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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 生存本能が最優先となり、作成者の命令すら聞かなくなったアヤカシ兵器、獣骨髑髏。 パーツ状に分かたれた自らの体を求め、石鏡の空を駆け巡るこのアヤカシに、開拓者はもちろん石鏡上層部も頭を悩ませていた。 しつこいくらいに生き延びる獣骨髑髏。前回は頭部さえ失いながらも、一縷の望みにかけて逃走した。 今残るパーツは、胴体、腰+尻尾、右足のみ。人間で想像すると恐ろしく怖い状態である。 「これで、核となるパーツは胴体ということになるのかしら。でも、様子から考えるとそれも怪しくなってきたわね‥‥」 「普通なら完全に死に体ですからね‥‥。まぁ、宝珠に近づけさえすればパーツを回収できるという可能性があるから出来る芸当なんでしょうけど‥‥」 開拓者ギルドでは、依頼の担当者である西沢 一葉と十七夜 亜理紗が次の依頼書をまとめていた。 様々な報告書を作成してきた身として、現状の獣骨髑髏のような体構成で生き延びている例は聞いたことがない。 どこから人間を喰らうのか、アヤカシとしての存在意義も危ぶまれるような頭部欠損。生き汚いというべきか何と言うか。 「開拓者の皆さんがここまで追い込んでくださったので、石鏡の上層部もパーツを回収されるような失態を演じないよう警戒を強化しています。あとは倒しきるだけ‥‥だと思いたいです」 「流石にもうどうしようもないでしょ? 頭が無くなったら無刃も撃てないし吸血攻撃も無理、両腕がないから自慢のパワーも発揮できない。警戒すべきは尻尾と右足だけ。当初から考えると戦力大幅ダウン。ホント、開拓者さんたちはよくやってくれたと思うわよ」 「同感ですが、追い詰められたネズミは猫を噛むこともありますよ」 「相手はネズミじゃなくて猛獣でしょ‥‥?」 「なら余計にです。油断せず倒して欲しいですね」 謎の陰陽師に作成されたと言われるアヤカシ兵器、獣骨髑髏。本来は式として活用される予定だったらしい。 しかし、獣骨髑髏はあまりにイキモノ過ぎた。骨だけの身でありながら、五体満足で生きていたいという望みだけが肥大し、術者の命令を聞かなくなってしまったのだ。 それは罪だろうか? 答えはおそらくNO。勝手に作られただけで、それは命として当然の本能。 惜しむらくは、彼がアヤカシ兵器であったこと。人を糧として生きること。それは到底看過できるものではない。 「思えば悲しい存在ですよね。幽志ほどではないですけど、同情はします」 「同情するけど、共存はできない。まぁ、アヤカシ関連の基本ね。憎むべきは作成者の陰陽師だわ」 「そういえばその陰陽師、まだ生きているんでしょうか。十年ほど前に何歳だったか知りませんけど、今もまだ研究してたりして‥‥」 「怖いこと言わないでよ。幽志だの獣骨髑髏だの、あんなのがまだあるとか言われたら流石に嫌よ‥‥」 今回、獣骨髑髏はとある森の奥に息を潜めていることが判明している。 龍を使わなければ空を飛ばれたときにあっさり逃げられるだろうが、木々が邪魔をして森の中では龍の動きは大きく制限される。 厄介な場所に隠れてはいるが、周辺への被害を気にしなくていいのはありがたい。あとはおびき出せればというところだが‥‥。 「流石に今回は安々とは出てきてくれないかも知れませんね。もう後がないわけですし」 「切望する命への欲求。なんとか断ち切らせてもらいましょう」 長く天儀の上空にあった脅威のアヤカシ。その最後は、もう近い―――? |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
龍馬・ロスチャイルド(ib0039)
28歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
メイユ(ib0232)
26歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●泣く空 六月の空は、今日も黒い雲から雨を降り注がせていた。 葉を叩く雨の音は比較的激しい。森の中は鬱蒼と茂る木々と葉で大分軽減されるが、上空で龍を駆る面々には容赦なく叩きつけられる。 「うー、雨に濡らさないように気を付けないといけないのだ。姫鶴、急な移動はやめてね」 叢雲 怜(ib5488)が持つ銃は雨に濡れると撃てなくなる可能性がある。雨除でコートでかばうなどカバーしてはいるが、あくまで応急処置である。 朋友の姫鶴に急制動をかけないよう指示をする。砲術士には辛い時期だ。 「怜君、大丈夫? なんなら僕とガイロンで傘代わりになるけど」 「だいじょーぶなのだ。大事な戦いだし、迷惑はかけられないのだぜ!」 真亡・雫(ia0432)が心配して甲龍の背中から声をかけるが、叢雲はそれを遠慮した。 確かに傘代わりになってもらえればそれに越したことはないが、それは開拓者として何とも情けないものがある。 そうでなくとも、敵を待ち構えるのに重なって飛ぶのは非効率だ。いざという時に逃しましたでは話にならない。 「ま、好きにさせろよ。俺としては本番でしくじらなけりゃ問題ないさ」 「あいかわらずさらっときついなぁ、おっちゃん」 「誰がおっちゃんか」 オラース・カノーヴァ(ib0141)も朋友であるリンブドルムに騎乗しつつ空の警戒に当たっている。なお、帝釈、篝という龍と、花月という迅鷹を仮に預かって指示しているのも彼だ。 以上、三名と二匹が空中班である。 ちなみにオラースはまだ26歳。髭を蓄えているので年上に見られがちだ。 「見えたぞ、あの大木の付近らしい。リンブドルム、近づきすぎるなよ」 三人の視線の先に、一際高くそびえる一本の木があった。 樹齢何年なのだろう? その幹は太く大きく、人が何十人も手をつないでやっと囲める程度らしい。 その幹の下の空洞に獣骨髑髏が隠れているらしい。雨宿りにはもってこいだろうが、大木のせいで返って目立っていることに獣骨髑髏は気づいていない。 「リンブドルム? リンドブルムだろー?」 「いんや、リンブドルム。いいだろう、どんな名前をつけようが」 「まぁ、そうなんですけれども‥‥由来をお聞きしても?」 「断る。その点おまえさんのガイロンは分かりやすいな。鎧の龍でガイロンか?」 「御想像にお任せします」 雨に打たれ続けながら気を張っていると、軽口の一つも叩きたくなるものだ。 精神的な負担を軽減するためにも三人はそれを惜しまない。少しくらいの音なら雨がかき消してしまうだろうから。 と、その時。帝釈と篝が不意に吠え、大木の方を睨みつつ唸る。 そこには、雨にかき消されそうになりながらもしっかりと空に上る狼煙銃の煙! 奴が来る!? そう直感した三人は、預かった朋友たちと共に前進した――― ●森に抱かれて 時は少し遡り、地上を進むメンバーに視点を移す。 葉を叩く雨音にうんざりしつつ、四人と一体が森を進む。目撃情報があった大木までは、まだ少しある。 「あぁ、帝釈は大丈夫かなぁ。きちんと言う事を聞いてるといいんですけど」 「私も篝が心配です。いくらなんでも敵が見えない・攻撃しにくい状況では無理やり突撃はかけないでしょうが‥‥」 井伊 貴政(ia0213)と志藤 久遠(ia0597)は、オラースに朋友を預けた二人。 気性が荒いことが多い炎龍だけに、主の手を離れてきちんとやれているか心配なのだろう。今回、獣骨髑髏を逃さないことが重要なのだ。無闇に警戒させて逃しましたでは困るのはみんな一緒だ。 「タロックスに反応はなし‥‥やはり木の密度が高すぎますね。上空からの索敵は無理でしょうか」 「でふねー。ただでさえ(もぐもぐ)雨で視界が悪いでしょうし(ごっくん)。あーあ、それにしても傘を手放す時が憂鬱だなぁ」 『傘を、ではなく芋羊羹を、の間違いでは‥‥?』 メイユ(ib0232)は朋友を空中班と別行動の上、自分の真上を飛ばせている。 地上班用の空の目として考えていたのだが、季節柄と場所柄、天候も相まって効果は薄い。 緊張感のないトーンで木々を見上げたのは水鏡 絵梨乃(ia0191)。しっかり傘を用意してきた彼女は、左手に傘、右手に芋羊羹を持って食べている。 くぐもった声でツッコミを入れたのは龍馬・ロスチャイルド(ib0039)。ロートシルトというアーマーに乗っているからなのだが、よく仲間のことを見ているものである。 「当然ですよ! 雨に濡れた羊羹じゃ美味しさが下がります。自分が濡れても羊羹は濡らしません!」 「え、じゃあいざとなったらその傘はどうするので?」 「勿論、羊羹を保護するために置いておくよ」 「せ、戦闘中にも食べようとしないのはありがたいですが、それも如何なものかと‥‥」 「ボク、芋羊羹がないと死んじゃうんです。返り血とかで羊羹が穢れるのは嫌だから戦闘中は我慢しますけど、戦闘が終わったらすぐ食べたいくらいなんです。分かってください、この乙女心!」 「病気ですか」 井伊の質問に即答した水鏡。その執着心におそれを抱く志藤に対し、カワイコぶりっ子しつつ熱弁を振るう。 冷静なメイユのツッコミがすべてを物語っているが、取り上げたら取り上げたで面倒なことになりそうなので一同はあえて好きにさせておく。 彼女は獣骨髑髏関連の依頼は初めてなので緊張感が薄いのかも知れない。しかし、彼女のおかげで空気が和んだのもまた事実であろう。 『それにしてもよく降りますね。気配や音を消してくれるので気兼ねなくロートシルトで歩けます』 「‥‥これは、獣骨髑髏の涙なのでしょうか。生きたいという願い‥‥叶えられるなら叶えてやりたいですが‥‥」 「おぉ、ろまんちっくですね。確か雫さんも同じようなこと言ってましたね?」 「そ、そうでしたか? ‥‥と、あれが件の樹ですか」 うっすらと笑う水鏡に慌てていた志藤だったが、目的地が近づいたことですぅっと戦士の顔になる。 巨大な幹。大きく広がる枝には無数の葉。そして、根元に大きく開いた空洞。 昼でも暗い雨の森。巫女でもいれば一発なのだが、心眼では他の生物との誤認がある。上空の真亡もそれで苦労しているようだ。 とりあえず近づいてみるしかあるまい。水鏡が宣言通り傘で芋羊羹を保護したのを見届けてから、一行は森を進む。 息を殺してはいるが、相手はあの獣骨髑髏。しかも敵に過敏になっているので用心は怠れない。 一歩、また一歩と進む地上班。やがて幹の中に、巨大な骨がうずくまっていることを確認した。 「動きませんね? いや、呼吸してないんで不思議じゃないんですけども」 「‥‥罠、でしょうか? しかし近づかせるリスクのほうが高いはず‥‥」 井伊の言葉にメイユが思案していた、その時。 「っ!? 龍馬殿、伏せて!」 『はい? うわっ!?』 志藤の忠告も虚しく、ずがしゃっ、という衝撃音と共にロートシルトが弾き飛ばされる。 そこには、ふわふわと浮かぶ獣骨髑髏の右足が‥‥! 「予め切り離しておいたって!? 上等っ!」 「駄目です、我々は胴体のところへ! 本体へ近づけたくないという証拠です!」 「ちぇっ、了解!」 メイユに諭され、水鏡も踵を返す。 ここで右足に意識を集中して本体に逃げられては結局同じだ。四人と一体は後ろに注意しつつ、全速力で大木へ! すると目前に獣骨髑髏の腰と尻尾が現れ、行く手を塞ぐ! 「完全に勘づかれてますよねぇ、これ!?」 『くっ、腰部分の相手はお任せを! みなさん、胴体を!』 龍馬がアーマーで腰部分に組み付き、動きを止める。その隙に横を走り抜ける四人。 背後から右足が襲ってくるが、井伊が大剣をぶつけ阻止した! 「右足は僕が! 本体はお願いしますねぇ!」 腰も右足も足止めされたことを悟った胴体は、木の下から這い出ようとする。 危険だと判断したのだろう。このままではいつものような猛スピードで上空へと逃げてしまう! 「メイユ殿、あれを!」 「任せてくださいまし」 志藤に言われ、メイユはギルドを出発する際に亜理紗に持たされた狼煙銃を取り出す。 なるべく枝や葉の薄いところを狙い、放つ。なんとか無事に上空へ煙が上がった。 その間も志藤と水鏡は胴体のところへ。地上で倒せるならそれが一番だからだ。 「ボクが瞬脚で‥‥!」 「いけません! 手負いの獣、とくにヤツに一人で近づいては!」 志藤の言うことはもっともだ。獣骨髑髏はどんな手を隠し持っているか分からない。 しかし‥‥! 「駄目だ、届かない! 逃げられる!」 「くっ‥‥! 篝、雫殿‥‥どうか捉えてください‥‥!」 穴を抜けだした胴体部分は、音もなく急上昇をかける。 途中枝に引っかかって軌道を変えたりもしたが、少なくとも地をゆく面々では手出しができない。 今は、空中班が狼煙に気付いてすぐに急行できる位置に居たことを祈るしか無い――― ●生か死か 狼煙を発見した空中班は、全速力でそちらへ向かう。 しかし土砂降りの中、あと少しというところで葉の海から獣骨髑髏の胴体が姿を現した。 あと少し届かない! 逃げられる! オラース、真亡、叢雲が歯噛みをした瞬間、彼らの横を猛スピードでカッ飛んでいく物体があった。 それは駿龍の倍ほどもありそうなスピードであり、さらに上昇しようとしていた獣骨髑髏の右の肋骨にクロウを仕掛ける! 獣骨髑髏にとっても完全な不意打ちだったのだろう。なりは小さいはずの相手に、大きく弾き飛ばされた! 「あれは‥‥水鏡さんの花月!? なんて速さ‥‥!」 「感心してる場合か!」 「狙い撃つのだぜ!」 続けざまにアークブラストを放つオラース。そして、雨を気にしつつ銃弾を放つ叢雲。 それらは獣骨髑髏に直撃するが、向こうも必死になって逃げようとする。 が、遅い。一度体勢を崩してしまった現状では、急上昇ができるほど開拓者とその朋友は甘くない。 上から篝と帝釈が強襲し、胴体部分に噛み付く。流石に二体もの龍に組み付かれてはそう簡単には逃げ出せない。 しかし、胴体の肋骨が急に伸びたかと思うと、その鋭い先端を篝と帝釈に突き刺した!? 「げろ。もしかしてあれ、吸血攻撃なのか!?」 「口がなくてもできるのか。バケモノめ‥‥」 急速に力が抜けていく二匹の龍たち。しかし、それでも彼らなりに今度こそ逃がすまいと必死なのである。 水鏡が一人で突っ込まなくてよかったと知るのは、もう少し後の話だ。 そこに‥‥! 「もういいよ、君たち。あとは僕とガイロンがやる!」 腰骨一歩手前の背骨部分に、ガイロンが噛み付く。 真亡の言葉を受け、篝と帝釈は一旦獣骨髑髏から離れた。 「いくよ、ガイロン! ヤツを地上に叩きつけるんだ!」 急降下していく真亡、ガイロン、獣骨髑髏。枝や葉を無視し、ひたすら地上を目指す。 葉の海に飛び込み、貫いた先には‥‥腰や右足と奮闘する仲間たちの姿! 「雫殿!」 「やった! 捕まえたんだね!」 花月のスピード。オラースと叢雲の援護射撃。そして龍二匹の意地。それらのサポートを経て、真亡とガイロンが胴体部分を地上に叩きつけることに成功した。 もう疑うべくもない。あれだけ必死に逃げようとする胴体こそが、ヤツの司令塔! 胴体部分は諦めない。まだ逃げるべく足掻くが‥‥! 「皆様が作りだしたこの好機、逃さず決着をつけませんと!」 「花月、頑張ってくれたみたいだね。じゃあもう一仕事頼もうかな!」 戦場を考慮し、槍を突撃用と割り切り疾駆する志藤。 朋友と合流し、同化スキルを使用する水鏡。 胴体は逃げようとする。しかし、ガイロンがそれを許さない! 五月雨による二回攻撃と、煌きの翼+絶破昇竜脚による渾身の一撃。それらは見事獣骨髑髏にヒットし、肋骨二本と首の骨を叩き割る。 衝撃で地面を転がる胴体。慌てて腰と右足を援護に呼び戻そうとするが‥‥!? 「柳生無明剣。味わっていただけましたか?」 『迫撃突で決まりです! 尻尾は鉄鎖腕砲で押さえさせていただきました!』 井伊や龍馬相手に深追いさせすぎた。胴体の上昇と共にこれらの部位も逃せばよかったものを、慎重になりすぎて殿として交戦させすぎたのだ。 結果、右足も腰+尻尾も消滅、宝珠に還った。もう胴体部分しか残ってはいない。 それぞれが意思を持っていたなら話は違うが、これがパーツ分離の限界である。 ふわりと空中に浮かぼうとした胴体。しかし斜め後方から飛んできた何かがぶつかった瞬間、大爆発を起こしまた地面を激しく擦る。 「よっし、当たったのだぜ! ‥‥でも、今ので限界かなぁ。火薬が‥‥」 「充分だろ。後はこちらも追撃だ」 「お手伝いいたします」 先程のは叢雲のシュトゥルモヴィークか。ゆっくりと木々の間を降りてきた空中班二人の攻撃に呼応し、メイユもまたブリザーストームを叩きつける。 木に何度も激突し、骨が砕け、満身創痍の胴体。肋骨ももう五本は折れている。核となるものがどこにあるか知らないが、それでもまだ動き、地面を這いずることすらしてこの場を逃げようと移動する。 死にたくない。生きたい。五体満足で生きていたい。顔はおろか表情すら無い骨だけの存在がそう主張していると、誰もが疑わなかった。 ずりずりと這いずる胴体部分。いっそ開拓者のほうが悪者のような気分になってしまう。 『今回は騙されませんよ。可哀想ではありますが、確実に破壊します』 その眼前に、龍馬の乗るロートシルトが立ちふさがった。 手にした巨大な剣を振りかざし、背骨に叩きつける! 背骨は随分頑丈なのか、衝撃で肋骨のほうが先に折れてしまった。それでもなお、獣骨髑髏は前進を止めない。 逃げる。逃げる。生きる。生きる。その惨状からは、かつて天儀の空に在って恐れられていた強大なアヤカシの片鱗は欠片も伺えなかった。 流石に龍馬も躊躇が入り、思わず顔をしかめて追撃しようか悩んでしまう。 かつてあれだけ苦戦させられた相手だというのに‥‥何故かいたたまれない気分になるのだ。 と、そこに。 「‥‥本当は、この白刃を叩きつけようと思っていたけれど」 ガイロンから降り、命綱を解いた真亡がゆっくりと獣骨髑髏に近づく。人の歩行スピードからも逃げられないくらい、獣骨髑髏は弱っていた。 彼は愛刀を鞘に収めると、手頃な場所まで降りていた背骨に優しく触れる。 「その飽くなき望み‥‥浄化してあげる。もう、おやすみ?」 白梅香。瘴気を浄化するこの技なら、痛い思いをさせないかもしれない。 世界の誰からも望まれなかった命。創造主からも捨てられ、噂に聞くセブンアームズのように仲間もいない。真の意味で孤独な、空の王者。 もう終わらせよう。孤独な旅はここまででいいじゃないか。他の開拓者たちも、真亡の挙動をあえて見守る。 「‥‥さよなら。いつか‥‥別の命に生まれ変われたら、今度は思う存分、精一杯生きなよ‥‥?」 真亡の右手に白梅香の光が灯る。雨の匂いをかき消すように、辺りに梅の香りが広がった。 獣骨髑髏は動かない。もう動けないのか、あえて動かないのかは分からないが‥‥ゆっくりと浄化されていく。 その全てが浄化され、消滅しきった時‥‥一行はいつの間にか雨が止んでいることに気づく。 そして枝葉の間から陽の光が挿し込み、草や葉を輝かせていた。 後に判明することであるが、獣骨髑髏が浄化されたのとほぼ同時刻、全ての宝珠が同時に色を失い、砕け散ったという。 瘴気が噴出したという記録はない。本体と同時に各パーツを形作っていた瘴気も霧散したようだ。これを以て、獣骨髑髏との戦いは完全に終わったことになる。 「‥‥死んでいい命はありませんが、死ぬべき命はあります。彼にはこれが救いになりますよ」 「悲しいね‥‥。芋羊羹、一つお供えしてあげようかな?」 井伊と水鏡の言葉に、すっとメイユが前に出て手を組み、祈る。 それは陽の光に照らされ、神々しくすらあったという。 「作られし異形。哀れなる存在。それでも、いえ、それだからこそ神の御許に送らねばなりません。‥‥願わくば‥‥」 願わくば、次に生まれるときは祝福される命にならんことを。 それが、獣骨髑髏に贈る強敵(とも)たちの手向けであった――― |