【震嵐】湧き上がる瘴気
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/17 09:33



■オープニング本文

●【震嵐】の影で蠢くものたち

 石鏡の首都、安雲(アズモ)は『精霊が還る場所』と謂われる遺跡の上に建造された都だ。
 この安雲から橋を渡った先の小島にあるのが、もふらの中のもふら、大もふさまがおわすもふら牧場に隣接した安須神宮。石鏡の双子王が在し、多くの巫女が日々の役目に勤しみ、そして『すべての精霊が生まれ、還ってくる』と伝えられている聖域。
 この日、安須神宮では新年を祝う宴が催されていた。
 集ったのは神楽の都で行われていた会議から戻った双子王と、その側近達は勿論の事、石鏡の政において特に強い発言力を持つ【五家】と呼ばれる家の者達や高位官僚たち……いわば石鏡国を支える礎である。
 諸事情でお家断絶に等しい香散見家や露堪家の関係者は欠席ながら、王たちも並んだ祝宴の席では斎竹家、星見家、午蘭家の笑い声が絶えず聞こえていた。
 話題は【湖水祭】の思い出話や、石鏡貴族と五行国高官との縁談話、いずれも明るい話ばかり。
「そういえば香香背さま……開拓者の中から神代が現れたそうですな」
 午蘭家の者から発せられた言葉に、驚く者が数名いた。

 神代。
 それは朝廷の帝などが代々得ていた特殊な力のことだ。
 精霊力に対する特別な親和性を発揮すると言われる神代は、時に最高位の精霊との交信や降霊さえも可能であると言われ、朝廷は神代を持つ帝を神霊の代弁者と位置づけていた。
 本来、帝が持つはずの『神代』は――何故か穂邑(iz0002)という開拓者の少女に宿っている。

「聞けば元は石鏡の巫女であった少女だとか……覚醒する以前に会っていたかもしれないと思うと、なかなか感慨深いもので」
「そうね。私も一度会ってみたいわ」
 香香背たちが他意無く話し込む傍ら、今ここで、穂邑を神代と知る斎竹家の姉弟は……無言で顔を見合わせた。
 刹那。
「王! 大変です」
「どうしました?」
 この日、一つの不穏な知らせが安須神宮の双子王の元に届けられた。
 安雲の街中でアヤカシが町民を襲い、軍が出動する騒ぎになったと言うのだ。
 石鏡といえば辺境の地こそ様々なアヤカシの脅威に晒されているものの、三位湖のめぐみによって支えられた天儀で最も豊かな国。気候も穏やかな時期が多い事から牧畜と農耕が盛んという、中心に近付けば近付くほどアヤカシとは無縁の土地なのだ。
 にも関わらず今回のアヤカシ騒動は安雲――首都で起きた。
 ただ一度の騒ぎでも、人々の心に不安は募る。双子王をはじめ石鏡の上層部は、これが何かの前触れでなければ良いがと、己の不安が杞憂に終わる事を願っていた。


 だが、願いに反してアヤカシ騒動の報告は連日続いた。
 石鏡の各所で頻発する事件に約四千からなる石鏡の軍は奔走させられ、新年の会議に置いて公表された『大アヤカシ不在の理穴方面を完全に奪還する』という大作戦に際し決まっていた、北面への軍の派遣をも中止せざるをえない状況へと追い込まれていった。
 かくして石鏡国内の助けを呼ぶ声は開拓者にも届くようになり――。


●蠢くものたち
「……全く。随分待たせてくれたものだな」
「アレが斃されて処々予定が狂った。仕方がなかろう」
 苛立たしげに呟く深い紫色の髪の男に、黒髪の片眼鏡の青年がため息をつきながら答える。
 そう。あれは1年ほど前だったか。
 五行を震撼させた偉大なる大アヤカシが屠られて、全ての予定が変わってしまった。
 拠点の移動から始まり、慎重に事を重ねた故に、予想より時間がかかったが……。
 ――ようやく、全てが整った。
 そこまで考えて、黒髪の青年はくつりと笑う。
「それにしても、随分と細かいことを気にするんだな。お前達は、私達と違って時間はいくらでもあるんだろう?」
「……つまらん理屈だな。とにかく、約束は果たして貰うぞ。……菱儀」
 扉を開け、いずこかへ向かう紫の髪の青年。
 菱儀と呼ばれた青年はその背を黙って見送り――。
「主様、参りましたわ」
「何かご用事ぃ〜?」
「主様の方から呼ぶなんて、珍しいわね」
 そこに入れ替わるようにして入ってきた3人……それぞれ青、金、赤の髪を持つ一尺程の大きさの少女達を、彼は一瞥した。


●湧き上がる瘴気
「すまないが、皆手を貸してくれ! 大至急!」
「え……? どうかしたんですか?」
「何かあったのか?」
 青ざめた顔で開拓者ギルドに駆け込んで来た星見 隼人(iz0294)に、驚く開拓者達。
「……石鏡に、瘴気が出た」
 続いた隼人の言葉に、開拓者達が凍りつく。
 ――石鏡の国。陽天と星見領、銀泉の中間地点にある小さな村。
 そこに、何の前触れもなく、突如として瘴気が噴出した。
 星見家当主、星見 靜江が一早く対応に乗り出し、銀泉の者達が村人達の救助に向かったが、同時にアヤカシも現れたという情報があり、多数の逃げ遅れた村人達が外に出ることも出来ず、家の中に取り残されていると言う。
「そんな……! 早く助け出さないと……」
「ああ、村人達の命に関わる。瘴気噴出の原因を調査せよとの命もあるが、それは後に回してまずは人命優先で動く。現状、村の内部がどういう状況かも不明だが、瘴気汚染の危険性がある。万が一、汚染された場合、今回の治療費は石鏡で手配する。……頼む。どうか、力を貸してくれ」
「分かった。急ぐとしよう」
 こうして開拓者達は、急ぎ石鏡の三位湖南へ出立した。


■参加者一覧
/ 志野宮 鳴瀬(ia0009) / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 胡蝶(ia1199) / 菊池 志郎(ia5584) / ユリア・ソル(ia9996) / 雪切・透夜(ib0135) / ニクス・ソル(ib0444) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 神座真紀(ib6579) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 弥十花緑(ib9750) / ジョハル(ib9784) / 宮坂義乃(ib9942) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / リト・フェイユ(ic1121) / 嘉瑞(ic1167


■リプレイ本文

 村に到着した開拓者達は、その光景に言葉を失った。
 遠目からでも分かる、地を這うような瘴気の渦。そして、聞こえて来るのはギィギィと騒ぐアヤカシ達の声。
「一体何故、瘴気が……」
 ぽつりと、呻くように呟いた宮坂 玄人(ib9942)。
 その問いに応えるものはなく。
 精霊の国と呼ばれる石鏡。永い歴史の中で、未だかつて瘴気が出たことなど一度としてなかったはずだ。
「突然の異変、にしては……過ぎたものですね」
「う〜。いやな予感がするですの〜」
 こめかみに手をやる无(ib1198)の横で、眉根を寄せるケロリーナ(ib2037)。
 この瘴気はどこから?
 一体どうやって?
 気になることは沢山あるが、まず、自分達がすべきことは……。
「ともあれ今は人命が最優先です。急ぎましょう」
「そうですね。星見さん、お手伝いします」
「ああ。すまんが、宜しく頼む」
 相棒の駿龍に跨りながら言う六条 雪巳(ia0179)に、頷き返した菊池 志郎(ia5584)。
 集まってくれた開拓者達に、星見 隼人(iz0294)は深々と頭を下げる。
「隼人、気にするな。困っているものを救うのは開拓者として当たり前のことだからな。……よし、皆行くぞ!」
「はーい! 任せてっ」
「おっと。独りでは行かせないよ、子猫ちゃん♪」
 彼の声に応えるように走り出す羅喉丸(ia0347)。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)とフランヴェル・ギーベリ(ib5897)も負けじと走り出すと、討伐班の者達も次々とそれに続き……。
 溢れる瘴気を見ても迷うことなく村に突き進んで行く開拓者達。
 隼人も村に向かいかけて……ふと、隣に立つ音羽屋 烏水(ib9423)が震えているような気がして覗き込む。
「……烏水。どうした?」
「だ、大丈夫じゃ。ちょっと武者震いが止まらんだけじゃ」
 己より幾分若いこの友人は、普段から明るくて陽気だが……その分、荒事は苦手なのだろう。
 隼人自身、初めてアヤカシを見た時はこんな状態だった気がする。
 彼は烏水に目線を合わせると、力強く肩を掴む。
「腹に力を入れろ。大丈夫。アレはアヤカシじゃない。じゃがいもだ」
「は? じゃがいもじゃと!?」
 素っ頓狂な声をあげる烏水。
 そういえば、師匠も『舞台で緊張してたまらない時は観客を芋だと思え』とか言っていたような……。
 そこまで考えて、彼は気付いた。
 そう。自分より、取り残されている村人の方がずっと怖いはずだと。
「……うむ。天儀一の三味線弾き目指すなら、今こそ勇気付ける音楽を奏でる時じゃ!」
「その意気だ。期待してるぞ」
 烏水の頭をくしゃくしゃと撫でる隼人。その様子をリト・フェイユ(ic1121)はぼんやりと眺める。
 ――濃い瘴気。淀んだ空気を見ると、どうしてもあの時の事を思い出す。
 故郷の森が瘴気に飲まれた苦い記憶。
 あの時は、何も出来ずに逃げることしか出来なかったけれど。
 今度は。今度こそは、助けたい……。
 そんなことを考えていた彼女は、神座真紀(ib6579)に呼ばれてふと我に返る。
「リトはん。あのね。これ……助け出した子供達に渡してくれへんか」
「あ、はい。これは?」
「ジャムと樹糖や。……甘い物食べたら落ち着くかもしれへんし」
「分かりました。お預かりしておきますね」
 真紀の気遣いを察して、頷くリト。
 村に向かう真紀と入れ違いで、荷馬車を引いた走龍を伴い、不破 颯(ib0495)がやってくる。
「馬車はここでいいかねぇ?」
「ええ。大丈夫やと思います」
「はい。ここなら瘴気も来ないかと」
 頷く弥十花緑(ib9750)と柚乃(ia0638)。
 颯と烏水はなるべく沢山の村人を救護できるようにと、できるだけ大きな荷車を用立てて来た。
 荷馬車の中には毛布や飲料水などの救護用品も積んで来たし、これなら弱った者、瘴気感染した者を負担かけずに安全な里まで運ぶことが出来そうだ。
「垂氷、ここに。助けた人をここで待って、護る。……大丈夫やね?」
「グオォ!」
 垂氷と呼ばれた駿龍が主の言いつけに嘶いて見せると、花緑は頼みますえ……と呟きながら相棒に目印をくくりつけ、その首を撫でる。
 この龍が避難してくる者の目印となれば、無用な混乱も避けられるはずだ。
「よし。僕達も村人を救護しに行こう!」
 颯爽と滑空艇に乗り込む天河 ふしぎ(ia1037)。
 救護班の者達が思い思いの方法で村へと散っていく頃には、村からのあちこちで戦いが始まっていた。


 村の中は酷い有様だった。
 草や木々は枯れ、地面から湧き上がる濃密な瘴気で猛烈な吐き気に襲われる。
 志体を持っている自分達とてこの状況なのだ。村人達は一体どうなっていることか……。
「瘴気も気持ち悪いけどアヤカシも気持ち悪いわね。どこから来たのかしら、全く」
 民家の屋根に登り、周辺を伺う胡蝶(ia1199)。
 見たところ小鬼ばかりで、時々図体の大きい鬼が紛れているようだが、濃密な瘴気の中を何十体と群れを成している様は残念ながら美しいとは言えぬ光景だ。
 そこに突如空く大穴。羅喉丸が相棒の人妖と共にアヤカシの中に切り込み、十体程纏めてなぎ倒している。
 フランヴェルが飛び掛る小鬼をなぎ払う間に、リィムナから紡がれる魂を原初の無へと還す歌。
 それを聞いたアヤカシ達は、漏れなくその場に崩れ落ちる。
「あらあら。派手ねえ」
 開拓者の中でも屈指の実力を誇る彼らなら、下級アヤカシ程度赤子の手を捻るようなものだろう。
 ……まあ、これだけ瘴気が濃いと、別な意味で危険だけれども。
「私も負けてられないわね。さあ、アヤカシども! かかってらっしゃい!」
 鞭を撓らせ、パシーン! と大きな音を立てた胡蝶。
 その音に気付いたアヤカシ達がわらわらと寄って来るのを確認すると、迷わずその中心に着地して、迎撃する。
「……それにしても、白い女性型のアヤカシはどこかしら?」


 胡蝶がそんなことを考えていた頃。
 その人影に最初に気付いたのは天河 ふしぎ(ia1037)だった。
 バサトサイトを使っていなかったら見逃していたかもしれない。
 風に靡く白い長い髪。大きな飛行系のアヤカシに跨り、村から離れ行くあの姿は――!
「あいつ、あの時の……!」
「……あれ、ヨウか?! 待て! ヨウ!」
 ふしぎの声にいち早く反応した輝羽・零次(ic0300)。
 飛び出して行こうとする彼の腕を、クロウ・カルガギラ(ib6817)が咄嗟に掴む。
「何すんだクロウ! 何で止める!?」
「落ち着けよ! 良く見ろ! 追いつけるような距離じゃない……!」
「何でだよ! 零王でひとっ飛びすれば追いつくかもしれねえじゃねーか!」
「無理だって! ふしぎの滑空艇がフルスピードで行っても追いつけねえよ!」
「だからって……! このままみすみす見逃せって言うのか!?」
「……零次の気持ちは分かる。何でこんなことになってんのか、一体何をやらかしたのか……俺だって問い詰めたい。だけど、俺達の仕事はなんだ? ここに何しに来たんだよ。少なくとも今は、あいつを追うことじゃねえだろ……!」
 零次を止めながら、クロウも自分を押し留めているのだろう。口を強く噛み締め、唇から血が滲んでいる。
 彼自身、以前出会った白いアヤカシ……ヨウがここに来ているのではないか、と漠然とだが予想していた。
 村からの距離、そして彼女の用心深い性格から考えても、開拓者が到着する前に村を離脱したのだろう。
 確信は出来なかったとはいえ、ヨウのそういう部分を知っていた……だからこそ、この事態が余計に悔しかった。
「……零次。俺も悔しい。すごい悔しいよ。次は絶対、逃がすもんか……!」
「捕まえてやろうぜ、必ず。捕まえて、罪を償わせる……!」
「くそっ……!」
 ふしぎとクロウの、噛み締めるような言葉。
 彼らの気持ちが痛い程に分かる。
 こみ上げる無念に堪えきれず、零次は拳を地面に叩きつけた。


「何なのこいつら! ぎーぎー煩いったらありゃしないね!」
「此方から探しに行かなくても、あちらから来てくれるのは助かるけどね」
「親玉はどこなのさ! ったく! 面倒だし片っ端からやっちまうんでいいよね」
「いいんじゃないかな」
 耳障りな声をあげてじわじわと寄って来る小鬼達。
 丹精な顔に苛立ちを浮かべる火麗(ic0614)に、どこかのんびりと答える嘉瑞(ic1167)。
 彼自身、薄く笑っているが、目は獲物を狙う獣のそれだ。
 そして、彼らの隣には獣がもう一人……。
「……ヴァイス、やる事は一つだ。殺し尽くせ……全て、一つ残らずだ」
「やれやれ、物騒な主をもって光栄の至りだ」
 フードを降ろし、冷たい声で言い放つ雪切・透夜(ib0135)に、肩を竦めてみせるからくりのヴァイス。
 主である透夜は普段、絵画を嗜む穏やかな人であるが、こういう時には容赦がない。
 まあ。その方がこちらとしてもやり易くて助かるのだが。
 主の命令があった以上、ここにいるアヤカシを生かしておく理由はない。
 即、実行あるのみだ。
「……お前達、相手が悪かったねえ。まあ、苦しまずに逝けるとは思うよ。良かったね」
 アヤカシに猛然と襲いかかる仲間達を見て、嘉瑞は凍えるような笑みを浮かべた。


 小鬼のような低俗のアヤカシでも、飢えはあるのだろう。
 中にいる村人を狙っているのか、家の戸を必死で壊そうとしている小鬼達を見つけ、雪巳が短く叫ぶ。
「ジョハル……! あそこ!」
「分かってる! 行くぞ、リリ!」
 炎龍に跨り、滑るように急降下するジョハル(ib9784)。
 風のように軽やかに肉薄すると、黄金の曲刀で戸にしがみつく小鬼をなぎ払う。
 そんな彼に迫る新たな小鬼の群れ。
 もう一撃加えようと、曲刀を構え直したその時。
「させませんよ……!」
 そこに舞い降りる駿龍――。
 雪巳の手から白い光弾が次々と放たれ、アヤカシを沈めて行く。
「助かった。後ろに雪巳がいると安心して暴れられるね」
「そうですか? 私も色々とやりやすくて助かりますよ」
 話の内容の割に、硬い表情のジョハルと雪巳。二人の目線は固く閉じられた戸に向けられていて……。
「……間違いない。中に人がいる、な」
「そのようですね。先に救助しましょう。……ジョハルさんは、後方の困った方達の相手をお願いしても宜しいですか?」
 雪巳の声に、ちらりと目線をやるジョハル。
 そこには、まだ沢山の小鬼達が跋扈している。
「了解。あっちは引き受ける。雪巳も気をつけろよ」
「ありがとうございます。ジョハルさんもご武運を」
 炎龍に声をかけ、空に駆け上がる友人を見送った雪巳は、コンコンコン、と戸を叩く。
「開拓者です。助けに来ました。ここを開けて下さい」


「神座家次期当主、神座真紀! 推して参る! かかって来ぃや!」
「アンタの相手はこっちだ!」
 点在する家々を襲おうとするアヤカシ達の前に踊り出て、啖呵を切る真紀と玄人。
 彼らが何も考えていないのか、それとも目の前の命の匂いに釣られたのか……どちらかは分からなかったが、すぐさま方向転換をして迫ってくるのは開拓者達にとって僥倖だった。
「そっちには行かせませんよ……!」
 そして、真紀と玄人をすり抜けていこうとするアヤカシを聖なる矢で打ち抜いて行く志郎。
 相棒の嵐龍と共に、上空から索敵して仲間に知らせるつもりだったが、そんなことは必要ないくらいに、村にはアヤカシが溢れていた。
 それにしても、これだけのアヤカシ。一体どこから来たのだろう……?
 アヤカシは瘴気が集積されることによって生ずるとは言うけれど、一度にこれだけの数が生まれるとも思い難い。
 誰かが、何かの目的でここまで連れて来たのだろうか……。
 志郎がそんなことを考えている間も、真紀が鬼神の如く刀を振るい、玄人がその隙間を縫うように矢を放つ。
 流れるような連携。だが、敵の手数も多く……玄人が矢を番えた途端、大きな鬼に吹き飛ばされ、身体が横に流れる。
「玄姉ちゃん、大丈夫……?!」
「玄人! しっかりしい!」
「これくらい平気だ! 続けるぞ!」
 すぐさま爽やかな優しい風を呼び起こし、回復を試みる相棒の輝々。
 真紀の声に応えるように、体勢を立て直した玄人は、すぐさま鬼に矢の雨を降らせる。
「その意気や! ……春音! あいどるの歌声、存分に披露するんやで!」
「はいですよぅ〜! 皆、頑張って下さいですよぅ〜!」
 目の前の鬼を両断して叫ぶ真紀。そして響く、相棒の春音の朗らかな歌声。
 聞こえて来る妖精の歌。周囲の仲間達も、己の感覚が鋭くなっていくのを感じ……気がつけば、目の前のアヤカシ達は消えていた。
「ふう……。何とかなったな」
「お疲れ様です。他のところがどうなっているか見て来ますね」
「ああ、頼む」
 怪我はない〜!? と纏わりつく相棒を宥めながら、志郎を見送る玄人。
「……ねえ、これホントに巻くですかぁ〜?」
「当たり前や! 目印になるやろ? 恥ずかしがっとる場合ちゃうからな! 」
 そして、真紀は派手な色の褌を手にもじもじしている春音に、大真面目な顔で受け答えていた。


 村のあちこちに結ばれた黄色い布が風に揺れる。
 時々、褌が混じっているようだが……ともあれ、その布は討伐班の者達がつけた『アヤカシ掃討終了』の目印。
 救護班の者達は、村人が安全に避難できるよう、目印がついた所から順番に回っていた。
「无、ここに人がいる」
 宝狐禅のナイの案内で、家の前にやってきた无と颯は迷わずに戸を叩く。
「救出に来た開拓者だ。ここを開けてくれないか」
「どうも〜、助けに来ましたよっとぉ」
「ああ……! 開拓者様だ……!」
 二人の声に、急いで戸を開ける村人。
 慌てている為か、上手く戸が開かない。
 颯が手伝うと、村人はその場にへなへなと崩れ落ちる。
 中にいた村人達は酷く草臥れていた。
 瘴気の渦から若干離れたところにある家は瘴気感染している者は少なかったが、外に出ることもままならない状態で、家の中に残された水と食糧で凌いでいたらしい。
 食糧は尽き、水瓶も空っぽで……本当にギリギリの救出だった。
「もう、このまま死ぬのかと……」
「大丈夫。もう心配ない」
「避難しますので皆さん一緒に来てくださいねぇ」
 村人達を宥めて、誘導する无と颯。
 歩くことが困難な者は荷車に乗せる。
「よし。出発しますよ〜」
「頼むぞ、ナイ」
 颯の声に頷く无。
 主の命に従い、宝狐禅が先導して一時避難場所を目指す。


「どうだ? ユリア」
「うーん……。とにかく沢山いる、としか分からないわね」
 ニクス(ib0444)の声に、調った顔をぎゅっと険しくするユリア・ヴァル(ia9996)。
 瘴索結界を発動させた彼女。
 敵の動きを見ようと思っていたのだが……湧き上がる瘴気が邪魔だ。
 アヤカシの発する瘴気が紛れてしまい、判別が困難であることを悟った。
 しかし、ユリアはアヤカシの動きを見て、一つ気になることに気がついた。
「ねえ、ニクス。こいつら、小鬼にしては妙に士気が高いと思わない? 統制が取れてるって言うのかしら……」
「ふむ。そういわれてみればそうだな……」
 仲間達と切り結ぶ際、単騎ではいかず、必ず複数で行っている気がする。
 知能の低いアヤカシ達が、それを自然と行えるとも思えず……奇妙な違和感がある。
 そこにはいっ! と、ケロリーナが手を挙げた。
「ユリアおねえさま、ケロリーナ気がついたですの! 変なのがいるんですのよ」
「あら。変なのって何かしら?」
「あそこですの。見た目白くないですけど……皆を指揮してるっぽいですの」
 ケロリーナも、『白いアヤカシ』を探していて気がついたらしい。
 彼女が指差す先を見ると、数居る鬼達の中に数体、違う色をしたものが紛れているような気がする。
 ニクスはサングラスの奥の目を、更に細くして凝視する。
「うーん。紛れてよく見えんが、赤い……か?」
「……赤小鬼かしらね。あれ」
 ぽつりと呟くユリア。
 良く見ると、なにやら鬼達に向かって奇声を発しているようで……。
 それにケロリーナがこくりと頷く。 
「ですのですの。コレットちゃんはどう思いますの?」
 問われた黒い鎧を纏ったカラクリはただ黙って頷き、ケロリーナもそれに頷き返す。
「やっぱりそうですの〜」
 分かった以上は見逃せない。
 全力でボッコボコにするのみである。
 確実に仕留めるためにもこっそり近づきたいけど……ユリアおねえさまも、ニクスおにいさまも目立つからきっと大丈夫ですの!
 キラリン☆ と目を輝かせるケロリーナ。
 さり気なく囮戦法を思いつくあたり、頭がいいと言うか末恐ろしいというか。
 そんな少女を気にする様子もなく、ユリアは夫と相棒を見つめる。
「さーて、目標は赤子鬼よ。間違いなく仕留めること。いいわね?」
「仰せのままに。……こいつと協力するのは気が進まないが」
 笑顔のユリアに、恭しく頭を下げるからくりのシン。
 打って変わって妻の相棒から向けられる冷たい目線に、ニクスはため息をつく。
「お前も相変わらずだなあ。とにかくユリアだけは守ってくれよ」
「言われるまでもない」
「じゃあ、行きましょうか」
 すっと真顔になったユリアにニクスは頷くと、空龍に跨り空へと舞い上がる。
「行くぞ、シックザール。……騎士ニクス。参る!」


「ここも大丈夫やね」
「ええ。次に行きましょう、白羽」
 主の声に、こくりと頷くからくり。
 花緑と志野宮 鳴瀬(ia0009)は、戸が開いている家、既に人がいなくなっている場所を中心に見て回っていた。
 もし、怪我や瘴気感染で動けなくなっている人が残されていたら……そういう人達を見落としてしまっては、きちんと助けたとは言えない。
「開拓者です。どなたかいらっしゃいますやろか?」
「声を出せないようでしたら、音を立ててください」
 開け放たれた戸口に立ち、声を張り上げる花緑と鳴瀬。
 ――暫く待つが、反応はない。
 それでも念の為と中に入って……大きな水瓶の陰に隠れるようにして、蹲っている村人を見つけた。
「大丈夫ですか!?」
 駆け寄り、その場に寝かせる鳴瀬。
 花緑が衣服を緩めるが、身体が冷たい。生きているのか心配になる程に酷い顔色をしている。
 瘴気感染を起こしているのなら、どこまで効き目があるか分からないが、何もしないよりはいい。
 鳴瀬が閃癒と解毒を施す間、花緑も応急処置を進める。
「ああ。……微かだけど脈もありますし、呼吸もしているようですね」
「良かった……。ですが、すぐに運んで適切な治療を受けた方がええですね」
「はい。急ぎましょう」
 荷車を呼ぶ間も惜しい。
 花緑は村人を担ぎ上げると、急いで一時避難場所へと走った。


「何? アヤカシの動きが変わった……?」
 その変化に気付いたのは胡蝶だった。
 今まで猛然と向かってきていたアヤカシ達が、急に浮き足立ったように見える。
「何か、急に逃げ出してるみたいね……」
 鬼を両断しながら呟く彼女。背を向けて逃げ出そうとする小鬼の背に、火麗が容赦なく刀を突き刺す。
「急に何なんだい? まあ、こっちとしてはやり易いけどさ」
「ああ、指揮官格の鬼がやられたみたいだね」
 淡々と言う嘉瑞。どうやらニクスとユリア、ケロリーナが赤小鬼の殲滅に成功したようで……。
「お前ら、一匹残らずぶちのめすっ! 覚悟しろコラあああああああ!!!」
 そして零次は、相棒の鷲獅鳥と連携しつつ、ヨウを取り逃がした鬱憤をアヤカシ達にぶつけていた。
「何か、荒れてるね……。大丈夫かい?」
「ツライことでもあったんじゃない? 深追いはしない方がいいよ」
 火麗と嘉瑞の声も、怒りに燃える零次の耳には届かないらしい。
「ヴァイス、逃がすな……!」
「了解」
 斧についた鉤爪で敵を引っ掛けて転ばせる透夜。それをヴァイスが引き裂き……面白いように連携が決まる。
「うええええ。きもちわるいー」
「大丈夫かい? 子猫ちゃん」
 突然叫んだリィムナを振り返るフランヴェル。
 鼻と口元に布を巻きなるべく瘴気を吸うの避けていたが、それでも限度というものはある。
 まあリィムナ自身、濃密な瘴気があったお陰で練力が回復できてアヤカシ殲滅無限永久機関と化すことが出来た訳だが。
「ボクがキスしてあげようか? きっと瘴気感染も吹っ飛ぶよ」
「えー。遠慮しとくー」
 軽口を叩きあうフランヴェルとリィムナ。
 そんな会話をしている間も、アヤカシを蹴散らし続けている辺りまだまだ余力はありそうだ。
 ――身体が重い。さすがにこれだけ長い時間瘴気の中にいたら、やられもするか……。
 そんなことを考えた羅喉丸。ふと横の相棒を見ると、彼女の顔色が悪い気がする。
「大丈夫か? 蓮華」
「さすがにこれだけの瘴気だと堪えるがな」
 瘴気からなる人妖なら瘴気の影響も受けにくいと思って連れてきたが……人妖とて、全く瘴気の影響を受けない訳ではない。
 申し訳ない事をした……と思った彼の思考を呼んだのか、蓮華は呆れたような顔をする。
「羅喉丸。私の心配をしている暇があったら、一匹でも多く敵を叩け。大丈夫、最後まで付き合ってやるさ」
「ああ、頼りにしているぞ」
「任せておけ」
 逃げ惑う小鬼達を纏めて吹き飛ばす羅喉丸と蓮華。
「……あーあ。皆容赦ないねえ。ま、いいか」
 仲間達の様子を見ていた嘉瑞は肩を竦めつつ、目の前を横切った小鬼を殴り飛ばした。


「開拓者です! ここを開けてください! 星見の若様の使いで参りました!」
「誰かおるか!? 助けに来たぞい!」
 閉じられた戸を必死で叩くリトと烏水。
 こうして家を訪れるのは何度目だろう。
 今まではすぐに返事があったが……今回は反応がない。
「誰もいないのでしょうか……」
「……いや。おるぞ。いま、衣擦れの音がした」
 困惑するリトに、即答する烏水。
 聴覚を極限まで高めている彼には聞き取ることが出来たのだろう。
 からくりのローレルが、すっと戸口の前に立つ。
「リト。下がっていろ」
「でも……」
「いいから。俺がやる」
 心配そうなリトを背後に押しやり、体当たりで戸口を開けるローレル。
 あがる土煙。その奥に、地に伏した人が見えて……。
「……あ。開拓者……さま……」
 微かに顔をあげる村人。顔色が真っ青だ。長いことここに立てこもり、瘴気を吸ったのだろう。
 リトは慌てて駆け寄り、助け起こす。
「しっかり! しっかりしてください!」
「……お、奥に、こどもが……」
「お子さんがいるのね? 分かりました。ちゃんと助けます」
「お願い……しま……」
 その声を聞き、奥の間に走る烏水。
 そこには、布団の上で子どもがぐったりとしている。
「……良く頑張ったの。辛かったであろう。もう大丈夫じゃぞ」
 声を出す元気もなく、ただ涙を流す子どもの背を撫でる烏水。
 救出した村人達を、こうして何度となく励ました。
 彼らを必死に誘導しているうちに、気がつけば恐怖は消えていた。


「まだ、数名村に残ってるはずやと言われました。探してきて貰えまへんか」
 助け出した村人達に点呼を取り、人数を確認した花緑。
 ふしぎとクロウ、柚乃は彼に頼まれ、いないと言われた村人達を探して歩いていた。
 いないと言われた村人達は、家屋の中にはいなかった。
 食糧が尽き、開拓者の到着を待てずに脱出を図ったのかもしれない。
 もし最悪の事態になっていたとしても……亡骸でも助け出したい。
 滑空艇の上から村の周辺まで範囲を広げてくまなく眺めるふしぎ。
 村の外側……小さな林の中に、倒れている人を見つけた。
「クロウ、柚乃! あそこに人が……!」
 ふしぎの声に反応して、走るクロウと柚乃。
「……しっかりしろ!」
 何かを庇うように倒れている老人。クロウが助け起こすとその下に幼子が蹲っていた。
「あなた……。大丈夫?」
「足がいたいよう。のど渇いたよう……」
 幼子を抱え上げる柚乃。もう既に泣き疲れる程に泣いたのだろう。目は腫れていたが……それ以外の外傷は見当たらなかった。
 それより深刻だったのは、老人の方。
 逃げる際にアヤカシに襲われたのか、背中を酷く怪我していた。
「まずいな……。急いで運ぼう」
「……助かるでしょうか」
「分からない。この人の生命力次第だろうが……」
 応急手当を済ませながらも心配そうな柚乃に、厳しい顔をしたまま老人を戦馬に乗せるクロウ。
 その言葉に、幼子がビクッと怯える。
「おじいちゃん、死んじゃうの……?」
「……貴方みたいな可愛い子を遺して死んだりしませんっ。大丈夫っ」
 泣きたいが、涙が枯れて出ないらしい。顔を歪めた幼子をぎゅーと抱きしめ、心持ち和ませる為に口笛を奏でる柚乃。
 自身の言った言葉に確証なんてない。
 そうなるように手を尽くしたけれど。
 お願い、どうか助かって……と、祈らずにはいられない。
 その光景を黙ってみつめるクロウとふしぎ。
 脳裏に過ぎるのは、白いアヤカシの影。
 許すことなど、到底出来そうになかった。


「敵は全て殲滅できたようですよ」
「村人も残らず救出できています」
 もう一度村を回ってきた志郎と鳴瀬の報告に頷く仲間達。
「しかし何が起こっているのかねぇ……」
「戻り次第、瘴気発生先やら、纏めて貰った方が良さそうやな……」
 首を傾げる无に、考え込む花緑。火麗が腰に手を当てて仲間達を見つめる。
「ここで考えてたって仕方ない。さ、一旦帰るよ!」
 仲間達の中にも瘴気感染した者がいる。まずは戻って立て直してからだと続けた彼女に、開拓者達は頷き……再びこの地へ来ようと決意するのだった。