白谷郷の雪見宿
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/29 11:55



■オープニング本文

●白谷郷の雪見宿
「もうすぐ聖夜がやってきますね〜。皆さん何かご予定はあるんですか?」
「うーん。家でゴロゴロするのもいいかなとは思ってるんだけど」
「そうだなあ。事件があればそこに急行するかなぁ」
 開拓者ギルド職員、杏子の問いに頭を巡らせる開拓者達。
 その返答に、杏子は深々とため息をつく。
「皆さん、色気がないですね……。聖夜と言ったらお出かけのいい機会じゃないですかっ!」
「そういう杏子はどうなんだ?」
「私ですかっ!? 今年も予定ないですよっ。ギルドでお仕事ですよっ。悪いですかっ!?」
「あー。すまんすまん」
「私達に声をかけたと言うことは、何か用事があったんじゃないですか?」
 開拓者のツッコミに思いっきり逆ギレする杏子。
 宥める開拓者達にそうでした! と顔を上げ、はいっ、と彼らに一枚の紙を渡す。
「ん? 何だ? ……白谷郷の雪見宿?」
「はい。この場所、去年もご案内したんですけど、今年は招待状が来たんですよー。この季節のお出かけにはぴったりなので、皆様にどうかなって」
 紙に目を落として首を傾げる開拓者に、杏子が頷く。
 白谷郷は雪深い場所で、この季節になると降り積もる雪を利用して雪像を作って楽しんだり、雪で様々な形の灯篭を作る。
 夜には雪灯篭に灯りが点され、幻想的な光が真っ白い雪に華を添え――。
 宿の中から雪が見られる他、外には沢山のかまくらが用意され、その中から雪を楽しむことも出来るのだそうだ。
 また、近くには白谷の社と呼ばれる神社があり、そこに想い人と共に作った雪うさぎを奉納すると、社に住まう精霊の祝福を受け、より絆が深まるのだそうだ。
 その伝説が嘘か誠か定かではないが……片思いの人のみならず、それにあやかろうと言う恋人達も足を運ぶ場所らしい。
「雪像もですが、雪と氷に包まれた樹々が雪灯篭に照らされて、とても綺麗だそうですよ〜」
「ふーん。なかなか良さそうな場所だな」
「でしょでしょ!? それに、今年は白谷の社で、三年に一度の岩戸開きがあるそうで、屋台も沢山出るそうですよ」
「岩戸開き? 何、それ?」
「白谷の社の雪の精霊さまは、社の岩戸の奥にお住まいになってるって言い伝えがあるんですよ。その精霊さま、とても恥ずかしがりだそうで、普段は扉が固く閉じられていて中の参拝はできないんです。で、三年に一度、この時期にだけ扉が開いて、中に入ることが出来るんだそうです」
「へえ。今年がその三年に一度の年ってことか」
「はい。折角ですし皆さん行っていらしたらどうですか? いつもより雪の精霊さんの力も強いかもしれませんし、行くといいことあるかもですよ!」
 目をキラキラさせながら続けた杏子。
 激しい戦いも終わった。たまには、雪遊びもいいかもしれない。
 開拓者達は、その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始めるのだった。


■参加者一覧
/ 劉 天藍(ia0293) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / ヴァレリー・クルーゼ(ib6023) / サイラス・グリフィン(ib6024) / コニー・ブルクミュラー(ib6030) / アムルタート(ib6632) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 月夜見 空尊(ib9671) / 木葉 咲姫(ib9675) / 桃李 泉華(ic0104) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 黎威 雅白(ic0829) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

「ひゃっほうお祭りだぁー!!」
「お祭りだぁー!」
 真っ白い雪の中。立ち並ぶ屋台にバラージドレスに半纏、雪靴というアンバランスな格好で突撃するアムルタート(ib6632)と相棒の羽妖精。
 最初はいつもの調子で薄着だったのだが、あまりの寒さに轟沈。観光地ゆえ、寒さを知らないで来る人が時々いるらしく、宿の人も慣れたもので装備を貸してくれて……この状況がある。
「しらさぎも上着、着ようか」
「なんで? しらさぎ、サムくないよ?」
「しらさぎのいつもの服は見てるほうが寒くなるからね……」
 主にセーターとオーバーコートを着せられ、小首を傾げるオートマトン。
 その姿に礼野 真夢紀(ia1144)は満足そうに頷いて、相棒を連れて歩き出す。
 厚着をして歩く人達が多い中、桃李 泉華(ic0104)はビックリするほど薄着だった。
「……寒くないか?」
「この位は平気やねぇ。慣れてるよってに」
「それもそうか」
「心配してくれたんよね。おおきに」
 肩に羽織をかけながら言う黎威 雅白(ic0829)に、笑みを返す彼女。
 二人の故郷は、雪と氷に閉ざされた郷だ。この寒さも何だか懐かしい。
 慣れているとはいえ暖かな汁物から出る湯気に、抗いがたい誘惑を感じる。
「雅白。ウチ、豚汁と桃饅が食べたいねん」
「おう、好きなもん食べろよ」
「やった!」
 早速注文し、幸せそうな彼女に、雅白がくすりと笑う。
「美味いか?」
「うん! 雅白も食べなや。はい、あーん♪」
 豚汁入りの匙を向けて来る泉華に、目を瞬かせる雅白。一瞬躊躇するも、素直にそれを口に入れる。
「どや?」
「うん。美味いな」
「そーやない。照れた?」
「さて、どうだかな。……ほら、頬に桃饅つけてるぞ」
 驚く彼女の頬のあんこを拭い、ぺろりと指を舐める雅白。何だかその挙動にどきまぎしてしまい、泉華は目を伏せる。雅白はそんな彼女の手を取り、小間物屋の屋台まで連れていく。
「ほら。お前の好きそうな飾りがあるぞ。何か買ってやるよ」
「にゃ? えぇのん? おーきにぃ♪」
 並ぶ小物達に夢中になる泉華に、雅白は目を細める。
「隼人様、こんにちは! お加減はもうよろしいんですか?」
 屋台の中に星見 隼人(iz0294)の姿を見つけて、悪戯っぽく笑うリト・フェイユ(ic1121)。
 その隣に火麗(ic0614)の姿を見つけて、目を丸くする。
「あら、すみません。お邪魔しちゃいましたね」
「えっ? あー。ええと、これはそういうんじゃなくてだな……」
「一緒に呑む約束してたからね。それだけだよ」
「そうそう。別に深い意味はない、よな?」
「何であたしに聞くのさ」
 何故か狼狽する隼人に、別に嫌でもないけどね……という言葉を飲み込む火麗。
 リトはそれを聞いているのかいないのか、激しく頷いている。
 ――隼人様が見合いを断ると言った時はどうなるかと思ったけれど、彼にも気になる人が出来たみたいで良かった。
 このまま上手く行ってくれるといいな。そうなったら素敵……!
「……リト?」
「大丈夫。分かってます。分かってますよー! お祭り、楽しんでくださいね! では私はこれでっ!」
 2人に甘酒を押し付けるように渡して走り去るリト。
 その後姿を見送って、隼人がため息をつく。
「……すまんな、火麗」
「何がだい?」
「いや、思ったより噂が広まってしまって、その……」
「ああ、別に。やるっていったのはあたしだし。それよりホラ、呑むんだろ?」
 ぐいぐいと彼の背中を押す火麗。そのまま、かまくらへと追い立てる。


 去年、この宿のかまくらから見た雪も綺麗だったが、今年も素晴らしく綺麗だ。
 己の腕の中でその景色を見ている黎阿(ia5303)の横顔も綺麗で……。
 そんな事を考えていた由他郎(ia5334)は、不意に妻から酒の入った杯を手渡されて目を見開く。
「ね、一緒に飲みましょう」
「……黎阿?」
「いつもは私ばかりだけど、たまにはいいでしょう?」
 由他郎は酒に弱くはないが、『酔う』感覚が苦手だ。それは彼女も重々承知している筈で……。その上で勧めるなら、何か意図があるのだろう。
 彼は短く頷くと、一瞬躊躇いつつも、軽く口をつける。
 その様子に、黎阿は嬉しそうに微笑んで、彼女もぐいっと杯を空ける。
「うん。由他郎と一緒に飲むお酒は特別美味しいわ」
「そうか。それは良かった」
 淡々と言う彼の胸によりかかる黎阿。その暖かさに安心感を覚えつつ夫を見上げる。
「色々あったわね……」
「そうだな。今年も色々あったな」
 古代人や護大との戦い。まさに天儀を揺るがす天地動乱と言える1年だった。
 そう続けた由他郎に、黎阿はくすりと笑う。
「今年だけじゃなくてね……。ね、由他郎。私に会ってから何か変わった?」
「何か変わった……か? ……俺自身は、多分何も」
 少し考えてから口を開く彼。再び考え込んで黎阿を見る。
「ただ、そうだな。俺の過ごす時間はかなり変わったと思う」
 自分の為ではなく、誰かの為に時間を使うことが増えた。
 勿論、強制されたからとか、頼まれたからとか、そういうことではなく。自然に……。
 その理由は、きっと。
「君が隣に居る、からなんだろうな」
「あら。光栄ね」
「それで? 君は……何か変わったのか?」
 返された問いに、目を瞬かせた黎阿。そうね……とため息交じりに続ける。
「……初めて気持ちを言った時もこんな感じだったわね」
 思い出すのはくすぐったいような、嬉しいような、暖かな気持ち。
 それは今も変わらず抱えている。
 自分達はずっとこうなのだろうか?
「私は変わったわ。一人じゃなくなった」
 誰かを好きになる事で、目に見えるものの色さえ変わった。
 何でもない毎日がとても素晴らしいものだと知った。
 何もかもが輝いて見えて……そう、それは、この人がいるからだ。
 黎阿の真っ直ぐな目線を受け止めて、由他郎はそうか、と呟く。
「それは、俺も同じ、かな……。いつもより、言葉が多いな……すまん。少し、酔っているな。何か食べるとしようか」
「……由他郎」
 ふと目線を外した夫の顔に両手を添える黎阿。由他郎は妻の冷えた指をそっと手に取り、そのまま包みこむ。
 彼の耳元に、そっと囁く愛の言葉。
 この想いは、言葉では言い尽くせないけれど。
 足りないなら、言おう。そう、何度でも――。
 かまくらの中に灯る光。二人の影は重なったまま、離れることはなかった。


「えっ。お餅や蜜柑もあるの? 流石天ちゃん、分かってるぅ♪」
「こういう所に七輪は外せないだろ?」
「常夜鍋も煮えましたよ」
 お猪口を配りながら目を輝かせる弖志峰 直羽(ia1884)に、餅をひっくり返しながら頷く劉 天藍(ia0293)。
 割烹着を外しながら言う御樹青嵐(ia1669)に、二人がおお、と感嘆の声をあげる。
 幼馴染三人衆は、久々に集まってかまくらで雪見酒と洒落込んでいた。
 誰からともなく上がる乾杯の音頭。三人は杯を天に掲げると、一気に飲み干す。
「よーし! 今日はとことん呑むぞー!」
「直羽は酒弱いんですから程々になさい。……はい、どうぞ。熱いから気をつけるんですよ」
「……青嵐、母さんみたいだな」
 浮かれる直羽を窘めつつ、テキパキと鍋を取り分ける青嵐。そんな幼馴染達に天藍から笑いが漏れる。
「うん。やっぱり青嵐の料理は美味いな」
「青ちゃんの鍋サイコー♪」
「ありがとうございます。そういえば、お二人の結婚祝いをまだしていませんでしたね」
「ああ。ありがと。直羽ももう祝言あげたの?」
「えっ。俺はまだ婚約状態っていうかその……」
「でもいずれは結婚なさるんでしょう?」
 天藍と青嵐の追求に、箸を置く直羽。正座をして、こくりと頷く。
「……うん。お義父さんに挨拶しないと……」
「あー。これからか。……首が飛ばないといいな」
「治癒符持って後ろで待機していましょうか」
 淡々と言う二人を、直羽が涙目で睨む。
「さらっと怖いこと言わないでくれるっ!? そういう二人はどうなんだよっ」
「俺はまぁ、うん。仲良くやってるよ」
「そうですね……。少しづつではありますが前進していると思います。私にとって彼女以上に大事なものは見当たりませんし」
 涼しい顔をして盛大に惚気る青嵐。
 ――闇の世界に生きる彼女。ずっと傍にいると誓った。その誓いは己の命が続く限り変わることはないだろう。
 そうか、と頷く天藍に、直羽が何か思いついたように彼を見る。
「天ちゃん。先輩としてさ、俺達に助言とかない?」
「一つ言えるのは……結婚したら、嫁の言う事はしっかり聞いておけ、って事かな。覚えておいて損はない」
「なるほど。参考になります」
 何故かドヤ顔で言う天藍に真顔で受け応える青嵐。
 そんな二人がおかしくて直羽は笑いかけて……はいっ! と挙手をした。
「俺こないだ誕生日だったんだ! 何かちょーだい♪」
「……何ですか藪から棒に。用意している訳ないでしょう」
「あー。ごめん。俺も用意してないわ。膝枕でいい?」
 深々とため息をつく青嵐に、己の膝をぽんぽん、と叩く天藍。
 直羽は大喜びで彼の膝に頬を摺り寄せる。
「やったー♪ 奥さんゴメンね、今だけ赦してー!」
「俺の奥さんはこんな事くらいじゃ怒らないから……うん。」
 この光景を妻が見たらむしろ目を輝かせて、『おいしい! おいしいわぁ!』とか叫びながら紙に筆を走らせるだろう。妻はそういう人だ。
 遠い目をする天藍に、青嵐が小包を押し付ける。
「ん? なに? これ」
「ローストビーフです。この一年世話になりましたし、感謝を込めて作ってみました。奥さんと一緒に召し上がって下さい」
「えっ。青ちゃん俺の分は!?」
「ありますよ、ホラ」
「わーい! 何もないとか言いつつ、ちゃんと用意してくれてんの知ってるんだー、俺。青ちゃん優しいよねー。ねー、天ちゃん」
「ああ。ありがと、青嵐」
「褒めてもそれ以上何も出ませんよ」
 杯に口をつけて呟く青嵐に笑う天藍。
 直羽は寝転んだまま、小包を嬉しそうに抱きしめる。
「……俺ね、春には旅に出るんだ。医師として色んな儀を巡りたい」
 その時は、婚約者も一緒。彼女が一緒なら、きっとどんな場所も天国だ。
 それでも……。
「また、皆とこうして過ごす時間作りたいなあ……」
「またいつでも呑めるじゃないですか」
「そうだよ。その時はうちで呑むといい。奥さんも喜ぶ」
 何でもない事のように言う二人。
 離れても、きっと変わらないものはある。
 それを信じる事ができる自分は、きっと幸せなのだろうと、直羽は思う。
「天藍。私、磯辺焼きが食べたいです」
「おう、今餅焼けるぞ。……って、直羽寝ちゃったのか?」
 顔を見合わせて、くすりと笑う天藍と青嵐。
 直羽は、天藍の膝に陣取ったまま、規則正しい寝息を立て始めていた。


「今年も良い雪が降っていますね」
「そうじゃの。そうなんじゃが……。はぁ。寒い、寒い」
 かまくらの中から外の様子を伺う言ノ葉 薺(ib3225)の狼尻尾に、ガクガク震えながらしがみつく東鬼 護刃(ib3264)。
 私の尾は防寒具ではないのですが……と思いつつ。いつものことなので、抵抗もせずに差し出すと、護刃は嬉しそうに彼の尾を身体に巻きつける。
「はぁ〜。暖かいの。やはりこれがないとのう……」
「ふふ。すっかりお気に入りですね」
「うむ。冬は薺が居なければ堪らんようになってしまった」
「それは困りました。冬はなるべく近くにいないとダメですね」
「ん? 冬に限らず近くに居ってくれてよいのじゃぞ?」
 薺の尾をモフモフしながら言う護刃にくすりと笑う彼。
 屋台で買って来た酒粕汁を冷ましながら口にする。
「ん、これ美味しいですよ。護刃も……あ、杯空いてますね」
 護刃の掌の杯に酒を注ぐ薺。焼きたての焼鳥を頬張り、彼の肩越しに見えるさらさらと舞う雪に、彼女は目を細める。
「月見酒も良いが、こうした雪見酒もまた格別じゃのぅ。美味い肴と酒、酌をしてくれる愛し者が居るなら尚更にな」
「そうですねえ。私もこんなにのんびりしたのは久しぶりです」
「大戦も終えたしの。この先はもう少しこういう機会も増えるかのう」
「世も平穏な空気に変わってきていますし……そうなるといいですね」
 途切れる会話。見える灯篭の暖かな光。
 護刃は、湯飲みを持つ薺の手にそっと触れる。
「……のぅ、薺。一度わしの里に行かんか?」
 年寄りばかりだが、静かで穏やかで……春になると花に溢れる里。
 あの光景を、薺にも見せたい――。
 どこか懐かしげな目をする護刃の手を、彼は握り返す。
「ええ、行きましょう。護刃の故郷、興味ありますし。丁度良い機会ですし、この冬が終えたころに行ってみましょうか」
「そうじゃな。その後、旅に行かぬか? 暖かい場所か桜の名所……ああ、薺が旅してきた場所を遡るのも良いかもしれぬ」
「それだと随分長旅になりそうですね」
寄り添う貴方に心を委ね、迷い続けた過去も、真っ白に塗りつぶして……この先の長い旅路も、ずっと貴方と共に――。


「マユキだったらヤタイなにつくる?」
「うーん、そうだなー。温まる汁物、焼き物、お好み焼きもありかな? 豚まんとかあんまん、甘味だったら甘酒とお汁粉かなぁ……」
 しらさぎとそんな話をしながら、かまくらに茣蓙と毛布を広げ、屋台で買って来たものを片っ端から並べる真夢紀。
 とても一人で食べきれる量ではないのだが、元々お客様を呼び込むつもりだったので全く問題ない。
 持参の七厘で購入したものを温め直し、お餅を焼いていたら、そこにひょっこりアムルタートとサイが顔を出した。
「すみませーん。ここってお店かな?」
「お店と言う訳ではないですが、お客様歓迎ですよ」
「どうぞこちらへなの」
「わーい! お邪魔しまーす!」
 真夢紀としらさぎに導かれて、腰掛けるアムルタート。かまくらの壁に触れて目を輝かせる。
「すごい。本当に冷たい!」
「かまくらは初めて?」
「うん。アル=カマルって雪ないから凄く珍しいの!」
「……おチャ、どうぞ」
「さて、屋台の品全てとお餅各種ありますが、何にします?」
「ありがと。全部ちょうだい!」
 しらさぎから暖かいお茶を受け取るアムルタート。続いた彼女の言葉に真夢紀が固まる。
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
「大丈夫! 最高のループするから!」
「そう! ループだよ!」
「……るーぷ?」
 盛り上がるアムルタートとサイに、かくりと首を傾げるしらさぎ。
 最高のループとは、食べてお腹が膨れたら踊り、お腹が空いたらまた食べる……と言うのを繰り返すらしい。
 これぞまさに食の永久機関。最高のループ!
「そんなに上手く行きます……?」
「大丈夫だよ、多分。私達ね、屋台一等賞決めるのー♪」
「優勝したお店にもう一度いくんだよ。おかわりするの〜!」
 呻く真夢紀にこにこと語る主と羽妖精。彼女はその夢を聞き頷く。
「なるほど……。そういう事でしたら、世界各地のお祭りの屋台を食べ歩いている私がお手伝いしましょう!」
「マユキ、頑張れ」
「やった! ゲスト審査員だー!」
 ゴゴゴゴと背中に炎を背負う主を、応援するしらさぎ。
 アムルタートとサイの屋台味比べ真剣勝負は、更に盛り上がりそうだった。


「雪かー。こうして見ると綺麗なもんだね」
「そうだな」
 外に舞い散る雪に目を細める火麗に、頷く隼人。
 最初、彼は赤面しているし、目は反らすしで挙動不審だったが、サムライの武術の話を振ったら物凄い勢いで口を開き……そのまま自然体になった。
 あまり照れられるとやりにくいし……その、自分も恥ずかしいし。この方がいい、と思う。
「火麗。外で色々言われて困ってないか?」
「またその話かい? 大丈夫だよ」
「いや、火麗の良縁の妨げになったら不味いだろ」
「そんな相手いないよ。それに隼人さんにはチビたちの件も含めて世話になってるし……面倒しか起きないの分かってるのに所有権引き受けて頑張ってるでしょ。あたしはそれに、応えたいと思っただけ」
「えっ……と。そ、そうか」
 再び頬を赤らめて俯く隼人。そんな彼に、火麗も顔を伏せてため息をつく。
「だからいちいち照れるの止しなさいよ、もう。どんだけ免疫ないのよ!」
「し、仕方ないだろ! 深入りしないように避けてたから! 女子とサシで出かけたこともなかったんだ!」
「えっ。本当に?」
「そんな嘘ついて俺に何の得が……あ。ババ様と母上とならあった」
「それは数に入れちゃダメでしょ」
 ビシッと裏拳でツッコミを入れる火麗に、それもそうかと頷く隼人。
 相変わらずな調子に、彼女がくすりと笑う。
「とにかく、気にしないでいいよ。隼人さんの役に立てるなら悪い気はしないからね」
「……ありがとう」
「どういたしまして。ほら、呑みなよ」
「ああ。……あのさ、火麗。また酒呑みに誘ってもいいか?」
「ん? ああ。あたしは別に構わない……」
 隼人の言葉に頷きかけた火麗。そこにひょっこり、赤髪の人妖が顔を覗かせる。
「火麗ー。見て下さいですのぅ! 兎隹が着せてくれたんですのよぅ」
「みい、お邪魔しちゃダメなのだ!」
 聞こえて来る兎隹(ic0617)の慌てた声。2人は顔を見合わせて苦笑した。


 時は少し遡る。
「一面真っ白ですわぁ!」
「みい、ちょっと待つのだ!」
 一面の雪景色を見て飛び出して行こうとする赤髪の人妖を慌てて引き止める兎隹。
 ポンチョ、手袋など防寒具をテキパキと着せていく。
「これなんですのぅ?」
「寒さを防ぐものなのだ。雪はふわふわしているがすごく冷たいのだ。素手で触り続けると手先に血が通わなくなったり、霜焼けになって辛い思いをする」
「雪って怖いんですのねぇ」
「うむ。大事なみいが風邪を引くといかんしな?」
 笑顔の兎隹に、ぎゅーっと抱きつくみい。最後に渡された耳当てが兎の形であることに気がついて目を輝かせる。
「あっ。これ可愛いですのぅ! 火麗にも見せてくるですのぅ!」
「えっ!? ちょっ! みい!?」
 すごい勢いでかまくらに飛んで行くみいを慌てて追う兎隹。
 そんな二人を見て、クロウ・カルガギラ(ib6817)は苦笑する。
「……ったく。みいは相変わらずだなぁ。ふうもちゃんと着込めよ」
「分かってるわよ」
 彼からマフラーを受け取り、身につける青髪の人妖。
 金髪の人妖も防寒具を受け取りながらユリア・ソル(ia9996)を見上げる。
「ユリア。今日はここで奉公をするのですか?」
「違うわよ。今日は遊びに来たの。さあ、ひいも暖かくするのよ。着る手伝うわ」
「えっ? でも……」
 母親のように世話を焼くユリアに戸惑いの表情を見せるひい。そんな彼女に、クロウは深靴を履きながら笑顔を向ける。
「今日は気晴らし! 難しい事考えるのやめて楽しむ日な。ふうもだぞ」
「あたしは別に……いつも難しいこと考えてる訳じゃないし」
「そうか? 随分思い詰めていたようだったが」
「あ、あれはたまたまよ」
 首を傾げるリューリャ・ドラッケン(ia8037)にぷいっと横を向くふう。
 そこに、防寒具でもこもこになったギルド職員、杏子が早足でやってきた。
「リューリャさん、今日はお招きありがとうございます! 私、開拓者さんに遊びに誘って戴けるの初めてで嬉しくって!」
「……何、リューリャ。デートでもする気?」
 上機嫌な杏子を見てから、リューリャにどういうことだ、と目線で問いかけるクロウ。
 ユリアの身も蓋もないツッコミに、彼は肩を竦める。
「いや……監視役として来て貰ったんだがね」
「……監視役?」
「うん。あの子達のな」
 小首を傾げる杏子に、後方を指差すリューリャ。
 そこには、防寒具を着込んだ人妖達がいて……。
「……神村菱儀の人妖、ですよね」
「ああ。ここに連れて来るのに監視が必須だと言うんでな。開拓者でも無い、ほぼ面識が無い相手でも悪い事がないなら対外的な信用にも繋がるだろう」
「監視……。ああ、そうですよね。何もせずに遊べるなんてそんな美味しい話あるはずないですよね……」
 目に見えて萎む杏子。そこにみいと兎隹が戻って来る。
「あっ。杏子ですわぁ。久しぶりですわねぇ」
「あら。みいちゃん! 元気そうで何よりです」
「……みい、この方どなたですの?」
「どこかで見た気がするんだけど……」
 ひいは彼女を知らず、ふうはうろ覚えであるようだが、みいは石鏡の開拓者ギルドに捕縛されている時間が長かった為、杏子を覚えていた。
「みいが世話になっていたのであれば、我輩からも礼をせねばなるまいな」
「そうね。これが終わったら何かご馳走するわ。リューリャ、あなたが呼んだんだからきちんと杏子をエスコートしなさいよね」
「へいへい」
「本当ですかっ!? ありがとうございますー!」
 請け負う兎隹とユリアに、適当に頷くリューリャ。杏子は喜びに目をキラキラと目を輝かせる。
 その間に、クロウが3姉妹を集めて話し始めた。
「よし。今日はここの雪見宿の遊びフルコースだ! いいか! まずは雪像作りだぞ!」
「畏まりましたわ」
「寒いのに何でそんな事しなきゃならないのよー」
「はぁ〜い! ……ところで雪像ってなんですのぅ?」
 真面目な顔で頷くひいに、ため息をつくふう。小首を傾げるみいと三人三様の人妖達。
 兎隹はくすりと笑うと、ひょいとみいを抱え上げる。
「雪で形を作って遊ぶのだよ。色々なものが作れるぞ」
「雪って固められるんですのぅ?」
「うむ。ほら、さっき火麗姐に会いに行った時に入った白い小屋があったであろう? あれも雪で出来ておるのだぞ」
「えっ。あれも雪だったんですのぅ? すごいですのぅ! わたしも作ってみたいですのぅ!」
「うむ。一緒に作ろうな」
 雪すら知らぬ末娘。目を輝かせるみいが可愛くて、兎隹は思わずその頭を撫でる。
 そう。今日は遊び。教育や奉公ではない。
 ……と言うことは、今日はちょっと、ちょっとだけみいを甘やかしても良いであろうか……?
 激しくぴこぴこと耳が動く兎隹。感情の暴走が全てそこに現れてしまっているのを見て、ユリアが笑いながら続ける。
「いきなり難しいのもね……。まずは雪だるまにしてみる?」
「そうだな。それで慣れたら、ヨウとイツの雪像作ろうぜ!」
 ノリノリのクロウ。常夏の儀出身の彼は、雪を見るとテンションが上がるらしい。
 ユリアと共に、綺麗な雪球を作るのに一生懸命なひい。
 みいは、兎隹に教えて貰った雪兎が気に入ったらしい。何個も並べて作っている。
 クロウはせっせと雪を積み上げて、雪像を作る準備を進め……その様子を、少し離れたところから眺めているリューリャのところに、ふうがやって来る。
「リューリャは雪像作らないの?」
「こういうのは見ているのが好きでね」
「わたしも見てる方がいいわ。寒いし」
「君はやっておいで。実際経験しないと、何が『好き』か分からないだろ?」
 ほら、と促すリューリャにため息をつくふう。そんな主を、天妖の鶴祇が制止して、彼女を引き止める。
「……のう、ふう。おぬしは人妖についてどれだけ知っておる?」
「どれだけ……って? 人妖は陰陽師が作る、とか?」
「うむ。我々が稀少である、とか、そう言ったことだな」
「そうなの? 主様はそんな事言ってなかったわね」
 神村菱儀は、人妖達に必要以上のことは教えていなかったのだろうか。
 『道具』として使い潰すつもりだったのであれば、『知恵』がない方が確かに便利なこともあるが……。
「他に主から聞いていたことはあるかの」
「んー。あたし達は特別製だって言ってたわね。ここにはない技術使ってるって」
「その技術については何か知っておるのか?」
「良く知らないわ。その辺はひいの方が詳しいと思う」
 ――特別製。
 その言葉にリューリャと鶴祇が顔を見合わせる。
 失われた技術と己の価値を正しく理解していない人妖達。封陣院の人物は、そこに目をつけたのだろうが……嫌な予感しかしない。
「ねえ、クロウ。ヨウはもうちょっと美人だと思うわよ」
「そうですわね。もう少し目鼻立ちがハッキリしていると申しますか……」
「何だよ。じゃあお前達も手伝えよ! ほら、ふうも手伝え!」
「……行っておいで」
 ユリアとひいの容赦ないダメ出しに吠えるクロウ。リューリャの声にこくりと頷いて、ふうも雪像作りに加わる。
「じゃあヨウは任せたからな! 俺はイツを作るっ!」
 白いアヤカシの像の隣に、猛然と雪を積み上げるクロウ。
 イツの姿を思い出しながら、形を作り上げていく。

 ――あのね。イツね……。

 不意に思い出すイツの囁くような声。
 彼女が持って行ってしまった心の風穴はまだ少し痛むが、表に出るほどではなくなった。
 この痛みも、あのヒトの心を知りたがった妙なアヤカシが存在した証と思えば悪くない。
「それに……また、逢えるだろうしな」
「……誰によ?」
「いや、何でもねえよ。ほら、ふうも頑張れ!」
「人妖遣いが荒いわねえ」
 思考を振り払うように雪の形を整える彼。ふうも文句を言いながらも、せっせと手を動かしている。
 その横で、みいと兎隹は小さな像を作り始めていた。
「ちょっと慣れてきたようだし、お前達の雪像も作ろう。二つだけではヨウとイツも寂しがるかもしないのだ」
「そうですわねぇ。皆一緒がいいですわねぇ」
「うむ。全部並べて仲良し姉妹なのだ♪ うんと美人に作ろうな。皆喜ぶに違いないのだ」
「あたし、兎隹の像も作りたいですわぁ。兎隹大好きですものぅ」
「みい……!」
 ああ、かわいい。なんて可愛いのだ……!
 雪まみれで笑うみいに、兎耳がぴこーんと立ち上がった兎隹。
 雪を払ってやりつつ、みいをむぎゅーと抱きしめる彼女に、ユリアが苦笑しつつ、となりのひいを見る。
「全く、あの子達も相変わらずねえ。ひい」
「はい。でも……みいは少し変わりましたわ。わたくしの話を真面目に聞くようになりました」
「そうなの?」
「はい。ふうも、周囲のことに興味を持つようになったように思います」
「そう。貴女自身はどうなの?」
「わたくしですか? あれ以来、身体が軽いのですわ。あの子達の喧嘩の仲裁も出来るようになりましたの」
「あら。それは何よりね」
 ころころと笑うユリア。ひいが『己の意思』で動けている。その内容が何であれ、それは素晴らしいことだ。
 そんな事を話している間も続く雪像作り。和やかな時間が過ぎていく。


「リト、足元に気をつけて」
「ありがとう。はい、ローレルにも甘酒ね。火傷しないように気をつけて?」
 笑顔で甘酒が入った器を渡すリト。それを受け取りつつ、ローレルは首を傾げる。
「……リト。俺はからくりだ。火傷はしない」
「分かってるわ。気持ちだけでも、ね」
 主の言葉にそうか、と頷くローレル。器に入った白いどろりとした液体を不思議そうに見つめる。
「暖かくて美味しいのよ。飲んでみて」
「ふむ。……甘い」
「でしょ。寒い時に丁度いいわよね」
 ローレルに続き、一口甘酒を口に入れるリト。
 目の前の光景に、ほう……とため息をつく。
「わぁ……。雪灯篭も雪像も綺麗ねぇ……」
 立ち並ぶ様々な石像。柔和な女神のような像は、ここの社の精霊様だろうか……?
 灯篭の光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がる雪像が何だか幻想的で……。
 ふとローレルの手に触れると仄かに温かくて、リトの顔が綻ぶ。
「あ、ローレルの指先、温かい」
「甘酒の熱が移っただけだろうが……リトは俺が温かいと嬉しいのか? 常時熱を持った方が良いなら手立ては考えるが……」
 発熱性の宝珠を埋め込むといいだろうか。全身を暖めるとしたらどれだけの宝珠が必要だろう……。
 めまぐるしく考え始めたからくりを、リトは慌てて止める。
「ち、違うわ。勿論温かいのも素敵だけど……ローレルのひんやりした指先も好きよ。私の手の温もりが移っていくもの」
「今日のような気候の日は熱が奪われて寒いのではないか?」
「甘酒飲んでるし、大丈夫よ。ね?」
 にっこり笑うリト。そんな彼女を、ローレルの無機質な蒼い瞳が捉える。
「ふむ。確かに夏は逆に体温を奪うほうが快適だな。と言うことは……」
「……ローレル、私の話聞いてた?」
 改造の方向をさらに拡大し始めた相棒に、リトはでっかい冷や汗を流した。


「羅喉丸。何してるんですか?」
「何って、歩いてるんだよ」
「遅いですよ」
「そりゃ、お前みたいに飛べないからなぁ……」
 ため息をつく羅喉丸(ia0347)を急かすように周囲を飛び回る翼妖精。
 普段真面目な相棒が、何だかはしゃいでいるように見える。
 ネージュは雪の精霊故、こういう所では調子が良くなるのかもしれない……。
 そんな事を考えていた羅喉丸。
 周囲は塗りつぶされたように白く、足元にも柔らかな雪が降り積もっている。
 かんじきを履いているとはいえ、なかなかに歩きにくい。
「ふむ。これはいい足腰の鍛錬になるかもしれないな」
「……息抜きに来たんじゃないんですか?」
「ああ、そうだった」
 相変わらずな主に苦笑するネージュ。ふと顔を上げると、雪灯篭から漏れる光に、雪と氷に包まれた木々がキラキラと光って……。
「ほら、見て下さい、羅喉丸。綺麗ですねえ……」
「ああ。お前が楽しそうで何よりだ」
「ちゃんと見てます?」
「見てるよ。自然についた雪と氷がこんなに綺麗だとはな」
 そんなやり取りをしながら木々を抜け、やってきた白谷の社。
 岩戸開きが行われる奥の社には、沢山の人達が集まっていた。
 ここに住まう雪の精霊は、とても恥かしがり屋だという。
 こんなに人がいたら、顔は見せてくれないかもしれないが……ネージュに加護を与えてくれるだろうか。
 ゆっくりと開く岩戸に、手を合わせる羅喉丸。
 神聖な空気に、身が引き締まる思いがして……。
 ネージュはふと、自分の頬に優しく触れる何かを感じたような気がした。


「……ふむ。……白い兎は……愛いものだ……」
「はい。とても、愛らしい雪兎さまにございますね」
 掌の小さな雪兎に嬉しそうに目を細める月夜見 空尊(ib9671)。
 夫の穏やかなその表情に、木葉 咲姫(ib9675)からも笑みがこぼれる。
 さらさらとした新雪を丁寧に固めて作った雪兎は、小振りではあるがそれがまた愛らしく。この兎なら、二人の願いを精霊まで届けてくれるかもしれない。
「……咲姫。寒くはないか……?」
「私は大丈夫にございますが……」
 寒さをあまり感じないのか思い出したように言う空尊。咲姫は心配そうに眉根を寄せる彼の手をそっと取り、笑顔を向ける。
「こうすれば……わずかでも、冷たさも忘れましょう」
「ぬしの手は、温かいな……それに、柔らかい……」
「そうでしょうか?」
「うむ。……我にも血が通うておることを……思い出させてくれる」
「まあ。空尊さんったら」
 くすくすと笑う咲姫。2人を導くように並ぶ雪灯篭。
 光の道を抜けて着いた社に、雪兎を奉納すると二人は並んで手を合わせる。
 空尊が目を開けると、咲姫の紫色の瞳がこちらを見上げていた。
「……空尊さんは、どんなお願いごとをなさったのですか?」
「……共に、永くいられるように……そうなれば、良いと願った。……咲姫は何を……願った?」
「私は……許される限り、永久に……空尊さんのお傍に、と」
「ぬしと、願うものが同じならば……精霊に頼まずとも、良かったな……」
「……ふふ、同じ想いでとても嬉しゅうございます」
 微かに微笑む空尊に、花のような笑顔を返す咲姫。
 その時、きゃー! という歓声が聞こえて……二人の横を、雪玉を手にした子供達が走り抜けていく。
「子供達は元気でございますね……」
「……咲姫。ぬしは……子が、欲しいと思うか……?」
 子供達の様子に口元が緩む咲姫。続いた問いに目を瞬かせる。
「あの。私達の、子供、に……ございますか?」
「うむ。……我は……ぬしとの子ならば……欲しいと、思う」
 ゆったりと言う空尊。
 きっと咲姫の娘であれば花のように愛らしいはずだし、息子であれば芯を持った良い男になるはずだ。
 そんな子に、逢ってみたいと思う。
 彼がそんな事を考えている間も、咲姫の顔はみるみる赤くなっていく。
「望んで、いただけるのでしたら……私も欲しゅうございます」
 そうか、と呟き、そっと妻を抱き寄せる空尊。腕の中の咲姫が耳まで赤くなっていて、とても愛らしい。
「……ここの精霊は……子との縁も……結んでくれるのだろうか……」
「どうなのでしょう。分かりませぬが……雪兎、もう一つ作ってみましょうか?」
「……そうだな。……しかし、今は……暫し、このままで……」
「はい……」
 おずおずと夫の服を掴み、胸に顔を埋める咲姫。空尊は彼女の艶やかな髪を優しく撫でた。


「二つも買って貰っちゃってええの?」
「ん。隊長さんと一緒に着けとけ」
「ほんまおーきにな」
 泉華の手には雪を模した揃いの帯飾り。そして頷く雅白の手には小さな雪兎。
 社に到着した二人は、雪兎をそっと奉納し、並んで手を合わせる。
 ――泉華は、雅白の許婚だ。幼い頃、郷を治める者達に、勝手にそう決められた。
 でも、それは彼にとって渡りに船だった。
 だって、ずっと前から、泉華だけを想っていたから……。
 彼女の細く白い脚に残る傷跡は、己の罪の証。
 このような過ちは二度と犯さない。
 この先生涯をかけて、泉華を護り抜くと誓う。
 だから、どうか……彼女の身体が少しでも丈夫になりますよう。そして――。
 俯き、目を閉じている彼を、ちらりと見る泉華。
 雅白は……やはり、己の脚の傷を気にしているのだろうか? だから傍にいてくれるのだろうか。
 許婚だからとか、傷のこととか……そんなの関係ない。
 明るくて楽しくて……実はかなり寂しがりな、そんな雅白が好きだ。
 彼に、きちんと言った事はないけれど……。
 せやから精霊様、ウチのお願い聞いておくんなはれ――。
「……もうちょっとしたら、郷に帰らなあかんね」
「ああ。帰ったら忙しそうだよな。爺と婆が張り切って待ってんだろうなー」
 くつくつと笑う雅白の腕に、己の腕を絡める泉華。
 二人一緒なら、どこに居たってやっていける。
 何故なら、二人の願いは全く同じなのだから。
 ――長く共に居られるように……。
 告げぬ言葉。それでも変わらずに。今までも、この先も。
 ずっと一緒にいよう……。


「がおーーー!!」
「きゃーーっ! 怪獣クロウが出たわよー!」
「負けませんわよぅ!」
「みい、よーく狙いを定めて投げるのだ!」
「あの。ふう、みい……程々にしませんとクロウが……」
「あら、ひい。勝負は全力でいかないと失礼なのよ?」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「えいっ……! それっ……!」
 きゃあきゃあと歓声をあげて雪遊びに興じる開拓者と相棒達。
 相棒は、人妖と、神仙猫に、からくり……。
 中にさり気なく混じっている真っ白い神仙猫。あれこそ毎度おなじみ、柚乃(ia0638)の変身した謎のご隠居である。
 本当は、かまくらの中で暖かいコタツに入って蜜柑を戴くつもりだったのだが、相棒のからくり、天澪に引きずられて雪遊びになってしまった。
「まあ、こういうのも悪くないのぅ」
「柚乃は雪、好……」
 天澪が主に投げかけた問いは、当たった雪球によってかき消される。
 ぼんやり立っていると流れ弾に当たって大変危険である。
「天澪、油断するでないぞ。こういう時は……」
 ひゅるるるる……べほっ。
 言っている傍から雪球の洗礼を受ける謎のご隠居。
 雪塗れの主を見て、天澪が静かに怒りに燃える。
「柚乃に何するの……!」
「これこれ、柚乃ではないぞ。謎のご隠居じゃぞ」
 ……と言うか、柚乃さん。ツッコむところそこですか?

 雪を散らし、走り回る彼らの様子を、コニー・ブルクミュラー(ib6030)は目を細めて眺めていた。
 彼は子供の頃病弱だった為、真っ白に塗りつぶされた景色を家の中から眺めている事が多かった。
 雪合戦も、あまりしたことがないなぁ……。
「どうした? コニー」
「いえ、楽しそうだなと思いまして」
 己を気遣うサイラス・グリフィン(ib6024)に笑顔を返すコニー。
 ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)は雪を踏みしめ、ふうっとため息を漏らす。
「……雪深い所だ。故郷を思い出すな」
「天儀もこんな所があるんですね」
「この白さを見ると色々思い出しますよね」
「君達を連れて神楽に来て4年か。ジルベリアが懐かしくはならんかね」
「そうですね。存外経ってるもんですが、懐かしいかと言われると……そろそろ一度顔を出さないと親父にどやされそうですけど」
「確かに雪を見てると懐かしくはあります。けど、戻りたいとは思いません。僕はこれからも先生の傍で色々学びたいです!」
 ヴァレリーの問いに肩を竦めるサイラスに、輝く笑顔を浮かべるコニー。
 若々しい弟子達。力に溢れてとても眩しい。
 ヴァレリーは長年、剣を持ち、最前線で戦いに身を投じてきた。
 しかし近年、腰痛に悩み……重い装備と、徐々に減っていく体力を身に沁みて感じていた。
 身体の動く限りは前衛でと思っていたが……もう、潮時なのかもしれない。
「コニー。君の気持ちは嬉しい。が、私も歳でな。寄る年波には勝てぬのだ。君達も一人前になったことだし……」
 言いかけたヴァレリー。次の瞬間、彼の顔面に雪球が直撃し、眼鏡がぽーんと飛んで雪の中へと消えて行く。
「先生っ! 大丈夫ですか!?」
 サイラスの声が聞こえる。顔から雪を払ったが、姿が見えない。
「ぬう! 何も見えん! 敵襲か!」
「先生、俺はここです! 眼鏡を探して来ますから落ち着いて!」
「柚乃の仇はとったのです……!」
「ぎゃああああっ! 天澪! 彼らは無関係じゃあああっ!!」
 聞こえてくるサイラス以外の声。やはり敵襲か……!
「諸君、敵襲だ! 戦闘配備につけ! 行くぞ!」
 雪を掴み、闇雲に投げ始めるヴァレリー。その姿を呆然と見ていたコニーだったが、何かを思いついたのかぽん、と手を打った。
「はっ……成程! 先生、雪合戦で僕を鍛えてくださるんですね! 不意打ちに対処せよと……! 分かりました! 負けません! よーし、サイラスさんもやりましょう!」
「えっ。コニーちょっと待て。先生確実に見えてな」
 雪球が直撃し、言葉を遮られるサイラス。こうなったらもう、やるしかないのか……!
「老兵とはいえ遅れは取らんぞ!」
 見えていない為か、四方八方に凄い勢いで弾を投げているヴァレリー。
 こうなるともう人間砲台である。
「負けませんよーーー!!」
 そしてそれに猛然と対抗しているコニーだったが、清々しいほどに当たらない。
 わざと狙いを外しているのではないかと思える程だ。
 そして人間砲台の弾が天澪に直撃し轟沈。柚乃陣営が不利になるかと思いきや、彼女は物凄い勢いで地面の雪を弾き飛ばし、直接埋める作戦に出た。
「おい! もうそれ雪合戦じゃないだろ!」
「あああああああ!」
「うおあああっ!?」
 サイラスがツッコミを入れる間、雪に足を取られて派手に転ぶコニー。
 溺れるものは何とやら。近くにいたヴァレリーの足をむんずと掴み……二人は一緒に雪に埋もれて行く。
 ――あれ。父さん、母さん、いつ天儀に来たんですか……?
 ――ああ。神楽の都に来た日がまるで昨日のようだ。あの頃の弟子達は小さかったなぁ……。
「ちょ、コラ! 二人共逝くなあああああ!!」
 謎のご隠居にスッパーーーーン! と雪球を当てて轟沈させたサイラス。
 慌てて雪を掘り起こし、二人を救出する。
「先生! 全く何やってるんですか!」
「ふっ、久々に童心に戻っただけだ」
「歩けなくなるんですから程々にして下さいよ。コニー、立てるか?」
「立てはするんですけど……僕の眼鏡どこでしょう」
 めがねめがね、と言いながら地面を這いずっているヴァレリーとコニー。
 二人を連れ戻す前に、サイラスは雪の中から眼鏡探しという難関をクリアしないといけないようだった。


「よし。お前達、雪兎は持ったか? これから社に行くぞ」
「リューリャ、社で何をするの?」
「縁結び。君達がこれから色んな良い人と縁を結べるようにね」
「雪兎を奉納してお願いごとすると叶うらしいぞ。ひいは何か願いはないのか?」
「そうですわね……」
「わあ。兎隹も一緒にお願いごとするですのよぅ!」
「うむ。これが終わったら屋台に行こうな。皆冷えたであろう?」
 リューリャに引率されて歩くクロウと兎隹、三姉妹達。
 ユリアはと言うと、隼人を見つけて殴りこみ……いやいや、話し込んでいる最中だった。
「この間は大事なひいに、私の許可なく随分と酷いことしてくれたじゃない?」
「お前達の許可を取るべきだったんだろうがな。その時間がなかった。お前に殴られる覚悟はあったさ」
「あらそう。じゃあ覚悟はいいわね?」
 言うなり隼人の襟首を掴むユリア。次に来る衝撃を覚悟して、彼は目を閉じる。
 次の瞬間、頬にやって来たのは痛みではなく、ちゅっという音と共に柔らかなものが触れて……。
「……!??」
「一応成功したからご褒美よ」
 くすりと笑うユリア。隼人は頬を押さえると、その場にへなへなと崩れ落ちる。
「ユリア、あんまり隼人さんをからかうんじゃないよ。免疫ないんだから死んだらどうすんのさ」
「あら。大袈裟ねえ」
 くすりと笑うユリア。
 ――大袈裟で済んだら良かったんだけどね。
 火麗は隼人を助け起こしながらその言葉を飲み込んで、深い深いため息をついた。


 はらはらと舞う白い雪。社の上に、宿の上に、人が行き交う道の上に……平等に降り積もる。
 様々な思いや事情を孕みつつ、雪見宿での穏やかな時間が過ぎて行った。