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■オープニング本文 「は、はい、こんにちは! 新人職員の十七夜 亜理紗(たちまち ありさ)です! よ、よろしくお願いしますっ!」 神楽の都にある開拓者ギルド。その日、そこには新人として仕事を始めた一人の少女の姿があった。 記憶喪失で行き倒れ、自分探しを始めてみたら路頭に迷い開拓者に保護された。そんな経歴を持つ少女である。 しかしこれでも神託によって何かがあると言われた人物なので、開拓者ギルドが身柄を預かったのだ。 一通りの研修を終え、今日が初仕事と相成る。 ポニーテールを揺らし、巫女服の上から制服の上着を着込んでいるようだ。 「き、今日ご紹介するのは、アヤカシを退治するという単純にして明快なお仕事です。ですが、同時にとても危険なお仕事となっているみたいですっ!」 緊張のせいか身体に力が入りすぎている亜理紗。その様子が、その初々しさが、先輩職員や話を聞いている開拓者には可愛らしく感じられた。 「アヤカシというのは個体個体で全然強さが違うそうなんですが、最近、各地で突然変異や新種の強力なアヤカシが発生し被害が出ているらしいんです。今回も、石鏡北部の山で巨大なカニ型のアヤカシが現れ、村や旅人に被害を出しているとかっ」 そのカニ型アヤカシは全長3メートルを超え、巨大な鋏で獲物を捕食する。 沢蟹タイプなのか、たまに川に寄る程度で充分活動できるらしい。 巨体故のパワー、カニ型故の防御力と、生半可な開拓者では返り討ちにあってしまうのが確認済みだ。 「名前はなんていいましたっけ? ササミ‥‥え、違う? サムライバサミ? り、略してササミでっ!」 資料をがさがさ引繰り返し、先輩にフォローを入れてもらってようやく仮称を伝える。 大慌てでまだまだといった仕事ぶりの亜理紗。まぁこれから少しずつ慣れて行くことだろう。 とにかく‥‥サムライバサミ。それが、今回の狩猟目標の名である――― |
■参加者一覧
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
周太郎(ia2935)
23歳・男・陰
乃々華(ia3009)
15歳・女・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
ネオン・L・メサイア(ia8051)
26歳・女・シ
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●カニ 一口に蟹と言っても、それはそれで様々な種類が居るものである。 毛蟹、タラバガニ(正確にはヤドカリ)、花咲蟹、ヤシガニ、タカアシガニetc。 とりあえず、偵察のため先行していた風鬼(ia5399)と輝血(ia5431)が発見した今回の目標であるカニ型アヤカシはと言うと‥‥ 「ちょいとゴツイですが沢蟹でさぁね。元は手の平大の生物が、大きいだけで全く別物に見えますなァ」 「大きい‥‥それに鋏も鋭くなってるのかな? いい素材が取れそうなのに」 茶褐色の甲羅に大型化した両鋏。ゴツゴツした甲殻の八本足。 背中の装甲はツルツルしているように見えるのに足がゴツイのは、やはり自然発生の生物ではないアヤカシ故か。とりあえず見た目にも強そうではある。 まぁ、見ようによっては茶色い鎧を着ているように見えなくもない。 二人は一通りの観察を終えると、発見場所の川付近から撤退し本隊と合流する。 「蟹なのに食べることが出来ないなんて‥‥ちょっと残念ですねー」 「よせよせ、沢蟹は病気を持っていることも多いんだぞ。蟹とは名ばかりだ」 「素焼きにするのが好みなんだがそれでも駄目か? 熱消毒で何とか」 風鬼と輝血の報告を聞いた残りのメンバーは、蟹と聞いてどうしても食欲をそそられている。 が、相川・勝一(ia0675)のボヤキに周太郎(ia2935)は手をひらひらさせて吐き捨てた。 アヤカシだけにそもそも食べられるわけはないのだが、元々沢蟹も寄生虫やらなんやらであまり食用には向かないとのウンチクである。 わりと真面目に言うネオン・L・メサイア(ia8051)。確かに沢蟹の味噌汁というのが無いわけでもないが、如何せん相手はアヤカシで(以下略) 「とりあえず問題なのはアヤカシが川辺に居ることね。水浴びの時間にかち合うなんて運が無いわ」 「あら、いいじゃありませんか。私は泳ぐ準備も万端ですよ?」 「この寒いのにですか? あなた様はそれでもいいかも知れませんが‥‥そもそも寒くないのですか、その格好は」 「あなたが‥‥暖めてくれますか? ぽっ」 「はい!? い、いえ、私にはそういう気は‥‥」 「――――いえ、冗談です」 井伊 沙貴恵(ia8425)は真面目に話していたのだが、乃々華(ia3009)の一言で話の流れが妙な方向に向いてしまった。 しかし夏 麗華(ia9430)が思わず心配してしまうのも無理からぬこと。乃々華はまるで真夏のビーチにでもいるかのような格好で、目のやり場に困るより先にこっちが寒くなりそうな気さえする。 本人は基本こういう格好らしいのだが、これで風邪を引かないなら相当頑丈なのだろう。 乃々華は夏を軽くからかうと、ふっと淡々とした口調に戻り呟いた。 「遊んでないで作戦を実行しましょう」 何か釈然としないものを感じつつも、一行はそれに従い移動を開始した――― ●一番硬いのは‥‥ 流石にカニ型アヤカシが得意であろう川辺で戦うのは愚策であると判断し、一行は風鬼と輝血に囮となってもらい誘導することを選んだ。 水浴び中だったサムライバサミは二人に気づくと、鋏を振り上げて追跡に入る。 ぞくり。二人は背筋に強烈な寒気を感じ、サムライバサミの注意とプレッシャーがこちらに向けられたことを瞬時に理解した。 そんなことより早く移動しなくては。そう風鬼が思った瞬間。 「速い!?」 がつんがつんと石と脚とがぶつかる音が響き、横歩きながら猛スピードで二人に迫るサムライバサミ。それはちょっとしたホラーですらあった。 逆に食用のカニ型ならここまで速くなかったかも知れない。しかし、サムライバサミは沢蟹型である。 「冗談じゃありません!」 輝血が右に跳ぶ。その直後、一瞬前まで輝血がいた所に鋏が振り下ろされた。 大きく抉れる地面。破壊力も見た目相応だ。 「走りますよ!」 「合点でさぁ」 思いの他余裕なく走り、二人は再び本隊と合流。川から少し離れた林に陣取る。 追ってきたサムライバサミを前に、相川が一歩前に出た。 「よし、では出陣だ! 相川・勝一‥‥参る!」 隼人を使用して加速し、一気にサムライバサミの右脚付近へと移動する相川。 まずは脚を破壊したいらしい。その小さい体で長巻を振るう‥‥が!? がぎぃんっ! 「なっ‥‥硬っ‥‥!?」 相川の一撃は右足の一本を大きく後退させただけで、逆に弾かれた相川のほうが反動で隙を作ってしまう。 小さい体で力持ちと有名な相川を以てしてもダメージにならないということは、こいつの最も硬い部位は脚なのか。ある意味合理的ではあるが‥‥。 その大きな隙を狙い、サムライバサミは右の鋏を叩きつけるように振り上げる! 「そう簡単に!」 攻撃に対し受けを選択した相川。だがその精度も攻撃力も並のアヤカシではない。 体重負けして仲間の方へ吹っ飛ばされたが、すぐに立ち上がって戦闘続行の意思を示す。 「流石に硬いな。だが、これは如何だ‥‥!!」 「続きます。前衛の方、準備をお願いしますね」 ネオンと夏が織り成す鉄弓と重機械弓による遠距離攻撃。 関節部を狙ったネオンの矢は刺さりこそするがすぐにぽろりと抜け落ちてしまうことから、重大なダメージとまではいかないようである。 夏は炎魂縛武とフェイントによる鋏への攻撃。大鎧さえ撃ち抜くその矢は、サムライバサミの鋏でも例外なく深々と突き刺さる。 どうやら脚より鋏の方が脆いらしい。夏の攻撃が連射出来ないのが惜しいところ。 「オン・シラバッタ・ニリ・ウン・ソワカ!」 周太郎の呪縛符により出現する式。しかしサムライバサミは脚の一本や二本が動き辛くなろうとお構いなしで動き回る。 「くっ、余裕をもって相手をできるのはあたしだけ!?」 輝血はその回避力によりいくらでも避けることができるが、他の面々はそうは行かない。 受けをしてもダメージは完全には無くせないし、風鬼でも余裕を持った回避は難しい。 そのため、輝血が積極的に前に出てサムライバサミの注意を引かねばならないのだ。 が、それはネオンや夏のリロードを助けることにもなるし、周太郎の術の発動も補助できるため一番効率の良い戦い方でもある。 「殴ると頑丈そうだが術ならどうだろうな? オン・マリシエイ・ソワカ!」 カマイタチのような式が一直線に飛び、サムライバサミの鋏に直撃する。 度重なる夏の攻撃で多数のヒビが入っていた左の鋏が、周太郎の斬撃符により半ばから砕ける! 周太郎の読み通り、術への抵抗力はさほど高くない! 「計画通り。俺は新世界の蟹とな―――」 軽口を叩こうとした周太郎の台詞は最後まで続かなかった。 サングラスの奥の瞳が驚きで見開かれる。 今までも充分速かったが、鋏を破壊されたことで怒ったらしく、サムライバサミのスピードが更に上がる。 シャカシャカとせわしなく脚を動かし、木の根が無数にせり出す林という悪路を平然と闊歩する。 「引き付けるわ! 来なさい、化け蟹!」 咆哮を上げる井伊に向かってサムライバサミが爆走する。 右の鋏を開き、井伊の体を挟み込む! 「うぐっ!? くっ、今よ!」 片手で軽々と井伊の巨体を持ち上げるサムライバサミ。が、それは井伊の罠でもある。 「カニは食べるときもお腹からさばくものです」 井伊のすぐ後ろに控えていた乃々華はすかさず懐に飛び込み、サムライバサミの腹の直下で地断撃を放つ! どうやらそこが最もダメージの通りがいい場所のようで、サムライバサミはたまらず井伊を放す。 「グーはチョキよりも強いですから問題なしです」 そう言いつつ、乃々華は先程同様素手の拳による直閃による一撃を腹に叩き込む。 弱点とは言え蟹を相手に素手で戦おうと言う発想はある意味恐ろしい。 「そろそろ右の鋏の関節が脆くなっているはずだ! 風鬼、狙え!」 「人使いの荒いことで」 根気強く右の鋏の付け根を狙い続けていたネオン。先程サムライバサミが井伊を持ち上げたときに微妙に震えていたことを見逃さなかった。 今一度即射で鋏の付け根を射り、直後に風鬼が斧での一撃を加える。 ミシッ、ベキベキッ! という音が響き、右の鋏はぶらんと垂れ下がって今にも千切れそうになっている。もう攻撃にも防御にも使い物になるまい。 これはやばいとサムライバサミが思ったかは定かではない。しかし例の素早さで一気にネオンと夏、周太郎へと近づき‥‥ 「なっ‥‥」 「おいっ‥‥」 「えっ‥‥」 左の鋏を右方向に薙ぐ形でスピンし、後衛三人組を弾き飛ばす。 それなりに防御力のあった夏はともかく、周太郎とネオンは甚大なダメージを受けてしまう。 加速、重量、遠心力。今のは前衛でも危ないが、鋏が完全でなかっただけマシか。 しかしそれもいいことばかりではなく、スピンしたせいで右の鋏が完全に取れてしまった。 それに気づいた時点でサムライバサミはくるりと反転し、その場を逃げ出そうとする。 「このまま黙って逃がすものか!」 その場で方向転換している隙に相川が走り込み、背中の甲羅に両断剣での一撃! 甲羅の破壊にまでは至らなかったが、背後からの不意の衝撃によりサムライバサミはつんのめってダウンする。 じたばたもがいている間に輝血と風鬼が急速接近、低くなって狙い易くなった目に攻撃する。 流石に目が硬いと言うことはそうそうない。視力を奪われるという点で腹よりもダメージが大きいのは火を見るより明らかだ。 流石に堪えたのか、ずりずりと脚を引きずりながらも川に向かおうとするサムライバサミ。 そこに‥‥ 「はぁい。私、やられっぱなしで許しておけるほど人徳者じゃないのよね」 「3分以上は有料です。ナニがとは言いませんけど、とりあえず払っていただきます」 井伊と乃々華が立ちはだかったのを感じ取り‥‥サムライバサミは再び左の鋏を振り上げる。 それが、最後の一太刀になると予感しながら――― ●結果として 激闘の末、サムライバサミは倒された。 開拓者側にも二名ほどかなりの重傷を負った者が出たが、治療すれば充分復帰できる範囲だ。 力尽きた瞬間、本体も取れた右鋏も消滅し何も残らないのが非常に悔やまれる。 鋏や甲羅はさぞ良い武器防具の材料になっただろうし、食べられたなら美味しかったかも知れない。 アヤカシと言う存在にまた別の怒りを覚えながら‥‥アヤカシハンターは、まだ見ぬ新たなアヤカシとの戦いに意欲を燃やすのだった――― |