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■オープニング本文 ●五行王の場合 五行国王、架茂 天禅(iz0021)は苛立っていた。 最近、側近達にやたらと見合いを勧められるからだ。 元々そう言われることが多かったが、最近は特に煩い。 顔を合わせれば見合いの姿絵や釣書を押し付けられる始末である。 まあ、御年38歳。色気のある話どころか、毎日研究漬けで表にも出て来ないとなれば側近達が心配するのも無理のない話であった。 「まあ、そう怒るな。あいつらだってお前のことが心配なのさ」 「……それが余計なお世話だと言っている」 「そうかぁ? 今の今までそういう色気のある話、一切ないだろ、お前。そりゃー言われるよ。後継者を残すのも、国王の大事な務めなんだからさ」 矢戸田平蔵の明け透けな言葉にムッとする天禅。 王の仕事と言うのは、国を統治し、諸外国との関係を円滑にし、国民の安寧を守ることではあるが、平蔵の言う通り、後継者を残すというのも、忘れてはならない仕事だった。 分かっている。分かっているが――。 「何だよ。見合いの何が気に入らないんだ?」 「結婚する相手くらい自分で選ぶ」 「へえ? そういう相手、いんのか?」 ニヤニヤする平蔵に、無言を返す天禅。 そんな相手がいたら、そもそもこんなことになっていない。 平蔵は深くため息をつくと、そうだ……と顔を上げて天禅を見る。 「あー。じゃあさ、春呼祭にでも行って来いよ」 「……春呼祭?」 「ああ。石鏡の縁結びの祭でな。出会いを求めて妙齢のお嬢さん達が沢山来るらしい。そこならお前でも相手見つかるんじゃないか?」 「しかし……」 「見合いは嫌なんだろ? だったら、自分で動くしかねえ。……お前もそろそろ腹括れよ」 平蔵を睨んだ後、ため息をついた天禅。 暫くの後、諦めたようにゆっくりと首を縦に振る。 ――この春呼祭への参加自体が、平蔵と側近達によって仕組まれていた事だと言うことを、天禅は知る由もなかった。 ●石鏡王の場合 「ねえ、兄様。星見家に見合いの申し入れをしようと思ってるんだけど、いいかしら」 「星見家ってことは……相手は隼人だよね?」 「他に誰がいるの?」 「じゃあ、香香背が見合いをするんだね?」 「そうよ」 妹王香香背の突然の申し出に、目を瞬かせる兄王布刀玉。 結婚なんて興味なさそうだったのに、急にどうしたのかと首を傾げる。 「確かに家柄は申し分ないし、隼人も真面目ないい子だし、構わないけど……どうしたの?」 「いえ、別に? 側近達もそろそろ嫁に行けと煩いしね」 肩を竦める香香背。妹は、側近に言われたくらいで自分の意思を変えるような性格はしておらず……布刀玉はじっと、妹を見つめる。 「香香背、何か企んでるでしょう」 「……兄様の目は誤魔化せないわね。合法的に紫陽花様を手に入れるのに、一番手っ取り早い方法を考えたのよ」 「……香香背、それは……」 にっこり笑いつつ、もふらさまと結婚できたらいいのにね……と続けた妹にあんぐりと口を開ける布刀玉。 相手に選ばれた理由が『こもふらさまを預かっているから』では、星見家嫡男が哀れにも程がある。 布刀玉はちょっと考えて、香香背に向き直る。 「あのさ。香香背。今年の春呼祭は僕達も参加しない?」 「え? 春呼祭は元々宮司として参加の予定じゃない」 「そうじゃないよ。僕達も縁を探しに行くの。見合い結婚も悪くはないけど……どうせだったら、自分達で見つけた方がいいと思わない?」 「あら。兄様、結婚するつもりあったの?」 「あのねえ……」 キョトンとする香香背に、頬を染める布刀玉。 そんな兄が可愛らしくて、彼女はころころと鈴を転がすように笑う。 「いいわよ。お祭りに行くんだったらお忍びね! 今から楽しみだわ」 何を着て行こうかしら……とはしゃぐ香香背。 いずれ、彼女とは別な道を進む時が来て……ずっと一緒にいられる訳ではない。 その時は――石鏡の国を、一人で背負うつもりだけれど。 誰か素敵なひとが隣にいてくれたら嬉しい、と思う僕は甘いのかなぁ……。 布刀玉はそんなことを考えて、はふぅ……と大きなため息をついた。 ●春呼祭 精霊が還る場所と言われる石鏡。 国土の約三分の一を占める三位湖は、天儀において尤も豊かな国と呼ばれるほどの恵みを、この国に与えている。 そして、この石鏡の国では立春の頃に『春呼祭』と呼ばれる祭りを開催する。 三位湖に春を呼ぶ儀式で、それは人々の間にも春を呼ぶとされ、いつの頃からか縁結びのお祭りと言われるようになった。 三位湖の精霊の加護で、恋人や家族にはより深い縁を、そして縁のない人には新しい良縁を呼ぶ――。 そんな噂は国内外にまで伝わり多くの人が訪れ、今では祭にかこつけてお見合いの席なども設けられるようになっていた。 「今年の見合いの席には、五行の王と石鏡の双王が参加するらしいな」 「へー。王様達もいよいよお相手探しかぁ」 「五行王もずっと独り身だし、石鏡の双王は適齢期だもんねえ……」 「王様の心を射止めるのは誰だろうねえ」 そんな噂がまことしやかに流れる今年。 いつまでも結婚相手を見つけて来ない孫息子に痺れを切らした星見家当主によって、星見 隼人(iz0294) も見合いに放り込まれているとか何とか。 「……何と言うか、お偉いさんは大変だな」 「本当にね〜」 「えっ。何言ってるんですか? 皆さんも参加するんですよ、お見合い」 他人事のように言う開拓者達の前に現れて、当然のように言うギルド職員、杏子。 その言葉に、ハイ? と彼らは首を傾げる。 「王様のお見合い相手を、開拓者さんの中から募集したいって、側近の方達から依頼されてるんですよ。だから皆さん参加してあげてください」 「ハァ!? マジで!?」 「……それってサクラでもいいの?」 「はい。でも、本気のお見合いの方が有難いですけど。誰もいないのも困っちゃうので。もちろんお相手は王様に限らず普通にお見合いして戴いてもいいですよ!」 笑顔の杏子にはぁ、と曖昧に頷く開拓者達。 どうしよう。付き合ってやるか否か……。 そんなことを考えている間に、彼女の話は続く。 「精霊さんが色々な縁を結んで下さるそうですし、屋台も出ますので、恋人やご家族と普通に遊びに行かれるのも楽しいかもしれませんよ。……ああ。私も縁結び祈願に行こうかなぁ」 「っていうか、杏子も見合いに参加すれば?」 「えっ!? 私ですか!? 無理無理無理無理!!!」 「まぁまぁ。そう言わず」 「えええええええええ」 今日も賑やかな開拓者ギルド。 今年も出会いを求めて、三位湖には多くの人たちが集まっていた。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 日御碕・かがり(ia9519) / 皇 那由多(ia9742) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 千覚(ib0351) / サラターシャ(ib0373) / ニクス・ソル(ib0444) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 神座真紀(ib6579) / スレダ(ib6629) / 神座早紀(ib6735) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / ラビ(ib9134) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 八甲田・獅緒(ib9764) / 戸隠 菫(ib9794) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121) / 綺堂 琥鳥(ic1214) |
■リプレイ本文 「わー。随分人がいっぱいだねえ」 沢山の人手に目を丸くする戸隠 菫(ib9794)。 春呼祭には、家族連れや恋人達の他に、出会いを求める沢山の人達でごった返していた。 お見合いに参加したら、勉強になるかなぁと思った彼女だったが、この沢山の人の中に自分の伴侶となる人がいるかもしれない――。 そんな事を考えている菫の前を通る二人の人物。 神座真紀(ib6579)が、泣き叫ぶ神座早紀(ib6735)を引きずるようにして歩いていた。 「早紀。ほらしっかりしい」 「嫌! 絶対嫌です! お見合いなんて嫌ー!」 「大丈夫やから。ちょっと会って話せばええだけや。修行の場と思えばええ。別にほんまに結婚せんでもええから、な?」 「いーーーやーーーー!!」 宥める姉。真っ向から拒否する妹。 その様子を見て、玉狐天が興奮気味に隣の真っ白い猫又に声をかける。 「見て見て、柚乃! 何か修羅場みたいよ!」 「ほうほう。これはこれは……」 相棒と共にまったりとそれを眺める猫又。 当然この猫又は、謎のご隠居に変身した柚乃(ia0638)である。 相棒達にまで観察されて大変そうだなぁ……と見送る菫に、彼女の相棒の羽妖精がひらひらと手を振る。 「菫? ぼんやりしてると置いてくよ」 「あっ。葵ちゃん待ってよ!」 切り込み隊長のように進んで行く葵を、菫は慌てて追いかける。 「……隼人さんがお見合い?」 「隼人様はお見合いの必要が無いんじゃ……」 「断りきれぬ案件だったのであろうな……」 冷や汗を流すクロウ・カルガギラ(ib6817)に、遠い目をするリト・フェイユ(ic1121)。兎隹(ic0617)も深々とため息をつく。 三人の目線は、兎隹とお揃いの、レースたっぷりのひらひらとした着物を身に纏った赤い髪の人妖をモフモフしている火麗(ic0614)に注がれる。 「兎隹は勿論だけど、みいも可愛いねえ。良く似合ってるよ」 「ありがとですのよぅ! ……ねえ、火麗。皆、どうして難しい顔をしてるですのぅ?」 「いや。ちょっとね。あの人ももうちょっとしっかりしてくれたら、あたしが心配しなくてもいいんだけどねえ……。まぁ、そこが可愛かったり……いやいや何でもないよ」 「……それって隼人の事ですわよねぇ? 火麗は隼人が好きなんですのぅ?」 「へっ!? いやいや、そーいうんじゃないよ?」 みいの無邪気な質問に、あわあわと慌てる火麗。 その様子を見て、クロウと兎隹、リトは顔を見合わせる。 「しかし、隼人さんもな……そういうの上手くあしらえる人じゃないよなあ」 「何とか引き離して連れ出すのだ」 「分かりました。私もさり気なく助言してみますね」 頷きあう三人。こんなにも周囲に気を遣わせているとは知らぬは本人ばかりである。 「ねえねえ、柚乃。何かこっちも楽しそうよ!」 「揺れ動く恋愛事情といったところかのう……」 目をキラキラと輝かせる伊邪那にふぉっふぉっふぉっと笑う謎のご隠居。 彼らを、猫又達はしっかり見つめていた。 見合いの会場では、既に何組かの見合いが始まっていた。 五行国王、架茂 天禅(iz0021)の姿を見つけたサラターシャ(ib0373)。ムスッとしたまま座っている彼の前にやってくると、彼女は深々と頭を下げる。 「架茂王様。失礼致します」 「お前は確か、朱雀寮の……」 「はい。サラターシャと申します。お隣、宜しいでしょうか」 「……好きにしろ」 どこまでも愛想のない五行王にもう一度丁寧に頭を下げると、サラターシャは彼の隣に腰掛ける。 「あのですね。お見合いというのは口実で……架茂王様にお伝えしたい事があって来たのです」 「何だ? 陰陽寮の苦情なら……」 「……ありがとうございます」 サラターシャの発言が予想外だったのか、目を見開く天禅。 彼女はにっこりと微笑んだまま続ける。 「架茂王様が心を砕いて敷いてくださる政が陰陽寮でも、市政でも大きな助けとなっています。私が朱雀寮で多くを学べたのも架茂王様が広く門戸を開いて下さっていたからです」 「……あれは元々、我の研究の為に始めたものだ。礼を言われる筋合いはない」 「いいえ。それでも架茂王様の尽力あっての事ですから……心より感謝致します」 目を反らし、フンと鼻を鳴らす天禅。サラターシャはそうだ、と思い出したように口を開く。 「架茂王様は梅はお好きですか?」 「梅? 嫌いではないが……」 「良かった。遅咲きの梅が楽しめる場所があるんですよ。後程ご案内します」 「必要ない」 「美しい景色を見ると心が安らぎますよ。分かち合う方がいらっしゃればなおの事です。婚姻は架茂王様の作られる国に、更に良い風を齎すかと存じます。良縁に恵まれますよう、お祈り申し上げます」 もう一度、ぺこりと頭を下げるサラターシャ。 天禅は、何か考え込んでいるようだった。 見合いが進む傍ら、裏方で奮迅する者達もいた。 「そうか。五行王もようやく身を固める気になったのか……」 思わず感涙に咽ぶ緋那岐(ib5664)。 五行王と付き合いの長い彼は、いかに五行の王が人嫌いの研究馬鹿であるか身に染みて良く知っていたので、そりゃあ嬉し涙も出るってものである。 「こりゃあもう、何がなんでも成功して貰わなきゃいけないよな。よし、七海も手伝え!」 「分かったの……」 腕を捲る緋那岐に頷く人妖の七海。お見合い客用に、季節の果物を使ったお菓子を盛り合わせる。 「き、来てみたはいいですけど……私なんかが来て良かったのでしょうかぁ」 「お祭りだし、誰が来ても問題ない」 キョロキョロと周囲を見渡す八甲田・獅緒(ib9764)に、淡々と答える土偶ゴーレム。 獅緒は相棒の獅土と共に、お見合いの賑やかしになればと思って参加したが……やはり見知らぬ男性に話しかけられる度に、尻尾と耳をびくーんとさせて、ふえぇ?! などと言う悲鳴を上げてしまう有様だった。 「うむ、適当に説明して連れてきたかいがあったというものだな……」 うんうんと頷く獅土。 ここで主の良き相手でも見つかればと思っていたが、ああやっておろおろする姿を見るのも悪くない。 「あの、飲み物どうですかぁ? ちょうどなくなってるようですけどぉ。あちらにお食事もありますよぉ」 しかしこう、何というか、お見合いというよりは給仕役になってしまっているのが何ともアレだが……。 そして獅緒と共に、せっせと給仕役を務めている菫。 彼女もまた、何だかんだと周囲の者達の世話を焼いていた。 「フレンチトーストあるよー」 「わあ……美味しそう。私も戴いてもいいですかぁ?」 「もっちろん! 用意しておくから、その飲み物届けておいでよ」 「はい! ちょっと行って来ちゃいますねぇ!」 にこにこと微笑みあう菫と獅緒。賑やかしでも、仲間がいると心強い。 「菫がね、場を盛り上げろっていうんだけど、それよりか自分の相手探して欲しいんだよね」 「ああ、分かるぞ。うちの獅緒も、さっきから給仕ばかりしていてな。いやそれも可愛いんだが……」 そして、葵と獅土は相棒同士、似たような悩みを抱えているらしくわいわいと盛り上がっていた。 「そこの浅葱色の装束を着たお嬢さん……。占いはいかが……?」 不意にかけられた声に振り返る菫。そこには水晶球を手にした綺堂 琥鳥(ic1214)が立っている。 「あなた占い師なの?」 「ん。お祭りなら人が一杯……。商売繁盛間違いなし……。……占いだけに売らないからタダだけど……」 「そのギャグつまんないよ」 小首を傾げる菫。頷く琥鳥にビシッとツッコミを入れる羽妖精の珀。 楽しげなやり取りに、獅緒もくすりと笑う。 「私も占って貰っていいですかぁ?」 「素敵な人と出会えるか占ってほしいな!」 続いた菫に、私もですぅ! と頷く獅緒。琥鳥はこほん、と咳払いをすると水晶球を覗き込む。 「風に揺れる糸が見える……。まだお相手の姿は見えないけど……風に乗ればきっと、素敵な人に出会えるとおもう……」 「風に乗る、ですかぁ。気負っちゃダメって事ですかねぇ」 「それって風に乗るように動きなさいって事かなぁ? ありがとね!」 占いの結果にそれぞれ納得して、微笑む獅緒と菫。 こくりと頷く獅緒に、珀がため息をつく。 「どうせなら獅緒もこういう場で相手でも見つければいいのに」 「相手……? ツッコミ相手は珀がいるから問題なし……」 「ええっ!? ボケてる認識あったんだ!?」 主の反応にガビーン! とする珀。 その後方に、占いの噂を聞きつけた見合い希望者や恋人達が行列を作り始めていた。 「紫陽花様、どうしましょう……」 「早紀、落ち着くもふ。相手は同じ人間もふよ」 「同じじゃないですうううう」 早紀に抱きしめられたまま困惑の表情を浮かべるこもふらさま。 見合い会場に来る途中、見慣れたもふらさまを見かけ、『お願い! 一緒に来て!』と半ば拉致するかのようにして連れてきた。 そんな一人と一匹のやり取りを、布刀玉(iz0019)が心配そうに見つめている。 「あの……。顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」 「早紀、ほら頑張るもふ!」 「神座早紀と申します。あの、触らないでくださいね。多分怪我させてしまうので」 励ます紫陽花に頷き、にこりともせず答える早紀。 布刀玉はそれを緊張しているからだと受け取ったのか、大丈夫ですよ、と穏やかな笑顔を向ける。 「僕が好きな事は宮中を歩く事ですが、早紀さんは何か好きなものはありますか?」 「……好きな物は姉さん。将来の夢は姉さんの役に立つ事です」 「そうですか。嫌いなものは……?」 「男性、です。小さい頃誘拐された事があって……それで……」 布刀玉の問いに、ぽつぽつと答える早紀。 駆けつけた母に窮地を救われたけれど、男達への恐怖感はどうしても消えない。 彼女の告白に、布刀玉は眉根を寄せる。 「そうだったんですか……。すみません、辛い事を思い出させてしまって」 「いいえ。お見合いをする方にはきちんとお話しておかないと……却って失礼になりますし。男性が皆そうじゃないと頭では解ってますけど、感情が受け付けないんです。ごめんなさい……」 「そんな理由があるのでしたら、仕方ありませんよ。無理する事はありません。僕には無責任な事は言えませんが……早紀さんの心が少しでも早く癒えるよう、三位湖の精霊にお願いしておきますね」 布刀玉から感じる気遣い。 彼は良い人なのかもしれないが、無理なものは無理だ……。 腕の中から自分を見上げるこもふらさまに顔を埋めて、早紀はため息をついた。 「あら! いろは丸ちゃん。久しぶりね」 「香香背王、久しぶりもふ〜」 「相変わらず良い毛並みね。もしかして、ものすごいもふらさまになったの?」 「そうもふよ。よく分かるもふね」 「そりゃあもふらさまの事だったらね! ねえねえ、触らせて貰ってもいいかしら」 「勿論だもふ」 きゃっきゃうふふと盛り上がる香香背(iz0020)といろは丸。 その様子を、音羽屋 烏水(ib9423)がまったりと眺める。 突然相棒が香香背王に謁見すると言い出したので、どうしたのかと思えば……いろは丸曰く。 『あのお方はもふりのツボをよく解していて心地良いからもふ』 ……との事らしい。 「何が違うのかはよく分からんが……至上のもふり方らしいのう」 「そうみたいだなあ」 頷く緋那岐。見れば、彼が集めて来たもふらさま達も、香香背の足元でうっとりとしている。 そもそも、彼がもふらさまを集めて来たのは香香背の為ではなく、彼女と同じくらいもふらさまに狂っている妹からもふらさまを避ける為だったのだが。 結果的に香香背が喜んでいるし、まあいいか……。 「やはりもふらが好きなんじゃなぁ。今は王ではなく、可愛らしき一人の女子じゃな」 「筋金入りのもふら好きらしいしな」 「いろは丸ちゃんは本当に良い子ねえ。ああ、もふらさまと結婚できたらいいのに」 「香香背王、いっそもふら牧場に嫁いではいかがもふか? それなら毎日もふらさまモフり放題もふよ」 「……! それ名案だわ! ありがとう、いろは丸ちゃん!」 「どういたしましてもふ。お礼にお菓子など戴けると嬉しいもふなぁ」 「もちろん、好きな物食べて頂戴」 「こ、こら! いろは丸! お前何を言うておるのじゃ!」 「ここまで吹っ切れるのもある意味すげーわな……」 香香背といろは丸の会話に青ざめる烏水と呆然とする緋那岐。 今日も石鏡の妹王は相変わらずのようで。 ……というか、見合いはどうしたんでしょうね? 見合い相手として名乗り、お辞儀をした明王院 千覚(ib0351)に笑みを向ける布刀玉。 目の前の石鏡王は、噂通りとても優しそうな好青年で、千覚も自然と笑みが毀れる。 「今日はどうしてこちらへ?」 「はい。姉が嫁いだ後、両親を支えて行くのが私の務めと思い、修行に励んできましたが……あ、私の実家は旅館なんです。そこの女将の修行をしていました」 「ご実家は継がなくて宜しいのですか?」 「全てはご縁だから……もし、互いに支え合える人と思えたなら、私達の事は気にせずに幸せにおなりなさい、と両親が後押ししてくれたものですから」 「そうですか。素晴らしいご両親ですね」 「ありがとうございます」 「全てはご縁……ですか。僕は、石鏡の王として、この国に住まう全てのものの安寧と生活を守る責任と義務があります。それは、他人とは分かち合えない価値観だと思っていました。国に身を捧げる僕は、幸せな結婚を望んではいけないのだと……」 「そうでしょうか? 王様が幸せでなければ、国民も幸せにはなれないと思うのですが……」 「僕もそれに気付いたんですよ。幸せを知らぬ者が、幸せを守れるはずがないってね」 「その通りだと思います。きっと布刀玉様なら……幸せなご家庭も、守れるかと」 「ありがとう。そうだと良いんですが」 穏やかに微笑む布刀玉。やはりこの人は優しくて、素敵な人だ……。 千覚がそんな事を考えていると、側近がやってきて、布刀玉にそっと耳打ちする。 彼は明らかに落胆した表情をして、千覚を見つめた。 「すみません。用事が出来てしまいました。もう少しお話していたかったのですが……また、別な機会にお話して戴いても宜しいですか?」 「はい。私で宜しければ……」 頷く千覚に、安堵の表情を見せる布刀玉。また連絡します、と柔らかく微笑んで、彼は席を辞し……微かに頬を染める主を、相棒の又鬼犬は小首をかしげて見上げていた。 「リリアーナ・ピサレットと申します」 天禅の前に立ち、深々と頭を下げるリリアーナ・ピサレット(ib5752)。 手入れが行き届き、パリッとしたメイド服に、一分の隙もない洗練された立ち振る舞いに品の良さが感じられる。 その様子を、天禅は鋭い目つきで見つめていた。 「……我に見合いを申し込むとは物好きだな。無愛想なのは知っているだろうに」 「はい。妹に薦められまして……。王の妻になる資質は充分と、太鼓判を戴きました」 「ほう? 資質か」 「はい。わたくし、長年メイド長を務めてまいりましたので、炊事洗濯掃除等家事は勿論スケジュール管理も得手としております。素手格闘にも聊か心得が御座います。御覧に入れましょうか」 言い終わる前に演舞を披露するリリアーナ。正拳突、蹴りと、スカートを翻しながら流れるような動きに、五行王の側近達から感嘆の声があがる。 「……なるほど。妻と家政婦と秘書と護衛が一気に手に入る訳か」 「王、失礼ですよ……!」 天禅の発言に慌てる側近達。それに、彼女は眉一つ動かさない。 「いえ。そう思って戴いて構いませんよ。その代わり、わたくしも言いたい事はハッキリと申し上げますし」 「王の妻の資質に必要なものは他にあると思うか?」 「そうですね。やはり規律というのは大事です。妹の一人はやんちゃで、ひどい悪戯をした時はその度にきっちりと規律を教え込んでいます。……妹達も開拓者です。大きな力や立場には相応の責任が伴うものですからね」 「それには概ね同意する。王という立場には無駄に責任が付きまとうからな」 「はい。わたくしは、その責任を問題なく全う出来るだけの技量はありますし、そうできる最大限の努力も行います」 「随分と大きく出たな。その度胸は認めよう」 「ありがとうございます」 にこりともしない天禅に、整った顔に涼やかな笑みを浮かべ、深々と頭を下げるリリアーナ。 その成り行きを側近達ははらはらと見守っていた。 「あんたが隼人さんか。初めましてやね」 早紀に声をかけられて振り返る星見 隼人(iz0294)。その姿に思い当たる事があったのか、ああ、と短く叫ぶ。 「もしかして早紀の姉さんか?」 「そうや。隼人さんの話は妹から聞いとるよ。あんたも大変やねぇ……」 隼人に同情の眼差しを向ける真紀。そこに、ひょっこりと黒毛の仙猫が迷い込んで来た。 「そこのおぬし。何か美味しいものを持っておらぬか?」 「こらこら! うちの馬鹿猫がすまない」 「馬鹿猫とは何事か! 高貴なわらわの世話をさせる栄誉を与えてやっているというに!」 二人の間に入り込み、内輪揉めを始めるクロウとケートゥ。 真紀はころころと笑いながら、クロウに声をかける。 「……あんた、隼人さんの警護役かいな? 大丈夫や。あたしも『見合いをした』という事実が欲しいだけやから」 「え。そうなのか?」 「うん。あたしも先日一族の当主になったんやけど、あちこちから見合い話とか来てもう大変やねん。それで、こうして見合いの体裁だけでも整えようか思てな」 「真紀も大変だな……」 「これも嫡子の宿命やね」 呟く隼人に、肩を竦める真紀。 『家を継ぐ』という事には、様々なものが付き纏う。 複雑な表情を浮かべるクロウに、真紀はにっこりと笑う。 「あんたとも話してたら見合いの事実が増えそうやね」 「おう。俺で良きゃアリバイに使ってくれよ」 「ふふ。おおきに。そういえば、隼人さんはもうええ人おるって噂やったのに、見合いなんて……上手くいってないん?」 深々とため息をつくクロウの様子で色々察したのか、彼に励ますような目線を送る真紀。 隼人に向き直って、そっと耳打ちする。 「隼人さん、ちっと気張りや?」 「努力する。それより、この子退かしてくれないか……」 「……隼人さんの頭は、相棒を引き寄せる何かがあるのか?」 隼人とクロウの声に、目線を上げた真紀。 相棒の春音が隼人の頭の上で丸くなって寝ていて……彼女は苦笑し、そして。 「ここも盛り上がってるわねえ」 「そうじゃのう」 盛り上がる見合いの様子を、猫又達ががっつり見ていた。 「ふう、紹介するよ。俺の妻だ」 「へえ。この子が例の人妖の子かい?」 「可愛いじゃねーの」 青い髪の人妖は、リューリャ・ドラッケン(ia8037)を見た後、北條 黯羽(ia0072)とヘスティア・V・D(ib0161)を見て、もう一度彼に目線を戻す。 「……つま?」 「そうだよ」 「二人とも……?」 「ああ」 目を丸くして訊ねるふうに、鷹揚に頷くリューリャ。次の瞬間、人妖の拳が飛んで来たので咄嗟に受け止める。 「急に殴るとは穏やかなじゃないな」 「結婚してるなんて聞いてないっ!」 「だから今話しただろう」 「しかも奥さんが二人だなんて! リューリャのばかーーっ!」 「そこは自由意志の問題だからな。というか、何をそんなに怒ってるんだ?」 ぽかぽかとリューリャの胸を殴るふう。 彼女の反応から、怒りの原因を察した黯羽とヘスティアは、生暖かい目線を夫に送る。 「教育してただけで他意はなかったってか。リュー。鈍感は罪だぞ」 「全くだよなー。ごめんなあ。りゅーにぃ、無意識に人をたらし込むからさー」 「べ、別に。奥さんがいるなら早く教えて欲しかっただけで! 深い意味なんてないもん!」 よしよし、と大人の余裕を漂わせて宥める女性陣に、うがーっと吼えるふう。 その様子に、リューリャの天妖、鶴祇がため息をつく。 「鶴祇。ふうの監視を頼むよ」 「おぬしに言われるまでもないわ」 「そうか。そりゃすまん」 「あとリューリャ、おぬしのせいではない事は十分わかっておるが……氏より育ちというか……罪深いな」 「うっさいよ」 リューリャと相棒がそんな事を話している間も、黯羽とヘスティアの穏やかな声が続く。 「……そういえば、まだ名乗ってなかったねェ。俺は黯羽だ」 「俺はヘスティア。ヘスでいいぜ」 「あっ。えっと……あたしは、ふう」 「うん。ちゃんと名乗れてエライねェ。さて、ふう。これから一緒に飯でもどうだい?」 「おう、行こう! 今日はりゅーにぃの奢りだし、遠慮なく好きなものガッツリ行っていいぜ。俺達が許す!」 「……あの。あたし、一方的に怒鳴ったのに……怒らないの?」 「ん? そのくらいで怒ってたら身が持たないっての」 「気にしないでいいぜ。その代わりと言っては何だけど、俺達の相棒とも仲良くしてくれるか? D・Dも刃那もいいヤツだからさ」 からからと笑う黯羽とヘスティア、そして二人の相棒を順番に見つめて、こくりと頷くふう。 妻達はふうと仲良くやってくれそうで、リューリャも安堵のため息を漏らす。 三位湖の畔できゃあきゃあとはしゃぐ紗代を見守る輝羽・零次(ic0300)。 国王の見合いには全く興味がなかったが、国をあげての祭と聞いて……紗代と黒狗の顔が頭に浮かんだ。 さすがに黒狗を連れて来るのは無理だが、紗代なら……と。 珠里の村まで迎えに行き、今の状況がある。 風に揺れる紗代の髪に見覚えのある簪があるのを見つけて、零次は目を細める。 「……そういえば、このお祭り、春を呼ぶんでしょ? その割にあんまり春らしくないよね」 「そりゃなあ。実際暖かくなる訳じゃなくて、人の縁を結ぶ方だから……」 ――しまった。 口に出してから、少女の以前の告白を思い出した零次。 案の定、紗代の目がキラキラと輝く。 「そうなの!? じゃあ紗代、三位湖の精霊さんにお願いしなきゃ! 零次お兄ちゃんのお嫁さんになれますようにって!」 「……お前なぁ。まだそんな事言ってんのか」 「紗代本気だもんっ! ……あ。もしかして、メーワクだった?」 「えっ。べ、別にそういう訳じゃ……」 小首を傾げる紗代に、しどろもどろになる零次。 ……そりゃあ、紗代はいい子だし。可愛いと思うし。そう思わなければこうして祭に連れ出したりしないし。 でも、それはどちらかというと、妹に近い感情で……。 相手は子供なんだし。好意をぶつけられても受け流さないといけないのにな――。 そんな事を考えていた零次は紗代のクシャミで我に返り、ふるふると震えている少女を引き寄せる。 「寒いんだろ。手も顔もこんなに冷えちまってるじゃねえか」 「大丈夫だよ」 「大丈夫じゃねーよ。お子様は暖かくしてないとダメだぞ」 「お兄ちゃん、そうやってすぐ子ども扱いするー!」 ぷりぷり怒る紗代。その肩に、羽織っていたマントをそっとかける。 「……まだ肌寒いけど、もうすぐ暖かくなるだろうし、そうしたら桜も咲くだろうな」 「うん。紗代、桜好きよ。零次お兄ちゃんは?」 「俺は花とか言う柄でもねえけど……紗代が見たいんだったら、今度花見にでもいくか?」 「うん。行く! 約束ね!」 「おう。……さすがに湖の風は冷たいな。屋台にでも行って、暖かいもん食うか」 こくりと頷く紗代の手を取る零次。 この少女が、いつまで自分を追い続けるのか分からないけれど。 飽きたり、他に好きだと言う人間が現れるまでは……このままでもいい、かな。 嬉しそうに笑う紗代を見て、そんな事を思う零次だった。 「お、あれも美味しそうだな」 「あっちの串焼きも買おうぜ!」 「お前ら、ちょっと食べすぎじゃないのか……」 屋台を全種制覇しそうな勢いのヘスティアと黯羽に苦笑するリューリャ。 別にお金の心配はしていないが……彼女達のお腹が心配である。 「りゅーにぃ。あーん」 「ほら、口開けな」 二人に同時にたこ焼きと焼き鳥を差し出され、順番に口に入れるリューリャ。 美女二人を侍らせている彼に、周囲から羨望の眼差しが送られる。 「うわああん! 鶴祇ー!」 「すまぬ、ふう。隠しておくつもりはなかったのだが……」 胸に飛び込んで来た彼女を、よしよしと撫でる鶴祇。 何かを言う前から恋に破れてしまっては、泣きたくもなるだろう。 まあ、人妖とヒトとでは叶いようもない想いではあったが。 神村菱儀という『絶対の存在』以外のものに想いを寄せたのだとしたら、それはきっと彼女の成長によるもの。 それは喜ばしい事である。 「リューリャよりすてきなヒト見つけるもんーー!!」 「うむうむ。その意気じゃ」 「ほら、これ食って元気だしな」 「ふうは肉好きかい?」 ぐしぐしと泣くふうを励ます鶴祇。ヘスティアと黯羽に食料を渡されると、彼女は猛然と食べ始めた。 通りに溢れる人に、ぎゅうぎゅうと揉まれるスレダ(ib6629)。 ラビ(ib9134)から遠ざかる……と思った瞬間、彼に手を取られ、引き戻された。 「レダちゃん、大丈夫?」 「だいじょーぶです。ありがとです……」 「良かった。ちょっと落ち着ける場所行こうか」 人懐こい笑顔を浮かべるラビに、そのまま手を引かれて歩き出すスレダ。 繋いだ手が気恥ずかしくて、ドキドキするけれど……そっと彼の手を握り返す。 やってきた三位湖。冷たい風が火照った頬に気持ちいい。 「あのね。レダちゃん。僕が開拓者になって、3月で丸三年なんだ。それを機に開拓者を辞めて、実家に帰るよ」 「そー……ですか」 囁くように言うスレダ。ラビと自分の声が、とても遠くに感じる。 ずきり、と。胸の辺りが痛い。 彼がいつか故郷に帰る事は、ずっと前から知っていた。 その時が来ただけだ。それなのに、どうして……。 ラビが目の前から消えてしまう。そう考えただけで、胸が……痛い。 「僕ね。兄さんの手伝いをしつつ勉強して、いつか苦しんでる人の助けになりたいんだ。慈善活動、って言えば良いのかな……? それが、僕の夢」 「そーですか。……ラビなら、大丈夫です。ラビがしてーことができるようになるですよ」 ふわり、と微笑むスレダ。 ……ずっと気づかなかった。否、気づいていたのに、自分を誤魔化していた。 私は、ラビの事を──。 もうすぐ彼は行ってしまうのに、今更気づくなんて……。 でも、これが最後ではない。そう、信じたい。 「あのですね。私もやりてーことがもう一つ見つかったです。司書になる事ですよ。色々な本の選定、収集、整理をするです」 「そっか。レダちゃんらしいね。きっとできるよ」 ラビの明るい笑顔を見て、スレダは思う。 本への知識だけじゃなくて……政治や経済も学ぼう。 いつか、健気な努力家の彼を、手助けをできるように。 ふと、首から下げた彼女からの贈り物の指輪に触れるラビ。 いつにない真剣な彼に、スレダの心臓が跳ねる。 「いつかこの指輪が僕の指にピッタリ嵌った時、バラの花と一緒に伝えるね」 彼の家の象徴。愛の花と言われる薔薇を、君だけに……。 「……僕と一緒に居てほしい、って。それまで待っててくれる?」 「……あんまりレディを待たせるんじゃねーですよ」 目を反らして頬を染めるスレダが愛らしくて、くすりと笑うラビ。 この指輪がぴったりになった時に、彼女に相応しい男になっていられるように。 彼が迎えに来てくれた時に、相応しい女性になっていられるように……。 言葉にしない想い。それは、確かに重なっていた。 「……で、皆何をしているんだ?」 「お見合い……みたいですね」 お祭りには少なからず浮かれた雰囲気はあるものだが、買い物帰りに通りかかった祭の雰囲気はまた少し違う。 己の感じていたものの答えを知った天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は、納得したように頷く。 ――国王様も結婚かぁ。どんな相手なのかなぁ。 そんな事を考えていた日御碕・かがり(ia9519)。ふと、自分は……? と考えて、隣の男性を見上げる。 ――この人の目に私はどう映ってるのだろう。 私はこの人をどう思っているのだろう……? 彼と知り合ってからまだ日は浅いが、とても優しくて……。 それに甘えてあちこちお出かけに付き合ってもらっているけれど。 本当にそれだけなのかしら……? 「どうした?」 己を気遣う焔騎の声と優しい眼差し。 ……それで気がついた。私は、この人を……。 「あの。私としてみませんか? お見合い……」 「……? それはどういう……」 「その、私で良ければお付き合いしてくれません、か?」 突然の申し出に固まる彼。 かがりは真剣そのもので……普段あまり動じない焔騎も、流石に戸惑う。 「……そうか有難うな。ふむ……」 「急にごめんなさい。迷惑でしたよね」 「いや。気持ちは嬉しい。が……直ぐに仲睦まじくと言うのは……少し不得手でな。時間をかけてもいいだろうか」 「え……? じゃあ……」 「こんな俺でも、良ければ……付き合って貰いたい。……君の事をもっと知りたいしな」 「あ、ありがとうございます……! えっと。よろしくおねがいします」 「こちらこそ」 受け入れて貰えた事が嬉しいのと同時に、気恥ずかしくなって頬を染めるかがり。 春呼祭は人に良い縁を運ぶという。 得た縁を、焦らず、時間をかけてじっくり育てて行こう――。 「折角だ。屋台でも見て回るか?」 「はい……!」 微笑みあう二人。一緒に巡る祭は、楽しいものになりそうだ。 「ねえ、ローレル。一緒にお守りを貰いに行って、彰乃さんにあげましょ」 「分かった。行こう」 隣にいるからくりに笑顔を向けるリト。 山路 彰乃(iz0305)に挨拶がてら、先ほど会った隼人にも、こっそり助言をしてきた。 仲間達も動いてくれているし、これできっと大丈夫。 彰乃にも隼人にも、良い縁が見つかって……幸せになって欲しいと思う。 「彰乃さんは五行の架茂王様とお見合いするんですってね。私は穏やかな布刀玉様がお似合いだと思うんだけどな……。ローレルはどう思う?」 隣のローレルを見上げるリト。彼は真面目な顔のまま、ふむ、と考え込む。 「婚姻とは契約。見合いはその相手を選ぶ場、か。ヒト同士も契約をするのだな。それにしても、人同士に似合う、という言葉を使う事もあるのか。服や装飾品だけかと思っていた。もう少し勉強せねばならんな」 「えっと……もし主が結婚したら、からくりはどうするの?」 「……? 俺には既に主が居るが、変わらない。今まで通り、主との契約に従うまでだ」 相棒の言葉に考え込むリト。ふと思いついた事を口にする。 「ね、ローレル。もし私がお見合いしたら………ううん。なんでもない。ローレルがずっと傍にいてくれるものね」 ローレルは婚姻を『契約』と言った。 主とからくりの関係も『契約』だ。 でもそれは主従関係で……婚姻では、ない。 「このままで良いの。……このままで」 「リト、何故辛そうな顔をする? 食べ物でも用意するか?」 「……大丈夫よ。さあ、行きましょう」 ローレルの手を取るリト。そのひんやりとした感触が……少し切なかった。 「素敵なお土産が見つかって良かったね」 「ええ。きっとあの子も喜びますわ」 屋台での買い物を終えた皇 那由多(ia9742)とローゼリア(ib5674)は寄り添って三位湖までやってきていた。 精霊の還る場所と言われる三位湖。以前から興味があったけれど、来るのは初めてで……那由多は子供のように目を輝かせる。 「ねえ、ゆっくり湖を見てもいい?」 「ええ、もちろんですわ」 微笑むローゼリア。この湖に彼ほどの感慨は持っていないが、この人と一緒なら、どこだって嬉しい。 暫く並んで湖を見つめていた二人。那由多が思い出したように顔を上げる。 「そうだ。ごめん。ちょっと外すね」 「はい。いってらっしゃい」 すぐ戻るから、と言い残して離れて行く彼の背をそっと見送るローゼリア。 静かな湖畔。二人でいる時は落ち着きを齎してくれたけれど、独りだと――。 心細くなって、彼女は膝を抱える。 以前は独りでも大丈夫だったのに、すっかり弱くなってしまったような気がする。 彼がいない時間が、こんなにも長く感じる……。 「ローザ」 待ち侘びた那由多の声。ぱっと顔を上げると、彼の笑顔があって……ローゼリアはほっと安堵のため息をつく。 「ごめんね、待たせて」 「いいえ。何をしていらっしゃいましたの?」 「それはね……はい、これ」 差し出されたのは、福寿草と指輪で……彼女は目を瞬かせる。 「これを摘みに行ってたんだよ。寒い中頑張って咲いてるから申し訳なかったんだけど……」 ――福寿草には、『永久の幸福』という意味がある。 だから、愛する彼女にどうしても渡したかった。 「……今すぐじゃなくていい。だけど僕との未来を約束して下さい」 「私。こんなに幸せでいいのかしら……」 ぽろぽろと涙を流すローゼリア。貰った気持がとても暖かくて心地よくて……涙が止まらない。 返事は決まっている。けれど、胸が一杯で言葉にならない……。 「ごめんなさい。もう少しだけ待って……」 「うん。待ってる。いくらでも待つよ」 ――ずっと、ずっと傍にいるから。 涙が止まらぬ彼女の顔を己の肩に乗せて、那由多はそっと囁いた。 「ほら見て、ひい。湖が綺麗よ!」 「ユリア、そんなに身を乗り出したら落ちてしまいますわ」 「俺が支えているから心配ないよ。ひいももう少し前に出てご覧」 ニクス・ソル(ib0444)の駆る戦馬に乗って、三位湖の上を散歩するユリア・ソル(ia9996)と人妖のひい。 大地に縛られないアンネローゼにここまで感謝した事はない。 空から一気に舞い降りて、水面に漣を立てる。 「さて、レディ達。この季節に水遊びは風邪を引いてしまうね。他に行きたいところはあるかい?」 「向こうに花が咲いていたわよ。それともこのまま空の散歩をする?」 「……あの。ずっと言おうと思っていたのですが……ユリアとニクスのお出かけの邪魔をしてしまうのは、その……」 おずおずと口を開くひいに、顔を見合わせるニクスとユリア。 彼女は大きくため息をつく。 「あのね、ひい。私達に遠慮する事ないのよ? 私は貴女の『姉』になると言ったじゃない」 「ユリアが姉なら、俺は兄だな。ちょっと頼りないかもしれんが、君の要望にくらい応えられるよ」 「でも……」 「私が貴女と過ごしたいと思ったから連れて来ているの。そこは勘違いしないで頂戴。さあ、お姉さんとお兄さんに貴女のしたい事を聞かせて?」 「ユリアには勝てませんわね」 「俺も勝てた試しがないな」 人差し指を立てて言うユリアに、困ったように笑うひい。続いたニクスの言葉に、くすくすと笑う。 「わたくし、お腹が空いてしまいましたの」 「あら。食欲があるのはいい事だわ。じゃあ、ちょっと早いけどご飯にしましょうか。今日は私が作ってきたのよ」 「それは楽しみだ」 湖畔に降り立つと、ニクスとひいが仲良く敷物を広げ、ユリアがお弁当を準備する。 「具が選べる彩りサンドイッチよ。お肉に卵に野菜にフルーツ……好きな具を挟んでね。ワインもあるわよ。ひいはぶどうジュースね」 「これは美味そうだ」 「ユリア、お料理が上手なんですのね」 目を輝かせるニクスとひいにありがとう、と答えたユリア。己の膝をぽんぽん、と叩く。 「……ひい、ここにいらっしゃいな。敷物の上は寒いでしょう?」 言われるままにユリアの膝にすっぽりと収まったひい。彼女は雛鳥にご飯を与えるように、人妖の口にサンドウィッチを運ぶ。 「はい、お口開けて。あーん」 「随分ひいには甘いんだな」 「そりゃあ、最近すごく頑張ってるんだもの。私達しかいない時くらい甘やかさないとね」 「ユリアはニクスには甘くないんですの?」 「そんな事ないわよ。愛しい旦那様ですもの。ねえ?」 ひいの質問ににっこり笑うユリア。当のニクスからは返事がない。 ふと見ると……彼はたっぷりマスタードが入った『ユリアスペシャル』を口にして、悶絶していた。 湖の煌きに笑い声。夫婦と人妖は、楽しい思い出を少しづつ積み重ねていく。 「のう、隼人。火麗は誘わんのか」 「……へっ!? な、何で火麗?!」 「何でって……なあ?」 烏水に声を掛けられて飛びずさる隼人。 ニヤリと笑うクロウに、兎隹はうむ……と頷くと、意を決して歩み出る。 「星見様は火麗姐をどう思っているのであるか?」 「ええとな。その。俺自身良く分からなくてだな……」 ごにょごにょと続ける隼人に、あんぐりと口を開ける兎隹とクロウ。 何なのだろう。この朴念仁は。 こんなに、周囲の者達が気付く位には分かりやすいのに、自分の気持ちが分からないとは……! 「星見様よ。想いを言葉にする事も大事ぞ?」 「そうだなぁ。話してみなきゃ気づかない事もあるしな」 兎隹の訴えに頷くクロウ。でも……と言い淀む隼人の肩を叩く。 「てか、真紀さんにまで気ィ遣わせてんだからさ。しっかりしようぜ」 「そうであるぞ! 我輩の大事な火麗姐を射止めようという者が……! 男を見せよ!」 兎隹にバシバシと背中を叩かれる隼人。 その様子を見て、烏水が笑いを噛み殺す。 「ここまで友人達に心配させるとは、おぬしも罪な男よの。隼人」 「俺、確かに火麗の事は気にはなってるんだが……その。周りからもそんな風に見えてるのか……?」 「うむ。そう見えるの」 頷く烏水。兎隹とクロウも首を縦に振っているのを見て、隼人が頭を抱える。 「別に今すぐどうこうしようとか、気負わんでも良い。色々世話になっておるのじゃろ? ここぞという時に誘って楽しませなければ男がすたるぞぃ?」 友人の穏やかな声に、ため息を漏らす隼人。 その目に何か決意のようなものを感じて……。 烏水は笑うと、ほれ、行って来い……と、親友の背を軽く叩いた。 どうやら、『星見家嫡男の意中の人』の噂は絶大であるらしい。 火麗が理由をつけて連れ出そうと思っていた星見家嫡男は、逆に自分を指名して呼び寄せ……その女性が『銀糸の髪を持つ美人な修羅の姉御』である事を覚ると、お見合い希望の貴族達はさーっと波を引くように消えていった。 人避けになるのなら噂も悪くないもんだね……と思いながら火麗が隣を見ると、問題の人はのんびりと屋台を眺めていた。 「……隼人さん。暢気に羽伸ばしてる場合じゃないだろ? あのね。嫌なら嫌で、もうちょっとハッキリ言わなきゃいけないよ」 「ああ、面目ない」 「まあ、婚約でもしない限りいつまでも言われ続けるんだろうし。さっさと相手見つけちまうに限るんだろうね」 「そうなんだよ。だから話をだな……」 「ああ、相手探すのに助言がいるかい? そろそろ女子と話したり、出かけたりするのも慣れて来ただろ。ここはもう一歩進んで隼人さんから誘ってみたら?」 「だからこうして誘ってるだろう」 何だか、さっきから隼人と話が噛み合っていないような気がする。 火麗は首を傾げたまま、彼を見つめる。 「というか。もしかして、気になる女子とか出来た?」 「ああ。いる」 「すごい進歩だね! 誰か聞いてもいいかい?」 「……火麗」 「…………ハイ?」 「だから、火麗だっ……」 一瞬の間を置いて飛びずさる火麗。聞こえていないと思ったのか、繰り返す隼人の口を慌てて手で塞ぐ。 「な、何であたしなのさ!」 「何でって……色々親切にしてもらってるし。火麗といると安心できる」 真面目な顔をして言う隼人に、彼女の白い肌がだんだんと朱に染まる。 それを悟られまいと身を翻した火麗に、彼が続ける。 「……俺は冗談でこういう事は言えないし言うつもりもない。火麗さえ良ければ……この先の事も、前向きに考えてみてくれないか。俺もこういう立場だし、迷惑だったら、すっぱり諦めるから」 答えに窮して、口篭る火麗。真顔だった隼人が突然、がっくりと地面に膝をつく。 「ちょ、ちょっと……何? どうしたの?」 「は……恥ずかしいっ!! 言っちまったああああ!!」 「ハァ!? 恥ずかしいのはこっちだよ馬鹿ーーっ!!!!」 三位湖に響く叫び。この二人はどうも、すんなりとはいきそうにない。 「あの二人、何とかなったのかね」 「きっと大丈夫である。大丈夫でなかったら我輩がもう一度ぶん殴るのである!」 縁日を散策しながら、遠い目をするクロウ。ぐっと拳を握り締める兎隹に、みいが小首を傾げる。 「ねえねえ。ケッコンって何ですのぅ?」 「うん? そうだな……。好きな人とずっと一緒にいます、っていう誓いっていうか契約っていうか……」 「好きな者同士が一緒になって、新しく家族を作る事であろうか」 「素敵ですわぁ。二人もケッコンするんですのぅ?」 「その予定はねえなあ」 目を輝かせるみいを軽く受け流すクロウ。 結婚するような相手……と考えて、黒髪のアヤカシを思い浮かべてしまった自分に苦笑しか出ない。 ――彼女がヒトに生まれてくるのを待っていたら晩婚になってしまいそうであるが。 それとも、自分の娘として生まれてくるのだろうか? それはそれで、『アイ』と『スキ』を教えてやれるし、悪くはないかな……。 「我輩もまだ結婚は考えておらぬよ。みいと一緒に過ごす事の許される場所でなければ……我輩は何処にも行きたくはないのである」 「じゃあ、兎隹はわたしとケッコンすればいいんですのぅ! 兎隹と家族になれば、ずっと一緒にいられますわよねぇ」 「みい……!」 にこにこと笑うみいを、思わず抱きしめる兎隹。 みいの発案もいいかもしれない……とか思い始めてしまったあたり色々末期的である。 「それも色々覚えて贖罪が終わってからだぞ? みい」 「分かってますわぁ! わたし頑張りますのぅ! 待っててくださいねぇ!」 「うむ。いつまでも待っているのであるぞ……!」 笑うクロウに、盛り上がるみいと兎隹。 三姉妹の末娘の行く末も、明るく楽しいものになるのかもしれない。 「あ〜、大もふ様とお見合いしたかったな。いないのかぁ……残念」 そんな柚乃の呟きがあったものの、春呼祭は恙無く終了した。 「見合いはしたしお前達もこれで満足だろう」 「いやいや! そこを何とか! もう一声!」 なんていう天禅と側近達のやり取りもあったが、天禅からリリアーナへ、そして布刀玉からは千覚へ、再度面会を願う手紙が届けられ……そして側近達は、大急ぎで次なる交流の機会を企てるのだった。 |