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■オープニング本文 ●【震嵐】の影で蠢くものたち 石鏡の首都、安雲(アズモ)は『精霊が還る場所』と謂われる遺跡の上に建造された都だ。 この安雲から橋を渡った先の小島にあるのが、もふらの中のもふら、大もふさまがおわすもふら牧場に隣接した安須神宮。石鏡の双子王が在し、多くの巫女が日々の役目に勤しみ、そして『すべての精霊が生まれ、還ってくる』と伝えられている聖域。 この日、安須神宮では新年を祝う宴が催されていた。 集ったのは神楽の都で行われていた会議から戻った双子王と、その側近達は勿論の事、石鏡の政において特に強い発言力を持つ【五家】と呼ばれる家の者達や高位官僚たち……いわば石鏡国を支える礎である。 諸事情でお家断絶に等しい香散見家や露堪家の関係者は欠席ながら、王たちも並んだ祝宴の席では斎竹家、星見家、午蘭家の笑い声が絶えず聞こえていた。 話題は【湖水祭】の思い出話や、石鏡貴族と五行国高官との縁談話、いずれも明るい話ばかり。 「そういえば香香背さま……開拓者の中から神代が現れたそうですな」 午蘭家の者から発せられた言葉に、驚く者が数名いた。 神代。 それは朝廷の帝などが代々得ていた特殊な力のことだ。 精霊力に対する特別な親和性を発揮すると言われる神代は、時に最高位の精霊との交信や降霊さえも可能であると言われ、朝廷は神代を持つ帝を神霊の代弁者と位置づけていた。 本来、帝が持つはずの『神代』は――何故か穂邑(iz0002)という開拓者の少女に宿っている。 「聞けば元は石鏡の巫女であった少女だとか……覚醒する以前に会っていたかもしれないと思うと、なかなか感慨深いもので」 「そうね。私も一度会ってみたいわ」 香香背たちが他意無く話し込む傍ら、今ここで、穂邑を神代と知る斎竹家の姉弟は……無言で顔を見合わせた。 刹那。 「王! 大変です」 「どうしました?」 この日、一つの不穏な知らせが安須神宮の双子王の元に届けられた。 安雲の街中でアヤカシが町民を襲い、軍が出動する騒ぎになったと言うのだ。 石鏡といえば辺境の地こそ様々なアヤカシの脅威に晒されているものの、三位湖のめぐみによって支えられた天儀で最も豊かな国。気候も穏やかな時期が多い事から牧畜と農耕が盛んという、中心に近付けば近付くほどアヤカシとは無縁の土地なのだ。 にも関わらず今回のアヤカシ騒動は安雲――首都で起きた。 ただ一度の騒ぎでも、人々の心に不安は募る。双子王をはじめ石鏡の上層部は、これが何かの前触れでなければ良いがと、己の不安が杞憂に終わる事を願っていた。 だが、願いに反してアヤカシ騒動の報告は連日続いた。 石鏡の各所で頻発する事件に約四千からなる石鏡の軍は奔走させられ、新年の会議に置いて公表された『大アヤカシ不在の理穴方面を完全に奪還する』という大作戦に際し決まっていた、北面への軍の派遣をも中止せざるをえない状況へと追い込まれていった。 かくして石鏡国内の助けを呼ぶ声は開拓者にも届くようになり――。 ●豊熟 「主様! 上手く行ったわね」 「今度はどこにするんですのぅ?」 「わたくし達、喜んでお手伝いさせて戴きますわ」 黒髪の男の周囲をふわふわと舞う、赤、青、金の髪の少女達。男は彼女達に目を向けることもなく、淡々と口を開く。 「場所はどこでも構わない。人が沢山いるところを選べ」 「人が沢山いるところ……ですか?」 「どうしてですかぁ?」 「……あなた達は本当におバカさんですわね。人が沢山いるところでやった方が、より混乱を招き易いじゃありませんか」 「そういうことだ。お前は賢いね。ひい」 「当然ですわ。主様」 『ひい』と呼ばれた金髪の少女がふふんと鼻で笑うと、むっとする青髪の少女。 赤髪の少女は、少し心配そうな顔をする。 「……でも、主様の同胞なのに。いいの?」 「随分今更なことを聞くんだな。別に人間などどうなっても構わんよ、私は。亞久留の言うことが本当なら、どうせいつかは滅びるんだ。その前に、私の研究を完成させたい。それだけだ」 主の抑揚のない、冷たい声に押し黙る少女達。 そこに、少年の明るい声が聞こえて来る。 「……主様ー。ただいま戻りました! 主様ー?」 「……アレが戻ってきた。お前達、散れ」 頷き、下がろうとする少女達。その背に、男は声をかける。 「……ああ、そうだ。もう少ししたら1人、客人を連れて来る。その時は、もてなしを頼む」 「分かりましたぁ」 少女達はもう一度頷くと、男の前から離れ去り……代わりに、少年がひょっこり顔を出す。 「あ、主様ここにいらっしゃいましたか。お土産ありますよ! とっても美味しいチョコレートなんです。後で一緒に戴きましょう」 にこやかな笑みを浮かべる従者。 何も知らず、何も気付かない少年に、男は黙したままため息をついた。 ●瘴気の元 「皆に集まって貰ったのは他でもない。瘴気が噴出した村のことじゃ」 杖で身体を支えながら、開拓者達を見渡す星見家当主、星見 靜江。 ――石鏡の国。陽天と星見領、銀泉の中間地点にある小さな村。 そこに、何の前触れもなく、突如として瘴気が噴出、アヤカシが出現した。 村の中に多数の村人が取り残された為、開拓者達がアヤカシ討伐と村人救出に向かったのが先日前のこと。 人命救助を最優先した為、瘴気噴出については、まだ何も分かっていないのが現状だった。 「それで、私達に瘴気噴出の原因を調査せよ、と。そういうことですね?」 「うむ。未だに噴出が続いておるのか、止まっておるのかも分かっておらぬが相当に濃密な瘴気だったと言う話を聞いておる」 「……魔の森化はしているのか?」 「いや。そういった報告は来ておらぬ。が、万が一、魔の森化が始まっていたり、あまりにも瘴気に汚染されているようなら……村ごと、焼き払っておくれ」 靜江の重々しい言葉に、息を飲む開拓者達。 大急ぎで逃げ出した村人達は、殆どの家財道具をそこに置いて来ている。 焼き払うとなれば、彼らの住まいや思い出も、全て消し去ることになる――。 「……おぬし達には、辛い仕事を押し付けることになるかもしれぬ。恨みごとは儂が引き受ける。……どうか、力を貸しておくれ」 これ以上、被害を広げない為の方策を優先しなければならない。 それは、開拓者達にも良く分かっている。 最悪の事態を防ぐ為にも、今ここで、しっかりと調べておかなければ――。 彼らは強く頷くと、急ぎ石鏡の三位湖南へ出立した。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
リト・フェイユ(ic1121)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 「折角落ち着いたところにごめんなさいね。ちょっとお話聞いてもいいかしら?」 「ああ、開拓者様……! 先日はありがとうございました」 笑顔で歩み寄るユリア・ヴァル(ia9996)に頭を下げる村人達。 開拓者達は、先日瘴気が噴出し、救助した村人達の避難先となっている里へ立ち寄っていた。 瘴気感染をしたものや、怪我をしていたものも適切な治療を受け、快方に向かっていると聞き、リト・フェイユ(ic1121)は安堵のため息を漏らす。 しかし、村人達にこれから大事な話をしないといけない。 リトは深呼吸をすると、眉根を寄せたまま村人達を見つめる。 「すみません。今日は皆さんに、大事なお話があって来ました」 「村のことなんやけど……単刀直入に言わせてもらうわ。あのまま村が魔の森化するようなことがあれば、焼き払わないとあかん」 神座真紀(ib6579)の言葉に、ハッと息を飲む村人達。 水を打ったような沈黙。村人達の暗い目線を受け止めながら、彼女は続ける。 「突然すまんな。勿論、うちらかて出来るなら、村を元通りにしたいと思っとる」 「その為にも、これから行って原因を調べて来るわ。思い出すのも辛いかもしれないけれど……話を聞かせて欲しいの」 言い聞かせるように、ゆったりと語るユリア。 どう答えていいものか悩んでいるのか、目を伏せた村人達に、八十神 蔵人(ia1422)が声をかける。 「あのさ、村に残してきた大事なもんとか、あったら教えてくれへんか? 出来るだけ回収してくるようにするさかい。あ、でも絶対回収できるか約束はできへんし、あとなるべく軽い物にしてくれると……」 「あ、この人は多少重い物でも大丈夫ですから」 「ええっ。俺非力なんやで!? 勘弁してえな」 ぴしゃりと断じた人妖の雪華に慌てて抗議する蔵人。 そのやり取りに、ちょっと冷や汗をかいたリトだったが……村人が少し和んだ様子なのが幸いだ。 「調査をしてはっきり原因が解るまで、少し時間が要るんです。だから取り急ぎのものだけになっちゃうんですが……ごめんなさい」 「いいえ。謝らないで下さい。……お気遣いありがとうございます」 「開拓者様の仰ることは良く分かりました。俺達で分かることなら、お話します」 頭を下げようとする彼女を押し留める村人達。 もしかしたら、故郷を喪うことになるかもしれない。 それは勿論悲しいことだけれど……こうなってしまった以上、開拓者達に委ねるより他にないことは、彼らにも分かっているのだろう。 「念の為確認するが、今まで村に瘴気が出たことなんてなかったよな?」 「はい。アヤカシが出たのも初めてのことです」 クロウ・カルガギラ(ib6817)の声に頷く村人。 精霊の国と呼ばれる石鏡に、前代未聞のことが起きた。 その事実に、葛切 カズラ(ia0725)は首を傾げる。 「元々清浄だったところに瘴気が噴出したのよね。だったら、原因ははっきりしていそうなものだけど」 「そうね。考えられるものとしてはいくつかあるけれど……」 指折り数える胡蝶(ia1199)。 今までの事例を考えても、瘴気が発生する原因は限られているように思う。 ただ、瘴気噴出と同時に村を埋め尽くす程のアヤカシが一度に発生するとは考えがたく……カズラも胡蝶も、その点がどうにも引っかかっていた。 「瘴気が村のどの辺りから出たとか、分かるかしら?」 「はっきりとは分かりませんが、村の中心辺りでしょうか……」 「気がついたら瘴気が出ていて……どこからかは、正直分からないです」 村の見取り図を見せながら尋ねるユリアだったが、村人達の返答も曖昧で……。 リトは質問の方向を変えてみようと、村人達に向き直る。 「何の前触れもなく、だったんでしょうか。例えば、何か変わったことがあったとか、見慣れないものを見たとかありませんでしたか?」 「あたし見たよ。急に鬼が来たの」 「ボクも見たー! 沢山いたんだよ」 「鬼かいな。確かにおったみたいやねえ」 はいはいっ! と挙手をする子供達。 確かに『鬼』も、村人達には見慣れないものだったなーと、蔵人は頷く。 「おじいちゃんに鬼が来た! って知らせに行って……それから息が苦しくなったの」 「……何やて?」 続いた子供達の言葉に、驚いた真紀。 ディディエ ベルトラン(ib3404)も眉を上げて子供達を見る。 「その証言が事実なら……アヤカシが出てから、瘴気が湧いた、と。そういうことになりますですね」 「嘘じゃないよ。ね、おじいちゃん」 「ああ、ワシにもアヤカシが出てから、瘴気が湧いたように見えたぞい」 子供に同意を求められて、頷く老人。 真紀にも子供達が嘘をついているようには思えず、彼らの頭を順番に撫でる。 「そうなんやね。怖かったろうに教えてくれておおきに。ほれ、これお土産や」 彼女の手からぬいぐるみとお菓子が渡されて、歓声を上げる子供たち。 その間も、カズラは腕を組んで考え込む。 「……どう考えても順番が逆よね」 「ふーむ。魔の森の真っ只中に瘴気をよせつけない場所が存在することが、先だって発見されたわけでございますが、そうであるなら真逆の事があったとしても良い事になりませんかねぇ」 「それって龍脈のことね。龍脈には精霊力が流れているらしいけど……以前、瘴気が流れた例もあるものね。確かにありそうだわ」 ディディエが言うのは先日の龍脈の調査のことだろう。 胡蝶も調査に参加していたので、心当たりがある。 彼が言うとおり、龍脈を伝って瘴気が流れて来たのであれば、あの村の中には龍脈があるはずだが……アヤカシが同時に出現する、なんていうことがあるのだろうか? 「ともあれ、今回は特殊なケースとなりますですね……」 「そうね。あと可能性として考えられるのは……護大と、瘴気封印の道具、かしら」 「俺は、瘴気の木の実の可能性が高いと思ってる」 ディディエの推理に頷きつつ、考察を続けるユリアに、鋭い目線を向けるクロウ。 彼はため息をつきながら続ける。 「この間の救出の時に、遠目だったが……白いアヤカシを見てるんだ。俺が以前、瘴気噴出に関わった時に来たヤツだと思う」 「何ですって? 詳しく言いなさい」 「俺も詳しくは分からない。捕まえられるものなら捕まえたかったんだが……すまん」 掴みかからんばかりの勢いの胡蝶に、唇を噛むクロウ。そんな二人をまあまあ、と真紀が宥める。 「まあ、あの時は救出が目的やったんだから仕方あらへん」 クロウの言うとおりならば、瘴気が後から発生した理由も、彼が目撃した白いアヤカシも……全て説明がつくが。 見てみないことには、確証は持てない。 「うーん。聞きたいことは概ね聞けたかしら? 他に何かある?」 地図にさらさらと書き込みをしながら問うユリア。蔵人が大丈夫やない? と言いかけた途端、相棒にドつかれ聞き忘れていたことを思い出す。 「ああ、そうやった。皆、持ち出して欲しいものを一人づつ教えてくれへんか」 「異変を見かけた場所と、お家の場所も教えて戴けると助かります」 続けたリトに、頷く村人達。 開拓者達は、手分けをして村人全員に話を聞いて回った。 村人とアヤカシが去った村。そこには静寂と……渦巻く瘴気が残されていた。 村に到着して早々、手分けをして探索を開始した開拓者達。 胡蝶は、精霊力の豊かだった場所を探って歩いていた。 「調査なんてなあオレ向きの仕事じゃねえんだがなあ」 「煩いわよ。蛙の手も借りたいところなんだから、気を張りなさい」 「……まさかとは思うが。お嬢、オレにこのままでいろってか?」 「当たり前じゃない。あなたを通常状態で召喚していたら調査ができないでしょ! ゴエモンも何か見つけたら教えて頂戴」 肩の上でボヤく自来也に、ぴしゃりと言い返す胡蝶。 手のひらサイズの相棒は、主の言葉にがっくりと肩を落とす。 ひょっこり状態の自来也はとても弱いが、会話も出来るし知恵はそのままだ。 召喚符に封じられた存在である彼なら、瘴気にも多少耐性はあるはずだし、調査の役に立ってくれるだろう、多分。 「しかし、お嬢。祠や水源なんて本当にあるのかい?」 「あるわよ、きっとね」 心配そうな自来也に、胡蝶はきっぱりと断じる。 そう。この村が龍脈上に存在しているなら、必ず豊かな水源が近くにあるはずだ。 元々この土地を実らせていた精霊力が今どうなってるのかも気になる。 三位湖の恩恵を受けるこの土地で突然精霊力が枯渇して、瘴気が流入するとは考えにくい。 となると、人為的に瘴気が送り込まれた可能性が高い。 そんな事を考えながら、瘴索結界を発動させる胡蝶。 辺りは瘴気だらけだが……微かに、薄れている部分が見て取れる。 その辺りを重点的に探せばきっと、精霊力の流入も分かるはず――。 胡蝶は全神経を集中して探索する。 「ほんまに痕跡残ってるやろか……。3月とはいえ寒いわぁ。酒欲しい……」 「ですから、それを探しに来たんでしょうが! いいから真面目に働いてくださいっ!」 「んー? 俺真面目やないの」 「どこがですかーーーっ!」 ぶつぶつ文句を言う蔵人をガミガミと叱る雪華。そんな二人に苦笑していた真紀だったが、目の前を飛んでいた羽妖精が急に失速したのを見て慌てて受け止める。 「春音、大丈夫かいな!?」 「……き、気持ち悪いですぅ」 ぐったりとしている春音に、複雑な目線を送る真紀。 瘴気から生成されている人妖は精霊力の強い所へ近づくと具合が悪くなるらしい。 それならば、精霊たる羽妖精は瘴気の濃い所、発生源に近づけば解るのではないだろうか……? 本当はそんな事をさせたくはなかったが、それしか方法が思いつかず。 実際、村の中心に近づけば近づくほど、春音は気持ち悪さを訴えた。 「……ふむ。村の外周は苦しさを感じませんし……あまり瘴気がなさそうですねぇ」 「瘴気回収もしてみているけど、中心に行けば行くほど回収量も増えて行くわ」 己の身体の感覚をそのまま伝えるディディエに、頷くカズラ。 瘴気収集を使い、瘴気の濃度を測っていた彼女も、同じ結論に達したようだった。 「どういった法則で拡散しているのでしょうねえ。その辺り、何か分かりましたですか?」 「変則的なものはないわね。中心部に行けば行くほど濃くなる感じよ。今のところ」 「という事は、やっぱり村の中心部が発生源と考えてええんやろか」 ディディエとカズラの言葉に、考え込む真紀。 ただ、気になるのは瘴気が濃くなる場所には、井戸と言った水源がないと胡蝶が言っていたことだ。 精霊力は、確かに三位湖の方から流れているけれど、村の中心部には向かっていない……とも。 胡蝶の調査が正しいのであれば、瘴気は龍脈に乗ってきた訳ではないと言うことなのだろうか。 「あの、旦那様。……地表に何か、瘴気の塊のようなものが沢山あるんですよね」 「は? 何やそれ。アヤカシ……ではなさそうやな」 瘴索結界を使って前方を伺っていた雪華。その言葉を受けて、蔵人も心眼を使い、裏づけを進める。 「瘴気の塊……ですか。近づいて確認した方が良さそうですねえ」 「ちょっと待って。人魂を飛ばすわ」 歩き出そうとしたディディエを推し留め、人魂を先行させるカズラ。 どんどん濃くなる瘴気。その先を見た彼女は、何これ……と呟いて凍りつく。 カズラは人魂を通して――酷い色をした土の上に、無数に散らばる真っ黒い欠片を見つけていた。 「酷い匂い……サントリナ、大丈夫?」 上空からでも分かる程の強烈な匂い。 これは瘴気ではなく、腐臭だろうか。 若草色の鱗を持つ駿龍も苦しそうで、リトは相棒を気遣う。 「土壌が腐っちまってるんだろうな」 翔馬で隣を駆けながら、ぽつりと呟くクロウ。 眼下に広がる光景。 草や木々は枯れ、腐った土と溶け合って……思い出すのは以前見た森。 同じような光景を、確かに見ている――。 そうですか……と呟いて、リトは違和感を覚えた。 「あの。今まで瘴気が噴出した時、土壌が瘴気に汚染されたことはありましたけど……腐ったことってありましたっけ……?」 「普通は腐らずに魔の森化するわね」 「やっぱり、そうですよね」 迅鷹と同化して空を舞うユリア。彼女の言葉に強く頷いたリトは、次の疑問が頭に浮かぶ。 では何故、ここの土壌は腐ってしまったのだろう……? 「……村の中心部の方に向けて、瘴気が濃くなっているわね」 ユリアが瘴索結界を使い、瘴気の流れを見る。匂い立つ腐臭も、村の中心に向かっていく程酷くなるような気がする。 そして、村の中心地からかなりの範囲で土壌が腐っているのが見て取れる。 やはりあの辺りから瘴気が噴出したと考えるのが自然だ。 出来れば、村を元に戻したいけれど……こんな状態から復活は望めるのだろうか? そんな事を考えていたリト。 バサトサイトを使って地表を眺めていたクロウが息を飲む音が聞こえて、ふと我に返る。 「クロウさん、どうしました?」 「……地表に黒いものが沢山落ちてるのが見えた」 「黒いもの?」 「……ああ。あれは多分……」 「予想が当たった、ってところかしら?」 「とにかく、地上に降りて拾いに行こう」 どこか慰めるようなユリアの声に、クロウは深々とため息をついた。 空から村を探索していた三人が地上に戻ると、泣きそうな蔵人を雪華が励ましていた。 「ご主人様! ホラ! ちゃんと仕事してください!」 「うわあああ。何かエライ臭いやん! いややー!」 「……雪華はん。うちが行ってこよか?」 「真紀さん。ありがとうございます。でもご主人様を甘やかしちゃ駄目なのです。ほら! ちゃんと落ちてるもの拾ってきてくださいっ!」 「ちょ、やめ! 押さんといてや!」 心配そうな真紀を他所に、ぎゃーぎゃーとやりあう二人。 蔵人は腐った土壌に足を取られながら、足元にある、真っ黒い欠片をいくつか拾い上げた。 「何ですか? これは……」 「……瘴気の木の実」 「それの殻よ」 首を傾げるリトに、淡々と答えるクロウと胡蝶。 クロウは黒狗の森で、胡蝶と蔵人、ディディエは蕨の里で――それを見たことがあった。 『瘴気の木の実』は濃度の高い瘴気を蓄え、放置しただけで二週間に渡って土地を腐らせ、破壊すれば瘴気が広範囲に吹き出す、恐ろしい汚染兵器である。 それが一つ蒔かれただけでも大惨事だと言うのに。 炭化した胡桃のような殻が、広範囲に点在している。 一体どれだけの個数を蒔いたというのか……。 「なるほど。分かりました。鬼達が持ち込んで、ここで実を割ったと言うことですね」 「それにしても随分とばら撒いてくれたものね……」 瘴気噴出の原因の結論を導き出したディディエに、苦々しく頷くユリア。 カズラは、手のひらで殻を弄びながら呟く。 「でも、瘴気の木の実が原因であれば、これ以上の瘴気の噴出はないわね」 汚染された部分が広範囲である為、かなりの手間は必要になるが……腐った土壌さえ何とかすれば、村は元通りになるはずだ。 「村、燃やさないで済みそうやね」 「ええ、それだけが救いですね……」 残されたのは絶望だけではないと安堵する真紀とリト。 胡蝶は楽観視はできないのか、深々とため息をつく。 「原因は分かったけれど……連合軍で東房に乗り込もうって時に厄介ね」 「戦に合わせた撹乱ってとこなのかいな。じゃあ、次はもっとでかい街で瘴気が沸くとか?」 軽いノリで続けた蔵人の言葉に、仲間達は戦慄する。 犯人が捕まっていない以上、どこかで、また同じようなことが起こる可能性があるのだ。 「……とにかく、ギルドに報告しよう」 報告すれば、戦の動向も含めた今後の対策が立てられるはずだ。 そう続けたクロウに、開拓者達は頷いた。 調査と、村人に頼まれた物品の回収も終わり、引き上げようと思っていた頃。 突然、ドーン! という音が辺りに響いた。 音がした先に向かった開拓者達。 そこには、腐った土の上で、焦げて燻る瘴気の実の殻と、金色の髪に金色の瞳を持ち、袿姿の少女がふわふわと浮いていた。 「……アヤカシ? 白くない……わね」 「あーあ。予想が当たりよった。全然嬉しゅうないけどなー」 青い目を見開く胡蝶に、うんざりしたように肩を竦める蔵人。 証拠隠滅に来た犯人とばったり……なんてことがあるのではないかと思っていたが、こうも予想通りだと笑えて来る。 「……なんじゃ。おぬし、何がおかしい」 「別に。のこのこやって来てご苦労さんなことやと思ってなぁ」 口を歪めた蔵人に、むっとした顔をする金色のアヤカシ。それを睨みつけながら、クロウは口を開く。 「……お前、ヨウの仲間か?」 「ヨウ? ヒトの子が生み出した低俗なアヤカシと一緒にするとは失礼にも程がある。妾は鈴々姫(りりひめ)。覚えておくが良いぞ」 「あらそう。ところで、ヒトの子って誰のこと?」 「ん? えーと。何と言ったかの。確かヒシギと言うたかのう」 カズラの問いかけにやたら素直に受け答える鈴々姫。 もしかしたらコイツはアレか。見た目通りのお子様なのか? ディディエは頷くと、気になっていたことを口にする。 「ここに瘴気の実を蒔いたのはあなたでございますですか?」 「ここのことは妾もよう知らぬ。今まで神代の娘の相手に忙しかったゆえな。瘴気の発生源が分からぬように燃やして来いと言われただけじゃ」 「神代の娘……? 穂邑さんのことですか?」 「そんな名じゃったの。あの娘、美味そうだったゆえ、妾が食ろうてやろうと思ったが、亞久留様が駄目じゃと……。つまらぬのう」 「穂邑はんをどうするつもりなんや?」 鈴々姫の返答に息を飲むリト。続いた真紀の問いに、鈴々姫はフン、と鼻を鳴らす。 「さてのう。何でもヨミとか言う大アヤカシに引き渡すとか……味見くらいさせてくれても良かろうものをの」 ――ヨミ? あの、今まさに攻め込もうとしている東房の魔の森の主……黄泉のことだろうか。 顔を見合わせる開拓者達の様子を見て、己が喋り過ぎたことを悟ったらしい。 鈴々姫はこほんと咳払いすると、すっと飛んで距離を開ける。 「おっと。今話したことは亞久留様には秘密じゃぞ?」 「いいわよ。その代わりもう少し話していかない……?」 「ユリア、駄目よっ!」 笑顔で踏み込んで、槍を振るったユリア。 その前を滑るように横切ったカズラの人魂。その途端、雷が縦横無尽に駆け巡り……人魂が千切れて消える。 ディディエも咄嗟にアイヴィーバインドを発動させたが、鈴々姫は涼しい顔をしたままだった。 「……命拾いしたな、小童共。妾を捕まえようなど、百年早いぞ。今回はこれまでじゃ。また会うこともあろう。その時はまた遊んでやろうぞ」 くすりと笑う鈴々姫。 ……子供ゆえの正直さかと思いきや、開拓者達を見下していたのか。 底知れぬ実力。事を構えるのは時期尚早か……。 「覚えてらっしゃい……」 ユリアはぽつりと呟くと、凍りつくような目で去り行くアヤカシを睨んだ。 瘴気の木の実によって汚染された村。 開拓者達は真実に近づくと同時に、何か大きなものが動き出すのを感じていた。 |