絵師様に感謝を込めて
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/13 20:22



■オープニング本文

 謹賀新年。年が変わった今日この頃、天儀のあちこちでは粛々と年賀行事が営まれていた。
 初詣、餅つき大会、カルタ大会などの他、親戚・友人で集まって新年会をやる方も多いだろう。
 そしてそれは、記憶のない彼女も例外ではなかった。
「んー‥‥‥‥んふふ‥‥! くっくっく‥‥!」
「くぉら」
「んべらっ!? はうぅ、か、一葉さん痛いじゃないですかぁ!?」
「何一人でニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い」
 ここは開拓者ギルド職員、十七夜 亜理紗が住んでいる長屋である。
 彼女とその先輩職員、西沢 一葉は、ここで二人だけの新年会をやろうということになったのである。
 ギルドとしての新年会はやったが、記憶がないせいで身寄りのない亜理紗のために、一葉が気を利かせたのだった。
 しかしいざ約束の時間になってきてみれば、亜理紗が準備もそこそこに何かを眺めていたので背後から後頭部にチョップをかました‥‥というわけだ。
「これ見てくださいこれ! とある絵師様に私の全身図を描いていただいたんです! あぁもう、何度見ても飽きないんですよ。えへへ‥‥嬉しいなぁ♪」
「どれどれ‥‥へぇ、よく描けてるじゃない。いい絵師様に巡り会えたわね。‥‥‥‥お淑やかさが五割増しくらいになってるような気がするのはあれだけど」
「なっ、失礼な! 三割増しくらいですよぅ!」
「それフォローになってないから」
 天儀には非常に多くの絵師が存在し、開拓者や有力者の絵を描いている。
 一応開拓者の端くれでもある亜理紗は、かねてより憧れがあったのだろう。ふとした機会で絵を描いてもらえることになり、ことあるごとに完成品を眺めていたのだった。
 黙っていれば絵のとおり可愛らしい少女なのだが、如何せん亜理紗は食欲魔人の天然ボケである。
 それはともかく、世界で一枚、自分だけのために描かれた絵。大きさなどに関係なく嬉しい物なのだろう。
「一葉さんも描いてもらったらいかがですか? 感動ものですよ!」
「ん‥‥私は遠慮しとくわ。あ、そう言えば絵師様関連の依頼が年末に来てたような気がするわね。確か、絵の具に使う高山植物がアヤカシのせいで採れなくて、絵の具の入荷が遅れて困ってる‥‥みたいな」
「そ、それは一大事です! 私も行きますから、さくっと片付けちゃいましょう!」
「でも多分、亜理紗の絵を描いてくれた絵師様からの依頼じゃないわよ?」
「いいんです。流通関係になったらお世話になってる絵師様にも影響が出ちゃうかも知れませんから!」
 石鏡北部の山岳地帯には、鮮やかな色の染料や絵の具になる高山植物が多数分布しているらしい。
 従来は苦も無く採取に行ける場所に生えているのだが、その付近にアヤカシが出現し迂闊に近づけないようなのだ。
 しかも厄介なことに、虫タイプの小型なアヤカシの集団というからタチが悪い。一匹一匹は脆いが、戦いは数だよ兄貴、というやつだ。
 とりあえず全部相手していてはきりがないので、そこそこ数を減らしつつ高山植物の採取を優先して欲しいとのことである。
「きちんと採取用の道具を持っていったほうが良さそうですね。あと、防寒もきちんとしないと凍えちゃいそうです」
「山だから天気も変わりやすいしね。さぁさぁ、その話はまた今度。今は新年をお祝いしましょ」
「はい。ありがとうございます、一葉さん♪」
 珍しい絵師からの依頼。絵の具がなければ完成できないのだから死活問題ではある。
 普段お世話になっている絵師様への貢献も兼ねて、助力をお願いできないだろうか―――


■参加者一覧
雪ノ下 真沙羅(ia0224
18歳・女・志
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
ネオン・L・メサイア(ia8051
26歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
中窓 利市(ib3166
28歳・男・巫
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲
雪刃(ib5814
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●白銀の中で
 年が明け、冬真っ只中の天儀各地。いくら気候風土が穏やかと言っても、石鏡も寒くないわけがない。
 それが北部の山ともなれば顕著であり、開拓者たちは一面の銀世界の中を進んでいた。
 雪深い冬の山。誰も足を踏み入れたことがない新雪に足跡を刻んでいく。
「うー、寒いのじゃー。よくよく考えたらこんな時期に植物なんぞ生えとるのかのぉ」
「いや、結構ありますよ。例えばナデシコ科の花なんかは冬に鮮やかな紫やピンク色の花を咲かせますし、アンドロキンビウムなんかは綺麗な白の花ですしね」
「ほほう、詳しいな。ま、拙者も普段はよく絵師殿に世話になっておるしなぁ‥‥。ここは一つ恩返しといかせてもらうか」
 明らかなチビッ子なのに妙に偉そうな口調の高崎・朱音(ib5430)。まだ採取が始まってすらいないのだが、すでに冬の登山に辟易としているようである。
 自身も絵を描くという雪切・透夜(ib0135)は、染料になりそうな草花についても知識があるようだ。紬 柳斎(ia1231)に限らず、仲間内からは『おー』という感嘆の声が上がった。
「画材ってのは高いからな。品不足で高騰でもしちゃあ、絵師もおまんまの食い上げだ。俺も絵の具はよく買うから他人ごとじゃない。いっちょ頑張るとするか」
「ん‥‥アヤカシは任せて。寒いものは寒いから、早く終わらせたいし」
 絵師に世話になっている開拓者は多い。中窓 利市(ib3166)のような善意は素直にありがたいというものだ。
 後は雪刃(ib5814)が呟いたとおり、さっさと終わらせてさっさと帰るに限る。
 事前の念押しもあってか全員防寒対策はきちんとしているものの、早く人里に戻って温かい飲み物でも口にしたいというのが本音である。
「そこそこの量が必要だからな、気張らなければ。真沙羅、我らに邪魔者を近付けなかったら、後でご褒美をやるぞ?」
「ほ、本当です、か? で、でしたら、頑張りません、と‥‥!」
「おろろ。お二人は仲良しさんなのですか? それとも、それ以上の関係なのかなー?」
「うーん‥‥やっぱり凄いなぁ‥‥防寒着を重ね着しててもわかるくらい大きいなんて‥‥」
「わっ、わっ、ま、真顔で、触らないで、くださいぃ‥‥! はうぅ‥‥!」
 ネオン・L・メサイア(ia8051)と雪ノ下 真沙羅(ia0224)は付き合いが長いらしく、それ以上に雪ノ下がネオンを慕っているようで気のおけない間柄のようである。
 それをからかうロゼオ・シンフォニー(ib4067)と、雪ノ下の胸を無許可で弄る十七夜 亜理紗。
 立派と聞いてはいたが、いざ分厚い防寒着すらものともせず主張する双丘を目の前にして本能が働いたとか何とか。
「亜理紗様も充分ある方じゃないですか」
「いやー‥‥流石にこれを見た後だと凹みますよ‥‥」
 ロゼオのフォローにも、亜理紗は微妙な表情のまま手を止めない。
 そこに‥‥
「そうだな‥‥流石の拙者もこれには勝てん」
「何を喰ったらこんなんになるんじゃー!」
「‥‥世界は、こんなに広かったんだ‥‥」
「やっ、ちょっ、みなさんで、揉みくちゃに、しないで‥‥アッ―――!」
 巨と呼ばれる人を並に、貧と呼ばれる人を洗濯板にしてしまう恐るべき雪ノ下の胸。
 仕事の前の、穏やかな時間である。
「この流れなら言える。バカばっか‥‥」
 鼻頭を抑えつつ、そう呟く雪切であった―――

●近しい人達のために
 白銀の世界というからには、天気は上々である。
 雲ひとつない空から降り注ぐ光が雪に反射し、あちこちがキラキラ輝いている様は、普段街に住む者には珍しいものだ。
 しかし彼らには使命がある。手に持った鎌や背負った巨大な籠がそれを物語っていた。
 道具と共に借りた高山植物の分布図を頼りに、採取場所を目指す。
 と。
「ふんっ!」
「弱い‥‥」
 紬や雪刃は、手にした刀や太刀で襲いかかってくる虫型アヤカシを叩き伏せていく。
 これがまた小さい上に脆い。拳大程度の羽虫型が多く、抜刀せず鞘に入れた状態で叩いても充分倒せてしまうのだ。
 その分数は多く、木々の間からひっきりなしに現れるのが鬱陶しい。
「よっと。攻撃力はそこそこありますね。あまり連続で貰わないほうがいいですよ」
「ご、ご褒美‥‥何がいただけるんでしょう、か‥‥って、や、入ってこないでー!?」
 雪切が言ったそばから胸を襲撃される雪ノ下。アヤカシにとっても狙いやすいのかは不明だが、意識を他所へやっている余裕は無い。
 一方、戦闘班が頑張っているおかげで採取班の行動は順調である。
 赤や紫、白、黄色といった鮮やかな色彩を放つ草花たち。花は勿論だが、茎や葉も緑色の他、煮詰めれば茶色として使えるものも多いという。
 よって花だけ摘めばいいというわけではなく、なるべく他の部位も纏めて背中の籠に入れる必要がある。
「ま、そうでないと花だけで10kgなんて夢のまた夢だからなぁ。‥‥おお寒。‥‥たく、酒でも飲めればあったまるんだが」
「お酒は一時は暖まりますけど、後で急激に体温が低下するそうですよ? チョコレートとかの方がいいですよ♪」
「うーむ、やってもやってもキリがないのぉ。亜理紗よ、オリジナルの術でズバーっと一気に刈れんのか? 鎌だと効率が悪いのじゃ」
「な、無くはないんですが‥‥7割くらいの確率で失敗してバラバラにしちゃうんですよね‥‥」
「無能」
「ひーん!?」
「こらこら、亜理紗をいじめてやるな。あと我の背中に座るな。いいか朱音、邪魔をするな。仕事をしろ、仕事を‥‥。本当に年上なのか?」
「ちっ、読まれとったか。まったく、それが年上の我に対する態度かの。まったく最近の若い者は躾がなっておらぬのぉ」
「なんだかんだ言ってネオン様も朱音様も仲がいいですね。あっ、凄い。レア薬草。採取しておこう」
「ろ、ロゼオさんも結構自由人ですね‥‥お仕事に戻ってくださいよぉ」
「あ、ごめんなさい。現実逃‥‥じゃなかった、滅多に来られない場所なもんで、つい」
 流石に一箇所に必要な植物が集まっているわけではないので、あちこち移動しなければならないのはすでに周知の事実である。
 移動、採取、移動の繰り返しは、最初のうちはともかく三箇所目くらいになると流石にしんどくなってくる。
 滑りやすくなっている山の斜面。雪で埋もれ、天然の落し穴のようになっている場所もあったくらいだ。
 各自、籠にはまだ余裕がある。もう二箇所くらいは回らなければならないだろうか。
「治療、ありがとうございます。流石、大量発生と言うだけのことはありますね‥‥」
「一匹一匹はどうということはないのだがな‥‥回転斬りも意外と練力を喰うしな」
「やり過ごすのも限界がある‥‥。一気に寄ってこないのは助かるけど」
「た、戦いは数だよ、というやつでしょう、か‥‥」
 採取班は肉体的な疲れよりも精神的な疲れが勝っているが、戦闘班はダメージそのものを免れない。
 中窓や亜理紗が治療に当たるが、やはり戦闘班の負担は大きい。ただ戦うならまだしも採取班を守りながらというのは、いくら相手が叩けば死ぬような雑魚ばかりでも苦行だ。
 適当な場所を見繕い、火を起こして休憩。それを何度か繰り返さないとお互い保たない。
 だが、アヤカシを抜きにしてもこれは普段誰かがやっていることなのだ。
 染料の調達がなければ絵の具は作れない。絵の具がなければいくら良い絵も白黒にしかならず、味気なくなってしまうことだろう。
 こういう縁の下的な仕事もあって初めて、開拓者たちに完成された姿絵が届けられるのである。
「‥‥うん、頑張ろう。普段お世話になってる絵師様に感謝を込めて」
「それと‥‥野草摘みをして、染料を作ってる人たちにも」
「は、はい。私だけのための、大事な絵‥‥感謝、です‥‥!」
 雪切、雪刃、雪ノ下。雪の字が入る三人は、火に手をかざしながら穏やかに微笑む。
 普段身近な絵師という存在の助けになれるのは、親近感などもあってか疲れも心地良くしてくれるのかもしれない。
 そして、きちんと火の始末をした後、開拓者たちは四度出発する。
 クワガタのようなアヤカシを切り裂き、蜂のようなアヤカシをたたき落とし、毒蛾のようなアヤカシを両断する。
 戦闘班が切り開いた道をに採取班が続き、背中の籠の重量を重ねていった。
「青色の花が足りないな‥‥場所はこの辺りのはずだがね」
「あ、あそこじゃないですか? 高台みたいになってますけど」
「ふっふっふー、我に任せるのじゃ。これこれネオン、肩に乗らせい。一番トッポいじゃろ」
「仕方ないな‥‥じゃあ上は任せるから一人で頼むぞ」
「ぬおっ!? や、薮蛇じゃったか‥‥」
 地図を見ていた中窓だったが、記載されている花が辺りに見当たらなかった。
 ロゼオが発見した崖の出っ張りにあるのではということになり、ネオンの肩を踏み台にして高崎がよじ登る。
 そこは下から見るよりかなり大きく窪んでおり、深い青色に染まる花が群生していた。
 他のメンバーは下で別の草花の採取に勤しんでいるので一人でやるしかあるまい。
「ま、仕事は仕事じゃ。いつの時代も仕事はあるだけありがたいものよ。‥‥のう?」
 ふと見上げた、抜けるような青空。
 輝く太陽に目を細めながら、高崎は誰にともなく呟いたという―――

●帰り道
「にゅっふっふー、ネオンの奴は冷たかったがお主はよい娘じゃな。我が褒めて遣わすのじゃ」
「って、あ、あまり動かないで下さい、胸が擦れ‥‥あふぅ‥‥」
 艶っぽい声を出す雪ノ下は、何故か高崎を抱っこさせられている。
 ようやく採取が目的量に達したと思われたので、一行はすぐに下山を決めた。
 意外と時間を取り、お昼前に始めたのに終わったのが日が落ちる寸前になってしまったのは、道に慣れていないせいもあるだろうか。
 しかし、さんざん戦った後に、小柄とは言え人一人を抱っこしていられる雪ノ下は、おっとりした外見とは裏腹にかなり体力があるらしかった。
「ああ、そう言えば亜理紗。1つ訊ねるが‥‥裸婦画を描いてくれる絵師は居るか?」
「はいっ!? えー‥‥あー‥‥公表しないという前提であれば、いくらかいらっしゃると思いますけど‥‥そんな事聞いてどうするんですか?」
「なに、今の私を描き留めて貰おうかと思ってな。人の一生など儚いものだからな‥‥その時々の輝きを記録しておくのも悪くない」
「裸でなくてもいいのでは‥‥」
「裸を晒せそうなのは今くらいだと思わんか? 勿論、十年後もなるべく維持する心づもりではあるが」
「ご、ごもっともで。私も体型維持しないとなぁ‥‥」
 ネオンの言葉を、亜理紗はナルシストとは取らなかった。
 絵の中の自分を並べ、自らの歴史を振り返るのもステキなことなのかも知れない。
「そういえば高崎さんは姿絵頼まないんですか? いいものですよ」
「今は遠慮しておくにぇ。いつ描いてもらっても変わらんのでな」
「‥‥そ、そういう設定なので?」
「設定とは何じゃ。人を邪気眼のように言うでないわ‥‥って、撫でるな雪刃っ!」
「‥‥いいこいいこ」
「おにょれら、年上を敬えーーー!」
 仕事が終わり、笑顔で帰路につく開拓者たち。
 この草花で染料が作られ、一先ず急場は凌げることだろう。
「女三人寄れば姦しいと言うが、華やかなもんだ」
「あはは‥‥疲れたと愚痴を言いながら帰るよりいいじゃないですか」
「し、しかし裸とか、男の僕たちもいるんですけどね‥‥」
「全くだ。もう少し女子としての恥らいが欲しいものだな」
『あんたも女でしょーが』
 中窓、ロゼオ、雪切に総ツッコミをもらう紬。
 そんな彼女が意外と乙女であることを知る者は少ない。
 兎にも角にも、これにて依頼は無事終了。
 いつもお世話になっている絵師様たちに、感謝を込めて‥‥
『ありがとうございます。次もまた、良い絵をお願いします―――』