|
■オープニング本文 世に男女のある限り、恋路が絶えたことはなし。 千差万別に存在するその恋において、また一つ新たな事件が生まれようとしていた。 石鏡に存在する二つの村。名誉のために村甲、村乙と仮称する。 その村々は代々仲が悪く、好んで交流することはあまりなかった。 昔から一つの山の所有権を巡っているからとのことだが、中にはどうして自分たちがいがみ合わなければならないのか詳しい経緯を知らない世代もいる。 詳細はさておき、依頼の骨子である。 村甲と村乙の村長にはそれぞれ若い男女の孫がおり、どういう経緯か恋仲になったようなのだ。 勿論村長や父母は反対したが、そこはそれ、若い二人にとっては返って恋の炎を燃え上がらせることにしかならなかったという。 半ば公然の秘密となった二人の関係。事ある度に抜け出し、逢引しているとも伝え聞く。 しかし、とうとう我慢がならなくなった両村の村長は孫たちを拘束。頭を冷やせと家から出さないようにしてしまったのだ。 本気の禁止令に困った村乙の村長の孫(女性)は友人に代行を頼み開拓者ギルドへ依頼。村長たちを説得しろとまでは言わないが、せめて逢瀬の手伝いをしてもらえないかとのことらしい。 確かに古い村の確執に若い男女が縛られなければならないのは不幸だ。二人に非がないならなおさら。 あなたに会いたい。そんな気持ちを、後押ししてやってはいただけないだろうか――― |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
サリエル・ュリウス(ia9778)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●注目 「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! あたし達の妙技、見ておかないと後悔するわよ〜?」 ある晴れた日のこと。依頼人の女性が閉じ込められている村乙(仮称)に到着した開拓者四人は、早速打ち合わせ通りに行動を開始する。 愛想よく元気に呼び込みを駆ける川那辺 由愛(ia0068)の声に引かれ、村人たちが何事かと集まってくるのが見て取れた。 前髪で目元がよく見えないが、本人は実は乗り気ではない。 曰く、錆び付いたくだらない理由で若い世代を縛っているのが頭に来るとのことだが、そこはそれ、依頼達成のためには作り笑いもしようというものだ。 幸い、サリエル・ュリウス(ia9778)の提案で化粧やら服装やらに統一感を出しているわけで、立派に大道芸人と認知されているようだ。 「隣村はどうも狭量でな。その点こっちは心も広かろうと思って来たんだが」 騒ぎを聞きつけてやって来た村長に、サリエルはそう呟いた。 隣村、つまりは村甲(仮称)は開拓者たちを無下に追い出した。そう聞いては対抗心に火が点かずにはいられない。 勿論それが狙いではあるのだが、サリエルの一言はあっさりと村長の快諾を引き出す。 「ちっ」 「あわわ、由愛さん! 笑顔笑顔!」 「はいはい分かってるわよ。ちょぉ〜っとイラッとしただけ♪」 「うぅ‥‥お願いしますねぇ?」 思わず舌打ちをした川那辺。横でそれを見ていてぎょっとした倉城 紬(ia5229)は、踊るような足さばきで川那辺の周りをくるくる回りつつ念押しをする。 村の広場を提供された三人は、村長を含む多くの村人が集まったのを確認すると、予め打ち合わせておいた芸を開始する。 まずはサリエルがジャグリングを開始し、ばらまいた持参の携帯品から好きなものを投げてくれとジェスチャーした。 無難なところでお手玉、鞠から始まり、とらやもふらのぬいぐるみが混じり、挙句賽子や荒縄まで器用に回して行くから恐ろしい。 結んであるとは言え荒縄はジャグリングに向く形状では無いし、賽子に至っては小さすぎて他の道具に隠れてしまいそうな気さえする。 しかし元々大道芸の修行をして歩いている彼女にとっては、この程度は朝飯前だという。 途中、煙管で喫煙までしつつ、投げ入れてもらった空の袋に回していたものをすぽすぽっと全て納め、何事もなかったかのように煙を吐いた。 そしてさっと一礼すると、ぽかんとしていた観客から歓声と拍手の渦が巻き起こったのであった。 流石はその道のプロと呼べる芸当だけに、最早彼女らが大道芸人ではないとは誰も思わない。 「拍手喝采ありがとね〜。それじゃあ次はあたしたちの番よ」 「はい。皆さん、楽しんでいってくださいね」 川那辺と倉城が歩み出ると、再び場は静寂に包まれた。 舞傘を手にした倉城がゆっくり舞いだし、観客たちは感嘆の息を吐く。 先程のサリエルの芸が息も吐かせぬ動の芸だとすれば、倉城の舞は心を引き付ける静の芸。 その空いた手に火種の術による明かりが灯り、光の軌跡を添えていく。 欲を言えば夜ならさらに映えたと思うが、時間の関係上昼なのが惜しいところだ。 「あんまり、こんな式は趣味じゃないんだけどねぇ‥‥」 誰にも聞こえないようにボソリと呟き、気を取り直してから川那辺も参加しだす。 「舞え、白鳥よ。あたしの意のままに‥‥!!」 人魂の術で小型の白鳥の姿をした式を作り出し、倉城の舞に合わせるように舞踊らせる。 傘と火種の赤い軌跡に白い鳥が彩りを添え、静の中に動を交えて昇華していく。 「ほう‥‥なかなかどうして、才能があるようだな」 サリエルの口から思わずそんな言葉が出てしまうくらい、二人の芸は村人を惹きつけていた。 「‥‥まぁ、大道芸としては格調が高すぎるきらいはあるが」 要は作戦のために村人を釘付けにできればいいのだ。 サリエルはあさっての方向を見やり、四人目の仲間に思いを巡らせた。 村の広場で三人が盛り上げている頃、村長の家に近づく一つの影があった。 「障害があるほど人の恋路は燃え上がるとはよく言うが、いやはや」 建物の影などを利用して静かに移動するのは紬 柳斎(ia1231)である。 彼女だけは大道芸に加わらず、こうして人気の少なくなった村を移動し村長の孫を連れ出すのが任務となっているのだ。 たまに聞こえる歓声から察するに、他の三人は上手くやっているようだ。これなら見つかることもなく到着できることだろう。 その予想は裏切られることなく、紬は一際大きい民家を視界に捉えた。 依頼人の代理人によれば、村長の孫は離れに閉じ込められていると言う。 見たところ見張りもなく、入り口につっかえ棒をし荷物を載せた大八車を重しとし、押さえ込んでいるだけのようだ。 「これはまた拍子抜けだな。見張りがいたら厄介だったろうが‥‥作戦勝ちか?」 紬はぼやきつつも素早く離れに近づき、中に居るであろう娘に声をかける。 「聞こえるか? 君が頼んだ開拓者だ」 「えっ、ほ、本当ですか!? 本当に、本当に開拓者さん?」 「文法が変だな。すぐに出る準備をしろ。抜けだすぞ」 「はい! 来てもらえるなんて‥‥感謝してしまいます、本当に、私!」 「だから文法がおかしいとゆーに。まぁいい、すぐに開ける」 大八車は運搬用の器具である。荷物が乗っていようが、普通に押せばあっさり退かせる。 つっかえ棒を外し、入り口を開けた紬の前に、着物を来た村娘が姿を現す。 少し疲れているようだが、恋人に会えることを期待して目を輝かせていた。 「しかし羨ましいなぁ。私もいい人できないかなぁ」 「はい? どうかしてしまいますの?」 「‥‥むっ、なんでもない。なんでもないぞ。というか微妙に失礼に聞こえる文法間違えは止せ」 「はぁ」 とにかく村乙の村長の孫の連れ出しには成功、集合場所へと向かうことになる。 大道芸をしている三人が村を後にするのは、このもう少し後のことであったという――― ●だぶる 「力仕事は男の役目ですよね。ん、頑張りますよっ」 「あら、だったら私はお手伝いしなくてもよろしいかしら? 女の細腕で穴掘りだなんて」 「も、申し訳ないんですが、結構深い穴をほらなきゃいけないんです。一緒にお願いしますよぅ」 小柄な子供でありながら、相川・勝一(ia0675)はさくさくと地面を掘っていく。 それを横目で見ながら冗談めかして言う井伊 沙貴恵(ia8425)に対し、女性に免疫がない利穏(ia9760)は普段以上におどおどしながら懇願した。 冗談よと笑う井伊は、利穏をからかうのが癖になりそうな気さえする。 ちなみに、開拓者たちが集まって落とし穴を掘っているのは村甲のすぐ近く。 これは別に村甲の人々を落とすために掘っているのではなく、あえて自分たちで嵌って村人たちの助けを請い、注意を引こうと言う目的である。 そのため、ちょっとやそっとの穴ではあっさり助け出されて計画に支障をきたす。救出に時間がかかることを前提としているので、人手はいくらあっても足りない。 「‥‥お二人の思い、遂げさせるためにも‥‥が、頑張らないと‥‥です!」 拳をぎゅっと握って穴掘りに意欲を見せるのは雪ノ下 真沙羅(ia0224)。 とにかく胸が目を引くお嬢さんで、その台詞を聞いた利穏は間髪入れずにこう言った。 「あ、真沙羅さんは、結構ですよ」 「あ〜ら、どういう意味かしら利穏くぅ〜ん?」 「いだだだだだっ!? す、すいませんすいません、肩のツボ押すのは止めてくださいぃぃぃ!?」 顔をひきつらせながら利穏の肩をグリグリ抉る井伊。何やらプライドを傷つけられたらしい。 「ぼ、僕はただ、真沙羅さんはこの後罠の中で神経をすり減らすでしょうから、準備にまで参加することはないんじゃないかと‥‥!」 「あ、あの、その‥‥お気持ちは、嬉しんです‥‥けど、でも‥‥!」 「あのぉ、皆さん‥‥集合時間に間に合わないと困りますし、作業しませんか‥‥?」 『はい、すみません‥‥』 一番の年下である相川に諭され、しゅんとする三人。 結局全員で作業に当たり、一心不乱に穴掘りを終えた一同は、自作自演防止のための土の処理も完了し、達成感に浸っていた。 思ったより作業が進んだと言うか興が乗ったと言うか、底が見えないほどの落とし穴が出来上がったわけだが‥‥ここでふと雪ノ下があることに気づいた。 「えと‥‥その‥‥。こ、これ‥‥落ちるんです‥‥よね‥‥?」 消え入りそうな声で発言した雪ノ下に視線が集中し‥‥次に穴を凝視する。そして三人は同時に『あ、しまった』という顔する。 途中から何か楽しくなってきてしまったので気にしていなかったが、どうせなら雪ノ下だけ下に残しておけばよかったのではないかと今更気づく。 正確な深さは不明だが、いくら開拓者とはいえ無策で飛び込んだら大怪我になるかも知れない。特に、いかにも箱入り娘といった風体の雪ノ下なら尚更だ。 「えー‥‥罠はこれでいいのかな? それじゃあ僕は潜入してきますね! 見つからないようにこっそりいかないとー!」 「えっ、ちょっ、勝一さん!?」 「逃げたわね‥‥」 脱兎の如く駆け出した相川を見送ることしかできず、三人は途方にくれる。 これ以上時間は掛けたくないのはみんな一緒だ。真沙羅は意を決して穴に近づき‥‥ 「わ、私、やりますっ! ちょ、ちょっと怖いです‥‥け、ど‥‥」 「安心してください、真沙羅さん。後で必ず助けますから。主に村人さんたちがっ!」 「最後の一言は余計だわねぇ」 「い、いいえ‥‥そうでないと、困ります‥‥から。それじゃ、い―――」 『い?』 いきます、と言おうとした雪ノ下であったが、その言葉は最後まで紡がれなかった。 落とし穴の淵に立っていた彼女の足元が突如崩れ、意図せぬハプニングに雪ノ下は近くにあったものを掴もうと思わずもがく。 それに運悪く捕まったのが利穏の袖。不意のことで踏ん張れなかった彼もまた‥‥ 『うそぉぉぉぉぉっ!?』 ずざざざざぁー、と大きな音ともに、二人は地底の闇へと姿を消したのであった。 一人地上に残された井伊は、しばし考えた後‥‥ 「ま、いいわよね。どうせ助けを呼ぶのに変わりはないんだし。うんうん」 わりとなかった事にして、予定通り村へ救助の要請へと向かってしまった。 困ったのは穴の底にいる二人である。 「痛た‥‥だ、大丈夫ですか、真沙羅さん‥‥」 「は、はわわ! こ、こっち見ないでくださいぃぃぃっ!?」 「はい!? いや、暗くて全然見えないんですけど、どうかしましたか!?」 もにゅん。 「ひゃんっ!?」 「ふえっ!? えぇっ!?」 馬鹿みたいに深く暗い落とし穴の底。目が慣れていないのも手伝って、利穏は手探りとばかりに辺りに手を泳がせてしまったのだ。 一瞬とは言え明らかに土壁とは違う、柔らかな生の感触に手が触れた。 詳しく言うならそれは、普通の肌とはまた違った弾力と温かさを持っていて‥‥ 「す、すみませんすみませんすみません! 大事なことなので三回言いました! ぼ、僕反対方向向いてますので、どうかお許しをっ!」 「あのっ、じ、事故ですし‥‥! わ、私が、引きずり込んじゃった、訳ですし‥‥!」 「あぁぁぁ、さ、触らないでください! き、緊張してるんです、僕!」 「わ、私だって、同じですぅぅぅっ!?」 こうして、二人は助け出されるまでひたすら騒いでいたわけである。 救出の最中にも、やれ肘があたってすいませんだの髪が顔にかかってすいませんだの、手伝ってくれた村人たちでさえ苦笑いするほど初々しいやりとりであったという。 が、このやりとり見たさに予想以上の村人が集まったのは嬉しい誤算と言える。 このおかげで相川は難なく村長の孫の連れ出しに成功する。 「あ、僕は怪しいものじゃないです。乙村の女性から依頼された開拓者です。あなたを連れに来ました。多少の荷物とお金だけもって行きましょう」 「彼女がそんな依頼を!? そこまで僕とのことを‥‥! ありがとうございます、お願いします!」 こうして両村の孫は拘束から解かれ、開拓者の案内の元、逢瀬の場所へと導かれる――― ●人の世の 「あぁ‥‥会いたかった‥‥!」 「離さないで‥‥絶対に、もう‥‥!」 先にたどり着いていた乙村担当のメンバーに見守られ、娘と男は久方ぶりの再会を果たす。 甲村からは相川しか合流出来ていないが、依頼人たちの逢瀬が完了したのだから問題はない。 すでに日は沈み‥‥月光の下で抱き合い、お互いの熱と存在を感じ合う二人。 邪魔にならないよう遠巻きにみている開拓者たちさえ、そのアツさにやられそうである。 「それで? これからどうするつもり?」 ややあって、ようやく抱擁を解いた二人に川那辺が問いかける。 「このまま戻っても今回抜け出した罰もあるだろうから絶対にロクな目に合わないわ。断言してもいい。二度と会えなくなることも覚悟しないといけないわよ」 が、二人は頷き合うと、 「決めました。このまま村を離れて、どこか別の場所で暮らそうと思います」 「思い切ったな。だが、そう簡単なことではないぞ?」 「でも分かっています。いつかそうするために、大丈夫なお金も貯めていましたから」 「だから何故文法がおかしいんだ君は!?」 手を震えさせてツッコむ紬。文法はともかく二人の意思は固いようだ。 それならと手持ちのお金を渡そうと差し出した開拓者の手に、二人は首を振った。 「皆さんにはもう充分助けていただきました。ここからは本当に僕たちだけでやっていかなきゃいけないんです。僕たちだけの力で」 しっかりとした意思の込められた瞳を見て、川那辺たちは息を吐いた。 中々どうして、言うものじゃないか。これが愛ゆえのものなのか。 「‥‥そう。貫いてみせなさい、その愛を。呼べば、あたし達はかけつけるからね」 「はい。お二人の笑顔がいつまでも続くことを祈っています!」 「ふっ‥‥お幸せにな」 「村長さんたちも二人が離れれば考えを変えるかもしれないですしね。頑張ってください」 そして、祝福に見送られながら二人は石鏡のとある街へと姿を消した。 二人の姿が見えなくなった後‥‥月を見上げ、ずっと黙ったままだったサリエルは一人笑う。 「さぁ悲劇だ喜劇、愛も情なら憂いも情! 転げて行くから面白い。な!」 自分たちで幕さえ上げられなかった二人が、自分たちの助力で幕を引きちぎったのだ。 これだから開拓者はやめられない。人の世の見世物は、見ている分には面白い―――! |