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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― その日、ギルド職員の西沢 一葉は妙に緊張した顔をしていた。 客に応対するときはいつもの営業スマイルでこなしてみせるが、ふと気づくと眉を寄せていることが多い。 後輩職員である十七夜亜理紗は、そんな先輩の雰囲気を敏感に察知し声をかけられないでいた。 しかし、一葉は記憶喪失の自分によくしてくれた姉とも呼べる人物だ。何か悩みがあるなら解決してあげたい。 そう考えた亜理紗は、思い切って話しかけようとした‥‥その時だ。 「‥‥ねぇ亜理紗、僵屍って知ってる?」 「はい!? え‥‥僵屍(キョンシー)、ですか? 確か、ギルドの資料で一度だけ読んだことがあったような‥‥」 カウンターで話しかけられ、思わず上ずった声を上げる亜理紗。 問いかけられたことの真意を測りかね、言葉が続かない。 「最近ね、石鏡で僵屍の目撃例や襲撃例が増えてきてるの。もしかしたら報告されてないだけで、天儀の他の地域でも発生してるのかも知れないわ」 「えっと‥‥うろ覚えなんですけど、キョンシーって比較的珍しいアヤカシなんでしたっけ?」 「正確にはアヤカシじゃないわ。僵屍という『モノ』よ」 亜理紗にはよく分からない。キョンシー絡みの依頼でも来ているからこんな話題が出たのだろうが、それにしても一葉の態度がおかしい。 いつでも余裕があり、笑い、呆れ、ツッコミながらも揚々と亜理紗と話していてくれた一葉。 それがまるで余裕がなさそうな面持ちで、眼鏡の奥の瞳は常に憂いを帯びていた。 どうして? そう聞くのは簡単なはずなのに、なぜか亜理紗にはためらわれるのだ。 「‥‥ん、ごめんなさい。この依頼の担当をお願いできる? 私は他にやらなきゃいけない依頼が多くて」 「あ、はい。わかりました」 「それから、参加者にはくれぐれもこう言っておいて。『絶対に噛まれないこと。万が一噛まれたらすぐに撤退して神楽の都に戻ること』って。寄り道、躊躇い一切無用で逃げなさいってことよ」 「り、了解しました‥‥」 有無を言わせぬ迫力に、頷くしか無かった亜理紗。 自分がうろ覚えなのは確かだが、キョンシーの資料はギルドにもそんなに詳細なものがなかったはずだが‥‥? アヤカシではないという存在、キョンシー。それが、増えつつあるとでもいうのだろうか――― |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
エリナ(ia3853)
15歳・女・巫
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●移動手段 天儀における移動手段は多々あれど、汎用性に一番秀でるのはやはり朋友の龍たちであろう。 馬以上のスピードで空も飛べる彼らは、開拓者と切っても切れぬ間柄と言って良い。 しかし、天儀にはそれを越える速度で移動を可能とする手段が存在する。それが『精霊門』である。蛇足となるので詳しくは語らないが、一瞬で神楽の都から天儀の各地へ移動できる優れものだ。 今回、開拓者たちは二班に分かれ、先発隊がこの精霊門を使い現地近くの精霊門に飛び、そこから龍で現地に移動した。 まだ昼間ということもあり、町には活気があり人出も多い。パッと見ではキョンシーという存在の驚異にさらされているようには思えないが‥‥? 「おーっす、話聞いてきたぜ。どうやら噛まれた人はいないみたいだな」 「自警団の中に、怪我をされた方がいらっしゃるようですけれどね‥‥」 ルオウ(ia2445)たちはまず、基本中の基本とも言える情報収集に当たった。 襲われた人や助太刀に入った自警団の面々は、怪我こそあれ噛まれたり死んだりした者はいない。 柊沢 霞澄(ia0067)はキョンシーそのものについても聞き込みを行ったが、どうもこの辺りの風習であったり伝承なりには関係がないらしい。住人たちの間にも、何故あんな事に‥‥と首を傾げるものが多数だ。 「キョンシー、どんな字を当てるんだろうな。そこから分かる事もあると思うが」 「出掛けに、亜理紗さんに聞いてみました。『僵屍』だそうです」 「‥‥難しい字だな。屍という字があるのが嫌な予感しかしないぞ‥‥」 羅喉丸(ia0347)の素朴な疑問に、レジーナ・シュタイネル(ib3707)は地面に漢字を書いて見せる。 キョンシーについては不明な点があまりに多い。だからこそ二班に分かれて片方が情報収集に当たっているのだが、少なくとも『アヤカシではない』ということは聞かされた。 しかし、屍などという字を使うからにはアンデッド系のアヤカシなのではないかという疑問は尽きない。 「ふーん、キョンシーねぇ。話には聞いたことあるけど実際には初めてだなぁ‥‥。どんな斬り応えなんだろ♪」 「聞いたことあるのかよ! ‥‥とりあえずこの小難しい漢字からして泰国の代物か?」 「蛇の道は蛇ってね。ま、詳しいことは知らないよ」 鬼灯 恵那(ia6686)が噂を聞いたことがあるというのもありえない話ではない。ギルドに報告書や資料があるくらいなので、数は少なくとも過去にも出現したことがあるのだろうから。 羅喉丸もそれ以上の追及はできず、現地ではキョンシーについては殆どわからなかったが、出現場所などの目星は付けられた。後発組も来ることだし、太陽が沈む前に準備をして待ち構えたいところである。 先行組の五人は頷きあい、速やかに行動を再開した――― ●仲間のために 神楽の都に残り、キョンシーについて調べ物をしているメンバーは三人。 最初は図書館で調べていたのだが、あまりに該当資料がないので場所を開拓者ギルドに移していた。 とはいえ、そこでも資料は乏しい。亜理紗が見たという資料や報告書でも、『謎の敵。アヤカシではないようだ』というような曖昧な記述が多く、弱点など詳しいことは分かっていない。 「巫女の索敵の術に引っかからないからアヤカシではない、ですか‥‥。まぁ仕方のない流れですけれども」 「一応、泰国が源流らしいということは分かりましたね。それが何故天儀に、そして石鏡に‥‥?」 資料などを漁るレティシア(ib4475)やイリス(ib0247)たち。瘴索結界に引っかからず、急襲されたという記述は特に目を引く。 しかし、根本に踏み込むような記述はやはりなく、そもそも職員の一葉が言っていた『噛まれたら全力で撤退しろ』というような言葉に繋がるような記述もないのだ。 三人はすでにそれに気づいている。一葉にもなにか事情があるのだろうと思ってあえて聞かなかったが、仲間たちへの心配と情報不足の焦りは募る一方だ。 だから、意を決して聞いてみた。すぐ側で伏目がちに監督していた西沢 一葉に。 「あの‥‥聞いていいのか悩みましたが、この依頼を持ってきたのは一葉さんだと聞きました。出来ればキョンシーについて聞かせていただけないでしょうか?」 「え‥‥!? あ、その‥‥」 エリナ(ia3853)に声をかけられ、一瞬ビクっとする一葉。 叱られた子供のように、目を泳がせて縮こまる。 何か知っているのは間違いない。できれば無理に聞き出すような真似はしたくないが、エリナは追及の手を緩めなかった。何故なら‥‥ 「不躾でしたらすみません。でも、友達や仲間達が今、向かっているんです‥‥!」 最低限のアドバイスをしてくれたとはいえ、まだ知っていることがあるなら教えてほしい。そうすることで仲間に要らぬ被害を出さなくて済むかも知れないのだ。 一葉の様子を見ていると気の毒にはなるが、被害者が出ることを一葉も望んではいまい。優しい心を押し殺して、エリナはまっすぐな瞳を向ける。 その想いは一葉にも伝わっている。どうしようかと悩んだ末、一葉はゆっくりと語りだした。 彼女が知るキョンシーのこと。そして――― 「‥‥私の家は、道士の家系だったの。そして私は‥‥その落ちこぼれ―――」 ●未知なる敵 夕日はすでに彼方に沈みかかっており、あと一時間もしないうちにあたりは闇に包まれるだろう。 まだ後発組は合流していない。やむを得ず、先発隊は松明や篝火を用意しキョンシーが出現する経路と思われる場所に陣取った。 聞き込みにより、キョンシーは一体だけであることが判明している。そして、それがこの町で三年ほど前に死んだ青年であることも。 きちんと棺に収められ、埋葬されたはずの青年が何故? キョンシーの未知性と相まって、昼はともかく夜は人っ子ひとり出歩きはしていない。 やがて、日が完全に沈みきり夜の帳が降り‥‥二時間も過ぎた頃。 ドンっ‥‥ドンっ‥‥ 開拓者たちは奇妙な音を聞きつけ、一瞬で戦闘態勢に入った。 前方の闇から何かが来る。全員集合していないのは厳しいが、やるしかあるまい。 気配は‥‥しない。少なくとも命ある者ではない‥‥! 「出やがったな! 清光の錆にしてやんぜぃ!!」 「同じ刀の好だ。私の分も残しておいてよね」 篝火に照らされたキョンシーは、青白い顔をしているとはいえ人間そのもの。三年前に埋葬されたとはとても思えないほど綺麗な顔だ。 服装も天儀で一般的な埋葬時の白い着物。それが、両手を前に突き出し両足を揃えてジャンプしながら向かってくるのだ。 ルオウと鬼灯は一番に駆け出し愛刀を振るうが、キョンシーは顔色一つ変えずにそれを受ける。 いや、語弊があるか。キョンシーは防御行動を殆ど取らず、『そのまま直撃を受けた』のだ。しかし狼狽したのはルオウたちの方である。 「硬ってぇ!? なんだこいつ!?」 「あれま‥‥噂以上だね、これは」 全力全開、必殺の一撃というわけではなかったが、加減をしたつもりはない。それなのに二人の攻撃はキョンシーの肌に傷をつけることすらなかったのだ。 すかさず反撃に転じ、両手を揃えたまま右回転するキョンシー。鬼灯はそれに反応してガードするが、意外なパワーで弾き飛ばされてしまう! 「ふふふ、あははっ! 死体のくせに結構やるもんだね♪」 明らかに人外の防御力とパワー。これがアヤカシではないとはどういうことだろう? 確かなのは、物理攻撃は効果が薄いこと。そして、向こうも攻撃してくる気まんまんということ‥‥! 「二人とも下がれ! 避けられるヤツが相手した方がいい!」 「保険を‥‥」 相手を高防御力で耐え高攻撃力で反撃するタイプと読んだ羅喉丸は、ルオウと鬼灯を下がらせ前に出る。 柊沢が加護結界で補強してくれたので、一発で戦闘不能にされるということはないだろう。 「み、未熟ながら、お手伝いします!」 レジーナも無理をし過ぎない程度に前に出る。勿論、柊沢のサポート付きだ。 見た目一般人の細腕のキョンシー。しかし、実際には強力なダメージを生み出す剛腕。 「くっ、危ないぜ‥‥!」 すかさずかがみ、頭上を両腕が通り過ぎる。そして、腹部に短刀で一撃を加えるがやはり硬い! 思った以上に機敏なキョンシーはすでに体勢を戻しており、両手で羅喉丸の肩を掴もうとする‥‥! 「そうはさせません!」 レジーナがカットに入るべく、手甲付きの拳でキョンシーの顔を殴りつける。 前衛にしては攻撃力が低いレジーナ。誰もが一瞬の隙くらいにしかならないと思っていたが、意外にもキョンシーは横に弾かれ、両足飛びのまま器用にバランスを取った。 むしろ殴ったレジーナの方が意外なほどの効果に驚いているくらいである。 「じ、弱点が頭なのでしょうか‥‥」 「それはねぇかなー。俺の初撃、脳天だったんだぜ?」 「何にせよ助かった。しかし、こいつは厄介だぜ‥‥!」 スタミナ切れを狙えそうにない相手だけに、長期戦は自殺行為。かと言ってあの防御力とあっては、全力で一撃を叩き込んでも通じるかどうか。 できればもう少しサポートがほしい。そう思っていた時だ。 「ルオウ、お待たせ!」 「エリナ様、あまり身を乗り出しては危険です!」 「あれがキョンシー‥‥一葉さんの言っていたとおりの相手のようですね」 上空に三匹の龍が現れ、近場に緊急着陸した。 そして、エリナ、イリス、レティシアの三人が龍の背から降り立ち、戦線に加わる! 「待ってたぜぃ! なんか分かったみたいだな?」 「あぅぅ、イリスさぁん! 怖かったですぅぅぅ!」 「うんうん、レジーナも頑張ったみたいですね。語り合いたいところですけれど、まずはキョンシーをなんとかしないといけません」 後発組の三人は、特に注意しないといけないことだけを素早く伝える。 まず、キョンシーは噛んだ相手をキョンシーにしてしまう能力を持つ。これは、凶暴化したキョンシーだけが持つというものであり全てのキョンシーに共通するものではない。 とりあえず、人を噛むような素振りを見せるキョンシーは凶暴化していると思って間違いないだろう。 そして、総じて防御能力が高く生半可な攻撃では傷つかない。専門の対処法がない場合、『半端でない威力でゴリ押しする』しか方法がない。術による攻撃に対してもかなりの防御力を持っているようなのだ。 彼らは元々は人間。しかし、瘴気の影響で死体が変異したものであり、自然発生したり取り憑いたりしているアヤカシとは全く別物とのこと。白梅香なども効果はない。 「面白いじゃないか! 要は全力を叩き込むしか無いんでしょ? んー、実に私向き♪」 「やれやれ‥‥それじゃ俺は撹乱役に回るか。イリス殿、レジーナ殿、同行を頼む」 「キョンシーに術の影響は見られません‥‥。後から来た方々にも加護結界を‥‥」 目立たないながらしっかりサポートしてくれる柊沢。そのサポートを受け、羅喉丸、イリス、レジーナがキョンシーに向かう。 「キョンシーはさして知恵が回りません。なるべくメインアタッカーから気を逸らすような立ち回りをお願いいたします」 レティシアの指示に従い、なるべく張り付いての攻防を繰り広げる三人。 両足で跳ぶ割に、ドンドンドンと機敏な動きも見せるキョンシー。不意に繰り出された一撃を、イリスは盾でガードする。 「重い‥‥なんというパワー! こ、これの相手をエリナ様にさせるわけには!」 オーラドライブやガードなどで防御力を高めているにも関わらず、キョンシーの一撃は重い。 おそらく、直撃しても一撃で死んだりはしないだろう。しかしそれはイリスならという話であって、後衛との直接対決は絶対に避けたい。 だからこそ‥‥! 「ルオウ、いくわ!」 「おうよ、エリナ! 師匠、今助けるぜぃ!」 今回の依頼では、繋がりの強い参加者が多い。 エリナ、ルオウ、イリス、レジーナは特に顕著で、よく知った間柄だけに連携を取るのも容易だ。 「! み、皆さん、後退を!」 エリナの神楽舞「進」で行動力を上げたルオウが、タイ捨剣での五連撃を叩き込む。 レジーナの声に反応し、撹乱を担当していた三人はすぐに離脱する! 「いくぜぃ! 五光刃っ!!」 恐ろしい速さで繰り出される剣閃。しかしそれは見た目に反し一撃一撃が恐ろしく重い。 巨体のアヤカシでも耐えられるかというレベルの五連続攻撃の直撃を受け、さしものキョンシーも大きく吹き飛び、腕をだらりと下げて地面に仰向けで倒れ伏した。 「〜〜〜っ、やっぱ硬ぇよ! 鋼鉄でもぶん殴ってるみたいだぜ‥‥」 武器を持っていた手をぷらぷらさせるルオウ。とてもではないが人間だった物を、肉でできたものを斬った手応えではない。現にあれだけの斬撃でもキョンシーの身体は切断出来ていない。 とはいえ、起きだす気配はない。流石に倒したか。 「お疲れ様、ルオウ。イリスもよく耐えてくれました」 「ありがたきお言葉です。しかし、にわかには信じられませんでしたがまさかこれほどとは‥‥」 「ぴ、ぴくりとも動きませんね。でも、アヤカシじゃないから瘴気になって消えないのが怖すぎます‥‥」 労いの言葉を掛けるエリナ。イリスも盾を下ろし息を吐く。 レジーナではないが、元が死体だけに倒したかどうか分からないのは不気味だ。最初から生命反応がないのだから確認のしようがない。 放置するのも難なので、羅喉丸が松明の一つを手にゆっくり近づく。火で炙って確認しようということなのだろう。 その時、突然キョンシーの目が見開き、手が再び前に突き出され、起き上がり小法師のような重力無視の動きで立ち上がろうとする! 「こ、こいつ‥‥!」 肝を冷やす羅喉丸。しかしその横を誰かが駆け抜け、口の中に刀をぶち込み再び地面に押し戻した。 「あーあー、汚いなぁ。後でよく洗わなきゃ。‥‥ま、絶対起きると思ったよ。しぶといとは聞いてたからね」 鬼灯だ。どうやらまだ倒せていないと直感で悟ったらしい。 鬼灯が地面にキョンシーを縫いとめている間に、町人から油を借りてきて足元から焼いていく。 肉が焦げた匂いがしない。そういえば腐臭もしていなかった気がする。これは一葉にも原理は分かっていないらしい。 身を焼かれながら暴れていたキョンシーだったが、流石に腹くらいまで火が回ると動きも鈍くなりやがて動かなくなった。後に残るのは、骨すら残らない黒い灰。 兎にも角にも、キョンシーは倒された。これが、公式記録に残るしっかりとした撃破の一例目ということになるだろうか――― |