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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「さて、今回は再び幽志関連の依頼なんですが‥‥いくつか判明したことがありますね」 「木の葉や草は素通りするけど、崩れた土砂やストーンウォールは素通りできない。人間的に通れないところは武器も含めて透過できないっていうところかしら」 「あと、森に入って30分くらいは安全と思われる、というところですね」 ある日の開拓者ギルド。 幽霊のような志体持ち‥‥略して幽志。 最近存在が確認されたものだが、要はアヤカシである。 とある洞窟から這い出てその近辺をうろうろする連中だが、前回は二体を撃破することに成功。その数を減らした。 わからない事だらけの中、手探りなりと判明したことは多い。 ギルド職員の十七夜 亜理紗と西沢 一葉はこの事件の担当で、資料のまとめにも余念が無い。 「やっぱり厄介なのは弓術師ですよ。音も風も立てないで遠距離から精神力持って行かれたらたまりません」 「いつも壁が有効とは限らないしね。覚えておかないといけないのは、生前の装備による防御能力や職業ごとの特性はほぼ残っているって言うことかしら。半透明の幽霊が強固な鎧並みの防御力を持ってるっていうのは非常識よね」 前回倒したのでもう居ないとは言え、騎士の幽志も魔術師の幽志も強敵だった。 本当は一刻も早く洞窟の調査をしたいが、無理に突貫して全滅しましたでは笑えない。 幸い、敵の数は増えてはいないようだ。新たに奥から湧き出しているという情報は今のところ無い。 「そういえば、要請されて調べたことの追記です。十年ほど前に、石鏡の依頼に限って行方不明者が多い年があったというのは申し上げましたけど、もうちょっと踏み込んだことがわかりました」 その行方不明は石鏡各地にバラけており、件の洞窟近辺で起こったものではない。 参加人数が少なかった依頼‥‥最悪、2〜3人という正式に依頼として成立しなかったものも含め、4〜5人の少人数の依頼での行方不明率が極端に高いのだ。 依頼が終わり、帰るときになって『あれ? ○○はどこだ?』というパターンが多かったらしい。 逆に言えば人数が多い依頼では行方不明など殆ど出ていないし、参加人数が少ない依頼の方が珍しいので目立たなかったのか。 その年以降、行方不明者は通常値に戻り、その年だけが妙に多いということも調べなければわからなくなってしまったようだ。 「‥‥正確には十一年前なのね。この年、何かあったかしら‥‥」 「憶えていないんであれですど、私が7歳のころですね。一葉さんは9歳ですか」 「歳のことは言わなくてもよくない‥‥?」 「この頃だと普通にジルベリアとの交流もありますよね。そこから事件を追うのは難しいですか‥‥」 「華麗にスルーしたわね‥‥まぁいいけど。行方不明になった人たちにも共通点が見いだせないし‥‥難しいわ」 残る(と思われる)幽志は、巫女の女、弓術師の男、泰拳士の男の三名。 理性なく本能で襲い来る幽志たちを倒し、真相に迫れるであろうか――― |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
明夜珠 更紗(ia9606)
23歳・女・弓
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●再進撃 「これでよし‥‥っと。二十分地点も安全かな」 「あはは、マメですね。料理の仕込みみたいで共感できます」 「お料理ならさぞ美味しく出来上がるでしょうけれど、相手が幽志では‥‥」 森に入って早二十分。木の一本に白墨で印をつけているのは明夜珠 更紗(ia9606)である。 正の字を書くようにしているため、上と真ん中の線しか無くTの字に見えなくもない。 これは彼女が考案した安全圏の把握のための行動で、十分置きにこうして印を書いているのだ。 こういう地道な作業は後々重要になることも多い。それを料理で例えた井伊 貴政(ia0213)の言葉は冗談としても上々である。 惜しむらくは、シャンテ・ラインハルト(ib0069)が言ったように手間隙かけてもおいしい思いは出来ないということ。まぁ、その代わりに怪我が減る可能性もあるが。 「んー‥‥アタシの知らない間に、話が大事になってない‥‥?」 「十一年前に限って三十名以上の行方不明が続出ですからね。この事件の根は深く、そして昏いのかも知れません」 「立ち入って三十分で歩ける範囲には出現しないのかな‥‥。ううん、森の広さから言っても、それじゃあ出現範囲が狭過ぎるよ。洞窟の周りにいなきゃいけない理由でもあるのかな」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、事の発端となった調査の時に居た開拓者である。 事件の進展というかその後の話を聞き、眉を八の字にして呟いた。 ジークリンデ(ib0258)が言うように、この場の誰もが只事ではない気配を感じている。わからないことだらけではあるが、開拓者としての勘が警鐘を鳴らすのだ。『この事件は生やさしくない』と。 それは琉宇(ib1119)が考察していることからも覗える。普通のアヤカシならばとっくに別の場所へ移動していておかしくないのに、幽志たちは未だ洞窟近辺から動かない。 イレギュラーばかりのこの一件では、こちらも少しくらい冒険をしないといけないのだろうか? 「‥‥そろそろ三十分だ。例の囮をやるなら今のうちから準備するのだな」 「式を間近で見るのは初めてです。‥‥楽しみですね」 オラース・カノーヴァ(ib0141)の言う囮とは、鴇ノ宮が作り出した式によるものである。 しかし招鬼符は効果が長続きしないため、相手を発見してからでなければ意味が無い。それを聞いた劉 星晶(ib3478)は、残念そうな顔をして尻尾を下げる。 明夜珠によって印が木に書き込まれ、一行の警戒感レベルは鰻登りに上昇していく。 敵の行動範囲はそろそろだ。そして彼らの目の前に、前回の戦いでジークリンデが構築したストーンウォールの壁の列が姿を見せる。 うち一枚は崩れている。矢の連続攻撃の他に、あの後何かの衝撃を受けて破壊されたのだろう。 ここまででおよそ50分。少なくとも40分地点からは少し離れていた。 「鏡弦に反応は無し。抵抗されている可能性もあるから100%とは言えないが」 「何にせよ、もしもの時は宜しくね? ‥‥安心なさい、何か情報だけは手に入れてみせるから、さ」 「そんな、縁起でもないよ! とりあえず僕に試してみたいことがあるんだ」 そう言うと、琉宇はバイオリンを取り出して指版寄りにそっと弓を当てた。 琉宇曰く、スル・タスト奏法と呼ぶが、専門知識の無い者にはその違いは解らない。ただ、この演奏法は音の反響が良いらしく、琉宇はこれを途切れさせぬよう慎重に弓を引いていた。 森に響く断続的な音。反響しているかどうかは、近くにいる面々には分からない。 「んー‥‥ちょっといいですか? これって、相手が音で惑わされるとしても『誰かが近づいてきた』って宣伝してることにもなりませんかね?」 劉の何気ない一言で音が途切れる。 劉は勿論悪気があって言ったわけではないが、全員の顔が少しひきつった。 音で惑わされ明後日の方向に行ったにしても、できれば接近は悟られたくはない。 と、次の瞬間。 「っ!?」 風も音もなく、半透明の矢が明夜珠の右肩に突き刺さる。 激痛に反して意識が一気に薄くなり、現実世界に持ちこたえても気怠さは隠せない。 言うまでもなく、幽志の弓術師の仕業だ! 「右側の方ですよ! 結構正確に狙ってません!?」 「防壁を構築します。少々お待ちを」 「一先ず木の影に隠れろ! 奴らめ‥‥前回仲間をやっただけでは足りないか‥‥!」 「彼女、死んでいませんよ?」 井伊の叫びに続き、ジークリンデ、オラースと次々に打開策を提案する。 挙手しながらツッコんだシャンテの呟きに応える余裕は、誰にもない――― ●慟哭 「くそっ、奴め、移動しながら撃ってるぞ! 私を射抜いた時と角度が違う!」 「どういたしましょう。四方全てを壁で囲むわけにも‥‥」 「えー‥‥全然姿が見えないよ? まさか本当に気配で察知してるの?」 「そう考えるのが妥当でしょう。相手にとってはまさに狩り、ですね」 音の次は矢が断続的に森に飛翔する。 前回とは正確性がまるで違う。完全にこちらを捉えた射ち方だ。 弾切れを知らない無限の矢。森を移動しながらやられると完全に後手に回ってしまう。 「これでは魔法で狙うこともできん。一先ず壁の裏側へ行くのはどうだ」 「さ、賛成ですー。僕が先行しますので、皆さんはその後に!」 オラースの進言により、壁の列を盾にする方向性となる。 すでに矢は一行の後方、進んできた道から放たれている。帰りが不安だが、今は安全圏に移動したい。 井伊が先頭を切って木陰から出て、崩れたところから洞窟側へ向かう‥‥が!? 「‥‥っ! ヤバい、戻りなさい!」 「へっ? うわぁぁぁ!?」 井伊が壁にたどり着いた矢先、鴇ノ宮の制止の声が響く。 何か嫌な予感でもしたのだろう。それを肯定するかのように、何者かが突然突っ込んでくる! 泰拳士の男だ。しかも左目が抉られ酷い事になっていた。 半透明の幽霊でありながら生前の生傷を姿として残している。これも連中の不明の断片の一つ‥‥。 繰り出された手甲付きの拳を刀で受け、一旦下がる。不意を突かれたにしては良い反応であった。 しかし泰拳士は止まらない。矢のことなど気にもせず、井伊に再び殴りかかる! 「そうは問屋が卸しませんね」 木をまるで地面であるかのように蹴り、三角跳で上を取る劉。 抜き放った天儀刀で頭上からの攻撃をしかけるが、泰拳士は防衛本能でそれを察知、手甲でガードする! そして、劉の着地を狙うように矢が飛来し‥‥彼の背中に突き刺さった。 物理的なダメージはゼロとは言え、その光景はお世辞にも気持ちのいいものではない。 意識が飛ばないまでも、劉は酷い目眩に襲われている。 「貴様ら‥‥またしても! 人に仇なすからには容赦などせん!」 「弓術師ならともかく、あなたには射程負けは致しません」 オラースとジークリンデは共にアークブラストを放ち、泰拳士を狙う。 ジークリンデの方は角度的な問題で木によって遮られてしまったが、オラースの一撃が直撃し、壁の向こう側へと泰拳士を弾き飛ばした。 二人の魔法は開拓者でも喰らいたくないほど強力なものだ。かなりのダメージになったはず。 追撃をかけるなら今だ。矢から身を隠すためにも、壁の向こう側へ行きたい。 今度こそ井伊が先頭を切り、壁の向こう側‥‥洞窟がある崖崩れの現場へと出る。 その目に飛び込んできたのは、巫女の女が泰拳士を回復させている姿だった。 「死人やアヤカシでも回復って出来るんですね!?」 「気分的な問題なんだと思うよ! 悪いけど邪魔するからね!」 重力の爆音で二人纏めて攻撃する琉宇。 相手は押さえつけられたように動きを鈍らせるが、如何せんオラースたちに比べると火力が足りない。回復に専念されると回復量がダメージを上回ってしまう。 回復が早い。心臓の辺りに大きく血を滲ませた巫女の女は、生前はかなりの術者だったのだろう。 「‥‥やってみたいことがあります。井伊様、泰拳士様を少し抑えてくださいませんか?」 「ならアタシも乗らせて貰おうかな。巫女の方は任せといて」 「どうでもいいが早くしろ。弓術師の方を抑えるにしても魔力の限界がある」 「すまない、意識が朦朧として上手く狙いがつけられないんだ。大雑把な威嚇しかできないが、無いよりはマシと思ってくれ」 シャンテと鴇ノ宮のやりたいこと。それは事前に話されていたので皆承知していた。 琉宇のおかげで敵の動きが鈍り、弓術師もオラースや明矢珠が牽制して抑えてくれている。やるなら今しかないと、井伊も頷いた。 「それじゃ、お願いしますよ! いい結果を期待します!」 咆哮で泰拳士は容易に釣られてくる。しかし重力の爆音の効果が切れた泰拳士の動きは俊敏で、井伊の刀を手甲付きの両手を交差させてガード、すぐさま足払いで井伊の世界を四分の一回転させる。 そして右拳で井伊の腹を殴りつける! 不動で防御力を上げていても、幽志特有の精神へのダメージは軽減できない‥‥! 「は、放しませんよ‥‥! シャンテ、さん、早く‥‥!」 「申し訳ありません‥‥!」 「僕も試してみるね!」 シャンテと琉宇が心の旋律を発動し辺りに歌声が響き渡る。 これは精霊語による愛の詩を奏でるもので、本来は特別な効果は無い。 しかし、泰拳士の動きが鈍る。井伊を殴りつけていた右手が、ピタリと止まった‥‥! 「う‥‥な‥‥なみ、だ‥‥?」 朦朧とする意識の中、井伊は見た。泰拳士の残った右目から、一滴の涙が落ちたことを‥‥。 「安らぎを‥‥求めている?」 「この人たち‥‥縛られてるのかな‥‥?」 三十人以上の行方不明者。何かの事件に巻き込まれたと考えるほうが妥当だろう。 「もし、誰かの恣意でこんなことになったのなら‥‥幽志の皆様の恨みの表情は、本当はそちらに向けられているのでしょうか‥‥?」 胸の辺りに手をやり、悲哀に満ちた表情をするシャンテ。彼女がこんな表情をすることは稀である。 「おけ。把握っ!」 巫女もまた涙を流し、動きを鈍らせている。それを見て取った鴇ノ宮は、一か八かで飛びかかる! 彼女のやりたい事‥‥走馬灯は色々厄介な術で、少なくとも接触していないと発動できない。 しかも消耗が大きすぎるので失敗は許されない。心の旋律が動きを止めてくれたのは大いに助かる。 巫女相手なら一撃でやられるようなこともなかろうという計算もあったわけだが‥‥。 「術が発動しない‥‥! やっぱり死んでから時間が経ち過ぎてるの‥‥!?」 これも走馬灯の厄介なところの一つ。対象者が死亡してから五分以内でないと発動すら出来ないのだ。 加えて言うなら記憶を読み取ったりする等の効果もない。純粋に安らかな最後を演出してやることにしか使えないと思っていいだろう。 「うぐっ!? は、祓い串、で‥‥!?」 流石に暴れだし、祓い串で鴇ノ宮の喉を突き刺す幽志。 物理ダメージではないので喉が潰れたりすることはないが、やはり精神力をごっそり持って行かれる! 「あ、あによ‥‥!」 突如、巫女が祓い串を放り出し右手で鴇ノ宮の顔を押さえつける。 すると、鴇ノ宮の意識に巫女の記憶らしきものが流れこんで来た。 走馬灯は使えなかったのに何故だろうか。心の旋律で幽志に何かが起こり、彼女らのことを知りたい、救いたいと強く思っていた鴇ノ宮に魂がシンクロしたのかも知れなかった。 生前の巫女。笑い、怒り、悲しみ、その日その日を楽しく生きていく。 なんということはない日常。いつか恋もしてみたい。でも、今の生活が変わってしまうかな。そんな、少女時代にはありがちな穏やかな日々。 それが‥‥彼女が生きた人生。開拓者としての仕事をしながら、充実していた日々だった。 しかし、その光景がふっと暗黒に塗りつぶされる。鴇ノ宮は大海にたゆたうように、感情の世界に翻弄され逃げ出せない。 『くくく‥‥君は名誉ある礎となるのだよ。私の術の実験台になれるのだ。光栄に思うのだな』 どす黒い声。真っ黒い世界の中にあってさらに際立つ邪悪さがある。 鴇ノ宮は巫女の『嫌だ、死にたくない!』という思いも共有し、余分に精神をすり減らす。 『まぁ成功例は多くないのだがね。上手くすれば生き延びられるさ。アヤカシとしてなぁ!』 「ぐ‥‥嫌‥‥嫌だ‥‥! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁッ!」 シンクロしている鴇ノ宮と巫女の感情が爆発し‥‥世界が弾けた。 どさりと倒れた鴇ノ宮と巫女。虚ろな瞳に写ったのは、巫女が消滅していく所であった。 その表情は涙を湛えた笑顔。そして巫女の口は、声なき言葉を形作る。 ごめんなさい。そして、ありがとう‥‥。 理屈はわからないが、巫女の魂は鴇ノ宮とシンクロすることで救われたのだろう。誰かに自分が精一杯生き、無念のうちに死んでしまったことを知って欲しかったのかも知れない。 鴇ノ宮にはもう戦う力も気力も残っていない。それに、彼女は勿論、他の開拓者であってももう二度と同じことは出来ないような気がする。 泰拳士の方はというと、シャンテと琉宇が続ける心の旋律により混乱状態にあるようだ。 井伊から飛び退き、頭を抱えて苦しんでいる。どうやらある程度離れれば効果が薄くなるようだ。 しかし、そんなことをすれば的になるのは当たり前の話だった。 「あら、今回は譲ってくださいますの?」 「‥‥気勢が削がれた。どうやら俺の怒りをぶつけるべきは別にあるようだ」 オラースはそう言いながら鴇ノ宮の救助に向かう。 代わりにジークリンデがアークブラストを放ち、直撃を受けた泰拳士は痙攣しつつ倒れ伏す。 「‥‥まったく、この依頼は色んな意味で忙しいですね。もう少しのんびりしたいもので」 ふらふらとした足取りながら、劉が泰拳士に歩み寄り‥‥天儀刀で止めを刺した。 鴇ノ宮とは違った形だが、これも救いには違いなかろう。 井伊と鴇ノ宮は意識不明一歩手前、明矢珠と劉も一発貰っている。ここから更に弓術師と戦うのは無謀というものだろう。 土砂で半分埋まったままの洞窟の入り口を見やり、開拓者たちは撤退を決めた。 来た時とは別方向からの撤退なのでかなり時間がかかってしまったが、一応撒くことには成功したようである。 鴇ノ宮が聞いた謎の声の正体は? 実験台とはどういうことなのか。 新たな謎を生みつつも‥‥原因であろう洞窟の内部に踏み込む日は近い――― |