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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「はーいどーもー。亜理紗ちゃんいるー?」 「げ。な、何の御用ですか先輩」 ある日の開拓者ギルド。 職員の十七夜 亜理紗を大声で呼んだのは、30代くらいの男性であった。 服装は陰陽師のそれだ。亜理紗が嫌そうに『先輩』と呼んだからには、陰陽寮関連の人物だろうか。 「ごめんなぁ、亜理紗ちゃーん。ちょいと頼みたいことがあってさぁ、依頼出してやー」 天儀の人間のようだが、髪を金色に染めている。独特の訛った台詞回しの男性は、亜理紗の担当机の前で手を合わせた。 この男性は小野坂 篤。陰陽師で、開拓者としての亜理紗の先輩である。 「いやぁ、新しい式の研究しとったんやけどな、失敗してもうてようわからんモンが出来てしもたんよ。しかもそれが逃げ出してなぁ、あんまり害があるもんや無いんやけど、一応なんとかせんとあかんやん?」 「またですかぁ!? この前も似たような失敗したじゃないですか!?」 「あん時はきちんと自分で処理したもん。今回はほら、ほんの手違いで‥‥」 「だいたい、『可愛い女の子型の式を作ってキャッキャウフフしたいから』なんて理由で式開発するのやめてもらえません!?」 「なんやとコラァ!? 男の夢コケにすんなら奥歯ガタガタ言わせたるぞボケがぁ!」 「尻拭いを他の人にさせるのは陰陽師として以前に一人の大人としてどうかと言ってるんです!」 少々お待ち下さい☆ 「‥‥で? 逃げた式はどんなのなんですか?」 ギルド内で口論していたところを注意され、二人はとりあえず落ち着くことにした。 小野坂のほうは『すんませーん』とおどけると、ケロッと普通のテンションに戻ってしまう。 「んっとなぁ、灰色の山羊みたいな外見しとるんよ。大きさもそんなもんやね」 「なんで女の子型の式を作ろうとして山羊の形に‥‥?」 「おまえがゆーな。んでな、厄介なんはそいつの特殊能力にあるんよ」 小野坂が言うには、式の戦闘能力はさほどでもないらしい。しかし、その式は『その式を認識すると猛烈な便意に襲われる』という珍妙な能力を備えているという。 例え姿を見ていなくとも、そこにその式がいると認識した時点でアウトらしい。陰陽師の術で式と視覚を共有するものがあるが、それを用いても引っかかってしまうとか。 たかが便意と侮るなかれ。生牡蠣に中った時と同等かそれ以上という話もあるようだ。 「ものすごく迷惑じゃないですか!?」 「いやぁ、知らぬが仏っちゅー言葉がこれほど実感できる式もおらんやろ?」 「もう式というより立派なアヤカシじゃないですか‥‥」 元より陰陽師の使役する式はアヤカシと同じようなものだ。それが術者の手を離れ勝手に行動するならアヤカシと認識して撃破するのに遠慮は要るまい。 問題は、どうやって撃破するか。そこにいることを認識することで便意に襲われるのなら、接近戦は勿論遠距離で狙いをつけるのも駄目ということになる。 山で草を食んでいるという式、改めアヤカシ。 何と言うか‥‥よんでませんよ、アヤカシさん――― |
■参加者一覧
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
紫夾院 麗羽(ia0290)
19歳・女・サ
ネオン・L・メサイア(ia8051)
26歳・女・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
各務 英流(ib6372)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●自業自得 「ぶるぉっ!? 何さらすんじゃボケェ!?」 「‥‥‥‥」 「あ、嘘ですごめんなぶべっ!? ぶべっ!?」 依頼出発当日。ギルドに集合した開拓者一行は、予め亜理紗に小野坂を呼び出してもらっていた。 亜理紗も思うところがあるらしく喜んで協力。何も知らずに『可愛い開拓者さんが小野坂先輩に会いたがってますよ☆』という言葉を信じてのこのこやってきたところを捕獲。 紫夾院 麗羽(ia0290)が足払いで転ばす→頭を踏みつけるのコンボを決めた後、無理矢理立たせて往復ビンタの刑に処したようだ。 しこたまビンタされて両頬が膨れ上がった小野坂は、犬の種類の一つに似ているような気がした。 「小野坂篤。もうお前アヤカシ生み出すのでアヤカシ篤に改名しろ」 「高みの見物などさせんよ。責任は身を持ってキッチリと取ってもらうとしよう」 「殺生な!? 亜理紗ちゃん助けてぇな! わし、一応依頼人やろ!?」 冷たく見下ろす紫夾院とネオン・L・メサイア(ia8051)。どうやら依頼にも同行させるつもりらしい。 小野坂は亜理紗に助けを求めるが、亜理紗は無言で目を逸らす。 「亜理紗お姉様に汚らわしい男が近寄るなど‥‥私達の仲を脅かす悪魔に鉄槌を‥‥!」 「あー、待って待って待ったげて! 彼も悪気はなかったんだと思うんだよ! 単純に失敗しちゃっただけなんだよ! ねぇ、小野坂くん!?」 「そ、そう! そうなんよ! よくあることですやん、亜理紗かて失敗だらけやん!?」 手裏剣を構える各務 英流(ib6372)を、村雨 紫狼(ia9073)が必死に止める。 どうやら村雨は小野坂のことを気に入ったらしい。精一杯のフォローで穏便に済ませようとする。 「確かに。今回の作戦には小野坂くんも重要な位置を占めますからね。ここで殺してしまうと事件ですが現場で死んだら事故にできますよ」 「あぁン!? 誰が小野坂くんやこのクソガキ‥‥って、え? なんですのん、重要な位置て‥‥」 ハッド(ib0295)に食ってかかろうとした小野坂だったが、突然トーンダウンし青ざめる。 ただついて行かされるだけではなく、しんどい何かをさせられる。今さらながらそれに気づいたのだろう。 「えーっと‥‥そこのおっぱいのお二人?」 「何だ?」 「そのっ、だっ、誰がおっぱいですか! って、素で返事、しちゃうんです‥‥か‥‥?」 「自慢だからな。で、なんだ豚野郎」 瀧鷲 漸(ia8176)と雪ノ下 真沙羅(ia0224)は、強烈な個性(主に胸的な意味で)を持つ開拓者である。 素でさらりとセクハラする小野坂も大したものだが、それをあっさり受ける瀧鷲も凄い。雪ノ下のような初々しい反応のほうが普通と言わざるをえない。 小野坂は正座状態から右手を上げると、突然流暢な丁寧語で喋り出す。 「僕はいったい何をさせられるんでしょうか‥‥?」 「そりゃあお前、現地に行ってからのお楽しみだろ」 「ぶ、ブラザー! 後生や、教えてぇな!?」 「くっ、お前だけイカせねーぜブラザー小野坂あああっ! ってゆーか不用意に逆らったら女子一同にフルボッコやでえ〜」 「いーやーやー!」 縄でぐるぐる巻きにされつつ連れていかれる小野坂。同情する者はいるが、助ける者は‥‥いない。 「じゃあ、あたしの質問にきちんと答えたら考えてあげてもいーよ?」 「ホンマ!? 言います言います、何でも答えます!」 今まで黙っていたリィムナ・ピサレット(ib5201)が、椅子から降りつつ小野坂に問いかける。 「どこをどう間違えばそんな式が出来るの? 女の子の我慢姿を見たくて作ったとか?」 「多分作っとる時に『女の子のお尻撫で回したい』て思てたからやと思う!」 「私刑♪」 「死刑やないのがリアルで嫌やぁぁぁっ!」 五月蝿いからさっさと行けと言われ、一行は目的地へと向かう。 道中、リィムナを始め基本的にわいわい和やかに移動していたが、小野坂に発言権はない。 ただし小野坂、てめーはダメだ。癖になるフレーズであった――― ●めーやん 現場となる山‥‥と言うか高原に近い山についた一行は、早速索敵を開始する。 とは言っても、見つけてしまうと便意の猛威が襲ってくる。いつもとは違い、『その場にいないことを確認し徐々に居そうな場所の範囲を狭めていく』という厄介な索敵だ。 遮蔽物の少ない場所が多く、見回すのにも一苦労だというのだからたちが悪い。 「んー、めーやんどこ行ったんやろ。絶対この辺なんやけどなぁ」 「本当にそういうお名前でしたのね‥‥」 「てきとーに付けただけやけどな」 縄で縛られたままあちこちを探す小野坂。どうやら観念したらしい。 やがて周辺を探しつくし、岩に囲まれた原っぱと思わしき場所だけが残った。 風に揺られ、さわさわと音を立てる草だけが辺りを覆う。ここに居なければこの山にはもういないだろう。 「よし‥‥それでは準備だ。真沙羅、台車は使えそうか?」 「は、はい。あの、この辺りはなだらかですので、大丈夫だと思います‥‥」 「俺も覚悟完了ですぜ。そーいうこって事前に用意してきたぜーーーっ!」 突如ズボンを脱いだ村雨。そこには、布製のおむつが何重にも巻かれていた。 気持ちは分からくもないが、辺りに嫌な沈黙が訪れる。 「‥‥あのさー‥‥」 「‥‥いうなしゃべるな何もツッコむなああ〜〜!!」 リィムナの言葉を男泣きしながら遮る村雨。自分自身で後悔しているのかも知れない。 「見つかったも同然やな。ほんなら俺はこの辺で‥‥ぐぇっ!?」 「どこに行く? 本番はここからだぞ」 「そ、そんな怖い顔せんといて紫夾院さーん。これ以上わしに何せぇ言うんよ」 「大人だったら最後までキッチリ責任取らないとなぁ?」 「ぼ、僕まだヤングだよ?」 「そういうのが一番ムカつくんだよ! いいから行って来い!」 首をがっちりと掴まれ逃げられない小野坂。そのまま紫夾院にぶん投げられ、原っぱへと放り込まれた。 続いて他の面々も準備完了、台車三台を押す係と、それに乗っかったり葛篭の中にはいって接近する係に分かれる。 台車を押すのは雪ノ下と村雨、各務。葛篭に入るのは紫夾院とリィムナである。瀧鷲は胸がつかえるという理由から目隠しだけして各務の押す台車に乗る。ハッドはアーマーで一歩一歩を大きくする算段のようだ。 その時である。 『ぎゅおぉぉぉ!?』 岩に反響し小野坂の悲鳴が響き渡る。それを合図にしたように、ネオンが原っぱの中へ降り注ぐような矢を連続で放つ! 「では、先陣を切らせてもらおうか。受けてみろ!!」 小野坂が危険な気もするが、まぁ死にはしないだろう。でたらめに射った矢はそうそう当たるものではない。 突入する台車軍団。果たして、人間としての尊厳を守れるだろうか―――!? ●あぁ腹痛の腹痛 見知った場所ならまだしも、初めて来た場所で台車を押すというのは困難である。 なだらかとは言え山、高原。当然地面は小石などが散乱しているわけで、葛篭を落とさないためにも前方は確認しなければならない。 他の台車とぶつからないようにちらりと前方を確認した村雨の目に、灰色の山羊が映ったのはほんの一瞬。しかし‥‥ 「ぐぉぉぉっ!? ぶ、ブラザー‥‥こ、これは、きつ、い‥‥!」 内蔵を握りつぶされるような、内蔵が中でぐるんぐるん回るかのような激痛。 一瞬で脂汗が全身から吹き出し、走ることはおろか立っていることすらできなくなってしまう! 肛門に力を入れようにも、腹ですべての力が霧散させられているかのような感覚だ。 「ちょ、ちょっとー!? あぁもう、こうなったらヤケだよ!」 本当はもう少し近づきたかったが、葛篭から飛び出しめーやんを確認するリィムナ。 アイシスケイラルを発射しようとするが、即座に村雨と同じような地獄の苦しみが襲ってくる。 気力を振り絞って一発は撃ったがそれまで。移動することすらできず腹を押さえてその場に倒れ伏す。 アイシスケイラルはめーやんに命中し、メェェェ! という叫び声を上げさせてしまう。 この式‥‥というかアヤカシの厄介なところは、『ここにこのアヤカシが居る』と認識した時点でアウトという点。その声を聞いた雪ノ下と各務は、同時に腹痛に襲われた。 「はぅぅっ!?」 「お、お姉様にも、見せたこと、無いのに‥‥!」 「そ、その理屈は、おかしい、です‥‥!」 ギリギリのところにいながら一応ツッコむ雪ノ下。ネオンから貸してもらったという『栓』が役に立っているのかも知れない。 二人は倒れる前に、渾身の力を振り絞り台車を前に押し出した。ぐん、と加速した感覚で、葛篭の中の紫夾院と目隠し耳栓の瀧鷲は事態をなんとなく把握する。 予想よりも便意の条件と威力が高い。おそらく事前に断食していても胆汁だけ吐き出すことになるだろう。 長引かせれば人としてどうよという問題から脱水症状を伴う命の問題になりかねない。 「生牡蠣ってのはそんなにヤバいものなのか‥‥? ちっ、速攻でケリを付けるしか無い!」 「一応女だぞ私。‥‥それはマニアック過ぎるだろ‥‥ヨゴレにも限度がある」 特殊な趣味の方々にはウケるのかも知れないが、基本的に便意などは他人に見られたいものではない。 それを振りまくアヤカシが人の手で造られたというのがとても情けないし放置してはおけない。 紫夾院が葛篭から出るのと、瀧鷲が目隠しを取ったのはほぼ同時。その時‥‥! 「んぎょぉぉぁぁぁぁ!」 一際大きな、よくわからない悲鳴を上げる村雨。何事かとそちらを見た紫夾院と瀧鷲。それが必死になって使った咆哮だと気づくのには少しかかった。 背後から近寄ってくる足音。おそらくめーやん、しかし確実ではない。 だから二人はまだ腹痛に襲われてはいない‥‥! 「麗羽!」 「あぁ! 事故かもしれないしな!」 振り向きざま、気配に向かって剣と槍をそれぞれ振るう。 ずしりとした確かな手応えと共に、何かを吹き飛ばした感覚‥‥! 「どうだ! ‥‥うっ!?」 「き、急所を外したか‥‥!?」 見ると、血みどろになってふらふらしながらもめーやんが立ち上がっている。 紫夾院と瀧鷲も流石に存在を認識し、腹痛に襲われる。気を抜いたらいろいろな意味でヤバい。 「うぅっ! こ、このままじゃみんな、社会的に死んじゃう!」 リィムナも限界ギリギリ。戦える人間はあと誰だ‥‥!? と、そんな時。 『あー、皆さん。スイカはどこでしょうか?』 ぬぅっ、と現れた巨大なアーマー。そう、まだハッドがいた! 空を見上げわざとめーやんを見ないようにしている。 「お、お願いしますぅ! み、右斜め前ぽ‥‥うぅぅっ!?」 真っ赤になってお腹を抑え、羞恥と腹痛に耐える雪ノ下。 めーやんをスイカと呼称することで少しでも認識することを避けているのか、ハッドの作戦はすぐに皆に伝わった。 めーやんも逃げようと移動しているが、重傷であることに違いは無いようで遅々として進まない。 『仕方ありません。私が皆さんの尻を拭います』 「あ、あの‥‥申し訳ない、の! ですけれども、今‥‥お尻のお話は‥‥!」 『えぇ。私が皆さんの尻を拭います』 「何故、二回、言うぅぅ! さっさと‥‥くぅぅっ、やれぇぇ!」 『拭ってやんよぉ。てめーらの汚ねぇ汚ねぇ尻ッケツをなぁ。アヤカシはどこだオラァ!』 「お前の足元、右足の、すぐ横だぁっ!」 各務、紫夾院、瀧鷲に対し優越感に浸った台詞回しをするハッド。 やおらアーマーのハッチを開け、飛び降りながらめーやんにダイレクトアタックを仕掛ける! 「おぉぉぉ、ピギャッシャァァァッ!」 ハッドの剣により胴体を両断され、消滅するめーやん。 ある意味罪はないが、人里などに現れられたらシャレにならないので仕方あるまい。 めーやんの消滅と共に全員の腹痛も収まり、一同は自分たちの衣服が脂汗でビチャビチャになっていることにようやく気づく。 ごっそりと精神力を持って行かれつつ、のろのろと立ち上がる開拓者たち。原っぱの外で腹痛に襲われていたのか、ネオンもふらふらしながら姿を現した。 「はぅぅ‥‥は、恥ずかしかった‥‥です‥‥」 「大丈夫か、真沙羅。よしよし、酷い目に遭ったな」 雪ノ下の頭を優しく撫でてやるネオン。 そんな中、村雨だけが大の字に寝転んだままである。 「ん? どうかしたの? もう大丈夫だよ?」 リィムナが手を差し伸べるが、村雨は無言のままつぅっと涙を流した。 『男泣きーーー!?』 それだけでなんとなく事情を察した一同。やはり咆哮がまずかったのか。 おむつ、万歳(何) 「いやー、みんな流っ石やなぁ。ようやく安心して寝られますわ。ほな、オツカレちゃーん」 おどけて何事もなかったかのように帰ろうとする小野坂の前に、ネオンが立ちふさがる。 いつになく冷たい目であり、絶対に逃がさないと物語っていた。 「よもや、あの程度で許されたと思ってはいないだろうな?」 「いやあの、俺も被害者ですやん。頑張りましたやん。共に戦った仲間っちゅーことで丸く‥‥」 「お さ め ら れ る と お も う の か」 背後から強大なプレッシャーを受け、恐る恐る振り返る小野坂。そこには、鬼のような形相で幽鬼のようにゆらりと立つ紫夾院の姿が。 彼女ほどでないにしろ、他の面々も到底許してくれそうな雰囲気にない。‥‥男泣きしたままの村雨以外は。 「さぁ、お前もキッチリと落とし前はつけような‥‥!?」 爽やかなはずの山の風景に、小野坂の悲鳴が木霊する。 一人の犠牲と一人の落とし前と共に、事件はなんとか終息したのである――― |