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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「‥‥‥‥」 「どうしたの? 気になる依頼?」 ある日の開拓者ギルド。 職員の十七夜 亜理紗および西沢 一葉は、今日も今日とてお仕事中であった。 しかし依頼書の一枚を手に取った亜理紗がしばし沈黙し、何かを考えるように紙を凝視したままだったのに気付いた一葉は、何事かと声をかけてみた‥‥というわけだ。 「一葉さん、『極楽屋』っていう鍋物専門店ご存知ですか?」 「あぁ、最近できた鍋物屋よね。それがどうしたの?」 「その極楽屋を調べて欲しいっていう依頼なんです、これ。依頼人は極楽屋のライバル店、『満腹屋』ですね」 満福屋の方は、鶏団子鍋や鮭鍋などメニューも数多く揃えた店で、神楽の都でもかなり古株の鍋物専門店である。 対して極楽屋は、味噌煮込み鍋一種類のみで勝負するというある意味潔い店だ。 しかしぽっと出でメニューも少ないはずの極楽屋は口コミで瞬く間に大繁盛となり、行列が途切れることはなく閉店時間前に品切れで店仕舞いすることも多いという。 「ふーん‥‥そんなに美味しいの?」 「はい。正直言って美味しかったです」 「流石食欲魔人、食べ物屋関連はチェック済みなのね‥‥」 「でも何か違和感があるんですよね、あそこの鍋って。私、満腹屋さんのほうが好きです」 味も一級、評判も上々。普通は満腹屋の嫉妬と見るのが妥当な線だが、どうやらそうでもないらしい。 リピーターの数が異常な上、頻度が多すぎる。2〜3日ごとに通うような鍋好きばかりが神楽の都にいるわけでもあるまい。 美味い美味いと言っても宗教じみた鍋屋というのは不気味である。 「でも調べるって言ってもどうするの? まさか鍋の作り方教えてって言うわけにも行かないでしょうし、普通に営業してるだけなんだから無理矢理押し入るわけにも行かないでしょ」 「そうなんですよねぇ。普通は食べるだけじゃ秘密は暴けないでしょうし‥‥」 「普通じゃなければ分かるの?」 「私なら、あと何杯か食べれば違和感の断片くらい掴めるかも知れません(キリッ)」 「まさか鍋が食べたいだけなんじゃないでしょうね‥‥」 「‥‥えへ」 「こらぁぁぁっ!?」 「じょ、冗談ですよぅ! でも、お手伝いできるかも知れないのは本当ですから」 行列の出来る店には理由があるものであるが、それが味だけとは限らない。 人気鍋物店の秘密‥‥暴いてみてはもらえないだろうか――― |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
慄罹(ia3634)
31歳・男・志
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
アル・アレティーノ(ib5404)
25歳・女・砲
シェリル(ib5930)
14歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●行列 寒風吹きすさぶ神楽の都。ここのところの寒さは都市部であっても容赦なく人々の体温を奪っていく。 そんな中、こじんまりとした鍋屋の前にズラッと並ぶ人・人・人。 行列を我慢してまで食べたいというその店の鍋は、味噌煮込み鍋一種類しかメニューがない。 この店の人気の秘密を探るという依頼を受けた開拓者たちは、まずは試食してみるべく列に並ぶ。 その際、ただ待つのではなく他の客にインタビューしてみたり様子を観察しているのは流石と言おうか。 「ふーむ。来た回数の低い人はともかく、頻繁に来てる人の様子は妙アルな」 「まさか招き猫かなんかのご利益‥‥って事はねぇよなっ」 「目がすわっている人もいましたからね‥‥随分邪な招き猫もいたものです」 藍 玉星(ib1488)、慄罹(ia3634)、マテーリャ・オスキュラ(ib0070)は聞き込みを終わり列に戻ったが、その結果はいいものとは言えなかった。 評判を聞きつけて並んでいる人はともかく、重度のリピーターになればなるほど様子がおかしい。 落ち着きがないというか、我慢弱いというか、イライラしているのが見て取れる。 「最近評判という味‥‥興味が尽きませんねぇ。おいしいと評判の味を解明するとは何とも面白そうじゃないですか。料理好きとしては見過ごせませんね」 「リピーターが異常に多い店、ねぇ。何かヤバげなもんでも仕込んでんじゃないでしょうねー‥‥兎も角実食あるのみかなー」 「ただ美味しいから繁盛してる、ってだけならいいんだけど、もし不正を行っているのなら‥‥許せないね。お客さんに対する侮辱だよ。‥‥まあ、調べてみないと分からないけど」 依頼前の相談の時点で、すでに『ある懸念』は定義されていた。 長谷部 円秀(ib4529)が言うように美味しいだけならいいが、アル・アレティーノ(ib5404)やシェリル(ib5930)のように妙な材料を使っているのではと疑う者は多い。 「まさか、行列客相手に診察をお願いする訳にはいかないからね。急激に食べたくなる頃合いに禁断症状に似たものがあるようなら、要注意ってところかな?」 「美味さの秘密は出汁なのか? 調味料なのか? それとも具材なのか? 意表をついて鍋の器そのものなのか? まずは一度食べてみましょう」 「どっちかって言うと後引く美味しさって感じでしたよ。違和感はありますけどね」 御鏡 雫(ib3793)の言うことはわりとシャレになっておらず、禁断症状紛いの様子が見える客もちらほら見かける。 とにかく、井伊 貴政(ia0213)の言うように一回食べてみないことには始まらない。一度食べたことのある十七夜 亜理紗も要請で付いて来ているので、何かしらの参考にはなろう。 結局、午前十時頃からから並んで順番が回ってきたのは午後二時を過ぎてしまってのことだったが。 「あ、私は付き添いなんで鍋はいりません。中で待たせて貰えればいいよ」 シェリルだけは食べることを拒否し、店内の観察に専念するようだ。 まさか一回食べただけでどうにかなるわけではないだろうが、『何が入っているか分からないから怖い』というのは頷けるリアクションである。 丁度、店内で食事ができるのは八人まで。開拓者たちは四人四人に分かれ二つのテーブルに座った。 鍋は店主の中年男性がすぐに運んできて、香ばしい匂いとグツグツといういい音を広がらせる。 『いただきまーす』 割り箸で小皿に具を取り、開拓者たちは慎重に口に運ぶ。 ただ美味しいだけでは困るので味を探りたいところなのだが、料理をよくするメンバーにとっても鍋の味は大したものであった。 「これは良い味噌ですね。鶏肉の臭みもなく、いい出汁が出てます!」 「大根もよく味が染みていますね。春菊は一度煮込んだ後こちらに移しているのか、肉を硬くしていません。これは凄い」 井伊やマテーリャも唸るのは、味の良さもさることながら材料への配慮である。 中途半端な店だと鶏肉の臭みを濃い味付けで無理矢理誤魔化したり、春菊と肉を近くに入れ硬くしても全く気にしないところもある。 しかし、この極楽屋にはそれがない。豆腐に細かい切れ込みを入れているのも配慮の一つか。 手間隙がかかっているのは言うまでもないが、店主のこだわりなのだろうか? 箸が進むのか、鍋の中身はどんどん減っていく。 ‥‥と。 「‥‥‥‥」 「どうしたアルか、亜理紗。怪訝そうな顔して」 「喰わねぇんならお前の分も貰っちまうぜ?」 藍と慄罹は、箸を咥えたまま眉を寄せている亜理紗に気付いて声をかけた。 食欲魔人と呼ばれる彼女。違和感に気付けるかもとは言っていたが、本当にわかったのだろうか。 「‥‥いえ、なんて言いますか‥‥あんまり食べちゃいけないような気がして。美味しいんですけど‥‥もっともっと食べたいって感じすぎるというか‥‥」 「亜理紗ちんもそう思う? なーんかねー‥‥あたしは味というより匂いの中に違和感覚えるかなー」 「温かい鍋を食べれば体温が上昇するのは当たり前だけど‥‥動悸まで早まるのはおかしいかな。それに、この気分の高揚感は‥‥」 「しかし、特におかしな材料は使われていませんよ? このきのこも普通のエノキダケやシメジです。春菊、鶏肉、豚肉、大根、豆腐、人参、白菜。流石に出汁や汁の中身まではあれですが‥‥」 亜理紗やアルは確実に何かしらの違和感を憶えている。医療の心得があるという御鏡も、自己分析により何かおかしいと感づいている。 長谷部が言うように具材に問題はなさそうだ。違和感の元は、味ではないどこか‥‥? 「店内や器とかにおかしいところはないと思うよ。りっちゃん隊員、秀くん、やっぱり原因は鍋だと思う」 「何の隊員だよ。まぁいいや、とりあえずわかったことをメモメモっと」 店主は次の客に出す鍋の準備のため、厨房に引っ込んでいる。 慄罹はシェリルに言われたことも含め、皆が気付いたことをメモにまとめた。鍋を割ってみようとも思っていたらしいのだが、タイミング悪く店主がこちらに来てしまったため頓挫している。 すっかり平らげた八人は、素直にお勘定を払い極楽屋を後にしたのだった――― ●再現 さて、極楽屋から帰ってきた一行は、開拓者ギルドにある厨房を借りて鍋の再現を試みていた。 見て分かる材料は全て揃えたし、食べ始める前にメモしたので量も大まかには把握している。 「味噌は白味噌8に赤味噌2くらいを混ぜたものですかね?」 「白7に赤3じゃありませんか?」 「まぁまぁ、お味噌もいっぱい用意してもらいましたし、色々試してみましょう」 長谷部、マテーリャ、井伊の三人が主導し極楽屋の鍋再現を試みる。 井伊はこっそり汁を持ち帰っていたので色味なども参考にできるのだが、はっきり言って作業は難航している。 料理人三人が集まって作った鍋は、見た目はそっくりだし確かに美味い。しかし、極楽屋の鍋を食べた他のメンバーは一口二口食べただけで首を振ってしまう。 「匂いが上品すぎるかな。もうちょっと野生っぽい匂いの中に危険なものが潜んでる感じ?」 「塩味が薄すぎるアル。味噌の配分以前に種類が違うかも知れないネ」 「私はこれ好きですよ。鍋‥‥かぁ。そういえば昔よく食べてたなぁ‥‥」 アルや藍の言葉でその鍋は失敗作扱いとなり、他のギルド職員たちに振舞われる。 流石にシェリルたち開拓者だけで全てを処理し切るのは難しいし、食べ物を粗末にするのもよろしくないからとの判断である。 「まずは汁を完成させないことには始まんねぇんじゃねーの?」 「御鏡さん、お医者さんの立場からはどうですか? 変な薬が入ってたとか‥‥」 「うーん‥‥中毒性のある薬で、鍋に入れて味がバレないようなのあったかな。薬っていうのはどうしても特有の匂いや刺激、苦味、エグ味なんかが強いものが多いし、それらは調理方法でどうにかなるものじゃないのが殆どよ?」 慄罹の提案で汁の再現を最優先にしてみたが、結果は変わらない。 亜理紗の質問にも腕組みして難しい顔を返す御鏡。 そもそも普通の材料だけで作ってあれだけの行列ができるほどのリピーターが作れるなら世話はない。 身を以て何かしらの違和感を感じ取った開拓者たちだからこそ、尚更特殊な材料の存在を疑っている。 薬剤でないなら、天然に存在する何かということか。 それこそ‥‥ 「‥‥麻薬‥‥」 長谷部の呟きに、場の空気が緊張する。 人を狂わせる毒。中毒性といえばこれらを連想する人間もいるのは間違いない。 しかし、御鏡は仕入先に探りを入れたし、藍はゴミ漁りまでやって調べたが妙なものは出てこなかった。 とはいえ麻薬と考えるのであれば辻褄は合う。異常なリピーターも、薬剤的な味がしないのも説明できてしまうのだ。勿論、普通の材料で再現できない理由にもなる。 「仮にそうだったとするとお手上げですよ。まさか麻薬を入れた料理を皆さんに試食し続けていただくわけにも行きませんし‥‥」 「アイヤー、流石にいくら美味しくても中毒は勘弁アルからなー」 「証拠もありませんしね。僕たちの腕が足りないだけで、神業的な味噌の配分があるのかも知れませんし」 マテーリャや井伊は諸手を上げて降参の意思を示す。 お上に相談と言っても、『あの店は麻薬を使ってるみたいですよ!』では門前払いをくらいかねない。もっとしっかりとした物証や確証が必要だ。 ‥‥と、先程から黙ったままの亜理紗がぽつりと呟いた。 「‥‥大麻‥‥?」 「大麻って、あの麻布とかの? あれって食用とか薬理にも使われてませんでした?」 「はい、量をきちんと制限すれば医療用の麻酔とかにも使えると聞いたことがあります。種は合法なので、大麻の種子を使ったパンを食べたこともありますよ。あれって野草として生えてることも多いですし、室内でも栽培しやすいとかなんとか‥‥。勿論、栽培は違法なので真似しちゃ駄目ですよ?」 「ホント、食べ物なら何でも喰うアルな‥‥」 「女は度胸! 食べ物ならなんでも試してみるんです♪」 「あ、そう言えば見慣れない種みたいなものがゴミの中にあったアルよ。一応拾ってきたネ」 そう言って、藍は植物の種を取り出す。 流石に一目でこれは大麻の種だと分かる者は居なかったが、疑いは濃厚になってきた。 驚くシェリルであったが、せめてこれくらいしてくれないと亜理紗を呼んだ意味はない。 食べ物と聞けば何にでも手を出す食欲魔人もたまには役に立つということか。 「待って、大麻は種の状態じゃ大した効果ないわよ。発芽させて乾燥させたりすると凄いけど、その証拠がないわね」 「つったっておまえ、このまま放置したら中毒者が増える一方だろ」 「その大麻ってどんな匂いなの? 嗅いだら分かるかも」 「燃やさなければ中毒にはなりにくいとは思うけど、すぐに手に入るものじゃないしね‥‥」 井伊が持ち出した汁の成分が解析できるなら話が早いが、生憎そんな魔法のような技術は天儀にはない。 御鏡も慄罹も頭が痛いところである。例えアルが匂いで判別できても、それは証拠ではないのだ。 「兎に角、この種を持ってお上に陳情してみましょう。これが極楽屋のゴミ置き場から出てきたのは事実で、中毒紛いの人も増えてるんです。これ以上食べ物で人を不幸にさせるわけには行きません」 長谷部の真剣な顔に、全員が頷く。 食はすべての基本だ。知っていようが知っていまいが、中毒性のある材料で人々が毒されていくことなど許されることではない。 「では、僕たちは健全な材料で英気を養いましょうか。材料を無駄にするのもなんですしね」 「いいですね。ふっふっふ‥‥再現を気にしなくていいなら僕も腕のふるいがいがありますよ!」 「とりあえずマテーリャは料理の見た目にも気を使って欲しいアル‥‥」 それぞれオリジナルの鍋として腕を奮う井伊たち。そう、料理はこういう暖かいものでなくてはならない。 笑顔溢れるギルドの厨房。それを穏やかな笑顔で見つめ、亜理紗は呟いた。 「いいなぁ‥‥私、昔の記憶がないんで、こういう団欒は羨ましいです」 そんな亜理紗に、シェリルは答える。 「何言ってるんですか。亜理紗さんも、この団欒の一員なんですよ」 笑顔と共に差し伸べられた手。亜理紗は、少しきょとんとしたした後‥‥ 「‥‥はいっ!」 輝く笑顔で、シェリルの手を取ったのである――― その後、開拓者の要請と報告により極楽屋には捜査のメスが入り、違法な材料と調理方法で客を獲得していたことが明らかになった。 腕もよく気遣いもできていたはずの店主。どこで道を逸れてしまったのか‥‥本人にもわかるまい。 罪を償い、客を喜ばせたいという原点に立ち戻ってもらいたいものである――― |