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■オープニング本文 「亜理紗、ちょっと緊急の依頼が舞い込んでるの。その件の担当をお願いできる?」 「はい、構いませんけれど‥‥何があったんですか?」 神楽の都、開拓者ギルド。 職員である西沢 一葉と、その後輩である十七夜 亜理紗。美人職員として大分馴染みが出てきたようである。 しかし一葉は眉間に軽く皺を寄せた難しい顔をしており、亜理紗は直感的に不安を覚えた。 「最近、石鏡の各地で謎の影の目撃談が頻発してるの。各地って言うくらいだから神出鬼没で、ふと現れてはどこかに消えていくっていう話よ」 「それって同一人物なんですか? というか、そもそも人なんですか‥‥?」 「さぁ? 確かなのは、その連中が身体をすっぽり覆う黒マントを羽織っていて、フードを目深に被って顔を見せていないってこと。それと、目撃地点の付近で必ず行方不明者が出るっていうことよ」 「行方不明!? ひ、人さらいか何かでしょうか!?」 亜理紗の疑念はもっともらしいが、それではいくつか説明出来ない点がある。 まず、行方不明者が出る前後に『必ず』目撃情報が出る点。そして、活動範囲が広いわりに移動が速すぎると言う点だ。 しかも真昼間の街中で目撃されたこともあるあたり、人さらいというにはどうも無用心すぎる。 「とにかく、その謎の影‥‥黒マントが、今日目撃されたらしいの。その近辺ではまだ行方不明者は出ていないらしいから、出るならきっとこれからって言うことになるわ。準備期間は短くなっちゃうけれど、開拓者の人たちに一刻も早く動いてもらいたいのよ」 「えっと‥‥もうちょっと情報はないんですか? あまりに漠然としていて‥‥」 「そのためのあなたでしょ。追加情報が入ったら知らせるから、開拓者の人たちにも教えてあげなさい」 「了解です。頑張ってみます!」 気候風土が穏やかで、天儀一住みやすいとも言われる石鏡。 そこで暗躍する謎の影とはいったい何者なのであろうか。 胸に渦巻く嫌な予感を必至に振り払い、亜理紗は依頼書の制作に取り掛かったのであった――― |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
ノエル・A・イェーガー(ib0951)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●共通項 五月某日、晴れ。 春になって日も経つというのにまだまだ肌寒い日が続き、それはここ、石鏡の東部にある村も勿論例外ではなかった。 日光がある昼間はまだマシだが、夜になると途端に冷たい風が吹き抜ける。 しかしそれは、不安に怯える村人たちの心の現れとも言えるだろう。 「亜理紗に調べてもらった限りじゃ、行方不明の人間に共通点はないな。男女問わず、年齢もまちまちなもんで見当がつかねぇや」 「確かに。しかし御老人には被害者が出ていないようですね。最高齢が45歳となっております」 「あ、本当。でも、地図に発生場所を当てはめてみても法則性はわからないままね‥‥」 村の集会所を作戦本部として借りた開拓者一行は、出掛けに担当職員の十七夜 亜理紗から今までの被害者の詳細資料を渡されていた。 鷲尾天斗(ia0371)は半ばヤケクソ状態で資料を放り投げたが、それを責める者はいない。 一応、ジークリンデ(ib0258)が『共通していない共通項』を見つけはしたが、それはそれで混乱を呼ぶ。 確かに人身売買などを目的とするなら労働力となりにくい老人は避けるだろうが、黒マントたちの不可解な目撃情報などからそれは否定的な可能性だったはずだ。 緋神 那蝣竪(ib0462)は地図に今までの事件を順番に書き込んでみるが、図形になるような気の利いた仕掛けはなさそうである。 「とはいっても、一応黒マントが犯人とは限らないんだよね。でも味方なら村の人に事情話して警戒促せばいいと思うから‥‥敵なのかなぁ」 「逆に言えば、味方だからこそ言えないのかも知れません。普通、『あなたたちに危機が迫っている。私たちが助けてあげましょう』なんて言ってくる人、信用できますか?」 「まぁ、十中八九疑われるな。明確な脅威が分かっているならまだしも、これから起こるかもしれない災難をどうこうでは。後手に回っては遅いと分かっていても、な」 小伝良 虎太郎(ia0375)が言うように、黒マントが犯人とは限らない。 しかし、怪しい影と言われてしまうような行動を取り、世間を騒がせているのもまた事実。 そういう意味では、ノエル・A・イェーガー(ib0951)の言はどちらに転ぶとしてもあり得るものだ。 人間は起こってから慌てることがあまりに多い。焔 龍牙(ia0904)が言うように、常日頃からあらゆる事柄に対処を想定して生きているものなどいはしない。 だから、開拓者たちが声をかけても無駄だった。昼間のうちは各々仕事があるから、村人全員が集まることなど不可能だと突っぱねられてしまったのだ。 一応子供たちはこの集会所に集められて遊んでおり、例の目撃者の男性も開拓者の接待係と言うことで保護下に置いてはいるが、それだけとも言える。 夜にはこの集会所に集まってくれるとのことだったが、行方不明者も黒マントも朝昼晩関係なく消え、現れる。今は行方不明者が出ないことを祈るしかなかった。 「そうでしょうね‥‥村の人達にも生活がありますから。何日も仕事を休むわけには行きません」 「そんな悠長なぁ。それで自分が行方不明になっちゃったらどうするんですか?」 常に落ち着き払い、微笑みながら言う斎 朧(ia3446)。その言葉の影には、『自分だけはそうはならないだろうとどこかで思っているのでは?』という思いが込められているようにも思える。 イリス(ib0247)ことアイリス・マクファーレンもそれを分かってはいるが、大なり小なり犠牲は出ない方がいいと食い下がった。 そして、堂々巡りの議論の最中、それは起こった。 集会所に村の若者が大慌てで走り込んできて、黒マントが出現したと報告したのだ。 場所は、村の南側にある入口付近。前回目撃談があった畑や森とは90度ほど場所が違う。 「真昼間にか! 気取られたかな、こいつは‥‥!」 「ま、まだ村人さんたち、いっぱい出歩いてるよ!?」 「大至急集まってもらいましょう! 私たちは黒マントを!」 「村の方々の護衛をするメンバーは留まってください。相手は一人とは限りません」 鷲尾が得物を握って立ち上がり、小伝良の言でイリスが合図の狼煙を上げに行く。 後はジークリンデの言葉に従い、作戦通り二手に別れることになったようである。 こうなれば黒マントが味方であるという甘い展開に期待したい。 そう思ってしまうのは、罪な事ではないはずである――― ●黒マント 「いたわ! なんとまぁ、目立つ格好だこと!」 緋神に言われるまでもなく、村の入口辺りに佇んでいる黒マントは死ぬほど目立っていた。 情報通り、マントの下は男か女かすら分からない。身長は160cmほどか。男というには少々小さめと言えるが‥‥? 「生体反応はあり、他に仲間はいなさそうだな。お次は瘴索結界だ」 「うん、それ無理!」 「あんでだよ!?」 「おいらに怒らないでよー! 朧が村人護衛班なんだから仕方ないじゃん!?」 鷲尾と小伝良のやりとりは黒マントにも聞こえているはずだが、やつはちらりとこちらに視線を向けただけですぐに視線を戻した。 その先は村の中ではあるが、進もうという気配はない。その意図は全く不明のままだ。 「一応、森も探ってみたけど‥‥野営の跡どころか焚き火の跡すらなかった。ならこいつはどこから来たのかしら。いちいちどこかへ帰っていくほど恥ずかしがり屋なのかしら?」 「フードを取って、顔を見せろ! 何が目的でこの辺りをうろついている!」 緋神の冗談にも、焔の警告にも明確な答えはない。 またちらりとこちらを見たものの、フードの闇に覆われた顔からは表情すら読み取れない。 「正直に答えろ。返答しだいでは只では済まんぞ」 焔は歴戦の開拓者である。こういう脅しに相手が屈服するかどうかは最初の一言で大体の察しがつくし、彼に静かに凄まれたなら素人が平静でいられるわけはない。 だから、大地を蹴った。相手は少なくともかなり出来る人間か‥‥あるいは‥‥! 風切り音を残して槍が突き出されたが、黒マントはそれを予測していたかのようにゆらりと後退した。 バックジャンプとその後の着地を見る限り、やはり素人ではない! 「逃がさない! し、正体を見せろぉ!?」 瞬脚で一気に黒マントの目の前に移動した小伝良が、鉄爪でフードを剥ぎにかかる。 一応人間であった時のための手加減だが、それが災いした。 黒マントはフードの端を切り裂かれながらも、左に跳んで攻撃を躱す。 その反応速度は、歴戦の開拓者である焔や鷲尾が驚嘆に値するものであった。 「‥‥反撃は無し、か。だんまりの上に無言じゃ、仕掛けてるこっちが悪者にも見えるなぁ」 「話はできないの? 何か知ってるなら教えて頂戴。それとも、口が利けないのかしら? ねぇ‥‥『お嬢ちゃん』」 緋神の言葉に、ぴくりと黒マントが反応した。 そう、小伝良が引き裂いた辺りに少量だが銀髪の束が見え隠れしたのだ。 それは耳を遥かに通り過ぎるロングヘアーの一部。身長も考慮に入れれば、女である可能性は高い。 まぁ年齢はあてずっぽうだし、緋神自身もまだ20歳とお嬢ちゃんの部類に入るかも知れないのだが。 「人間ってことだよね! オバケとかそういうのじゃないんだよね!?」 「心眼に引っかかる時点で生物ではある。足もあるようだしな」 この期に及んでまだ黒マントから発言はない。しかし‥‥! 「っ!? 分かった、任せるですって‥‥!?」 超越聴覚を発動していた緋神が、黒マントが蚊の鳴くような声で呟いた言葉を聞き逃さなかった。 それは明らかな少女の声。そして、誰かとの会話。 「‥‥?」 黒マントは何故聞こえたのだろうと首を傾げるようなリアクションを取るだけで、慌てたりはしないのがまた小憎らしい。 とにかく、奴には仲間がいて、何らかの手段で通信している。それだけはわかった。 そして‥‥ 「逃げる!? くそっ!」 「追いかけてらんないよ! 速く戻らないと!」 マントを翻し、一気に後退する黒い影。 要は陽動に引っかかってしまった。そういうことか――― ●強襲 時は少し遡り、開拓者四人が村の入口へ向かった直後のこと。 警鐘を鳴らして集合の合図をかけられた村人たちは、慌てて集会所へと集まってきた。 しかしその後半、悲鳴が混じり始めたことを聞きつけ、残った開拓者たちが外に出る。 そこには、静かに佇む黒マントの姿。 村人たちは黒マントを迂回し、集会所へと向かうが、黒マントはそれらを尽くスルーしている。 「黒マント‥‥!? じゃあ、村の入口に現れたというのは‥‥」 「えっと‥‥陽動、でしょうか。しかし、私たちは元々二手に分かれる予定でしたが‥‥」 「‥‥いいえ。『二手に分かれた』と『二手に分かれさせられた』のでは大きな違いがありますわ」 イリスが前衛に立ち、ノエル、ジークリンデ、斎がサポートと術攻撃に回るフォーメーション。 レイピアを突きつけられているにも関わらず、黒マントは無言のままノーリアクションだ。 実際、本当は最初から村人を集会所に集めてから分かれるつもりだったのだ。まだ全員が集まっていないこの状況は充分すぎるほど誤算と言える。 こうなれば破れかぶれでもやるべき事はやらねばならない。 兎にも角にも‥‥ 「‥‥反応あり。間違いありません、それはアヤカシです」 斎の瘴索結界により、事実が確定される。 黒マントの正体はアヤカシ。では、そのアヤカシが目撃された後に行方不明者が出るのは‥‥? 答えは言うまでもなく明快。そして、言うまでもなく不快。 「‥‥食べた‥‥というわけですのね」 「っ! じ、じゃあうろついてるのは、やっぱり獲物を見定めてるってことですか‥‥!?」 黒マントはイリスの言葉を肯定するかのように、一歩進んだ。 その背後から一組の親子が走ってくる。 ぞくり、と開拓者たちの背中に冷たいものが走った瞬間‥‥大きくバックジャンプして親子の目の前に着地した黒マントは、ゆっくりと振り返った。 短い悲鳴を上げる親子。漆黒の衣が翻ろうとした、その時。 「やらせません」 ジークリンデのサンダーが奔り、黒マントを直撃した。 流石に不意の魔法は堪えたのか、親子への魔の手を退かせることに成功。 怯んだところをイリスが斬り込むが、流石に一旦距離を取られてしまう。 それでいい。まずは親子の安全を確保するのが優先だ。 「えっと‥‥こちらへ。集会所まで走ってください」 ノエルに促され、親子は懸命に走り去る。 初めて慌てたような素振りを見せる黒マントは、親子を追おうか一瞬考え‥‥思いとどまった。 先程の開拓者の反応の速さを思い出し、無視したり強行突破するには厳しいと判断したのだろう。 だん、と悔しそうに地面を蹴り、開拓者へと意識を集中したようだ。 「知恵が回りすぎますね。アヤカシには違いないんですけれども」 「‥‥ですね。形を考慮すれば‥‥えっと‥‥」 微笑んだままの斎に対し、ノエルの表情は厳しい。 本当はすぐに気づくべきだったのだ。いや、むしろ知力の高いメンバーが多いこちらの班の面々は、最初から気付いていたのかも知れない。 今までのアヤカシは、獣や虫、幽霊といった、見た目にも化物チックなものが大半だった。 しかし、可能性は充分すぎるほどあったのだ。そう‥‥『人型の、コンタクトを取れるアヤカシ』の出現は、時間の問題だったのかもしれない。 「そろそろフードをとっていただけませんか? 今更正体を隠しても仕方がないと思いますが」 斎の言葉に黒マントはしばし沈黙したが、不意に手を伸ばしフードに手をかけた。 袖のある服。細く白い手は、女性のものだろうか。 その正体は‥‥! 「ぷは〜、まぁ、バレちゃしょうがないよねぇ。ボクは暑っ苦しいから嫌いなんだけど、みんながやれって言うし、被ってる間は喋っちゃ駄目だって言うし‥‥」 開拓者たちには、一瞬で様々な想いが去来する。 フードの下からは、右側が少し長いショートボブの、あどけない少女の顔が出てきたからである。 それは、人間と全く変わらない容姿で、声で、にこやかに笑ってみせたのだ。 感情を持ち、喋る人型のアヤカシ。それが持つ意味は極めて重い。 「みんな? ということは、村の入口に現れたという黒マント様を含めて、更にお仲間がいらっしゃるということですね」 「そーだよー。正確な数は教えてあーげない♪」 面白そうに笑う少女。いや、人間でないのだから少女型のアヤカシか。 「冗談じゃありません‥‥狩りのつもりですか!?」 「つもりじゃなくて、狩りだよ? どうせ食べるなら美味しそうなの選んだり、仲間内でわいわい楽しくゲーム感覚で食べた方が楽しいじゃん。あんたたち人間は違うの?」 「否定はしませんが、やられる側に回ると困るものなんですよ」 「勝手だなぁ。何にせよ、ターゲットを逃がされちゃったお礼はしないとね」 ずい、と一歩歩み出るアヤカシ。 その能力は不明。アヤカシだけにどんな特殊能力を持っているか分からないのも不気味だ。 相手は人間の姿をしていてもアヤカシであるということを念頭に置き、常識にとらわれない戦い方が求められてくる‥‥! 「というわけでシエル、ボクは獲物を追う努力してみる。もう帰ってもいいよ」 その呟きに疑問を持つより先に、アヤカシは突っ込んでくる。 「参ります!」 前衛であるイリスが当然のように迎え撃ち、白刃が閃く。 しかしそれを掻い潜ったアヤカシは、更に加速してジークリンデに突撃を仕掛ける。 どういうつもりなのだろう。ジークリンデの魔法の方が明らかに速いのに。 誰もがそう思っていたとき、不意にアヤカシの手にロングスピアが出現する! 「っ!? 電撃よ!」 「そぉーれぇい!」 力一杯投げつけられた槍は、ジークリンデの腹部を半ばまで貫いて止まった。 瘴気を集中させて作った槍とでもいうのか。相手が手ぶらだと思って油断に繋がったようだ。 一方、魔法の直撃を受けたはずのアヤカシは‥‥ 「にゃはは、ごめんねぇ。このマント、一定回数魔法を軽減するんだよね。伊達に着てないんだ♪」 「うぐ‥‥なんて、デタラメな‥‥!」 瘴気となって拡散し、槍は消えた。それが傷口を開ける結果にもなったが、斎が緊急治療したので大事には至らない。 「えっと、なら何度も撃ちこめば‥‥」 「げ」 ノエルが斬撃符を撃ち込むと、マントが消失しスカート姿の少女の姿がハッキリと晒された。 「ちぇっ、魔法使い多いねぇ。他の連中も来るだろうし、また今度にしよっと!」 努力はするが決意は無かったのか‥‥機を見るに敏と見るか。 他に仲間がいても困る。四人は、村人の安全を最優先としたのであった――― |