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■オープニング本文 ●昭吉の場合 「昭吉。近いうちに、大事な客が来る。もてなしの用意をしてもらえるかな」 「お客様ですか? 珍しいですね! ……主様、お客様の好物とかご存知ですか?」 「その辺は良く分からん。お前に任せるよ」 「はい。分かりました!」 淡々とした主人の言葉に、元気に頷く昭吉。 大事な方ということだし……何か珍しいお料理がいいだろうか。 少年は開拓者達から教えて貰ったレシピを手にして、ふと顔を上げる。 そういえば、天儀では2月になると、大事な人やお世話になった人にお菓子を贈る風習があると聞いたことがある。 今はまさにその季節。主様の大切なお客様にも、そのお菓子を用意した方がいいのではないだろうか。 そんな事を考えた昭吉の頭に、次に浮かんで来たのは開拓者達の顔。 ――ああ、このレシピを教えて下さった皆さんや、お世話になった方に、お礼がしたいなあ……。 そうだ。今回の買出しは、ちょっと足を伸ばして神楽の都に行ってみよう。 開拓者ギルドに寄ったら、顔なじみの皆さんに逢えるかもしれない――。 昭吉は、レシピを大事そうに本棚に戻すと、ばたばたと準備を開始する。 お財布と、背負い袋を持ったら――目指すは一路、神楽の都。 ●紗代の場合 「ねえねえ。2月はね、すきな人や大事な人にお菓子をあげるっていう決まりがあるんだって!」 「かかさまが教えてくれたの。あたし達も誰かにお菓子あげようよ!」 「どうするー? 誰にあげるー?」 ひそひそと内緒話をする女の子達。 こういう事が気になる年頃なのか、子ども達はきゃっきゃと盛り上がる。 すきな人、大事な人と言われて……紗代の顔がぼふっと赤くなる。 「……紗代。どうしたの?」 「なんでもない。紗代も、大事な人にお菓子あげたいな」 そう呟く少女の脳裏に浮かぶのは、開拓者達の顔。 紗代が困った時も、泣きたい時も、すぐに駆けつけて色々手を尽くしてくれた。 すごくすごく助けて貰ったのに、良く考えてみたらきちんとお礼を言っていなかったような気がする……。 ととさまにお願いして、お兄ちゃんとお姉ちゃん達に会いに行こうかな――。 黒狗の一件以来、ととさまもかかさまも紗代をものすごく心配するようになったけど。 お礼が言いたいって言えば、ととさまもダメとは言わない気がする。 「うん。紗代、ちょっとお菓子あげに行ってくる!」 「え? ちょっと紗代ー!?」 友達への挨拶もそこそこに駆け出した紗代。 思い立ったら即実行。少女は、相変わらずなようだった。 ●黒優の場合 「黒優。紗代、ちょっと神楽の都まで行ってくるから、いい子でお留守番していてね!」 目の前の小さな少女に言われて、小首を傾げる黒い大きな狗。 赤い首輪をした彼は、引き止めるように紗代の袖を軽く咥える。 ――ひとりでいくの? 危ないよ。 「クゥン」 そう言いたかったのだが、代わりに出たのは小さな鳴き声。 彼の言葉は人間には通じない。 紗代は、黒優が寂しがっていると思ったらしい。大きな頭をぽふぽふと撫でる。 「すぐ帰ってくるよ。黒優にもお土産買って来るからね」 「くぅ……」 心配そうに少女を見る黒狗。 ――またすぐに会えるからね。待っててね。 そう言って、この小さな友達と何ヶ月も逢えなくなったことがあった。 ――また、逢えなくなるのかな……。 ――サヨ、危ないことしない? 「またね、黒優」 笑顔で手を降る紗代。 ――カイタクシャ、今いないし……オイラがサヨを守らなきゃ。 それを一度は見送った黒狗だったが……すくっと立ち上がると、静かに少女の背を追い始めた。 ●神楽の都の外で 「ここが神楽の都かあ」 神楽の都の城門を前に、ため息をつく昭吉。 良く買い物に赴く陽天の街とは、また違う趣があるなー。 ああ、梅の花が咲き始めてる。いい匂いだなぁ。 ……なんて考えながら歩いていた彼は、上を見るあまり前を見ていなかったらしい。どんっと、勢い良く何かにぶつかった。 「きゃあ!」 「あ、ごめんなさ……」 昭吉にぶつかられ、その勢いのまま尻餅をついた少女。 謝ろうとした彼の目の前を、黒い何かが横切り――。 「わうっ!」 「うわあああああ!?」 「……黒優!? 何でここにいるの!?」 自分の2倍はあろうかという巨大なケモノが、少女を守るように立ち塞がり、驚いて尻餅をつく昭吉。 女の子が大変だ! ……と思ったら、その肝心の少女は何だかそのデカいケモノに向かって説教している。 「お留守番しててって言ったでしょ! もー」 「クゥ……」 「大体、黒優は森から出ちゃいけないのよ? お兄ちゃん達にも言われてたでしょ?」 「あの……すみません。その大きな狗は……?」 「あ、驚かせてごめんなさい。この子は人食べたりしないから大丈夫だよ」 「そ、そうなんですか……?」 「うん。黒優って言うの。身体は大きいけど、優しい子なんだ。ほら、黒優もお兄ちゃんにごめんなさいして」 紗代に促されて、ぺこりと頭を下げた黒狗。 拍子抜けした昭吉は、その場で正座する。 「あの……。その大きな狗さんとあなたは、どうしてこちらへ……?」 「人に会いに来たのよ」 「人、ですか?」 「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃん……あ、開拓者さんなの」 「そうですか……」 「それで、開拓者ギルドへ行こうと思ってたんだけど……黒優は連れていけないよね。置いて行くのも心配だし……」 続く沈黙。どよーんと落ち込む紗代と申し訳なさそうにしょぼくれている黒狗を交互に見た昭吉は、ぽん、と手を叩く。 「あの、僕も開拓者さんに用事があって、開拓者ギルドに行くところだったんですよ。もし良かったら、僕が行って呼んで来ましょうか」 「本当?! お願いしてもいい?」 「ええ。転ばせてしまいましたしね。このくらいお安い御用ですよ。……ただ、お二人がここにいると皆ビックリしてしまうと思うので……隠れていてくださいね」 「うん。分かった」 物陰に隠れる紗代と黒狗を見送った後、昭吉は走った。 あの大きな黒い狗は少女に懐いていたようだし、優しいと言うのも嘘ではない、と思う。 隠れていて、とお願いはしたけれど。うっかり見つかってしまったら……。 神楽の都の出入り口付近に、巨大な狗が出現! なんてことになったら大騒ぎになる事くらい、少年にも理解できた。 早く開拓者を呼んで来ないと、大変なことになる……! ずしゃーーっと開拓者ギルドに飛び込んだ昭吉。そのまま、大きな声を張り上げる。 「すみませーん!」 「……ん? あれ? お前、昭吉じゃないか」 「どうしたのー? こんなところで。またお使い?」 「あ! あああ! 大変なんですよ! 黒い狗がですね……!」 星見 隼人(iz0294)と馴染みの開拓者に声をかけられ、アワアワと説明を始める昭吉。 何の騒ぎかと、他の開拓者達も集まってきて……。 お礼に来たはずが、ちょっとした嵐を巻き起こしそうであった。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 菊池 志郎(ia5584) / ユリア・ソル(ia9996) / ルーンワース(ib0092) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 宮坂義乃(ib9942) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 黒憐(ic0798) / リト・フェイユ(ic1121) / 試作 壱(ic1494) |
■リプレイ本文 神楽の都の外れ。 そこで、紗代と黒狗はいきなり修羅場を迎えていた。 「はああああああん! かわいいいいいいい!!」 「…………」 「…………」 うさぎのぬいぐるみを背負った大男がいきなり現れたと思ったら、突然黒狗に抱きついたのだ。 そう、この大男。皆さん良くご存知の残念イケメン、ラグナ・グラウシード(ib8459)である。 「うさみたん! 今日はお休みだから、おさんぽいこうお!」 背中のぬいぐるみに話しかけながら、町外れを歩く彼。そこに現れた、巨大な黒い影……。 「何だ!? まさか、アヤカシか……!?」 思わず背中の大剣に手をかけたラグナ。その前に、年端も行かぬ少女が立ちはだかった。 「違うの。この子は黒狗の黒優だよ。悪い子じゃないの! お願い、いじめないで!」 ――くろいぬ? 黒い、いぬ? 「……黒いわんこさま!!! ひゃっほおおおお!!」 「きゃあああああ!?」 そんなやり取りがあって、今、この状況がある。 ラグナに飛びつかれて、黒狗は一瞬身構えたが……自分を撫でまくっているだけのようだし、少女に危害を加える訳でもなさそうだし、排除するまでには至らないと判断したらしい。 結果、されるがままでじっと耐えている。 紗代は、そんな黒狗が救いを求めているような気がして……。 「あのー。おにいちゃん」 「はうううううん! もっふもふーーーー!!」 聞いちゃいない。 「あのねー。黒優、困ってるみたいなんだけど……」 「ふおおおおおおお! ふっさふさーーーー!!」 やっぱり聞いちゃいない。 ――どうしよう。お兄ちゃん、お姉ちゃん早くきてー……。 紗代は神楽の都の方角の空を見上げて、大きなため息をついた。 場所は変わって、沢山の開拓者達が集まる開拓者ギルド。 そこで昭吉少年もまた、修羅場を迎えていた。 「黒い巨大な狗だって!? どこだ!? どこにいる!?」 「あわ?! あわわわわ」 「……おい。そんなに揺すったら、喋りたくても喋れないだろ」 聞き捨てならない単語を喋った少年の肩を持ち上げんばかりに掴み、ガクガクと揺する輝羽・零次(ic0300)。 宮坂 玄人(ib9942)の冷静なツッコミで、ハッと我に返る。 「あ。すまん。つい……」 「零次ったら落ち着いてよ。君、大丈夫?」 「はい。大丈夫です……」 心配そうな天河 ふしぎ(ia1037)に、頷き返した昭吉。 一般人が開拓者に本気で揺すられると、涙とか魂とか、色々な物が飛び出します。マジで。 身体が自由になって、安堵のため息をついたところで……後ろからむぎゅ、と抱きすくめられて固まる。 「昭吉、みーっけ」 「はわあぁあ!?」 少年の首に腕を絡めてくすくすと悪戯っぽく笑うユリア・ヴァル(ia9996)。 みるみるうちに昭吉の顔が朱に染まる。 「ユリアさん! は、離してくださ……」 「あらー。初めてじゃないのにツレないこと言うのね。やっぱりお姉さんのこと嫌いなんでしょー?」 「え……!? いや、嫌いだなんてそんな。むしろ尊敬してますし好きで……って、そうじゃなくてですねー!」 「あら! 嬉しい〜!! でも私、愛しい旦那様がいるからー♪」 速攻で夢を粉砕しつつ、少年を一層強く引き寄せるユリア。 むにゅーと、背中に柔らかいものが押し当てられて気持ちいいやら首が絞まるやら。 熱い友情ですね! とか柚乃(ia0638)が目を輝かせている間にも、少年の顔色がみるみる青くなって……リト・フェイユ(ic1121)が冷や汗を流す。 「ユリアさん。その辺にしておいた方が……」 「うむ。昭吉が昇天するぞい」 「ふふふ。だって、昭吉ったら可愛いんですもの」 ふう、とため息をつく音羽屋 烏水(ib9423)に、艶やかに笑うユリア。 ……この光景を見るのは二度目だが、正直で純朴な少年故にからかい甲斐があるのだろうなと思う。 ユリアの腕から開放されて、再び安堵のため息をついた少年は、ようやく目の前の人物が顔見知りである事に気付いた。 「……あ。柚乃さんにリトさん! お久しぶりです!」 「昭吉さん、こんにちは」 「お久しぶりですね。お元気でしたか? あ、こっちは相棒のローレルです」 「どうも」 「いやはや、こんなところで昭吉に合うとは。嬉しい縁じゃの」 「相変わらずで嬉しいわ」 「ローレルさんははじめまして! 烏水さんもユリアさんもお元気そうで何よりです」 和気藹々と話し始める6人。 そこにおずおずと黒憐(ic0798)が口を開く。 「……あの。お話中すみません……。……その、大きな黒い狗さんは……どちらにいらっしゃるのですか……?」 「あ。そうでした。南の門から出た町外れです。小さな女の子と一緒にいました」 「やっぱりそうか! ありがとな!」 昭吉の返答を聞いた途端、駆け出す零次。その背を、兎隹(ic0617)が慌てて追いかける。 「ちょっと零次、待つのだ! ずるいのだーー!!」 「は?! 何がずるいんだよ!」 「先に行くなんて許さないのだ! 我輩も黒優と紗代に早く会いたいのだ!」 「そんな事言ってる場合じゃねえだろ! まだあの二人と決まった訳でもねぇし!」 「そうだったのだ! 急ぐのだ!」 言い合いをしながら競うように走り去る零次と兎隹。 その会話を黙って聞いていた漆黒の毛並みの猫又は、ギルド内で悠長に居眠りしている主の顔をぺちぺちと叩く。 「……ルーン?」 「……ん。聞いてたよ」 そのままの体勢でぼんやりと天井を見つめているルーンワース(ib0092)。 巨大な黒い狗と少女。話を聞くに、黒狗と紗代に間違いなさそうだ。 神楽の都に出入りする者達は、開拓者達が連れている相棒を見慣れているだろうし、巨大な生物に対しても寛容だろうが……。 それでも、一抹の不安を感じる。 「……俺達も急いだ方が良さそうだな」 「……そうですね……。……急ぎましょう……」 よっこいしょ、と身を起こすルーンワースに、こくこくと頷き出口に向かう黒憐。 「そうよね。そんな大きな狗、放っておいたら危ないわよね。あたし達も行ってみましょうよ」 「しかし……ぱ、ぱくりと齧られたりはせんじゃろうか?」 そして、妙にそわそわしている火麗(ic0614)に、おどおどし始める烏水。 クロウ・カルガギラ(ib6817)は、そんな二人を宥めるように続ける。 「そこにいる狗が俺の知ってるヤツだったら、間違いなく優しくて賢いよ。噛んだりしない。毛並みももふもふだ。保障する」 「えっ。大きなもふもふ……!? これは見逃すわけにはいかないのです!」 「私ももふもふしたいです……!」 ガタッと椅子を跳ね除けて立ち上がった柚乃に、大きな緑色の瞳を輝かせるリト。 「大きいいぬさん! 見たい見たい見たい!!」 「しーっ! 天詩、騒いだらダメですよ……!」 「だって、しーちゃん! 大きいいぬさんだよ!?」 「その呼び方はよしなさいと言ってるでしょう」 「でもしーちゃんはしー……」 もがもが。 主である菊池 志郎(ia5584)に口を塞がれ、ジタバタする羽妖精。 ――これは連れていかないと、騒がれ続けて大きな狗の事と、自分の恥ずかしい呼称が広まってしまう……! 「……苦労してるな、お前」 「志郎。元気出すもふよ?」 「はは。はははは……」 星見 隼人(iz0294)と小もふらさまの紫陽花に心底同情されて乾いた笑いを返す彼。 志郎は何だか、相棒に振り回される宿命らしい。 それまで黙って話を聞いていた試作 壱(ic1494)は、カクリと首を傾げる。 「おはぎが食べたいんだけど……どこ行ったら食べられる?」 「そうね……。ちょっと今は黒狼で騒ぎになってるけど、後で皆でお茶するでしょうし、その時におはぎも買えるんじゃない?」 突然の問いに驚く事なく答えたユリア。 きっとあの子、今回もお使いで来たんだろうから……と続けた彼女に、壱の目がキラリと輝く。 「おはぎ……! 行く! 一緒に行く!」 「おはぎかー。美味しいわよねー」 いそいそと町外れに向かう開拓者に加わる壱に、ほっこりするエルレーン(ib7455)。そこに、ギルド職員が申し訳なさそうに声をかけてくる。 「あのー。町外れでうさぎのぬいぐるみを背負った男が騒いでるって、今情報が来たんですけど……。ついでに見てきて貰えませんか?」 「……あんの馬鹿がああああああああああああ!!!」 その言葉を聞いた途端、エルレーンの顔が般若に変わる。 弾丸の如く飛び出して行った彼女を、仲間達は呆然と見送り……。 「うわ……。僕達も急いだ方が良さそうだね」 「そうだな。行こう!」 ふしぎとクロウの声に頷いた開拓者達は、大急ぎで町外れに向かった。 「あ……! 兎隹お姉ちゃん! 零次お兄ちゃん!」 「……紗代! やはり紗代であったか!」 村はずれ。駆け寄ってきた少女を、ぎゅむーと抱きしめる兎隹。 零次は横で、やっぱりそうだったか……とか呟きながらガックリ膝をついている。 「あのね、お姉ちゃん。黒優が……」 「ん? どうしたであ……」 「かぁいい! かぁいいねええええええ!!」 紗代の声に顔を上げた兎隹は、目に飛び込んで来た光景に言葉を無くす。 何でってそりゃあ。 黄色い声をあげる大男に、黒優が抱きつかれてますし。 ――あの者、ひと思いにヤッてしまって良いであろうか? 兎隹が不穏な事を考えていたその時。 「どりゃあああああああああああ!!!」 ばっちーーーーん!! 突如現れた一陣の風。イイ音と共に大男が吹っ飛ぶ。 「いっだーーー!! 何をするか……って、エルレーン!?」 「やっぱりラグナ! 何やってんのよもう!」 「何して……って、可愛いわんこさまを可愛がっていただけだ!!」 「嘘おっしゃい! それだけで何でギルドに通報されるのよ!!」 「通報!? 誰だそんな事をしたのは!」 「人のせいにするなこの変態がーーーー!!」 ぎゃーぎゃーとやりあうエルレーンとラグナ。 その隙に、いつの間にか到着していた黒憐とクロウが、黙々と黒狗を引き離しにかかる。 ルーンワースは徐に己のマフラーを狗の首にかけると、ぽんぽん、とその背を叩く。 「やあ。黒優。着いた早々災難だったね」 「元気だった?」 わしゃわしゃとふしぎに撫でられて、目を細める黒優。クロウは彼の顔を覗き込んで、気になっていた事を口にする。 「……で。お前、何でここにいるんだ? 紗代さんがお前をここまで連れて来るとは思えないし……黙ってついてきちまったのか?」 「わう」 「そうか。よく道中で人に見つからなかったな……」 頷く狗の頭を撫でながら、ため息をつくクロウ。この巨体がここまで歩いてきて、騒ぎにならなかったのは奇跡に近い。黒憐もこくこくと頷きながら続ける。 「……本当に……。……黒優さん……ダメですよ……」 今回は運が良かっただけ。騒ぎを起こしては、紗代さんが困った事になるのですから……。 そう続けた彼女に、黒優は反省したのか、しゅーんとして頭を垂れる。 「飼い主が心配でついてきてしまったって……健気ないい子だねぇ」 「紗代、飼い主じゃないよ。お友達だよ」 「そうかい。熱い友情だねえ」 その話に、熱くなる目頭をそっと押さえる火麗。紗代の訂正に感動の倍率急上昇。 彼女、どうにも動物が関わると冷静さを失うようです。 「お兄ちゃん達、黒優を助けてくれてありがとう」 「どういたしまして。……紗代、ひとりでここまで来たの?」 「うん。ちゃんとととさまとかかさまに言ってから来たよ」 首を傾げるふしぎに、こくりと頷く紗代。それに零次が深々とため息をつく。 「あのなー、紗代。独りでうろちょろすんじゃねえよ。危ないだろ?」 「紗代、もうお姉さんだから大丈夫だもん」 「お前みたいなちびっこが何言ってんだよ、全く。言ってくれりゃ迎えに行ったものを……」 「まあまあ。折角来てくれたのだし、説教ばかりでは可哀想なのだ」 「そうだよ。紗代と黒優に会えて俺は嬉しいよ!」 「ふしぎ兄が嬉しいなら、妾も嬉しいのじゃ!」 紗代の頭を撫でながら言う兎隹に、激しく頷くふしぎ。 彼の相棒のひみつが何故か胸を張って、零次は苦笑する。 「それはそうなんだけどよー。……ってかさ。お前、わざわざこんなところまで何しに来たんだ?」 零次の問いかけに途端に押し黙る紗代。 少女の頬が朱に染まっているのを見て、ああ、そう言えばそんな時期だったなー……とルーンワースは思う。 まあ、当の本人はサッパリ気付いていないようだが。 「……鈍感は……罪ですね……」 「全く持ってその通りだね」 ぼそりと呟く黒憐に、ルーンワースがくすりと笑って……。 「しかし……これは確かに、見事な大きさだな」 「すごーい! 兄ちゃんが見たら戦いを挑みそうだね!」 黒狗の巨体を見て、呟く玄人。この場に居ない相棒の話をする人妖の輝々に頷きながら、アレを連れて来なくて良かったとしみじみ思う。 「あわわ……でっかいのう。だ、大丈夫じゃぞ、昭吉。儂がついておるからな!」 「はい。烏水さん。頼りにしています!」 えっへんと胸を張って見せる烏水に、素直に目を輝かせる昭吉。 そんな二人を見て、ユリアがくすくすと笑う。 「ふふ。私も頼りにしてるわよ。……ところで、足が震えてるみたいだけど大丈夫?」 「だ、大丈夫に決まっておろう!」 ユリアの指摘に、途端に挙動不審になる烏水に、仲間達から笑いが漏れる。 「すごい! 大きい! かわいいよしーちゃん!」 「待ちなさい! いきなり飛びついちゃ駄目ですよ!」 そして、相棒を止めるのに必死になっている志郎をよそに、その間もエルレーンとラグナの言い合いが続く。 「いい加減人様に迷惑かけるのよしなさいよ! お仕置きされたいの!?」 「だから俺は何もしてない! 貴様の勘違いだと言ってるだろうが!」 「……って言うか、この大きな狗は何なのよ! 可愛いじゃないの!!」 「何か知らんがここに居た。可愛いからモフってたんだ!」 「なんですってええええ!?」 衝撃の事実に地団駄を踏むエルレーン。 こんな可愛い子をモフるって何なのよ! ちょっと羨ましいじゃないの!! ――許さない。そんな美味しい事をラグナだけにさせるのは絶対に許さない!! 「と言う訳だからラグナ。大人しく縛につきなさい!」 「はぁ!? 何でそうなる!?」 「問答無用!」 「いやああああああああ!!!」 突如始まる捕物帳。仲間達は二人の背を呆然と見送る。 「わー。足速いね」 「あのお二人、あのままにして大丈夫でしょうか」 のんびりと呟く壱に反して、心配そうにおろおろしているリト。 そんな二人に、隼人が肩を竦めて見せる。 「まあ、大丈夫じゃないか。いつもの事だし」 「そうですね。とりあえずここで話し込むのもなんですし、場所を移動しませんか? もふら男さん」 頷きつつ、流れるように提案する柚乃に頷きかけて……隼人は彼女にジト目を向ける。 「……柚乃。その呼び方やめないか?」 「あら。お気に召しませんでした? じゃあ、くぅちゃんの椅子さん!」 「もふら男もふー! 椅子もふー!」 柚乃の言葉にきゃっきゃと喜んでいる紫陽花。 反論する気も失せたのか、隼人は虚ろな目をして押し黙る。 そんな彼を、リトの相棒のローレルがまじまじと眺める。 「……随分色々な呼称持っているのだな。彼は」 「えーっと……」 リトは素直に頷いていいものか悩んで……結局答えが出ず、遠い目をして誤魔化した。 「……ギルドに、巨大な狗と少女を無事保護したと連絡を入れて来た。黒狗の観光はさすがに許可できないそうだが、森へ戻るまでここを使って良いそうだ」 「住民や他の相棒さん達を驚かせないように気をつけてって言ってたよ」 「えー。そんなー! 折角ここまで来てくれたのに……!」 「まあ、仕方ないな」 真面目に任務を遂行する玄人と輝々に、がっくりと肩を落とすふしぎ。 クロウは予想がついていたのか、素直に頷く。 開拓者達は、黒狗を神楽の都の港まで連れて来ていた。 ここなら、大型の龍など、開拓者の相棒も沢山出入りするし、巨大な狗が一匹紛れ込んだところで騒ぎにならないだろうと判断したのだ。 「黒優にとっては……楽しいばかりの街じゃないだろうから。賢明な判断だね」 ぽつりと呟くルーンワース。 今回は多数の開拓者の監視があるという事で立ち入りを許可して貰えたが、黒狗は相棒でもない巨大な、しかも野生のケモノである。 いくら知恵があるとはいえ都の中を観光するというのは難しい話であったし、知恵があるからこそ……街の人々から奇異の目を向けられるのは、黒優にとって辛い事だろうと思う。 「まあ、観光はダメだけどここでなら遊んでもいい……という事よね? そうよね!?」 「まあ、そういう事なんじゃないでしょうかね」 目を輝かせる火麗に、微妙な微笑を返す志郎。 その反応にハッと我に返った彼女は、きりっとした表情に戻る。 「べ、別に、騒ぎにならないように狗を監視するのが目的で……決してもふもふしたいとか、そんな下心ないよ?」 そう言いながら、薔薇色に染まる頬。高鳴る胸を押さえるよう置かれる手……まるで恋する乙女のようで説得力が全くない。 「じゃあ、とりあえずここでお茶にしましょうか」 「そうですね。梅も綺麗に咲いている事ですし」 にこにこにっこり微笑み合うリトと柚乃。ユリアもそうね、と頷く。 「それならお茶菓子買いに行きましょうよ。昭吉もお買い物あるんでしょ? 一緒に済ませちゃいましょう」 「え。どうして分かったんですか?」 「まあ、おぬしの行動を見れおればの。いつも主の為に頑張っておるしな」 「お姉さんは何でもお見通しなのよ☆」 うんうんと頷く烏水に、ウインクをして見せるユリア。 「へぇ〜。開拓者様ってすごいなぁ……!」 昭吉は、疑うこともせず素直に感心している。 「買い物! 買い物! おはぎ買いに行こう!」 そういう壱が手にしているのは神楽の都の美食マップ。 ……何だか、美味しそうな物が手に入りそうですよ! お茶会の準備で盛り上がる仲間達。 黒狗の背に乗るルーンワースの相棒、珊瑚を見て、親子みたい! と笑う紗代を零次が覗き込む。 「そういや、まだここに来た理由ちゃんと聞いてなかったな」 「あ、それはね……。零次お兄ちゃん。はい、これあげる」 「ん? 何だ? これ」 「お菓子だよ。紗代、かかさまと一緒に作ったの」 「へー。頑張ったなぁ」 「うん。2月は、大事なひとにお菓子を贈るって聞いたから……紗代、これを届けに来たんだよ」 小包を差し出しながら顔を赤らめ、もじもじする紗代。 桜色の可愛らしい和紙で包まれたそれと、少女の反応。 その様子から、先日の紗代の言葉を思い出し……鈍感な零次もさすがに主旨を理解したらしい。 彼は屈んで目線を合わせると、紗代の頭をわしわしと撫でる。 「……そっか。わざわざありがとな。嬉しいよ、紗代」 「本当!? 良かった……」 「紗代、良かったな」 少女の微笑ましい姿に、自然と頬が緩む兎隹。目の前に、ぬっと兎柄の和紙で包まれた小包が差し出されて、目を丸くする。 「はい。これは兎隹お姉ちゃんの分」 「……我輩の分もあるのか?」 「うん。みんなのもあるんだよ! お姉ちゃん達は皆、紗代と黒狗を助けてくれた大事なひとだから」 そう言って次々と小包を差し出す紗代。 黒憐には猫柄、クロウには馬柄、ふしぎは鳥柄、ルーンワースには蝶柄の和紙――。 彼女なりに考えたのだろう。可愛らしい心遣いに、彼らの表情も緩む。 「ありがとう……ございます……」 「こんなの貰っちまったらお礼しない訳にいかねーなあ」 「そうだ。折角来たんだし、神楽の都を案内してあげるよ!」 「ああ、それはいいね」 「え……。でも、黒優が……」 恩人達の申し出に戸惑う紗代。黒優を置いて行かなければならない事が気になっているらしい。 少女の肩を、クロウが安心させるように叩く。 「大丈夫だ。俺達が一緒にいるからさ」 「……憐も……一緒にいます……」 「うむ。妾も黒優の番をしているのじゃ! 大船に乗ったつもりでいてくれて良いぞ!」 「ほら、大丈夫だろう? 紗代ちゃんは神楽の都を楽しんでおいで」 こくりと頷く黒憐に、えっへんと胸をはるひみつ。そして、ルーンワースもぽんぽん、と紗代の頭を撫でると、少女に笑顔が戻る。 「よし! 行こう! 我輩おススメの甘味処に案内するのだ!」 「俺が知ってるお店も連れて行くよ!」 「あー! こら、ちょっと待て!! ……留守番頼むぞ、黒優」 善は急げと紗代の手を取り駆け出す兎隹とふしぎ。 零次は黒優の頭を軽く撫でると、急いで仲間達を追いかけた。 「お名前、黒優っていうの? 柚乃よ。よろしくね」 「あたしは火麗よ。……あの。撫でさせて貰ってもいいかしら?」 紗代を見送った黒狗に早速声をかける柚乃と火麗。 くぅ、と小さく鳴いて尻尾を振る姿に、二人は途端にメロメロになる。 「しーちゃん! 大きなわんこさん! うたもモフモフしたい!」 「仕方ないですね……。ちゃんと黒優さんにご挨拶して、許可戴いてからにするんですよ」 「はーい」 志郎の言葉に素直に頷く天詩。ふわふわと黒狗の前に飛んで行き、自己紹介を始め……その様子に、輝々もそわそわし始める。 「ねえねえ。玄姉ちゃん! 僕も黒優ちゃんと友達になれるかな?」 「お願いしてみたらどうだ?」 「うん! 黒優ちゃん、はじめまして! 僕、輝々って言うんだ。お友達になってくれる?」 「俺は玄人だ。よろしくな」 「志郎です。うちの天詩がすみません。悪気はないんですが……」 自己紹介する者達を順番に見つめた黒狗は、尻尾をぱたぱたと振って返事をする。 「黒優、仲良くしてくれるみたいじゃぞ。良かったのう」 何故か黒優の毛並みをモフモフしながら偉そうに答えるひみつに、クロウは笑いをぐっと堪えて狗を見上げる。 「……友達が増えて良かったな、黒優」 「わう」 思い思いに黒優の身体で遊び始める人妖達。 天詩が狗の大きな背中を滑り台にし始めると、輝々とひみつもそれに続く。 「天詩、もうちょっと遠慮というものを考えた方が……」 「輝々、黒優が嫌がる事はするんじゃないぞ」 「「はーい」」 主の言葉に素直に返事をする相棒達。だが、遊びは留まるところを知らない。 玄人はため息をつくと、黒優の毛並を労わるように撫でる。 「すまないな。嫌だったらすぐに言ってくれ」 「……ああ、本当にふかふか。大人しくて可愛い子ですね」 「すごいねえ……。いい毛並みだねえ」 志郎と火麗に撫でられて、目を細める黒優。 黒狗は毛足が長めで、表面の毛は少し固いが、内側の毛がとても柔らかくてふわふわしている。 色艶もいいし、なかなかの撫で心地である。 「あたしにもその子撫でさせてええええええええ」 「むぐー! もがーー!!」 そこに走って戻ってきたのはエルレーン。 ラグナはと言うと……荒縄でぐるぐる巻きにされて、布で口まで塞がれて転がされていた。 「はわ〜。かわいい! 可愛い子だねえ!」 「むごが! むっぐぐぐ!!」 「うるさいわねえ。亀甲縛りにして吊るさなかっただけ有難いと思いなさいよ!」 「もががーーー!?」 黒狗の毛並みをもふもふしつつ、転がった状態のラグナに蔑みの眼差しを向ける彼女。 「……うさぎのぬいぐるみを背負った不審な男も捕獲したと、ギルドに伝えてくるべきかな」 玄人の呟きに、志郎はでっかい冷や汗を流した。 「もっふもふ。もっふもふー。はーい。皆、協力ありがとうですよー」 謎の言葉を唱えながら、もふらさま達にお菓子を振舞う柚乃。 黒狗の周囲に、人畜無害の象徴であるもふらさまがいれば、恐い存在じゃないと伝わるかな……と考えた彼女は、近くにいた彼らに協力を仰いでいた。 「あ、くぅちゃんは椅子さんのところに行ってていいですよ」 「グォ……」 ふと、相棒の事を思い出して振り返る柚乃。そこには提灯南瓜ではなく、轟龍が鎮座ましましていて……。 「ん? 今日あの南瓜来てないみたいだが?」 「あ、あれ……?」 隼人の言葉に首を傾げる柚乃。 またふらふらと、どこかにお散歩に行ってしまったのだろうか。 まあ、黒狗より遥かに大きい轟龍が一緒なら、巨体を隠すにはうってつけかもしれない。 柚乃もまた、黒優の毛並みをモフらんと笑顔で近づいていく。 「そういえばきちんとモフったことなかったなあ……」 仲間達の様子を見ながらポツリと呟くルーンワース。 その横で、黒憐は必死に『大切な人に贈り物をあげる慣わし』を黒優に説明していた。 「……と言う訳でですね……。黒優さんも紗代さんに……贈物をしてはいかがですか……?」 「わん!」 その言葉に頷く黒優。クロウは彼の頭を撫でると、うーんと考え込む。 「それはいい考えだけど、何を贈るんだ? 黒優には選べないだろ?」 「……そんな事もあろうかと……憐は、これを用意してきました……」 どーん! と黒憐が出して来たのは文字盤。 それを広げながら、彼女は続ける。 「……これで、贈り物の詳細を聞けば……代理で買って来られます……。……代金は……憐が持つので安心していいのです……。……憐達は村から報酬をもらいましたが……その一部は危機を教えてくれた黒優さんのものだと思うのです……」 黒優が知らせてくれたからこそ、森の危機に気付けた。 彼も問題解決に貢献した事には、間違いない。 「どんなものが……贈りたいですか……?」 その問いに、黒憐の顔と文字盤を交互に見て首を傾げる黒狗。 文字盤は黒狗のサイズに合わせて大きく作られているし、並んだ文字は小さな子でも分かりやすいし、良く出来ていると思う。 思うけど……。 ルーンワースは空を見上げて、黒憐に目線を戻す。 「……あのさ、黒憐さん。黒優って文字、読めないんじゃないかな?」 そう。話す言葉と、書く文字の知識は別物である。 彼の指摘に、黒憐はガビーンとショックを受ける。 「……憐としたことが……迂闊でした……」 「ははは。まあ、しょうがないよな。とりあえず、紗代さんが喜びそうなものを候補に出して、黒優が良さそうだと思ったら頷いて貰うようにすっか?」 クロウのフォローにこくりと頷いた黒憐。 すぐに顔を上げると、黒優の前にビシッと正座する。 「黒優さん……この際ですから、文字のお勉強を……しましょうか……」 文字を覚えておけば、この先意思疎通の役に立つはずだ。 この黒猫、タダでは転ばないのである。 「黒優、お勉強するの?」 「僕も手伝うー!」 「妾も一緒にやってあげるのじゃ」 そこにわらわらとやって来る天詩と輝々、ひみつ。 人妖達も加わり、賑やかなお勉強会が始まる。 「……黒狗と少女の物語か。三味線語りの題材にするも良さそうじゃなぁ」 「あら。それは面白そうね♪」 ぽつりと呟く烏水に、にっこり笑うユリア。 リトは、昭吉と話しながら、真剣な表情で悩んでいる。 「要するに、おもてなしの方法が知りたい、という事ですよね?」 「はい。主様、お客様は殆ど呼ばない方ですし……一体どんなものをお出ししたらいいのかサッパリ分からなくて」 「ははぁ。おぬし、今回はそれでお使いに来たんじゃな? お疲れさんじゃの」 「あ。それだけじゃないですよー。これ、どうぞ」 烏水の言葉に頷きながら、かばんをごそごそ探る昭吉。 緑色の紙袋を烏水とユリアに差し出す。 「あら。これなぁに?」 「さつまいものきんつばです。僕が作ったんですよ。2月は、お世話になった方にお菓子を贈るって言うじゃないですか。皆さんにはお世話になっているので……」 「あらー! 素敵! お姉さん嬉しいわー!」 「ひゃあああああ!!」 「きんつば、美味そうじゃのう! 昭吉、感謝するぞい! ……ユリアはほどほどにの」 感激のあまり、少年に抱きつくユリア。再びアワアワと慌てる少年を、烏水が救出し……顔が真っ赤になっている昭吉を、リトが心配そうに覗き込む。 「大丈夫ですか……?」 「はい。ありがとうございます。あ、リトさんとローレルさんもどうぞ」 「わあ……! ありがとうございます。嬉しいです! ローレルも良かったですね」 「ああ、わざわざすまんな」 思わぬ贈り物に小躍りするリト。そんな主と贈り物を交互に見つめて、ローレルは軽く頭を下げる。 そして、その後方でマップを眺めていた壱にも紙袋が差し出されて、昭吉の行動の意味が分からず、彼はカクリと首を傾げる。 「宜しかったら壱さんもどうぞ」 「……え。僕が貰ってしまっていいんですか? お世話してないですよ?」 「はい。お会いできたのも何かの縁ですし」 「……ありがとう」 素直に受け取る壱。 正直、おはぎ以外の食べ物には興味がないのだが……断るのもどうかと思うし。 何事も挑戦と言うし、試してみるのも悪くはないのかもしれない。 烏水は紙袋を手にホクホクとしながら、昭吉に向き直る。 「うむ。ここは一つ、きんつばの礼はせねばいかんのう。おもてなしか……。ユリア、何ぞ名案はあるかの?」 「あら。私にお任せでいいの?」 「うーむ。出身儀でも珍しいと思うものは変わるじゃろうしと思っての……」 くすくすと笑うユリアに、むむむと考え込む烏水。 同様に考え込んでいたリトが、徐に口を開く。 「そうですね……。おもてなしと言っても、小さな事でいいと思うんです」 「小さな事、ですか……?」 「ええ。寒い外から来たなら、玄関も暖かくしたり。お部屋にはお花を活けて居心地を良くしたり、上質なお茶は少しぬる目が良いと聞きますし、すぐお出しすると丁度いいとか……」 「なるほどの。自分がして貰って嬉しいことを、他人にもすると言うことじゃな」 「そうそう。そうです。そういった、小さな事の積み重ねがおもてなしに繋がるかなって」 烏水の言葉に頷くリト。それに昭吉は目を輝かせる。 「なるほど……! おもてなしの心って深いんですね! やってみます! あ。あと……主様の大切なお客様にも、風習に沿ったお菓子をご用意したいんですけど。何がいいですかね……」 「そうねえ……。そのお客様は女性なの?」 ユリアの問いに、俯く昭吉。顔を上げると、大きく息を吸って……。 「そこまではお伺いしてないんですが。大事なお客様が……その、主様の想い人とか……こ、コイビトだったりしたら困るじゃないですか……! 主様殆ど外に出ないしきっと出会いもないし、もしそうだとしたらこの機会を逃したらダメなんじゃないかなとか……!」 一気にまくし立てる少年。その間も、みるみる顔が赤くなって……ユリアは堪えきれずころころと笑う。 「な、何がおかしいんですかー!?」 「だって、昭吉ったら可愛いんですもの……!」 「主の事が心配なんじゃな、うん」 そう言う烏水も肩が震えていて……。 純朴な少年にここまで心配されるご主人様ってどんな人なんだろう……とリトは考えたが、それは口に出さず、こほんと咳払いする。 「この季節のお菓子の贈り物と言ったら、チョコレートが主流なんですよ。良かったら一緒に作ってみます?」 「そうね。私もチョコレートを薦めようと思っていたの」 「はい! 是非お願いします!」 リトとユリアに必死に縋りつく昭吉。烏水がうんうん、と頷きながら続ける。 「では、買って帰るのは……お茶請けと、チョコレート菓子の材料かの」 「そうね。他に何かあるかしら? 壱はおはぎが買いたいんですっけ?」 「うん! おはぎはいいですよ! おいしいですよ!」 「あ。僕もおはぎ好きです」 「じゃあ、それも買って戻りましょうか」 彼らは和気藹々と談笑しながら、神楽の都に繰り出していく。 「紗代、美味しいであるか?」 「うん。美味しいよ!」 「そうであろう。我輩おススメであるからな!」 梅の練切を食べてにっこり笑う紗代に、えっへんと胸を張る兎隹。 ふしぎも練切を食べながら、首を傾げる。 「そういえば、村の皆は元気?」 「うん。ととさまもかかさまも、村長さんも元気だよ。皆仲良くしてくれるようになったし」 「そうか。良かった。森もあれから変わりないか?」 「村の人が時々見に行ってるけど、大丈夫だって。黒優とも会えてるよ」 紗代の返答に安堵のため息を漏らす零次。 森の環境が気になっていた仲間達にとって、何よりの吉報だった。 「あ。そうだ。お菓子貰っちまったし、何か欲しいもんあったら買ってやるよ。何がいい?」 「え。何でもいいの?」 「あんま高いのは駄目だけどな」 零次の申し出にえーと……と悩む紗代。思い出したように立ち上がると、こっちこっち! と彼の手を引っ張る。 「紗代、あれがいい」 紗代が指差したのは、小さな梅のつまみ細工が可愛らしい簪。控えめな印象のそれに、零次もう一度少女を見る。 「こんなのでいいのか?」 「うん。さっき見た時、可愛いなって思ったの」 「分かった。親父、これ貰うぜ」 「あいよ、毎度あり」 「ありがとう。零次お兄ちゃん」 簪を受け取り、嬉しそうな紗代。そんな少女を、兎隹は手招きする。 「こちらへおいで、紗代。髪を結い直して簪を飾ってあげるのだ」 紗代を自分の膝に乗せて、髪を梳き始める兎隹。 その様子を微笑ましく眺めていたふしぎは、すすすす……と零次に近づく。 「……ところでさ。零次は彼女いるの?」 「ん? 何でそんな事聞くんだよ」 「いや。気になったからさ」 「そんな上等なモンいる訳ねーだろうがよ」 「ふーん。そっか」 「何だよ」 「別に。紗代にも少しは希望があるのかなーって」 「あ!? 何でそうなるんだよ!?」 「……二人共、聞こえておるぞ」 棒読みでツッコミを入れた兎隹に、凍りつく零次とふしぎ。 彼女はため息をつきながら、紗代の髪を整える。 「全く困った男子共であるの」 「紗代、零次お兄ちゃん困らせちゃったかな」 「大丈夫である。気にするでない。……そうだ、紗代。折角ここまできたのだ。親御さんにお土産を持って帰るがいいぞ」 「ええっ。紗代、そんなにお小遣いないよ」 「大丈夫なのだ。我輩の奢りなのだ。遠慮せずとも良いぞ?」 「……ったく、兎隹は紗代に甘いなあ」 「零次が厳しすぎるだけなのだ」 すかさず入る零次のツッコミに、ぷいっと顔をそむける兎隹。 そうこうしているうちに紗代の髪が結い上がり、仕上げに梅の簪が飾られる。 「わぁ……! 紗代、可愛いよ!」 「ああ、似合ってる。……と。そろそろ買い物の続きしようぜ。黒優にもお土産買って帰りたいし」 ふしぎに褒められ頬を染める紗代。続いた零次の言葉に頷いて、彼と手を繋ぐ。 「紗代、あそこにうさぎ饅頭の店があるのだ!」 「あっちに、美味しい飴が売ってるお店もあるんだ。行ってみようよ!」 「ちょっ。お前らどんだけ食うつもりだよ!」 往来に響く笑い声。楽しい買い物は続く。 「……なんだ。この騒ぎは」 律儀に『うさぎのぬいぐるみを背負った男』についてギルドに報告に行っていた玄人。戻ってきたら港の雰囲気が変わっていて……。 「おかえりなさい。昭吉君が、贈り物のお菓子を作っているそうですよ」 労いながら、状況を説明する志郎。 一角に何故か調理台が用意され、そこからチョコレートの甘い香りが漂っていた。 「はーい。できましたよー。これを包めば贈り物の完成です!」 「意外と簡単に出来るものなんですね……」 丸い形のチョコレートを笑顔で並べるリト。 木の実を砂糖を煮溶かした飴に絡め、更にチョコレートで包んだお菓子は、思ったよりも簡単で昭吉は目を丸くする。 「ええ。基本は溶かして冷やし固めるだけですもの。ただ、溶かす時は直火にかけない、熱くしすぎないっていうコツはあるんだけれど。そこを間違えると失敗するから気をつけてね?」 そう言うユリアが作ったのはチョコレートの杯とうずらの卵の形をした一口チョコ。 卵の中心には、きちんとホワイトチョコレートが入っている。 チョコレートは、こういう型と工夫さえあれば色々な形が作れるのが楽しい。 「チョコレート! 美味しそう!」 「食べたいのじゃ!」 「僕もー!」 「皆の分もありますよー」 甘い香りに釣られてやって来た人妖達に笑顔を返すリト。 「……で、壱よ。そんなにおはぎばかり買い込んで来てどうするつもりじゃ?」 「食べ比べするに決まってるじゃないですか。やだなー」 チョコレートには目もくれず、大量のおはぎを抱えて幸せそうな壱に、苦笑する烏水。 そこに、神楽の街巡りをしていた紗代達も戻って来る。 「あら、おかえりなさい。紗代もチョコレート食べる?」 「わーい! 食べるー!」 「良く食うな、お前……」 笑顔のユリア。大喜びの紗代にツッコミを入れる零次。そんな二人を見て、兎隹はくすっと笑う。 「ただいまなのである。我輩もうさぎ饅頭と羊羹を買って来たのだ」 「俺も落雁を買って来たよ。皆で一緒に食べようよ」 「おお、いいですね。俺もご相伴させてください」 早速手土産を開けるふしぎの横で、皿を並べるのを手伝う志郎。 「柚乃、お茶淹れて来ますね」 「あたしも手伝うわ。エルレーン、湯呑みを用意してもらっていい?」 「はーい♪」 「もがががー!!」 柚乃と火麗、エルレーンがお茶の準備を始めて、港が一層賑やかになる。 まあ。ラグナは相変わらず転がされたままであったが。 その様子を穏やかに眺めていた黒優のところに、紗代と零次が駆け寄る。 「黒優、ただいま! 待たせてごめんね」 「お前にもお土産買って来たぞ。鶏肉好きか?」 「わう!」 2人に頭を撫でられて、尻尾を振る黒優。彼は小さな紙袋を咥えると、それを紗代の手に押し付ける。 「黒優、これなぁに?」 「……それは……黒優さんから……紗代さんへの贈り物ですよ……」 黒優の代わりに答えた黒憐。思わぬ言葉に、少女は目を丸くする。 「え、でもこれ、どうやって……?」 「ちゃんと黒優が選んだものなんだぜ」 「まあ、黒優の希望を聞きだして、俺達が買いに行ったんだけどね」 続いたクロウとルーンワースの言葉に、そうだったんだ……と囁いた紗代。 紙袋を持ち直すと、黒優を覗き込む。 「開けてみてもいい?」 「わん」 彼の返事に、大急ぎで袋を開ける少女。そこから出てきたのは、小さなお守り……。 「……ありがと、黒優。大事にするね」 「お守りを選ぶなんて、黒優らしいよな」 「……そうですね……。この一途さ……犬にしておくのは勿体ないのです……」 しみじみと呟くクロウと黒憐に、くすりと笑うルーンワース。 零次と紗代、そして黒優……この関係を眺めていたら、暫く退屈しそうにない。 「実は我輩も、紗代と黒優に贈り物があるのだ」 恭しく両手を差し出した兎隹。そこには、森の碧を思わせる天然石を編み込んだ、腕輪と首飾りがあって……。 「わあ……! 綺麗。兎隹おねえちゃん、これどうしたの?」 「我輩の手作りなのだ。大切な紗代と黒優へ、我輩からの大好きの気持ちなのだ♪」 「ありがとう! 紗代も兎隹おねえちゃん大好き!」 抱きついて来る紗代をしっかりと受け止める兎隹。少女の頭を撫でながら続ける。 「ずっと仲良しなのだ。……何か困った事があったら、すぐに我輩を呼ぶと良いぞ? 何もなくても遊びに行くけどな」 「うん! ……これ、つけてもいい?」 「勿論なのだ。黒優にもつけてあげるのだ」 「……何か、黒優がだんだん立派になってくな」 「似合うからいいんじゃない?」 ぼそりと呟く零次に、ふふふと笑うふしぎ。 黒優の赤い首輪とお守り。さらにそこに兎隹の緑の首輪が加わり……何だかとても豪華な雰囲気になっていた。 「皆さーん、お茶が入りましたよー」 「黒優達もこっちにおいでよ!」 柚乃と火麗の声に、手を振って答える黒憐。 黒優を伴って、仲間達の輪に混じる。 「しーちゃん、このチョコレート美味しいねえ!」 「天詩、ちょっとは遠慮なさいね」 「玄姉ちゃん! 黒優可愛いし、お菓子美味しいし、来て良かったね!」 「そうか? 楽しめてよかったな」 「これ美味しいのじゃ! ふしぎ兄も食べるのじゃ!」 「ごめん、ひみつ。僕もうお腹いっぱい……」 「うーん。こっちのおはぎはまろやか、こっちのおはぎはしっかりしてる……」 「……儂、味の違いはよう分からんがどっちも美味いぞい」 和気藹々とお菓子とお茶を楽しむ仲間達。 リトは落雁を美味しそうに食べている昭吉に、すっと小包を差し出す。 「はい、これ。いつも頑張ってる昭吉さんに贈り物です」 「え……!? 戴いてしまっていいんですか!?」 「ええ。さっき一緒に作ったお菓子で申し訳ないんですけど……ご主人様と一緒に召し上がって下さいね」 「とんでもない! 嬉しいです! ありがとうございます……!」 「いえいえ。どういたしまして」 あまりの昭吉の喜びっぷりに、ほっこりするリト。 ユリアもくすくす笑いながら、チョコレートを一粒つまんで、昭吉の口の前に運ぶ。 「私からも可愛い昭吉に贈り物よ。はい、あーんして」 「えっ。ええええ!? じ、自分で食べられますから……」 「遠慮しないでいいのよ?」 「い、いやあの。ユリアさん……」 「あらー。私のチョコレートは食べられない?」 「そ、そんな事ないです……!」 「じゃあ、はい。あ〜ん♪」 「…………」 観念したのか、耳まで真っ赤になりながら、口を開ける昭吉。 その様子が面白くて、ユリアは雛に餌を運ぶ母鳥のように、いくつも昭吉の口にチョコレートを放り込んだ。 そして、開拓者達の様子を一歩引いたところで眺めながら、優雅にお茶を楽しんでいるローレル。 そんな彼をちらりと見て、リトはため息をつく。 ――ローレルにとって、自分は何なのだろう。やはりただの『主人』なのだろうか……。 自分が彼に感じているこの気持ちが、届くかどうか分からないけれど。 このお菓子を渡すだけなら、いいよね……。 「はい、ローレル。これあげます」 「……俺に? そうか。ありがとう」 いつもの淡々とした返事ながら、微かに笑う彼。 それを見て、心臓が跳ね上がって……リトは再び、ため息をついた。 お茶会の後、ユリアの迅鷹アエロの友なる翼で神楽の都を空から観光し、昭吉と紗代が大はしゃぎ。 昭吉と別れた後、疲れて眠ってしまった紗代を背負い、黒狗を伴って珠里の村まで行く事になった。 こうして、少年と少女、黒狗の長い長い1日は終わりを迎えた。 楽しい1日に、たまには風習に乗ってみるのも悪くないと思う開拓者達だった。 |