どうせみんないなくなる
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/25 08:51



■オープニング本文

「なんでそんな事をした! 言え!」
 ある日の開拓者ギルド。
 いつもどおりの喧騒に包まれたギルドに、女性の怒号が轟いた。
 職員の西沢一葉は、自分の後ろ……即ちギルド内から発せられたその叫びに一瞬目を丸くし、何事かと奥へ引っ込む。
 そこはわけあり依頼者を通す座敷。依頼人のプライバシーを守るための場所である。
 駆けつけた一葉が目撃したのは、仁王立ちになって肩を震わせる職員の鷲尾 亜理紗と、依頼人であろう白髪の老人。
 老人は苦々しげに顔を背けているが、彼が亜理紗の怒りを買ったのであろうことは一目瞭然であった。
「黙ってないでなんとか言いなさい、このろくでなし!」
「ちょっ、ちょっ、亜理紗、落ち着いて! どうしたっていうの!?」
 なおも拳を振り上げようとする亜理紗を慌てて止める一葉。未だ怒り心頭といった状態の亜理紗だったが、老人が話した依頼内容と経緯を的確に説明していく。
 話はこうだ。石鏡のとある村では、ここ数年アヤカシの被害は発生していなかったのだが、今年に入ってすぐ村の中にアヤカシが発生してしまった。
 たまたま旅の途中で滞在していた一人の開拓者がそれを退治し事なきを得て、村人たちに請われ専属の用心棒のようなものとして留まってもらうことになったらしい。
 その後、村近辺では弱いながらもアヤカシが多発。その開拓者は大忙しとなったが、文句も言わず無償で戦い、村人たちも深く感謝し食事などを世話していたという。
 ここで終われば美談で済んだのだが……依頼人の老人を始め、村人の一部から『この村は近年アヤカシの被害がなかったのに、ここ最近は多発している。あの開拓者が来てからではないのか』『もしやあの男がアヤカシを呼び寄せ自作自演しているのではないか』などという意見が出始めた。
 もちろん、そんなことを言うのは極一部のみ。他の善良な村人たちからも『ふざけるな!』『恩知らず!』『どの口がそんなことを言うのか!』と取り合ってはもらえない。
 しかし、何故か老人たちは自分たちの考えが間違っているとは思わなかったらしい。無償で働くなどおかしい、何か企んでいるに違いないと決め付け、ついには行動に出てしまった。
 今まで助けてもらいながら邪険にして悪かったと開拓者に謝罪し、お詫びの宴を開きたいと申し出たのだ。
 開拓者はそれを聞いて感激し、快諾。老人の家に招かれ、出された食事に疑いもなく手を付けた。
 数分後。開拓者は血を吐き、ようやく気付いた。毒を盛られた……彼らは自分と和解する気も、謝罪する気もなかったのだと。
 更に老人たちは、苦しむ開拓者を取り囲んで足蹴にし、早く死ねと罵り、ついには死に至らしめる。
 そして遺体を地中深く埋め、何事もなかったのかのように朝を迎えた。
 当然、村は開拓者がいなくなったと大騒ぎ。しかし老人たちは『どうせ企みがバレるのを恐れて逃げ出したのだろう』と言って捜索にも加わらない。彼らはこれでアヤカシの被害が無くなると本当に信じていたのだ。
 が……当然それでアヤカシの被害がなくなることはなかった。それどころか、最悪の事態となって村を襲う。
 弱いアヤカシが散発し、村人が何とか力を合わせて追い払っていた時。村の中から突如悲鳴が上がった。
 全身土まみれの、行方不明になったと思われた開拓者……その遺体。
 怒りと無念が瘴気を呼び寄せ、死した肉体をアヤカシとして復活させたのだ。
 原動力は唯一つ……怒り。アヤカシとなってしまった開拓者の遺体は、周囲に居る者を惨殺するだけの存在として蘇った。
 しかし、自分に良くしてくれていた村人には積極的には向かっていかない。逆に、自分を陥れた過激派連中が近くにいると凶暴性が増すようだ。
 その様子を見て、村人たちも最初こそ怯えたがすぐに事情を察し、老人たち過激派に詰め寄った。
 逃げられなくなった過激派連中はやがて真相を告白し、当然のように村八分にされたが、それで解決するわけでもない。普通の村人でも近くにいれば襲われてしまうからだ。
 怯え、逃げ出そうとした過激派もいたが、その度にアヤカシとなってしまった開拓者に先回りされ殺されている。その辺りに対しては鼻が効くのだろうか?
 村人たちはそれぞれ家の中に閉じこもり、出るに出られない生活を続けている。食料的な問題も含めると、あまり猶予はない。
 そんな中、件の老人がやっとの思いで村を抜け出し開拓者ギルドに命乞いをしに来た……というわけだが……。
「……開拓者を謀殺しておいて開拓者ギルドに助けを求めるわけ? 恥ってものを知らないの?」
「五月蝿い、金は相場の倍払う! 助けさせてやると言ってるんだ、早く助けろ!」
「このクソジジイ……!」
「亜理紗。……自分たちの犯罪がバレるのを承知の上で助けを求めに来た理由は?」
「……ワシはともかく、何も知らん孫には罪はない。孫だけでも助けてやってもらえんか……」
「……だって。どうする、亜理紗」
「ぐ……! 分かりましたよ! ただし、あなたは絶対許しませんからね!」
 不満たらたらではあったが、亜理紗は依頼書の作成にとりかかる。
 自身も開拓者であり、開拓者の夫を持つ彼女にとって、今回の話は到底許せるものではない。そして、被害者であり今はアヤカシとなってしまった開拓者を葬ることにも抵抗がある。
 弱き者の力となるのが開拓者ギルド。しかし、今回のような時にまで力を貸さねばならないのか……?
 ずかずかとわざと音を立てて去っていった亜理紗を残し、座敷には一葉と老人だけが残される。
 どちらも一言も発しないまま十数分。沈黙に耐えかね、何か言おうと老人が一葉を見た時だった。
 一葉は見たこともないような冷たい目で老人を見つめていた。いや、射抜いていた。
 老人は背筋に冷たいものを感じたが、何故か目を逸らすことができないでいたという。
「……凶暴化したキョンシーってね?」
 一葉は語る。冷たい瞳のまま、口の端を吊り上げて。
「あなたたちがしたみたいな、謀殺されて無念のうちに死んだ人間が主になるの。そして、謀殺した人間はだいたいそのキョンシーに殺されキョンシーが増える。因果応報とはいうけど、更に被害者が増えるから性質が悪いわよね」
「………………な、何が言いたい……」
 しばらく口をパクパクさせた後、やっとの思いで絞り出した老人の言葉。
 一葉はいつもの爽やかな笑顔に戻って一言。
「どうせみんないなくなるってこと♪」
 一葉が去った後も、老人はしばらく動けないままで居たという―――


■参加者一覧
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
トゥルエノ・ラシーロ(ib0425
20歳・女・サ
クリスティア・クロイツ(ib5414
18歳・女・砲
各務原 光(ib5427
18歳・女・砲
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲
計都・デルタエッジ(ib5504
25歳・女・砲
鴉乃宮 千理(ib9782
21歳・女・武
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文

●到着
「あの人が亡くなった……?」
 アヤカシと成り果ててしまった開拓者。彼と一度だけだが顔を合わせたことがあるというサライ(ic1447)は、すぐに依頼に参加し現地へと直行した。
 勿論、彼女単独でというわけではない。理由があって遅れている二名を除き、まずは村人を安心させるのが先であると判断しこちらへ赴いたのだ。
「……あれが、目標のアヤカシ。何をしているのかしら……?」
「玄関の戸を叩いているように見えるが、随分と覇気がないの。ぶち破る気は無さそうじゃ」
「なんというか、哀れさね。まるで助けを乞うて戸を叩いているようにも見える」
 トゥルエノ・ラシーロ(ib0425)の視線の先には、泥だらけで薄汚れた人間らしき存在が、家屋の戸をだん、だんと力無く叩いている姿があった。
 依頼人の行いにも死んだ開拓者にもさして興味が無いという高崎・朱音(ib5430)は、あくびをしながら呟いている。彼女がやる気を出すのはもう少し後であろう。
 鴉乃宮 千理(ib9782)は、戸を叩くのを止めふらふらと別の家の方へ歩いて行くアヤカシを見て、静かに首を振る。
 見たところ遺体が腐敗している様子はない。汚れているが人間の時とほぼ変わりはない。
 だからこそより鮮明に映る、毒で苦しんだ跡。
 流した血の涙は凝固し顔色は紫。まるで幽鬼のような表情は、理由を知らない者から見れば化物そのもの。
「悲しい事件だと思います。言うべき事、裁くべき事はきちんとさせて頂きますが、同時に村人に被害が出ないようにも取り計らわねばなりません」
「そうですか〜? 直接的に手を出していないにしても〜、『開拓者の謀殺を止められなかった』というこの一点だけで罪があると判ずるには十二分ですがね〜」
「そ、その話題はループするから止めようと決めたじゃないですか!」
「あらあら〜、そうでした〜」
 イリス(ib0247)のように、加害者でない村人たちに罪はないとする者がいる一方、計都・デルタエッジ(ib5504)のように彼らにも罪の一端があるとする者も居る。
 どちらが正しいかは分からないし無理に決める必要はないが、十人十色様々な意見があっても良いのが人間であろう。
「まずは手はず通り村長さんの所へ行きましょう。あの様子なら避けて通ることは簡単そうです」
 サライの音頭に従い、一行は一旦アヤカシを放置し村長の元へと向かった。
 村人の安全を確保するためにも、できれば一箇所に固まってもらいたい。そして、開拓者を殺した下手人達の確保のためにも村長へのコンタクトは必要と判断したためである。
 よたよたと村の中を闊歩するアヤカシ。元開拓者。その後姿を見送り、サライは一瞬切なそうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えて歩を進めたのだった―――

●業
「爺さん、あなた孫のためなら何でもやるんですよね? なら、囮になるくらいは喜んで引き受けてくれますよね」
 時は少し遡り、八条 光(ib5427)たちが遅れた理由。それは、依頼人である老人に依頼を手伝わせるためであった。
 事前に亜理紗に『老人を連れて行ってもいいか?』と質問し了解は得ている。後はこの老人の返答次第なのだが……
「い、いや、何でもやるなんぞとは言っとらんぞ」
「どうしました? まさかやはり嫌だと?」
「だから、初めから何でもやるとは言うておらん! それは貴様らの仕事で―――」
 老人の言葉が終わる前に、轟音とともに地面に弾丸がめり込んだ。
 それは老人の足の数センチ手前。よくある威嚇射撃だが、素人には充分効く。
「黙れ。その程度でよくも言えたものです……ああ、もういいですよあなたに興味はないですから、私は仕事をするだけです」
「き、客になんという態度だ! だいたい、ワシが手伝う以外の方法がないならともかく、いくらでも手がある状況で何故ワシにお鉢を回す!? ……こ、こら、貴様何故後ろ手に縛る!? 解かんか!」
「……神よ、人は愚かですわ。僭越ながら申し上げますが……貴方は『孫だけでも』と仰られたのでしょう……何か問題でも?」
 冷たい目で見下ろし、無言で老人の手を縛り付けたのはクリスティア・クロイツ(ib5414)。
 これは開拓者ギルドの中で行われていることだが、他の記録係や依頼のことを耳にした開拓者たちは見て見ぬふりをしている。
 驚いているのは事情を知らぬ客だけだが、それも周囲の者から話を聞き当然とばかりに無視を決め込む。
 ことここに来て、ようやく老人は自分に味方が居ないことを悟ったようだ。
「お、おのれチンピラどもめ……! 所詮貴様らも、志体とかいうのを宿した化物の集まりか!」
「僭越ながら申し上げますが……あなたの行い、言動、心根……それらのほうがよほど化物じみていると思いますわ」
 こうして、嫌がる老人を無理矢理連行し依頼へ協力させることにした二人。
 字面だけで見ると悪行のように見えるが、この老人の場合は完全な自業自得だ。これほど自業自得という言葉を体現できる人間もなかなかいないことだろう。
 ほんの少しでも老人に反省と協力の色が見えれば。そんな淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったが……とにかく二人は、遅れを取り戻すべく件の村へと急いだのだった―――

●念
 村長の家へと到着した開拓者たちは、依頼を受けて解決に来たことを話し、事の説明をした。
 一部とはいえ、村人の勝手で恩人を殺害しあまつさえその同業者に助けを求めに行くなど恥の上塗りでしか無い。しかし村長は恥を承知で、改めて村を救ってくれと涙ながらに懇願する。
 これが、普通の人間の感性。恥を知り、愚かさを悔い、それでも力持たぬが故に無礼とわかっていてなお頭を下げる他ない。
 村長の意を汲んだ開拓者たちは、頭を上げさせ村長へ協力を要請したのだった。
「…………」
 それを冷たい目で見つめる計都。トゥルエノは彼女と視線を交わさず、柱越しに声をかける。
「……行きましょう。彼らは守るべき者よ。咎人は下手人たちだけで充分でしょ」
「議論は避けておきますね〜。ま、一番悪いのは実行犯ですし〜、彼らを罵りたいですから〜」
 村長を護衛しつつ外に出た開拓者たちは、アヤカシの動きに注意を払いつつ村人を集会所へと集めていく。
 やがて殆どの村人の避難が完了するが、開拓者を殺した下手人たちだは上手く事が運ばない。
 連れだそうとすると必ずと言っていいほど先回りされている。もしくはちょうどその現場に現れる。
 サライが超越聴覚で索敵をしているのにもかかわらず、まるで降って湧いたように現れるのだ。原理は不明だが、これも復讐心のなせる技か。
 そして下手人の顔を見た途端、死した表情を悪鬼のように変化させ襲い掛かってくるのだ。
 仕方なく一度下手人を家の中に戻し、開拓者たちもそこに隠れると、ドンドンと荒々しく叩かれていた戸の音が次第に小さくなり、やがて足音が離れていく。
「やれやれ……ありゃ相当恨みは深いのう」
「当たり前ですよ。あんなことされたら誰だって……」
 鴉乃宮のため息混じりの言葉にイリスが応える。
 見つめた先では、下手人の一人がガタガタと震えている。
「のうお主。反省しておるか? アヤカシを倒して欲しいか?」
 自分よりはるかに年下である高崎の見下したような態度も気にせず、村人は縋りつくようにして土下座し反省の意とアヤカシを倒して欲しいと願う。
 さもありなん。実際に自分が恐ろしい目に遭えば普通は省みる。自分たちの過ちの結果なら尚更。
 そういう意味においては、下手人たちにもまだ救いようはあると言えるだろう。
 開拓者たちは下手人帯を無理に移動させようとするのは困難と判断し、とりあえず家の中に籠っていろと言明しつつ各家を回った。
 その誰もが自分のやったことに後悔し、恐怖し、許しを請うた。
 人一人殺しておいて何を……とも思うが、反省がないよりはマシであろう。
 ……ただ一人を覗いては……。
「よ、止せ! もう村の中だぞ! いつあの化物が襲ってくるかわからんのに……!」
「僭越ながら申し上げますが……騒がないほうが身のためでは? あなたの声でアヤカシが寄ってきてしまう気がしますけれども……」
「うぅぅぅ……!」
 家の中から外を見ると、クリスティアと八条が依頼人を連れて村に到着したところであった。
 その声を聞きつけたのか、近くの家の戸が開き、老人の息子と思わしき男性が姿を現した。
「と、父さんもう止めてくれ! こんなこと子供にどう話したらいいんだ! 子供に胸を張れないよ!」
「黙れバカ息子が! 責めるならワシではなくこのゴロツキどもじゃろ! ワシが今どんな扱いを受けておるか見えんのか!?」
「そうやって父さんは、いつもいつも自分だけは正しいような顔をして……!」
 ズドン! ズドン!
 親子喧嘩の声を切り裂く銃声が二発。八条と、家から出てきた高崎が放ったマスケット銃によるものだ。
 勿論当てては居ないが、またしても足元ギリギリの着弾であり、親子はへなへなと地面に座り込む。
「居ないもの扱いするつもりだったんですけどね……いい加減にしろ、まだ痛い目見ないと分からないんですかね……?」
「止せ止せ光、言うだけ無駄じゃ。ところでそこなジジイ……我は村がどうなろうと知ったことではないが、その態度は気に入らぬの」
「ガキが何を偉そうに……!」
「そのガキに助けられようとしとるんじゃろうが。ああん? 図が高いの、お主は。ほれ、もっと頭を下げぬか。それが人に物を頼む態度かの?」
「僭越ながら申し上げますが……道中ずっとこんな調子でして……。覚悟もない、身も切りたくない、感謝もしたくないの三点張り三連単ですわ……」
「あらあら〜、それは当たりようもないゴミ手ですね〜。まるでフリテンリーチのようです〜」
 八条、高崎、クリスティア、計都に囲まれ煽られても、老人は態度を改めようとしない。
 こんな人間が親だなんてと、息子の方が情けなくて涙を流す始末。よく親のような歪んだ性格にならなかったものである。
 しかし、これだけ騒げば当然アヤカシも気づく。いや、一番の怨敵とも言える老人が帰ってきたのだ……もしかしたら最初から気付いていたかもしれない。
 姿を現した時にはすでにその表情は阿修羅の如くであり、脇目も振らず真っ直ぐ老人へと襲いかかる!
「ごめんなさいっ……!」
 それにいち早く反応したのはイリス。盾を構えつつ愛槍を突き出し、迎撃を試みる。
「えっ……!?」
 それに驚いたのはイリス自身だった。アヤカシは突き出された槍を全く気に留めず、右腕をもぎ取られながらもイリスを無視し前進を続ける。
 許せない。殺してやる。言葉にしなくても感じる慟哭が、全てを捨てて老人を殺害することに執着させている。
「これ以上、罪を重ねないで……!」
 トゥルエノがアヤカシの左足を両断し機動力を奪う。
 地面に倒れ伏したアヤカシは、残った左腕と右足で這いずり老人に手を伸ばす。
 しかし……その執念は実らない。依頼を受けてやってきた開拓者たちが居る以上は。
「今度こそ静かに……眠ってください」
 この中で唯一接点があったというサライ。無刃による六連斬撃は、まるで死者を弔う舞のようであったという―――

●どうしようもないクズ
 アヤカシとしては上等と言えなかったため、開拓者たちは特に苦労せず撃破に成功した。
 その遺体はアヤカシとして変化していたのか、チリひとつ残さず瘴気へと還ってしまったのである。
「お主は悪い夢を見たんじゃ。安心して眠るがよい」
 せめてもの慰みにと、鴉乃宮が読経を上げようとした時である。
「まったく、ヒヤヒヤさせおって。仕事が終わったのなら余計なことなどせずさっさと村から出て行け」
 老人は何事もなかったかのように立ち上がると、汚い物でも見るように開拓者たちを見回し吐き捨てた。
「……お前さん、ロクな死に方せんぞ?」
「何やらお主らの正式な裁きがあるらしいからの。我は主らがどうなると知ったことではないが、逃げるようなら容赦するつもりはないでの?」
「逃げる? 誰がだ? 何故ワシが逃げねばならん。ワシは何も悪いことはしとらんぞ」
 この発言には流石の鴉乃宮も高崎も開いた口が塞がらない。
 今更明々白々な罪をとぼけるというのだからどういう神経なのか。
「殺人には死体がなきゃいかんだろ。ホレ、どこにある? ワシが殺したという死体は。死体がないなら殺人など起こっておらん。疑わしきは罰せずじゃろうが」
「あらあら〜……これはもう問答無用で殺しておいたほうが世の中の為なのでは〜?」
 計都の言葉に誰もが頷いてしまいそうになる。彼の息子が殴りかかりそうになっているのをトゥルエノが必死に抑えているが、彼女も心境は似たようなものだ。
「受けた恩は忘れろ、という言葉があるじゃろ。化物を退治してくれたことはそれとして、ワシを手荒に扱ったことは然るべき謝罪と賠償をしてもらわんとな。さも人を罪人のように扱いおって」
「……そんな言葉はお前さんの中にしかありゃせんよ。しかしたまげたのう。まさかアヤカシが倒されて消滅した後のことまで計算づくか。憑依型で死体が残る方式だったらどうするつもりだったんじゃ」
「その時はその時よ。世の中ゴネ得、言ったもん勝ち。寝首をかかれる方がマヌケなんじゃよ」
 人間、どうしても分かり合えない相手というのは存在する。死んで然るべき人間は存在する。この老人を見ているとそんな言葉が頭をよぎり、この物体を人間だとは思いたくなくなる。
 だが悔しいことにその主張には一理ある。死体がない以上、いくら周りの証言があろうが司法の下では決定的な断罪は下せないだろう。
 苦虫を噛み潰すとはこの事か。開拓者たちが怒りに震えていた、その時。
「えっ……?」
 イリスとサライが何かを聞き取った次の瞬間。上空から何かが飛来し何をする暇もなく老人に直撃した。
 それは一体のキョンシー。見方を変えればドロップキックをするような格好でぶつかられた老人は、ほぼ即死状態でこの世を去る。
 瞬時に思考を切り替え戦闘態勢に入る開拓者たち。そこに、遠くから声が届く。
「あ、皆さん待ってください! キョンシーなら私が専門ですから!」
 それはギルド職員、西沢一葉。彼女の話によると、キョンシーの捕獲を頼まれ行動していたが、逃げられてしまい追ってきたのだという。
 ペタリとキョンシーに額に御札を貼り、あっさりと捕獲する一葉。笑顔でこんなことを付け加える。
「あぁ、不幸な事故だったわねぇ。普段の行いが悪かったんじゃない? 事後処理はしとくから」
 突然のことに驚きを隠せない開拓者たち。ただ、深くは追求すまい、してはいけないというという空気だけがその場に残る。
 ただ……もし老人が改心をしたのであれば、命を落とすことはなかったのではないか。そんな気がしてならなかった―――。