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■オープニング本文 ●開拓ケット アヤカシと開拓者。 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば大した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。 とはいえ。 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。 およそ2万人。 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。 そして腕の立つ開拓者は重宝される。 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。 人はそれを『萌え』と呼ぶ。 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認しているのをいい事にやりたい放題である。 その妄想に歯止めなど、ない。 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。 ●開拓者の末路 ――どうしよう。 その開拓者の名は東原 百合子。 かつて天儀屈指の開拓者と呼ばれ、誉れの高かった彼女は今まさに未曾有の危機に直面していた。 開拓者を引退した彼女は、新しい生きる場所を見つけた。 ――それは、開拓ケット。 己の萌えを形にし、煩悩と妄想を紙に叩きつけて完成させ、そしてそれを読んだ人たちが喜んでくれるのが、百合子にとってかけがえのない生きがいとなり……。 そしてそれは、彼女の破滅の道への幕開けでもあった。 出版を重ねる度に豪華になっていく装丁。 こういうのは凝り始めるとキリがない。 高すぎる本は、一般の人では手が出ない。採算を考えなかったのも悪かったのかもしれない。 開拓者家業をやっていた頃に、一生遊んで暮らせるくらいの文は稼いだ。 だから、ちょっとくらい大丈夫だと思っていたのに……。 気がつけば資金が底をつき、借金を抱える程になっていた。 これでは、印刷代が払えず、次の本が出せない。 私の、私の生きがいが……。 そこで百合子は禁断の手段を思いついた。 高レベル開拓者の生装備を手に入れ、売り飛ばすのだ。 そう開拓ケットは欲望を金に換えることができる場所。 有名な開拓者であればあるほど高く売れる。 脱ぎたてほやほやな装備をプレミア付きで売れば、一年は遊んで暮らせる大変な資産になる……! 百合子は光のない瞳でふふふ……と笑った。 ●開拓ケットの舞台裏 開拓者達がその騒ぎに気付いたのは、開拓ケットの搬入の準備に追われている時だった。 裏通りから悲鳴と怒号が聞こえて来る。 「一体何事かしら?」 「心配だな。ちょっと見て来よう」 開拓者達が駆けつけると、そこには逃げていく人々と……星見 隼人(iz0294)が身ぐるみ剥がれ、あられもない姿で転がされていた。 「ちょっ!? 隼人さん!? 大丈夫!?」 「その格好はどうした?! 一体何があった!」 「突然なまはげに襲われて装備奪われた……」 「……は?」 「なまはげだぁ?」 助け起こされ、呆然としたまま答える隼人に、首を傾げる開拓者達。 ――なまはげ? こんな裏路地に? 隼人が何を言っているのか良く分からないが、この状況で放っておくわけにもいかない。 開拓者が上着を脱ぎ、そっと隼人の肩にかけると……。 「その装備、私にちょうだい……」 突如聞こえる、地を這うような声。開拓者達が驚いて振り返ると、剣呑な目つきをした鬼の面と目が合う。 「開拓者はいねがーーーー……。高レベルなやつはいねがーーー……」 「な、なまはげ……!?」 「隼人さんを襲ったのはこいつ……?」 体勢を立て直す開拓者達。その間も、なまはげはじわじわと距離をつめてくる。 「開拓者はいねがーーーー……。高レベルなやつはいねがーーー……」 同じ台詞を繰り返すなまはげ。 ただの追い剥ぎならひっ捕らえてやろうと思っていた開拓者達だったが、それも難しい事を悟る。 こいつ、隙がない……! 強い……! 隼人が抵抗も出来ずに剥かれた理由はこれか……! 後退する開拓者達。次の瞬間、なまはげが宙を舞った。 「お前の生装備をよこせえええええええええええええ!!」 「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」 突如現れた最強最悪のなまはげ。 こんなのが開拓ケットに乱入したら大変なことになる……! ヤツの狙いは君達の脱ぎたてホヤホヤの生装備である。 装備を差し出すか、説得するか、戦うか……さあ、立ち向かえ! 開拓者達! |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
サエ サフラワーユ(ib9923)
15歳・女・陰
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
火麗(ic0614)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 開拓ケット会場の路地裏。 夢と欲望を運び込む搬入口に通じるそこは、突如現れたなまはげによって、異様な空気に包まれていた。 「……で、なんで隼人さんがここにいるんですか?」 「俺が聞きたいっ」 「あぁ、成程。そういう趣味をお持ちでしたか。いえ、悪くはないですよー?」 「隼人さん、これ着て。仇は取ってくるから、ちょっと避けててね」 星見 隼人(iz0294)の訴えをまるっと無視して独り頷く柚乃(ia0638)。 彼に上着をかける火麗(ic0614)は、ゴゴゴゴ……と音が聞こえそうなくらい、強い怒気を発していた。 「ある意味、開拓ケットの犠牲者だな……。十束、止めるぞ」 「分かった」 悲壮な雰囲気を漂わせる宮坂 玄人(ib9942)に、こくりと頷く羽妖精。主の姿に違和感を覚えて首を傾げる。 「そういえば玄人殿、いつもと装備が違うようだが……」 「……ああ、変えてきた。俺だって必死こいて強化した武具、盗られたくないからな。寧ろ、お前が危ないかもしれんぞ」 「私が……?」 虚ろな目をする主に、再び首を傾げる十束。 開拓ケットには、開拓者の相棒を崇拝する者達も多い。 人妖萌え、からくり萌え、妖精萌え……そのジャンルは多岐にわたり、様々な物品や本た存在する。 開拓ケットの闇は深い。 「こんな所にアヤカシ? ちがうのかな?」 「いや……ある意味アヤカシとかよりも厄介な相手が現れた気がするのぉ」 かくりと首を傾けるサエ サフラワーユ(ib9923)に、ため息をついて首を振る神町・桜(ia0020)。 搬入の手伝いに来ていたサエは、開拓ケット自体が初めてでこの緊急事態も良く飲み込めていないらしい。 参加者だと思ったのか、無防備にトコトコと寄って行き、マニュアル通りの説明を始める。 「えーと、あの。コスプレの方ですか? まだ開拓ケットは始まっていないので、コスプレは始まってから会場内でお願……」 「……弱いわね」 「えっ?」 なまはげから聞こえたくぐもった声。サエが驚いて見上げると、天河 ふしぎ(ia1037)が走り込んで来る。 「サエ、そいつから離れるんだ! 僕が来たからにはもう……」 「……天河 ふしぎ!」 鋭い叫び。鬼の面の奥から見える、獲物を狙う目線。 ふしぎがそれに気付いた時には、なまはげが宙を舞い……ふしぎはあっと言う間になまはげに取り押さえられていた。 「ちょっ。えっ。何で僕を知って……いやあああああああああああ!!」 響くふしぎの悲鳴。 何故知っているも何も、彼は高レベル開拓者。偶像が作られて売られてしまう程度には有名人である。 当然なまはげが知らぬ訳もないのだが、自分が襲われる可能性は頭から抜け落ちていたらしい。 「鬼! そこじゃ! もっと思いっきりやるのじゃ!」 みるみるうちに装備を引っぺがされ、あられもない姿になっていく主に大興奮し、ぽろりと本音を漏らす天妖の天河 ひみつ。 それに苦笑しつつ、からす(ia6525)が鋭い目線を向ける。 「油断していたとはいえ、ふしぎほどの手錬が一瞬での……。なるほど、強いな」 これほどまでに強い、という事は、加減しなくてもいい、と言う事でもある。 多少ぶん殴ったところで死にはしないし、こちらには手数もある。 最悪実力行使に出ても何とかなるだろう。 勿論穏便に解決できるならそちらの方がいいのだが……。 からすがそんな事を考えている間も、なまはげの不気味な呟きとふしぎの悲鳴は続いている。 「天河 ふしぎ。綺麗な顔ねえ。女の子みたい」 「お、女の子って言うなっ!」 「いいのよー。それがいいの。ふしぎ総受け本とか出したいわねえ。ついでに身体見せて頂戴」 「やめてえええええええええ!! たすけてええええええ!!!」 「ふしぎ! 今助けるぞ! 待っておれ! 桜花! 散会してなまはげを取り押さえるのじゃ!」 そこに駆けつけて来た桜。相棒の仙猫に声をかけるも、返事がない。 ふと振り返ると、桜花は遥か後方で耳をぺたんこにして震えていた。 「……桜花?! そこで何をしておる!」 「イヤにゃあああ! 我は巻き込まれないよう隅っこにいるのにゃー!」 「手伝わんか馬鹿者ーーー!!」 吠える桜。そこにふっと現れる影。 相手は熟練の開拓者。一瞬の隙が命取りになる……! 彼女は抵抗する暇もなく、あっという間に組み敷かれた。 「しまっ……」 「神町・桜。つるぺたの子ね。この間打鞠拳でいい具合に縛り上げられてたみたいじゃない」 「な、何故それを……!?」 「知らないとでも思ったの〜? いいわよねえ、つるぺた。縄が食い込むところをじっくりと描写してみたいわ」 「こ、この変態がああああ!!」 「腐女子と言って!!!」 そんな会話を繰り広げているうちに、みるみる剥かれていく桜。ぼろ雑巾のように打ち捨てられているふしぎにサエがアワアワと慌てる。 「あああ……。ふしぎ先輩と桜さんが……っ!! なんとかしないとっ!」 動き出そうとした彼女。あることに気がついて、はたと立ち止まる。 ……ん? 高レベルのひとしか狙われない? だとすると私は安心なのかな……? だったらこっそり隠れていた方が……。 「……って、安心しちゃダメっ!! 私だけ無事でもよくないっ!! がんばらなきゃっ!」 悪魔のような考えを追い払うサエ。意を決して呪縛符を投げつけるが、なまはげにかすりもしない。 ふと気がつくと、なまはげが目の前に迫ってきていた。 「ああああぁ〜〜っ!!? もう私の番ですかっ!?」 「あなた、名前は?」 鬼面の奥のからじっとりとした目線を感じて悪寒に震えるサエ。 恐怖心に負けて、サエです……と素直に答える。 「そう。いい子ね。あなたも可愛い顔してる。将来有望そうね。中堅のうちに目をつけていたらきっとプレミアが……」 「ぷれみあ? ぷれみあって何ですか? ……って、いやあああああああああ!? ちょっと待ってっ」 「待てえええええ!」 「どりゃああああ!」 逃げようともがくサエ。なまはげ目掛けて閃く包丁と刀。 飛び込んで来た玄人と火麗のそれは当たることなく、ひらりとなまはげが飛びずさる。 「東原 百合子殿。もうこんなことは止めるんだ。これ以上騒ぎが大きくなれば、次回以降の開催が危うくなる。アンタも開拓ケットの参加者ならば分かるだろう?」 「玄人の言う通りさ。ここは萌えを楽しみ、夢を実現させる場所だろう? あんたのやってることはただの追い剥ぎだ。それは本当に開拓ケットに報いる道なのかい?」 「あなた達こそ自分達の価値が分かっていないわね。高名な開拓者の装備は、普通に売っても1年は遊んで暮らせる資産になるのよ。汗がしみこんだ装備とか、マニア垂涎アイテムだったらプレミアがついてもっと値段は跳ね上がる。コツコツ本を売ったり、冒険に出るよりよっぽど資産を早く稼げるのよ!」 ふふふと笑うなまはげ。マニア垂涎の装備とか予想以上の業の深さに、玄人と火麗の目が虚ろになる。 なまはげは2人をまじまじと見ると、ポンと手を打って目を輝かせた(ように感じた)。 「あなた宮坂 玄人ね。知ってるわ。どう見ても男の子なのに実は女の子なのよね」 「……? それがどうかしたのか」 「男のフリをした女の子。いいわよね。萌えるわ。ちょっと■■とか■■させてみたくなるわよね。ああ、女の子との絡みもいいわね」 「気持ち悪いこと言うなあああああ!!!」 叫ぶ玄人。勿論、自分も開拓ケットにサークル参加している身なので、そういった事も知っているが……直接自分を欲望の対象にされると何ともいえぬ気持ち悪さがある。 そんな彼女を他所に、なまはげの熱い語りが続く。 「あなたは火麗ね。星見 隼人の嫁候補! ちょっと、あなたのお陰で柚子平と隼人のカップリングが急速に廃れたのよ!? どうしてくれるのよ! まあそのお陰で五行王と柚子平のカップリングが再燃したけど」 「あー。そう。廃れてくれてよかったわ……」 「でも火麗×隼人のNLが台頭してきてるみたいよ。ちょっとチェックしに行こうかしら」 「ハァァ!? って言うかあたしが攻めか!」 思わぬジャンル予報に飛びずさる火麗。なまはげは包丁をふりふりため息をつく。 「本を買うにもお金が要るのよねー。そういう訳だから。装備頂戴」 「「どういう訳だよ!!!!」」 同時にツッコむ玄人と火麗。 ダメだこいつ。自分が何をしているのか理解した上でやっている。 早く何とかしないと……! 「残念ながら説得は無駄なようじゃなぁ。では、お縄にするとしようか」 「へー。確かにいい動きしてるね」 仲間達の様子を観察していたからす。いつの間にかリィムナ・ピサレット(ib5201)が立っている。 「あああ。リィムナ、お尻見えちゃうー」 「へーきだよ」 「リィムナが平気でも、勿体な……いやいや。参加者が裸でうろちょろしてるの見られたら開拓ケットの開催が怪しくなるからダメですよう」 彼女はどうやら着替えの最中に出て来てしまったようで、上級人妖のエイルアードがいそいそと長い羽織を着せていた。 「おお、リィムナ殿ではないか。良いところに来たな」 「あれが暴れてるっていう例のなまはげ?」 「うむ。取り押さえようと思うが、一筋縄ではいかんな。どうじゃ、共同戦線を張らぬか。そこの柚乃殿も」 「ん? いいよ」 「いいですよー。一人じゃ勝ち目なさそうですしね」 からすの提案に頷くリィムナ。その声に答えるように、背中に玉狐天を乗せた真っ白い猫又がひょっこり顔を出す。いつもの如く柚乃が変身しているらしい。 「良いか。作戦はこうじゃ……」 ひそひそと話し合う3人。とりあえず、自分達が動き出せば、残りの仲間達も対応してくれるだろう……。 装備を剥かれて路上に放置されているふしぎと桜、サエ。 玄人と火麗はなまはげを距離を取りつつ説得を続けているが、相手は強敵。抵抗空しくじわじわと装備を剥かれている。 そこに、とことこと白い猫又が横切り……それを見た途端、なまはげが身を翻した。 「待ちなさい! そこのなんちゃって猫又!」 「……良く見破りましたね」 ため息をついて変身を解除する柚乃。なまはげはフフンと鼻で笑う。 「そりゃあ柚乃と言ったら有名ですもの。可愛い顔していい身体してるのよね。最近ラ・オブリ・アビスで『謎のご隠居』に変身して遊ぶのがすき、と」 「良く知ってますね」 「私が知らないとでも思ったの? 獣の姿もいいわよね。そう。獣の姿の開拓者を■■■■する本を描こうと思っていたの」 「描くんじゃないわよそんなものーーーー!!!」 柚乃より先にキレたのは玉狐天の伊邪那。 怒りに任せて『狐狗狸』お見舞いするが、効いた様子がない。 これがダメなら、次の手だ。 薄汚れたぱんつを握り締めた人妖が、柚乃となまはげの間に割って入る。 「おーい! なまはげ、こっちだよー!」 「そこの人妖! あなた、『死神』と誉れの高いリィムナの人妖ね!? その実体はエロテロリストの変態ロリっこ! 彼女の■■な本はもちろん、寝乱れ抱き枕は一瞬で売れ切れたっていう歩く伝説! その下着は何!? こっちに寄越しなさい!」 想像以上の食いつきにビビるエイルアード。 己の主はこんなに有名だったのか。というか、自分のことまで知られてるなんて! 本気で恐怖を覚えて飛び去る人妖。もう少し進めば……! ひょい、とからすの後ろに逃げ込むエイルアード。 黒髪の少女の姿に、なまはげが立ち止まる。 「あまたは食の仙人からすね……! ありとあらゆる天儀の観光地やお祭りで食事をして本に纏めている食のスペシャリスト……! こんなところで会えるなんて!」 「ほう? 私はそんな風に言われておったのか。食事は相棒に付き合っておっただけなんじゃがのう。まあいい。これをやろう」 なまはげに向かってぽい、と無造作に宝珠を投げ渡すからす。 それを、なまはげは慌てて受け取る。 何の宝珠かは分からないが、いい宝珠は高値で取引される。半額で売ってもぼろ儲けだ……! そんな皮算用が頭を過ぎり……それは確実に隙を生んだ。 「ヨオ」 なまはげの目前に現れるからすの宝狐禅。次の瞬間、なまはげに向けて一直線に電光が奔る。 「そのまま痺れさせとけ」 「うむ。酒は頼むゾ」 「もらったあああああ!!」 主の命に頷く招雷鈴。同時にリィムナが物陰から飛び出し、素早く放った斬撃符でなまはげの装備を破壊していく。 「皆! 一気に捕まえるよ!」 「分かった!」 「任せるのじゃ!」 「お、お手伝いしますうううう」 彼女の声に応えて飛び掛るふしぎと桜、サエ。3人がかりで足を抑え込まれては、さすがのなまはげも身体の均衡を保てない。 そこに玄人と火麗も飛び込んで、両手を押さえつける。 「百合子さんでしたっけ。一つ言わせて貰いますが、私達の装備品は高いですよ? そうですね……対価は貴方の命です。高レベル開拓者を狙うからには、その位の覚悟はできてますよね?」 「……こうなっては勝ち目はあるまい。降参すれば命は助けてやるが、どうじゃ?」 にーっこりと口角を上げる柚乃。だが、目は笑っておらずものすごい冷たい圧力を放っている。 からすの言葉に、百合子は肩を竦めた。 「……私の負けね」 「大丈夫か? ほら、これ」 「うむ。最後の砦がなければ大変な事になっておったわ」 玄人から奪われた衣類を渡され、慌てて身に纏う桜。 下着まで思いっきり剥かれたが、大事な所に護符を貼り付けていたので最悪の事態は免れた。 「……なんとなくこの結果は最初の時点で予想ついていたにゃね」 「随分と他人事じゃな、桜花? 主が大変な時に傍観とはイイ身分じゃの」 「仕方ないにゃー! あんな相手、勝ち目なんてないにゃ!」 「だまらっしゃい!」 「にゃ、暴力反対にゃー!?」 相棒をハリセンでしばき倒す桜。何だかこっちはこっちで大変そうである。 「どうしてこんな事したのか、きちんと喋ってもらおうか!」 「ふしぎ先輩、その前に服着ましょうよ……」 「ふしぎ兄、素敵なのじゃ……!」 仁王立ちで百合子に迫るふしぎ。 百合子とひみつの熱い目線と、目を反らしながら服を差し出してくるサエの様子で、自分が真っ裸であることに気付く。 「えっ。いやあの。それは下着じゃないから取られても恥ずかしくないんだからなっ。あと僕は何も見てない! 裸なんて見てないぞっ」 えーと。前屈みになって鼻血流しながら威張ることじゃないと思います。 「……ええと。要するに開拓ケットの本の印刷代がかさんで借金を背負うまでになって……追い剥ぎを始めたってことですね」 「そうよ。間違いないわ」 リィムナに綺麗に縛り上げられた百合子に確認する柚乃。からすは嘆かわしい、とばかりに首を振る。 「コアなファンというのを馬鹿にしておるのではないか。彼等も頭は回る。盗品を見抜く目はあるぞ」 「そうね。その通りだけれど……盗品と分かっても入手したがる人間はいるのよ」 「業が深い話だね……」 需要と供給。欲しがる人間がいるからこそ、成り立つ商売。 ヒトの欲の深さに、火麗がため息をつく。 「ともかく。高位開拓者の力を悪用しちゃダメだよ! あたし達が相手だったからこの程度で済んだけど、一般のヒトとかもいるんだしさ」 「高位スキルを悪戯に使うリィムナが言っても説得力な……もがが」 「黙ってようね♪」 珍しく真っ当なことを言うリィムナにすかさずツッコミを入れる人妖。 主に口を塞がれて最後まで言えなかったが、彼の主張も真っ当である。 返して貰った服を着たサエが百合子の前に歩み出て、そっと彼女と目線を合わせた。 「……あの、百合子せんぱい。がんばって本を作るのは立派だけど……迷惑かけちゃ、百合子せんぱいも皆も楽しめないと思うんです」 「そうじゃ。開拓ケットはルールを守ってこそじゃぞ」 「間違ったことをしているヒトの作品には、そういうモノが滲み出ます。そんな作品を送り出して本当にいいと思いますか?」 「そうね……。私、困窮する余りに大事なモノを見失っていたのかも」 続いた桜と柚乃の言葉に、しきりに頷く百合子。 そんな彼女の肩にからすが手を置く。 「金がないなら、君の今の装備や家財を売ればいい。それでも足りぬのではれば、依頼を取って稼げばいい。君も元開拓者なのだろう。復帰すれば難しくないはずじゃ」 「そうだよ。百合子さん程の腕があれば、借金なんてすぐに返せるよ!」 にっこり笑うリィムナ。玄人がすっと、百合子に『大入りお年玉』を差し出す。 「これは……」 「良ければ持って行ってくれ。何かの足しになるかもしれない。同じ開拓ケットの参加者として、放っておけなくてな」 「あたしもこのぱんつあげる! 相手選べば10万文くらい行くんじゃないかな。サインも入れといてあげるね!」 「じゃ、あたしもこれあげるわ。囮用に用意してたものだけど」 リィムナと火麗から渡される薄汚れたぱんつと肌襦袢。サエも自分の髪からしゅるしゅるとリボンを解く。 「私もこれあげますね。将来有望って言ってくれたから、サイン入れときます。ほら、ふしぎ先輩も何か装備出して!」 「えっ。ええ? 何かあったかな……」 「うーん。柚乃も探してみよ」 「わしも何ぞ見繕うかの」 何か渡せるものはないかと、自分達の装備を探りだすふしぎと柚乃、桜。 開拓者達の優しさに触れて、百合子はぽろりと涙を流した。 ……って、何かすごくいい話になってますけど、君達これ欲にまみれた開拓ケットですからね!? 分かってます!? そんなイイ話の傍らで、火麗は隼人の身体の様子を確認していた。 「良かった。怪我はないね」 「……あんまりじろじろ見ないでくれ」 「照れてる場合じゃないでしょ。ったく。あんまり心配させるんじゃないよ」 「火麗……」 「ん?」 「さっきの肌襦袢。あれは火麗のなのか……?」 「あれ? あれは買ったばっかりの新品。あたしのじゃないよ。変な事気にするんだね」 ほっと安堵のため息をついた隼人。安心したら余計なことを思い出したのか、頭を抱えだした。 「ど、どうしよう。こんな醜態晒して俺もう婿に行けない……!」 「隼人さんは星見家の嫡男なんだから嫁貰う立場だろ? しっかりおしよ」 ぷっつぷした隼人に膝を貸して、よしよしと頭を撫でる火麗。 情けないなぁと思いつつ、カッコいいところを期待している自分もいて……。 このヒトは、その辺り分かってるんだろうか? 火麗は深々とため息をつくと、隼人の短い黒髪をもう一度くしゃくしゃと撫でた。 「百合子はこれからどうなるんじゃろうの」 「まあ追い剥ぎも未遂で終わったし、ちょっとした罰を受けるだけで済むのではないか」 「これから頑張って欲しいよね」 なまはげを開拓者ギルドに出頭させた帰り道。心配そうな桜に涼しい顔で答えるからす。 同じ開拓者として、同じ開拓ケットを愛するものとして、応援したいとリィムナは思う。 「しかし強いヒトだったな。己の欲望のみでここまで強くなるとは……見習わねば」 「見習うな!!!」 真剣な顔をして言う十束に慌ててツッコむ玄人。柚乃の襟巻きになっていた伊邪那が、あっ! と大きな声をあげた。 「柚乃! そろそろさぁくる入場開始の時間じゃない?」 「あああ! 早く戻らないと開拓ケット始まっちゃいますよ」 「そうだった! 私、搬入のお手伝いしてる最中でした!」 「僕達も戻ろう!」 慌てるサエに頷いて駆け出すふしぎ。 彼を追って、仲間達も走り出した。 こうしてなまはげの脅威は去り、開拓ケットは無事開催を迎えた。 尽きぬ萌えと欲望、季節ごとの狂乱は、これからもこうして沢山の人達の手によって守られて行くだろう。 ありがとう、ありがとう我らの開拓ケット! 開拓ケットは永遠に! |