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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●密談 ――くすくす。くすくすくす。 月明かりの下、3つの影が密やかな声を立てる。 「あなたは本当におバカさんですわね。1つだけ撒いて戻ってくるなんて」 「そうよぉ。ご主人様のお役に立てずに戻って来るなんてぇ」 「仕方ないじゃない。ものすごい酷い瘴気だったんだもの」 青い髪と金色の髪の少女に責められ、ぷうっと頬を膨らませた赤い髪の少女は、そのままうーんと考え込む。 「もう少し方法を考えないと……あれをそのまま持って行ったらこちらがやられてしまうわ」 「それにぃ……あたし達じゃ、一度に沢山運べないのよねぇ」 金髪が頷くと、青髪がちちち、と指を振る。 「……あなた達は本当におバカさんですわね。わたくし達にはあの子達がいるじゃありませんか」 「あ、そうねぇ。あの子達なら瘴気の中でも平気だもんねぇ」 「うん。あの子達なら一度に沢山撒けるわ」 「お願いしてみましょう」 「そうしましょう」 「そうしましょう」 ――くすくす。くすくすくす。 闇に、笑い声が溶けていく。 ●腐った土 「前回は皆さん、お疲れ様でした。黒狗さん達、皆元気になって良かったですね!」 集まった開拓者達に笑顔を向けるギルド職員の杏子。 手元の資料をひらひらさせながら続ける。 「今までは紗代ちゃんからの依頼でしたけど……今回は珠里の村の皆さんから、正式に依頼が来ていますよ」 「『黒狗の森』の話か?」 開拓者の声に、杏子はこくりと頷いて……。 ――この間のことだ。 黒狗を助けて欲しいと駆けこんで来た少女の願いを受けて、開拓者は『黒狗の森』へ急行した。 そこで見たのは、瘴気感染で倒れた黒狗達と、枯れ果てた雫草。 そして、腐った土の中に落ちている砕けた『実』――。 とりあえず、その時は黒狗達の治療を最優先にした為、森の中までは対応出来なかった。 あのままにしておいたら、新たに雫草が生えることはできない。 それが分かっていたので、開拓者達も気になっていたのだが……。 開拓者達からの報告を受け、薬草である『雫草』が入手できなくなる事態を、珠里の村の者達も重く見たのだろう。 彼らなりの手段で森の環境改善に取り組もうとしたのだが……。 向かった先……『黒狗の森』の中で、アヤカシに遭遇したというのだ。 「皆さん、急いで逃げ帰って来たので怪我はされてないそうなんですが、そんな状況ではとても作業が出来ませんので、皆さんに、腐った土壌の入れ替えと、アヤカシに出会った場合は討伐をお願いしたいんです」 続いた杏子の言葉に、顔を見合わせる開拓者達。 「今まで何度か森に足を踏み入れているけど、一度もアヤカシに遭遇したことはなかったのだ」 「黒狗さん達も確かに……森にアヤカシはいると言っていました……。……でも、とても少ないとも、言っていましたね……」 「村人がたまたまアヤカシに遭遇したのか、それともアヤカシが増えてるのか。どっちだろうね……」 開拓者の問いに応えるものはなく。 ――人を拒むような、深い森の中。 そこに、確かに異変が起きている。 「とにかく、一度行ってみた方がいいね」 「うん。腐った土壌も何とかしてあげたいと思ってたしね」 開拓者の声に頷く仲間達。ふと、一人の開拓者が顔を上げる。 「……なあ、杏子。紗代はどうしてるか、聞いてるか?」 「はい。森に行くことを禁じられて、約束を果たせなくて塞ぎ込んでいると聞きました。アヤカシが出てしまっては、仕方ありませんよね……」 可哀想ですけど……と続けた杏子に、開拓者は唇を噛む。 「今回は力仕事になるということですし大変かと思いますが、どうぞよろしくお願いします」 開拓者達に勢いよく頭を下げた杏子。近くの机に頭を打ちつけ――がつっという鈍い音がギルドに響いた。 ●約束の場所で 丸い月が登ったのに、あの子が来ない。 昨日も来なかった。一昨日も……。 サヨ。どうして来ない? 雫草がなくなってしまったから? それとも忘れてしまった? 名を呼んだら、気が付いてくれるだろうか……。 「うぉ……うぉ」 絞り出した声。やはり言葉にならない。 黒優(くろう)と名付けられたその狗は項垂れて……。 約束の場所で、じっと座り続けていた。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
幻夢桜 獅門(ib9798)
20歳・男・武
獅子ヶ谷 仁(ib9818)
20歳・男・武
輝羽・零次(ic0300)
17歳・男・泰
兎隹(ic0617)
14歳・女・砲
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「紗代。会いに来てやったぜ」 ひょっこりと顔を覗かせた輝羽・零次(ic0300)。 紗代は、彼と兎隹(ic0617)の顔を見るなり、2人に飛びついて泣きじゃくる。 「……紗代。ご飯を食べていないそうではないか」 「食べなきゃ大きくなれないぞ」 少しやつれてしまった少女の髪を撫でながら言う兎隹。 続いた零次に、紗代は黙って首を振る。 「……おにぎりなのだ。我輩、紗代の為に心を込めて握って来た」 ほら、と兎隹が差し出したそれは、長い耳に、梅干の赤い目がついていて……。 「……うさぎさん。お姉ちゃんみたい」 「うむ。気に入ったか? さあ、一緒に食べよう」 可愛らしいおにぎりに、顔が綻んだ紗代。誘いに素直に従ったのを見て、兎隹から安堵の溜息が漏れる。 その様子を見守っていた零次は、膝をつき、少女の顔を覗きこむ。 「……なあ、紗代はどうしたい?」 「黒優に会いたいよ……」 「分かった」 きっぱりと答えた紗代に、頷く彼。 兎隹に、後は頼んだ……と目配せをして、零次は席を外す。 「……紗代、我輩達はもう少ししたら黒狗達の森へ行く。瘴気から、森を……村を護る為に」 「ショウキ……? アヤカシとは違うの?」 兎隹の言葉に、顔を上げた紗代。 少女をまっすぐ見据えて、彼女は続ける。 「アヤカシと兄弟のようなものでな。放っておくと危ないのだ」 「紗代は行っちゃダメなの?」 「……我輩達が呼ばれるという意味が、紗代なら分かるな?」 そう。開拓者達が呼ばれたという事は、珠里の村の人間では手に負えない事態になっているという事だ。 俯く紗代の背を、兎隹が優しく撫でる。 「紗代に会えなくて、黒優も寂しがっていると思う。紗代が元気でいる事を伝える為に、手紙と、贈物を用意しないか?」 「……うん! そうする!」 「ああ、待て紗代。まずはそれを食べてからなのだ」 跳ね上がりそうになる少女を、慌てて抑える兎隹。 何を贈ろうか……と、女子2人で話が弾む。 「紗代、飯食い始めたぜ」 「そうですか。……紗代の笑い声、久しぶりに聞きました」 「最近、あの子が泣く姿しか見ていなくて……」 零次の言葉と、奥の部屋から聞こえる小さな笑い声に、涙ぐむ佐平次と梓乃。 この人達も、娘の様子に胸を痛めていたのだろう……。 ルーンワース(ib0092)は、夫妻を見据えたまま続ける。 「紗代ちゃんの笑顔に免じて、森の外で一度、黒狗……黒優と会う事を許して戴けませんか? 勿論、俺達が護衛します」 その言葉に凍りついた夫妻。二人は居心地悪そうに目を伏せる。 「……正直な気持ちを言うと、もう黒狗と、娘と会わせたくないのです」 「……どうしてです? ……たとえ人間でも……これだけ律儀な男性は……そうは居ないと思うのですよ……」 佐平次の絞り出すような声に首を傾げる黒憐(ic0798)に、零次も頷く。 「このままじゃ紗代が参っちまう。大事な友達だってわかるだろう?」 「それは分かっていますが……相手はケモノです。いつ牙を剥くとも知れない」 「……黒狗達はそんな事しませんよ。俺達の言葉も理解していますし」 「俺たちを、そして何より紗代を信じてやってほしい」 「勿論、皆さんの仰る事も、娘も信じています。……村人の手前、両手放しに賛成する訳にもいかんのです」 畳みかけるルーンワースと零次に、弱々しく本音を漏らす佐平次。 ――珠里の人間にとって、黒狗は長きに渡り畏怖の対象であった。 優しい狗達である事も、紗代の一件がなければ知りえなかった事で……珠里の村の人間達にとっては、今でも黒狗は『恐ろしいケモノ』なのだ。 「今も『恐ろしいケモノと通じている娘』と後ろ指をさされておるのです」 「私達も、紗代の気持ちを汲んでやりたいのです。でも、この村で暮らしている以上、いつまで庇えるか……」 佐平次と梓乃から伝わる苦悩。ルーンワースはふーん……と呟くと、事もなげに続ける。 「要するに、納得させればいいんですよね」 「……他の村人を納得させれば……反対はしない……。……そういう事ですね?」 もう一度首を傾げる黒憐。その有無を言わさぬ迫力に、夫妻は首を縦に振る。 「分かった。今度来た時、絶対説得してやる」 悔しいが、今回は森を何とかする方が先だ……。 零次は唇を噛み締めて、踵を返した。 「……紗代ちゃんの様子はどう?」 「落ち着いたのか、今は眠っておる」 駆け寄ってきた獅子ヶ谷 仁(ib9818)に、頷き返した兎隹。 己が贈った黒狗のぬいぐるみを抱きしめ、泣きながら眠る少女を思い出し、思わず眉根が寄る。 「そっか……。少しは元気になってくれるといいね」 ぽつりと呟く天河 ふしぎ(ia1037)。 来られないうちに森が大変な事になっていたから……せめて、元に戻す手伝いをしたい。 「持ち込む土、準備出来たぜ」 己の戦馬に土の入った袋を積み込みながら言うクロウ・カルガギラ(ib6817)。 仲間達が紗代と紗代の両親と話している間、彼らは一生懸命森に入る為の準備をしていた。 汚染した土を完全に取り除いた上で、新たな土を置かなくてはならない。 クロウが、戦馬に『特殊運搬』を使って貰うように頼み、土の他、作業に必要な犂や鍬なども積み込んだし、幻夢桜 獅門(ib9798)もかなりの量を相棒の甲龍に積んだが……それでもまだ沢山ある土袋に、ヘラルディア(ia0397)がため息をつく。 「結構な量がありますね……」 「手分けして運ぶしかあるまいな」 これで足りると良いのだが……と、呟く獅門。土袋を積めるだけ積んだ相棒に、気遣うように声をかける。 「すまんな。重いだろうが堪えてくれ」 「あ、そうだ。兎隹ちゃんの駿龍にも土袋積み込ませて貰っちゃったよ」 「ああ、構わぬ。手間を取らせて申し訳なかったのだ」 思い出したように言う仁に、軽く頭を下げる兎隹。 それに、いやいや……とクロウは手を振って見せる。 「こういうのは男の仕事だからなー」 「憐も……駆鎧を起動した方がいいでしょうか……?」 残りの土袋を見て、小首を傾げる黒憐。 運び切れないようなら、手伝わなくてはいけないと思うが。 かと言って森を通れなくなるのも困る……。 そこに聞こえて来た羽ばたき。鷲獅鳥に跨った零次が舞い降りてくる。 「おかえり。どうだった?」 「とりあえず異変はなかったな。上空からだから、全部見えた訳じゃないが……」 ルーンワースの問いに、淡々と答える零次。 どうやら、一足先に森に偵察に行っていたらしい。 アヤカシの存在が気になっていたヘラルディアは、そうですか……と呟く。 「……注意を払って行くに越した事はないですね」 「おお、いいとこに戻ってきた! 悪いが、その子にも土袋持って貰っていいか?」 「勿論だ」 クロウの呼びかけに頷き、土袋を受け取る零次。 残りを持って貰えるなら、黒憐の駆鎧は起動せずとも大丈夫そうだ。 「ふしぎ兄! お出かけはまだなのじゃ〜?」 「ひみつ、遊びに行くんじゃないんだからなっ」 そんな中、ふしぎの人妖が楽しそうに小躍りしていて……。 ふしぎは思わずツッコミを入れた。 「……という訳で、アヤカシの出る危険な所に……紗代さんは来られないのです。……決して……黒優さんの事が嫌いになった……という事はないので……安心してください……」 「向こうに、君達を具合悪くさせた土があるだろ。あれを除かないといけない。君達も危険だから、俺達が処理をするまで少し待っててくれないか」 途中立ち寄った『約束の場所』で、座っていた黒狗に事情を説明する黒憐と仁。 黒優と呼ばれた黒狗は、その話を聞いて、時々首を縦に振っている。 どうやら、人間に通じる合図を覚えつつあるようだった。 「……紗代からの贈り物であるよ。離れている間もお互いを想えるようにと、願いを込めて作って来た」 そう言いながら、黒狗に首飾りをつける兎隹。 紗代の赤い着物から作られたそれは、黒い毛並に良く映えて……。 そして、紗代から託された手紙を読み上げる。 黒優に会いたいと思っている事。 会いに行けなくて申し訳ないと思っている事。 約束を破って、嫌われたらどうしようかと心配している事。 必ず会いに行くから、待っていて欲しいと……。 ひらがなの多い、拙い字で書かれたその脇に、黒狗の顔と……何故か零次と兎隹の顔も描かれていて、兎隹は目を細める。 ほら、とその絵を黒優に見せる彼女。 それをまじまじと見つめた後、首飾りの匂いを嗅いでクゥ……と小さく鳴く黒狗が、何だか寂しそうに見えて、クロウは思わず声をかける。 「お前、クロウって言うのか。俺と同じ名前だな。……って、通じてるのか?」 「はい。大丈夫ですね」 「そっか。よろしくな」 「黒優さん、お友達が増えて良かったですね」 ヘラルディアの返答に、安堵の溜息をつくクロウ。 二人が黒い毛並をそっと撫でると、黒狗は大きな尻尾をぱたぱたと振った。 「紗代ちゃんと黒優、早く会えるようになると良いね……」 仲間達と黒優のやりとりを見て、ぽつりと呟くふしぎ。 零次の脳裏に、紗代の両親の顔が過ぎって、彼はため息をつく。 「ああ。人間ってのは面倒くせーよなぁ……」 「そう言うな。未知の物に恐怖を抱くのは自然な事だ」 続いた獅門の声に、そうだけどよー……と零次がボヤく間も、仲間達と黒狗のやり取りが続く。 「村人がここでアヤカシに出会ったと言っていたんだけど……最近、お前はアヤカシに会ったかい?」 ルーンワースの問いに、少し考えてから首を横に振る黒優。 アヤカシはこの辺りには来ていないという事なのだろうか? 考え込む彼の横で、黒憐は黒狗を宥めるように続ける。 「……アヤカシを森から追い払おうとか……無茶は止めて下さい。……何かあっては、紗代さんが悲しみます……」 「ああ。そういうのは俺達の仕事だからな。分かったかい? ……アリーエル。黒優の護衛を頼むよ」 主である仁の言葉に、コクリと頷くからくり。 何かあったらすぐに知らせるように、危険が迫ったら逃げる事を優先するように……とアリーエルと黒優に言い含め、開拓者達は森の奥へと急いだ。 「……こんな綺麗な森を汚すなんて許せないな」 「ああ。前ここに、雫草っていう花も咲いてたんだ」 クロウが森に来たのは初めてだったが、小さな川が流れ、下草が沢山生えたここは、きっと美しい場所だったに違いない。 そう答えた仁が指差す先の小川は澱み、草はなく、嫌な臭いのする土があるのみ……。 変わり果てたその場所に唇を噛んだ仁。雫草も復活させる……と、静かに心に誓う。 「何も起きなかったな……」 拍子抜けしたように呟く零次。 開拓者達は、アヤカシがいつ現れてもいいように相棒達にも周囲の探索に協力して貰い、彼ら自身もスキルも駆使して異変が来たらすぐ対処出来るよう、万全の対応で臨んでいた。 それ故、ここまで何にも会わずに来た事が、奇妙な感じすらして……。 「これから来るかもしれん」 「そうですね。警戒は怠らないようにしませんと」 「……精霊達よ。我に侵入者を報せよ」 獅門とヘラルディアの声に応えるように続くルーンワースの短い詠唱。周囲一帯にムスタシュィルが張り巡らされる。 「お片づけなら、妾が新しく覚えた技で、瞬く間に完了なのじゃ!」 ふしぎの肩の上で、きゃっほー! と腕を突き上げるひみつ。 恐らく、『人妖の清掃術』の事を指しているのだと思うが。もちろんその技で腐敗した土を排除するのは無理な訳で……。 ふしぎは深々とため息をつくと、相棒の人妖に向き直る。 「いや。あのね、アヤカシとか、妙な人影が近づいて来てるかもしれないんだよ。ひみつは周囲を良く見張ってて欲しいんだ」 「えーっ。妾もお掃除するのじゃー!」 「うん。わかった、わかったから……。それは後でね」 ぶーぶーと文句を言う相棒を、何とか宥めて送り出す彼。 ルーンワースは苦笑しながら、己の相棒の猫又に声をかける。 「瑚珠、手筈通りに頼むね。……ヘラルディアさんも警戒に当たって貰っていいかな?」 「了解しました。ポザネオもお願いしますね」 頷くヘラルディア。彼女の掛け声で、灰色と黒い猫又が、足音もなく森へ消えて行く。 その間、零次は汚染土を入れる袋を用意し、兎隹が植物に影響が出ていない範囲との境目に木の棒を立てて目印を付けて行く。 「では……始めましょう……」 ガシャン、という乾いた音がして、黒憐の駆鎧が起動する。 駆鎧の手には盾。それを器用に動かし、軽々と汚染土を掻き出して行く様は、見ていて気持ちがいい。 「……駆鎧って最終兵器っていう印象があったけど、ああいう使い方も出来るんだねー」 「道具も使いようって事だな」 感心する仁に、頷く獅門。 これなら、思ったより早く作業が終わるかもしれない……。 「俺達も負けてられないな。頼むぜプラティン」 身体に犂をつけた相棒の首をぽんぽん、と叩くクロウ。 何だか戦馬が不満そうな目をこちらに向けているのに気が付いて苦笑する。 「あー。確かに戦馬に相応しい扱いじゃないかもしれんが勘弁してくれ。後で念入りにブラッシングしてやるからさ」 それに応えるように嘶いたプラティン。主の一言で諦めがついたのか、汚染土の中に足を踏み入れる。 「ほんと嫌な臭いだね……こんな酷い事、許せないんだぞ」 掘り返した土を、運搬用の袋に詰めながら顔を顰めるふしぎ。 黒憐は器用に盾を操りながら、首を傾げる。 「……寧ろわからないのは……雫草が生えないようにして……確かに困る人は居ますが……犯人に何の得があるのでしょう……」 犯人がここをわざわざ汚染したとするならば、何か理由があるはずだ。 そう考えるのが自然である。 雫草には、自分達の知らぬ効能でもあるのだろうか……? 「それは犯人に聞いてみないと……」 そこまで言って、動きが止まるルーンワース。 彼の仕掛けたムスタシュィルが、侵入者の存在を報せている。 数までは分からない。が、それは確かに瘴気を纏っていて……。 「……4体、恐らくアヤカシです!」 「人妖、捕まったみたい」 続いたヘラルディアと猫又瑚珠の声に、弾かれたように立ち上がる仲間達。 腐敗土の処理を中断し、すぐさま行動に移す――。 真っ白い綺麗な女の人と、小鬼が3匹。 やったのじゃ! 妾は怪しい奴らを見つけたのじゃ! これでふしぎ兄に褒めて貰えるに違いないのじゃ。 急いで報せよう……と、移動を開始しようとしたひみつ。 どうやら近づきすぎたらしい。気が付くと、目の前に白い女の人が立っていて――。 「あら。こんなところに人妖ちゃんがいるなんて。可愛いわね。……迷子?」 「いや、違うのじゃ。妾は……」 慌てるひみつ。何だか急にクラクラして、地に落ちそうになった彼女を、白い女性は難なく受け止める。 「あなたの可愛さに免じて、良い事を教えてあげるわ。ここから早くお逃げなさい」 もうすぐ、ここは瘴気の渦に巻き込まれるわ……と。 くすくすと笑いながら続けた女性。 ふと見ると、小鬼達が何か……袋のようなものを持っている。 あれは何だろう。気持ちが悪くて頭が回らない。 ――ふしぎ兄の役に立たなきゃいかんと言うのに。妾は何をやっておるのじゃ……。 「ひみつ! 大丈夫か!?」 「その子をお放しなさい!」 聞こえて来たふしぎとヘラルディアの声。 駆け込んで来た開拓者達を一瞥すると、白い女性は深々とため息をつく。 「嫌だわ。開拓者が来るなんて聞いてないわよ。……あたし、帰るわ。お前達、予定通りやっておいて頂戴」 「ギッ」 白い女性に頷き返した小鬼達。そのまま森の奥へ進もうとする彼らの前に、仁が立ちはだかる。 「この先には行かせないよ」 「……お前もこのまま帰れると思っているのか?」 「ひみつを返せ!」 「あらやだ、怖い。私達を迂闊に攻撃しない方が良いわよ。『瘴気の木の実』を沢山持っているから……壊したら、どうなるでしょうね」 獅門とふしぎの鋭い目線を受けても動じる事なく、くすくすと笑う女性。 その一言に、開拓者達に戦慄が走る。 三体の小鬼達はそれぞれ袋を持っている。それらの中身が全て『瘴気の木の実』なのだとしたら……。 大量の瘴気がまき散らされた結果、この森は間違いなく、ありとあらゆる生物を拒む森へと変わってしまう――! 「何で……何でこんな酷い事をするんだ!?」 「……一体何が……目的なんです……?」 激昂するクロウと、淡々と問う黒憐。それに、女性は肩を竦める。 「目的なんて知らないわ。頼まれただけだもの」 「俺は零次。輝羽 零次だ。お前、名前は?」 突然名乗った零次に、女性はころころと笑って、彼を見つめる。 「あなた礼儀正しいのね。いいわ、教えてあげる。あたしはヨウよ」 「ヨウ、ついでにお前の依頼主について教えてくれよ」 質問を投げながら、じりじりと距離を詰める零次。ヨウは、それを手で制止する。 「……図々しい男性は嫌われるわよ。話はこれでおしまい。……さあ、お前達。行きなさい。死んでもいいから目的を果たすのよ。あと、レイジ……この人妖の命が惜しかったら、あたしの足止めは諦めるのね」 ひみつを手に乗せたまま、にっこり微笑み、離れて行くヨウ。 ……何と言う残酷な命令だろう。 それでも三人の小鬼達は逆らう事もなく、森の奥へと走って行こうとする。 悩んでいる暇はない。今足止めすべきは……。 「させるか……!」 ルーンワースの詠唱。地面から魔法の蔦が伸び、小鬼達を捕える。 距離があったため、残念ながらヨウには届かなかったが……ひとまず、『実』を運ぶ実行犯はこれで捕えられた。 「逃がさぬ……!」 今まで黙っていた兎隹。ずっとこの瞬間を待っていた。 狙うは逃げて行くヨウ。短筒を構え、フェイントショットを放つ……! 感じる確かな手ごたえ。森に、女性の悲鳴が響く。 「私を傷つけるなんて……! 許さない! ……そこの白兎、覚えてらっしゃい。いつか必ずお前を食ってやる!」 撃たれた肩口。そこからぼろぼろと崩れる腕。手からひみつが滑り落ちて……。 腕を押さえ、怒りに燃えた目のまま、ヨウは森へ消えて行った。 「小鬼達を取り押さえろ!」 叫ぶ零次。瞬脚で即時に移動し、素早い肘鉄で小鬼の足を貫く。 その声に応えるように続いた仁の八尺棍と、獅門の精霊槍の一撃で、残りの二体も空気に溶けて行く。 「うわわ! まだ落ちるなよ!」 「間に合え……!」 持ち主が消えた事で、落ちて行く小鬼の持ち物。『実』の入った袋が地に着かぬよう、クロウとルーンワースが身を挺して滑り込み……。 「「……気持ち悪い」」 正直な感想を漏らす二人。間に合ったが、とにかく酷い瘴気だ。 このまま持っていたら瘴気感染間違いなしである。 「ひみつ、しっかりしろ!」 「……瘴気感染をしているようですね」 急いで相棒を助け上げたふしぎ。ヘラルディアが治療を試みるも、ひみつが目を開ける事はなかった。 「……これ、急いでギルドに持って行って処分した方がいいと思うのだ」 袋を指差して言う兎隹。黒憐もこくこくと頷く。 「そうですね……。土も今まで詰めた物は持って行きましょう……」 「ああ、残りはまた戻って来てからだな」 続いた零次の言葉に、頷く仲間達。 ヨウは取り逃がしてしまったが、新たな被害を防ぐ事は出来た。 それは、収穫だと思わなくてはいけない……。 こうして開拓者達の活躍により、黒狗の森の汚染した土は全て取り除かれ、土壌は元に戻り始めた。 汚染土壌と共に持ち込まれた瘴気の木の実は、開拓者ギルドをちょっとした混乱に陥らせたが、土と共に無事に処分でき、瘴気感染した者達も回復する事が出来た。 そして新たに表面化した黒狗の森と、珠里の村の関わり。そして形を成し始めた敵……。 彼らは、再び新たな課題に立ち向かう事になるのだった。 |