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■オープニング本文 【※当依頼は『【神代】魔の森増殖【龍脈】』(やよい雛徒MS)とのリンクシナリオです。内容の特性上、両方に参加された場合、片方が白紙として強制的に処理されます。同キャラクターで重複参加されないようご注意ください。】 ●瘴気が消える里と瘴気汚染される里 ――――お前たちはいつか、後悔するぞ。 大アヤカシ「生成姫」討伐から早一ヶ月。 五行国では未だ合戦の後始末が続いていたが、五行国の国営研究機関『封陣院』は、合戦で発覚した目に見えぬ【龍脈】与治ノ山城と渡鳥山脈の祭壇の調査と、嵐の壁へと消えた三珠群島の落下島調査に着手しようとしていた。人々は首を傾げる。 『何故、島は落下したのか』 虚空に浮かんでいた三珠群島の一角が落下し、嵐の壁へ消えた。 行方は分からない。世界の果てを誰も知らない。 だが調査地が消えた以上、近隣の島で同様の影響がないか、の調査が精々だろう。他に報告もない以上、落下島については原因不明のまま人々の記憶から消えるだろうと考えられていた。 「蕨の里が残っている?」 封陣院分室の長、狩野 柚子平(iz0216)が渡鳥山脈上空を航行する商用飛空船から、不気味な報告を受けた。 瘴気で汚したはずの里が残っている、という。 蕨の里とは、生成姫の魔の森内部にあった大昔に放棄された廃村である。生成姫はここを汚染せず、浚ってきた志体持ちの子を住まわせて洗脳し、刺客の教育を施していた事が分かっている。 去る2月、80名を超える開拓者たちが子供を救出し、二度と悲劇がおこらぬように、濃い瘴気が詰まった木の実を使い、意図的に徹底汚染した……はずだった。 「常人は一日と滞在できない場所です。誰かが浄化した、というには利点がない。もう志体を浚って育てようと考える者もいないはず。だとすれば自然に浄化したとしか……」 「狩野さま、大変です! 各地の人里で田畑や井戸、清水が湧く場所から瘴気が吹き出し続けて、急速に汚染されています。魔の森化してますー!」 大アヤカシ「生成姫」は滅んだ。護大を見ている。消滅したのは間違いない。 では何故、魔の森が増殖しているのか。 この世で魔の森を構築できる存在は『大アヤカシのみ』だと考えられている。五行東を支配していた者は滅びた。他の場所から大アヤカシが渡ってきたという報告もない。点在する里の魔の森化は由々しき事態だ。 「前例のない話です。【龍脈】の調査は後回しにしましょう」 急ぎ、柚子平は五行王と相談した。 今すぐに汚染里から住民を救出し、被害が拡大する前に魔の森を焼くことになった。 「件の非汚染区域については、どうする気だ」 「瘴気汚染しても汚染されない。我々陰陽師にはお手上げです。生成姫が汚染せずに残した訳ではない……とわかった以上、蕨の里は自然浄化する可能性が高い。精霊力については専門家に頼むのが筋かと。石鏡国の星見家に知人がおります。お任せを」 石鏡国。精霊が還る場所と呼ばれるその国に、貴族五家と呼ばれるものが存在する。 彼らは古くより石鏡国の礎を陰ながら支え、その役割は今もなお続いており――。 柚子平の言う『石鏡の星見家』とは、その中の1つ。『菊』の星見家のことである。 星見家は石鏡国内外の交渉役を担うことが多く、その為、柚子平も幾度となく当主と対面する機会があり、親交を深めて来た。 何より、星見家は歴代巫女の家系である。精霊力について精通しているという点においても、今回の任務には適任であると、彼が判断するのも頷ける話であった。 「……おや。封陣院の狩野殿ではないか。久しいのう」 「お久しぶりでございます。ご当主殿」 「堅苦しいのう。靜江でよいと申しておろうに」 ふぉふぉふぉふぉ……と笑うこの嫗こそ、星見家当主、星見 靜江である。 御年90にして現役。本人は『そろそろ引退したい』が口癖ではあるが、柚子平の目には、彼女は何年経っても変わらないように見えた。 「して、この老体に何用じゃ? わざわざこんな所までいらしたのじゃ。何ぞ一大事でもあったのじゃろ?」 「ご当主殿は話が早くて有難い。単刀直入に申し上げましょう。実は……」 魔の森内部に現れた、瘴気汚染しても汚染されない精霊力に満ちた不思議な非汚染区域。 それが何故起きるのか、またそれは『蕨の里』だけの事象なのか――。 それを調査すべく、精霊力に詳しい星見家の力をお貸し願いたい、と。 柚子平の言葉を黙って聞いていた靜江。 うんうん、と頷き枯れ枝のような手で杖を握り直す。 「なるほど。餅は餅屋に、ということじゃな。……よろしい。引き受けようぞ」 「有難い。是非お願いしたく」 「頭は下げるでないぞ、狩野殿。……そろそろ、うちのボンクラを武者修行に出したいと思っておったところじゃしな」 「そうですか。ご当主殿のお役にも立てそうで何よりです」 「うむ。貸し借りはなしじゃな」 ニンマリと笑う嫗に、微笑み返す柚子平。 「神代が関わったという護大封印についてや、護大祭壇そばの龍脈調査の案件も残っています。ここで時間を使うのは得策ではありません」 「そうじゃな。なるべく急がせよう。……相手は魔の森じゃ。おぬしもゆめゆめ気をつけてゆくのじゃぞ」 ――古狸と狐の会談は、恙なくまとまったようであった。 かくして開拓者ギルドに『意図的に瘴気汚染しても元に戻る、魔の森の非汚染区域の調査』と『五行東で頻発する魔の森の増殖阻止』という、二つの依頼が張り出されることになる。 ●不可侵領域 「瘴気に汚染されたはずの『蕨の里』が、清浄な状態に戻ったそうだ。その原因を、調査しに行く」 そう言い切ったのは、星見家当主の代理人だと名乗った青年、星見 隼人(iz0294)。 何もかもを侵食し、生物が棲めない土地に変えてしまう魔の森。 その中にある『蕨の里』は、何故か瘴気の影響を受けず、清浄な状態を保っているという。 そこは精霊力が溢れ、自然に浄化した可能性が高いというが――。 「瘴気を押し返す程の精霊力が出て来ているということか?」 「そうだったとしても、一体どこから……?」 「そういう場所が、蕨の里以外にも存在するんでしょうか?」 開拓者達の口から次々に出る問い。 それに隼人は首を振って答える。 「現状では何が起きてるのかサッパリだ。が、そういう場所が他にも存在する可能性はある、というのが狩野殿とババ様……いや、当主の見立てだ。とにかく実際に行って、手掛かりになるものを探すしかないな」 生成姫が消えた今、直接向かう事が出来るようにはなったが――魔の森はアヤカシの巣窟ともいえる。危険な調査になるだろう。 その上、森は広い。いるのはアヤカシだけで聞き込みもできない。 無暗に動き回るだけでは手掛かりは得られないかもしれず。 しっかり対策を立てて事に当たった方が良いかもしれない――。 開拓者達は頷き合うと、慌ただしく準備を開始するのだった。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 羅喉丸(ia0347) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 露草(ia1350) / 黎乃壬弥(ia3249) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 一心(ia8409) / 白 桜香(ib0392) / 不破 颯(ib0495) / 春原・歩(ib0850) / 成田 光紀(ib1846) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / マックス・ボードマン(ib5426) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / 神座早紀(ib6735) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 影雪 冬史朗(ib7739) / ゼクティ・クロウ(ib7958) / 弥十花緑(ib9750) / 祖父江 葛籠(ib9769) / 二式丸(ib9801) / 遊空 エミナ(ic0610) |
■リプレイ本文 魔の森。 大アヤカシが生まれ、それが恐怖や生命などを食べることによって、増えて行く森。 瘴気に満ち、アヤカシ以外は住めぬ『死の森』である。 「……広いね」 眼下に広がる森。生成姫が生み出したそれを見て、ぽつりと呟く遊空 エミナ(ic0610)。 「見えてきました。あれが蕨の里です」 露草(ia1350)が指差す先。森の中に、丸く穴が開いたように見える。 「行きましょう」 菊池 志郎(ia5584)の声を合図に、蕨の里調査班の面々は相棒に降下の指示を出す。 「みんな、気を付けてね!」 エミナの声に、露草は笑顔で手を振って――。 蕨の里は、静かだった。 焼け落ちた家屋と風雨に晒された瓦礫。 開拓者達が破壊し尽くした痕が、霧の中に広がっている。 「前回、どうにもならんくらい確かに瘴気汚染したよなぁ?」 むう、と腕を組む黎乃壬弥(ia3249)。 そう。以前確かにここを『瘴気の木の実』を用いて汚染した。 あの吐き気がするほどの濃密な瘴気を、まだ覚えている。 そのはずなのに、今は全くその息苦しさを感じない――清浄であることは疑いようがなく。 「まあ、考えてたってしゃあねぇわな。とっとと調べるか」 「同感です」 頭をぼりぼりと掻いた壬弥に頷き、黒い懐中時計を取り出したリオーレ・アズィーズ(ib7038)。 それを目ざとく見出した彼は、リオーレに向き直る。 「おお、美人さんもそれ持ってんのか! いやぁ助かった。使い方教えてくれ」 「え? まあ、構いませんが……」 勢いに押されて頷く彼女。 里春にして草木深し……となる筈が、どうしてこうなるのやら――。 「壬弥さーん。人様に迷惑かけちゃダメですよー」 隊長にダメ出しをしながら、周囲を見渡す露草。 「そういえば、この里は子どもに水汲みをさせていたんですよ」 「井戸、無いんですか? 水源ならありそうですのに」 「そうなんですよ。それが不思議で……」 首を傾げる白 桜香(ib0392)と一緒に、露草も首を傾げる。 訓練の為に不便を強いていた可能性もあるが、井戸を作るのを避けていた理由があるとしたら……地下に、何かあるのかもしれない。 何かあるとすれば子ども達や先生役の入れない建物あたりが怪しい――。 「……遍く疾く律令の如くせよ」 呟きと共に、人魂を作り出した露草。小さなそれを、瓦礫の中に潜り込ませる。 「私も調べてみますね」 そう言い、因幡の白兎を作り出す桜香。駆け出した兎はちょこまかと走り回り、首を振って消えて行く。 「……ここに水はないんでしょうか。露草さんはどうですか?」 「うーん。特には……あ、草が生え始めてますよ」 「ホント? どこどこー?」 村の地図片手に問う桜香に、人魂を通して見える景色を伝える露草。 その声に、祖父江 葛籠(ib9769)が走って来る。 「あ、あった。何の草かな、これ」 瓦礫の間を覗きこみ、草を採取する彼女。 蕨の里の生物と植物について調べている葛籠の手元の地図にも、様々な印がつけられている。 里に入ってから草や花……植物は沢山見つけられたが、動物については発見できておらず。 魔の森の真ん中に突然現れた清浄な土地故、動物が入って来て生活するのは難しいのかもしれなかった。 明確な手がかりというものがない以上、実際にあったものの中から手さぐりで法則性を探して行くしかない。空振りと思える調査も、後で結果が見えるかもしれない。 そんな思いの彼女達が必死で調査を続ける中、リオーレも周囲の木々に注目していた。 瘴気が、田畑や井戸、清水が湧く場所から噴出したという話を聞いた。 その話からすると、水が瘴気を運んでいる可能性がある。 もしそれが本当なら、その水を吸った木の実が、『瘴気の木の実』と化してもおかしくない。 「水……地下水辺りが怪しいと思うんだが、それらしい変化は見えねえなあ」 彼女に教えて貰った懐中時計を操りながら、地面を探る壬弥。リオーレはそうですね、と頷きながら、樹の上を指差す。 「壬さん。あそこの木の実、採って来て下さい」 「あ? 何で俺が」 「本より重い物、持てませんし。樹に登るのも……ねえ」 頬に手をやり、ふう……とため息をつくリオーレ。美人さんの頼みは断れんか……と呟いて樹に手をかけた壬弥は、ふと空を仰ぐ。 「それにしても、この霧何なんだろうな。前もあったっけかぁ?」 「そういわれてみれば、この里一帯、霧で覆われてるようですね」 そこまで言って、懐中時計に目を落とす2人。計器に、変化は見られず。 「気にはなるが、霧までは持って帰れねぇ。とりあえず報告事項に入れておこう」 「了解しました」 その頃、志郎と神座早紀(ib6735)は蕨の里の横を流れる川を上り、水源と思わしき場所に到着していた。 静かな森。匂い立つような霧の中で、奥深く水が湧き出でる水音が響いている。 川を調べていた2人。志郎の持つ懐中時計で精霊力の流れを調べ、精霊力がより強く反応を示す方向を目指して歩いて来たら、ここに辿り着いた。 「ここが精霊力の源……なんでしょうかね」 水源を見て呟く志郎。 途中、歩いてくる間も川を見ていたが、魚が泳いでいる様子はなかったし、道中、早紀が何度か術視で眼に精霊力を集中させるも、術を用いた形跡もなく。 水自体に何らかの力が宿っているのかどうかは分からないままだったが、とにかくここからは、今までにない程の強い精霊力の反応が出ていた。 「理穴に瘴気を浄化する水を流す精霊がおられるのですが、蕨の里にもそういった存在がいるのかもしれませんね……」 ちょっと考え込んだ早紀。思い切って、水源に向かって声をかける。 「あの、精霊の方、いらっしゃいませんか?」 「もふ〜」 その声に誘われるように、よちよち寄って来たのは小さなもふらさま。 ちょこんと座って、早紀を見上げる。 「もふらさま……!? どうしてこんな所にいらっしゃるんですか?」 「分からないもふ。気が付いたらここにいたもふ」 「ここを浄化されたのはもふらさまですか?」 「浄化って何だもふ? 知らないもふ。それよりお腹空いたもふー」 「あら、それは困りましたね。菊池さん、この子……」 子もふらさまを抱き上げて振り返った早紀。 志郎は驚いた顔をして水源を見つめている 「神座さん、あれを見て下さい」 「え……?」 志郎が指差した先は、水源にある岩。そこに見えるのはきらきらと輝く虹色の光。 良く見ると、それは岩に張り付くように生えた植物――苔のように見える。 「苔……なんでしょうか」 「そう見えますが……これは持ち帰った方が良いですね」 戸惑いを隠せない早紀。志郎が苔を採取すると、虹色の光が瞬く間に消えて行く。 「……何なんでしょう。これ」 顔を見合わせる2人。今はその問いに、応えられるものはいなかった。 魔の森の遥か上で警戒に当たる開拓者達。 彼らには、上空からアヤカシに警戒することの他に、他の離れた場所にある非汚染区域発見の補助を行うという大事な仕事もある。 だが、ただ非汚染区域を探すと言っても魔の森はあまりにも広大だ。 闇雲に探しても見つからないだろう――。 そう考えた彼らは、非汚染区域がありそうな場所を絞り込む作業をしていた。 「蕨の里に来る前は、子供たちは裏松と言う所に住んでいたらしいです」 そう切り出したのは鈴梅雛(ia0116)。 裏松も人が住める場所であったのなら、蕨の里と同様の特性があったのかもしれない。 昨年開拓者が発見した際は、汚染されていたという情報があるが、その後何らかの変化があった可能性も捨てきれない。 「魔の森で、人が住める場所なんて、そうそう有りませんから」 「そうだね。そこは探さないとだね! えーと。その他に探すとしたら……」 雛の言葉に激しく頷き、続いたエミナ。柚乃(ia0638)が少し考えてから口を開く。 「そうですね……。例えば、古き時代より存在する人里は……?」 志体のようにアヤカシに抗う術には限りがある。 故、人々は身を守る為、精霊力溢れる場所に里を作ったのではないか――と。 推測に過ぎませんが……と呟く彼女に、羅喉丸(ia0347)は腕を組んで 「いや、その可能性は十分にありそうだ」 「魔の森が枯れとる箇所を探せば見つかりそうやね。浄化が進んでれば、魔の森も消え始めるやろし」 芦屋 璃凛(ia0303)の尤もな推理に、頷く開拓者達。 柚乃は仲間達を一人一人見つめて続ける。 「柚乃と羅喉丸さんが、アヤカシを重点的に探します……。皆さんは、古里を重点に置いて探して戴けると……」 「柚乃、乗せて貰って悪いな」 そんな彼女に、頭を下げる羅喉丸。 うっかり相棒の龍を置いて来てしまった彼は、柚乃の相棒に同乗させて貰っているらしい。 柚乃は首を振って、笑顔浮かべる。 「いえ……。お強い羅喉丸さんがご一緒で、心強いです……」 「……言ってる傍からアヤカシが来たみたいですよ!」 雛の短い叫び。眼下を見ると、数体、走って来るアヤカシが見える。 「よし、行こう、イタク!」 「皆も気を付けてや!」 エミナと璃凛の声に頷いた仲間達。思い思いの方法で、迎撃班の者達に報せ始める――。 「アヤカシ5匹ご案内だよー♪ 多分猿鬼ー!」 仲間達の耳に届く元気なエミナの声。 「これは……」 その声を受けて、瘴索結界を発動させたヘラルディア(ia0397)は顔を顰める。 敵の動きを見ようと思っていた彼女だったが、魔の森の瘴気が強すぎた。 アヤカシの発する瘴気が紛れてしまっている上に、強い瘴気の渦で目が回りそうになり、判別が困難であることを悟った。 「自分の五感に頼った方が早いですね……」 「さーて。どう行こうか」 鳥銃を構えるマックス・ボードマン(ib5426)。 ――魔の森の真っ只中に現れた非汚染区域。 精霊力の発生源となる、何かがある、ということなのか。 そもそも精霊力というのは何なのだろう……? 彼らの胸の中を、様々な問いが駆け巡るが、調査は他の者に任せると決めた。 今、自分たちがやるべきことはただ一つ。やってくるアヤカシを討伐することだ。 「猿鬼は……森での戦闘が、得意と聞く。……飛行しながらの方が、有利……かも」 ちょっと考えてから口を開いた二式丸(ib9801)に、一心(ia8409)も心得た、と頷く。 「アヤカシは……近寄らせはしません。珂珀! お願いします!」 一心の声に応えるかのような駿龍の咆哮。 それが、開戦の合図となった。 走って来る猿鬼達に叩き込まれるマックスの銃撃と一心の射撃。 銃も弓も、元々遠方から敵を狙う為に作られた武器だ。 上空からの狙撃など朝飯前――。攻撃が面白いように吸い込まれ、鬼達が崩れ落ちる。 その攻撃で3体消えたが、残りの鬼達は逃げようともしない。 「受けて立とう……」 鬼の装飾が施された巨大な棍を構える二式丸。相棒との息が合った動き。流れるような動きで、一撃ずつ、確実に鬼に当てて行く。 「次が来ますよ!」 「あ。羅喉丸さんが全部倒しちゃった」 ヘラルディアの緊迫した声に、続いたエミナの実況。 そのギャップにマックスは思わず吹き出す。 「まあ、里に近づけさせなければ構わんさ」 「引き続き頼みます」 「了解しました……あ、また来ましたよ!」 一心に返事をしたかと思うと叫んだヘラルディア。 次々と現れるアヤカシ。まだ暫くは、休めそうになく――。 「……柚乃達のお仕事は、アヤカシを探すことだと、思うんですけど……」 「まあ、細かいことは気にするな!」 柚乃の呟きに、豪快に笑う羅喉丸。 そして、天儀屈指の泰拳士と誉の高い彼は、索敵しつつ物凄い勢いで矢の雨を降らせていた。 渡鳥祭壇に程近い場所。裏松の里と呼ばれていたその場所は、かつて生成姫が子ども達を育てる為に使っていたが、何らかの理由で放棄されたらしい。 人の手を離れ、老朽化は進んでいるものの建物はそのままの姿でそこにある。 雛から、裏松の里発見の報を受けた調査担当の開拓者達は、現場へ急行していた。 「生成姫の遺物、か。陰だろうと陽だろうと、見定めてこそよ。さて、証拠品の押収と行こうかね」 「うん。私、水源を探してくるよ」 狩衣の袖を捲り、懐中時計を取り出した成田 光紀(ib1846)。 春原・歩(ib0850)は因幡の白兎を呼び出し、お願いね、と声をかける。 ここの里に入ってから、瘴気独特の気持ち悪さを感じない。 ここも恐らくは浄化されていると見て良いのだろうが……何か違和感を感じる。 彼女がそんなことを考えている間、兎はきょろきょろと辺りを探っていたが、何かに気が付いたようにぴょんぴょんと跳ね、村の中心部を通り過ぎ……。 兎が止まった場所には、岩場の隙間に木で出来た筒が差し込まれ、石を敷き詰めて作られた円形状の受け皿に、水がとめどなく流れ落ちていた。。 「このお水は綺麗なのね。ありがと、兎さん」 水源が綺麗に整えられているところを見ると、家庭用水として使われていたのかもしれない。 水源が見つけられたら、次はその付近に生えている植物を調べて……。 そこまで考えて、歩は感じていた違和感の正体に気が付いた。 植物が、生えていないのだ。 いや、花が咲いていたような痕跡はある。残念ながら枯れていたが。 ひとまずこれも植物には変わりない、と。歩はからからに干からびたそれを手に取る。 「お水の周りなら草くらい生えていてもいいのに……」 「里の中にも植物の類はなかったな」 採取した土を手にやってきた光紀。水源から水を汲み、懐中時計の計器を見つめながら続ける。 「ふむ、ここには精霊力あるようだな」 「……? ここには、って? 他のところもあるんでしょう?」 「いや。この里は、ここ以外、精霊力も瘴気も存在しないようだ」 「えっ!? でも、お水も空気も綺麗なのに……」 「……里中、どこに行っても数値を示さない。精霊力で浄化したというよりは、瘴気がないから清浄に感じるだけなのかもしれないな」 光紀の言葉に、絶句する歩。 それが本当なら、ここにあった大量の瘴気はどこへ消えたんだろう……? 「後ほど、他の連中の情報と比べてみよう」 「そうだね……」 悩んでいても仕方がない。2人は気持ちを切り替えて、再び調査に戻る。 「敵、こっちに向かってるって雛が言ってる。えーと……? 怪狼6体、だって」 「まあ……。では、姉さん。迎撃の準備を……」 極限まで高めた聴覚で、仲間の声を拾って来たらしいリィムナ・ピサレット(ib5201) その声に応えるように、ファムニス・ピサレット(ib5896)が神楽舞を舞い始める。 「ゼクティ。炎を使う。延焼を止めたいから氷で周囲を覆ってくれないか?」 白銀がちりばめられた黒い刀身を抜き放った影雪 冬史朗(ib7739)。 たまたま一緒になった同じ小隊の女性、ゼクティ・クロウ(ib7958)は無表情のまま続ける。 「あら。いいじゃない。どうせ魔の森でしょ? そのまま燃やしちゃいなさいよ」 どうせいつかは焼き払うんだから……と続けた彼女。 それもそうか、と冬史郎は頷く。 そして2人は、見つめられただけで斬られそうな程の鋭い目線をアヤカシ達に向ける。 「あたしたちを食べようなんて1万年早いんだっつーの! 食らえ、鏖殺の交響曲!」 魂を原初の無へと還すといわれる楽曲を奏でるリィムナ。 「他のアヤカシは一撃で沈んだけど、あんた達はどれだけ耐えられるかな?」 浮かぶ無邪気な笑み。 その無慈悲な音色は魔の森へと響き、次々と狼達が倒れてゆく。 「姉さん……無理は、ダメですよ……!」 ファムニスの心配そうな声。姉を守るように、神楽舞が続く。 「俺達も負けてられないな。行くぞ!」 「いつでもどうぞ」 叫び、同時に踏み込む冬史郎とゼクティ。 紅蓮の炎に包まれた刀身と、凍てつく空気と氷を生み出した2人は何だか対照的で――。 炎と氷は、狼達の全てを破壊し尽くす。 「よっしゃー! 撃破ー! 次来い、次ー!」 「もう、姉さんったら……」 どこまでも元気なリィムナにおろおろとするファムニス。 彼らはアヤカシを討伐するだけでなく、囮になるという点でも、優秀なようであった。 「あった! あったで! でっかい穴! 大昔の里や!」 興奮気味の璃凛の報告を、聴覚を極限まで高めたエミナと柚乃経由で聞いた開拓者達は、再び現場へ赴き――。 立ち上る濃密な霧。朽ち果てた家々は腰の高さにまで伸びた草木に埋もれている。 人こそいないが、そこは緑と生命に溢れる場所であった。 「随分とまた、古い里ですね」 「『忘れられた里』とでも言うべきやろか……」 設楽 万理(ia5443)は、弥十花緑(ib9750)に手伝ってもらい非汚染区域と汚染区域の境目を調べていた。 浄化が同心円状にひろがっていればその中心点に何かあるのだろうし、何かに沿って広がっている様ならそこが怪しい。 目に見えて分かりやすいのが、それだと踏んだのだ。 そして、それはその通りで、彼女が連れてきたネズミを使うまでもなく、境目ははっきり分かった。 魔の森が、そこを避けるようになくなっているからだ。 また、草で埋もれている里の中心部とは違い、土がむき出しになっている。 「水や土が変われば生息植物も変わる言いますが、これは……」 「ええ、私もここまでハッキリ違うとは思っていませんでした」 境目に立つ花緑と万理。 更に、花緑は1つ、気になる事実に気が付いていた。 境目に来ると、計器が何も示さなくなる。 最初計器が壊れたかと思ったのだが、境目に来ると必ずそうなるので、故障ではないらしい。 何も示さないということは、精霊力も、瘴気もない状態ということなのだろうか……? 「これはどういうことか……。ともあれ生成が故意に仕立てたわけやないよう、ですね」 この忘れられた里は、生成姫の根城から離れとるし、使うつもりがあったんやったら、こんな人が棲めぬ状況で置いておいたりしないやろし……。 そう呟いて、土や水を採取する花緑。彼が集めるこれもまた、答えを導き出す材料となるだろう。 そして、万理が龍で飛んで調べてみると、忘れられた里の非汚染区域はいびつではあるものの、円状に広がっていることも突き止めた。 ……ということは、中心点に何かがあるはず。 万理が忘れられた里に目をやる頃、仲間達が里の中心で湧水を発見し、そこでも、虹色に輝く苔と、少しではあるが昆虫などの生物も確認することができた。 こうして、地道に調査を続けて行った開拓者達は、蕨の里と裏松の里、忘れられた里の他、小さな非汚染地域を3つほど発見し、調査を終了した。 調査が終わり、魔の森を抜けた開拓者達は、早速調査結果の刷り合わせを開始した。 「なあ、ちょっとこれ見てくれへんか」 まず先陣を切ったのは璃凛。 出して来たのは、彼女が作成した魔の森を上空から見た地図。 五行から、石鏡に向けて広がる魔の森。その中に、ほぼまっすぐの線上に非汚染地域が点在しているのが見て取れる。 一番石鏡に近い忘れられた里の範囲が一番大きく、五行に向かうほど、範囲が小さくなって行っていることも分かった。 「人々は身を守る為、精霊力溢れる場所に里を作った……か。柚乃の推理も大したもんだ」 「いえ……たまたまです」 感心する羅喉丸に、ぽっと顔を赤らめる柚乃。 「露草さんと蕨の里を調べていたのですが……どうも、精霊力は一定の方向に向かって流れているようなんです」 「石鏡から五行の方角に向かっているみたいでした。璃凛さんの地図と合致しますね……」 真剣な表情の桜香と露草に、雛はなるほど……と手元の資料をめくりながら続ける。 「土壌は場所によって違うようですから、除外していいですよね。あと、水そのものに浄化能力がある訳ではないことも分かっています。あと何か共通点はありましたか?」 「そういえば、蕨の里で霧が出ていたのですが……他のところはいかがでした?」 「あ、そういえば出てたね、霧」 首を傾げるリオーレに、思い出したように言う歩。 「あと、これを裏松の里で見つけたよ」 彼女の手には枯れた花のようなもの。それを見て、璃凛が素っ頓狂な声をあげる。 「え!? これって闇百合やないの。何で裏松の里にあんの……?」 その問いに答えられるものはなく。 続いて志郎は、懐から小さな包みを出して、仲間達に差し出した。 「これを……。見つけた時には虹色に輝いていたんですがね。採取した途端、普通の苔になりました」 「……それなら、忘れられた里にもあったな」 「本当ですか!?」 光紀の談に、驚く志郎。 その横で、葛籠は自分がまとめた資料を広げる。 「非汚染地域に生えていた植物のまとめはこれだよ」 「ちょっと待って下さい。まとめ直しますね」 ヘラルディアが雛と共に手元の資料に書き込みを入れ……。 「あの……星見さん、すみません。このもふらさまは、蕨の里の水源にいた子です。周りは魔の森ですし、放っておくのも可哀想だったので連れて来たのですが……」 「もふー♪」 早紀に呼び止められて振り返った星見 隼人(iz0294)。彼女の腕の中でちょこんと鎮座ましましているもふらさまに、驚いた顔をする。 「もふらさままで出たのか……。分かった。とりあえず、このもふらさまは俺が預かっていいか?」 「はい。お願いします」 匂い立つような濃密な霧と、豊かに湧き立つ清水。水源に生える虹色の苔を始めとした様々な植物。 それらは全て、裏松の里以外の非汚染区域に存在すること。 精霊力はいずれも石鏡から五行に向かっていること。 そしてそれは、石鏡の精霊力に溢れた龍脈を通し、莫大な精霊力が五行各地へ向け流れ続けていること――。 一連の調査の結果として齎されたものは、開拓者達にとって意外としかいいようのないものであった。 その上、解せないのは裏松の里である。 龍脈と思しき場所の上にあるにも関わらず、精霊の力が極端に少ない。 更に、ここあって里を汚染していた瘴気はどこに消えたのか……? 「そもそも、精霊力、瘴気って何だ? そういう基本的な事が何も判ってないんだよな」 「島の落下も……まるで、支えを……島を浮かす力が失われたように思えませんか……?」 ぼそり、と呟く壬弥に、可愛らしく小首を傾げる柚乃。 それに隼人は少し考えてから、口を開く。 「……それらについては、俺も明確なことは分からない。が、精霊力の流れが掴めただけでも大きな収穫だ。ひとまずこの調査結果を当主に報告して来る。ちょっと待っていてくれ」 子もふらさまを抱え、開拓者達を見渡す隼人に、彼らは頷き返したのだった。 ●精霊力と瘴気と龍脈 開拓者達の調査結果を五行で待っていた狩野 柚子平(iz0216)と、一度石鏡に戻った星見 隼人が合流し、調査結果を纏めていた。分析を聞く為に残った開拓者達も固唾を飲んで耳を傾ける。 「蕨の里も裏松の里も、石鏡の龍脈の延長でしたか。精霊力が吹き出していたと」 星見が頷く。 「更に南下して、与治ノ山城に渡鳥山脈の祭壇。 急激に魔の森化した里は、汚染前の様子を聞く限り、石鏡から続く同じ龍脈だな。石鏡に戻って当主に確認したら、虹色に輝く苔の話は、森でも発見された夜光苔の事だ。精霊力に溢れた龍脈上にしか生息しないらしい。匂い立つような霧の発生も、精霊力の濃い証拠だとか。 しかし。 片方は精霊力の恩恵で浄化されているのに、何故山脈向こうは闇百合まで生えて汚染が拡大したんだ?」 「……里の不作が始まったのは、裏松の汚染が確認された頃からです」 約一年前。 一部の開拓者が魔の森内部の『裏松の里』へ行った。 この時、裏松の里は既に瘴気に汚染されていた。 だが同時期に、瘴気が吹き出した痕跡はない。 柚子平の柳眉が険しくなる。 「裏松や蕨の里の瘴気は、他の地域に一切影響を与えていない。吹き出した片鱗すらない。精霊力の供給を止め、やがて清浄な状態に戻った。つまり『瘴気が精霊力に押し流されなかった』という可能性が高い。 にもかかわらず、二度に渡る瘴気の大噴出。 この龍脈に『与治ノ山城』と『渡鳥山脈の祭壇』が含まれる場合、瘴気の出処は明確です。鬻姫と生成姫を、我々は龍脈上で倒しています」 希儀から搬入した護大を使い、変異した鬻姫と。 完璧に護大を制御をした生成姫。 膨大な瘴気を、開拓者たちは『大アヤカシ討伐』の形で龍脈上の大地に注いだ。 「まて」 星見が人差し指を地図上に置いた。 「龍脈の途中一箇所が汚染されただけで、石鏡からの莫大な精霊力供給が、一時的に寸断したとしよう。枯れた龍脈へ瘴気が流れ込んだ場合、各地へ管のように通す……となればヤバイんじゃないか」 もし何者かが。 枯れた龍脈を見つけて膨大な瘴気を流せば、各地で同じ現象が起こりうる。 「問題は、それだけではありません」 柚子平は出来事を時期別に並べた。 「蕨の里に滞留する瘴気が、何かの作用で精霊力の供給を阻んだ。その間に、鬻姫と生成姫の瘴気が各地に供給されて魔の森化した。龍脈の最終到着地と思しき島へ瘴気が流れた証言は確認されましたが、三珠群島では魔の森化が起こる事なく――落下した」 莫大な精霊力の代わりに。 莫大な瘴気が島へ注がれた。 理論的には、大量の瘴気を吸った三珠群島は汚染される。 だが現実は違った。精霊力の枯れた龍脈を通って瘴気が島へ到達した結果、汚染の痕跡なく嵐の壁へ消えた。 「狩野殿。天儀史上で大アヤカシ討伐に成功したのは天儀歴1009年の十月が最初だよな」 嫌な予感がする。 「ええ。我々は炎羅討伐以後、各地の大アヤカシを破竹の勢いで倒し続けてきた。大アヤカシさえ倒せば魔の森の増殖が止まる――と。大地に降り注ぐ瘴気の行方を一切考えぬまま」 今回。 地に還った大アヤカシの瘴気が、枯れた龍脈に入ると、各地で害をなす事が判明した。 ならば。 龍脈にのらず大地に還り。 魔の森を再構成すらしなかった……過去に滅した大アヤカシの瘴気はどこへ消えた? 「今まで……何処かに噴出した例はない、よな」 声が震えた。 ●滅びの予言 かつて。 精霊クリノカラカミに『朝廷が何を隠しているのか』を聞いた事がある。 『滅び』 たった一言。 そして滅ぼしてきた大アヤカシ達も謎の言葉を残してきた。 『お前たちは、無駄なことをしている、のに。……じきに全て……お、終わ……る』 瘴海は、開拓者の行いを非難した。 弓弦童子も鼻で笑った。 『塵芥がどう足掻いても、世の理は変えられぬ』 『どれだけ足掻こうと無為じゃ。全ては滅ぶ定めにある。そう遠くないうちに、全てが、の』 『滅びは避けられえぬぞ』 神に等しい精霊も、大アヤカシも『滅び』を口にする。 その理由を人は知らない。 『……何百年経とうとも。所詮、人間は変わらぬな』 脳裏に嘲笑う声が蘇る。 幾千万の命を弄び、悪戯に願いを叶えて。 代償の贄を求めながら、慈悲深き神を名乗った生成姫の声が、鮮明に。 『時と共に祖先の言葉も忘れ去り、歴史を都合よく変えていく。目先の物事に囚われ、それ以上のことなぞ考えられぬ。命短き人の、なんと愚かで救いがたき業よ』 蔑むような。 憐れむような。 慈母の眼差しが瞼の裏に蘇る。 アレは『いつか後悔するぞ』と囁いた。家畜として生かされる幸せを捨てた。護大を制御した者の中で、この世で最も慈悲深いナマナリを屠った罪を思い知る、と。 『神殺しの大罪を背負いし者たちよ。 決して引き返せぬ、絶望の果てを識るがよい』 その手で滅ぼしてきた者達の声が、心に重い影を落としていく。 |