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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「大変です! 神楽の都で殺人事件が起こりました!」 「聞いてるわよ。でもこう言っちゃなんだけど、神楽の都だって絶対安全なところじゃないんだから‥‥」 「それは知ってます。でも普通の殺人事件ではなく‥‥『密室殺人』なんです」 「あー‥‥あなた、そういうの好きだもんねぇ‥‥」 ギルド職員である十七夜 亜理紗と西沢 一葉。 後輩の亜理紗が持ってきた話題は、今神楽の都で密かなブームとなっている殺人事件についてだった。 都にある一軒家で、一人暮らしの男が殺された。 特に金持ちというわけではなく、近所の評判も悪くなかったという。 しかし、男は心臓を一突きのほぼ即死という血塗れ状態で発見されたのである。 凶器は包丁。この家にあったものか犯人が持ち込んだものかは判断不能だが、被害者の胸に深々と突き刺さっていた。 「雨戸は全て閉まったままで、玄関もしっかり施錠されていました。唯一の鍵は被害者のすぐ側に落ちており、外からの施錠は不可能だったわけです。まさに密室ですね!」 「ずいぶん穴だらけの密室ね‥‥。鍵が複数なかったっていう証拠は? 雨戸や玄関を通らずに侵入する方法は本当になかったの? 天井裏や床下からなら、忍者とかあっさり入ってきそう」 「【鍵は室内にあった一本しか存在しません】」 「‥‥何、今の」 「【】の真実です。【】で括られた事柄は確定した真実であり、疑う余地はありません」 「何よその暴論!?」 「そうでないと話が進まないのでっ! さぁ、他に質問ありますか?」 「なら復唱要求。犯人は雨戸や玄関など、正規の通路を使った」 「復唱しましょう。【犯人は正規の通路を通って侵入しました。天井裏や床下などからは侵入していません】。ちなみに、この家には勝手口などの裏口はなきと知り給え」 「混ざってるわよ。復唱要求。犯人は被害者の知人である」 「復唱を拒否します」 「それは正解だから? それとも答えたくない何かがあるの?」 「御自由に受け取ってください」 「むむむ‥‥なんであなたがイニシアチブ握ってるのよ」 「ふふふ。ちなみに、【被害者は魔法や術などでは殺されていません。きちんと手で、向い合って犯人が刺し殺しています】」 「復唱要求。事件当日、家の一部を破壊しそれを後で修復したことはない」 「復唱しましょう。【事件当日、被害者宅を修復したことはありません】」 犯行時刻は深夜2時頃。目撃者はなく、物音を聞いた者もいない。 なのに室内は荒れており、何が無くなっていてもおかしくないという。 単純に物取りなのか、怨恨によるものなのか‥‥果たして、開拓者諸氏の推理や如何に。 亜理紗をフル活用し、事件解決を目指していただきたい――― |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●真実を暴け 九月某日、神楽の都の片隅にて、その戦いは静かに幕を開けた。 何の変哲も無い民家に集められた十人以上の男女。それは、方や殺人の容疑者として、方やその事件を解決すべく集った探偵として事件現場に足を踏み入れたのだ。 畳の部屋の中央に赤黒く広がった惨劇の跡。すでに凝固しきってはいるが、被害者の無念は未だ少しも晴らされてはいない。 元々はかなり散らかった部屋であり、捜査員の許可をもらい散乱したものを片付けてはみたものの、やはり八畳の部屋に十五人は手狭だ。襖を開けて別の部屋や廊下にも人は溢れ出している。 「それじゃ、そろそろ始めるわね。この事件の犯人を暴きだしてみせるわ」 ややあって、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が推理披露を宣言する。 容疑者7人も薄々感づいてはいたらしく、驚きを顔に出す者はいなかったが。 開拓者たちは現場での調査や聞き取り調査などをすでに終えており、中にはかなりの確証を持っているものも居る。 そして、その認識を全員で共有してもいるが、あえて個人個人の推理を展開することを決めていた。 「そんじゃ、俺からなー。と言っても、ほとんど当てずっぽうなんだけどさ」 ルオウ(ia2445)は一番玄関に近い場所におり、廊下から挙手して声を上げた。 それは容疑者の誰も逃さないという意思表示の現れでもあるのだが、当の容疑者たちはそんなことは露知らず、子供が何をと呆れ気味だ。 「んーと二日間、ずっと死体の傍に居て、捜査員が来た時に気づかれないように抜け出したんじゃね?」 「‥‥それだけ? 君ぃ、それじゃ犯人が誰かもどうやって殺したかもわからんじゃないか」 「いやぁ、捜査に出遅れちゃってさー。だからだんちょの助手とだけ思ってもらえればいいや」 そう言って鴇ノ宮に向かって軽く手を振るルオウ。 しかし、それも重要だ。逃走経路を固める要員がいないと意外と困るものだ。 「それでは僕が引き継ぎます。内容が似ていますので」 こちらは縁側への道を固めているクルーヴ・オークウッド(ib0860)だ。 折角8人いるのだ、八様の推理があっていい。最後に真実にたどり着きさえすれば。 「箇条書きで行きますね。犯人は密室が崩れるまで、内部に留まっていた。共犯者の補助があった。諸々の事前工作をする為には身内じゃないと難しいと思います。そういう流れで、弟さんか元カノさんが怪しいと睨んでいます」 「お、俺もかよ!? 俺が兄貴を殺したって言うのか!?」 「ふざけないで! 何、あたしと健蔵くんが共犯だったとでも言うの!?」 「少なくとも、犯人は『深夜二時に、被害者が酔っていても家に招き入れてもらえる人物』なんです。そうなると、両隣にお住まいのお二人は理由的に弱い。一番該当しそうなのはあなたたちじゃありませんか?」 「そ、そうだけど‥‥証拠もないのに酷くないか!?」 「酷くなんてありませんよ。一番酷い目に遭ったのは被害者さんでしょう」 クルーヴは、丁寧な中にも毅然とした態度を崩さない。 疑われるくらいなんだ。被害者は疑われることすらもうないのだ。 犯人でないなら少しくらい疑われたって問題はないだろう。ルオウと同じくまだ若い彼から、そんな強い意志を感じて二人は一歩後ずさりした。 「んー、クルーヴさんの推理も決定力不足だね。なら僕の推理に移っていいかな?」 そう言って挙手したのは琉宇(ib1119)である。 彼はルオウやクルーヴに輪をかけて若い。そんな彼が何を言い出すのか、容疑者たちは半ば呆れたような表情を見合わせている。 「僕も箇条書きで行くね。状況から、殺害は犯人の手によって直接行われたと思える密室。容疑者は7人。この中で密室を通り抜けられるのは陰陽師さんだけだね。アリバイを調べてみると、犯行当時はギルドの依頼で近くにいたみたい」 その言葉に、一同の視線が一斉に陰陽師に集中する。 被害者やその弟と幼なじみの関係にあったという彼女は、思わず身体を強ばらせた。 「そ、そうか‥‥陰陽師といえば、式を自由自在に操る‥‥!」 「そうよね、ここ、密室だったんだものね。それじゃあもう決まりじゃないのさ!」 「えっ‥‥ち、違っ‥‥! 私じゃ‥‥!」 そうなのだ。この殺人現場は密室であり、捜査員が踏み込むまで人間が入り込む余地がなかったのである。 だからこそ先の二人も『捜査員が来るまで隠れていた』というような発言をしていたのだ。 式を使える陰陽師は密室構築など朝飯前だろう。内部で作業した式は、消してしまえば証拠など残りはしないのだから。 「報告書を見ると、そのギルドの依頼で地縛霊を使ってるよね。あなたは依頼の合間に抜け出してここに来て被害者を殺し、室内で自分に地縛霊を使って床下に落ちたんだよ。床下に落ちた跡があればそれが証拠だね」 「‥‥待ちたまえ少年。一応畳をはがして調べてみたが、床板はどこも壊れていなかったぞ」 「それに、床下も調べさせたけど何もなかったよ?」 捜査員二人からまさかのツッコミを受け、琉宇は思わず固まった。 床下から脱出したとなれば、どうしてもそれなりの跡が残るだろう。それがないということは、床下からの脱出はなかったということに他ならない。 「あ‥‥あはははは‥‥」 苦し紛れに笑う琉宇だったが、その推理の穴を突こうというものはいない。 アリバイがなく、当日近場に来ていて、しかも陰陽師。 彼が示した状況証拠は、幼なじみの陰陽師を犯人とする雰囲気を作るには充分すぎたのだ。 「つまりはこういうことなりよ。おいらが再現してみせるなりっ!」 平野 譲治(ia5226)。陰陽師にして最年少のメンバーである。 確かに少年探偵団といえば聞こえはいいが、開拓者ギルドの依頼でなければお遊戯かと疑われても文句は言えない。 が、彼らはまごう事無き開拓者。平野が腕をふるうと、小さな人型の式が姿を現した。 「包丁を持たせた式なら密室の状態で殺害が可能なり。また、殺害をし鍵をかけた後、人魂を使用、式に鍵を持って行かせ密室に見せかけることも可能なりっ!」 「でもさ、この程度の大きさの式じゃ包丁は大きすぎる。上手く使えたとしても、被害者が逃げ出しもせず真正面から刺されるだろうか? この式って、人の胸に深々と突き刺せるくらいの腕力があるのかい?」 通報者である被害者の同僚は、素朴な疑問を投げかけてみる。 結論から言えばどちらも無理だ。人魂はそこまで便利な術ではない。 「何にせよこれで決まりか。聞くところによると、君は被害者と恋人寸前の間柄だったと言うじゃないか。動機は痴情の縺れかね?」 「私じゃない‥‥! 私じゃないんです! 依頼の間、こっちに抜け出す暇なんてありませんでした!」 「それを証明してくれる人は? 依頼のメンバーが証明してくれるんですか?」 「う‥‥その、ばらばらになって泥棒を探そうということになって、30分くらい一人で行動していましたけど‥‥」 「アリバイなしっと。それじゃあちょっと一緒に来てもらいましょうか」 「いやっ、放して! 違うの! 私じゃないんです!」 捜査員二人に手を掴まれる陰陽師。 容疑者の誰もが『これで解決か』という雰囲気でいたが‥‥。 「と、思うのが素人の浅はかさなりよっ!」 平野が突然声を上げ、びしっと捜査員二人を指さした。 「なりが、誰にでも出来る方法もあるなりよねっ!」 そう言って、羽喰 琥珀(ib3263)に話を振る。 羽喰はまってましたとばかりに笑い、見せつけるようにこの家の鍵を高々と掲げてみせた。 いつの間にと捜査員二人は驚いたが、羽喰はさくっと無視する。 「タネが割れちゃえば簡単なんだけどさ、この方法を使えば誰でも密室は出来るんだ。だからその人が犯人とは限らないよ! あ、ちょっと足貸してね」 「はいはい。失敗なしの一発勝負でお願いね」 そう言って鴇ノ宮に部屋の中央辺りに立ってもらい、懐から紐のようなものを出しその足首に引っ掛けた。本当は寝そべってもらいたかったが、とりあえずよしとした。 その紐を鍵の通し穴に通し、紐を持ったまま部屋を出て玄関に向かい、外に出る。 玄関の扉には空気穴のような、手紙を放り込む隙間のようなものがあり、そこも通す。 あとは玄関を閉め、鍵をかけ、準備完了だ。 「いいー? 行くよー!」 手元で紐を大きな輪にするように結び、その結び目を鍵のストッパー代わりにして、するすると下側を手繰り寄せる。すると徐々に鍵が家の中を進み、やがて柱に引っかかった。 しかし少し緩めたり戻したりをするだけで鍵はするりと室内に入り、やがて鴇ノ宮の足元まで到達。 最後に紐を切り、そのまま手繰り寄せ続ければ紐は完全に回収され、密室の完成というわけだ。 勿論多少の紛れはあるので必ずしも狙った場所に鍵を落とせるわけではないが、今回の場合は被害者の近くに鍵が落ちていればそれでいいのである。 「と、こんな感じ。だから陰陽師さんだけを疑うわけにはいかないよ!」 「これに気づいた人はそこそこいたけど、煮詰めるの大変だったわよねぇ。できれば紐じゃなくて金属製の物の方が確実なんだけど‥‥」 「それはわかったが、おまえさんたち意見がバラバラ過ぎやしないか? 結局誰が犯人なんだ!」 戻ってきた羽喰に、隣の酒好きおじさんがツッコミを入れる。 もうこれ以上は無理だ。そう判断した唯一の二十代、安達 圭介(ia5082)が静かに歩み出た。 「では、俺達の本当の総意を申し上げましょう。犯人は‥‥被害者の前の彼女さん、即ち紫乃さん。あなたです」 「あたし!? な、何言ってるのよ、大人のあなたまで! 子供の遊びじゃ済まないわよ!?」 「分かっています。あなたがよりを戻したいけれど、既に好きな人が出来ている被害者を憎んでの殺害‥‥という流れです。今回の密室形成も、被害者の恋愛対象である陰陽師さんに罪を着せる為のものです。近くに来られている以上、術が使える人間は疑われますからね」 「馬鹿馬鹿しい! ‥‥何よ!?」 「いえ、お気になさらず」 紫乃はいつの間にかすぐ近くに張り付いていたクルーヴに気付き、舌打ちをした。 「あなたが犯人だと一番辻褄が合うんです。深夜に迎え入れてもらえ、被害者に警戒されず刺すことができ、この家の構造も熟知している。密室形成は言わずもがなですよね。動機も充分だと思いますが」 「それならこの女だってそうでしょ!? 充分彼を殺せたわ!」 「‥‥開拓者の依頼は、片手間に殺人ができるほど甘いものじゃありませんよ。もし単独行動が当日中止になったら? 行われても途中で仲間と遭遇してしまったら? そんな紛れの多い中でこんな計画的な犯行は無理です」 「こんな作業、わかっちゃえば十分もかからないわよ!」 「作業自体はそうでしょうね。でも被害者を殺すのは? 怪しまれないか、良い位置で相手を殺せるかなんかは時間が迫っている状態じゃ上手くないわ」 「ぐっ‥‥! し、証拠はあるんでしょうね! あたしが犯人だって言う確たる証拠! こんな状況証拠だけで犯人扱いってわけ!?」 それを言われると辛い。 安達と鴇ノ宮が語ったのは二人の推理であり、仲間の総合的な推理でもある。 それは筋の通った物ではあったが、物的な証拠がついに見いだせなかったのだ。 しかも状況証拠だけでは、紫乃を犯人と断定するのも難しい。 二人が苦しそうな表情をしたのを、紫乃は見逃さなかった。 「無いの? 無いのね!? 無いのに犯人扱いして! あたし、帰ります。不愉快だわ!」 そう言って、紫乃が部屋を出ようとした時だ。 「証拠ならあるわよ」 廊下から少女の声。 今までどこに行っていたのか、参加者最後の一人藍 舞(ia6207)である。実は彼女こそが推理の大元というか骨子を挙げた人物なのだ。 藍はゆっくりと紫乃の前に歩み出ると、じっとその目を見上げた。 「‥‥これ、ぬぁーんだ?」 そう言って紫乃が鞄から取り出したのは、鈍色のワイヤーのようなものの束。 それを突きつけられた紫乃は顔をひきつらせ、身体を強ばらせた。 藍の帰還を待つために、一行はあえてバラバラの推理をしたりして時間を稼いでいたのである。 「あなたの家から見つけたわ。これ、土木作業とかで使う特殊なものだから普通の店には売ってないのよね。やたらと値段も高いし。‥‥そんなものがどうしてあなたの家にあったのかしら」 「ひ、一人抜け出してあたしの家に入り込んだって言うの‥‥!?」 「物的証拠がなかったから仕方なく、ね。これもさっさと処分すればよかったのに、高い買い物だったからって貧乏性が出たのかしら。とにかく、これが柱や玄関の傷と合致したら良い証拠になると思わない?」 「こ、これは陰謀よ! あたしはそんなの買ったことは‥‥」 「済みよ。言ったでしょ、普通の店には売ってないの。確認を取ったらあなたが買っていったって証言を得たわ。ついでに、開拓者ギルドにも行ってみたんだけど」 「‥‥な、何をしによ‥‥」 「例の泥棒の依頼‥‥あなたが出したでしょ」 それには流石の開拓者仲間からもどよめきが起きる。 依頼主は匿名希望となっていたが、担当者に紫乃の特徴を伝え、殺人事件解決のためだと説得して証言を得たのである。 つまり当日陰陽師が依頼に参加していたのは偶然ではない‥‥! 「そ、そうか、それで俺に最近泥棒が多いらしいとか言ってきたのか!」 「そう。弟さんからその話が陰陽師さんに行き、彼女が依頼に参加する。これで罪をかぶせる方程式も完成ね」 「う‥‥うぅぅ‥‥!」 「‥‥でもどうしても分からないことがあるの。ホワイダニット、つまり動機。痴情の縺れっていうのは想像に難くないけど、聞いた話では一年前彼をフッたのはあなたの方でしょ」 「‥‥えぇ、そうよ。彼よりもっと好きな人ができた。でも彼は待ってるからって言ったのよ! それなのに一年程度で他の女に乗り換えようとしてた! あたしを待っててくれなかった!」 「ちょっ、何を勝手な! 一方的にフッておいて、待っていてくれなかったから殺すなんて!」 「あたしがフラれて不幸になるのに、彼が幸せになるなんて許せない! 待ってるっていったのに!」 「最悪だ‥‥自己中すぎるよ。あなたが負わせた傷を、陰陽師さんが癒してあげただけでしょ!?」 「子供が言うことか! 二人纏めて不幸になればいいのよ! あたしを救わなかったことをあの世で後悔すればいい! あはは‥‥あははははははっ!」 「‥‥ルオウ」 「あいよ、だんちょ」 鴇ノ宮の指示で、ルオウが当て身で紫乃を黙らせる。 事件は解決を見た。しかし、これではあまりに被害者が救われない。 重苦しい空気の中に、のらねこのなく声だけが悲しく響いていたという――― |