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■オープニング本文 「‥‥村長様、至急開拓者ギルドへ連絡を」 「おぉ、これは巫女様。どうなさったのですかな?」 石鏡南部に位置するとある村。ここにも当然のように神社があるわけだが、そこに勤める巫女が不意に村長の下を訪れた。 それ自体はさして珍しいことではないのだが、顔を出すなり開拓者ギルドへと言うのは穏やかではない。 彼女もまた安須神宮から派遣された実力ある巫女だけに、何かの神託を受けたのかも知れない。 「この村の近くに正体不明の存在がやってくるというお告げがありました。何者かは分かりませんが、放置することは危険であるということだけは分かりました」 「まさか、アヤカシですかな!?」 「いいえ‥‥確かにその付近にアヤカシの影は感じますが、やって来るのはアヤカシではありません」 「ふ、ふぅむ‥‥近くにアヤカシがいるのであれば、放っておけばそれらが喰ってしまうのでは‥‥」 「そうなるでしょう。しかし、やって来る何かは場合によっては我ら人間の大きな力にも成り得る‥‥そうお告げがあったのです。神や精霊のお言葉を無下にするわけには参りません」 「む‥‥むむ‥‥」 しばし唸った村長は、巫女の言葉を信じ風信術の機械へと足を向けた。 村に一つしかない風信術の装置。村長自身もこんな緊急的に操作するのは初めてである。 「‥‥おそらく安須神宮でもこのことは感じ取っているはず。しかし、こちらで動かねば間に合わないかも知れませんからね‥‥」 窓から空を見上げた巫女は、流れゆく雲の流れに一抹の不安を覚えたと言う。 豊かな国とは言え、石鏡の地方はまだまだアヤカシの被害が後を絶たない。 戦う力を持たない巫女には、間に合ってくれと祈ることしかできなかったという――― |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●手がかり 「どうだい、何かいたかい?」 「まぁいるっちゃいるが、木の上とか藪の中とかいわゆる野生の動物ばっかさ。つか、何遍も心眼使ってるから疲れた」 「ちょっとちょっと。肝心なときに練力が足りないとかなんてことはナシよ?」 件の林に着いた一行は、早速行動を開始していた。 目だけで辺りを警戒する北條 黯羽(ia0072)たちの中にあって、鷲尾天斗(ia0371) が心眼の技を使い定期的に周辺の気配を探っている。 しかし言葉通り特別な何かと言えそうなものはおらず、ただただ練力の消費にしかなっていない。 井伊 沙貴恵(ia8425)でなくとも先行きを不安に思うのも無理はないというものだろう。 一行は件の村に先に立ち寄り巫女や村長に話を聞いていたのだが、林が思った以上に広いのは大きな誤算であった。 「めぐり合うは 鬼か仏か 木々の奥。‥‥めぐり合うで止めた方が綺麗かな?」 「余裕があるというか何と言うか‥‥。アヤカシが吠えるとか、戦闘の気配があれば楽なんですけれども‥‥」 「もしくは『何か』が叫ぶとかすれば話は早いかもな。これでつまらないものだったら興醒めだ」 さらりと紡がれた一句は、俳沢折々(ia0401)にとっては息を吐くのと同じようなものらしい。それを後で研鑽するのが川柳の作り方というものだろう。 自分の川柳に頭を悩ます俳沢に対し、軽く呆れたように言うコルリス・フェネストラ(ia9657)。 守紗 刄久郎(ia9521)もまた俳沢と同じように『面白そうだから』という理由で参加しただけに、保護を目指す『何か』の正体に期待半分不安半分のようだ。 そんな時、シノビの風鬼(ia5399)が何かに気づいた。 「これは‥‥動物の足跡ですな。狼のものと思われます」 「んー? 一応俺も気付いてはいたけど、今までの道すがらでもちょこちょこ見かけたぞ?」 風鬼がしゃがんで見ていたのは獣の足跡。それを覗き込んだ時任 一真(ia1316)はあちこちに同じものがあったと手をひらひらさせたが、風鬼は更に続けた。 「よく見てください。粘土状の地面と乾いた地面の境目なんですが、この足跡だけ妙に沈んでいますよね。で、乾いた地面の方の足跡には後方に向かってこすれた跡がある」 「へぇ、つまり『踏み込んで 走り出したる 狼や』ってことね」 そう言えば昨日の夜に小雨がぱらついたらしい。まだ乾ききっていない地面があちこちにあったが、確かにここまで深く沈んだ足跡は他に無かった。 「とすれば、方向からしてあっちの方向に獲物を見つけて走り出したか。まずいな、急ぐぞ」 北條の言葉に全員が頷き、一行は足跡の先へと走り出したのだった――― ●その正体 それは訳も分からず走っていた。訳は分からないが、足を止めたらヤバい目に合う。生物としての直感がそう告げていた。 今までも危険な目にはあってきたが、そのどれもがそれには理解出来なかった。いや、言い直すならそれには何もかもが分からない。 今はただ危機を脱するため、悲鳴を上げる足にひたすら鞭を打って走るだけだ。 とはいえ、自分がまっすぐ走ったかどうかは非常に怪しい。ただでさえ見知らぬ土地で、完全に道に迷っている。 まぁそれも喰われてしまえば意味はないことだが。 「あっ!?」 小さい声を上げて、それは木の根に足をひっかけて転んだ。 追いかけてきた狼型のアヤカシ‥‥俗に言う剣狼は、これ幸いとそれに飛びかかった。 「うっ! うぅっ‥‥!」 手で喉元を押さえ、噛み付かれることだけは回避しているが非常にまずい体勢だ。 しかもこの一匹をはね除けたとしても周りには5〜6匹の剣狼がいる。 一斉に飛びかかられたらそれこそ数秒で五体がバラバラにされてしまうことだろう。 もうダメだ。それがそう覚悟を決めた時。 「任せてください!」 そんな声が響き、自分を組み敷いていた剣狼に矢が突き刺さる。 不意のことに驚いた剣狼たちは矢が飛んできた方向と逆に飛びずさり、威嚇の唸り声を上げた。 コルリスの放った即射+瞬速の矢のコンボ。それがすんでのところで命を救ったのだ。 「中々。皆さん方、さっさと追いついてきてくださいよ」 一人疾駆し、剣狼の一匹に斬りかかる風鬼。これが剣狼たちの注意を数秒引き、よいアシストとなる。 他の開拓者たちもすぐに追いつき、それを庇うように隊形を組む。 「これが神託にあった『何か』か‥‥?」 振り返った鷲尾が見下ろした先にいたのは、どう見ても人間の女性であった。 ようやく身を起こした彼女は、不安そうに自分たちを取り囲んだ開拓者たちを見回している。 「あ‥‥の‥‥」 「お前さん、名は何て言う? 俺は鷲尾天斗だ」 「名前‥‥? えっと‥‥多分、十七夜‥‥。十七夜亜理紗(たちまち ありさ)‥‥」 「たちまち‥‥? ありさ‥‥?」 鷲尾は片方しかない目で亜理紗を見つめながら、その名前にどこか聞き覚えがあるような気がした。 名前を『多分』などとつけて名乗るからには、彼女は恐らく記憶がない。 不安そうに視線を逸らす亜理紗に、鷲尾はこう続けた。 「分かった、結婚しよう」 『オィィィッ!?』 「なんでよ!? なんでそういう結論に達するわけ!?」 「‥‥はっはっは、若いなぁ。さっきは面倒だとか言ってなかったかな?」 「痛たたたた! ちょっ、だって可愛いんだもんよ!?」 開拓者一同の総ツッコミをもらう鷲尾。俳沢と時任が鷲尾の頭を拳でぐりぐりやってしまうほどである。 さっき転んだときに汚れたのか、亜理紗の顔や服はあちこち薄汚れている。 しかしそれを差っ引いても、ポニーテールにした長い黒髪と幼い顔立ちは目を引いた。 歳は十代後半か。ガチロリを自認する鷲尾には充分ストライクゾーンである。 まぁ、それがなくとも何か運命的なものを感じたのは確かなのだが。 「ただの女かと思ったが、記憶喪失というおまけ付きか。なるほど、これなら来た甲斐もある」 「綺麗なお嬢ちゃんでもいいとは俺も思ってたけど、これだから男ってのは。とにかく、麗しのお嬢さんに良い所を見せるためにもこいつらを何とかしな!」 別に守紗は邪なつもりで言ったわけではないが、北條にはそう聞こえたらしい。 雰囲気に喝を入れる意味でそう言い放ち、場の空気を引き締めた。 「‥‥そうだな。守れるときはきちんと守らないと、後悔する」 「‥‥あまり拘りすぎるのもお奨めはしませんがね」 時任と風鬼が真っ先に戦闘を再開し、剣狼に斬りかかる。 剣狼は素早さが売りのアヤカシだ。時任の攻撃は直撃したが、風鬼の攻撃は惜しいところで回避されてしまう。 「速いな。そういう時のための呪縛符だ」 アヤカシは見た目が同じようなものでも個体差が激しい。同じ剣狼でもその強さはまちまちであるのが普通だが、今回出現した連中はそこそこ強めのようだ。 北條は呪縛符を用いて風鬼の攻撃を避けた剣狼の動きを鈍らせ、後続を促す。 「助かる。そう思い通りにさせる気は無いんでね!」 守紗の放った地断撃が動きを鈍らされた剣狼に直撃し、大きく弾き飛ばす。 仲間がやられたことに腹を立てたのか、剣狼たちは身体から生えている刃をぎらつかせ次々と飛びかかってくる。 コルリスは少し後方から即射で剣狼を次々と射る。怯む僅かな隙を逃さず、鷲尾は炎魂縛武を纏った槍で剣狼を攻撃する。 亜理紗を庇いながらなので踏み込みが甘く、思ったほどの威力が出ない。しかし耐久力はさほど高くない剣狼には充分効果がある。 「そらよっと 止めは任せた お嬢ちゃん」 「請け負う技は 魂喰いなりや!」 鷲尾の一撃でダメージを受け周辺への注意を怠っていた剣狼は、俳沢の放った魂喰の術の直撃をもらい、消滅する。当たれば脆い剣狼だが、術攻撃ではそれが更に顕著だ。 鷲尾の一句(?)に返句で対応する辺り、俳沢の川柳家という自称は伊達ではない。 「速い! 北條君、コルリス君!」 「あいよ」 「了解です!」 呪縛符での束縛、即射での矢の援護をもらい、なんとか攻撃を命中させる井伊。 まだまだ開拓者として駆け出しの者も、仲間との連携で強くなる。 それに比べると、圧倒的な安定感があるのはやはり時任か。 「ほらほら、美味しい餌があるぞ〜」 わざと攻撃をもらい注意を引き付ける意図を持つ時任。剣狼の攻撃を受けても物ともしないその防御力を以て、まるで不死身であるかのような活躍を見せる。 いくら攻撃しても怯まない時任に対し、剣狼たちの動きに躊躇が混じり始めた。 しかし、そんなことをしていると‥‥ 「はいはいご苦労さんですわ」 風鬼が側面から物凄いスピードで突っ込み、斧でなぎ倒してしまう。 このままなら勝利は時間の問題だ。しかしその時、北條が何かに気づいた。 周囲への警戒を怠っていなかったから察知できたのだが、何かが近づいてくる。 それはのしのしとゆったり歩いており、まだこちらには気づいていないようだが‥‥? 「‥‥まずいな、猪型のアヤカシ辺りか。突進は厄介だぞ」 剣狼ならともかく、大質量の猪の突撃は機動を逸らせないかも知れない。それで万が一亜理紗に直撃でもされたらかなわない。そう判断した一行は、闘いながらその場を離れる。 保護が優先。それを念頭に置いてあったが故の絶妙な判断であった――― ●記憶喪失の行方 「で? 名前は分かったけど、その他のことは何も憶えてないと」 「は、はい。気づいたら知らない村にいて、行き倒れていたところを助けてもらったらしくて‥‥。記憶を取り戻すためにあちこち旅をしていたんですけど、やっぱりどこも見覚えがなくて‥‥」 村に戻った一行は、亜理紗に話を聞いていた。 北條の質問に萎縮しながら答えるその様は、まるで小動物のようだ。 「いい‥‥」 「鷲尾くんは黙ってなさい。でもね亜理紗ちゃん、やっぱり素人が一人旅は危険よ。今日のことで分かったと思うけど、アヤカシはどこにでもいるしとても危険なのよ」 井伊が諭すが、亜理紗はしょぼくれたように返すだけ。 「で、でも私、行く宛なんてありませんし‥‥」 「あ〜、これからの宛が無いんなら一緒に来るか?」 「何ぃ!? おい、抜け駆けは許さんぜ!」 「そういう意味じゃない! 開拓者ギルドで保護するって話をしてるんだ!」 「あー、あったなぁそんな話も」 「依頼の骨子を忘れるなよ‥‥」 守紗と鷲尾のやりとりをびっくりしながら見ていた亜理紗だったが、おずおずと挙手して言った。 「えっと‥‥ご飯食べられます?」 「そりゃね。ま、労働は求められるでしょうけどねぇ」 「お風呂入れます?」 「勿論入れますよ」 「野宿しなくても大丈夫になります?」 「当たり前さ。やっぱり屋根付きがいいよなぁ、人としては」 「なら行きますっ」 「決断速っ!?」 風鬼、コルリス、時任に次々と質問し、ぐっと拳を握る亜理紗。 やはり生活と言うか一人旅に限界があると感じてはいたのだろう。 「ま、まぁいいか。これで無事任務終了ってわけね。あなたがどんなふうに力になってくれるのか楽しみかな」 「力‥‥?」 「ううん、こっちの話。晴れ渡り 大団円と 願う空。なんてね」 開拓者の活躍により無事に保護され、開拓者ギルドで働くこととなった十七夜亜理紗。その失われた記憶とは一体何なのだろうか? 始まりの鼓動は止められることなく‥‥見えない未来へと続くことを許された――― |