気に飲み干す。
「ありがとう、皆ありがとう……!」
 やり遂げ、感涙に咽ぶ彼女。
 ふと気がつけば、この状況を一番喜びそうなアイツが静かである。
 一体どうしたのだろう。
 辺りを伺うと、少し離れた場所でラグナが蹲っている。
「……おい、どうした? 大丈夫か?」
 恐る恐る声をかける仁。
 うさみたんを抱えたまま白目を剥くラグナの口から、エルレーンが投入した鷹の爪が飛び出していた――。


 こうして、ノリと勢いで始まった闇鍋の集いは、開拓者達に恐怖とトラウマを植え付け、阿鼻叫喚の渦の中、終了した。
 何とか鍋を空にして、リィムナに迫ったフランヴェルだったが、『夜の子守唄』で眠らされ、布団で簀巻きにされて放り出されたとか。