【SA終】エピローグ
マスター名:西川一純
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 不明
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/23 05:58



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

 長きにわたり、開拓者たちと激戦を繰り広げてきたアヤカシ集団、セブンアームズ(以下SA)。
 人と同じように感情を持ち、会話ができたことがそもそもの悲劇だったのか。彼らは最後の一体をも討ち取られ、ついに戦いに終止符が打たれたのである。
 しかし、その後味は非常に悪かった。最後のSA、ダシオンは、開拓者に勝利することでもなく、自らの生き様を通すわけでもなく、仇である開拓者への嫌がらせに命をかけ、果てた。
 勿論、開拓者の中にも兵士たちの暴動を懸念し、自前策を講じた者もいた。だがはいそうですかと我慢できるほど遺族の気持ちは簡単ではないこともダシオンは読んでいたのだ。
 誰かが言った。撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだと。
 誰かが言った。自分は散々斬っておいて自分が斬られるのは嫌とは言えまいと。
 誰かが言った。様々な動植物を喰うからには、自分も喰われても文句は言えないと。
 アヤカシは人を喰らう。それがアイデンティティの一つであり、生きる手段だから。
 人はそれに抗う。どんな理由であれ、理不尽に命を奪われるのは御免だから。
 もしかしたらそれに聖邪の区別はないのかも知れない。開拓者たちはこれからも、自らのため、大切な人たちのために戦っていくのだろうから。
 それを悪と断じることは、とりあえず人間には不可能であろう―――

 依頼の話に入ろう。SAが全滅したことにより、氷漬けになった開拓者たちへのアプローチが可能となった。
 彼らの無念、魂はまだその場にあると思われ、放置すればしたでまた瘴気を呼び、新たなSAのようなアヤカシを生み出すかも知れない。色んな意味で、もうあんな悲劇は御免被る。それが大多数の意見であろう。
 しかし、実際にどういう手法で決着を付けるかは悩ましいところである。
 氷を溶かし、昔の開拓者たちを救い出すか? 例え氷の中からは救い出せても、現在の技術では彼らの蘇生は難しい。
 ならばもう死んでいるものとして、氷から出すだけだして埋葬するか?
 一応、先にも記したとおり放置という手段は取りたくないようだが‥‥。
 結局、結論は開拓者に一任されることとなった。長い間SAたちと戦ってきた彼らこそが、最後の選択肢を選ぶに相応しいだろうという意見からだ。
 SAたちとの戦いを懐かしむもよし。最後にくだらないことをと罵倒するもよし。氷漬けの開拓者たちを救うのに奔走するもよし。特別なことが起きない限り、これが最後のSA関連の依頼となるだろう。
 七腕とも呼ばれたセブンアームズは‥‥もう、いない―――


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
レネネト(ib0260
14歳・女・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
朱月(ib3328
15歳・男・砂
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

●過ぎ去りし時
 すべてのセブンアームズ(以下SA)は倒れ、石鏡を騒がせた人型アヤカシは消滅した。
 その混乱の処理を行いつつ時は過ぎる。そして、ようやくSA発生の原因となった氷漬けの開拓者たちに手をつけることが出来るようになったのである。
 SAと数々の戦いを繰り広げた開拓者たちは、その総仕上げとして今回の依頼に挑む。

 開拓者の要請に石鏡は快く応じ、原因の排除のために資材や人員を派遣した。しかしそれを、参加者の一人、鷲尾天斗(ia0371)はこう分析する。
「国っつーモンは慈善や無償で動いてもたかが知れる範囲でしかねェ。国を動かす一番の理。それは『利』ッつー下心を絡ませる事。それが魅惑的なら魅惑的な分だけ国も協力的になる」
 実際、石鏡が慈善の心だけで協力したわけではない。これ以上SAに関する事例を長引かせたくないからという算段も大いにある。
 そして、合法的に氷漬けの人間の蘇生実験ができる‥‥という読みも。
 しかし、そんなことは開拓者たちには関係ない。必要な資材や人材さえ出してもらえるなら文句はない。
 彼らは良くも悪くもあるSAたちへの思いと、純粋な事故の被害者である氷漬けの開拓者たちを助けたいという気持ちで行動しているのだ。
「ふう! こんなところでいいかな? もう少し広げる?」
「いや、充分だと思うよ。僕達は専門家じゃないんだから、あまりやりすぎて崩しても困るからね」
 まず、小伝良 虎太郎(ia0375)と朱月(ib3328)を主軸に洞窟の入口の拡充に入った。
 道具は石鏡が用意してくれたので、亀裂にしか過ぎない狭い入口を通りが良くなるように慎重に広げる。
 こうしなければ内部に資材を持ち込むのも難しいし、人の出入りも不便。これから長丁場になるのは確実なので、やっておかねばならない作業だ。風の通りが良くなれば氷の溶け方も多少良くなるはずなので、損はない。
 男で総出で行い、なんとか入り口を出入りするのに支障のないサイズまで拡充。息をつく暇もなく内部の作業に入る開拓者たち。
「‥‥SAの姿のした彼らを助けても、向こうにとってこっちは初対面。結局、ダシオンの残した棘に、『助ける』という行為で抗いたいだけなのかもね」
「SAの犯した罪はSAのもの。祖となった開拓者のものではありません。それに、学術的にもこのようなケースは放って置けません」
「一言加えなければ良い話だったのに‥‥。確かに、SAは悪いことをして滅びました。でも、開拓者さんたちは助けないとダメだと思うのです。きっと、SAさんたちもそれを望んでいると思いますから」
 洞窟の奥。神様のいたずらで万年氷に閉じ込められた7人の開拓者たちを前に、煌夜(ia9065)は伏し目がちに呟いた。
 目にするのは二度目だが、不謹慎であっても思ってしまう。美しい、と。
 結晶に閉じ込められた開拓者たちは誰一人として苦悶の表情をしていない。まるで眠るように当時の姿を残している。
 それを助けるのが正しいかはわからないが、SAに関わったものとして、最後の最後を石鏡に預ける訳にはいかない。ジークリンデ(ib0258)もレネネト(ib0260)も、それに変わりはない。
「ほいほーい、準備完了なのだ! 火、点けるのだよ!」
「入口は広がりましたが、洞窟内で焚き火は本来よろしくありません。気分が悪くなった方はすぐに外の空気を吸ってきてくださいね」
 とてとてと最後の薪を運んできた叢雲 怜(ib5488)。自慢の銃も、今回は使う機会はない。
 それを確認した无(ib1198)は、風の流れを確認しつつ火を起こす。
 防寒具を用意している開拓者が多いのを見てもわかるように、本来ここは万年氷がある一年中寒い天然の氷室。その万年氷を排除するためには、砕くより熱で溶かすのが安全なのは言うまでもない。
 とはいえそれで酸欠→ミイラ取りがミイラにでは困るので、参加者の安全も大事である。
 煙に巻かれないことを確認し、一同は待つ。洞窟内の温度が少しずつ上がり、氷の表面に水が垂れ始めるのが確認できた。
「フン‥‥悪党の仏心か。シャレにもなりゃしネェ」
「おいらは鷲尾さんのこと悪党だなんて思わないけど‥‥悪い人が仏心出しちゃいけないってことないよ、きっと」
「しかし、人はそれを偽善と呼びます。悪い人と自覚しているなら悪い人を貫くのが生き様では?」
「やらない善よりやる偽善です。元より、正義なんて視点で変わります。私たちのこの行為も、人によっては偽善と呼ぶでしょうし」
 人知れず呟いたはずの鷲尾だったが、洞窟内では声はよく響く。小伝良やジークリンデ、レネネトも加わり会話が繋がる。
 誰もがただ黙っていることに耐えられない。パチパチと音を立てる火だけに場を任せておけないのだ。
「ここで倫理観をどうこういっても始まりません。この氷が溶けてからが本番だということをお忘れなく」
「うーん、俺にはこの人達を助けるのがこの人達にとっての幸せかはわからないけど‥‥助けようとしなかったら助かる確率はゼロなのだ。だから、やると決まったら良いも悪いもなくやるだけなのだぜ」
「ふ‥‥そうだね。奇跡を信じぬ者には奇跡は起きないし成功を信じぬものに成功は訪れない‥‥だから信じるよボクは」
「放っては置けない。それが、私たちの総意。認識に多少のズレはあってもね。後は信じましょう。助けられるって‥‥!」
 沈黙に耐えかね、无も会話に参加する。叢雲も、朱月も。
 そして煌夜の言葉が全てを物語る。全てを言い表している。何かが出来ると‥‥何かを変えられると信じて、これまで進んできた彼らだから。
「後は運任せ、か‥‥」
 人事を尽くして天命を待つ。尽くす人事は用意済み。後は、鷲尾の言葉通り運次第。
 その表情は、今までに見たことがないような複雑なものであったという―――

●50:50
 開拓者たちは細心の注意を払い、救出プランを練っていた。
 焚き火で暖めるのが不可能ではないと分かった時点で氷を砕くのは中止し、静かに時を待つ。
 もし砕こうとする最中に氷の中の開拓者ごと砕いたのでは話にならない。今開拓者が取っているのは、最善の策と言える。
 しかし、先に鷲尾が言ったとおり後は運任せ。それは参加者の運でもあり、氷漬けの彼らの運でもあった。
 ビキッ‥‥!
 その音は不意に、かつ確実に、そして不気味に洞窟に響き渡った。
 思わず氷に視線が集中する。そこには、内部に大きなヒビが入った氷壁。
 そしてそのヒビは、無常にもダシオンと同じ顔をした開拓者の胸辺りを破壊していた。
「そんな!? 氷って暖めるだけでもヒビが入るの!?」
「そうか‥‥外部から冷やされつつ一部分が暖められるから、温度差で内部に崩壊現象が起こるんです! 暖めるだけならこんなことはないんでしょうけれども‥‥!」
 小伝良が悲鳴のような声を上げ、无がしまったという顔で歯噛みをする。
 煌夜が外で待機している巫女を呼んできたが、彼女は静かに首を振る。
 氷が邪魔で治癒術が届かない。今のままでは手が出ない、と。
 しかし火の勢いを強めれば余計に内部の崩壊が早まるかも知れない。外から見るだけでももうダシオン似の開拓者の生存は絶望的だ。
「‥‥人生の収支はプラスマイナスゼロである、などと聞きますが‥‥」
「何もこんな時に悪い目が出なくてもいいと思うのだよ‥‥!」
 ジークリンデも叢雲も続ける言葉が見つからない。
 祈るしか無い。これ以上ヒビが入らないようにと。
 しかしそれは、あまりに儚い願いであった。
 バキッ‥‥!
 氷が軋み、ジーク似の開拓者の首と胴が離れた。
 続けて、クラン似の開拓者の腹と、両足が膝辺りからズレた。
 そして今度は、キュリテ似の開拓者の身体が袈裟斬りのように寸断された。
 彼らの身体は完全に氷と一体になってしまっている。氷が溶けきっていない今、ヒビやズレはそのまま彼らの体を破壊していく。
 待つしか無い焦燥感。目にするのは助けたい人たちが壊れていく様。
 伸ばした手が届かない。高位の巫女も、十年以上の時を隔てた氷壁には歯が立たなかったのだ。
「お願い‥‥もうヒビが入らないで! 一人でも多く助けさせて‥‥!」
 ぎゅっと瞑った煌夜の目尻から涙が溢れる。
 その涙が効いたのか、ヒビは発生するものの開拓者たちの体あたりは無事なことが続く。とはいえ、音がするたびに参加者たちは生きた心地がしないのだが。
 実際よりかなり長く感じた時が過ぎ、やがて三人の開拓者が氷の中から五体満足で救出される。
 急いで救護班を呼び、治癒術を使いつつ体を暖め、慎重に蘇生作業を続けていく。
 ヒビによって体を破壊されたメンバーについては、巫女たちは首を横に振った。蘇生は不可能だと。
 ならば後で丁重に葬ろう。今は可能性の残る三人‥‥クレル、リュミエール、シエル似の彼女らを救いたい‥‥!
 蒼白でまるで血の気のない三人。治癒術、蘇生術と、高位の巫女たちも力を惜しまないが、彼女たちの反応はない。
「体は充分暖まったはずです。心臓マッサージでも何でもしましょう」
「肋骨を折らないように気をつけてね。素人がよくやっちゃうんだ」
「この状況で下心がどうとか言う奴ァいねェだろうな!? 俺も参加させてもらうぞ!」
 レネネトと朱月、鷲尾が心臓マッサージを開始する。それを止めるものはいない。いようはずがない。
 まだ体は冷たい。人肌を取り戻していない。それに構わず心臓を刺激し、気道を確保して人工呼吸をする。
 横では治癒術を使い続ける巫女たち。洞窟を照らす焚き火の炎が、せわしなく動く影を照らし出していた。
 ‥‥それを、何分続けただろうか。元より氷漬けの人間の正しい蘇生方法などが解明されているわけでもない。
「お願い、クレル! 戻ってきて!」
「リュミエール! 今度は看取れなんて言わせねェぞオイ!」
「シエル! 沢山の人が君たちのために集まったんだよ! だからさ‥‥!」
 煌夜、鷲尾、小伝良が必死に叫びながら心臓マッサージを再開しようとする。しかし、巫女たちはそれを静止し、首を振った。
 言葉に出さないまでも、彼女らはもう戻ってこない。そう言っているのだ。
 脳がシャーベット状になったりすればダメージは深刻だろう。内部の破損が思ったより酷いのかも知れない。
「畜生‥‥起きろよラッキー! 十年以上も苦しい思いしたこいつらに、ラッキーの一つや二つがあったって‥‥いいだろうがぁぁぁっ!」
 ドン、と力任せに、鷲尾はリュミエール似の開拓者の胸に拳を叩きつけた。
「オレはこんなにも無力なのかよ‥‥! あの時みたいに、目の前に居る助けたい奴を助ける事が出来ない弱ェままなのかよ‥‥!」
 鷲尾の口から漏れる無念の言葉。しかし、その時。
「‥‥‥‥こほっ‥‥」
『っ!?』
 小さな咳。そして、焚き火の音にかき消されてしまいそうな弱々しい呼吸音。
 それは、確かに見下ろす少女が発したものだった。
「リュミエール!? おい、リュミエール! わかるか!? 生きてるか!?」
 決して揺さぶったりせず、ペチペチと頬を叩きながら鷲尾は呼びかける。
 やがてその瞼が開き、青い瞳で確かに天井を見上げていた。
「‥‥‥‥夢を‥‥‥‥見ていました‥‥。あたしが‥‥アヤカシに、なって‥‥人を、襲う‥‥夢‥‥」
「いいンだよそんなもんは! 夢は夢だ! な!?」
「‥‥でも‥‥どこか、幸せな‥‥夢でした‥‥。暖かい、人達が‥‥会いに、来てくれた‥‥ような‥‥。‥‥あなた‥‥夢で、あたしが好きになった、人に‥‥似て‥‥ます‥‥」
「いいから喋んな! 体が治ったらいくらでも話してやるから!」
 鷲尾は涙が止められない。嬉しいのか、悲しいのか分からない。しかしとめどなく涙が溢れてくるのだ。
 それは見守る他の開拓者たちも同じ。そして理由は‥‥およそ察せられている。
 リュミエール似の少女は、弱々しく鷲尾と目を合わせ‥‥力なく、それでも笑顔を作った。
「‥‥あたし‥‥きちんと、助けて‥‥貰い、ました‥‥。あなたは‥‥弱くなんか、ない‥‥。ありがとう、ございます‥‥皆さん‥‥‥‥鷲尾、さん‥‥‥‥‥‥‥大好きッス‥‥‥‥‥」
 それが、少女の最後の言葉。
 夢の中で伝えられなかったことを、最後の最後に伝え‥‥命の火は消えた。
 誰もが知らずに悟っていたのだ。時を超えて目覚めたのが奇跡でも、その奇跡が長く続かないことを。少女の死を予感したからこそ涙が溢れたのだろう。
 SAの一件は最後の最後まで、悲しい奇跡で彩られた。しかし、参加者たちの胸には哀しみだけではない何かが残ったという。
 十年を超える時は、彼らの蘇生を一人たりとて許さなかったが‥‥最善は尽くした。これも天運か。
「‥‥あなたたちのこと、SAのこと。俺がしっかり記録します。史料として伝えます。だから、どうか‥‥安らかに」
 ややあって、埋葬を終えた開拓者たち。万年氷も解消され、洞窟内で鎮魂の儀も行われた。もうあの場所に彼らの魂はなく、何かを放置してもSAのようなアヤカシは生まれまい。
 无の決意以外に、口を開く者は居なかった。言葉にしなくても、時をも越えて彼らは繋がっているのだから―――