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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― セブンアームズ(以下SA)。主に石鏡の国で活動する七体の人型アヤカシである。 それぞれ得意とする武器を用い、人と変わらぬ容姿と知恵を合わせ持った強敵。そしてどこかやりにくい相手。 しかし今はメンバーの二人を失い、五人構成となっている。 リーダー格を最初に失った彼らは、どんな行動に出るか分からない。かと言って倒せるときに倒しておかなけれな、ずるずると決着が先延ばしになり一般人に被害が出続けるだろう。 さて、二人目のSAを倒してからしばらくの間、SAたちに動きはなかったわけであるが‥‥。 「ねぇ亜理紗、SAらしき目撃情報の話、聞いた?」 「へ? いえ、全然」 「あ、やっぱり。上の方でも対応を決めかねてるみたいだから、まだそっちに話が行ってないのね」 開拓者ギルド職員、西沢 一葉(にしざわ かずは)。そしてその後輩、十七夜 亜理紗(たちまち ありさ)。 昼下がりに突然そんな話題を振られ、予想していなかった亜理紗は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。 二人は何故かSA関連の依頼を一任されているので、彼女らに話が来ていないのはおかしいのである。 「ちょっと噂を耳にしたの。石鏡西部にある町の橋に、SAらしき人物がずーっと居座ってるんだって」 「橋を占拠でもしてるんですか?」 「ううん。橋桁に座って、あーでもないこーでもないって呟いてるだけみたいよ?」 「‥‥悩んでるんですかね?」 「さぁね。でも、黒マントは着てるけどフードは被ってなくて、ツインテールの女の子だっていうのは確定済み」 「リュミエールですか‥‥確かに、一度悩みだすとドツボに嵌りそうかも知れませんね」 SAは瘴気で黒いマントを生成し、身体も顔も隠して誰が誰だか判別がつかないことが多い。 そのアドバンテージを放り出してまで何をやっているのか。実害がないので今のところ放置されているが、『人を食らうアヤカシであると噂が広まっていたSAではないのか』と不安の声が上がっているのだという。 つい最近、一つの村が虐殺の憂き目にあったばかりだ。それを肯定すればパニックにもなりかねない。 「狩り宣言も出てないし、とりあえず様子を見に行ってもらう感じになるかしらね。石鏡の上層部も、下手に突っついて薮蛇になったら困るでしょうし」 「リュミエールなら無闇に暴れたりはしないでしょうけど‥‥確証はありませんもんね。また、参加者さんたちが痛かったり悲しかったりすることになるんでしょうね‥‥きっと‥‥」 「そうね‥‥彼らがアヤカシで、私たちが人である以上は‥‥」 開拓者とSAが交錯するとき、歴史が刻まれ過去となる。 果たして、今度はどのような流れが開拓者たちを飲み込むのであろうか――― |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●連行 日も大分短くなり、石鏡に限らず天儀はすっかり冬模様である。 つまり、寒い。そんなことは言われなくとも当たり前の話なのだが、とある町では一人の少女が橋桁に座ったまま朝昼晩ずっと悩んでいるというのだ。 飯は? トイレは? という疑問もあるが、彼女は御世辞にも防寒能力が高いとは言えなさそうな服の上に黒いマントを被っているだけであり、凍死しないか心配になってくる。 最初は奇異の目で見ていた住人たちも、『大丈夫か?』と思い始めているという。 少女は特に何をするでもなく、特徴的なツインテールを揺らしため息を吐いたり首を傾げて見せたりするだけ。特に危険な雰囲気はない。 と、人の行き交う師走の橋に、ハープによる優しい音色が響き渡る。 少女よりもむしろ通行人のほうが何事かと振り返っているが、とりあえず置いておこう。 ただの音楽ではない。そう感じた少女‥‥セブンアームズ(以下SA)の一人、剛爪のリュミエールが振り返ると、そこにはレネネト(ib0260)をはじめとする八人の開拓者たちが顔を揃えていた。 そして、振り向くと同時に頭上に柔らかい感触。 「よォ、お嬢さん。このぬいぐるみあげるからお兄さんに付き合わない?」 「あ、ぬいぐるみの人! こ、こんにちはッス!」 爽やかな笑顔でとらのぬいぐるみを進呈したのは鷲尾天斗(ia0371)である。 以前にももふらのぬいぐるみを貰ったこともあってか、リュミエールの中ではすっかりぬいぐるみの人扱いのようだ。 おどおどした雰囲気は相変わらずのようだが、それ以上に表情が暗い。自他共に認めるロリコンである鷲尾は、美少女であるリュミールをそう読んだ。 「み、皆さんは御旅行か何かッスか?」 「‥‥ここで自分を倒しに来たのかという台詞が出てこないのが凄いですね」 「だろー? 顔とかもまるで人間だし、やりにくいのだよ」 一欠片も嫌味お感じられないボケっぷりに、初めて出くわす无(ib1198)は微妙な表情をする。 叢雲 怜(ib5488)もSAと付き合いが長いわけではないが、彼らが普通のアヤカシとは一線を画しているというのは承知済みである。 「ねぇ、移動したほうがよくない? 注目浴びちゃってるわよ」 「ろっとぉ‥‥驚いたよ。考えが纏まらない時は甘い物を食うのが一番だ。糖分が足りないと頭が働かないからなァ。それに、此処寒いし。ちと暖かい所に行こうや。なぁ?」 「つべこべ言わずに来い。今のところは危害を加えるつもりはない」 「え? え? わ、待ってくださいッス〜〜〜!」 苦笑いしながら呟いた煌夜(ia9065)の言葉通り、通行人が足を止め野次馬のようになっている。まぁ、開拓者らしき人物が八人も揃って噂の橋少女と話していれば気にもなろう。 煌夜はリュミエールを後ろから抱くような体勢でいるので、様子がよく見えたのである。 鷲尾に合図を送られたアッシュ・クライン(ib0456)は、不承不承ながらもリュミエールを小脇に抱えて移動を開始する。 小柄なリュミエールでは、大柄なアッシュに抱えられてはどうしようもない。もっとも、どちらか一方でも戦うつもりで居るなら成立しないが。 「悩んだりして頭沢山使った時は、甘い物取るといいんだって。ちょっとだけ話をさせてよ。ね?」 「わ、わかりましたから、下ろしてくださいッスよぉ〜‥‥」 「お姫様抱っこのほうがよろしいですか? アッシュさん、体勢を変えて差し上げては‥‥」 「え、遠慮するッス‥‥」 「俺のほうが願い下げだ」 小伝良 虎太郎(ia0375)とレネネトの言葉を聞き、おとなしくなるリュミエール。 アッシュは不愉快そうに鼻を鳴らしつつ、そのままリュミエールを運搬したのだった――― ●らしく 暖かい甘味処に入った一行は、座敷席を取り注文を済ませる。 襖を閉め、なるべく注目を浴びないようにするのも忘れない。 ややあってお汁粉やら団子やらが熱いお茶と一緒に運ばれてくる。彼らはそれをつつきながら、とりあえず自己紹介を済ませた。 ‥‥と。 「えっと‥‥? そちらの人も自己紹介お願いしたいッス」 「‥‥通りすがりの泰拳士だ。覚えなくていい」 「え、でも結構見かける人ッスよ? と、通りすがってないッス。留まったまんまッス」 「こまけぇこたぁいいんだよ! あーもう、巴 渓(ia1334)だ! これでいいか、人型!」 「うわーん、この人怖いッス!?」 「あー、巴ねぇちゃんが女の子いじめたー」 「いーけないんだ、いけないんだー。せーんせーにいってやろー♪」 「同レベルかてめぇら!? いいから話を進めろよ!」 叢雲と鷲尾のおかげで場の空気が弛緩する。巴もその事自体には気付いたので、それ以上言わず大人しく黙っていることにしたようだ。確かに険悪な雰囲気になって良い事は一つもなかろう。 閑話休題。 「んで、ナニ悩んでたのよ。まぁ、大方狩りの方法が決まらなくなったから、持ち回りで決めることになりその栄えある一番手がお前に決まったって言う所かァ?」 「ち、違うッスよ‥‥。ただ、その、なんていうか‥‥自分でも、どうしたらいいか‥‥何をしたら正しいのかわからなくなっちゃったッス‥‥」 「なーんだ、違うのかァ‥‥って、重ッ!?」 とらのぬいぐるみを抱き抱えたままのリュミエールは、鷲尾が想像していたのよりはるかに単純かつ重いことを考えていたようだ。 仲間の二人を失った。一人は、人間を恨むなと言った。もう一人は、仲間の敵を取ると言った。 他のメンバーにも勿論動揺があっただろうが、リュミエールは特に顕著だったのだろう。 自由に、自分たちらしく今までのSAらしく生きるのか。それとも、復讐の念に駆られ本来アヤカシのあるべき姿勢で人間たちを喰らい、殺していくのか。 ‥‥わからない。仲間二人を失ったことで、確実に歯車は狂ってしまった。 「分かりませんね。何故復讐を躊躇うのですか? あなた方には衝動を押さえてまでルールに則った行動を取る義務などないでしょう」 「だ、だって‥‥クレルが言ってたッス。衝動のまま喰らい、殺すんじゃ意志薄弱な獣型と一緒だって。こうやって知恵ある身として生まれたからには、もっと自由に生きたいじゃない? って‥‥」 「それが、『アヤカシとしての本能からも自由に』ということなんですね」 「は、はいッス。生きるために食事はするッスけど、必要以上はやめようって。‥‥で、でも、正直言うと自分にもクレルの敵を取りたいって気持ちはあるッス。けどそれをやっちゃうと、クレルの言葉を否定しちゃうッス‥‥」 「‥‥好きだったのね。クレルのこと」 「‥‥はいッス。クレルだけじゃなくて、クランも、他の皆も好きッス。だから‥‥あなたが、憎いッス」 「‥‥クレル、クランの事を謝ったりはしないわ。クランはああするしかなかったし、クレルは納得して逝った‥‥殺した本人の私の言う事を信じるかは、任せるけど。ただ、少なくとも私がルールを守り続けるつもりなのは、クレルがSAらしさを守って逝ったからよ。あなたは‥‥?」 「あう‥‥うぅ‥‥」 无は、リュミエールが何を想い、何に迷い、何故迷うか、何をしたいと感じているかを聞き出したかった。 だからこそあえて厳しい言い方をしてみたのだが、返ってきたのは意外な答えだった。 アヤカシなりの高潔さとでも言うのだろうか。どちらにせよ人間には迷惑でしかないが、それを笑おうという者は誰もいない。 しかし、その思想が足枷になる。破るも守るもマイナス面があって判断がつかない。 とりあえず煌夜は人間側がルールを破るつもりはないことを明確にしておくことにする。こうして機先を制し、相手の思考を縛るのも戦術である。 「反棍のと撃槍のの2人の言葉、どちらに従うべきか迷っているのか。どちらの言葉も的は得ているから無理もない、か。だが決めるのは他の誰でもない、お前自身だ。どんな結論に達したとしても、俺はそれに従って動こう」 「正直に言うとさ、おいら君達の事好きだよ。友達になりたいって思った事もある。 だけど、絶対に倒さなきゃいけない敵だとも思ってる。矛盾してるよね。だから自分にとって一番大切な物は何かって考えた。辛くても、この先何があってもそれを守ろうって決めた。‥‥リュミエールの一番大切な物って何?」 「自分は‥‥」 アッシュも小伝良も、最終的な判断はリュミエール自身がするべきだと言っている。 悩みの手助けはしてやらない。いや、やれない。 だからどういう判断をするにしても甘えは許されないのだと断じているのだ。 人間とアヤカシは相容れない。共存できない。その前提の上で、リュミエールの判断は‥‥? 「自分は、SAの皆が一番大切ッス。クレルが語ってくれた姿勢のSAであることが好きだからッス。だから‥‥人間を恨んで、クランみたいに無差別に殺すことはしないッス」 「よかったです。野の獣ではなく、誇りを持つ強敵に戻っていただけて」 「へへ、そうこなくっちゃ。丸く収まるならそのほうがいいもんね!」 レネネトと叢雲には笑顔がこぼれたが、リュミエールの表情はまだ冴えない。 どうしたんだろう、と思っていると‥‥ 「‥‥自分、変ッス。アヤカシなのに、今までも人をいっぱい食べてきたのに、こうやって皆さんに親切にしてもらってるのが嬉しいッス」 「美少女に優しくっつーのは世界の常識だろ?」 冗談めかしていう鷲尾。別に開拓者たちは言われるほど親切にしているつもりはないのだが。 SAの動向、これからの戦いのための調査。依頼主の意向からそれほど意識はずれていないはず。 だが、馬鹿正直というかなんというか。リュミエールは自分のことを案じてくれていると受け取ったらしい。 「アヤカシに生まれなければ、こんな苦しい思いをせずに済んだッスかね‥‥」 「‥‥そうだな。お前たち人型の不幸は、俺たち人間に擬態した事だよ。ただの獣の姿だったなら、そうも悩みはしなかったろうよ‥‥」 「‥‥自分‥‥何のために生まれてきたんッスかね‥‥」 悲しそうな笑顔を浮かべるリュミエールに、黙っていた巴がぽつりと返答する。 リュミエール以外のSAたちは、すでに今まで通りの狩り‥‥というかSAとしての活動を尊守することを決めていたらしい。だからこそクランが暴走したときに助けに入らなかったのだという。 しかし、その選択も彼らに取って苦痛であった。ルールを逸脱したとは言え、連れ添った仲間を見捨てなければならないのはアヤカシにとっても悲しいに決まっている。 それでも‥‥自分たちが自分たちであるためにと決断したことだ。 「そ、それじゃ、そろそろ帰るッス。そのうち狩り宣言が出されると思うんで、その時は準備しておいて欲しいッス」 「分かったわ。その時は、正々堂々と戦いましょう」 「は、はいッス。あの、ぬいぐるみ、大切にするッス!」 「おう。もふらのぬいぐるみに友達として紹介してやりなァ」 控えめに手を振りながら、リュミエールは町を出て行った。 行かせれば被害者が出るかも知れない。分かってはいるが、ここで無理にリュミエールを討って他のSAが暴走しましたでは笑えないのだ。 甘いと言う人もいるだろう。しかし、リュミエールが暴走する目を取り除けたであろうからこれで良かったのである。 生まれてきた意味。それを理解しているものなど、人間の中にもそう多くはない――― |