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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「さて今回の依頼は、星座とは関係ない普通のアヤカシ相手です。……いや、普通といえるかはちょっと微妙かもしれませんが」 ある日の開拓者ギルド。 職員である鷲尾 亜理紗は、今日も今日とて依頼の紹介。ただ、最近かかりきりなっている星座関連の依頼ではない。 今回問題とされているアヤカシは、石鏡南部の森に出現した豹のような外見のアヤカシである。 豹のようなとは言うが、体型的には人間に近い二足歩行。人語も介し、頭もかなり良い。 「このアヤカシが特殊と言われるのは、そのスピードです。なんと音速の二倍の速度で移動することが可能とかで、彼に攻撃を当てた者は未だ存在しません。必中魔法すらぶっちぎってしまうその速さの前には、動きが見えないことすらよくあるとか。口癖は『登場! 逃亡! 何れも神速!』だそうです」 ただ、その馬鹿げたスピードに全ステータスを振り分けた結果、攻撃能力はほぼ皆無。当てることさえできれば一般人での攻撃でも即死亡とさえ言われる低耐久低防御。故に、開拓者たちを翻弄しイライラさせることで負の感情を還元するタイプとなる。 とはいえ、常にマッハ5で移動しているわけでもない。普段はてくてく歩きながら墓場のお供え物を食べたり子供から飴を取り上げてみたり風呂を覗いてみたりなど町にも顔を出すという。だからこそ迷惑なのだが。 「この超スピードのアヤカシに一発ガツンと焼きを入れて倒し、周辺の町に平穏を取り戻していただきたいというのが今回の依頼です。とにかく動きが速い、必中魔法すら信用に足りないということを念頭に入れてがんばってくださいね」 通常の手段では攻撃を当てることすら困難な相手。 試されるのは知恵か、腕か、それともチームワークか――― |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
各務 英流(ib6372)
20歳・女・シ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
サエ サフラワーユ(ib9923)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●REC で き ま せ ん。 件のアヤカシが出没するという地域にはちょっとした町が存在する。開拓者たちはそこを戦場に選び、あれこれ準備を進めていた。 だだっ広い平野ではマッハ5のスピードを最大限に活用されてしまうし、逃亡も自由自在だ。情報によると相手は壁に激突しただけで死んでしまうくらい脆いとのことで、遮蔽物の多い町を選んだのはベストであっただろう。 それだけでなく、開拓者たちは例のアヤカシの習性や行動パターンを鑑み、罠を張ったのだった。それが…… 『あら、やっぱりお肌がピチピチですわね。この絹のような滑らかさ……羨ましいですわぁ』 『ひゃぁっ!? も、もう、勝手に触らないでよ〜! ボクの方こそ、そのプロポーション羨ましいよ』 かぽ〜ん、という効果音を響かせ、町の風呂屋でキャッキャウフフしているのは各務 英流(ib6372)と神座亜紀(ib6736)の二人である。 彼女らは別に呑気しているわけではなく、風呂を覗いたりすることのある例のアヤカシをおびき寄せるために一般人のふりをしているのだ。 素肌を晒しつつも警戒は怠っていない。そんな中、窓の外に何者かの気配が! 「(来た……!?)」 「(のようですわね。人の気配ではありませんわ)」 一応仲間たちも近くにいるが、当然二人の入浴を覗く訳にはいかない。付近の住民も念のため避難させてあるので確率は低い。そうなるとドンピシャで本命を釣れたと思うのが自然だろう。 各務と神座は小声で話しつつ、気づかないふりをして入浴を続ける。 一方、外では…… 「……なんだよあの二人、全然こっちに気づかないじゃないか。覗きを見つけて『いや〜ん、覗きよぉ〜!』『うそ〜、やだ〜、信じらんな〜い!』っていう怒りと羞恥による負の感情を還元するのが楽しいのに! あー、どうしよっかなー……自分から覗きでーすって宣言するのもバカバカしいしな……でも人間の裸なんて興味ないしな……うーん……」 件の豹頭のアヤカシはあくまでこっそりと女湯を覗きつつぼやく。 攻撃能力が乏しいので力づくで負の感情の還元ができない彼は、セコい手でしかそれを成し遂げられない。供え物を食べたりするのは単純に美味い物を食べた気になれるからとのことだが、特化しすぎた能力は彼自身も持て余している様子。 そんなアヤカシを死角から観察しているのは三笠 三四郎(ia0163)と鷲尾天斗(ia0371)である。 「(ガッデム! 12歳を覗くとはとんでもない奴だ! ……の割に何だあいつ? 覗きながら首捻ってやがんぞ?)」 「(というより、自分の存在に気づいて欲しい感じですね。はてさて……近づこうにも神速で逃げられては意味がありませんからねぇ……)」 風呂を覗いているアヤカシを野郎二人が更に覗くという不思議な状況だが、追い込んでいることに違いはない。ただ、どちらもどう動けばいいか思案して膠着状態なだけである。 と、そんな時だ。女湯の中で、神座がこんなことを言い出した。 「ねぇ各務さん、そろそろ出る? ボク、お腹すいちゃった」 「そうですわね……温泉饅頭なんて良いかもしれませんわね。確かこのお風呂屋さんの物置にもたくさんあると聞きましたわ」 それは神座がとっさに考えた作戦。 本来は風呂から上がった各務が色仕掛けでアヤカシを物置まで誘導するはずだったのだが、どうも裸を覗くことが主目的ではなさそうだと判断し色気より食い気にシフトするようだ。 実際、その物置には三笠が運び込んだ饅頭が積まれている。鼻を鳴らし饅頭の臭いを嗅ぎとったアヤカシは、そろりそろりと物置へと向かう。 食い意地の悪さは素なので、覗きよりもよほど嬉しそうにその場所へ。 引き戸を開け中に侵入し、山と積まれた饅頭の箱に手を伸ばし――― 「……はて?」 箱に触れる直前、アヤカシは手を止め周囲を見回す。 物置内は綺麗さっぱりと片付けられ、饅頭の箱以外は何もない。そう、何もないのだ。 風呂屋の物置なのだから桶とか掃除用具とかあって然るべきなのにそれがない。しかもやたら綺麗にされている。そしてこれみよがしに設置された饅頭の箱……それが導き出す答えは! その時、背後で音がし引き戸に重なるように上から別の戸が降ってきた。 同時に何者かによって撒かれたと思われる撒菱を入口付近に確認。つまり……罠! 次の瞬間、物置から烈風が吹き出す。三笠と鷲尾が思わず腕で顔を庇うのと、戸が落ち物置が封鎖されたのはほぼ同時であった。 烈風が収まった後、風呂屋の裏庭には例のアヤカシが肩で息をしながら立っていた……! 「あ、危ないところだった……床まで滑るように磨きやがって、しかも撒菱とかシャレにならないっての!」 「あ、あの状況から脱出したのですか!?」 「まさに神速ってか……オィ!? マッパじゃネェぞ! どー言う事だァ!!」 「誰がまっ裸だ!」 鷲尾のボケにツッコみつつ、アヤカシは余裕を取り戻していく。閉鎖空間に放り込まれてしまったら流石にマズイが、建物の外に出てしまえばどうとでもなると踏んだのだろう。 「まぁいい……一応名乗っておこう。登場! 逃亡! 何れも神速! 神速アヤカシ〜〜〜マッタァ!」 「神速なのに『待った』……?」 「そこはツッコむなよ! まぁいいや、罠と分かってて長居は無用。悪いけどドロンさせてもらうぜ!」 「ドロンは古いんじゃねェか……?」 「五月蝿いよ!」 いちいちポーズを決めるアヤカシに呆れ顔の三笠と鷲尾。しかしアヤカシの方はツッコミを入れると不敵な笑みを漏らし、烈風を伴って裏庭から逃げ――― 「どぉぉぉ!? あ、危ねぇ! なんだよこの鉄の壁!? さっきまでこんなんなかったろ!?」 「ふっふっふー、残念だったね。逃げ道はボクが塞いでおいたよ」 「あのっ、こ、こっちも封鎖、終わりましたっ!」 杖を手に、着崩した浴衣で現れた神座。その反対側の角からはサエ サフラワーユ(ib9923)がおろおろしながら姿を現す。 そう、開拓者たちは二重に罠を張っていたのだ。例え物置に閉じ込めることができなくとも、アイアンウォールなどで封鎖し裏庭から出ることをできなくさせればそれは閉鎖空間にいるのと大差ない。 問題はアヤカシに風呂屋の壁を軽々と越えていける跳躍力があると御破算になるという点だが、相手のリアクションを見るにジャンプは苦手そうである。 「ふ……やられたよ。相当頭が切れる奴がいるな。そう、お前たちが凄かったんだ。俺に隙はなかった(キリッ)」 「隙しかありませんでしたわよ……?」 神座同様、慌てて外に出てきたせいか着物を着崩した各務もそこにいる。 五人の開拓者に狭い裏庭で囲まれたアヤカシ。しかしその表情は覚悟を決めたというような感じではない。 「他の三人にも名乗っておこう! 登場! 逃亡! 何れも神速! 神速アヤカシ〜〜〜マッタァ!」 「それいちいちやらないとダメなのかな……」 「挨拶だからな(キリッ)」 神座にツッコミを貰ったマッタであったが、背後から襲ってきた鷲尾や三笠の攻撃を余裕で回避してみせる。 い、いや、回避したというよりは全く理解を超えていたのだが……起こったことをありのままに記すぜ! 二人は『攻撃がヒットしたと思ったら地面を叩いていた』。 な、何を書いてるのか分からねーと思うが二人にも何が起きたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった……。 催眠術とか超スピードとかそういうチャチなもんではあるが、恐ろしい物の片鱗を味わったようだ。 しかも少し遅れてやってくる衝撃波で身体がふっ飛ばされそうになる。狭いので全速力は出していないのだろうが、それでこの有様。マッハ5ならすれ違っただけで即死かもしれない。 「チッ、埒が明かねェ。こうなりゃ本邦初だぜェ! 12歳を覗いたンだからもうこの世に未練は無ェだろォ!!」 鷲尾が魔槍砲を構え、気を集中させていく。やがて失われたはずの左目に光が宿り、眼帯の上からでも分かるくらい発光している。 ビリビリと空気が震える。恐ろしい一撃が放たれると敵味方全てが直感した、その時である。 「あ、あのあのっ! 待ってくださいっ!」 鷲尾を静止したのはサエである。おろおろしながらも鷲尾の袖を引っ張り意思を示す。 「何だァ? どうした」 「そ、そんな大技使ったら、お風呂屋さんがとんでもないことになっちゃうと思うんですっ!」 「そりゃァそうだが……この場合仕方ねェだろ」 「わ、私、ちょっと思いついちゃった? 脳細胞がトップギア、……かも?」 サエの言うことも一理ある。どうせなら風呂屋にも被害がないのが一番なのだから。 彼女の案が失敗してからでも鷲尾の奥義は遅くない。鷲尾は肩を竦めると、高めた気を一旦鎮めるのだった。 「あ、ありがとうございます! 神速アヤカシさん……あのっ! ひとっぱしりつきあってくれたら、うれしいってゆーかっ!」 「いい度胸じゃないか。この俺の速さに対抗できる技があるのかい?」 アヤカシ側は完全に舐めきっている。こんな少女に何ができるものか、俺が遅れをとるワケがないと。 サエは精神を集中し、大龍符を放つ。 巨大な龍の形をした式が大口を開け、狭い裏庭ごと飲み込むかのようにアヤカシを襲う……! 「な……なんじゃこりゃぁぁぁ!?」 見てから回避余裕でしたと言うつもりが、虚を突かれ庭の隅に縮こまるようにして回避するしかなかったマッタ。その大龍符の中を突っ切って各務の長斧、鷲尾の砲撃、三笠のギャラルホルンによる攻撃が飛んできていることを察知するまでが遅すぎた。 顔を上げる間もなく三者の攻撃がヒットし、マッタは余韻も残さず神速で消滅したのであった。 「やれやれ、なんとかなりましたか。無事に終わって何よりです」 微笑む三笠に全員が頷く。 三笠が作戦を立案し、 各務が囮を努め、 神座が囮兼退路を塞ぎ、 サエがハッタリでビビらせ、 鷲尾たちがトドメ。実に良い流れだったのではないだろうか。 「……あれ? 俺ってば見せ場取られてねェ?」 「ささ、戯言を言う男は放っておいて帰りましょう。折角磨いた玉のお肌、お姉様に見ていただきたいですわ♪」 「亜理紗見ねェから! 見させねェから!」 数々の激戦を潜り抜けてきた彼らにとって、マッハの速度さえも倒せない相手ではなかったようである――― |