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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「暑くなってきましたね〜‥‥」 「暑くなってきたわねぇ‥‥」 ある日の開拓者ギルド。 その日は朝から太陽がギラつき、ギルド職員も、ギルドを訪れる人々も汗だくであった。 この二人‥‥職員の十七夜 亜理紗と西沢 一葉は、台詞こそ似ていたがリアクションは正反対。 亜理紗は担当机に突っ伏しながら、一葉は額に汗しながらもしっかり机で仕事をしている。 「先輩は真面目ですよね‥‥。私、暑いの苦手です‥‥」 「仕事なんだから当たり前でしょ。冬になったら『寒いの苦手です』とか言ったら怒るわよ」 「ぎく。あうぅ〜、何か涼しい話題とかないんですかぁ?」 「そうねぇ‥‥あなた怪談系は苦手だったわよね。じゃあ、アヤカシハンター系でいいのがあるわよ」 「ホントですか!?」 アヤカシハンター系とは、天儀の各地で散見されるようになった新種・亜種のアヤカシへの相談依頼である。 ギルド内でも亜理紗が担当するものが有名になっているが、だらけていたので依頼が来たのを知らなかったのだろう。 「えぇっと? 私の町の近くにある湖に、巨大な魚みたいなアヤカシが発生して困っています‥‥ですか。いいですねぇ、湖! 水遊び! 聞いてるだけで涼しいです!」 「ちなみにそのアヤカシ、人間を一呑みにできる大きさだから」 「‥‥別の意味でも涼しくなりました‥‥」 その湖は、石鏡の国でも有名な三位湖には遠く及ばないが、そこそこの大きさと深さがあるらしい。 それを悠々と泳ぐ巨大な魚のようなアヤカシ。普段は背ビレしか見えないが、たまに水面に顔を出して鉄砲魚のように水流を吐き出して攻撃してくることもあるという。 「でもこれ、水中戦は論外ですよね。どうやって戦うんですか?」 「そこは開拓者さんにお任せするしか無いでしょ‥‥」 「大きさから考えると川に逃げるっていうのは考えにくいですかね‥‥。でも、傷ついたら湖の深くに潜って回復されたりして‥‥うーん‥‥」 「あ、言い忘れてたけど、そのアヤカシ足があるから」 「それもう魚じゃないですよね!?」 「水際だったら陸地も立って移動できるらしいから、狙うならその時かしらねぇ」 「‥‥一応聞いておくんですけど、鯛っぽい外見じゃないですよね? 鯛というか、たい焼きというか」 「さぁ‥‥そこまでは。そんなことより‥‥」 「はい?」 「これ、本当はあなたの仕事なんだからね? あ と は あ な た が や り な さ い」 「り、りょーかいでありまーす‥‥」 一葉の笑顔の裏に怒りの炎を感じ、亜理紗はいそいそと依頼書の作成に取り掛かったのであった――― |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
リーザ・ブランディス(ib0236)
48歳・女・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
式守 麗菜(ib2212)
13歳・女・シ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●冷水を 石鏡南部に位置する、件の湖。 神楽の都からも比較的近いこの湖は、付近の住民は勿論、街道をちょっと外れて一休みする旅人にもちょうどいい場所となっていた。 しかし、そこに巨大な魚型のアヤカシが発生したことで状況は一変。一般人はうかつに近づくこともできなくなってしまったのである。 しかもそれには二本の足が生えており、湖のごく近辺だけとはいえ陸上も移動するというのだから気色が悪い。 開拓者たちは茂みに身を隠しながら、湖の様子を探ってみた。 「魚に、足‥‥陸上で活動する為に‥‥水辺にて『捕食』する為に進化した、と捉えるべきなのかな。‥‥あまり、美しくはないがな‥‥」 胡乱な眼差しを湖に向けるのは、ゼタル・マグスレード(ia9253)。 アヤカシ研究をフィールドワークにしているらしい彼は、アヤカシの全体図を想像し軽く肩を落とした。 「デカい魚類ってのは中々グロいもんがあるね。次はデカい蟹辺りがきそうな気がするよ、あたしは」 「あら、デカい蟹はもう出たわよ? 沢蟹だったけどね」 「あれま。アヤカシハンターも楽じゃないねぇ」 リーザ・ブランディス(ib0236)の視線の先には、湖の中央辺りに不自然に存在する背ビレがあった。 泳ぐわけでもなく、ただ水の中をたゆたっているようだ。 アヤカシハンターとしての経歴も長くなってきた井伊 沙貴恵(ia8425)が補足を入れるが、本当にアヤカシの種類は節操がないと言っていい。 それが最近顕著になってきているのはやはり問題だとは思うが。 「足のある魚型のアヤカシ‥‥。なんかものすごく見たくないシロモノのように思えてきました。早めに退治しましょう」 朽葉・生(ib2229)のイメージではマッチョな人間の手足を持つ強面の魚に思えたらしい。 朽葉は身を屈めて慎重に水辺に進むと、ストーンウォールを発動し分厚い石の壁を出現させていく。 が、三枚目が出現した辺りでえも知れない視線のようなものが朽葉を射抜き、湖上の背ビレが彼女の方を向き直る‥‥! 「まずい、気付かれた! 生、隠れながらにしろ!」 風和 律(ib0749)の叫びを聞き朽葉がストーンウォールに隠れるのと、水面から顔を出した魚型アヤカシが水流を吐き出すのとはほぼ同時であった。 恐ろしく圧縮された水流。まるで一本の線に見えるその威力と推進力は、一撃でストーンウォールに多数のヒビを入れ、破壊寸前まで追い込んでしまう! 「二発で粉砕だな、ありゃ。全部壊されないうちに遠距離攻撃、急ぐよ」 「まったく‥‥皆さん、魚を見て釣りをしないなんてどうにかしていますわよ」 「いいから攻撃しましょうよぉ!?」 「したいのは山々なんだが現実的に考えて無理だろ、あれは。カエルも見つからなかったしな」 「大きなミミズのお友達を用意すればどうにか‥‥」 「あ、あのっ、こ、攻撃を‥‥ふぇぇん!?」 北條 黯羽(ia0072)は急ぐと言っておきながら、フレイア(ib0257)のへのツッコミも怠らない。 が、それが結果的にはボケになっており、式守 麗菜(ib2212)のさらなるツッコミを誘発する。 それをスルーされた式守は涙目だったが。 「こっちの生成が間に合ううちにお願いしますよ!?」 「冗談だ。撃つよ」 朽葉の焦り気味の声に応えた北條は、指をぱちんと鳴らして斬撃符を発射する。 それにならい、フレイアはホーリーアローを、式守は遠打でクナイを投擲した。 背ビレに命中する魔法とクナイ。ばしゃばしゃと水面を波立たせ、アヤカシは暴れる。 ダメージ的にはどうか知らないが、少なくとも心良くは思っていない。 潜り、顔を出すたびに発射される高圧の水流。すでに5枚ものストーンウォールが破壊されている。 朽葉は懸命に詠唱と発動を繰り返しているが、練力は無限ではない。 「少し休め。私が抑える」 「しかし、剣一本では‥‥」 「幾多の戦場を共に掻い潜ってきた愛剣だ。あのような水鉄砲で、撃ち抜けると思うな」 そう言って、風和はヴォストークという大剣を盾代わりにしてストーンウォールの前に出る。 威力が高いのは分かっている。しかし、直線的に来る攻撃だ。自分に受け切れないわけがない。 慢心とは違う、確かな自信を支えに仲間の盾となる‥‥! 魚型アヤカシは風和の姿を目ざとく察知し、水流を吐き出す! 「ぐ‥‥くぅぅぅぅぅっ!」 ざりざりという音がして、風和の足が少しずつ後退していく。 二本の腕にかかる圧倒的な圧力。しかし、通さない。連続は厳しいが、耐えられる! 「す、凄い‥‥」 「褒めて差し上げてもよろしくてよ?」 「いい加減出て来な!」 感心しながらも攻撃の手を緩めない式守、フレイア、北條。 自分の攻撃はちっとも効果が上がらないのに、向こうからは次々と痛いものが飛んでくる。 更には、『さあ! アナタのお相手はこの私よ!?』という、なんだか無性に突撃したくなる音が聞こえてくるのだ。 腹立たしい。ムカつく。アヤカシがそう感じたのかは定かではないが、ボロボロになった背ビレが一旦水面から姿を消す‥‥! 「‥‥来るか。前の方々、用意を」 「任せな。待ちくたびれたが、我慢比べはこっちの勝ちだ!」 ゼタルの言葉に、リーザや井伊、風和が前面に陣取る。 そして、湖面の波が収まりかけた‥‥その時。 ザパーンッ! 盛大な水しぶきを撒き散らし、湖から巨大なものが飛び出してくる。 それは、巨大な鮒のような形状のアヤカシ。 鮒と違うのは、発達した足のようなものが体の中央下部に生えていることである。 「ちょっ、なっ!?」 と、ゼタルが困惑したのも無理はない。 飛び出した魚型アヤカシは、形状は鮒とほぼ同じ。ということは、翼のようなヒレは存在していないのだ。 それが高く跳んだ。当然いずれ落ちる。では、その後は? 「は、這いずらないでよ!? わっ!?」 「こ、の‥‥! 暴れるんじゃ‥‥!」 ビターン、と地面に叩きつけられた後は、活き良くピチピチ跳ね回ったり這いずるのである。 人間を一呑みにできる大きさの魚が至近距離でそんなふうに暴れたら、まともな人間は無事で済まない。 「うぅ‥‥ヌルヌルして気持ち悪いぞ‥‥」 風和だけは大剣を構えてなんとか耐えているが、跳ね飛ぶ粘液のようなものが不快でしょうがない。 やがてストーンウォールを根こそぎ破壊し、ひとしきり暴れた魚型アヤカシは、片足を立てて軸にして器用に起き上がる‥‥! 「だからおかしいだろう! 重量のバランスがおかしい! 体の構造がおかしい! 立ち上がり方がおかしい! いくらアヤカシだからといって色々なものを無視しすぎだ!」 「学者肌はこれだから。ほら、私たちはトラップ設置に参りますわよ」 ゼタルの主張をきっぱり無視し、フレイアはフロストマインの設置に動く。 納得はいかないようだったが、ゼタルも地縛霊の設置を開始する。 「はっ、お預け喰らってた分、せいぜい楽しませてもらおうかね!」 魚型アヤカシは接近してきたリーザに狙いを定め、体を振って噛み付こうとする。 しかしリーザはそれを左に跳んで回避し、足元に潜り込んで足を斬りつける! 肉を切断する感触。それは魚のものより、動物のそれに近かった。 「通りが悪い!?」 狙われやすいところは頑丈に出来ているのか、血が出て肉は斬れるが手応えが今ひとつだ。 二度三度と斬りつけるが、それは変わらなかった。 そして、ふっとアヤカシが身体を引き‥‥ 「がっ!?」 凄まじい瞬発力で大地を蹴り、その巨体をリーザに叩きつけた。 とっさに構えた盾はほぼ意味をなさず、巨大な圧力がリーザを襲う。 もんどりうって十メートル以上転がった彼女に、ゼタルが駆け寄って治療を開始した。 「な、なんて馬鹿力だ‥‥!」 「また法則を無視した攻撃を‥‥。あの巨体であんな機動をしたら、内臓が酷い事になるのに」 「細かいこたぁいいんだよ! くそっ、あの体当たりは避けにくいぞ‥‥」 見ると、アヤカシは尻尾を叩きつけるように身体を回転させ、風和と井伊を攻撃しているところだった。 防御に専念した風和ならあの体当たりも防げるかも知れない。だが他のメンバーはまず無理だし、風和も不意を突かれれば吹っ飛ばされるだろう。 「何もヌルヌルしているところまで魚に準拠する必要はなかろうに‥‥!」 先程から何度も接触しているので、風和は全身魚特有の粘液のようなものでびちゃびちゃである。 武具の手入れはあとでしっかりやらねばなるまい。 「‥‥麗菜、あいつの注意をこっちに引けるかい?」 「はい? や、やれないことはないと思いますけど、私たちじゃ一撃貰うだけで酷い事に‥‥」 「虎穴に入らずんば、さ。何、即死しなけりゃ回復役がいる。耐え忍びな」 「喰らうの前提ですか!? 忍びっていうのは精神的な意味でして、身体的には‥‥!」 「文句はいい。手を動かしなよ」 「ふぇぇぇん!?」 北條に言われ、半ばヤケクソ気味にクナイを取り出す式守。 足にダメージが通りにくいことが判明しているので、打剣でエラ内部などを狙う。 その正確な攻撃が鬱陶しく思ったのが、魚型アヤカシはくるりと振り向き‥‥ 「うわっ、恐っ!?」 どたどたと優雅さの欠片もない動きで、二人の方へと爆走してくる。 そして、二人を飲み込むべく口を大きく開き、体を捻る! 「させるかい!」 そこに回復が完了したリーザが割り込み、剣でアヤカシの口を斬りつけた。 怯む巨体のアヤカシ。顔の方がダメージの通りがいいようだ。 「助かったよ。後で一服奢るさね」 続けざまにパチンと乾いた音が響き、アヤカシの口の中に斬撃符が飛び込んでいく。 貫通こそしないものの、口の中は大出血でひどい事になっているだろう。その証拠に、地団駄を踏むように暴れまわっている。 やがてひとしきり暴れたアヤカシは、慌てて湖の方へ走っていくが‥‥ 「見苦しい動きですこと」 「準備は整っているよ」 当初から罠系の魔法の設置に動いていたフレイアとゼタル。 その成果を現すように、アヤカシの足はフロストマインで止められ、地縛霊が連続で発動し叩き込まれていく。 それでもなお湖へ行こうとするアヤカシに対し‥‥ 「休憩は充分いただきました。戦線に復帰します」 朽葉がフローズでフロストマインの効果をサポートし、束縛を強化する。 が、往生際が悪いというか何と言うか。アヤカシは自ら身体を横に倒し、体を大きく揺さぶって暴れまわったのである。 水辺なので砂や泥、粘液を辺りに撒き散らしており、それこそ地面が小削ぎ取れるまで暴れるつもりなのだろうか? 「ジタバタするな!」 オーラドライブを発動し、一気に足側まで移動した風和。 足首を狙い、ヴォストークに全体重を乗せて突き刺し、アヤカシを地面に縫い止める! 更に‥‥ 「陸に揚げられた魚は冷凍保存いたしませんとね」 近寄ると跳ね飛ばされる危険性がある。そこでフレイアは、ブリザーストームで巨体を凍りつかせようと画策する。 流石に氷漬けは無理だったが、その動きは段々鈍くなっていった。 「さーて、そろそろまな板の鯉と言ってもいいかねぇ? 暴れ過ぎなんだよ」 「ひと泳ぎのためにも、そろそろ退場してもらおうかしら」 リーザと井伊は、悠々と魚型アヤカシの頭方面へ移動した。 弱々しく身動きするだけとなったアヤカシ。その瞳が最後に映したのは、刃を振り上げる美しき開拓者二人の姿だったという――― ●魚足ながら(誤字にあらず) こうして、足の生えた魚型アヤカシは無事に退治された。 しかし水場で散々暴れるものだから、周辺は勿論開拓者たちも泥や粘液で汚れまくりだったのである。 「さーて、それじゃひと泳ぎさせてもらおうかしら」 「便乗させてもらう。こうヌルヌルしていては流石に耐えかねる」 「いいですね。汗も一杯かいちゃいましたし」 井伊や風和を筆頭に色めき立つ女性七人。式守もツッコミを入れる必要が無いせいか、普段の落ち着いた印象に戻っている。 今日は日差しもある。泳ぐには申し分ないだろう。 と、そこで。 「‥‥別に俺は構いやしないんだけどさ。おまえさん、見てる気かい?」 ニヤリと笑い、北條がゼタルにツッコミを入れる。 一人取り残され、ぼーっとしていた黒一点。 その存在に気づいた式守は、服を脱ぎかけだったこともあって一気に真っ赤になった。 「い‥‥いやぁぁぁっ!? な、なんで居るんですかぁぁぁっ!?」 「一緒に戦ったのにえらい言われようだ‥‥。あー‥‥、僕は他所へ行っているので心置きなく。誰も覗いたりせん‥‥僕が興味あるのはアヤカシだけだ」 「それはそれで、女性としては複雑です‥‥」 「あなた、女性に対する配慮というものが足りていないのではなくて?」 「はぁっ!? 何この空気‥‥な、何か悪い事でも言ったか? 普通に去るのが配慮じゃないんですか?」 朽葉とフレイアの言葉に、ゼタルはひたすら素で返す。 アヤカシ研究には余念のない彼も、女心をもう少し研究すべきかも知れない。 「くっくっく‥‥分かった分かった。青年、一人で先に帰ってな。それが一番無難だろう」 笑いを噛み殺すリーザの言葉を受け、疑問符が解消されないままゼタルは渋々帰路に着く。 背後から聞こえてくるはしゃいだ声に、理不尽さを感じながら――― |