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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「じゃじゃーん! みなさん、これ見てください!」 ある日の開拓者ギルド。 職員の十七夜 亜理紗は、依頼を求めにやって来た開拓者たちに一枚の紙を広げて見せた。 どうも普通の依頼書とは違う。そこにはでかでかと『温泉旅行ご招待!』と書かれている。 「石鏡のとある老舗旅館がですね、集客アピールのために開拓者さんたちを無料でご招待してくれるそうなんですよ。開拓者さんの中には一般人に人気のある方達も多いので、その人達が泊まったとなれば充分アピールになるとか」 気候風土の豊かな石鏡には、温泉が湧き出しているところも少なくない。そういうところは得てして旅館が建てられており、観光地や湯治場として人気になっているのだ。 とはいえ、最近は石鏡のみならず天儀全体でアヤカシの脅威が幅を効かせている状態。ライバル店との競合に勝ち残る意味も含め、旅館側も試行錯誤しているのだろう。 「えー、一応お知らせしておきますが、今回は純粋な旅行です。皆さんが起こそうとしなければトラブルや事件は一切起きないと思います。たまにはまったりと世俗を忘れて休養してみてはいかがでしょうか」 近辺にアヤカシの発生情報もないし、温泉街でトラブルが起こっているという話もない。刺激を求める方には退屈な依頼となってしまうだろう。 しかし、たまにはユルい日常を過ごすのも悪くはない‥‥そんな風に思える方々の参加を求む。 「いいないいな、温泉ですよ! 私も行きたいんですけど、期間内にギルドの仕事が被ってて無理なんです。なので、参加した方々は是非、私の分も楽しんできてくださいね!」 一泊二日、のんびり温泉旅行。タダでもあるし、今回は純粋に旅行を楽しんでほしい。 そう、まさに‥‥ゆっくりしていってね! |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●とうちゃく! 十二月に入り、冬将軍来たる。日々気温が下がっていき、人も町も季節の変化を見せ始めた今日この頃。 石鏡北部の山岳地帯。ここにとある温泉街があり、開拓者たちはその中の宿の一つに到着した。 要は宿側の宣伝に使われるわけだが、タダで一泊二日の温泉旅行ができるとなれば参加者にもメリットは充分と言えるだろう。 待遇の面でも心配はあるまい。参加者が口コミで『あの宿は良かったよ』と広めてくれれば二重の意味で宣伝になるのだから。 その宿は老舗というだけあり年季の入った木造建築が目立つ。しかし決してボロなどということはなく、何度も塗り直されたであろう漆が良い光沢と濃い茶色を醸し出していた。 かすかな風に揺れる濃紺の暖簾には、『湯川屋』という白い文字が書かれている。 「へぇ、風情のある宿ですね。植木もしっかり手入れされてますし」 「寒い日にはやっぱり温泉が一番ですよ〜。可愛い子も多いですしね〜」 普段、戦いに身を置くことの多い開拓者たち。それは思わず感嘆の息を漏らした真亡・雫(ia0432)や鼻歌交じりの猫宮 京香(ib0927)もご多分に漏れない。 だからこそ、事件も戦いも陰謀も関係ない癒しの時間を求めた。それは人として当たり前のことである。 一行が引き戸を開け暖簾をくぐると、番頭らしき男に声をかけられた。 「いらっしゃいまし! あぁ、開拓者御一行様で!」 「おぉ!? 言わなくても分かるなんて、おじちゃん凄いのだ!」 「いやぁ、格好を見ればだいたい分かるんじゃありませんかね。ねぇ?」 「あら、私ですか? これでも陣羽織で防寒しているんですが」 叢雲 怜(ib5488)は番頭の観察眼にテンションを上げたが、雪切・透夜(ib0135)は苦笑いしながら思わずペケ(ia5365)に話を振った。 ペケは言葉通り陣羽織を羽織っているものの、その下は大胆な仕様の忍び帷子である。これからの時期、胸元の大きく開いたこの服ではかなりしんどかろう。 こういう一般人が着ない格好を鑑みれば、招待した開拓者たちと認識されるのは当たり前である。 番頭が奥に向かって声をかけると、着物を見事に着こなした妙齢の女性が姿を現した。 深々と一礼をしたその女性は、笑顔を見せ一行を部屋へと導いていく。 よく掃除された木張りの廊下は軋むことすら無く、ゆったりとした雰囲気を傷つけない。 「素晴らしいですね‥‥定期的に補強されているのでしょうか」 「温泉にのんびり浸かる‥‥正に人生の至福ですね」 「ジルベリアの叔父様が住んでいた場所には、温泉がなかったのでとても楽しみですわ」 志藤 久遠(ia0597)は、足元を確かめるように少し強めに廊下を踏むが、それでもギシリという音はしない。 一方、雷華 愛弓(ia1901)とシータル・ラートリー(ib4533)はすでに温泉の方に意識が行っているようで、手を合わせてはしゃぎ気味である。 一行が通された部屋は八人用の大部屋で、眼下に川を見下ろせる景色のよい場所だった。 床の間には季節の花が飾られ、聞こえてくるのは川のせせらぎと時折響く鹿威しの音だけである。 「さて、では荷物を置いたら早速温泉に参りましょうか。そのために来たのですし」 「賛成ですわ。初めてなもので、もうドキドキですの♪ あ、でもこの建物にも興味が御座いますの!」 「あぁ、私はいい時間まで修練をさせていただこうかと思いますので」 「くすくす‥‥相変わらず真面目ですね。まぁ、汗をかいたほうが良いお風呂に感じるかも知れませんしね」 ペケやシータルは早速温泉に向かうようであるが、志藤など別行動を取る者も居る。 別に強制するようなことではないし、それぞれがゆっくり思うように過ごせば良いのである。 真亡の提案により、夕食までは各自フリーとなったのであった――― ●おんせん! 夕食も招待とは思えないくらい豪勢なもので、舟盛りや個人別の鍋など一切の手抜きはなかった。 季節の野菜に鹿や猪の肉の旨みが染み込んだ鍋に、わざわざ国を越えて仕入れられた海の幸。そこにほかほかの白いご飯と味噌汁が加われば無敵である。 魚は上品に。肉は豪快に。素材の特徴を活かした食事は、やはり普段自炊したり食べ物屋で注文したりするものとは違う。 労い、もてなし、楽しんでもらうことを生業としている旅館全体の心遣いが染みてくるというものだ。 部屋に運ばれてきた膳を八人で囲い、話に花を咲かせつつ舌鼓を打った一行。 しばし休憩した後、今度は全員で温泉に入ることとなったようだ。 一人のんびりもいいが、大人数で入るのもまた愉しからずや。 「ん‥‥おぉ‥‥ふふふ‥‥!」 「あらあら〜? 愛弓さんは脱がないのかしら〜?」 「(じゅるり)あ、お気になさらず! 安全管理の面から、警護として最後に入ります!」 「じゅるり!? う、うーん、何やら邪悪な気配が‥‥」 他の女性陣が服を脱ぐところを観察していた雷華。何やら怪しいというか下心が丸出しなのだが、少なくとも猫宮は気にしていないようである。 志藤は背中に多少の悪寒を感じつつも、それを振り払い服を脱ぐ。 見目美しい女性陣たちの肌がこれでもかと乱舞する女湯と脱衣所。それは男の出入りを固く禁じられた秘密の花園‥‥いや、湯園である。 立ち入る女性の中に多少問題のある人もいるようだが、それも女性の特権であろう。 あえて言わせていただきましょう。お 見 せ 出 来 な い の が 残 念 で す。 「いっそ清々しいくらいですね。まぁ、私は構いませんけれど」 「ペケさんは素晴らしいですね! ですね! 志藤さんと猫宮さんは実に大人‥‥(じゅるり)。シータルさんは将来が楽しみですね♪」 「またじゅるり!? 何やら冷えるようですので、すぐ移動しましょう‥‥」 志藤とシータルはここに来て初めての入浴である。 志藤は修練、シータルは旅館の珍しさにあちこちを見て回っていたので時間がなかったのだ。 引き戸を開け、露天風呂とご対面である。 「‥‥こ、これが、オンセンというものなのですね。素敵ですわ!」 岩を各所に配置した岩風呂形式の温泉は、何十人という人間が入れそうなくらいの規模を誇る。 透明極まりないお湯から立ち上る湯気は、低い気温と反比例してその濃度を増す。 止めどなく湧き出る温泉と湯気。それは家の風呂では決して味わえない芸術とも言えそうなものであった。 備え付けてあった湯船からお湯を掬い、ひとしきり身体を洗う五人。 温泉に入るときはまず身体を清めてからという教えを、シータルは興味深そうに聞いていたという。 「ほふ‥‥じんわりと身体に染み込むようですわ‥‥♪」 「はい‥‥掛け値なしにそう思います。あまりこういう贅沢を知ってしまうと、近場のお風呂では満足できなくなってしまいそうなのが怖いところですが」 肩までしっかり湯に浸かり、息を漏らすシータルと志藤。 泉質がどうとかまでは興味ない。こまけぇこたぁいいんだよ! の精神である。 「ん〜、気持ちのいい温泉に入って美味しいお酒を飲む。幸せですよ〜」 「美味しい物を食べて、たっぷり湯に浸かって‥‥うん、幸せ♪」 猫宮などは熱燗を持ち込ませてもらっており、温泉で一杯と洒落こんでいる。 ペケもそれは考えていたようだが、まだまだ温泉に入る機会はある。今回もじっくり温まることを選んだようだ。 と。 「あぁ、やっぱりいいですね! ペケさんのは浮かんじゃうんですね! 私もそのくらい欲しいです!」 「これはこれで肩が懲りますよ?」 「そうですか? でもでも、やっぱり志藤さんや猫宮さんくらいの美しいのもいいですね!」 「は、はぁ。ありがとうございます‥‥」 「あらあら〜、愛弓さんも可愛いですよ〜。でも大きさじゃないんですよ、こういうのは〜」 「お、オトナな発言ですわね‥‥。でも、ボクも無いよりはあったほうが‥‥」 「くぅ〜、シータルさんかぁいいですよぅ! おもちかえりぃ〜♪」 「わっ、わっ、く、くすぐったいですわよ!」 「お肌すべすべですね! 凄い、シルクみたいな手触りです! きめ細かいです!」 「そんな、他の皆様方だってそうなのでは‥‥」 「いーえー、大人の女性のしっとり柔らかい肌とはまた違った良さがあるんですよぉぉぉ!」 「あーれー!?」 ざぶざぶと音を立てる温泉は、ほぼ彼女らの貸切状態であった。 女性だけという安心もあるのだろうが、露天風呂で皆開放的になっているようだ。 しかし大丈夫、湯気がある限りなんだかんだ見えないッ! 何故ならそれがお約束だからである。 一方そのころ‥‥ 「楽しそうだね‥‥」 「そうだね‥‥」 「凄いのだー! 広いのだー!」 こちらの男湯も、造りとしては女湯と変わりはない。 叢雲が余裕で泳げるくらいの広さと、彼らの貸切状態であるのも同じだった。 そして、見たいと思われるであろうところも。 真亡と雪切は天儀酒をちびちびやりながら、岩壁の向こうから聞こえてくる女性陣のやりとりを聞き流していた。 こちらは完全にゆったりまったりコースを決め込むことにしたらしい。親しい二人であっても、会話が必要ないくらい温泉は気持ちがいいものである。 しかし幾分か温まった後、雪切は湯船を移動し始める。 「あー‥‥本当にやるの?」 「普段なら絶対しないんだけどね‥‥どうしてこうなった」 「御武運を。僕は遠慮しておくよ」 「いや、僕も正直言うと遠慮したいんだけど‥‥」 事前相談の時、雪切は何故か『覗き勝負』なるものをやるような流れになってしまっていた。 冗談のつもりだったが間に受けられて引くに引けなくなったというのが正しいところだが。 「透夜くん。そんな覗きで大丈夫かい?」 「大丈夫だ、問題ない‥‥。いや‥‥うーん‥‥問題ない‥‥問題ない‥‥」 顔を真赤にさせつつ、自己暗示をかけ女湯に近づいていく雪切。その背中を見送り、叢雲はぽつりと呟く。 「一緒にお風呂に入りたいのなら、ちゃんと姉ちゃん達に言えば良いのにな‥‥」 「うーん、そういう問題じゃないんだよ。君も大きくなれば分かるさ」 「そーなのかー」 「‥‥ところで、君とは何か他人のような気がしないんだ。ショタとか言われないよう気をつけてね」 「俺は怜なのだよ。正太じゃないよ」 「‥‥それも大きくなれば‥‥分からないほうがいいけど、わかるよ」 周りには納得でも、本人は微妙。あだ名にはそういうところもある。 乙男(オトメン)と呼ばれるほど女性っぽい真亡の明日はどっちだ。 さて、予め温泉の構造は把握済みの雪切。男湯と女湯は、岩壁を挟んだだけなので大声を出せばすぐに聞こえてしまうくらいだ。 しかし露天風呂外から侵入しようとするのは困難である。何故ならそこかしこに罠が仕掛けてあり、少しでも引っかかろうものなら鳴子が盛大に鳴り響く仕掛けなのだ。 これは宿が防犯対策として施しているもので、これらを破壊して回るのもはばかられる。本当は案山子などを活用したいと思っていた雪切だったが、下見の段階で断念せざるを得なかった。後はもう、シンプルに岩壁を登るしか無い。 要は一瞬だろうが覗ければOKなのだ。正攻法で行ってもさして違いはなかろう。 器用に岩壁を登る雪切。その顔が壁の上に出た瞬間‥‥! 「おぉぉぉ、雪切さん肌白いです!」 「ぶっ!? 雷華さ‥‥うわぁぁぁっ!?」 真正面から突き合わせるように雷華の顔が出現し、雪切は思わず手を滑らせてしまった。 ちょっとした高さから湯船に叩きつけられ、大きな湯柱が立ち波が水面を揺らす。 「まぁまぁ、雫さんも怜さんも可愛いです〜。可愛い子達を見られるとは眼福ですね〜♪」 「がぼがぼっ、ごほっ、ごほっ! な、なんで猫宮さんまで覗いてるんですか!? 普通逆でしょう!?」 「旅の恥はかき捨てですから〜。可愛い子に男も女もないんですよ〜」 志藤の心眼でタイミングを見計らい、雷華と猫宮が脅かして先に覗く。 こういうと単純だが、女性側から先に覗こうとする発想の時点で野郎に勝算はほぼ無い。 ゆらゆらと真亡たちのところに戻ってきた雪切に、一言。 「透夜兄ちゃん。メイド服決定みたいだけど大丈夫か?」 「大丈夫でない。問題だ‥‥」 当初、負けても天儀の旅館にメイド服などなかろうと踏んでいた雪切だったが‥‥雷華が人数分用意してきているというのを知ったので、絶望は一入である。 温泉ウォーズは、基本的に野郎の負け。それは心に刻んでおくべきである――― ●ゆっくり‥‥? 風呂から上がり、部屋で休んでいた開拓者たち。浴衣姿の八人は、『何もしなくていい』ことを満喫する。 彼らは常に身を危険に晒している存在だ。一日二日休んで誰が文句を言えるだろう。 しかし、人というのはとかく我儘な生物で、何かをしてばかりの時は休みたくなり、休んでばかりだと何かをしたくなるものなのだ。 「じゃじゃーん! 雪切メイドさんのご登場ですよ!」 「ちょっ、短い! これスカート短すぎません!?」 約束通りメイド服を着せられた雪切。細身ということもあり、意外と違和感がない。 女性陣には勿論好評だが、何故か真亡も生暖かい視線で雪切を眺めていた。 「し、雫くん、何かなその『あぁ、他人が弄られてるのを見るだけなら楽しいなぁ』的な目は」 「あはは‥‥いや、ねぇ? 透夜くんも知ってるでしょ、僕の経歴」 「嫌だよ、妙なあだ名付けられるのは!?」 「さぁさぁ、道連れ‥‥いやいや、お仲間になろうよ」 「ふっふっふー、果たして安心できますでしょうか? これから始まる枕投げは、敗者はメイド服着用ですよ! 雫さんもメイドさんにしてWメイドさんにしちゃいましょう!」 「ちょっ!?」 「わ、私も逃れられたわけではないのですか!?」 「俺、着せ替え人形は嫌なのだよー!」 楽しそうな喧騒の中をこっそり抜け出し、ペケは一人温泉に向かった。 見上げれば綺麗な三日月。湯気混じりの澄んだ空気の中、岩場の上で火照った身体を冷ましている。 「にゃはー、気持ち良いですねー。‥‥モフペッティも連れてきてあげたかったなー」 月下に肢体を惜しげもなく晒すペケ。これだけ満喫してもらえれば宿も本望だろう。 よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ。よく笑い、よく浸かり、よくはしゃぐ。 開拓者よ、今は休みなさい。明日が過酷な運命にならないとも限らないのだから。 一泊二日の温泉旅行‥‥あなたもたまには如何でしょうか――― |