|
■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「せーんぱいっ。どうかしたんですか?」 「あぁ、亜理紗。今日はあなたはお呼びじゃないわよ」 「酷っ!? 何でですか!?」 「依頼内容が幽霊を扱ったものだからなんだけど‥‥何、聞いてたい?」 「つ、謹んで辞退しまーす‥‥」 ある日の開拓者ギルド。 先輩職員の西沢 一葉の仕事を覗き見しようとした十七夜 亜理紗であったが、ホラーが苦手な気質のため問答無用でその場を離れていった。 果たして、深入りさせまいとする一葉の優しさは伝わったであろうか? 「改めましてこんにちは。今日は私が依頼を紹介しますね。今回の依頼は、石鏡の南部に位置する山が舞台です。先日の大雨で起きた崖崩れは御存知ですか? 幸い人的被害はなかったんですが、その後しばらくして付近に幽霊の目撃情報が相次いでいるんです」 その幽霊は刀で武装した女剣士と、短刀を使うシノビの姿で、通りがかった人間に無差別に襲いかかるという。 アヤカシの可能性は高いが、解せない点もいくつかある。 まず、何故崖崩れ後現れたのか。人的被害はなかったはずなので、事故に巻き込まれた開拓者というわけではないはずだ。 次に、武器を振るい、その武器がヒットすると急激に生気を吸収するという妙な能力を持っていること。 最後に、その近辺から離れないこと。アヤカシなら獲物を求めてあちこち移動しておかしくない。 コンタクトを試みようにも無差別に襲いかかられるのでは生半可な実力では不可能だ。 「依頼内容、開拓者の幽霊と思わしき存在の撃破。出来うるならその発生原因も調べていただければベストですが、相手はそれなりの使い手のようなので無理はしないでください。あと、敵はかなり気配察知能力に長けているようなので、単独行動は控えたほうが良いだろうとのことです。皆さんの奮戦を期待します」 涼しい話には少し遅いかも知れないが、遅れてきた幽霊は現に存在するのである。 崖崩れの後に出現した脅威の排除‥‥何やら嫌な予感がしなくもないですが――― |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
ベルンスト(ib0001)
36歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●深まる謎 「うーん、変ですねー。周辺に言い伝えや噂話が何も無いなんて。やっぱり許されぬ身分同士の駆け落ちで人知れず‥‥なんていう筋でしょうか」 「でも、社や祠があったという話も聞きませんでした‥‥。勿論、墓地もです‥‥」 「それを裏付けるのがこの道だ。かなり長い間整備を放棄されているのだろうよ、もう道と言うのもおこがましい。獣道の方がまだ道らしい」 石鏡南部のとある山。井伊 貴政(ia0213)をはじめとする開拓者たちは付近の村々へ先に赴き、情報を集めてからここに踏み入った。 しかし、得られた情報は無し。掛け値なしに全くもってさっぱりとゼロなのだ。 件の山は実りもなく、狩りをするにも動物も少ない。 険しすぎるわけではないが子供や老人を連れて行くのはお勧めできず、柊沢 霞澄(ia0067)が挙げた、社や墓といった祭事に関するものを作るという発想も生まれなかったらしいのだ。 故に、荒れる。よく言えば自然のままということにはなるが、そこはおよそ人が進むだけでも一苦労の場所となっている。 ベルンスト(ib0001)が吐き捨てたように、伸び放題になった雑草や木々が開拓者の行軍を阻む。 「‥‥男女の霊、『恋人同士なのかも』か‥‥。志士とシノビ‥‥結ばれぬ仲‥‥。駆け落ち‥‥心中‥‥か? 見つけられたくないのかも‥‥。ふふ‥‥ロマンチスト過ぎるかな‥‥」 「男と女の幽霊‥‥へえ、死んでからも一緒って奴かな? 良かったって言うべきなのかな、羨ましいね、死んでも一緒って。嫉妬しちゃうなあ、思わず引き裂きたくなっちゃうくらいには。ははは‥‥冗談だよ、3割くらいは」 「幽霊、ね。‥‥そりゃ、精霊もアヤカシも居れば幽霊くらいいるでしょ。にしてもアンタたち、見事に感想が真逆ねぇ。構わないけどさ」 エメラルド・シルフィユ(ia8476)と宗久(ia8011)、鴇ノ宮 風葉(ia0799)の三人は知り合いであり、風葉が作った風世花団というチーム(?)の部下であるという。 多種多様な意見が混在する団体は大抵良い団体である。盲目的になりすぎず、それだけ自由な思想が許されているということだからだ。 話が逸れたが、一行は何も談笑しながら進んでいるわけではない。 心眼や瘴索結界といった探知系の術を駆使し、幽霊の奇襲を警戒しているのだ。 相手は気配察知を得意とし、幽霊だけに草を鳴らして感づかれるということもなかろう。一撃必殺があり得るという話もある以上、警戒は厳に行う必要がある。 「そろそろ崖崩れの現場に着くと思われます。準備はよろしいですか?」 「よくなくてぇもやらにゃぁね。何の未練かぁはしらねぇが‥‥迷ったぁなら、あるべきとこぉに送ってやるのぉも生きるもんのぉ勤めかね」 ルエラ・ファールバルト(ia9645)が地図をたたみつつ、辺りを見回して言った。 探知に反応はない。まさかアヤカシではなく、本当の幽霊だとでも言うのだろうか。 本物の幽霊にしろ、アヤカシにしろ‥‥犬神・彼方(ia0218)が言うようにこの世から消えてもらう他はない。通りがかりの人間に危害を加えるというなら尚更である。 火のない所に煙は立たない。なら、噂の何も無いところに現れた彼らはいったい? 深まる謎に一切の答えが出ないまま、一行は崖崩れの現場へと到着する――― ●片鱗 「おーおー、見事ぉに崩れてらぁな。寂しい所ぉでよかったぁな」 「話通り社なんかがあった形跡もないね。まさか埋まったところに小さな祠がありました、なんていうこともないだろうさ」 犬神と宗久の言葉通り、現場には大量の土砂や岩が転がっており、崖崩れの大きさを物語っていた。 しかし、それだけ。幽霊が出現しそうな理由は、パッと見では見当たらない。 「反応、ありません。今まで移動していなかっただけで、もうどこかへ行ってしまったのでは‥‥」 「それはそれで困るけど、原因は調べておきたいわね。人魂で崖の上の方も調べておこうかしら」 「‥‥足跡がないな。周辺を歩き回っていたのは確実なのだから、やはり実体はないと判断すべきか」 現場に来てもなお変わらない柊沢の報告に、上からの調査を試みる鴇ノ宮。 人魂で鳥型の式を出し、崖の上から崩れた斜面を順々に調べていく。 エメラルドが注目したのは、足跡の問題。周辺には自分たちの足跡しかなく、逆に言えば歩けば必ず足跡が残るはずなのだ。 なのに件の幽霊と思わしき先客の足跡がない。少なくとも、歩き回ったような足跡は見られなかった。 「始終姿を現しているのならば分かりやすいが‥‥幽霊というぐらいだ、消えたりする可能性もなくはない。崖に向かってブリザーストームでも撃ち込んでみるか?」 「アタシの調査が終わったらね。‥‥ん? 何これ、隙間? 違う、空間‥‥?」 「ッ! あちらの方向‥‥反応が一つ。こちらに近づいてきます!」 ベルンストと鴇ノ宮のやりとりの直後、ルエラが突如叫んだ。 心眼のスキルに何かが引っかかった。そして、その反応は反対方向からもう一つ増える! 「お出ましですかねー。お供え物が無駄にならずに済みそうです」 井伊の軽口が小気味いい。 前衛を務める井伊、エメラルド、ルエラが囲う中心に術士と弓術士を配置。 同じ方向から来ると思っていたが、まさか挟み撃ちとは。 やがて、足音も葉音もなく、文字通り幽鬼のようにふらりと現れたのは、身体が半透明に透け、禍々しくうねる白いオーラを放つ開拓者‥‥のような存在。 形的には人間だ。足は地面についているが足跡は付かない模様。しかし‥‥しかしだ。そんなことより、一行はその表情というか顔を見た瞬間、背筋に冷たいものが走ったのだ。 怒っているような、恨んでいるような、責めているような見開かれた目。 顔や身体のあちこちに刻まれた傷やダメージの跡。そして、流れる血。 実際流れているわけではないが、そういうイメージとして姿が定着しているのだろう。 少なくとも‥‥ 「‥‥少なくとも、ラブロマンスの果て‥‥という風には見えないな」 「仮に心中だとしたら、随分過激な方法だったのだろうよ。‥‥あれはどちらかというと、何かの被害者と考えたほうが自然な顔だ」 「だな‥‥。貴公ら、何があった!? 答えろ!」 ベルンストの推理が正しいかは分からない。しかし、答えを得る暇もなく幽霊たちは襲いかかってくる。 最早完全なホラーだ。恨みがましい表情をした半透明の男女が襲いかかってくるなどと。 エメラルドの問に返答はない。報告にあったように、問答無用で攻撃してくるのだ。 「速い! けど、腕前はそこまででもありませんね!」 「音もなくこのスピード‥‥確かに奇襲があれば脅威だったでしょうね!」 井伊とルエラが幽霊たちの得物を弾く。 実体はないようだが、武器は通じるらしい。通り抜けたりせず、切り結ぶことができる。 「どちらぁにしてもさ、術なぁら有効だってぇばさ」 「速いって言っても術には関係ないしね。ほらほら宗久、しっかり働く! シルフィユも!」 「わかってるって、団長さん。そう簡単には‥‥逃がさないよねえ」 「熟知している!」 犬神の斬撃符と鴇ノ宮の魂喰が放たれ、宗久の朧月が飛ぶ。 術士を守る壁のように立ちはだかるエメラルドのおかげで、突破は非常に難しい。 「ついでだ、こいつも持っていけ」 ベルンストが放ったホーリーアローもまた、シノビに直撃する。 術の直撃を受けた志士とシノビの幽霊たち。苦しむようなリアクションをした後、ますますいきり立って襲ってくる! ホーリーアローも普通にダメージが通っている。アヤカシ確定だ。 そんな時、志士のほうの刀に電撃のようなものが発生したのを見て、一行は流石に青ざめた。 「雷鳴剣‥‥! いけない‥‥!」 「シノビの方も印を組んでいる。何かするぞ‥‥!」 柊沢とベルンストが警告するが、遠距離攻撃だと言われてはいそうですかと対処するのは難しい。 スキルを使うと予め聞いてはいたが、まさかこんな技まで!? 「ぐぉっ‥‥! 足元から針、だと‥‥!?」 「ぐぅぅぅっ‥‥! 非物理攻撃は厳しい‥‥!」 目標となったのはベルンストとエメラルド。お互い、苦手な分類の攻撃を貰っている。 そんな知性というか理性が残っているようには見えないのだが、死してなお戦う開拓者の本能とでもいうのだろうか‥‥? 「精霊さん、皆さんの怪我を癒して‥‥」 一行には心強い回復役、柊沢がいる。すぐに閃癒を使用し回復に回ってくれる。 逆に言えば彼女だけは守らなければならない。もしくは‥‥ 「傷が増える前に‥‥叩き潰しますよ!」 「どういうつもりであれ、死んだなら死人らしく眠っておけ‥‥見るに堪えん、その姿‥‥!」 井伊が放つ戦塵烈波でシノビを怯ませ、ベルンストがブリザーストームを叩き込む。 すでに魂喰でかなりのダメージを受けていたらしく、井伊とベルンストの連続攻撃を受けたシノビの幽霊は、断末魔も上げずに消滅していく。 一方、志士の方も‥‥ 「雷鳴剣には雷鳴剣で応えよう。‥‥世の中、そんなにロマンチックなことは転がっていないということか‥‥」 「心の声が漏れていますよ。とにかく、あとは彼女を救いましょう。それで終わりです‥‥!」 エメラルドの雷鳴剣とルエラの瑠璃が唸りを上げ、志士の幽霊に直撃した――― ●優しさ故の 幽霊たちを無事に撃破した一行は、崖崩れの現場の調査を再開した。 鴇ノ宮によると、目の前の土砂の奥に空間のようなものがあるらしい。 なるほど、よくよく見ると土砂に切れ目があり、人が這いずり出すことができる程度の穴があるようにも見える。 「あの幽霊たちの表情はただごとではなかったからな。もしかしたら今回の崖崩れではなく、もっと前にあの空洞で死んだのかも知れない」 「心中じゃなく、事故か何かで? ‥‥そうかぁ? 事故であんな表情になるかな?」 「どちらにせよ、今回の崖崩れで彼らが目覚めて幽霊として現れたのは確かでしょ。やっぱり走馬灯使うべきだったかしらね」 エメラルド、宗久、鴇ノ宮に限らず、開拓者たちはこの後の対応を決めかねている。 幽霊は倒した。しかし原因は今だ不明。 脅威は取り除いたのだからこのまま帰ってもいいのだが‥‥。 「遺体があるなぁら丁重に弔ってぇやりてぇし、大事なもんがぁあるならどうにかぁしてやりたいね」 「はい。お清めと供養をして差し上げたいかも知れません‥‥」 「僕、お萩持ってきてますよ。お供えしましょうかね」 そう、これが普通の反応だろう。駆け落ち後の心中でなくとも、無念を抱いて死んだのは明らかなのだ。供養してやりたいと思うのが人間の美徳である。 また、彼らが何もしなくとも、幽霊が退治された以上は周辺の村々で崖崩れの片付けなりなんなりをすることは想像に難くない。 だから‥‥ 「では土砂を撤去いたしましょう。これだけの開拓者が揃っていればすぐですよ」 ルエラの音頭で、土砂を取り除いていく。 確認したが、心眼に引っかかるものは存在しなかった。 ‥‥しなかったはずなのだ。 「あらベルンスト。あなたもサボり?」 「一緒にするな。俺は少し腑に落ちないことを考えていただけだ」 作業は順調で、みるみる土砂が撤去されていく。 空洞に入って二人の遺体を供養できればいいのだから、すべてやる必要もない。 鴇ノ宮とベルンストは倒木に腰を下ろし、仲間の作業を見つめている。 「ご高説、伺おうじゃない」 「連中はどうも普通のアヤカシとは思えん。表情からも人間の強い負の念を感じた。ならばやつらは何者か。人の魂というのはそう簡単にアヤカシになるものか‥‥?」 「言われてみれば‥‥。でもあいつらは現に存在した。それだけのことじゃないの?」 「‥‥存在しただけならいいがな‥‥」 すでに洞窟のようなものへの入り口は1メートルほどの大きさになり、入り込むのも難しくなくなっていた。 そして、一呼吸置こうと犬神がスコップを置いた、その時。 「‥‥‥‥え‥‥‥‥?」 風切音は無かった。当たった音もなかった。それでもなお、事実として犬神の腹には半透明の矢が突き刺さっている。 血は出ない。傷もない。しかし犬神は、その場から倒れ土砂の斜面を転がった‥‥! 「何!? え、矢!? どこから!?」 「皆、離れろ! 中に何かいる!」 意識が朦朧としている犬神をエメラルドが引っ張り、入り口から遠ざける。 作業していたメンバーもそれに続き、一同の視線はそこに集中する。 すると、半透明の手がずるずると中から現れ、やがて一人の弓術士の幽霊が姿を現した‥‥! 「そんな、なんで中から!?」 「被害者がまだ居たってことか? いや違う‥‥俺達はとんでもない勘違いをしてたのかもしれないな」 宗久の言葉は正しかったのかもしれない。 なぜなら、洞窟から這いでてくるのは弓術士の男だけではなく、魔法使いらしき女に巫女らしき女、泰拳士と思わしき男までがぞろぞろと出てくるのだ‥‥! 「こ、これは‥‥何が起こっている‥‥!?」 「みんな半透明‥‥こいつらも幽霊!? 冗談じゃないよ、アンタたち、一時撤退! 状況が不明すぎる!」 彼らがやらなくとも、確実に誰かがやっていた。もしかしたら雨などで入り口が肥大し、自然に這い出していたかも知れない。 悲しいとすれば、彼らの善意が死者には全く伝わらなかったこと‥‥これに尽きる。 過去から復活した謎の亡霊たち。その表情はどれも無念や恨みに満ちていた。 多くの謎を残したまま、一行は撤退する。 石鏡が本格的に調査に乗り出し、再び依頼が出されるまでには、少しばかりの時間がかかったという――― |