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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「大変です! 石鏡の旧家で殺人事件が起きました!」 「あら大変‥‥っていうかそのフレーズ、前にも聞いたことがあるわね」 「これは開拓者さんの知恵をお借りして事件を解決するしかありませんね! 依頼も来てますし!」 「おーい」 「不肖私、十七夜 亜理紗。今回もお手伝いを―――はぶっ!?」 「落ち着きなさいっていうのに」 ある日の開拓者ギルド。 職員の十七夜 亜理紗にチョップをかまして黙らせたのは、先輩職員の西沢 一葉である。 殺人事件と聞いて、一葉は去年の夏の終わりごろにあった依頼を思い出す。 神楽の都で起きた殺人事件を、亜理紗のサポート(?)を受けつつ開拓者が見事解決した一件である。 その実績が買われたのか、難解な殺人事件を亜理紗のところに持って来て開拓者に頼もう‥‥ということだろうか。 「また【】の真実?」 「勿論です。こういう時にしか使えないんですから許してくださいよう」 「あんな暴論、日常で使われてたまるもんですか」 【】の真実とは、これで括られた亜理紗の言葉は決定的な真実であり疑う余地はないとする一種の呪いのような物。最近では、これも亜理紗の開発した妙な術の一種ではないかという疑惑も出ているくらいだが。 開拓者たちは亜理紗に様々な質問を投げかけながら、寄る辺のない事件という大海をこれを頼りに進むのである。 「何はともあれ、事件の簡単な解説をしますね。場所は石鏡北西部辺りに位置する町にある西道家という旧家で、そのお屋敷の付近には他の家はありません。今年の1月17日に当主だった西道一器(さいどう いっき)さんが亡くなり、ご長男の清孝(きよたか)さんが家督を継ぎました。しかし今月6日、その清孝さんが屋敷の地下にある蔵で亡くなっていた‥‥というものですね」 「それで何で殺人事件だって分かるの?」 「後頭部を鈍器のようなもので殴られていたからです。当初事故かと思われていましたが、蔵の内部に被害者が頭をぶつけたと思われる物が存在しないんですよ」 「なるほど、蔵の中の物にぶつけたならそれが無くなってるのはおかしいものね。事故に見せかけるなら残しておくのがいいんでしょうけど、そうじゃなかったと」 「はい。【凶器は蔵に収められていた物ではありません】。無くなってる物調べたら一発ですからねぇ」 当主に続き、長男も死亡。当主は病死だったが、長男の死因が殺人となると穏やかではない。 容疑者となる人物は以下のとおり。 次男、宗治。26歳。放蕩息子で数年前に勘当され、家を出ていた。勘当されていたので継承権無し。 三男、幸太郎。22歳。穏やかでぼんやりした性格だが、正義感は強い。清孝の死により次期当主に。 四男、五郎。20歳。名前にコンプレックスあり。世渡りが上手く、長男には気に入られていた。 母、蘭。一器の妻にして子供たちの母。50歳。一器の葬式などを機に宗治を呼び戻した。 使用人、松。庭師も兼ねる。65歳というベテランで、一器とも兄弟のようだった。 使用人、沙羅。21歳。いわゆる奉公人。真面目と評判。 使用人、美久。18歳。同じく奉公人。長男と恋仲だったという噂あり。 「【事件当日、屋敷にいた人物は以上であり、他の人物は容疑者足りえません】」 「うーん‥‥外部犯であるっていう可能性は?」 「大丈夫です。犯行時刻に屋敷の門はきちんと閉じられていました。【外部犯ではありません】」 「言い切っちゃったわね‥‥まぁ、でないと始まらないのはわかるけど」 石鏡で起こった殺人事件。果たして、真相は? 犯人は? 今再び、開拓者たちの灰色の脳細胞が試される――― |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
ドルニウス・クラットス(ib0274)
41歳・男・吟
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●不足 旧家というのは不思議なもので、各地に存在しながら出自の確かな物、そうでない物と落差が激しい。 その地方の名士であることに違いはないのだが、いつ、どのようにして偉くなったのかと問われると本人たちすら知らないこともあるというから分からないものである。 その旧家の一つで起こった殺人事件を解決すべく開拓者に依頼が回され、その知恵を借りたいということになった。しかし、現場に訪れた開拓者はたったの三人しかいなかったのだ。 本当は四人いたのだが、一人は欠席。事前の調査も人数不足で思うようにできなかったため、『とりあえずの現地調査』という名目で件の旧家にやって来たのだった。 「‥‥隠れられそうな場所は結構ありますね。で、被害者はこの辺りに倒れていたと‥‥」 「入り口に背を向けてるのなー。でもさー、この階段じゃ他の奴が降りてきたらすぐに分かるんじゃねーかな?」 「流石に年季が入ってるせいか、ギシギシ音がしますからね」 真亡・雫(ia0432)、羽喰 琥珀(ib3263)、クルーヴ・オークウッド(ib0860)。以上の三名がこの事件に当たってくれている開拓者たちである。 この面子を見たときは西道家に人々も若すぎると面食らったものだが、次男の宗治が以前殺人事件を解決したメンバーの中の二人がいることに気づき、一定の安心感を得ることに成功した。丁度神楽の都で板前の仕事をしていたときにそんな話を聞いたらしい。 そんなわけで好きに調査をさせてもらっているのだが、どうにも人手不足は隠せない。 「確認します。出掛けに亜理紗さんから回答をもらいましたからね。【五郎さんの帳簿練習は、きちんとやった分だけの量が残っている】。【清孝さんの遺体は、頭部の一撃以外に外傷はなかった】。とりあえず五郎さんの線は薄くなりましたかね?」 「個人意見としては二男・三男は冤罪を被る可能性が高いだけのシロだと思ってます。しかし、被害者と蘭さんが経営方針などに隔たりが在りあまり仲が良くなかったと考えたんですが、それは復唱拒否になっていましたね。関係は良好だったということです」 「俺のはー、沙羅が仕込んでいたのは魚鍋。大根も材料に含まれてるけど、魚は鮭が中心だってさー。事件当日、清孝以外に蔵を利用した奴はいるかって質問には、【松、五郎、宗治、幸太郎、蘭も使用した】ってされてるなー」 「意外と多いですね?」 「蝋燭とか日常消耗品も置いてあるって話ですから。ほら、お線香とかも」 と言いつつ、クルーヴは近場の棚に置いてあった線香を手に取って見せる。 つまり、この蔵は家の誰もが使用する可能性があったのだ。鍵も厳重に保管されていたりすることはなく、基本的に被害者が管理していたが言えば誰でも貸してもらえたとのこと。 この『使用』というのがどのレベルのことを指すのかは微妙なところだが、名前の含まれていない美久と沙羅は犯人説から遠のいた感じがする。 更に、開拓者たちは被害者が裏であくどい事をやっており、正義感の強い幸太郎と対立があったのではとの予想もしていた。しかし調べてみると、被害者は父親である先代に厳しく育てられた甲斐があったのか不正を嫌う人物であり、厳しく意固地なところはあるがあくどいことはしなさそうな人物であったことが伺えた。 ただ、幸太郎とは少々トラブルがあったことは事実らしい。 被害者は『多少品質が劣ろうと一つでも多くの品物を揃えるのがお客様のためだ』と言い、幸太郎は『効率ばかり重視して一つ一つの商品に手を抜くのは如何なものか』と意見がぶつかっていたのである。 自分たちにとっては多くの商品のうちの一つでも、買うお客様は買った商品でしか店を判断しない。品質を重視することを大前提にそこから効率を上げていくのが本当ではないのか、との主張である。 被害者はそれを『生意気を言うな。経営というのは理想だけでやれるものではない』と聞かなかったようだが。 無論、二人も本気でいがみ合っていたわけではないし、店に関わる者たちも充分それを承知していた。だから、これが殺人の動機になりそうとは露とも思っていない。 「しっかし、発見されたのが時間経ち過ぎてたのは痛いよなー。発見時には特に不審な点は見られなかったらしいしさー」 「でも清孝さん自身で地下の蔵まできたというのは濃厚そうです。清孝さんを背負っていくとなると、部屋の近い蘭さん以外はリスクが高すぎますし‥‥」 「例の豆腐はどうだったんですか? 他の材料でも構いませんが」 「その日の気温にもよるだろーけど、外に置いといたら普通に凍ったぜ。あれなら人も殴り殺せるなー」 「では、僕の予想である、沙羅さんが犯人で凶器はブリか半冷凍状態にあった大根、動機は一線越えた思いを秘めた美久さんを清孝さんにとられるのが許せなかったからというのも成立するかもしれませんね」 「でもそれだと蔵の使用云々に引っかかるんじゃないかと‥‥僕も沙羅さんを疑ってるんですけど、詰めよりも何よりもやはり人手が‥‥」 「言いっこなしだぜー‥‥」 真亡もクルーヴも羽喰も思わず頭を抱えてしまった。 人を疑うにはそれなりの証拠と論拠が必要となる。それは前回も参加したクルーヴと羽喰が一番分かっている。 だからこそ、中途半端な推理で犯人扱いすることはできない。してはいけないのだ。 三人は大きなため息を吐くと、昼でも暗い蔵を後にした――― ●不明 客間までやってくると、そこでは次男の宗治が荷物をまとめているところだった。 彼は流れの板前だそうなので、また旅に出るつもりなのだろう。というより、彼に言わせれば父親の死から兄の死と不幸続きで仕方ないとはいえ随分長居したとのこと。 「出られるんですね。このまま家に戻るつもりはないんですか?」 「お、坊ちゃんたちか。よせやい、もうここに俺っちの居場所はねぇよ」 「ぼ、坊ちゃんたち? いや、事実ですが騎士としては傷つきます」 「はっはっは。悔しかったらさっさと大きくなりな、坊ちゃん」 宗治はクルーヴの頭をなで、髪をくしゃくしゃにする。 その笑顔に偽りはなく、大雑把ながら人当たりの良さが伺えた。 彼が出ていってしまえば事件の解決は更に困難になるだろう。いや、仮に彼がこの家に留まっても時間が経てば経つほど状況は悪くなる。 それが悔しくて、真亡は思わず宗治に質問をぶつけてみる。 「お兄さんのこと‥‥残念でしたね」 「ん‥‥まぁな。でも勘当されててよかったぜ。そうでなきゃ俺が次期当主だろ? そんなの御免だぜ」 「お、自由に生きたい派か? 腕は良くもなく悪くもなくって聞いたけどなー」 「うぐ、気にしてるんだがなぁ」 参ったな、と笑う宗治。しかし真亡には何か違和が感じられた。 自分は残念だったと言った。それに対し宗治は『まぁな』としか言わず、当主にならずに済んだことを安堵するような台詞を口にしたのである。 まるで兄が死んだことがさしてショックではないような口ぶり。かと言って宗治が殺したのだとしたら、彼が得るものは何も無いのだ。 「‥‥宗治さん、お兄さんとはあまり仲が良くなかったんですか?」 「んー? まぁ、よくはなかったなぁ。知っての通り、俺は放蕩息子だからさ。親父は勿論兄貴にも煙たがられてたぜ? 多分お袋も呆れてただろうし、五郎は‥‥ライバルが減ったから嬉しがってたかもな」 「幸太郎さんは?」 「あいつは‥‥あいつはいい奴さ。俺みたいな駄目な奴でも慕ってくれた。うちん中じゃあいつだけが明確な俺っちの味方だったぜ」 「おー。じゃあやっぱり、幸太郎さんが殺したなんてことは‥‥」 「ははっ、ありえねぇよ。あの正義感の塊みてぇなやつがンなことできっか」 本当に嬉しそうに話す宗治。幸太郎の話をするときだけ、彼はいやに饒舌になる。 しかし、それが真亡の違和を増大させ、ある仮説を急速に構築した。 もしそれが正解なら‥‥この事件はなんて、悲しい独りよがり‥‥! 「‥‥宗治さん。僕は犯人が怨恨の類でお兄さんを殺したんじゃないのではと思い始めてます」 「‥‥ほぉ。聞こうか」 「将棋盤をひっくり返して考えてみたんです。犯人の立場なら、どういう理由で被害者を殺すか。怨恨が一番ありがちですが‥‥人は、他人のために他人を殺すこともあるんだと」 その言葉で、クルーヴと羽喰も気付く。 他人のために他人を。それは開拓者である彼らであるこそ身につまされる言葉である。 もし犯人が誰かのために被害者を殺したなら? 怨恨でもない。痴情の縺れでもない。自分の益にならない殺人は動機も掴みづらい‥‥。 「もし、お兄さんが死ねば次期当主となるのは幸太郎さん。それを誰よりも知ってるのはあなたですよね。そしてあなたは、清孝さんと幸太郎さんの対立を知った‥‥」 「普段ここに居ない分、その対立が厄介なものに見えたんじゃねーの? 本当は些細な意見の食い違いなのにさ」 「もしそうなら‥‥真亡さんの想像通りだとして、幸太郎さんが喜ぶと思ったんですか? 事実を知ったら、正義感の強い幸太郎さんはどう思うでしょうね?」 真亡、羽喰、クルーヴは半ば賭けのような気持ちで仮説を述べる。 宗治はそれを聞き終わり、ふっと笑ってから口を開いた。 「‥‥流石、想像力が豊かだな、坊ちゃんたち。しかし証拠はない。それこそ俺が殺したんだとしたら、幸太郎のリアクションを考えないと思うか? 自分の為に兄貴たちが殺しあったなんて知ってみろ、自殺モンだぞ、あいつの場合。あいつが死んじまったらあいつのための殺人なんざ意味ねぇよ」 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。 元々急造の仮説だ。少し突っつかれれば脆く崩れ去る。 宗治は大きな風呂敷に包んだ荷物を担ぐと、三人の頭を順繰りに撫でていった。 そして‥‥ 「じゃあな。証拠が出たら会いに来な」 その台詞が全て。宗治なりの敬意の全て。 彼は振り返らずに手を振り、そのままどこへともなく旅立っていった。 真亡たちにできたことといえば、悲しい瞳でその背中を見送ることだけ――― |